言葉の限界を超えなくちゃ 高関健/東京シティ・フィル ティアラこうとう定期   

2015年6月20日 @ティアラこうとう

シューマン:交響曲第1番「春」
リムスキー・コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」

高関健/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団


東京シティ・フィルのティアラこうとうでの定期会員になったのでした。今日がその1回目(ティアラこうとうは年4回の定期演奏会があります)。東京シティ・フィルは、宮本さんの時代に何回かオペラ・シティに聴きに行って(宮本さんの指揮はそのうち1回だけだったと思いますが)、すごく上手いとは言えないけどとても熱い演奏をするステキなオーケストラだと感じていました。わたしの好きなタイプ。今シーズンから高関さんが常任指揮者(多分責任指揮者)になってどういう風に変わるか、発展していくか楽しみなんです。前任者の宮本さんが熱い音楽を標榜していたのに対して、高関さんは楽譜を徹底的に読み込む少々マニアックなところがあるのでずいぶん対照的だし、でもきっとシティ・フィルさんには良い方に作用すると思うんですね。でも、音楽に対するあの熱さはずっと持っていて欲しいですけど。

音楽会の始まる前の雰囲気がうんと良くて会員になって良かった〜と。ステージの裏で音出ししてるのを静かに聴きながら待つ雰囲気、音楽会の雰囲気を壊す余計なアナウンスメントも無し、登場する団員を拍手で迎える客席。帰国してからので一番好きかも。(でも、後半携帯電話が2回鳴った)

シューマンの「春」は音が濁ったところがあったせいか少し重く感じました。高関さんの音楽作りをオーケストラがまだ消化し切れていないのか説明的な音に聞こえるところもありました。高関さんは、音楽を徹底的に研究して、オーケストラにもそれをしっかり伝えているんだろうと思います。ただ、言葉で説明するあまり、というか、指揮者とオーケストラが同じ言葉で分かってしまうせいで、音楽が、その言葉の範囲を超えていないように感じました。言葉を超えて、音楽でしか表現できない部分がちょっと足りてないな、と。そのことを考えると、将来は日本で弾くことになるだろう若い音楽家もどんどん外国で勉強して欲しいなと思いました。クラシック音楽の本場が西欧だからという意味ではなく、もっと大事なのは、文化の違う、母語でない言葉の不自由さの中でコミュニケイションの力を鍛えて欲しいから。音楽が言葉の範囲で留まらないように。

「シェエラザード」は、絢爛な絵巻物を見るような演奏で素晴らしかったです。そう、実際の船に乗るような感じじゃなくて、絵巻物を見る感じなんです。たぶん、波の伴奏が、動く水ではなくて、もっと大らかに固定された絵のように感じられたからじゃないかと思うんだけど、これはこれでありだなぁ。高関さんの音楽は、旋律線がとてもレガートに弾かれていて、それも絵のようだと思った理由かも知れません。第2楽章最後の方のハープの強奏とか、第3楽章の音の紡ぎ出し方もおおおっと引き込まれるようでステキ。各ソロも大健闘してたし(ヴァイオリンはおじさんだけどちゃんと姫)、曲の最後とか弱音がもっと良くなればずっと良くなるだろうと、未来に期待。
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by zerbinetta | 2015-06-20 01:04 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

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