ヘリコプター・カルテット   

26.03.2011 @wigmore hall

lutosławski: string quartet
beethoven: string quartet in c# minor, op. 131

hagen quartet


そうだ!と珍しく突発的に思って昨日チケットを取った音楽会。CDで聴いて大好きだったハーゲン・カルテット。生で聴くのは初めてです。それに、今シーズン初めてのウィグモア・ホール。家から行くとチューブを乗り換えなければいけないのでちょっとおっくうがっていたのでした。土曜日だったので、ソーホーの中華街にも足を運んでみることに。豆板醤が切れたので買いたかったのよね。スーパーで買ったイギリス仕様の豆板醤もどき、まずくて使い物にならなかったので(損した)。というわけで最寄りの駅のレスター・スクエアからいつものロイヤル・オペラ・ハウスに向かうのとは違う道を歩いて、やっぱり予想通り道に迷っちゃった。それにしても大きなヘリコプターが1機、ぶるるるるると爆音を立てながら飛んでいて、なんか宣伝かなぁって牧歌的に思ったのでした。ふらふら歩いて通りの銀行のガラスには、割ったようなひびの模様があってちょっと前衛的って思ったり、でもその前には歩道にテープが張り巡らされて警官がいたり。偶然見つけてチャイナタウンの門をくぐってお目当てのスーパー・マーケット。中国人の友達が前に勧めてくれたブランドの豆板醤を無事購入して、やっぱ中国超市場はわくわくするな〜って後ろ髪を引かれながら、ピカデリー・サーカスに行くと、大勢の警官が隊列を作って立ってる。ピカデリー・サーカスはロンドンに住み始めて初めて行くので(って言ったらあんた何年ここに住んでるのって笑われた)、いつもこんなもんかなぁってのんびり思って、ああっ! そうだ、今日はデモがあったんだって、やっと思い出した。すっかり忘れてた。あとで調べたらさっきの銀行の模様は、暴徒化した一部のデモの人が銀行とか襲ったらしい。ううう、もしそんなさなかにぼんやり出くわしたら、巻き込まれるとこだったわ。場違いな場所にぽつねんと出現してしまった異邦人。そそくさと広場をあとにして、リージェント通りを北上、ウィグモア・ホールに向かったのでした。と、音楽会に着く前に今日はだいぶ時間がかかっちゃったね。

会場に早めに着いたら、閉じたドアの向こうでリハーサルをしていました。結構ぎりぎりまでリハーサルするのですね。今日の曲目はルトスワフスキのカルテットとベートーヴェンの作品131のカルテット。ハーゲン・カルテットは、ふふふ、3人は兄弟なのね〜って見た目で分かる。セカンド・ヴァイオリンがぽつりと他人。ご両親4人子供を作れば、兄弟だけでカルテットになったのにね〜って莫迦なことを考えていたら、ほんとは4人兄弟で、ひとり、才能に限界を感じて止めちゃったらしいのね。音楽の世界は本当に厳しい。男子クラヲタに人気のヴィオラのヴェロニカさんが真っ赤なドレスで、あとの男性3人は黒のスーツ。ヴェロニカさんかっこいい。
ルトスワフスキは、長い静かなヴァイオリン・ソロから始まって、1度聴いたくらいじゃよく分からない曲でした。聞きづらいというわけではなくて、長いので曲の構成というか全体像がつかみきれなくて、瞬間瞬間の音を楽しんだ感じ。ルトスワフスキは大好きな作曲家なのでまた聴いてみたいと思いました。最後まで集中して聴き通せて、充実した音楽だと感じました。でも、今日は静かな部分だと、例のヘリコプターの音が外からうっすらと聞こえてきて、ヘリコプター・カルテットかと思いましたよ。欧州の古いホールは(USのカーネギー・ホールなんかもそうですけど)、現代の街の騒音なんて考慮に入れて作っていないから、結構外の音漏れるのですよね。もの凄く気になるわけではないですけど、ルトスワフスキみたいに弱音が大事だと、ううんちょっとぉって思っちゃう。

正直に告白すると(多分もうしたことあるかも知れないけど)、わたし、弦楽四重奏が苦手なんです。弦楽四重奏曲で好んで聴くことができるのは、ハイドンとメンデルスゾーンくらい。大好きなモーツァルトですらどうも苦手で、バルトークなんかは目が回っちゃう。なので、ベートーヴェンの四重奏曲もあまりよく知らなくて、大フーガだけは手元にCDがあるので(ハーゲン・カルテット!)ときどき聴くのだけど、今日の作品131もほぼ初めて聴くような感じ。しかも、ベートーヴェンの最後期の四重奏曲ってとんでもないところにいっちゃってるから、一筋縄では聴けない。だから、ここで感じたことを書くのもおこがましいんだけど、とっても充実した演奏だったとわたしは思いました。ひとりひとりの演奏家の上手さもそうですけど、カルテットとして成熟していて一分の隙もないんです。全員がどういう風に音楽を考えてどういう風に弾くのか、練り上げられてて全く齟齬がないんですね。かといって練習通りの演奏というわけではなく、音楽が一瞬一瞬生まれ出てきて、それをみんなが同じ気持ちで共有しているの。次に何が生まれるか分からないライヴ感が強く感じられて、それはスリリングなんです。リーダーがいてその人に合わせているのではなく、中心になる人は常に変わっていて、お互いに対等な立場で音楽をしている。
そんな演奏に支えられたベートーヴェンの音楽はとっても雄弁。でも、この曲7つも楽章があって、複雑で1回聴いたら分かるという音楽ではないので、どうも上手く言葉にできないのだけど、最後のピアノ・ソナタ群のように、シンプルな音の中に(構成は複雑だけれども瞬間瞬間の音作りはとてもシンプルにできていると思います)、人間の深みのようなもの、この曲では諦観にも似た静かな境地、喜びや悲しみが直接表現されるのではなくて、思い出として、あるいは心のフィルターをいったん通して表現されているように感じられて、聴いたあと心地良い充実感がありました。
室内楽ももうちょっと聴かなくちゃと悪魔の声が聞こえたような気がしました。
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by zerbinetta | 2011-03-26 08:49 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

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