プチ追っかけの原点に戻る   

18.05.2011 @cadgan hall

tartini/kreisler: variations on a theme by corelli
beethoven: violin sonata no. 5
ives: sonata no.4, s63 'children's day at the camp meeting'
bach: partita no. 1
antheil: sonata for violin and piano no. 1

hilary hahn (vn), valentina lisitsa (pf)


ヒラリーとリスィツァさんのリサイタルにはるばるカドガン・ホールまで行っていきました(いつものホールは地下鉄乗り換えなしで行けるのに、ここは乗り換え1、2回)。もともと教会だったのを改装してホールにした1000人規模の中ホール。リサイタルにはぴたりのサイズです。

わたしのプチ追っかけ、実は初めての相手がヒラリーだったのです。あれはわたしがまだ、うら若き少女時代、なんちゃって、でも若かったよ〜、まだ20代、ヒラリーも10代の頃でした。そのヒラリー、プログラムのプロフィールには、冒頭にきっぱりと31歳のヴァイオリニストと書いてあって、うぎゃ、もうそんな歳なんだ、わたしも年とったんだな〜と妙な感慨。今は、ヒラリーのプチ追っかけはしていないけど、でもヒラリーの音楽会とあればなるべく聴くことにしている。
ピアノのリスィツァさんは、前回のリサイタルのときも聴いたけど、もう10年以上前に初めて彼女を見たときとんでもない美人だって思った人です。そしてがんがん弾く人。今は落ち着いた感じになってきましたね。

今日はちょっと意図がよく分からない寄せ集め系プログラム。わたし、プログラムを見るとついキー・ワードを探したくなるんですね。もちろんそういう組み立て方をしていない音楽会も多いのですが。始まりは、タルティーニ/クライスラーのコレッリの主題による変奏曲。タルティーニもクライスラーのも言わずとしれたヴァイオリンの名手。そんな彼らの作品だからヴィルトゥオーゾ満載。でも、ヒラリー楽々と弾きこなしていきます。全く、危なげなくというか、憎らしいほど余裕綽々。そして、多彩な音色。ヴァイオリン一挺でこんなにいろんな音色を表現してしまうとは。そして驚いたことに、ふっくら系の音色。ヒラリーの音色って凛とした研ぎ澄まされた透明な音だと思っていたのに、今日は不純物たっぷり(不純物がたっぷり入ってるからお酒っておいしいんですよ。アルコール水だったらなんて味気ないこと)、というか倍音が多くて、幅の広いふくよかな音色。まずこれにびっくりしました。最近は、特にフォーク・ミュージックの人との共同作業が多いせいなのか、クラシック以外の音楽にも目を開いていろんな可能性を探ってるヒラリーだけど、その成果が音に出てるのでしょうか。でもこれは、両刃の剣。わたしは以前の凛とした音色が好きだったので、ちょっと引っかかりました。

で、もっと引っかかったのがベートーヴェン。澄み切ったきらきらした春を描くのかと思ったら、まず始まりのゆっくり目のテンポにびっくり。見事に予想を裏切られます。じゃあ春のうららかな感じかな〜って思うとそうでもない。泰然とした風格さえ感じられる音楽を豊かな音色で弾くので、のどかというよりなんだか畏怖のようなものまで感じます。そして、汚い音まで敢えて使って、音楽に奥行きを与えているよう。とても良く考えられていると思うのですが、わたしにはちょっと考えすぎというか、考える方向がわたしのとは違ってるように感じました。なのでちょっと戸惑った。
でも、第2楽章には凄みのようなものまで感じられて、これはもうヒラリーの独壇場。会場のお客さんの空気までぴーんと変わって、第2楽章と第3楽章の間は息を詰めたよう。ヒラリーはベートーヴェンの書いた若くて朗らかな音楽(一見かも知れないけど)をものすごく精神性の高い音楽として表現しようとしていると思いました。ずっしり来るような聴後感は、それが上手くいっていたことを証明しているのかも知れません。好き、嫌いにかかわらずね。

でも、ヒラリーの本領発揮はここからです。まずは前回も弾いたアイヴスのソナタ第4番。キャンプ集会の子供の日。いろんなフォークソングがコラージュのように積み重なっているアイヴスらしい曲です。最後のはたんたんたぬきの〜♪ ですよね。それをあるがままに、まさにあるべき姿で弾いたのがヒラリーとリスィツァさんです。実は、ベートーヴェンのときは、リスィツァさんのピアノ、わたしの感覚にフィットしなくて、ああやっぱりピアニストも大事なんだなぁ、アリーナのティベルギアンさんってものすごくいいんだな(最近彼らのCDを聴いて、ティベルギアンさんのピアノにますます惚れ込んでいるのでした)、なんて余計なことも頭によぎっていたのですが、アイヴスのこの曲や最後に演奏されたアンタイルのソナタには、まさに彼女じゃなきゃという存在感がありました。
アイヴスの音楽は最近のヒラリーの方向性ととてもよくマッチしていて、ステキです。前回もアイヴスのソナタを数曲演奏しているのだけど、彼女が今、力を入れているフォークソングとのコラボレイションのクラシックへの成果としてアイヴスの演奏は成功していると思います。全集を録音するのかな。したらいいな。それにしてもこの曲最後は人を食ったような終わり方ですね。

