わくわくしてたのに裏切られた??   

4.12.2010 @royal festival hall

beethoven: piano concerto no. 4
mahler: symphony no. 1 original version (?)

hélène grimaud (pf),
vladimir jurowski / lpo


怒っています。
今シーズン最も期待していた音楽会のひとつでした。何しろ、マーラーの巨人、花の章付きのオリジナル・ヴァージョンと言うことですから、交響曲ではなく、交響詩、または交響曲様式による音詩ということでしょう。以前日本で、若杉弘さんがライヴ・レコーディングしたCDと同様の(いくつか版があるので全く同じというわけではないでしょうが)音楽が演奏されることを期待していました。わたしはそのCDの円盤は持っていてたまに聴いているのですが、とっても詳しい解説はケースと共に日本に置いてきてあるので、詳しいことはうすらぼんやりと記憶にあるくらいです。でも、いくつかの明確な違いが、花の章が削除されて4楽章の交響曲になったあとの音楽に聴かれます。わたしの記憶が正しければ、交響曲になる前の音楽は、一番最初のファンファーレがホルンで出て(交響曲ではクラリネット)、第1楽章はリピートなし、スケルツォの始まりにはティンパニが重ねられてて、葬送行進曲の始まりのメロディはコントラバスとチェロ(交響曲はコントラバスのパート・ソロ、一時期、独奏になっていましたが最近改められました)、最終楽章の真ん中のクライマックスでの大胆な転調がないこと、最後のドラム・ロールが1小節ずつ長いこと、など、よく聴く音楽と違いがあるはずです。そして、オーケストラは3管編成でホルンは4本。あれれ?ホルン8人いるじゃん(交響曲では7本だけど、ひとりは第1奏者の補助)。ちょっと悪い予感が。
的中。音楽が始まってみると、ことごとく交響曲版と同じ。第2楽章に花の章を入れただけ? 第1部(第3楽章のスケルツォまで)と第2部(葬送行進曲から)との間に、音合わせをし直して間をとったけど、わたしには交響曲版の演奏に聞こえました。花の章を入れるのだったら、花の章の入っていた交響詩版の楽譜で演奏されるべき。交響曲に花の章を闖入させても齟齬が生じてしまう。演奏は花の章を含めてとってもとっても良かったんです。この間聴いたゲルギーとロンドン・シンフォニーの演奏よりも技術的なものは劣るけど、音楽はいっそう豊かだったと思います。少なくともわたしはこっちが好き。でも、ちぐはぐな楽譜の問題で、掛け替えのない名演からただの名演に落ちてしまいました。満員のお客さんからも大拍手で、本当によい演奏だったので返す返す残念です。まあ、普通の音楽ファンから見れば些細な違いというか、花の章は5楽章の音楽に違和感なくおさまっていたし、版のことなんて気にもしないでしょうけど、、、わたしヲタだから。。。でも、わたしの方に間違いがあるのかもしれません。わたしは上に挙げたような改訂は交響曲になった1896年版(第3版)からだと理解しているのですが、まだ花の章が付いている時点(1894年、いくつかある第2版、CDにもなってる1893年のハンブルク稿のあと)で行われていたのかもしれません。それを知らずに勝手に混乱して怒ってるだけかも。どなたかご存じの方がいたらぜひ、お教え下さい。

音楽会は後半、そんなどたばたがあったにもかかわらず(でも、とても良い演奏でしたが)、とても満足しています。それは、前半演奏されたベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番がとっても良かったからです。ピアニストはグリモーさん。いきなりピアノのソロで始まって、しかも最初の和音を崩してアルペジオ、と、ベートーヴェンは大冒険をしているのですけど、そのあとのオーケストラの弾き出しがとってもステキだったんです。これから始まる音楽の序奏を弾いてるみたいで(実際は形式的には序奏なしです)。また、ユロフスキさんのアクセントの付け方が独特でとっても上手い。同じグリモーさんと協奏曲の第5番を演ったCDのような古楽器的なアクセントの付け方じゃなくて柔らかく膨らませたようなアクセント。アクセントをつけた音をふんわり空中に飛ばしてそのあとから旋律を始める感じなんて最高。ベートーヴェンはソナタ形式で書きつつも、無限に展開していくように音楽を書いているのですね。ピアノは音楽の表情がいろいろ変わるごとに音色を変えてきます。展開部に入るところ(多分)の思いがけず短調で主題が出るところの暗さとかそのあとの空虚感みたいな音にドキリ。カデンツァはまるで甘さを抜いたショパンの音楽のような感じで面白かった。
そして第2楽章、ユロフスキさんの構えからスケルツォが始まるのかと思っちゃった。でも、低弦主体のオーケストラは激しく速く鋭角的。暗く攻撃的です。それに対してピアノが心の奥に沈潜していくようにゆっくり応える。男女の会話みたいって最初軽々しく思ったのだけど、そうじゃない崇高な哲学者の問答。オーケストラの側が力を落としていって最後はピアノの深く沈み込んだ内証的な音楽に収斂していく。そしてわたしも音楽に吸い込まれて自分の裡へ。なんと深い音楽。ピアニストとオーケストラがしっかりと対話して音楽を作っていく。この部分を聴いただけでも、今日聴きに来て良かった、音楽をずっと聴いてきて良かったって思いました。一転第3楽章は華やかな音楽だけど、今聴いた第2楽章の印象が強いので、音楽の後ろにある意味を探ろうとしてしまいました。今日、答えは出なかったけど、これから長い時間をかけて答えを探していこうと思います。多分答えは見つけられないかもしれないけど、探すことに意味があると思うから。
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by zerbinetta | 2010-12-04 22:12 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

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