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シューベルトの風 イブラギモヴァ、ティベルギアン ベートーヴェン、Vnソナタ全曲演奏会 第2日   

2013年9月19日 @王子ホール

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5、2、10番

アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン)
セドリック・ティベルギアン(ピアノ)


アリーナとセドリックのベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会の2日目。今日は「春」のある日。「春」って「田園」交響曲みたい。嵐の来ない「田園」。(第1楽章に嵐成分ちょっぴり入ってるけど)って今日急に思い至った。情景は違うけど気持ち的には似てるの。スケルツォも入って組み立て方も似てるしね。
そんな「春」すうっと澄やかな演奏。もう少し、デモーニッシュに仕掛けてくるかと思ったけど、のどに透き通る微炭酸の発泡水のような心地。とは言え、細部まで丁寧によく仕込み抜かれた演奏。おいしい水、おいしいお米みたいに気づかずにいっぱい食べちゃうけど、それはおいしいからとさりげない極上にあとで気づいて嬉しくなっちゃうような。アリーナの伴奏にまわったところが実にバランスがとれててステキなの。それにしてもこのおふたり、絶妙のバランス。ふたりだけなのに、全然音色も音量も違う楽器なのにオーケストラのアンサンブルのように音楽を奏でる。最高のオーケストラは室内楽のように演奏するって言うけど、最高の室内楽はオーケストラのように音色を混ぜるんじゃないかな。そしてやっぱり、緩徐楽章がうんと丁寧に歌われていてステキ。ロマンティック寄りだけどロマンティックになりすぎない、心から歌ってるのに歌いすぎない絶妙な感覚。古典からロマンへ渡る橋の途中の視界のきいた眺め。それでこそ、ベートーヴェンにしか見られなかった景色。時代にまたがるベートーヴェンにしか書けなかった音楽。アリーナとセドリックの演奏からは、何ものでもない、どんな色眼鏡も通さない、ベートーヴェンその人の音楽が聞こえるんだ。

第2番はそのおふたりのアンサンブルがとても行き届いた演奏。この曲、とても大胆で実験的で、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタの中で、一番よく分からない感の残る音楽。ショパンのピアノ・ソナタ第2番のお終いみたいに。シンコペイションも多いし合わせるの大変そう。いきなりスケルツォのような音楽で始まるし、ヴァイオリンの扱いも独特。でも、しっとりと哀愁に満ちた緩徐楽章や楽しいフィナーレもあって魅力的。アリーナとセドリックの気心の知れた、でもお互いにドキリと刺激し合うアンサンブルの演奏は、勝ちが分かってるスポーツの試合を途中の展開にドキドキしながら安心して観ているような心安けき緊張感。こういう曲は親密なアンサンブルの演奏で聴きたいよね。

第10番は、他のソナタたちが若い頃に書かれているのにぽつんと離れて、いわゆる晩年スタイルになろうとしている時期に書かれた曲。と、なんだかつまらない解説めいた書き方をしたんだけど、それが受け売りでも知識でもなく、音楽となって聞こえてきたの。形式的なものをわざと壊して、気ままな散歩のような、ベートーヴェン自身が築いてきて完璧に仕上げたものを壊して、新しい世界に入り込んでいく音楽。そしてそこに確かにシューベルトの風を感じる。シューベルトってベートーヴェンより随分後って感じがするけど、シューベルトが亡くなったのってベートーヴェンが亡くなって1年半後。だからシューベルトの生きた時代ってベートーヴェンの晩年にほぼ重なって、ふたりはウィーンの同じ空気を吸っていた。ベートーヴェンはシューベルトを知っていたのか知らなかったのか分からないけど、この第10番の演奏からは確かにシューベルトのエコーが聞こえたの。
突然行き先を失って逍遙する音楽は、アリーナとセドリックのおふたりにかかると、新しい景色の発見にはっとするステキな音楽。街角に立って景色を見回すと、見たことのない風景に誘われるかのように目当てのない道を選んでしまう。でも、その寄り道こそが楽しいんですよね。このおふたりの演奏は、今この瞬間に生まれる新しい景色を初めて見るように驚きつつ即興的に楽しんでるように聞こえる。もう何度も演奏して、隅々まで音楽を知っているのに、音楽がいつも新しく湧き上がってきて、今この瞬間をおふたりが、そしてわたしたちが愉しんでる。こんな演奏そうそう聴けるものじゃないと思う。でも、この人たちいつもそんな音楽をするのね。ライヴの人。だからきっと好きなんだ。

「春」の緩徐楽章もそうだったけど、今日の演奏、あっ昨日もだ、ゆっくりした楽章が、とても豊かに歌っていて(でも歌いすぎない)とてもロマンティック寄り。アリーナだったら、ヒストリカルな楽器でピリオド・スタイルの演奏を選択することもできたと思うけど(彼女のカルテットではこの時代の音楽をピリオド・スタイルでもっぱら演奏してるしね。その場合セドリックはフォルテ・ピアノを弾くかどうか分からないけど)、この楽器で弾いている必然性がよく分かりました。現代楽器の良さを武器にして、でも決してロマン派以降の弾き方ではない、素顔のベートーヴェンの音楽を弾いてるのね。そして、ヴァイオリン・ソナタを書いたそれぞれの時代のベートーヴェンの音楽を弾き分けてるのね。全10曲のソナタを作曲順に弾いていく、聴かせていくというのもありだけど、こうして違う時代の作品を混ぜることによって、作品の特徴がよく分かって面白かった。それをさりげなく弾き分けるアリーナ凄い凄い。

今日のアンコールもシューベルトのソナチネ(昨日は3番からで今日は1番から)。ほら、シューベルトとベートーヴェンつながってる。

by zerbinetta | 2013-09-19 22:58 | 室内楽・リサイタル

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