極限の孤独 ズウェーデン、ロンドン・フィル ショスタコーヴィチ交響曲第8番   

26.10.2011 @royal festival hall

chopin: piano concerto no. 2
shostakovich: symphony no. 8

rafaeł blechacz (pf)
jaap van zweden / lpo


タコタコタコ。しかもタコ8。嬉しくて舞い上がっちゃって、いつもより早めに出かけたのに、何故かぼんやり、途中のレスター・スクエアで降りてしまって、あれわたし、オペラ・ハウスに行くってか? と大ぼけ。結局いつもの時間に、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールに着いたのでした。
そういえば、今日はもうひとつ、ショパンをピレシュさんが弾くんだってわくわくしていたら、こちらはピレシュさんが直前にキャンセル、代わりにブレハッチさんが弾くことになりました。ブレハッチさん(というか、名前読めなかった)、お年を召した方だと思っていたら、ステージに出てきたらなんと!お若いじゃない! しまった、カメラ持ってこなかった! なんてこと考えながら、あとで調べたらブレハッチさんって、2005年のショパン・コンクールでぶっちぎりで優勝しているんですね。若くて礼儀正しそうで、清潔で、なんだか新入社員っぽい(わたし、会社勤めしたことないけど)。結構小柄で、華奢で、ハンサムっぽい♥ さてそんな彼のピアノ、多分とっても難しいと思うショパンの曲をさらりと弾いて、難しいように聞こえない。そしてとってもきれいな音色。彼のピアノは一言で言うと、普通。それはもうもの凄い高みで普通なんです。何も足さないし何も引かない音楽。あるがままに完成されてる。何かを主張したり表現しようというエゴは感じられないし、ことさら個性を強調することもない。どこかで目立ってやろうとも思わない。ある意味なにもしない。お刺身。でも、お魚はきちんと適切に締められて、手入れの行き届いた包丁ですうっとちょうどいい厚さに切られてる。そんな見えないところできちんと仕事のされてる音楽。彼はこうして音楽会で弾くときも、おばあちゃんの家のピアノで弾くときも、全く同じ音楽を弾くんだろうな。まだ20代半ばでこんなに完成度の高い音楽をするなんて。とんでもない恐るべき若者です。この人の音楽、集中的に聴きたいと思いました。

そして休憩のあとはいよいよタコ8。タコファンにはたまらない第8番。弦楽四重奏曲の第8番もいいですよね。
指揮者のズウェーデンさんは、去年の直前インフルエンザ降板事件があったので、聴くのは今日が初めてです。ショパンのときも感じたのですが、彼の指揮は音楽をぐいぐい引っ張っていくタイプ。ショパンの協奏曲でも音楽をリードするのはズウェーデンさんでした。もちろんショパンの曲はピアノが弾いてる間、オーケストラはなすすべもなく音を伸ばしてるだけとかなんだけど。
そしてタコは、最初っからめちゃくちゃ意志の強い音楽。大きな筆で畳十畳分の和紙に闇と力強く書くように深い闇を眼前に創出。コントラバスの重い粘りけがタコ心を刺激する。それにしてもこの音楽、もの凄く暗く、孤独。今日改めて気がついたんだけど、ショスタコーヴィチは、この曲を徹底的に、単旋律にして、ひとりの奏者、愚直なまでのユニゾンに託して、魂の孤独、寂寞を表出しているように思います。裸で長いソロを吹く奏者たちは、だれも助けてくれず、独り、寒々しい孤独。やっと旋律が絡み合うところは、安らぎではなく不安を表すよう。なんて厳しい音楽をショスタコーヴィチは書いたのでしょう。そして、ズウェーデンさんは克明にそれをなぞります。速めのテンポでざくざくと切り込んでいきます。安らぎ、休息を求めても音楽はとりつく島もなく進んでいき、聴いてるわたしも孤独。凶暴な第1楽章。ピッコロも小クラリネットも耳をつんざくような叫び。ホルンの叫びのあとの行進曲は、速いテンポのゆえ、早回しにされカリカスチュアライズされた戦争。膝を打ち、これは戦争の音楽なんだ。戦争に対する個の孤独、無力感。でも、戦争ってなに?
これでもか、っていうくらいの速さで始まった第3楽章。リズムが切れまくっていて、トロンボーンもティンパニも完璧について行く。もの凄くすごい。怖い。反対に無表情の第4楽章のパッサカリア、点描的に音が対比されるソロも悲しみというより、悲しすぎて涙も涸れて、抜け殻のよう。そんなところにも平然と春が来る。ってなんだか大地の歌みたいね。雪どけて芽吹く緑。でも、これは希望? 繰り返される不幸の始まり? 謎を孕んだまま音楽は終わったけど。。。結局わたしは独りでそこにぽつんと残された。
でも、わたしにとって戦争ってなんだろう? 直接戦争に関係したことのないわたしには(戦争をしている国に住んでいたことはあるけど)、この音楽は、過去のもの、それとも物語? 多分違う。この音楽は特定の戦争の交響曲ではないと思う。もっと普遍的なものを持っているに違いない。なぜならわたしはとっても心を揺り動かされたもの。それも悲しい物語を聞いたからではなく、孤独な叫びが今のわたしの心に直接反響して。世界から孤立して立ち現れる、孤独感、不安。そして無力の人に否応なく襲いかかる世界。そんな今の現実をもこの音楽は表現しているんではないかしら。だからこそ、直にわたしを震わしめたんではないでしょうか。圧倒的な力の前にどうすることもできない自分。そして答えは与えられない。

オーケストラはいつも以上の力を出し切った演奏でした。ソロの人たちそれぞれが本当に上手い。もう圧倒されて呆然としてしまった音楽会でした。残念ながらマイクは立っていなかったので、録音も放送もないでしょう。まれに聞く名演だったのにもったいなさすぎ、残念。
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by zerbinetta | 2011-10-26 08:47 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

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