主役はウーパールーパーの人! 内田光子、アバド、ルツェルン祝祭オーケストラ
2011年 10月 10日
10.10.2011 @royal festival hall
schumann: piano concerto
bruckner: symphony no. 5
mitsuko uchida (pf)
claudio abbado / lucerne festival orchestra
ニキの音楽会が終わって仕事に出かけて、ちょこんと仕事をしたとたん、今日はもうひとつ音楽会があったのでした。これまた、前々から楽しみにしていたアバドさんとルツェルンのオーケストラ。実は今日の分と明日の分のチケットを2枚持ってて、どちらかを里子に出そうと思っていたのになかなか決心がつかず2枚とも手元に、メイン・プログラムがブルックナーの音楽会を2日続けて聴きに行くことになってしまいました。うううむ。
今日は、シューマンのピアノ協奏曲とブルックナーの交響曲第5番。シューマンは始めグリモーさんがクレジットされていましたが、内田光子さんに変更。何でも芸術上の相違だそうです。ちょっと興味あり。でも、代役に光子さんなんて凄いし、これはこれで得した気分も。光子さん圧倒的にロンドンで人気あるし、尊敬されてるピアニストですからね。
アバドさんの光子さんのシューマンは夢の中の音楽のよう。柔らかくそこにあるのに手を伸ばしても届かない音楽。なんだか微睡みの中、意識の奥から聞こえてくるような音でした(しっかり起きていましたよ〜)。この曲、ベートーヴェンのように構成的にしっかりと演奏することもできるんです。わたしが今まで聴いた来た演奏、例えば、ペライアさんとハイティンクさんの演奏がそうでした。そしてそれは立派な音楽だと思うけど、わたしの中では何か違うというもやもや感が残っていました。シューマンの音楽ってそんな健康的な音楽ではなくて狂気に満ちた不健康な音楽なんではないかって。そこまで言うと言い過ぎかも知れないけど、少なくとも溌剌とした音楽ではないと思うんです。光子さんもアバドさんもそこのところを実に魅力的に演奏してくれたんです。音楽がどこかこの世の向こうから聞こえて来るみたいなどこか現実感が曖昧になるような。ふたりの音楽の方向が見事に一致してたように思えます。もしや、と穿った考えだけど、グリモーさんが降りたのはこの点ではなかったのかな。グリモーさんって、漢って感じの演奏をする人だから、力強く構成的に弾きたかったんじゃないかって。
光子さんの没入度もすごかったです。ときに第3楽章はあっちに行ってしまってましたね。つい先日、コリン・デイヴィスさんとロンドン・シンフォニーでベートーヴェンを弾いて、3日後にはシューベルトのソナタでリサイタル。ハード・スケジュールで大丈夫かしらと思ってたけど、ぜ〜んぜん問題なかった。アバドさんとオーケストラも光子さんのピアノに寄り添うように、でもとっても自発的に、極上の音楽を付けていました。アバドさんって協奏曲を指揮するときでも暗譜なんですね。びっくり。
本当に心に残るシューマンでした。お客さんも光子さんに大拍手。
音楽会が始まる前、ステージに音楽家さんたちが出てくるとき、ひとり妙に目立ってる人に気がつきました。男性は黒の背広に白シャツ、黒っぽいネクタイなんだけど、その人だけは黒っぽいおしゃれなジャケット風。で、髪型がふわっと横に広がってるのでわたしが座った正面から見ると、ビーグル犬みたいなというか、あっそうだ!ウーパールーパーみたい。早速わたしはウーパールーパーさんとあだ名を付けましたよ。トランペットの人です。でもこの人がただ者じゃなかったんです。シューマンのときはまだ、そこまではっきりとは感じなかったんですが、ブルックナーになって、この人がこのオーケストラの音を作ってる、コンサートマスター以上に音楽をリードしていると感じたんです。出番の少ないトランペットがですよ。びっくり。
ルツェルンのオーケストラは初めて聴くけど、めちゃくちゃ上手かったです。そして上手いだけではなく、何人か、上手い音楽家ではなく真の芸術家が混じっているんです。オーケストラの音楽を聴くとき、普通、指揮者の音楽が大きな部分を占めるのだけど、このオーケストラ、指揮者と対等に渡り合ってる奏者が何人かいるんです。まるで、指揮者を含めたそのトップ集団の合議制で音楽を作ってるかのように。なんか、アバドさんのやりたいことが分かったような気がしました。そして、アバドさんの元にこうして音楽家たちが集ってきた理由も。アバドさんもオーケストラの人も幸せでしょうね。そして、母体となってるマーラー室内オーケストラの人たちもこうして偉大な音楽家たちと一緒に演奏することでもの凄く大きな経験をしていると思います。
