全てを音楽に 大野和士/都響 音楽監督就任記念公演   

2015年4月8日 @東京文化会館

マーラー:交響曲第7番

大野和士/東京都交響楽団


いよいよ、新監督、大野さんと都響さんの新シーズン開幕!と言っても、サントリーホールの方の定期はすでに先週開幕(シュニトケの合奏協奏曲第4番/交響曲第5番とベートーヴェンの交響曲第5番)で一足遅れだけれども、本拠地、文化会館でのシーズン・オープナー。そう言えば、日本はオーケストラの定期公演4月始まりなのね?(確か秋始まりのところもあったような気がするけど)

今日は、プレコンサート・トーク(ってちゃんと正しく言おうよ。プレトークじゃ意味が通らない)がありました。大野さんが熱くマーラーの交響曲第7番について語っていたのですが(大野さんが熱い人だとここで知りました)、ううむ、物知りのマーラー好きの人が聞いたら噴飯もののめちゃくちゃなこと言ってたな。という揚げ足取りはさておいて、ずいぶん明確に絵画的(物語的?)なイメジを語るんだな〜。初めて聴く人には分かりやすいと思うけどそんな演奏になったら嫌だなぁと思ったら、そんな演奏になったんですけどちっとも嫌じゃなかった。というかむしろ凄く面白かった。そのお話はまたあとで。大野さんはこの曲を全部夜の音楽とおっしゃっていましたが(一般的な時流では夜の音楽と言及のあるのは第2、第4楽章だけで「夜の歌」というタイトルは最近付けなくなってるんですが)、フィナーレが真昼の音楽でなくて夜の音楽とおっしゃっていたのがびっくりで、どんな演奏になるんだろうと、心配しつつワクワクでした。

大野さんと都響の演奏は、第1楽章から全曲に渡って速めのテンポを基本にして、かなり意識的にぐいぐいと推し進めていく感じです。叙情っぽいところはテンポを落として歌わせるし、さくさく進んでいくようでちゃっかりテンポを動かしてるんだけど、結構ドライヴして作ってくるので推進力が勝るんです。ただ、第1楽章はぎこちないところがあって、歌う部分で歌い切れていない感じがしました(そういう表現をしたかったのかなとも思ったんですが、そのあとの楽章ではそうではなかったのでまだ固かったのでしょう)。そして何だかうるさい。オーケストラの音が耳をつんざくように鋭くて荒いの。打楽器は過剰なまでに耳に付くし(決して鳴らしすぎてるというわけではなくて音の質が棘のよう)、都響ってこんなオーケストラだっけ?それとも都響の実力ってこんなもの?とも思ったけど、多分、大野さんがわざとそうした音楽にしてると思う。それは、マーラーのうるさい音楽と指揮姿をカリカチュライズしたマンガのイメジ通り、マーラーの生きた当時、彼の音楽を聴いた人には、こういう風に聞こえていたんだろうなって思えたから。本質的にはピリオド・アプローチなのかもしれませんね。
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大野さんって根っからのロマン主義の人じゃないよね。トークの時もおっしゃってたけど、夜が怖いと思ってるもの(子供の頃夜が怖かった)。ロマン主義って「トリスタン」の昼の世界の否定と夜の世界での陶酔に象徴されるように、夜(死、愛)への憧れだと思うから。夜を怖いものと見なしてしまえばロマン主義は理解できない。そう、大野さんは、この音楽をロマンティック=19世紀に爛熟した音楽としてではなく、彼の本能的に20世紀のヒンデミットのように演奏したんです。マーラーっていろんな解釈ができて、いろんな演奏があって面白いんだけど、大野さんのマーラーは、非ロマン主義に徹底していて良いと思う人もいるだろうし、一切受け付けられないと思う人もいるって感じ。評価が割れるのは避けられない。

