癒えることのない幸せの傷 ロト/読響「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」   

2015年7月1日 @サントリーホール

ブーレーズ:「ノタシオン」から第1、7、4、3、2番
ベルク:ヴァイオリン協奏曲
ハイドン:十字架上のキリストの最後の7つの言葉

郷古廉(ヴァイオリン)
フランソワ=グザヴィエ・ロト/読売日本交響楽団


今日は寝不足でとっても眠たかったので、ハイドンのアダージョ7連発は厳しいなぁと思ってたら、ところがどっこい、素晴らしすぎて前のめりで聴いてた(気持ちですよ〜)。まだ、トリスタンや後半聴いてないけど、すでに今年の読響の1番にしたい。

ロトさんを聴くのは初めてです。ロンドン・シンフォニーに客演したとき聴くチャンスはあったのにチケット取らなかったんですよ〜。写真を見ておじさん?って思っちゃったんです。知らない人は若い人中心に聴いているので、でもこの人、若いんですよね。しかもユニークな活躍ぶりはあとで知るところに。痛恨。

初めて聴くロトさんは、噂に違わず凄く良い指揮者。自分の音楽をしっかり持っているし、それをオーケストラに伝えて引き出す力も持っている。そのことは、最初の「ノタシオン」から確信しました。「ノタシオン」はブーレーズの最初期(19歳!)のピアノ曲。とても短い曲の集まりなんですけど、その中から5曲を作曲家本人が選んで、超拡大して大編成のオーケストラ用に編曲しています。小さなピアノ曲とはまるで別物。小さな芋虫が変態して巨大なウワバミになったみたいな。ブーレーズさんには嫌な顔されちゃいそうだけど、メシアンに似てた。それもトランガリーラの頃の。そして音楽から来る音響の快感。色彩感豊かな読響の音もこの快感を後押ししていました。

続くベルクのヴァイオリン協奏曲の独唱者は郷古さん。ごうこすなおさんと読むらしいです。弱冠21歳のイケメン系ヴァイオリニスト、なのかな?イケメンで売り出してるのかは知らないけど(そんなことしてませんように)でもかっこよかった♡ただ音楽は、よく分からなかった、というかどこに焦点を当てていいのか分からなかった感じ。この曲を弾くにはまだ若すぎるのかなぁ。とても上手いんだけどちょっと残念。ロトさんの方も、よく分からないうちに音楽が終わってしまったという感じで、あれ?いつバッハが聞こえた?って虚を突かれてしまいました。ううむ。わたしがぼんやりしてたのかなぁ。

最後のハイドンは。もうこれは言葉を失う名演。1時間近くゆっくりした音楽(最後に激しい地震の音楽が鳴りますが)に吸い込まれるように聴いてしまうとは。眠気なんて微塵も感じさせません。凄い集中力。こんな音楽だったとは。ハイドン凄い。ロトさん凄い。読響凄い。なんか凄い凄いで言葉にも感想にもなってないんだけど、ほんとに言葉にできないような体験。
実は、ハイドンのこの曲を聴くのは初めてなんです。弦楽四重奏版はCDを持ってて何回か聴いたことはあるんですが、オーケストラ版の方は初めて。しかもわたし、弦楽四重奏版がオリジナルでオーケストラ版が編曲とずっと思っていたんですが、反対なんですね。
ロトさんって、言わずと知れたピリオド系もやる人。ご自分が組織したピリオド・オーケストラでセンセイショナルな演奏の録音を出してるみたい(興味津々としつつまだ聴いていません)。でも、モダン・オーケストラの読響にピリオド・スタイルをがちがちに求めるかと思うとそうではなく、ヴィブラートは控え目だけれども読響の(弦の)ふくよかな音色を生かした音楽作り。彩りを添える管楽器もステキ。こういう柔軟さも優れた指揮者の資質なんですね。それにしても、読響からこんなにも緊張感がありつつ和らいだ音のハイドンを聴かせてくれるなんて。読響とは相性の悪いはずのわたしも驚いて聴き入りました。
十字架に磔られて最後を迎えるキリストの音楽だけれども、古典の絵画のような今の(写実主義や表現主義を体験済みの)わたしたちには牧歌的に見える美しさを湛えた音楽。でも、これだけ心に残っているのは、音楽の真実が聖槍のように突き刺さったからでしょう。でも癒えることのないその傷は幸せの痕でもあるのです。

ロトさんの音楽はもっと聴きたい。とても相性の良かったように思える読響さんにもたくさん客演してくれないかしら。
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by zerbinetta | 2015-07-01 12:32 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

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