異次元の歌 MTT、ロンドン交響楽団 マーラー交響曲第5番   

03.06.2012 @barbican hall

mozart: violin concerto no. 5
mahler: symphony no. 5

gil shaham (vn)
michel tilson thomas / lso


MTTとロンドン・シンフォニーによるマーラーのシリーズ、第3回にして最終回は交響曲第5番です。前2回が良かったので自然と期待が膨らみます。今日は、シャハムさんのソロでモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番と。

シャハムさんって良い感じにおじさんになりましたね。前に聴いたのは(この間のをのぞいて)、10年くらい前で、まだ若くてかっこよかったんだけど、今はにこやかおじさん。でもそれが人柄が滲み出てるみたいでいいんです。ステージの上でとても楽しそう!
モーツァルトの協奏曲はこの間ズーカーマンさんのソロで聴いたばかり。聞き比べになりました。
MTTとシャハムさんのモーツァルトは爽やかロマン。ちょっぴり甘いけど、まだ開いていない、うぶさを秘めたプラトニックな恋のよう。というより、まだ手をつないだばかりの人と、草原にピクニックに来たような爽やかさ。爽快に風が吹く。青空が高い。おじさんふたりが若者のモーツァルト。っていうかこのおふたり若いよね。老獪な感じがなくって音楽がストレイト。柔らかな現代楽器の音楽だけど、べたべたとならずに寒天のようにさくっと切れる。かといって下手な古楽器演奏のように音が真っ直ぐになりすぎないのがいいの。この頃はふたりでおしゃべりするだけでも楽しいのよね。手をつないで駈けるのも。ふたりは見つめ合い、そして音楽は謎かけの微笑みを残してすうっと消える。そのあと何があったか、なんて言うのも野暮。

休憩のあとは、マーラーの交響曲第5番。この曲もつい先日、ガッティさんとフィルハーモニアで素晴らしい演奏を聴いたばかりなのでした。そして今日またここに素晴らしい演奏が。
MTTは交響曲第4番や第1番で聴かせてくれたとおり、マーラーの音楽を自家薬籠中にしりつくしていてもう盤石な音楽作り。今日は、旋律の歌い方というか音楽の伸び縮みが前にも増して自由で、よく聴くとかなりデフォルメされているんだけど、それが実に自然でちっともわざとらしくなく、さりげないふうを装ってるのでもうそこからしてMTTマジックにはめられる。同じことをマゼールさんがやると変態なのに、MTTがやると仕掛けてるようには聞こえない。そんな、MTTの音楽をロンドン・シンフォニーが最高の精度でフォロー。上手いのなんのって。特にトランペットのコッブさんのソロは完璧。ああどうして、MTTはサンフランシスコではなくロンドンで録音してくれなかっただろうって言うのは、サンフランシスコには失礼?
MTTの良さは、俗なところが取り繕うことなくしっかり俗っぽいのに、それがまた歌心に溢れていてとってもきれいなところ。マーラーの音楽は、特にこの交響曲第5番は高尚な部分と俗っぽい部分がごちゃ混ぜにしてるっぽい感があって、深い悲しみに包まれてると思ったら、突然メランコリックに大泣きしてみたり、起伏が激しくて急にどこに連れて行かれるか分からないんです。交響曲第1番の第3楽章の気分を拡大した感じ。その対比の扱いがMTTはとっても上手くて、音楽の美しさという大きな器の中に入れ込むのだけど、ちゃんと器からはみ出ている部分を作るし、まああほんとにもうわたしのツボ。

第1楽章は、悲しみに包まれてるけど、美しく柔らかく音楽が流れていく。ゆっくり目のテンポで旋律の扱いはものすごく丁寧。そしてそれに絡んでくる対旋律も見事に浮き上がらせて、複雑な音楽なのに聴いた感じは透明で淀まない。短いフレーズの中での緩急の差が大きめにとられていて、時間の感覚が曖昧になってくる。歩みのある葬送行進曲というより、気持ちの揺れる心象的な葬送曲。そして常に柔らかな慰めがあるので深刻になりすぎないの。
続く第2楽章は、第1楽章を発展させてさらに複雑にした音楽だけど、やっぱりここでもMTTの音楽は明確で濁らない。表現の幅は大きくて、かなり大胆に演奏しているのに、聞こえてくる音はスマートで、良い意味で中庸に聞こえちゃうのがMTTの凄いところ。真ん中でチェロのパートソロで出てくる独白は、思いっきり音を抑えて、ドキリとするような表現。

スケルツォは、MTT節全開だったな。ホルンのソロのティモシー・ジョーンズさんは、深い音で朗々と。この間のフィルハーモニアのケイティさんが柔らかで女性的な音だとすると、ジョーンズさんは、ワイルドで男性的。どちらも上手いんだけど、この曲にはジョーンズさんの音の方が合うかな。そしてこの楽章の、フォーク・ダンスのような俗っぽい踊りの音楽はまるでMTTを待っていたような、彼によって音楽の底にあったものが目を覚ましたかのよう。音楽が品位を失う一歩手前で表現を止めて、感情に直接訴えてくる流行歌のような音楽でも見事に芸術的。ピチカートでワルツが奏でられるところのリズムの自由さは凄かったな。あんなところでも完璧に合わせられるオーケストラも凄いけど。

アダージエットは、うっとりとするような世界。この間のガッティさんの演奏が風がさあっと吹き抜けるような演奏だったのに対して、MTTはもったりしないけど遅めのテンポで夢の世界を作ってく。なんて美しい、満たされた世界。時が止まったよう。それはホルンの合図に朝が来ても同じでした。目が覚めても時間の感覚がない。今どこにいるのか、今どの辺の時間にいるのか、分からなくなっていつまでも音楽が続いていく錯覚に襲われました。そしてそれは希望。この音楽がいつまでも鳴り続けていればいいのに。終わってしまうなんて嫌。それがどんなに勝利のファンファーレでも現実世界に戻るより音楽の中に住んでいたいと思ったのでした。最高の音楽。MTTのマーラーはどれも良かったけど、そして交響曲第5番は、ガッティさんやマゼールさん、ネゼ=セガンさんの素晴らしい演奏を聴いてきたけど、今日のマーラーはわたしのマーラー体験の中でも最も完璧だったもののひとつになったのでした。

MTTさんありがとう。充実した表情ですね
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by zerbinetta | 2012-06-03 17:02 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

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