覚醒!わたしの日本人 能「隅田川」/オペラ「カーリュー・リヴァー」   

7.9.2012 @christ church spitalfields, london

sumidagawa / curlew river

kanze motomosa: sumidagawa

tomotaka sekine (dir)

tomotaka sekine (madwoman), kenkichi tonoda (ferryman),
hideshi norihisa (traveller), etc


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britten: curlew river

david edwards (dir)

jun suzuki (madwoman), akiya fukushima (ferryman),
michio tatara (traveler), jun itoh (abbot), etc.

dominic wheeler / tokyo university of the arts, young british opera singers


語りたい音楽会というものがある。音楽会のあと、一緒に聴いた友達と語り合いたくなる、たくさん言葉にしたくなる、そんな音楽会。それが今日の、能とオペラのコラボレイション、観世元正の能「隅田川」とそれにインスパイアされて作曲されたブリテンのオペラ「カーリュー・リヴァー」の同時上演でした。能は観たことない癖に大好きっぽいし、同じ題材のブリテンのオペラを同時に演るなんてステキじゃない、持っていたウィーン・フィル2日目のチケットをあっさり友達に売って、こちらのチケットを喜々として取ったのでした。しかし、そのわりに、初めて行く教会、いつものようにあっさりと道に迷って、着いたのはぎりぎり、というかちょっぴり時間過ぎてたんだけど、幸運なことにまだ始まっていなくって、ぜーぜーいいながら席に着いたのでした。

会場はロンドンの教会。能舞台は作られていましたが、ずいぶん勝手が違う、というような心配があったものの、舞台袖からの様式的な地謡と囃子方の登場から本物でした。能を観るのはほぼ初めてです。ちゃんと楽しめるのか不安だったけど、楽師がみんな揃って謡が始まるとそんな心配はあっさり霧散。わたしの裡の日本人が目覚めたのでした。その感覚がめちゃ新鮮で、自分のことながら自分でも感動しちゃった。日本人でいて良かったぁ、と。日本にいた頃、毎週末(日曜日だったかしら)、朝のラジオで能楽の鑑賞(?)を目覚まし代わりに起きていたことも思い出して、そうして知らずに能楽に親しんでいたこと、親戚が趣味で能をやっていて能舞台を観たことはないけど小さい頃から何となく能に親しんでいたこと、数回観た能・狂言のことまで、胸に満ちてきて、わたしの日本人が身体の中に膨らんできたんです。だから始まりから涙。それにしても、謡の言葉が理解できたのはびっくり。能って、というか室町時代に作られた「隅田川」は室町時代の言葉で語られると思っていたのだけど、現代語に翻訳してあるのでしょうか、それとも毎週、謡を聴いてきた成果?
舞台が始まってしばらくして落ち着いて見回すと、会場は日本人が多いものの、イギリス人もたくさん。字幕はなし。プログラムにあらすじは書いてあるものの、理解出来るかしらってちょっぴり心配だったけど、こんなとこに来るのは先鋭的なアンテナを張った人ばかり。あと出回りの反応をうかがったら楽しんでた様子。わたしの鼻もちょっぴり高くなりました。(多分、本当は外国人の方には、ブリテンのオペラを先に演って、あとから能をやったら話が理解しやすかったかもしれませんね)

能の経験値があまりに低いので、上手く評価することは出来ません。でも、めちゃくちゃ心に響いたことは確かです。普段西欧音楽ばかりを聴いてるわたしにとって、音楽の斬新さは、日本人ですから一応教養としてくらいは知っていても、もう目眩がするくらいの段差。西洋の音楽とは、全く理を異にする音楽は、日本に生まれていながら日本のことをあまり知らないわたしにはものすごく新しいものに聞こえました。
舞も、余剰が完璧に削ぎ落とされ、白い和紙に書かれた水墨画のように、余白の大きな動きの少ない所作は、普段バレエばかり観ているわたしには新鮮。そういえば、この能のスタイルで「トリスタンとイゾルデ」を演出したいなという大きすぎる野望を持っているわたしでした。
音楽も舞も、西洋のそれと比べたら極めて抑揚が少ないのだけど、でもお腹の底から沸いてくるうねりのような表現のかたまりは、狂女が語る物語と共に蓄積され、1周忌の供養をされている子供が、拐かされて別れた自分の子供であると明かすクライマックスで放たれた巨大なエネルギーが涙腺を崩壊させる。でも本当のクライマックスは、そこではなく、物語の緊張が静まったあとに子供の声が聞こえて迎えるのですね。さっきのクライマックスが心を揺り動かされるどうのクライマックスとすると、最後のは心が止まる静のクライマックス。平安とも諦観、もしくは無情とも取れる全く正反対の要素を複雑に配合した終わり。わたしは、東洋人なので悟るように立ち尽くしました。

それにしても、能を観てこんなに心が揺さぶられるとは思いもしませんでした。今日の演者たちは、多分、観世流の方たちだと思うのですが、能の家のことを全く知らないわたしにはそれがどういう仕組みなのか全く分からないのだけど、とっても素晴らしい演じ手であったことはわたしにも分かりました。だって、観るものを引き付ける強さは半端ではなかったんですもの。子供の声は、女性の方でしたが、能って女性もいるのですね。初めて知りました。

