ビントレーさんの最終公演 新国バレエ「パゴダの王子」   

2014年6月15日 @新国立劇場

パゴダの王子

ベンジャミン・ブリテン(音楽)
デヴィッド・ビントレー(振付)
レイ・スミス(衣装・装置)

小野絢子(さくら姫)、福岡雄大(王子)
湯川麻美子(皇后エピーヌ)、山本隆之(皇帝)
八幡顕光(北の王)、古川和則(東の王)
マイレン・トレウバエフ(西の王)、貝川鐵夫(南の王)
福田圭吾(道化)、他
新国立劇場バレエ団

ポール・マーフィー/東京フィルハーモニー交響楽団


今シーズンの新国バレエの千秋楽です。と同時に、芸術監督のビントレーさんの最後の公演と言うことになります。わたしは、新国バレエを観はじめてからまだ日が浅くて、ビントレー監督時代しか知らないし、しかもそれもほんの1年ちょっとしか知りません。それでも、まわりのバレエ・ファンの方たちがビントレーさんになってバレエ団が良くなったって言う声をたくさん聞いたし(反対にビントレーさんが新しい演目を増やしてつまらなくなったという声があるのは知っていますが、わたしの周りでは聞かれませんでした)、わたし自身もビントレーさんの「シルヴィア」や「ペンギン・カフェ」「カルミナ・ブラーナ」、(どれもビントレーさんの代表作と言って間違いないでしょう)等を観れたことはとっても良かったし、そして今回の「パゴダの王子」はビントレーさんからの新国立劇場バレエ団への最高のプレゼントです。バレエ団にも良い方に変わっていく雰囲気を感じることができました。1年ちょっとの新参者ですけど、わたしにもお別れの気持ちを表せる仲間に加えて下さい。

いつものように道化の前振り、福田さんは昨日と少し変えてきましたね、で楽しくバレエが始まります。
最近のわたしは唯さん推しで、さくら姫のキャラクターは唯さんが合いそうだって思っていたので、絢子さんは、実はそれほど期待していませんでした。と思って観はじめたら、絢子さん失礼なこと言ってごめんなさい。レヴェルが違いました。最近の絢子さん、少し影が薄いなって心配していたら、今日の圧倒的自信に満ちた踊り。完全に物語の世界観を彼女の中に熟成して揺るがないの。曖昧なところがなく、さくら姫に同化してる。だから、踊りも仕草も内面から必然的に溢れて力があるというか、感情がずんずんと心に突き刺さってくるの。踊りがきれいとか正確とかの一線を越えた踊り。同じことは、王子の雄大さんにも言えて、あっそうか!おふたり、バーミンガムで客演してきたのね。異国の地で目の肥えたお客さんの前で踊った経験は、確かに自信と踊りの力になっているのだわ。
エピーヌの湯川さんも、こういうきつそうな役お似合いよね、さくら姫をびんたするところはちゃんと(?)びんたしてたし、手を抜かないw怖ろしい継母をきっかり演じて良かったです。湯川さんはお姫様タイプではないので、古典の主役はなかなかつかないような気がするけど、エピーヌやこの間の運命の女神とかクールで強い役で舞台に圧倒的な存在感を発揮するので(「眠りの森の美女」の魔女も良さそう)、そういう役をどしどし踊って欲しいし、そんな演目をこれからもやっていって欲しいと思います。

