頭で聴くマーラー   

berg: piano sonata, kommerkonzart
mahler: symphony no.9
mitsuko uchida (pf), christian tetzlaff (vn), esa-pakka salonen / po @royal festival hall


サロネンさんとフィルハーモニアによる夢の都市シリーズの3回目。マーラーの第9番が採り上げられます。そして今日は少し変則的。というのは始めが内田光子さんのソロでベルクのピアノソナタ。それから内田さん、テツラフさんのソロと管楽器オーケストラで室内協奏曲。そのあと休憩を挟んでマーラーです。
ピアノのソナタは初めて聴きます。オーケストラ編曲版はCDで聴き慣れているのでそちらがつい思い浮かぶのですが、ピアノで聴いても音が多彩で全くオーケストラと遜色のない表現。というより、ピアノの持つ硬質な打鍵や自在な表現の方がむしろ好ましい感じ。内田さんの音楽は、ベルクのソナタとステキに共感し合います。作品1なのにとっても完成度の高い音楽。ベルクらしい熱い情熱を十分に表現しつつ理知的に作品を構築していたと思います。スリリングな10分間。でも巨大な作品を聴いたという充実感も感じました。続く、室内協奏曲は少し肩の力を抜いた感じ。ヴァイオリンと共に協奏曲というより室内オーケストラの一部として機能していました。わたしには耳慣れない曲だけれども、20世紀の側からの世紀末音楽という感じで楽しめました。オーケストラも上手いし、マーラーへの期待が高まります。
休憩のあとは準備万端、マーラーの第9交響曲。だって、昨日は予習にと交響曲第1番のCDまで聴いていたんですよ。最初ものすごく緊張しますよね、弾くオーケストラも聴くわたしも。でも、そんな緊張をよそに始まったのは素晴らしいマーラー。わたしの好みからは少し快速テンポ、特にスコアにアレグロと書いてあるところはかなり速め、だったけど、音がほとばしるような熱い演奏。サロネンさんもめちゃくちゃ燃えてました。でも、素晴らしいのは、音がしっかりと整理されて、声部の絡み合いがものすごくクリア。オーケストラもアンサンブルが完璧で、しかもマーラーの音楽をよく知ってる。目立たない和音の伸ばしまで自発的に心憎いくらい音楽的に鳴らしていました。クライマックスは「最高の力を持って」のティンパニ強打とトロンボーンの強奏。アンサンブルが完璧なので音がすべてエネルギーとなってわたしの、わたしの青春を打ちのめす。ああわたしの青春。失われたもの。いえこれは過去への訣別。最後はほんとに心にしみますよね。渇いた心に潤んだ音が。フルートのソロとホルンの和音。音楽を聴く中でもっとも大好きな瞬間のひとつです。第2楽章はうって変わって走馬燈のように生の愉しみが。ここでもサロネンさんの指揮が冴えわたる。サロネンさんが見せてくれたのは、精緻な音楽。この曲ってものすごく対位法的だったのね。第4番の第2楽章と同様にバッハが一挺のヴァイオリンのみでフーガを書いたように、各楽器の入りだけで対位法的な表現を実現させているマーラーの巧妙な作曲を目の当たりに見せてくれました。それぞれに入りをさらりと強調して。同じような方法はアバドさんとベルリンフィルの交響曲第4番のCDでも聴かれたけど、生で聴くとますます面白い。そういえばこの曲と第4番の第2楽章って似てますよね。お終いの方でグロッケンが入ると第3楽章を予感させたりして、新しい発見盛りだくさん。知的刺激に溢れた演奏です。ブルレスケは、あっさりとさりげなく始まったんですよ。知的路線そのままに。もっとはっちゃけるかなぁと思ったんですが、とにかくクリア、旋律線がすべて見えるよう。もちろん小クラリネットはすっとぼけてるんだけど、それもピースのうち。錯綜する音楽は透明なガラスのキャンバスに描かれた色彩豊かな線画のよう。でも、最後はアンサンブルを乱すことなくはっちゃけてくれました。最後の楽章も同じ路線。クリアに絡み合う旋律線。でも、アクセントの付け方がとってもステキで、一音一音強調したり、だらだらとスラーでつなげずにわざと弓を弦から離してフレーズを作ってみたりものすごく工夫が凝らしてありました。サロネンさんの解釈は完璧に20世紀のマーラー。マーラーからシェーンベルク、ベルクをつなげて考えるこの音楽会シリーズの趣旨にぴったりだし、ものすごく知的好奇心に駆られる心より頭に響く演奏。フィルハーモニアの透明で寒色系の音色もその音楽の方向にぴったりでした。だから、最後も涙なしで静かに終わっていきました。だってそこにあるのは未来だもの。未来への希望を見せられて涙流せる?最後は音が消えてからサロネンさんがゆっくりと手を下ろしていって、15秒くらいの静寂の後に拍手。わたしは拍手はもっと早くてもいいなと思いました。だって、今回の演奏は長い静寂を求めてなかったから。ブレーズさんだったら、さっさと手を下ろしてしまうかもしれませんね(ブルックナーの交響曲第9番の最後ではそうしていた)。それにしてもマーラーって面白い。同じ曲なのに、生への永訣を表現できたり未来を見通せたり。言葉を換えれば19世紀への終曲であったり20世紀への前奏曲であったり。もちろんサロネンさんのは後者。そして前に聴いたガッティさんのは前者。正直にわたしが感動したのはガッティさんの方だったけど、それは今のわたしの気持ちが過去への憧憬を求めていたからで、今日のサロネンさんの演奏の価値を貶めるものでは少しもありません。むしろわたしは今日のような演奏を何回も聴いて音楽を考えたいなって思います。この演奏がCDになってくれたらいいな(このシリーズの音楽会はマイクがたくさん立っていて録音されてます)。
そうそう、今日もホルンの主席は若い女の人でした。客演主席。あとで調べたらこの方、バーミンガム市交響楽団の主席の方でした。バーミンガム市交響楽団は素晴らしいホルン奏者を持ってるんだなぁ。いいなぁ。
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by zerbinetta | 2009-03-22 07:27 | フィルハーモニア | Comments(2)