休憩中にオペラの舞台、ごみのようなものでステージを飾って、が作られました。そして、来日した折に「隅田川」を観て感激したブリテンが作曲したオペラ「カーリュー・リヴァー」。隅田川は架空の川、カーリュー・リヴァーになってますが、物語は基本的に能を踏襲しています。というか、ほとんど変えていない。このオペラを観て、ブリテンがいかに「隅田川」に感動したか分かります。そして、芸術家の異文化の芸術を受け入れる懐の深さ、理解力に驚愕しました。多分、他の文化をきちんと理解して自分の裡に受け入れるのには、その人の中に確固とした自分の文化があることが必要でしょう。残念ながらわたしには、日本人としてのそれがなくて、どの外国の文化もぼんやりとしか理解することが出来ません。その決定的な違いに気づかされたような気がします。

ブリテンのオペラは、能楽師の登場に変えて、カトリック教会で神父たちが香を焚き歌いながら教会堂の中を静かに歩くように、聖歌を歌いながら登場人物が会堂からステージに上がって始まります。ブリテンの作品には、「ビリー・バッド」とか(もしかすると「ピーター・グライムズ」も)(キリスト教の)宗教的な香りを感じる音楽があるのだけど、このオペラもそのひとつかもしれません。外見的な、例えば始まりと終わりが教会の宗教儀式のような体裁をとっていることもあるけど、もっと本質的に、このオペラの内容に宗教的なものを感じたのです。わたしは、ブリテンがキリスト教を信仰していたかどうかは分かりません。それに、ブリテンの音楽の内容が、例え「ビリー・バッド」で十字架を象徴するようなところがあったとしても、キリスト教に則っているとは言えません。もう少し、曖昧な宗教観を感じます。「カーリュー・リヴァー」では、最後の場面、子供の声が聞こえてくるところですが、に救いのようなものを感じたのです。そしてそれは、とても興味深いことに「隅田川」の精神とは全く違います。「隅田川」には空虚な無常観が感じられけど、「カーリュー・リヴァー」は満たされた平安。それにしても、同じ題材で、同じ登場人物(名前は変わってるにしろ)、同じ物語、で再創造したものが、外見はそっくりなのに別の内容になってるのが素晴らしい。能をただオペラに翻案しただけではなくって、芸術が創造されてる。多分それが、先に書いた、文化の受容の凄さにつながってるんだと思う。

とても小さな編成の器楽アンサンブルと、主な歌手は日本人でした。アンサンブルは、ウィーラーさんの指揮とオルガンの元、東京芸術大学の大学院生が主なメンバーでしたが、とっても上手かったです。各パートはソロでかなり難しいと思うんだけど、難なくこなしていて素晴らしい音楽を聴かせてくれました。歌手の皆さんもとっても良かったです。狂女のスズキ・ジュンさんが特に印象的でした。なんかわたしよりきれいだし。
演出も休憩時間に舞台にごみ(のようなもの)を配置して、ううう、ちょっとあれかな、と思ったんですが、観てみるとそれはちゃんと舞台に合っててしっぽりと背景になっていました。狂女は変に着飾ったホームレスさんのような、おかしな衣装で、近くの若いカップルはずうっと笑っていましたが、お話の内容に合っていて、いろいろ変な飾りがぶら下がった帽子を取るという形での場面変換も工夫されていてとっても雄弁だったと思います。能と同じように舞台がシンプルなのでこれが凄くドキリと効果的でした。

こちらの舞台もむっちゃ感動しました。ずしりときました。そして、誰かとたくさんおしゃべりしたいと思いました。もちろん、今観て感じたこと、考えたことをです。なんだか、わたしの裡からたくさんの言葉が湧き水のように溢れてきて、ひとりだったのが寂しかったほどです。一晩中でも語り明かしたいと思いました。

会場の運営は、(ロンドン在住の?)日本人の、多分、芸大の関係者の皆さん、のボランティアで行われていました。それがなんだか、自分たちの舞台を作るんだみたいな、学園祭ののりみたいな、仄かな熱気に包まれていて、ステキな雰囲気でした。演じ演奏してくれた人たち、準備されてた人たちにありがとうと声を大きくしていいたいです。
(そう言えば全然関係ないけど、葉加瀬太郎さんが前半の能を観てらっしゃいましたね)
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by zerbinetta | 2012-09-07 00:32 | オペラ | Comments(2)

Commented by ありこ at 2012-11-26 11:03 x
うわぁ~!『隅田川』!!私、元雅の能が大好きで、中でも傑作として有名なこの能は『弱法師』とともに大大大好きだったので、zerbinettaさんが感動してくださって、なんだが自分のことのように嬉しいです!

元雅の能はテーマも謡曲もわりとわかりやすい方だと思いますが、深遠が本当に奥深くて、普遍のテーマですので、きっと日本人以外の人のこころにも届くと思っていました。ブリテンがどうこのテーマを料理したのか、とても贅沢な舞台をご覧になりましたね~羨ましいです。

こっそり元雅の能を勉強していた時期があったので、語ると止まらなくなりますが…(苦笑)、レビューを拝見して、またお能が見たくなりました。
Commented by zerbinetta at 2012-11-26 23:38
ありこさんも能お好きなんですね。
本格の能を観たのは初めてだったけど、ずんずんと感動しました。ほんと、シンプルだけど深い物語ですね。動きを抑えた立ち姿だけであんなに表現できてしまうところがすごいです。
ブリテンのは、外見はもうそっくりそのまま能を移してるんです。でも、ブリテン独自の世界観を創っているところが素晴らしい。ほんと、この企画は贅沢でした。

ありこさんぜひ語ってください。

全然関係ないけど、アリーナが来年、来日するそうです。ベートーヴェンの(多分)ソナタ全曲演奏会を東京と名古屋それぞれで。みたいですよ。

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