彼女たちはとっても良かった、心にずしりとくるところがあったのに、でも、わたしには具体的に何が良かったかって書けない。アラベスクがきれいだったとかジュテがどうのとかピルエットが云々だとか(バレエ用語、意味が分からないのでテキトーに書いてます)、そういう技術的なことが分からないのですね。技術的な上手さ、凄さが芸術的な表現につながるのは論を待たないのだけど、その部分をわたしは多分、見落としてる。でも、またでもだけど、同時に彼女らの踊りは、技術云々を言葉にすることを寄せ付けない本質的な表現があったとも思うのです。だって、観てて上手い(確かに上手い)とかきれい(確かにきれい)とか、そんなの思う間もなく「パゴダ」の物語の中にわたしもいたんですもの。ただただ、心の共振を受け入れるだけ。だからわたしは、ちゃんとした批評は本物の評論家さんたちに任せておいて、心のままにバレエを受け入れる。このブログを全否定するようだけど、言葉にならない、できない部分がわたしにとって一番大事なところなのかもしれない。
もちろん、冷静に観れば不足の部分もあります。一握りのスター・ダンサーが持っている眩いばかりに放射される息を飲む圧倒的なオーラはまだ彼女たちにはありません。まだ若いし、経験を積んでこれからの伸びしろの部分でしょう。でもそんなことは、今日のビントレーさんの最後、という特別な公演の疵にはならない。特別な想いが舞台にも客席にも満ちていたから。

幕が下りたあと、ビントレーさんが舞台に呼び出されて、ささやかなお別れカーテンコール。派手な花束贈呈やスピーチやそういったものはないけれども、今日お休みだった団員さんたちも舞台に上がってのセレモニー。会場は大きな暖かい拍手に包まれて、ビントレーさんって本当に愛されていたんだ、ありがとうという思いが一体となって感動的でした。ビントレーさんの客席を見つめる姿がとても印象的でした。「パゴダの王子」の一連の公演のあと、ビントレーさんのインタヴュウを含む短い特別映像が放映されてたんだけど、半分以上が来期の宣伝でがっかりしてたところだったんだけど、このセレモニーで不満を払えました。わたしもありがとうの言葉をたくさん拍手に乗せていました。目は洪水。

新国立劇場バレエ団がビントレーさんを失ったことは、わたしは残念に思います。確かに、イギリスのバレエ団の監督との掛け持ちで、シーズンを通してずっといられないことはマイナスだったでしょう。ほんとは、バレエ団の公演のときには必ずいらっしゃるロイヤル・バレエの前監督、モニカさんのような姿が良いのかもしれません(モニカさんはちょっと極端でしたが)。でも、今回、絢子さんと雄大さんがバーミンガムに客演したように、お互いのバレエ団の(他のバレエ団との)交流の可能性が失われたかもしれないことは大きな損失であると思えます。ダンサーは世界に飛び出して成長すると思うので(特に日本はアウェイだし)。日本のバレエ団が海外から優れたダンサーを呼ぶことは茶飯事だけど、反対に日本のバレエ団に所属するダンサーが海外で客演する機会はまだまだ少ないと思うのですね。日本のダンサーのレヴェルは高いのにもったいないです。バーミンガムと東京が姉妹バレエ団のような関係になってダンサーの行き来(そしてお互いのカンパニーの引っ越し公演)ができればいいのにって妄想していたので残念です。でも、これでビントレーさんとのつながりが切れると言うことではないと思うので、素晴らしい作品を次々に生み出しているひとりの類い稀な芸術家としてお付き合いを続けていって欲しいです。彼の作品、ほんとに新国バレエ団向きのものがたくさんあるので、続けて上演されていって欲しいなと思います。わたし、大好きだもの。

来シーズンからは大原さんが芸術監督になられます。大原さんには、ビントレーさん路線を継ぐとは言わず、日本のバレエ界のしがらみに縛られず、彼女のやり方でバレエ団を良くしていって欲しいと願います。「眠りの森の美女」の現代的焼き直しである「パゴダの王子」でひとつの時代の幕が下り、「眠りの森の美女」で新しい時代の幕が開くことは何か象徴的です。古典への回帰と言われてるみたいだけど、好き嫌いではなく、バレエ団とバレエの観衆の成長のために何が大事で何をなすべきか、きちんと考えて答えを出していって欲しいと、バレエ・ファンのひとりとして(偉そうにと怒られちゃうけど)思うのです。
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by zerbinetta | 2014-06-15 12:15 | バレエ | Comments(0)

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