マーラー 2部からなる交響詩 1889@ブダペスト   

マーラーをちょっぴりかじったクラヲタさんなら、交響曲第1番に「巨人」というニックネームが付いてること「いや、それは間違い。交響詩から交響曲にしたときに「巨人」というタイトルは省いた(事実ではない模様)」と言って文句を言ったり、うんちくを披露したりするかもしれませんね。そう、現在、普通に演奏されている交響曲第1番は、4楽章でタイトルはありません(ただ、「巨人」のタイトルは広く受け入れられてるし、ちなみに国際マーラー協会のウェブ・サイトにも交響曲第1番(ニ長調)「巨人」とあります)。これは、1896年ベルリンで初演されて、そのあともマーラーがオーケストレイションに手を入れた版(最初の出版は1899年)ということになります。
そこに「花の章」という小さな独立した楽譜があるのでこんがらがっちゃうんです。「花の章」は、2部5楽章形式の最初の交響詩(1889年、ブダペスト)とその改訂版の「巨人」、交響曲形式による音詩(1893年、ハンブルク)の第2楽章で、後に4楽章形式の交響曲になるときに取り去られました。各段階でオーケストレイションはだいぶ変わってるので、だから、最終的な4楽章の交響曲に、うっちゃっておかれた「花の章」を挿入して演奏するのは、古くなったキッチンをリフォームしてオール電化にしたのに捨てておいたガスコンロを電磁調理器の上に置いちゃうくらいの違和感なのね。「花の章」の楽譜が見つかって出版された頃は、そういう録音もあったけど(そういえばつい最近のユロフスキさんとロンドン・フィルのも。あのときのがっかり感ときたら)、今はちゃんとハンブルク稿の「巨人」のCDが出てる(細かいことを言えば、この版でマーラーは2回演奏しているので厳密にハンブルクで演奏した楽譜に基づいているのか2回目のワイマールでの演奏(このときのタイトルは交響曲「巨人」)に際して行われたと思われる改訂も入ってるのか、マニアックなことを言い出したら切りがないんだけど)。そうそう、交響曲第1番の解説によく書かれている、各楽章の表題、例えば「座礁、カロ風の葬送行進曲」とかは、この版で採られたもので、前身の交響詩にも、あとの交響曲にもないものなんですね。

で、その前の交響曲第1番の完全オリジナル稿である1889年(明治22年だって)のブダペスト稿は楽譜が見つからず、ハンブルク稿の下書きにちろっと残ってるペイジを見て想像するしかなかったんです。この前までは。でも最近楽譜が見つかったんですよ。カナダのアルノルト・ロゼ・コレクションで(ロゼはマーラーの甥)。90年代に見つかったそれは、但し、第1楽章と第3楽章(スケルツォ)とフィナーレ。第2楽章(のちの「花の章」)と第4楽章(葬送行進曲)はなかったんですね。でも、発見された草稿を元に演奏可能な楽譜を起こして、既存の(ハンブルク稿)の「花の章」と第4楽章を組み合わせて、ブダペストで演奏されたのと可能な限り近い形で演奏されたのでした。
この版の制作に関わったのは、NEC(ニュウ・イングランド・コンセルヴァトワール)の音楽学者カタリナ・マルコヴィックさん、NECの作曲科の学生クリスト・コンダッキさんと指揮者のヒュー・ウルフさん。2011年の夏のことです。そしてその年の9月に、ウルフさんの指揮、NECフィルハーモニアの演奏でアメリカ初演、放送初演が行われたんです。アメリカ初演ということで、その前にどこかで世界初演が行われているはずなんですが、いろいろ調べてみたけどそれがいつどこなのかは分かりませんでした。
マーラーの記念年に行われたこの初演。なぜかそんなに話題にならなくて。。。そう言えば、80年代に日本で行われた、「大地の歌」のピアノ版の初演もあまり話題にならなかったような。ともあれ、なんでこんなに興味のあるイヴェントが秘やかに行われちゃったのか、もったいなすぎ。マーラー好きを自任する人は、特にうんちく好きの人は、ぜひぜひ聴かれるといいと思うんですよ。幸い、ネットの中に音源が残ってるんですもの。特に第5楽章(フィナーレ)は、今まで聴いたことのない音楽でびっくりですよ。最初の主部に入る前のトランペットによる主題の断片提示に被さるホルンのロングトーンのかっこいいこと♡それにびっくりするような始まりの再帰。トランペットの偏愛ぶり。あああ、もう止しましょう。ぜひ、ご自分の耳で驚いて下さいね。

演奏はもちろん、ウルフさん指揮のNECフィルハーモニア。オーケストラは学生オケだと思うんだけど、とてもいい演奏なんですよ。これ、商用CDにはならないのかしらねぇ。もったいない。
ではどうぞ。

この版に関するウルフさんのインタヴュウ(英語)
2011年9月26日の音楽会(ドンファンと2部からなる交響詩)の音源
同じ音楽会の映像(マーラーのみ)、前半後半
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by zerbinetta | 2013-10-26 23:39 | 随想 | Comments(0)

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