拳をおろせ   

24.11.2010 @royal festival hall

stravinsky: scherzo fantastique
prokofiev: piano concerto no. 3
shostakovich: symphony no. 11 'the year 1905'

oleg marshev (pf),
vasily petrenko / lpo


ペトレンコさんと言ったらわたしは初めて聴く指揮者さんですが、実は一部のタコファンから絶大な支持を集めていて(大袈裟?)、タコの交響曲サイクルのCDが大変好評だそう。ということをずいぶんと前から知っていたので、ロンドン・フィルの2010/11年シーズンが発表されたとき、彼の名前を見つけて、そしてタコ11の文字を見て小躍りしたのです。タコ11は実は高校生の頃、初めて聴いたときからずうっと好きだったのです。今思い出したのですが、この曲を元に小説まがいのものを書いて、先生に褒められたりもしました。そして、この音楽を聴くと、熱い血がカラダにたぎって最後は拳を振り上げてしまうのです。そういえばあの頃のわたしは、共産主義に共鳴していましたっけ。というか今でも、資本主義または自由経済主義は立ちゆかなくなっていくと思っています。なあんてことは音楽には関係ありませんね。

ペトレンコさんの第一印象は、髪の毛七三でした。なにそれって感じです。でもだって、指揮者さんって、変わったおしゃれな髪型の人多いじゃない。金髪のきれいな髪がきっちり分けられていたのはわたし的にはちょっとインパクトだったんです。そして若い。今日初めて知ったのですが、彼34歳なんですね。びっくり。

最初の曲は、ストラヴィンスキーの初期の作品、幻想的スケルツォ。ふわふわと浮遊感のある軽い音楽と演奏で、今日の肩慣らしと言うところでしょうか。でも、ふわりと羽のような音をオーケストラから上手に引き出していて、とっても良かったです。そして。ペトレンコさんの動きはとってもかわいかったです。最初、クルミ割り人形(魔法が解けて王子様の姿になった方)みたいって思っちゃいました。首を振って表情を表すところなんてそんな感じ。でも、もっと似てたのはミスター・ビーン。手の動きがなんだかミスター・ビーンの指揮姿に似てる。似てる似てる絶対似てる。ひとりほくそ笑むわたし。

プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番は、オレグ・マルシェフさんのソロで。この人も初耳のピアニストです。強烈な個性で印象に残るピアニストではない感じがしましたが、きっちりと弾いてきます。この人指が長い。プロフィールによると、ロシアの4大作曲家、チャイコフスキー、ラフマニノフ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチの協奏曲を全部録音した最初の人だそうです。ロシアものには自信があるんですね。今日も安定していましたから。でも、わたしが面白いと感じたのはオーケストラ。ペトレンコさんのオーケストラはアイディア満載で、いろんな音が聞こえてきました。わりとよく聴く曲なのに、こんな音あったのってたくさんの発見。そして、打楽器の叩かせ方がいいっ。これはタコに期待できる。

