問君何所之  マゼール、フィルハーモニア「大地の歌」   

29.09.2011 @royal festival hall

mahler: adagio, symphony no. 10, das lied von der erde

alice coote (ms), stefan vinke (tn)
lorin maazel / po


マゼールさんとフィルハーモニアのマーラー交響曲全曲サイクル。夏休みを挟んで、いよいよこの秋は、最後の3つの交響曲です。今日は未完に終わった交響曲第10番の第1楽章、アダージョと「大地の歌」です。マゼールさん、第10番はマーラーの書いたアダージョしか演奏してくれないんですね。わたしは、補完された全曲版が好きだし、マゼールさんならきっと面白い演奏をしてくれるに違いないと思っていたので残念です。

アダージョ、わたし的にはこれ、アンダンテだと思うのだけど(確かにコラールっぽい第1主題はアダージョだけど、序奏や無機質な第2主題とかはアンダンテだし、楽章全体を支配している気分はアンダンテだと思う。マーラーが楽譜の表紙にアダージョと書いてたとしても)、マゼールさんはもろにアダージョで演奏しました。もう最初からアダージョ。アンダンテと書いてある、ヴィオラのパートソロからアダージョ。マゼールさん、そこアンダンテって書いてあるよって教えてあげたいくらいにアダージョ。跳躍が多くて調性の曖昧な、トリルや前打音がたくさんちりばめられてる20世紀に足を踏み込んだような乾いた無機質な第2主題の部分も、テンポの対比を抑えてアダージョ気味。何か不思議な粘りを感じました。わたしにはいまいち、マゼールさんがどんなものを表出したいのかよく分かりませんでした。多分、わたしだけではなくオーケストラもよく分かっていなかったんじゃないかと。フィルハーモニアには珍しく弾くのかなり苦しんでた。何とかマゼールさんの棒について行ってたけど、つなぎ目が崩壊寸前で何とか踏みとどまってる。真ん中あたりのヴィオラのパートソロなんて見事にずれちゃって2声になっちゃってるし(わざとじゃないよね)。マゼールさん、19世紀の崩壊の瞬間を描こうとしたのかな。なんて勘ぐっちゃう。

それ以上によく分からなかったのが「大地の歌」。いえ、立派な演奏でしたのよ。最後の美しさはもうこの世のものとは思えないほどだし、これを聴いたらもう全てを許しちゃうと思ったもの。あの瞬間のために全てはあったと。
もちろんそんな訳はないんだけど。ずうっと収まりの悪いまんま聴いていました。実はマゼールさんってこの曲苦手なんじゃないだろうか。マーラーの交響曲全集を前に録音したとき、入れてなかったこともあるようだし。何かこう、音楽を分解していって、部分部分のディーテイルを描き出すんだけど、それを元通り組み立て直すのに失敗してるというか。マゼールさん、指揮棒の先で何でもできちゃうので、(マゼールさんはそんなこと思ってもないんでしょうけど)小手先で音楽を作れちゃって、心の奥にぴんと来るものがないのよね。
歌も、ヴィンケさんの歌はよく分からなかった。ヘルデン・テナーなことは分かったんだけど、合っているのかいないのか。自暴自棄よれよれの酒の歌だからこれでいいのかも知れないんだけどね。
最後の楽章がとてもゆっくりで、全体としても80分近くかかっていたと思います。ゆっくりと細部にこだわって描くやり方は、最後の楽章には良かったし、始まりにも書いたように最後の部分は本当に美しかったの。でも、その美しさはをどういう気持ちで聴いたらいいのだろう?マゼールさん教えてよ。
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by zerbinetta | 2011-09-29 09:29 | フィルハーモニア | Comments(0)

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