そのブルックナー、交響曲第5番は圧巻でした。正直あっけにとられた。なんという素晴らしい音楽。ひとりひとりが自発的に音楽を奏でながらもきちんとひとつにまとまっていて、オルガン・トーンのなんと見事に響くこと。そしてダイナミックレンジの広さ。会場にいても聞こえないくらいの弱音から、圧倒的な音浴びの最強音まで濁ることなくふくよかに鳴り響く。トランペットのウーパールーパーさんを中心にした金管楽器の柔らかな音楽的なコラール。木管楽器のあまりにステキな歌い回し。
ブルックナーの音楽は、正直苦手だけど、アバドさんの軽やかな(軽薄なという意味ではありません)生きている演奏からは音楽の喜び、ブルックナーが書いた音楽の喜びが溢れ出ています。もの凄く時間をかけて演奏された第2楽章の天国的な美しさ。特にその後半部分の神々しいまでの音楽には心が震えました。そしてフィナーレの、これでもかと言うほどのフォルテシモで繰り返される音楽の圧倒的な波。もちろん、最後のフルートが浮かび上がってくるアバド・マジックも健在。完全にわたしの頭は真っ白。わたしの中は空っぽにされて、音楽の感動だけが詰め込まれてしまいました。我に返って拍手したものの心が震えてる。
明日のチケットを持っててなんて幸せなんでしょう。こんな奇跡のような音楽が聴けるなんて、音楽会通いをしていて良かった。
schumann: piano concerto
bruckner: symphony no. 5
mitsuko uchida (pf)
claudio abbado / lucerne festival orchestra
ニキの音楽会が終わって仕事に出かけて、ちょこんと仕事をしたとたん、今日はもうひとつ音楽会があったのでした。これまた、前々から楽しみにしていたアバドさんとルツェルンのオーケストラ。実は今日の分と明日の分のチケットを2枚持ってて、どちらかを里子に出そうと思っていたのになかなか決心がつかず2枚とも手元に、メイン・プログラムがブルックナーの音楽会を2日続けて聴きに行くことになってしまいました。うううむ。
今日は、シューマンのピアノ協奏曲とブルックナーの交響曲第5番。シューマンは始めグリモーさんがクレジットされていましたが、内田光子さんに変更。何でも芸術上の相違だそうです。ちょっと興味あり。でも、代役に光子さんなんて凄いし、これはこれで得した気分も。光子さん圧倒的にロンドンで人気あるし、尊敬されてるピアニストですからね。
アバドさんの光子さんのシューマンは夢の中の音楽のよう。柔らかくそこにあるのに手を伸ばしても届かない音楽。なんだか微睡みの中、意識の奥から聞こえてくるような音でした(しっかり起きていましたよ〜)。この曲、ベートーヴェンのように構成的にしっかりと演奏することもできるんです。わたしが今まで聴いた来た演奏、例えば、ペライアさんとハイティンクさんの演奏がそうでした。そしてそれは立派な音楽だと思うけど、わたしの中では何か違うというもやもや感が残っていました。シューマンの音楽ってそんな健康的な音楽ではなくて狂気に満ちた不健康な音楽なんではないかって。そこまで言うと言い過ぎかも知れないけど、少なくとも溌剌とした音楽ではないと思うんです。光子さんもアバドさんもそこのところを実に魅力的に演奏してくれたんです。音楽がどこかこの世の向こうから聞こえて来るみたいなどこか現実感が曖昧になるような。ふたりの音楽の方向が見事に一致してたように思えます。もしや、と穿った考えだけど、グリモーさんが降りたのはこの点ではなかったのかな。グリモーさんって、漢って感じの演奏をする人だから、力強く構成的に弾きたかったんじゃないかって。
光子さんの没入度もすごかったです。ときに第3楽章はあっちに行ってしまってましたね。つい先日、コリン・デイヴィスさんとロンドン・シンフォニーでベートーヴェンを弾いて、3日後にはシューベルトのソナタでリサイタル。ハード・スケジュールで大丈夫かしらと思ってたけど、ぜ〜んぜん問題なかった。アバドさんとオーケストラも光子さんのピアノに寄り添うように、でもとっても自発的に、極上の音楽を付けていました。アバドさんって協奏曲を指揮するときでも暗譜なんですね。びっくり。
本当に心に残るシューマンでした。お客さんも光子さんに大拍手。
音楽会が始まる前、ステージに音楽家さんたちが出てくるとき、ひとり妙に目立ってる人に気がつきました。男性は黒の背広に白シャツ、黒っぽいネクタイなんだけど、その人だけは黒っぽいおしゃれなジャケット風。で、髪型がふわっと横に広がってるのでわたしが座った正面から見ると、ビーグル犬みたいなというか、あっそうだ!ウーパールーパーみたい。早速わたしはウーパールーパーさんとあだ名を付けましたよ。トランペットの人です。でもこの人がただ者じゃなかったんです。シューマンのときはまだ、そこまではっきりとは感じなかったんですが、ブルックナーになって、この人がこのオーケストラの音を作ってる、コンサートマスター以上に音楽をリードしていると感じたんです。出番の少ないトランペットがですよ。びっくり。
