ピアニストはクールビズ イェンセン/読響 モーツァルト、レニングラード   

2015年5月13日 @サントリーホール

モーツァルト:ピアノ協奏曲第17番
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番

アンドレアス・シュタイアー(ピアノ)
エイヴィン・グルベルグ・イェンセン/読売日本交響楽団


うわ〜久しぶりのテミルカーノフさんの「レニングラード」だわと期待して行ったら、ありゃ?違う人?テミルカーノフさん、読響を振りに来ると思ったのに今日じゃなかったっけ?という音楽会の始まり。

今日はモーツァルトのピアノ協奏曲から。第17番。ピアニストは、初めて聴くシュタイアーさんだけど、思い出した、この人フォルテ・ピアノ弾きよね、シューベルトのソナタのCD持ってる。でも今日はモダン・ピアノを弾きます。
モーツァルトのこの協奏曲は、音楽会では初めてです。CDは持っているんだけど、もっぱら20番以降の協奏曲ばかり聴いていて、初めて聴くようなものです。で、この曲めちゃ名曲じゃなーーいっ。と今更気づくわたし。明るくて、快活で、いわゆるモーツァルト満開。若くて屈託のないモーツァルト。ヴィルトゥオーゾのためではなくお弟子さんのために書かれたということで、シンプルなピアノがまたその雰囲気を醸しだしてていいの。ピアノ協奏曲というかピアノ自体が黎明期で、オーケストラとの絡みとか、モーツァルト自身ののあとの協奏曲から見ても未熟だと思うけど、かえってそこがいい、っていうかまさにそういうような音楽として書かれているところがもう言うことなし。シュタイアーさんもソロが始まる前からさりげなく通奏低音のパートをピアノで弾いて、雰囲気をもり立てる。でもね、ちょっぴりオーケストラが残念。フレーズのお終いの細かな音符が少しずれていく感じがして、なんか音楽がほころびていくんじゃないかって気になったの。ほつれてしまうことはなかったんだけど、ちょっとだけ居心地悪かった。
シュタイアーさんは、白シャツにジャケットでタイ無しのクールビズ。知的でちょっとハンサムな感じのナイス・ミドル。そんなシュタイアーさんのピアノはもうわたしのイメジ通りのモーツァルトの音。窓から聞こえてくるピアノを練習する音、と言ったら失礼かもしれないけど、音楽のイメジ通りの音が風に乗って聞こえてくるうっとり感。軽やかで無垢な音たち。ほんとに音がきれい。それに、シンプルすぎてかえって音楽にするのが難しいと思うんだけど、もうそこは完全にシュタイアーさんとモーツァルトの世界。彼らの音遊びが楽しくて幸せな気持ちに包まれる。第2楽章のドキリとするような蔭や、ベートーヴェンの第4番の協奏曲を先取りするようなオーケストラとピアノの対話、打って変わってフィナーレの明るくはしゃいだ気持ち。最後のコーダの突然の行進曲。どこを切ってもモーツァルトの音楽しか感じさせない不純物のないピアノの音。シュタイアーさんが普段弾いてらっしゃるモーツァルトの時代のフォルテ・ピアノだったらどんな風に聞こえるんだろうって想像しながら、でも、この現代楽器のオーケストラで、モダン・ピアノから泉のように湧き上がってくる屈託のない明るい音たちも紛れもない極上のモーツァルトの音楽なんだよね。古楽器も現代楽器も楽しめる今の時代を生きてる幸せ。だってどちらも等しくステキなんだもの。
シュタイアーさんのアンコールは、ハ長調のピアノ・ソナタK.330の第1楽章。協奏曲と同じ頃書かれた同じような雰囲気の音楽つながり。歌うようなフレージングもステキでした。

後半は、ショスティの交響曲第7番。通称「レニングラード」。正直なところ、ショスティの交響曲の中であまり好きな曲ではないんだけど、ある意味ショスティのストレイトな気持ちが出ている音楽と言えるかもしれない、レニングラードがんばれ交響曲。というのが最近のわたしの感じなんだけど、イェンセンさんはどんな音楽を聴かせてくれるでしょう。
のっけから速めのテンポで物語の渦の中心に切り込んでいきます。この語り口は、前に聴いたネルソンズさんのを思い出しました。でも、なにか説得力が弱い?指揮者とオーケストラの間に少しずれがあるような気がする。オーケストラのショスティの音楽への理解が不足しているように思えるの。特にショスティの楽器である、小クラリネットやピッコロ、トランペット、それに今日の主役と言える小太鼓。。。戦争の行進を告げる小太鼓のソロが、音を小さく絞りすぎていて(これは指揮者の指示なのかな)、リズムが何をやっているのか分からなかったし、リズムで音楽を先導するところまで至ってなかった。1楽章の最後のドキリとする悪夢の回想のようなトランペットのソロもあの音はないだろうと。ホルンの低音での強奏も音がよれよれで締まりなかったし。。。わたし、読響さんとはとことん相性悪いのかな。でも、弦の厚みは魅力的だし、第3楽章の主題がヴィオラに戻ってくるところなんてすごく良い音で素晴らしかった。シンバルやバンダの金管楽器もとても良かったし。読響って、ひとりひとりは良い音持ってると思うんだけど、いつも音楽への理解度が足りてないと思ってしまうのはどうしてだろう?
イェンセンさんは、若手というかもう40代だから中堅どころの指揮者。オーケストラを見事にドライヴした指揮ぶりはとても好感度高かったです。でも、彼の「レニングラード」は混沌なのかな。第1楽章の見事なカオス、混沌ぶりには自然に涙が出たし、最後の何だか強引な盛り上がり方にも混沌が見えたのは、彼がこの音楽をそう捉えているからでしょう。答えのない、勝利?皮肉?わたし的には、もっと素直に愛国的な音楽だと思うんですけど、ショスティっていろいろ考えされちゃうからなぁ。
最後、曲が終わったときの拍手までの気まずい時間(イェンセンさんはゆっくりと手を下ろしていった)も何だかそんなことなんだろうと思います。わたしは、この曲は音楽が終わると同時に、感極まってわーーっと拍手が巻き起こる音楽だと思うんですよ。愛国の曲なんだから。どんな皮肉屋だって戦争嫌いだって、自分の町が不条理な敵に包囲されて攻められていたら、自国の勝利を願わずにはいられないでしょう。ショスティに煽られて素直に心を熱くしてもいいと思うんですよ。
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by zerbinetta | 2015-05-13 15:36 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

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