思い上がりは若者の特権! ユーゲント・フィルハーモニカー第8回定期演奏会   

2014年3月21日 @すみだトリフォニーホール

マーラー:交響曲第9番

三河正典/ユーゲント・フィルハーモニカー


いろいろ考えすぎるのがわたしの悪い癖。マーラーの最後の交響曲を若者のオーケストラがやると聴いて考えてしまいました。この曲って若いときに理解していいのかしらって。でも、前にドゥダメルさんが振った、わたし(たち)の概念を根底からひっくり返すような、明るい伸びやかな演奏を聴いて、背伸びをしないこういう解釈もあるんだなぁと感心したのを思い出したり、マーラーがこの曲を生涯の中で最も充実した状況で書いたこと、マーラーの時代、「死」というのがロマンティックな意味で希望への扉だった、シュトラウスは、死に至る自分の生涯をもって新しい世界に歩みを進めたり、マーラー自身は巨人のヒーローを殺して次に進んだり、20世紀の扉を葬送行進曲で開けたり、だとすればこの交響曲第9番、多分次の第10番も、次の時代に進む音楽かも知れない、と思うんですね。だったら、若い交響曲第9番の演奏があってもいい。そう言えば、ユース・オーケストラの演奏で交響曲第10番(5楽章版)の印象的な演奏も聴いたことあったし。

ということは裏切られました。ユーゲント・フィルハーモニカー自身は若めのオーケストラでした。ただ、年齢制限があるわけではなく、学生、社会人のオーケストラで平均年齢は20代前半くらいでしょうか。でも、音楽は、三河さんのだから、容赦なくいわゆる一般的な解釈。死の香りのする音楽を指向するものだったと思います。

オーケストラは上手いです。個々の技量がというよりアンサンブルがとても上手。きちんと練習を重ねているのが聞き取れる感じでした。それにみんなが積極的に弾いているのがいいです。メンバー表を見ると(大編成の曲ですから)エキストラの人も入っているようですけど、ひとつになって音楽を作っている感はしっかりありました。

第1楽章は、難しい音楽です。多分、曲の完成度が低いので作曲者の考えを補填して音を作っていかないと音楽がつながらないと思うんですけど、今日それを強く感じたので、そういう部分は経験の浅いアマチュアの弱点が出てしまったかなと思いました(しょうがないんですけど)。指揮者も音楽を進める方に力点を置いて、弱音を犠牲にしたり、3連符の音をひとつひとつ振って3連符の持つ割り切れない不安定感を表現できなかったり、そういうところが少しあって気になりました。内声の和音のバランスの悪いところがあったり、マーラーの書いた楽譜を一所懸命忠実に表現しようとするのはいいのだけど、クレッシェンドやデクレッシェンド、アクセントの付け方とかが、荒くなったり表面的に聞こえてしまったとこもあります。やっぱり、この楽章は鬼門なんですね。入り込めないときは、なかなか入り込めない。アバドさんとベルリン・フィルがカーネギー・ホールで演ったときの演奏もそうでした。指揮者が巫者になっていないといけないんですね。それほどの精神性を要求される音楽だと思うんです。
第1楽章は別れの音楽です。もの狂おしいくらい愛しているものとの。自分の生であったり、19世紀の豊穣な音楽だったり。それはマーラー自身の個人的な体験に強く繋がっているし、それを自分のものとして表現するのは、まだ経験の浅い若い人には難しいかなって思うんです。自分の裡にある同じようなもの、例えば最愛だった恋人との別れでもいい、何か基になる気持ちを思い描ければ、そしてそこから生まれたものを共有できれば良かったのかも知れません。想像力の前に楽譜の記号に目が行っちゃった。

音楽が流れる、第2楽章と第3楽章は、すごくいい演奏でした。熱意を持った演奏は、共感が持てるし、指揮者の棒に必死に食らいついていく様子は清々しかったです。みんなしっかり指揮者を見てた。三河さんの音楽は、奇をてらうことのない、オーソドックスな解釈の演奏だったけど、それでも若いアマチュアの演奏家がついていくのは大変。三河さん、かなり鍛えましたね。

第3楽章が終わったあと、華々しくフォルテッシモでジャンって終わる曲なのに、音楽がすぐには終わらないで、儀式のような静寂がホールに降りました。静寂を作りだしたお客さんも素晴らしい。ここで世界が変わった。そのままつなぐかなと思ったら、そのあと少し間をとって始まった最終楽章。弓を端から端まで使って質感のある分厚い弦楽合奏にびっくりしました。力のこもった音楽。アダージョの主部が始まったところで、指揮者の三河さんが、左手で天上を指さすようにして、音を上に放つ、昇天させることを示したの。三河さんが巫者になった瞬間です。オーケストラ全員がひとつになって音楽を奏でてる。根拠のない自信は若者の特権。自分の力に思い上がった若者たちが奇跡を起こす。今日の演奏の全てがここに昇華した感じです。大河のようにゆっくり流れる音楽。最後、消え入っていくところで、三河さんがもう一度天を指して、死者の魂を伴って天に消えていく煙のように音楽が閉じる。こんな難しい弱音は、アマチュアでは無理って思っていたけど、きちんと演奏されて舌を巻きました。
でも、(えっ?!でも?)、泣かなかった。オーケストラのみんなにも泣けーーって念を送ったのだけど、誰も泣きませんでした。みんな、やりきったスポーツ選手のような充実した面持ち。これこそが、若さの特権かも知れませんね。
普通は、この曲のあとアンコールなんてしないのだけど、(アンコールは用意されていませんでしたが)、3楽章の最後の部分をもう1度弾いて、この演奏は開放感に溢れていて荒かった、オマケ。アンコールが違和感なく音楽会の最後にはまったことも今日の演奏を象徴しているのでしょう。やっぱり、死にいく音楽ではなくて、充実して未来へ繋がる音楽。ほんとに良い演奏でした。最終楽章は、わたしが聴いたこの曲の演奏のうちで最も印象に残るひとつになるでしょう。

(蛇足:最後、携帯電話の呪いがあるかもとドキドキしていましたが、近所のおじさんのいびきが聞こえただけで大事には至りませんでしたw)
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by zerbinetta | 2014-03-21 23:46 | アマチュア | Comments(2)

Commented by ヒデ爺 at 2014-03-25 08:56 x
こんにちわ。ヒデ爺ともうします。河上さんが横浜で昨年振られた悲愴の終楽章が素晴らしかったので伺いました。期待通りで嬉しかったです。アンコールですが彼岸から此岸に引き戻してくれたよ
うで、あれはあれで良かったように感じました。
Commented by zerbinetta at 2015-05-06 15:16
ヒデ爺さん、こんにちは。ヒデ爺さんもこの音楽会聴きにいらして多のですね。三河さんの音楽ステキでしたね。
マーラーの第9交響曲の後にアンコールとも思いましたが、わたしも解放された喜びに満ちていて良かったと思いました。達成したあとの喜びが素直に聴かれましたしね。

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