解き放たれる喜び   

arvo pärt: cantus in memoriam benjamin britten
britten: four sea interludes from peter grimes
huw watkins: violin concerto
shostakovich: symphony no. 5
alina ibragimova (vn)
edward gardner / bbcso @royal albert hall


感動してしまいました。タコ5で。ホールからの帰り道、泣きながらどうしてこんなにも感動してしまったんだろう? そんなハズないのになぜ? って考えながら、音楽を思い出す度にまた新しい涙がこぼれてきて。チューブに乗ってもまだ、涙が頬を伝わる。

タコの話はまた後で。わたしはこの音楽会、アリーナ(・イブラギモヴァさん)を聴きに来たのです。ご存じの通り、わたしが今一番応援しているヴァイオリニスト。今日はアリーナのために書かれた新作の協奏曲の初演なんです。でも、その話も後にして、音楽会は、ペルトの「ベンジャミン・ブリテンの思い出に」という、短いけどとっても美しい曲の追悼の鐘から始まりました。わたしは一時期、ペルトにはまったことがあって、この曲やフラトレス、タブラ・ラサとか大好きなんだけど、目の前で演奏されてるのを聴くと、心から感動できます。遠くで聞こえる鐘、重なり合う弦楽器の響き。そして重なり合う思い出。幸いわたしは今、身近に追悼する方がいないので、直接に思い浮かべる顔はないのだけど、でも、大事な人を亡くしたときの気持ちが思い出されて、純粋に悲しむことができた。音楽がその悲しみを浄化してくれる。
引き続き、短い拍手の後に、ブリテンの「4つの海の間奏曲」。この曲もう何回か聴きましたがシンプルな美しい響きのする音楽ですね〜。そしてこの曲でも鐘の響きが聞こえてきて、また何か厳粛な気持ちにさせられたのです。

そしていよいよ、アリーナがソロを弾くヴァイオリン協奏曲。5年くらい前に作曲者のヒュー・ワトキンスさんが作った独奏ヴァイオリンのためのパルティータをアリーナが初演したときに、すぐに協奏曲の話が持ち上がったとか。自分のために協奏曲を書いてもらえるなんて演奏家冥利に尽きますよね。さてどんな音楽になるのでしょう。アリーナは今日は黒のロングドレス。すらっと背が高く見えます。音楽は古典的な3楽章からできていて、始まりの速い楽章は、ヴァイオリンが細かい音符をアグレッシヴに弾いてオーケストラと対峙します。オーケストラは、決して独奏を邪魔することがないように書かれていて、作曲者が演奏家(ピアニスト)でもあることが生きているのですね。技術的にはものすごく難しいと思うんだけど、でも決して楽器に無茶をさせる書き方をしてはおらず、演奏者が気持ちよく弾けるように書かれていると思いました。それにしてもアリーナ、細かい音符たちを全身を使ってダンスするように弾いていくにびっくり。ベートーヴェンのクロイツェルはアグレッシヴだったけど、わりと静かにそよぐように弾く人だなって印象だったけど、こんなに身体を動かすなんてってちょっぴり印象が変わりました。でも、全く無駄な動きがなくって、あの身体の使い方から音楽が迸っていました。ワトキンスさんの作品はとってもステキで、また聴いてみたいと思いました。そしてアリーナの音楽も。ものすごく難しいと思うのに、全く破綻なく、自在にとっても音楽的に弾きこなしたのはやっぱり凄い。アリーナの演奏からはいつも音楽が聞こえるのです。こう書くと何をと思われるかもしれないけど、技術的に無茶なレヴェルを要求されるし、耳に馴染みのない分かりづらい音楽を聴いてそこに音楽を感じるのってなかなかないのです。凄いとか、かっこいいとか、響きがきれいとか、音楽の手前で止まってしまうことが多いのです。アリーナの演奏には現代の曲を聴いてもベートーヴェンで感じるような音楽が聞こえてくるのです。初めてリゲティの協奏曲を聴いたときを思い出しました。そういえばあのときもガーディナーさんとBBCシンフォニーでしたね。
演奏の後、ワトキンスさんもステージの上に呼び出されて、アリーナとワトキンスさんがハグしたときのアリーナの幸せそうなステキな笑顔ったら。残念ながら写真に撮ることはできなかったけど、あの笑顔は目に焼き付いています。アンコールは、彼女のアナウンスで、同じ作曲家のパルティータから最後の楽章、アレグロモルト。これまたステキな音楽と演奏。しばらくの間、これらの曲はアリーナが育てていくことになると思うんだけど(前にヒラリーがおっしゃってたんだけど、自分に献呈された作品はしばらく独占して演奏する権利が与えられるらしいの。ヒラリーはその間に曲を育てていくと語っていました)、ゆくゆくはいろんな人が演奏してヴァイオリニストのレパートリーになって欲しいなって思いました。そして、アリーナには是非、録音して欲しい。会場からはまたしても大きな拍手。わたしのまわりの席の人たちは口々にアリーナを賞賛していました。わたしのことのようになぜか嬉しい。

