もっとタコを   

mahler: lieder eines fahrenden gessellen
shostakovich: symphony no. 10
bo skovhus (br), mariss jansons / bavarian radio so @royal festival hall


もちろん! わたしもおめあは当然タコ。わたしはタコが大好きなのに、どうしてこんなに演奏される機会が少ないんでしょう。例えば交響曲だってわたしが今まで聴けたのは、第4番、5番、7番、8番、15番だけ。一番好きな第13番が聴ける日は来るのでしょうか。で、今日は第10番の交響曲です。この曲も傑作なのに、聴くのは今日が初めてです。だからチケット取ったときからわくわく。ショスタコーヴィチってなんかとっても微妙な立ち位置にいると思うのね。音楽は力強くてかっこいいのに、純粋に音楽について語ろうとすると、政治との葛藤とか、暗号とか音楽の後ろにあるイディアが邪魔をする。蘊蓄くんになってしまうと音楽が遠ざかる。もちろん、作曲者は何かを込めたかったに違いない。でもここでは、「作曲家は、自分としてはこうやってみたのだが、などと言いたがるものである。だがわたしはそういうふうに語ることはひかえよう。聴衆が何を感じたかを知り、その意見をきくことのほうが、わたしにははるかに興味ぶかい。ひとことだけいえば、この作品のなかでは、人間的な感情と情熱とをえがきたかったのである。」という彼自身の言葉に勇気をもらって、音楽を楽しみましょう。ファウストや、ドミトリやエミリーラのことは頭の片隅に避けておきましょう。

ってここまで書いたのに、音楽会はマーラーの「さすらう若人の歌」から始まったのでした。歌うのはバリトンのボー・スコウフスさん。この人は前にメトで聴いたことがあります。そのときは髪の毛あったんだけど、刈っちゃったんですね。そういえば、買ったはいいけどまだちゃんと観ていない、ザルツブルグのフィガロの結婚にも出ていました。実はこのスコウフスさんの歌がよく分かりませんでした。わたしにはちょっとねっとりしすぎてるような気がして。もうちょっと音の粒がはっきりしていてもいいかなと思ったの。もちろん、この音楽は青春の恋の歌とはいえ、爽やかな甘酸っぱい恋ではなくって、少し病的な幻想的な風景なので、感情表現としては正しいのかもしれないんだけどね。好みの問題。ヤンソンスさんとオーケストラは音楽にとってもステキな雰囲気を作っていました。暗く柔らかな心の痛み。誰でも持っている青春時代の失恋。わたしも思い出してしまいましたよ、何もかもが深刻に見える世界を。それにしてもスコウフスさんって大きな人だなぁ。
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休憩後はいよいよタコ。暗号とか隠喩とか付け焼き刃のわたしには無理なので、とにかくかっこいいタコを希望。そして希望は叶えられました。ぞくぞくするような切れのある演奏。ヤンソンスさんとバイエルン放送響は去年も聴いてとっても好印象だったのでうんと期待してたんです。バイエルン放送響上手いです。第2楽章の暗い疾走感は凄くて、こんなところで涙が出てしまいました。そしてかっこいいです。タコは純音楽的に聴くだけでいいんです!ってわたしの主張が通ったみたいです。もちろん、ヤンソンスさんは、音楽の上っ面だけを音にするんじゃなくてとても良く考えているんだと思うんですけど、それを個人的なもの(例えばドミトリのサインとか)から普遍的なものに昇華させていると思います。だからこそ音楽が力強くて圧倒的な説得力を持って迫ってきて、それがかっこいい。ひとつだけ難点を言えば、弦の音色がバイエルンの山並みみたいに明るくて牧歌的なので、タコの音楽の切れるような冷たさはなかったことです。いやこれは言ってもしょうがないというか、暖色系のタコもありなんですけど。例えばロシアのオーケストラとかニューヨークとか、ロンドンだったらロンドン・フィルとかと演ったらまた違った感じになるんじゃないかなと思っていました。
バイエルン放送響は若い奏者が多い感じです。これからぐんぐん伸びていくのでしょう。あっオーボエの主席の人がかわいかったで〜す。
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by zerbinetta | 2010-03-06 08:36 | 海外オーケストラ | Comments(0)

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