第2楽章に入るとさらに夜の恐怖が深まって(実際にこの曲の中でこの楽章が一番夜)、大野さんは恐怖のあまり、大声で歌って恐怖を誤魔化してるみたい。とにかく音で満たして暗闇を走って帰ってくる子供。音楽も次から次へと音がやって来て息つく間もなく進んでいく。ちょっと息苦しかった。
そう言えば、夜の音楽の中鳴るカウベル。でも、牛って夜寝てるよね。じゃあカウベルを鳴らしてるのは?魑魅魍魎?と想像したら大野さんの音楽が少し分かった気がした。やっぱり怖いんだ。
でも、それにしても大野さん、マーラーの書いた全ての音を、至る所で別々に発展していく対旋律をちゃんと聞こえるように演奏する手腕は凄い。それに珍しい音を奇妙に強調させたりして(木管楽器のベルアップも徹底して)、今まで聴いたことのなかった変な音も聞こえたり面白いの。今日はテレビ収録もあったからあとでいろいろ確かめてみたいです。

魑魅魍魎が現れちゃう第3楽章も積極的に表現主義的。魑魅魍魎、悪魔の音楽だから、音楽的を超えて極端に言えば耳障りな音となるのも厭わない。ヴィオラのアクティヴでスピーディーな突っ込みもスリリングでした。つるつるした飛び石を跳ねて川を渡るような不安定な音楽が楽しかったの。悪魔踊ってる。楽しげに。

一転して、明るいセレナーデ。突然の闖入。宴たけなわの輪を外れて、木の陰で愛を囁き合う悪魔の恋人。ってかなりこじつけだろうけど、夜の文脈で言えばしょうがないかな。普通の恋人が悪魔の宴に闖入したら食べられちゃうじゃない。ただのバカップル?ということはさておいて、なぜか音楽は、ピタリとそこにはまってる。そして、わたし的にはこの楽章が今日の演奏の中で一番好きでした。チェロに出てくるふくよかな叙情的な部分のコントロールがしっかりされていて、ちょっとだけテンポを落とした表現が上手くはまってたの。

このまま行くかなと思ったら、予想に反して間を開けて始まったフィナーレ。もうこれは超ごった煮。闇鍋ですかーー?ありとあらゆるものが音楽の中に放り込まれては、加速されて放射される回転するエネルギー。大野さんが夜だとおっしゃってた意味分かった。まさにワルプルギスの夜のらんちき騒ぎ。「幻想交響曲」の最後の楽章。面白かったーー。最後、打楽器3人がやおら立ち上がってカウベル打ち鳴らしたとき、牛の大群が襲ってくるかと思ったよ。
大野さんの就任記念公演のテーマはごちゃ混ぜ。シュニトケの曲もそうだけど、全てのものを巻き込んで音楽にする力、意思を感じることができた。そしてそれはベートーヴェンの交響曲の勝利につながる音楽の神に与えられた特別の力。大野さんは巫覡になろうとしているのかもしれない。(サントリーの方は聴いてないけどきっとね)

全体を通して、暗いところからだんだん明るくなるように1本の筋が通っていたのもステキ(前にバレンボイムさんのユニークな演奏を聴いたときにも同じこと感じた)。全ての楽章が一連のつながりを持っていたし、フィナーレも浮き上がらずにちゃんと音楽の中のあるべき場所にあった。音楽としては強引なところもあったけど、それを辣腕でまとめ上げた大野さんも凄い。いいもの聴いた感じ。と同時に好みかと問われたら、わたしはもっと艶っぽいのが好きと答えるけど。

大野さんと都響の新時代、楽しみです。吉と出るか凶と出るか。大野さんでは、ベートーヴェンやブラームス、ちっともロマンティックじゃないシューマンも聴きたいなぁ。ショスティとかヒンデミットとかストラヴィンスキー。これは当たり前すぎて面白くない?
ただ、大野さんの登場が、今期、サントリーと文化会館での18回の定期公演のうちたった3回のみというのは残念、と言うか酷い。1年目のスケジュールの関係でそうなったのかもしれないけど、来シーズンからはもっとちゃんと関係を持って欲しい。せめてシーズンの1/3くらい振らないと。こういうことって日本の音楽業界の人は批判しないのかしらね〜。
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by zerbinetta | 2015-04-08 15:16 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

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