作曲者に拍手を送るアリーナ
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ワトキンスさんとアリーナはなんか親密そう
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前にリゲティを聴いたときは、もうそれだけで感激しちゃって、その後に演奏された音楽は正直もうどうでもよくなっちゃったんです。今日もそんな気持ち。第一この後なんの曲が演奏されるのかプログラムを見るまで知らなかったのですから。あっタコだ。タコ好き失格ですね。
でも、ショスタコーヴィチの交響曲第5番は、もう何回か聴いたことあるし、ポピュラーだし、まあ名曲ではあるけれどもクラヲタ的には物足りない、通俗名曲なんて言われちゃう(でもこれってほんと失礼な言い方)くらいな感じで、アリーナの演奏も聴いたしもうどうでもよくなっちゃってるんです。ガーディナーさんとBBCシンフォニーの演奏もきっとたいしたことないだろうと。そして音楽が始まったとき、あまりにも無為に流れるのにああやっぱりねって思ったのでした。激しく切り立つように重い出だしが、羊羹を切るような重さを感じさせず、まるですうっとういろうにナイフを入れたときのように、あっさりと力みなく通っていく。確かに透明な響きは美しいんだけど、音楽の厳粛さはあまり感じないなぁって思ったのです。音楽は終始とっても美しく余裕を持って鳴らされていきます。タコは、社会主義体制の中で悲痛な苦労をした人だよ、音楽と政治の狭間で翻弄されて、音楽の中に悲痛な叫びや悲しいくらいの諧謔、皮肉、秘密を盛り込んだ人だよ。きれいなだけの音楽を書いたんじゃないよ。でも、これは前にオルソップさんの演奏を聴いたときにも抱いた感想。音楽を聴いてるさなかそのことを思い出さなかったのは、ガーディナーさんの演奏が、そのことを忘れさせるように徹底して初めて聴いた音楽のように演奏していたからでしょう。こんなタコでもタコはタコ。ついつい耳を澄ませて聴いているうち音楽が身体に染み込んでくるのでした。
そして第2楽章のスケルツォもなんとてきぱきとリズミカルでチャーミングなこと。スタッカート気味の音楽が跳ねてる。こんな元気に明るいスケルツォでいいのと思いつつ、とっても面白く新鮮でステキに感じたんです。純粋な音楽の力。各セクションのトップのソロの人たちがみんなとっても上手くて、全曲を通して特にフルートが印象的だったんだけど、BBCシンフォニーやるなあって感じでした。
第3楽章は一転ゆっくり目のテンポ。透明な音色の演奏が心を揺さぶります。なんと哀しい音楽なんでしょう。涙がほろり。チェロのユニゾンのなんと悲しい音楽。音を突き放すように弾き切る弾き方のなんて力強い表現力なんでしょう。でも、この悲しさはひねくれた悲しさなんかじゃない。真っ直ぐな純真な悲しみ。体制とか政治とかそんな限定的な要因の悲しさじゃなくてわたしたちの心の中に持っている普遍的な悲しみ。だからこそ、だからこそ思いっきり音楽に共鳴してしまう。そしてフィナーレは遅いテンポ。でも重苦しくなくむしろ爽やか。音楽は晴れ晴れとしている。中間部では普通に速くなったけど、音楽が盛り上がって、急に静寂が訪れてホルンがステキなメロディを奏でるところからまた遅め。そしてそのままコーダでも遅いテンポ。愚直なまでにインテンポ。うわっこのままいくの?って思ってしまった。そして最後、金管楽器のファンファーレよりも、ティンパニの連打よりも、主役は執拗に同じ音を繰り返す高音の弦楽器。これがとっても効果的。青空のように澄み切って。ここに来たとき、あっ第一楽章の始まりの音楽が帰ってきたと思いました。始まりのあの演奏が、しっかり意味を持って思い出されました。なんとステキな音楽設計。歓喜?強制された歓喜。そんなことどうだっていいじゃん。最後の大太鼓も覆い被さることなく、ティンパニと一緒に思いっきり行進していました。
音楽が終わって、ああわたしもショスタコーヴィチも解き放されたんだって感じました。いろいろ頭の中に持っていたわたしのしがらみ。ショスタコーヴィチにまつわりつく政治的、歴史的なしがらみ。それら全てから音楽が解き放されて天高く解放されていくようです。それがわたしの涙の原因ではないかしら。解放された喜び。ついに新しい時代が来たみたいです。ショスタコーヴィチの音楽も純粋に音楽的な力のみに頼って演奏されることがこれからますます多くなることでしょう。そこで初めてショスタコーヴィチが楽譜に書いた音楽の力が音楽のみの言葉で聞こえてくるんだと思います。それにしても、、、わたしまでもが解放されたなんて。わたしはまだまだ音楽を純粋に聴き取る力が足りなかったんだ、ということに気がつかされて、恥じ入るとともにやっぱり嬉しいっ。すがすがしいっ。