タコの交響曲第11番は、ミスター・ビーン封印で完全にシリアスモード。さっきまでの柔らかな表情を捨てて真剣な顔つきで指揮していきます。始まりの凍てつく冬の広場は、でも、氷点下20度とかじゃなくて、マイナス4度くらい。タコって、わりと暖色系の音を混ぜてるんですね。そして美しい。緊張感の中にも艶々とした美しい音楽。ペトレンコさんは、この音楽を映画としてではなく、音楽的に磨き抜いて演奏している。白黒の記録映画としてではなく、それを新たにリマスタリングしてヴィヴィッドな映像としてよみがえらせるのでもなく(だってそんなことしても読み取れる情報量には大きな差はないし)、音楽として交響曲として演奏している。音楽の心に直接訴える強さ、エモーショナルな昂揚を信じて。そしてそれはとっても成功していたように思います。第2楽章の市民の行進と、それに発砲する皇帝軍の血なまぐさいシーンも、映像が目に浮かぶと言うより、音楽が耳からではなく心に直接入ってくるよう。盛り上がるところは金管楽器や打楽器をはじめ、十分に強奏されるのだけど、決して音の美しさを捨てることなく、音楽としてまとまってる。全体的にはむしろ淡々と進む音楽は、それでいてとっても悲しい。第3楽章のヴィオラのメロディも素っ気ないほどの弾き方で、かえって悲しみが深くなる。この楽章でペトレンコさんは泣いていたように思います。何回か手で目を拭っていました。もちろんわたしだって。
タコの音楽って謎の引用が多くて、特に1905年という副題(ロシア皇帝軍が民衆に向かって銃撃する血の日曜日事件があった年です。これを機にロシアは革命に突き進みました)を持つこの交響曲は、民衆の歌っていた歌とか革命歌とか、レーニンの愛唱曲とかがたくさん引用されていて音楽に意味づけを行っていると、解説書には書かれています。各楽章に情景描写を思い起こさせる副題も付いてます。革命に向けて立ち上がる民衆の力が最後には示されていて、ソヴィエトの意にかなった音楽なのでしょう。それはそうなんでしょう。表面的には。でも、今日の演奏にはそれを感じることはできなかった。引用とか意味とか、全部外したところに現れる音楽の本質が読み取れたんです。この曲が決して、1905年の悲劇的な出来事について書かれた音楽ではないこと。発砲する兵士は、皇帝軍だけじゃない、当時のソヴィエト政府でもあるし、現在だって、悲しいけど同じことがたくさん繰り返されてる。そんな普遍的な悲劇、わたしたちも加害者に簡単になりうる悲劇(視野を広げれば暴力は戦争だけではなく、経済的な暴力もあるし、個人の心の中にだって他者に対する暴力は潜んでる)をこの音楽は描いているんだって素直に思えました。記録的な映像では具体的すぎて感じることが難しい奥に潜む普遍的なものをいともあっさり音楽は見せてくれます。そういう演奏でした。
引用からタコが音楽に隠した意味を読み取るのは知的興奮を覚えることも事実だし、そこから多くを得られるのも事実でしょう。わたしもいろいろ穿った捉え方をしたりしています。でも、タコが交響曲第5番で引用したビゼーのカルメンの有名なハバネラのメロディ。あの歌の歌詞から読み取れる意味を推察したりしていますが、わたしは、実は、引用なんて意味ないよ、なんてタコの皮肉も聞こえるのです。だって、ハバネラってビゼーがカルメンの中に間違えて借用した音楽なんだもん。スペインの雰囲気を出すのに引用したのはキューバの音楽。引用を詮索しても何もないことだってあるとタコは言ってるのかもしれません(メタな感じですが)。
最後の楽章は、ちっとも勝利ではありませんでした。少なくともわたしはここから市民の未来と勝利を感じることはできませんでした。広場の朝の回帰は歴史が繰り返すことを象徴してると感じたし、音色は常に暗く重い。特に打楽器が打ち鳴らされて静かにコーダが始まってからは、もう全く勝利感なし。そして最後、鐘を含む打楽器が打ち鳴らされてそのまま音を止めずに音が減衰していくフェルマータ。音楽は静かに終わったのです。拳は振り上げられなかった。わたしが今まで聴いてきた(そう感じてきた)音楽は間違いだったんです。現実はもっと複雑で深刻。正しい勝利なんてない。ぞっとして静かに音楽が終わるのを待ちました。残念ながらオーケストラのトゥッティの大音響が切れた直後に拍手する人もいました。これはでもしょうがないですよね。そういう音楽だと思ってた人も(わたしを含めて)多いと思うし。でもその拍手は会場には広がりませんでした。多くの人は指揮者が手を下ろすのを待っていただけかもしれないけど、そこに音楽の意味を感じ取った人もたくさんいたと信じて思いたい。打楽器の音が切れたあと会場から大きな拍手が始まりました。ほんとは、指揮者がまだ音楽の中にいたのでもうちょっと待ってもという気持ちもありましたが。わたしはしばらく拍手できませんでした。日本で発売されたペトレンコさんのこの曲のCDの帯には「この曲にブラヴォーは似合わない」のコピーがあったそうです。まさにその通りの演奏でした。このキャッチ・コピーほんとに秀逸ですね。カーテンコールに呼び出されたときもペトレンコさんはまだ音楽の中に沈んでいました。なので写真はありません。そういう気持ちにはなれなかったので。ただ、最後に出てこられたときはやっとにこやかな顔をされて動きが剽軽だったです。そのときわたしもほっと嬉しくなりました。良い音楽会を共感できた気持ちです。ペトレンコさん、ステキです。ロンドンにはまた来てくれるのでしょうか。それともわたしがリヴァプールまで追いかけていこうかしら。
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by zerbinetta | 2010-11-24 22:08 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(6)

