偉大なものは大きくて壮大である   

5.12.2010 @barbican hall

beethoven/mahler: overture, leonore no. 3
alma mahler/colin & david matthews: seven lieder
beethoven/mahler: symphony no. 7

sarah connolly (ms),
marin alsop / lso


面白かった〜。
お帰りなさい、ロンドン・シンフォニーのマーラー記念年関連。マーラー編曲によるベートーヴェン。レオノーレの第3番と交響曲第7番。実はそれをすっぽり忘れてて、ステージを見たらなぜベートーヴェンなのにこんなに人がって思っちゃった。気がついたのは演奏が始まってから(あほ)。

始まりは、レオノーレの第3番。マーラーが3番目によく演奏していた曲で、20回演奏しています(参考)。オーケストラはなんと第1ヴァイオリンが17人、コントラバスに8人もいます。木管楽器は4人ずつ。さすがにピッコロや小クラリネットは使っていませんが。でも、弦楽器がこんなに大勢いると強化されて木管楽器でも対抗するのは大変そう。マーラーの行ったオーケストレイションの変更は耳で聴く限り控え目。楽譜に忠実とか、作曲者の意志が絶対というのは、ごく最近の傾向なので、フルトヴェングラーの音楽なんかに慣れてる人にとってはそれほど違和感はないかも。大時代的な雰囲気は感じるけど、わたしはこれもありかなって思った。ただやっぱりオーケストラは大きいねえ。速いパッセージはきっちり速く弾くけれども、どうしても溌剌とした感じよりも重さを感じてしまう。象がスキップできないのと同じね。でも象だって時速40キロで走れるのよ。

真ん中はこれまた珍しい、アルマ・マーラーの歌曲。彼女の作曲はピアノ伴奏だけど、今回はコリンとデイヴィッド・マシューさんがオーケストレイションしたもの。彼らはクックを助けてマーラーの交響曲第10番の演奏会用スコアの作成にも参加していますね(第3版)。アルマの作品は17曲残っているそうですが、今回はその中から7曲。全てマーラーとの結婚時代の作品です。ただ、マーラーは彼女に作曲家としての道を歩むことを許可しておらず(アルマはマーラーに出会う前、ツェムリンスキーの元で作曲の勉強をしていました)、ある意味不幸だったのかもしれませんが、この音楽を聴くと彼女が作曲家として名を残せたのかは微妙かもしれません。それにマーラーが亡くなったあと、彼女はすっぱりと作曲から手を引いていますし。アルマの音楽はメロディ・ラインは通俗的(これは言葉が悪いかなぁ。分かりやすい歌)と思えることもあるのに、伴奏の和声は結構複雑。ワグナーの影響があったり師のツェムリンスキーっぽかったりもするし。でもこれだけで判断するのもよくないですね。もっとしっかりと作曲に専念すれば違うふうになったのかもしれません。でもやっぱり、わたしには作曲から手を引かされて彼女が不幸だったとは思えません。本当に強い思いがあったなら、作曲を続けていると思うから。アルマの才能はもっと別のところにあったと思います。マシューズ兄弟のオーケストレイションは、さすがマーラーのオーケストレイションをやってただけあります。とても良かったです。歌を歌ったセイラ・コノリーさん(ロンドンではほんとよくいろんな歌を歌ってますね)もしっとりとステキでした。

そして最後は、ベートーヴェンの交響曲第7番。またまた大オーケストラ。マーラーがこの曲を指揮したのは13回。ベートーヴェンの交響曲では第5番、第6番に次いで3番目です。ここでもマーラーの編曲は控え目。スコアを確認しながら聴いていないので、耳に付いたところだけですが、第1楽章のお終いの方で低音楽器に半音進行がうねうねするところがホルンで増強されているのが面白かったです。でも、マーラーはこの曲を編曲しながら興奮してきたのでしょう。最後の楽章では、少しつっこんだ編曲がなされてるようです。弦楽器による速いパッセージの受け渡しが強調されるようになってたり、普段聞こえない木管楽器の音が強調して聞こえたり、真ん中らへんでスフォルツァンドで延ばす弦の音が、フォルテピアノからクレッシェンドをかけたり(ベートーヴェンの時代には多分ほとんどやられていない奏法)、これらはオーケストレイションの変更というより、強弱の変更かもしれませんが、マーラーらしい細かな指示なのではないかと思います。やっぱり最後の方の半音階のうねうねはホルンで増強してあったり。こんなふうになっても全くベートーヴェンでした。ベートーヴェンがマーラーの時代を生きていたら同じようなことをやったんじゃないかって思えるくらい。
ベートーヴェンもマーラーも一番良い時代を生きていたのではないかって思えるのです。彼らの時代、未来に向かってより良くなっていくということが信じられたから(マーラーの場合若干、過去への憧憬もあるようですが)。人類は進歩している。つまり、今は過去よりも良い。と信じられた。だからこそ、マーラーはベートーヴェンをより良いものに作り替えたのではないでしょうか。楽譜の変更なんてとんでもないっていうのは、今の考え方(といっても実務的な楽譜の変更は今でもやられてるけど)で、音楽ってずうっとそうやって生まれ変わってきた。だって音楽って生まれ続けていく芸術だから。今はちょっと演奏家は作曲家の召使いのように考える人が多いけど、演奏家も作曲家と対等の芸術家なのよね。

今日の演奏で特記したいのは、指揮者のマリン・オルソップさんが自分のものとして演奏していた点です。マーラーの編曲版ということで、マーラーの解釈したベートーヴェンの音楽ですが、オルソップさんだってベートーヴェンの楽譜から読んだ自分の解釈があるはずなのに、全く違和感を感じさせなかったんですよ。オルソップさんはマーラーの視点でしっかりとベートーヴェンを捉えてる。そしてそれを自分の音楽としてものにしてる。オルソップさん自身のベートーヴェンも聴いてみたいな。彼女はどんなベートーヴェンを聴かせてくれるでしょう? いまだにいろんなベートーヴェンが生まれてくる、ベートーヴェンって凄い。
第7番とあって興奮の中、音楽会が終わりました。最後のわくわく度はやっぱりたまらない。この演奏を聴いていたら、最後はチェロとコントラバスが楽器回してくれるんじゃないかって(のだめ)本気で思っちゃったもの。
[PR]

by zerbinetta | 2010-12-05 10:19 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

<< ふわりと魔法 わくわくしてたのに裏切られた?? >>