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煩悩か、解脱か ハーヴェイ「ワグナーの夢」 ブラビンス、BBC交響楽団   

29.01.2012 @barbican hall

jonathan harvey: wagner dream

simon bailey (vairochana), claire booth (prakriti),
andrew staples (ananda), roderich williams (buddha),
hilary summers (mother), richard angas (old brahmin)

nicholas le prevost (wagner), ruth lass (cosima),
julia innocenti (carrie pringle), richard jackson (dr kepper),
sally brooks (betty/vajrayogini)

oroha phelan (director)
gilbert nouno (ircam computer music designer)
franck rossi (ircam sound designer)
charlie cridlan (designer)

martyn brabbins / bbcso


素晴らしすぎた!!
BBC(バービカン)では、毎年トータル・イマージョンと称して1日中ひとりの現代作曲家にスポットライトを当てる音楽会(と講演会等)シリーズを3回行っています。今日はその今年の1回目。ジョナサン・ハーヴェイさんの特集です。わたしは初めて名前を聞く作曲家です。朝からいろんな音楽会等をやっているのですが、軟弱者のわたしが参加したのは、最後の音楽会だけ。「ワグナーの夢」というオペラがセミ・ステージドで上演されます。
実は、この音楽会、秘かにファンのクレア・ブースさんが歌うので聴きに行ったのです。彼女の声が好きで、レパートリーも古典と現代音楽(今はこちらの方が主なのかしら)中心でわたし好み。大きなオペラ・ハウスで歌うことはないかも知れないけど、現代曲歌いとしては引っ張りだこに育って欲しいなぁ。多分まだ30代に入るか入らないかくらいの若い人。かわいらしい方ですよ。

オペラはたいていあらすじを読んでいくんですけど、現代の作品なので見つからず、でも、ワグナーが作品を計画していた仏陀関係の物語であることは分かって、聴いたら分かるでしょ、くらいなお気軽な態度。幸い、台詞も歌も英語なので分かりました。
舞台は3つに分かれています。一番奥、高いところで役者による劇、真ん中中段で歌手によるオペラ(今回はセミ・ステージドなので演技はなし)、手前では20人ほどの編成のオーケストラが演奏します。
会場に着くと煙のようなものが。匂いはなかったので、無臭の香が焚かれていたのでしょう。暗くなって、オーケストラの人がひとりひとりステージの袖で礼をしつつ上がってきます。指揮者は、再来年から名古屋フィルハーモニーの主席指揮者になる予定のブラビンスさん。みんな黒ずくめの服装です(あっBBCシンフォニーはいつもそうか)。舞台はヴェニス。ワグナーとコジマの家(ホテル?)です。
ワグナーとコジマ、それを取り巻く人々は役者さんが演じます。本職の演劇ですからもう上手いのなんの。舞台は狭いのでもちろん演技の部分は最小限なんだけど、言葉のしゃべりの上手さは、言葉が直接胸に響いてきて凄かったです。英語もとてもきれいな発音なので、わたしにも分かりやすかったし。

「人間性における女性的なものについて」の執筆を始めたワグナー。コジマと若い歌手を巡っての痴話喧嘩中にワグナーが心臓の発作で倒れます。そのワグナーが見た夢が、構想中のオペラ「勝利者」。若い仏法僧と村娘の愛のお話。ワグナーの夢に出て彼に直接語りかける僧(歌手)を介在して、夢の中のオペラが繰り広げられます。オペラはまだ構想段階なので、この物語がどれくらいワグナーの完成品の中に残るのかは分かりません。そして、この物語、煩悩のかたまりのワグナーの思想と全く相容れないのです。村娘プラクリティ(サンスクリット語で「自然」の意味)はあるとき出逢った若い僧アナンダを愛してしまいますが、僧アナンダはプラクリティに好意を示すものの、バラモンの戒律を守って愛し合おうとしません。仏陀は、プラクリティに自分に従えば、解脱した世界でアナンダと一緒にいられると解きます。愛を捨てるの、と悩むプラクリティも最後は全ての欲望を捨てて仏陀に従う道を選びます。でも、ワグナーはこれはわたしの考えとは違うと叫び、死んでいきます。

オペラの部分は、ワグナーの構想したオペラということになっていますが、ハーヴェイさんは、ワグナーを模して作曲することはせず、自分の語法で音楽を書いています。ワグナーのオペラの目立った引用もありません。この潔さ(劇中のワグナーの作品だからワグナーっぽく書きたくなるのが人情?)がこの作品をとてもステキなものにしたと思います。ワグナーもどきの音楽なんてここで聴きたくないですからね。
歌手はオペラティックな歌ではないけれども、皆さんとっても良かったです。特に、大好きなブースさんがステキでした。歌手も小さなマイクロフォンを身につけているのですけど、電気的な音の加工をしているのですね。楽器もそう。でも、わたしの耳にはそんなに目立って聞こえませんでした。生音ばかりが聞こえてた感じです。

20人の小さなオーケストラもさすがBBCシンフォニー、上手かったです。ブラビンスさんは、玄人好みのしっかりした音楽作りで、得意とする現代曲での実力を見せつけた感じです(クラシックの作品の演奏では、実直だけれどもぐっとくる個性があまり感じられないタイプです。きちんと高い水準の演奏をする職人的な指揮者ですが)。それにこの作品の質が高かった。劇とオペラをいっぺんに観た、聴いた、感じです。音楽が素晴らしい!なんかもう今年一番の発見です。2時間あまりのこのオペラ、ぜひとも劇場で観てみたい。DVDでは出ないのでしょうか。

それにしても、ワグナーが生前コジマに、60歳で「パルジファル」を、そして70歳で書くと言っていた(コジマの日記)「勝利者」がどんなオペラになるのか聴いてみたかったな。全ての欲望を捨てて真の道を行くという全くワグナーとは相容れない仏教の世界、ワグナーはどういう風に書くつもりだったのでしょう。ワグナーが晩年に心変わりしたなんてことは知られていないから、全く想像できません。この作品の中では「これは違う」と叫んでいたけど、どうやって解決しようとしたのか。死んで涅槃に行ったのかしら?
ちなみにわたしは煩悩こそが人生の喜び♥デス。

by zerbinetta | 2012-01-29 18:52 | BBCシンフォニー

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