ルツェルンのオーケストラは初めて聴くけど、めちゃくちゃ上手かったです。そして上手いだけではなく、何人か、上手い音楽家ではなく真の芸術家が混じっているんです。オーケストラの音楽を聴くとき、普通、指揮者の音楽が大きな部分を占めるのだけど、このオーケストラ、指揮者と対等に渡り合ってる奏者が何人かいるんです。まるで、指揮者を含めたそのトップ集団の合議制で音楽を作ってるかのように。なんか、アバドさんのやりたいことが分かったような気がしました。そして、アバドさんの元にこうして音楽家たちが集ってきた理由も。アバドさんもオーケストラの人も幸せでしょうね。そして、母体となってるマーラー室内オーケストラの人たちもこうして偉大な音楽家たちと一緒に演奏することでもの凄く大きな経験をしていると思います。
そのブルックナー、交響曲第5番は圧巻でした。正直あっけにとられた。なんという素晴らしい音楽。ひとりひとりが自発的に音楽を奏でながらもきちんとひとつにまとまっていて、オルガン・トーンのなんと見事に響くこと。そしてダイナミックレンジの広さ。会場にいても聞こえないくらいの弱音から、圧倒的な音浴びの最強音まで濁ることなくふくよかに鳴り響く。トランペットのウーパールーパーさんを中心にした金管楽器の柔らかな音楽的なコラール。木管楽器のあまりにステキな歌い回し。
ブルックナーの音楽は、正直苦手だけど、アバドさんの軽やかな(軽薄なという意味ではありません)生きている演奏からは音楽の喜び、ブルックナーが書いた音楽の喜びが溢れ出ています。もの凄く時間をかけて演奏された第2楽章の天国的な美しさ。特にその後半部分の神々しいまでの音楽には心が震えました。そしてフィナーレの、これでもかと言うほどのフォルテシモで繰り返される音楽の圧倒的な波。もちろん、最後のフルートが浮かび上がってくるアバド・マジックも健在。完全にわたしの頭は真っ白。わたしの中は空っぽにされて、音楽の感動だけが詰め込まれてしまいました。我に返って拍手したものの心が震えてる。
明日のチケットを持っててなんて幸せなんでしょう。こんな奇跡のような音楽が聴けるなんて、音楽会通いをしていて良かった。
by zerbinetta | 2011-10-10 23:58 | 海外オーケストラ | Trackback(1) | Comments(2)
タイトル : ルツェルン祝祭管/アバド/内田(p):至高の管弦楽の衝撃
2011.10.10 Royal Festival Hall (London)Claudio Abbado / Lucerne Festival OrchestraMitsuko Uchida (P-1)1. Schumann: Piano Concerto in A minor2. Bruckner: Symphony No. 5この演奏会、元々は11日のほうの安い席のチケットを買ってい...more
2011.10.10 Royal Festival Hall (London)Claudio Abbado / Lucerne Festival OrchestraMitsuko Uchida (P-1)1. Schumann: Piano Concerto in A minor2. Bruckner: Symphony No. 5この演奏会、元々は11日のほうの安い席のチケットを買ってい...more
こんばんは。皆さん、書いてらっしゃいますが、このコンサート本当に素晴らしかったようですね。私は、仕事の都合で、泣く泣くチケットを友人に譲りました。とっても、悔しい思いをしたのを忘れかけたことに、またこの記事が・・・・・・
ごめんなさい。また、アバドさんネタです。この2日の音楽会本当に素晴らしかったです。かんとくさんからチケットをもらったお友達の方は、なんて幸運なんでしょうね。だとしたら、かんとくさんは幸運の使者です。
でも、この音楽会に限らず、ロンドンはなんて素晴らしい音楽会が多いのでしょう。わたしもずいぶん聴きそびれているような気がします。
でも、この音楽会に限らず、ロンドンはなんて素晴らしい音楽会が多いのでしょう。わたしもずいぶん聴きそびれているような気がします。
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