Commented by 藤井 at 2009-04-04 13:29 x
zerbinettaさん、こんにちは。

サロネンのマーラー交響曲第九番、期待通りの素晴らしい「20世紀のマーラー」だったんですね。詳細にレポートされていて、とても鮮明にイメージできるように思うのですが、

完璧なアンサンブルで、対位法を、実にクールに精緻に描き出した演奏って、どんなんでしょう?
カラヤンの美意識を持ちながら、アバドやブーレーズのように対位法・ポリフォニーを鮮明に描き出し、演出したようなものでしょうか??
私の意識の中では、サロネンには、その肌触りが、どこかカラヤンを連想させる部分があるもので。

ちょっと今まで聴いたことが無いような、凄い知的に精緻に整理された音楽が聴けそうな気がします。しかも、「未来への希望」が最後に感じられる・・・と言うことは、第十番のフィナーレのように?(これはちょっと違いますね)新ウィーン学派的に聞こえるという事ですね・・・

いずれにしても興味津々、早くCDを聴いてみたいです。
Commented by zerbinetta at 2009-04-05 02:22
藤井さん、こんにちは。
サロネンさんのマーラーは藤井さんの予想してたとおり、20世紀のマーラーでした。とってもステキでしたよ。
ご指摘のことを確認するためにアバドさんのCDを聴いてみたのですが(ブーレーズさんやカラヤンのは手元にありません)、アバドさんの演奏も凄いですね。サロネンさんのはこれにとても似ていると思いました。ただもっともっと冷静な感じ。もしかしたらブーレーズさんのに近いのかなぁ。特に結論の付け方が未来に向かっていて(アバドさんのは過去への訣別という視点を捨てていないと思う。もしくはもっと意志的な感じ)、おっしゃるとおり第10番のフィナーレととても近い解釈だと思います。後ろ髪を引かれるものがなくてすうっと前に消えていく感じ。両足で20世紀に立っていて最初から新しい音楽として解釈されているのでしょうか(もしくは第1楽章のトロンボーンからフルートとホルンのソロが絡まるところまでで過去を捨てきった)。イギリスのオーケストラの大陸のにはない色のない音色がその解釈を後押ししてたように思います(とは言え、前回の抒情交響曲やグレの歌では思いっきりロマンティックを聴かせてくれましたが)。

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