Commented by YU at 2010-11-28 13:49 x
つるびねったさん、こんにちは。
タコ・・? ショスタコービッチなんですね!(笑)
この作曲家はずっと聴かず嫌いをしていましたが、最近、あ!美しい! と思う経験をし、これからどんどん聴いてみようと思っています。
何かオススメの曲とか本とかありますか?
Commented by zerbinetta at 2010-11-28 20:47
本ですかぁ〜〜。「証言」と言いたいところだけど、あれは偽書だから全くオススメしないし、音楽を楽しむのがいいのではないでしょうか。お勧めは、ピアノ協奏曲の第2番とヴァイオリン協奏曲かな。交響曲だったら第5番が聴きやすいと思います。弦楽四重奏に重要な作品があるのですが、わたしはほとんど聴いたことがないので(タコ好き失格)、こちらは分かりません。ごめんなさい。
Commented by 加トリーヌ at 2010-12-06 03:17 x
つるびねったさんの日記にはいつも「へぇーーーっ」という声を上げてしまいます(笑)。私は、直感でしか捉えなくて、曲の背景とか作曲者の意図を汲みとれないことが多いのです(汗)ただの知識不足で、感覚的な比較しか出来ず・・・
音楽って、歴史や文学や美術とも深く結びついていることが多いから、私ももっと色んなものを見たり読んだり聞いたりしなきゃ!と思いつつ、なかなか実行に移せないでいます。あぁ情けない。
タコ(笑)やプロコ、バルトークなんかも、「何が言いたいの?」みたいな難解な曲がたくさんあるけど、背景が判れば本当に興味深く聴けるんだなぁって思いました。
11番、改めて聴いてみたいと思いました!感謝です~~~(*^_^*)ちゅーしたいくらい感謝(あははは
Commented by zerbinetta at 2010-12-06 08:37
こんにちはっ。加トリーヌさんの評はいつもとっても核心を突いていると思います。わたしはなかなかそれができないのでまわりをぐるぐる回ってるだけ。知識だってあるにこしたことはないのでしょうが、本当にわたしのものになっているのか自信がありません。もっと学ばなきゃって思ってます。音楽って勉強すればするほど面白いと思うし。加トリーヌさんは、自分で演奏もされるので、楽譜からそういうのを読み取っていてとってもうらやましいです。音の意味は最終的に楽譜にあると思うんです。
タコはいいですよ〜〜〜(タコ好き女子を増やしたい下心見え見え)。ぜひぜひ聴いてみてください。ちゅーは喜んで! 大人のキスする?
Commented by 加トリーヌ at 2010-12-09 01:53 x
ありがとうございます~~\(^o^)/ そんな風に言って頂けて嬉しいです。もう、ちゅ~しちゃう!!大人のやつーーーー!!!あはは

タコ、好きですよ~~
ピアノ協奏曲がかっこよすぎてたまりません><
ただ、彼の室内楽はサッパリ意味がわからなくて困ってます(笑)。オケは金管が鳴り響く曲が大好きなので、タコシンフォニーは身が燃えます(笑)。
Commented by zerbinetta at 2010-12-09 08:32
どういたしまして。ちゅっ
タコおいしいですよね〜〜。じゃなかった、ピアノ協奏曲良いですよね。わたしは、マキシムのために書かれてかわいらしい方が好きかな。第2楽章は美しすぎて涙が出ます。
室内楽はわたしもまだ、あまり聴いたことがないんです。でも、弦楽四重奏曲が苦手なわたしも、タコの四重奏はちゃんと聴けるんです。まだ深くは聴けてないのですが。
タコシンフォニーに恋の炎を燃やしましょう。

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