トランペットのサイモン・コックスさんはゲスト・プリンシパル。1000人のとき最初の方でとちって眉毛をあげてしまった〜っていう表情をしたのがいい味出していたので、今日はとちってないけど記念にぱちり
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ガーディナーさんもまだ30代 やんちゃ坊主風
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by zerbinetta | 2010-08-17 08:36 | BBCシンフォニー | Comments(2)

Commented by ありこ at 2010-08-19 10:06 x
レポありがとうございます♪感動と状況がよーく伝わってきて、さらに自分の中の感動が深まりました!

>>ベートーヴェンで感じるような音楽

これ、すごくわかります~vvv現代曲って技巧に偏りすぎて無機質に聴こえたりもするのですけど、彼女の演奏は明らかに違いますものね!
今回の演奏も、私のアリーナ・ネットラジオコレクションの殿堂入りです♪

>>解放された喜び

zerbinettaさんのレポには共感することしきり、かつ私が言葉に出来ない部分をさくっと表現してくださって、違う意味で「解放された喜び」を味わえます(笑)
タコ、色んなものの狭間の音楽という直感しか持っていなかったのですけれど、そうか!とモヤモヤが晴れました♪
録音をじっくりヘッドフォンで聴いてみようと思います…。






Commented by zerbinetta at 2010-08-20 05:17
読んでいただいてどうもありがとう。
ありこさんにも音楽を共感してもらえてうんと嬉しいです。ほんとに感動したんですよ、あの音楽会。自分でもびっくりしました。

ほんとそうですよね〜。アリーナの演奏を聴いていると難しい現代の音楽でもしっかりと歌を感じるんです。それがとってもステキで。うっとりとしちゃいます。アリーナがロンドン在住で彼女の演奏をわりとたくさん聴けるのが本当に幸せです。ふふ。

タコ、変わったタコだと思いますが、是非じっくり聴いてみてくださいね。わたしも仕事から解放されて明日からヴァカンスです。へへっ

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