ピアノが主役の音楽会   

26.07.2011 @wigmore hall

fortepiano after j.a. stein ca.1788
cpe bach: sonata in g minor w65/17

fortepiano after a. walter and sohn ca.1805
mozart: fantasia c minor k.475
beethoven: sonata in c sharp minor op.27 no.2

fortepiano after c. graf ca.1819
schubert: impromptu in b flat major d935 no.3

fortepiano after j. pleyel 1831
chopin: nocturne in c sharp minor op.48 no.1
polonaise in c sharp minor op.26 no.1

fortepiano after liszt's boisselot 1846
liszt: funérailles

viviana sofronitsky (pf)
paul mcnulty (fortepiano building)


しばらく前にウィグモア・ホールのウェブ・サイトを眺めていたら、面白そうな音楽会を見つけたの。5台のフォルテピアノによる音楽会。合奏ではなくて、作られた時代の異なる(実際の楽器は、オリジナルの精巧なレプリカで作られたのは最近です。熟達の宮大工が金閣寺を再建するようなものですかね)楽器で、当時の音楽を弾くというものです。ピアノを製作したのは、ピアノ制作者のマクナルティさん。会場に着くといきなりステージの上に所狭しと5台のピアノ。演奏者はそのピアノの間を縫って移動します。実はわたし、フォルテピアノをちゃんと聴くのは2回目。初めて聴いたフォルテピアノはこの間のラベックさん姉妹の2台のピアノのための協奏曲だったのです。
ピアニストはソフロニツキーさん。お父さんは神とあがめられたほどのピアニストだそうです。そしてこの音楽会が面白かった。ライヴァルにはマリインスキーのバレエやアリーナの音楽会があったのに、これを聴きに行って後悔しないかな、なんて聴く前は若干思ったりもしたけど、終わった後は聴いて良かったと心から思える音楽会でした。
音楽会は1788年頃作られたピアノフォルテから始まって時代を巡ります。このピアノフォルテは少し小型でペダルがありません。でも、音はチェンバロよりもピアノに近いし、ちゃんとピアノもフォルテも表現できます。CPEバッハの音楽はわたし的にはちょっと退屈な部分もあったけど、ピアノの部分、フォルテの部分を対比させて書かれた、当時の鍵盤楽器音楽としては最新鋭だったのでしょう。つかみはばっちりです。

1805年のピアノになって表現力が格段に上がったように思えます。モーツァルトの幻想曲は、ストリングスのような金属を弾くような音色で、ああこれがモーツァルトのピアノなんだって思いました。というのはわたしの愛聴版、インマゼールさんが録音した同曲のCDの演奏が同じような音色だからです。現代のピアノでは出せない音色。この音色が好きなんですね。
ところが同じピアノで弾かれた、ベートーヴェンの月光ソナタ、さっきとは全く異なる柔らかなフェルトのような音色。同じ楽器なのにこの対照にびっくり。いきなり第1楽章が有名な分散和音が静かに鳴る音楽だったんですね。これもびっくり。

休憩の後はさらに時代が下って今度はシューベルト。このピアノがまたまた面白い。このピアノの特徴はなんとペダルが4つ付いてて音色を変えられるのです。ソフロニツキーさんは、即興曲を適所適所で音楽に合わせてペダルを使って音色を変えて弾いてくれたんだけど、これがもうびっくりするくらい効果的でステキ。シューベルトの音楽が俄然面白く響くのね。

お次はショパン。ショパンがこれ以上のものはないと言ったプレイエル。ショパンは、自分のコンディションがベストではないときには、簡単にピアノの自前の音色が引き出せるエラルドのピアノを好んだそうですが、調子の良いときは自分の音色が引き出せるプレイエルのピアノを好んだそうです。そして、このピアノから音量がうんと大きくなっているんですね(それまでのも少しずつ大きくなってるんですが)。現代の楽器より音がシンプルで飾らない気がしますが、このピアノで弾かれると、現代のピアノでの演奏でありがちな余計な感傷的な音色が付け加えられないので、ショパンの音楽がより強く男性的に響きます。

そして最後はリストのピアノ。ここまで来ると現代のグランドピアノにだいぶ近くなるのだけど、ピアノとフォルテの幅が広くなってダイナミック。リストの書いた長大なクレッシェンドがもうかっこよすぎてたまらない。

ソフロニツキーさんのピアノは、わりと小さな単位でフレーズを起こし直す表現が、わたしの好みには合わなかったのだけど、それぞれのピアノの特徴を出す選曲はもうこれしかないというものだし、100年近くにわたる音楽の様式の変化、楽器の変化をそれぞれの音楽でしっかり表現されていて、凄いと思いました。

音楽会はこれで終わりではなかったんです。この後サーヴィス満点のアンコール。今まではそれぞれのピアノでそれぞれの時代の音楽を弾いて聞き比べたけど、今度は同じ曲を違うピアノで弾いたらどうなるか聞き比べてみましょうって片言の英語で紹介があって、何曲かを続けて別のピアノで弾いてくださいました。これがまたとっても面白くて、それぞれのピアノの音色の違いがダイレクトに分かるし、そして、モーツァルトの曲はモーツァルトの時代のピアノで最も美しく響くし、ショパンはやっぱりショパンの時代のピアノで本質的なものを現すと思ったのです。それはもうぴたりと。
今は、ピアノといえばスタインウェイやたまにはベーゼンドルファー、ヤマハなんかが音楽会で弾かれるけれども、そしてそれは決して間違いだとは言わないけど、わたしにとって音楽が書かれた時代の楽器で音楽を聴くというのは掛け替えのないものだなと改めて思いました。多分モーツァルトは、スタインウェイのピアノを前にしたら全く違った音楽を作曲していたに違いないし、それはピアにズムを極めたショパンやリストでも一緒。音楽家にとって楽器やその音色はもう不可分なものだから、少なくともわたしは、一方でそういう聴き方、音楽の楽しみ方を続けていきたいなと思いました。そういうことのできるなんて恵まれた時代に生まれたのでしょう。

ピアノがいっぱい
c0055376_3352094.jpg

[PR]

by zerbinetta | 2011-07-26 07:50 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

<< 神の降臨 王子様、わたしを見て! >>