ぶれない頑固さ ブロムシュテット/N響   

2014年9月27日 @NHKホール

モーツァルト:交響曲第41番
チャイコフスキー:交響曲第6番

ヘルベルト・ブロムシュテット/NHK交響楽団


BCJのリハーサルのあとは、ラーメンを食べて渋谷のN響へ。ブロムシュテットさんのモーツァルト/チャイコフスキー・ファイナル。自由席は、少しでも良い席を取ろうと開演前から並んでいるのですね。そして階段ダッシュ。まあわたしは、適当に座れれば良いのでのんきなものです。

ブロムシュテットさんとN響のモーツァルト、チャイコフスキーは、結論から言うと、わたしは41/6番より前回の40/5番の方がブロムシュテットさんの’らしさ’がより出てると感じました。チャイコフスキーの交響曲第6番は、元々のうつわがしっかりしているので、うつわの形を整えるブロムシュテットさんのやり方だとうつわばかり映えて、中にある感情が漏れ出さなくなるからじゃないかって思いました。もともと感情ダダ漏れ系で器を作ってやらないと形が見えてこない曲ならブロムシュテットさんのが生きると思うんだけど。そんなことを感じながら、でもすごい演奏だなぁと客観的に観ているわたし。多分ブロムシュテットさんはそういう風に音楽してる。そして、やっぱり、この音楽は泣きたいと思っているわたしには、音楽の外に置いてけぼりにされた感じです。

モーツァルトの最後の交響曲は、40番と同様、ピリオドスタイル的なアプローチでした。速めのテンポだけど、40番のときとは違って疾走しないのは、哀しい音楽じゃないから、ではなくて(ジョークですよー)、ハ長調の堂々とした音楽だからでしょう。ただ、これは座った席(一番上の方)が悪いのかもしれないけど(小編成のヴィブラート控え目の音作りだとこの曲でこのホールは大きすぎると思う)、枯れた音が音楽の祝祭感を薄めていたように思えました。N響は古楽っぽくはなりきれていないんだよね〜。わたしの勝手なイメジでは、古楽器はやんちゃで、わりと指揮者に従順に答えるN響は、ブロムシュテットさんのお堅い指揮と相まって、頑固爺の盆栽な感じなのかな。もっと自由にのびのびやってもいいのでは、といつも思っちゃう。

と文句を言いつつも、あそこまで徹底的にやられるとやっぱり納得。というかあっぱれ。最高の賛辞を込めて職人さんだわ。

来シーズンもブロムシュテットさん、来られるのかしら?ブルックナーとかベートーヴェンとかやってくれないかしらね〜。山を外して生誕150年のシベリウスとか。。。ブロムシュテットさんにはいつまでもお元気で、ぜひまた厳しい音楽を聴かせて欲しいです。
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by zerbinetta | 2014-09-27 23:12 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

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