そして、やっぱりヒラリーの真骨頂は、バッハ。パルティータの第1番というあまり有名ではない曲ですが、これがもう神々しくて(awesome)まるで音楽に神が宿ったようです。ヒラリーはデビュウCDがバッハのソナタとパルティータ(ただし全曲ではなくて半分)だったように、バッハをとっても大事にしているのだけど、だからこそ、畏敬の念を持って精神性の高い圧倒的なバッハを求道しているように思えます。そして今日のバッハは、10代で録音したCDでの演奏とは全く別物(CDではパルティータの第1番を録音していませんが)。CDで聴かせた透徹で透明感の溢れる音色から、ラシャのように、厚みがあって柔らかい音色。わたしは、最近はアリーナの繊細なバッハが大好きなんだけど、全く別世界に到達したヒラリーの演奏にも圧倒されてしまいました。もともとプロテスタント系(多分)の教会を改装して作られたこのホールの雰囲気と相まって超絶的なバッハ体験のひとつになりました。バッハの無伴奏の全曲録音はしないんですかと尋ねたところ、いつか、って答えていた彼女。まだ、その時期にはなっていないと考えているのでしょうか。でも、そのいつかがとても楽しみです。

最後のアンタイルのソナタは、作曲家の名前も初めて聴く人だったんですが、とても現代的。で、プログラムを見てびっくりしたんですが、アンタイルは1900年に生まれて59年には亡くなっているんですね。しかもこのソナタは23年の作曲。なんか途轍もなくいっちゃってる作曲家なんですね(アイヴスもそうですが)。しかもウィキペディアで調べると、無線LANの基礎となった技術を発明しているらしい。
この曲、ときどきストラヴィンスキーの影も聞こえてきて、激しく、技術的にもむちゃ難しそうですが、ヒラリーはもう盤石ですね。現代のヴァイオリニストの中でもテクニックは間違いなくトップ、音楽を読む目も確かな彼女が弾くと、ちょっとよく分からないモダニズム系の音楽もきちんと聞こえてしまいます。っていうか、彼女にこれだと言われるとすっかり納得するしかない、そんな圧倒的な説得力が彼女の音楽にはこもっているようです。

31歳、ますます高いところに向かっていく彼女。今は、フォーク・ミュージックの人との共同作業や、短い新作を何人もの作曲家に委嘱したり、音楽を豊かにしていく作業を意識的に行ってる彼女だけど、どこに向かっても、もし迷っても、あの原点のバッハがある限り、彼女は正しい道へ戻るでしょう、って確信した。わたしは、10年前、彼女にさようならをしたんだけど、でも、やっぱりこれからもプチ追っかけの原点として彼女を聴いていかなければと思い直しました。

10年前の日記(一部)です。ヒラリーがタコの協奏曲(第1番)をシャイーさんとコンセルトヘボウの共演で弾いたとき(2002年2月)。
・・・・ ヒラリーの音楽はわたしには想像もつかないほどの深みに達しているって。そしてわたしは寂しさを覚えたの。ヒラリーを聞き始めたときから、わたしも一緒に音楽を深めていこうと思ったのに、もう置いてけ堀を食らっちゃった。ヒラリーの音楽はもうずうっと遠くにある。これから彼女はどう成長していくのでしょう。ヴァイオリニストとして一番充実する40代まであと20年。そう考えるともう空恐ろしい。 ・・・

アンコールには、リスィツァさんがソロでショパンのノクターン。実はこれびっくりするくらい良かった。リスィツァさんの印象思いっきり変わっちゃった。静かで優しくて音楽が慈愛に満ちていて。そしてふたりでクライスラーの美しきロスマリン。このふたつのアンコールで張り詰めた心はまたやさしく溶けたのでした。とても充実した音楽会でした。でも、空席もあったのがちょっと残念。カドガン・ホールってあんまり宣伝上手じゃないのよね。
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by zerbinetta | 2011-05-18 21:05 | 室内楽・リサイタル | Comments(2)

Commented by YU at 2011-05-21 23:43 x
今年は、このお二人3月の来日がキャンセルになって聴けませんでした(涙)
このレビューで聴いた事にしたいところですが、果してどんなベートーヴェンだったのか、妄想中です。
それにしてもヒラリーさん31歳!?若手イメージで20代後半くらいと思っていましたが、もう大人の女性なのですね。
そして・・・10年前の日記 のくだりにゾットしました(汗) 2002年ってもう10年も前になってしまうのね・・(恐)
Commented by つるびねった at 2011-05-22 00:36 x
本当に残念でしたね。でも、ヒラリー日本好きみたいなのできっと行くでしょう。YUさんも聴きに行けることを願っています。ヒラリーの演奏、たくさんの人に聴いてもらいたいです。
日本での公演がキャンセルになったことは音楽会のあと知ったので、ヒラリーにそのことを聞くことができませんでしたが心を痛めてるんだと思います。ボルティモアでのチャリティー・コンサートのお礼も言えなくてちょっぴり後悔してます。

そう、もう31歳。わたしも、、、むにゃむにゃ。なのにちっとも大人じゃないし。

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