自然に湧き出たブラヴォー 新交響楽団第229回演奏会   

2015年4月19日 @東京芸術劇場

ショスタコーヴィチ:祝典序曲
橋本國彦:交響曲2番
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番

湯浅卓雄/新交響楽団


池袋の東京芸術劇場のエントランスにはなぜかたくさんのインド人。ウェストゲートパークで何かイヴェントがあったのでしょうか。雨が降ってきたので雨宿り?
そのたくさんのインド人の間をすり抜けて、音楽会は新交響楽団。ショスティの10番。ショスティの交響曲の中では第5番に次いで人気よね。カラヤンも演奏してたし。そして今日のもうひとつのお楽しみは、ショスティと同年代の日本の作曲家、橋本國彦。っていっても名前さえ初めて聴くんだけどね。

まずは、ショスティの祝典序曲。吹奏楽で聴いたことがあるので、クラリネット活躍するし、吹奏楽版がオリジナルと勘違いしてましたが、オーケストラがオリジナルなんですね。こういう、スポーツカーでハイウェイを疾走するような曲と演奏は、高性能オーケストラにぴったりですね。軽々とさすがでした。スカッと。

2曲目は橋本國彦の交響曲2番。初めて聴く人。1904年生まれ49年没で、戦前から戦後にかけて、アカデミズムでも大衆音楽の分野でも活躍した人みたいです。お弟子に、矢代秋雄や芥川也寸志、黛敏郎らがいるんですね。戦前、戦中は、軍歌とか皇紀2600年奉祝曲として交響曲第1番を書いて時流に乗った活動をしています。その(戦争)責任を自ら取って大学を辞めたみたいですけど、今日の交響曲第2番は、新憲法制定を記念して書かれた音楽。というのは知らなくても全然オッケー。
びっくりしたんですけど、弟子にアヴァンギャルドな黛とかいるのに、それに反してなんて平明な曲。頭をからにして素直に楽しむのが吉な音楽。聴いててニコニコしてくるような明るくて、だれが聴いても楽しめる、クラシック音楽は聴いてみたいけど難しそうって敬遠している人に聴いてもらいたい音楽なんです。あからさまな5音階とか和風なところは、ほとんど聞こえない西洋音楽(ロマン派風のシュトラウスを加味したドヴォルザークに近い感じでしょうか)。それでも、日本人と思わせるのは、底に流れるある種の血かな。前に、USにいた頃、ラジオからインストゥルメントのポップスの音楽が流れてきたの。知らない曲だったけど、なんとなく親近感を覚えたら日本の曲だった。完全に西洋音楽なのに。という経験があるので、わたしにはまだ説明できない日本人の血、みたいなのが日本人の作る純西洋音楽にもあるんだと思う。橋本の交響曲にもそれを感じました。
それにしても青い空を思い浮かべるような音楽だなぁ。そして、ホルンに出てくる旋律がわたしの涙腺を直接刺激する。まずいよまずい。泣いちゃうぢゃないか。それに、1楽章の真ん中の盛り上がりもなんか涙腺わしづかみにするのよね。第2楽章も明るく楽しいマーチで始まってそれがいろいろ変奏されて、作曲家の腕の良さを感じるの。構成感といいきちんと計算されている感じ。こんな音楽が日本で書かれていたのね。前に聴いた、安部幸明のときも思ったけど、日本人の敢えて純西洋音楽って知らないだけで意外と名曲あるんだわ。和風ばかり(あと武満)が日本の音楽じゃない。
演奏は、ステキでした。だって、過不足なくこの音楽の魅力を伝えてくれたから。こういう音楽に目を開かせてくれたのも嬉しい。発掘していろいろ聴かなきゃ。わたし、日本人なのに日本のクラシック音楽のこと全然知らない。これじゃダメ。

休憩後はショスティの交響曲。暗くうねうねした始まりからショスティの世界に引き込まれていく。湯浅さんの指揮も真摯にこの音楽に向き合って、音ではない音楽を伝えていたし、それに応えてるオーケストラもすごい。木管楽器のソロも、それぞれめちゃ上手いし、参りました。もうここまで来るとアマチュアだのプロだのと言ってられない。そして、超高速で疾走する暴れ馬のような第2楽章。モーツァルトが疾走する哀しみだとするとショスティは疾走する狂気。これが暴走にならなくて、びしびしと決まるからスリリングで、息を飲んで一緒に走ってゴールを切ったときは、ぷはーっと爽快感。思わずひとりのお客さんからブラヴォーが出たけど、分かるよ分かる。ここではブラヴォーこそ自然。そういう演奏だもの。
続く、ちょっとおどけたような、でも途中で痛烈に孤独になる、緩徐楽章のようなスケルツォのような楽章。ここでちょっと疵が。前の楽章をパーフェクトに乗り切った安堵感か、疲れからか、アンサンブルが乱れたり、音程がずれたり。だんだん修正してきて小さな疵でしかなかったんだけど、せっかくブラヴォーが出て間がちょっとあいたんだから、音合わせをして音楽をリセットする余裕があっても良かったかなと思いました。これでもかこれでもかと現れるショスティ自身とホルンのソロの愛人さんのシグニチュア音型の諧謔と孤独感といったら。ずんと身につまされる思いでした。絶望が音楽になってる。
一転、フィナーレでは孤独の後に妙に浮かれ出して、楽しげに終わる支離滅裂さ。これが20世紀の人間だよね。いろいろ引き裂かれてしまった自我。演奏の方は、全てを出し尽くした感じ。オーケストラの上手さももちろんだけど、それ以上に、ショスティの音楽をいろいろ考えさせられたのが良かったのです。会心の演奏だったと思います。大好きなショスティに新発見の橋本。わたしも満足感でいっぱい。


♪♪
新交響楽団の第230回演奏会は、7月26日、東京芸術劇場です。
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by zerbinetta | 2015-04-19 22:52 | アマチュア | Comments(0)

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