無邪気にショウリョウバッタの首を抜く残酷さ アリス=サラ・オット リサイタル   

22.11.2011 @queen elisabeth hall

mozart: variations on a minuet by duport, k573
beethoven: sonata no. 3
chopin: three walzes op. 34, three walzes op 64 nos 1 & 2
liszt: études d'exécution transcendante s139
no. 11 'harmonies du soir', no. 12 'chasse-neige'
concert paraphrase on verdi's rigoletto s434

alice sara ott (pf)


アリス=サラさんは言うまでもなく人気のピアニストです。彼女のピアノ、今までに3回、オーケストラとの共演で聴きましたが、いつも彼女のピアノは大ホールより小さなホールが似合うのではないかって感じてました。で、今日ついにそれが実現しました。サウスバンク・センターの席数1000弱の中くらいのホール。ピアノのリサイタルがよく行われます。

ステージににこにこしながら小走りに出てきたアリスさんは、真っ白い衣装、そしていつものように裸足。ピアノの前に座って、いつものようにせかせかとつまみをくるくる回して椅子の高さを調節します。これ、癖なんでしょうね。だって普通、始まる前に高さ合わせてあるよね。それから少し間を置いて弾き始めました。わたしはさっきプログラムをちらっと見ていたので、ベートーヴェンのソナタ第3番であることをちゃんと知ってます。ってあれ?ベートーヴェンってやっぱ若い頃はかなりモーツァルトっぽい。スタートラインはモーツァルトなのね。ってあれ?変奏曲だ。ソナタなのに、いきなり変奏曲で始めるなんて、さすがベートーヴェン。とか思いつつもいやにモーツァルトっぽいなぁと不安に思って隣の人のプログラムをちら見したら、なあんだ、1曲目はモーツァルトだ。解決解決。
アリスさんの音は、ゴムのように弾力性があってぴたりと吸い付くような響きで、それがバスの動きに合ってて面白かったです。でも、なんだかとっても楽しそうに弾いていて、プロの演奏家というよりも(もちろん演奏のレヴェルはプロなんですけど)、ピアノを習っているお嬢さんが楽しそうにピアノを弾いている感じ。それがサラさんにとってのモーツァルトなんじゃないかって思います。

2曲目のベートーヴェンは、もちょっと真面目に、でもやっぱりうっとりとピアノの中に没入してる。音色は少し変わって弾むような重さもあってこれはベートーヴェンっぽい。ベートーヴェンってモーツァルトに比べると重心の低い音楽ですものね。アリスさんのピアノは無理なく、普段弾かれてるように弾いてるように聞こえました。やっぱりアリスさんはがしがしとオーケストラと対抗しないで、自分の裡にこもりながら弾くのが、彼女の良さが出て良いように思えます。

休憩のあとはショパンとリスト。ショパンは作品34の3つのワルツと作品64から2つのワルツ(1番と2番)。そうそう、作品64の1って「1分のワルツ」っていう表題が付いてましたが、これ、「子犬のワルツ」ですね。
ステージに小走りで出てきて、ピアノに向かって座ったかと思うと今度は間髪入れずに弾き始めました。ショパンのワルツは、彼女のCDのヴィデオ・クリップにあった湿り気のあるメランコリックな演奏になるかと思いきや、結構ドライでリアリスティックな演奏になりました。予想外。正直、わたしは、例えば、望郷の物語を彼の音楽の後ろに見えたり、何か物語を感じる演奏の方が好きなので、今日の演奏はちょっとあっさりしすぎてるように思えました。
続いてリストの超絶技巧練習曲から「夕べの調べ」と「雪嵐」。これがとっても良かったのです。わたしはピアノが弾けないので、この曲がどんなに難しいのか(もしくはわりと簡単なのか)分からないんですけど、アリスさんは無理なく弾いていて、難しいようにはちっとも聞こえない。そしてなんだか雄大で、深い深い海に呑まれるかのような感じをいだきました。それがちょっと怖かったです。落っこちたらもう2度と浮かび上がれないような気がして。そういう風に感じる演奏って滅多にないので、凄い演奏なんだと思います。
お終いの「リゴレットの主題による演奏会用パラフレーズ」はエピローグ。これはもう、ピアノの音楽を楽しむばかりの曲で、技巧的な音楽を楽しむしかありません。さらりと弾いてしまうところ、アリスさんって技術的にとっても上手い人なのかも知れません(そうは感じない、というか気がつかないんですけど)。

大きな拍手でアンコールは、「エリーゼのために」と「ラ・カンパネルラ」。実は、プロのピアニストの方が弾かれる「エリーゼのために」は初めて聴きましたが、優しく美しい曲ですね。いつも途中でつっかえたりするのを聴いていたので、ちょっと新鮮です。

今日はさすがに日本人多めですけど、アリスさん、ロンドンでも人気です。拍手も絶大で、サイン会にもいつも以上に人だかりができていました。なんかすごいです。

ただわたしは、まだ不思議な思いを抱いたままです。何かをちょっと怖れてる。
彼女はとっても音楽に没入して演奏するタイプの人だと思います。それはとっても純粋で、でもそれ故に、まだそいういことを自分自身で知覚していないのではとも感じるのです。まだまだ無垢の部分が多い。例えば、わたしの好きな若手のピアニスト、ユジャやブニアティシヴィリさんは、自分たちの持ち味、音楽を自覚して作ってる、弾いていると感じるのだけど、アリスさんからはそれをあまり感じないんです。まるで、幼子が、キラキラと輝いた目で、ショウリョウバッタの首を引っ張って抜くみたいな。大人から見るとそれは残酷で悪いことという判断ができるのだけど、子供にとってはまだ、それは遊びで、善し悪しもないし悲しいことでもない。なんだか禁じられた遊びの世界。そういう風な感じを彼女の演奏から受けたのです。なんだか純粋に楽しそうに無垢なまま音楽を演奏していてる。それはとっても素晴らしいのだけれども、子供から大人になっていろんなことが意識の中に自覚されるようになったらどんな風に変わっていくのか、楽しみでもあり危ういものも同時に感じてしまうのです。これから彼女がどのように成長していくのか、しばらく見つめていきたいと思います。
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by zerbinetta | 2011-11-22 23:54 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

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