若いと盛っちゃうよね でもそれでいい 石村純ピアノ・リサイタル   

2015年9月13日 @東京文化会館小ホール

ショパン:ピアノ・ソナタ第2番
ショパン:ノクターン 作品62の1
ラヴェル:ラ・ヴァルス
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第8番
シューマン:謝肉祭

石村純(ピアノ)


日本演奏連盟が行っている、新進演奏家育成プロジェクトのリサイタル・シリーズのひとコマに行ってきました。日本演奏連盟がオーディションにより優秀な新進演奏家を選んで、音楽会を経済的にも事務的にも援助するプロジェクト。プログラムは演奏家に任されていて、無名の新人としては大きな音楽会を自分で考えたようにすることができるというもの。素晴らしい支援の仕方ですね。今日はピアニストの石村純さん。ロイヤル・カレッジ・オヴ・ミュージックで勉強してこられた方。わたしもロンドンに住んでいたのでちょっぴり親近感。スクリャービン没後100年を記念した音楽会というのが中心にあるみたいだけど、スクリャービンは1曲だけで、盛りだくさんというか盛りすぎ(?)な感じのプログラムになってます。これだけ弾いて大丈夫だろうかってくらいに。

プログラムの前半は、ショパンのソナタ第2番(葬送行進曲のある有名なの)とノクターン、それにポンと飛んでラヴェルの「ラ・ヴァルス」。後半がスクリャービンのソナタ第8番とシューマンの「謝肉祭」。プログラムにどんな意図があるのかしら?文学的な意図は見えない(とわたしには思われる)けど、単に好きな、弾きたい作品を並べたばかりのものではなさそうというのは、聴いていて感じたんだけど。。。

わたしはピアノを弾かないし、ピアノをたくさん聴いてきていないので、ピアノのリサイタルは完全アウェイで、何を言っていいか分からないし、素人感想なんだけど、石村さんのピアノは、音的にダイナミックな感じがしました。かと言って、爆音ではなく、漢な感じでもない、音の動かし方が重めで暗い感じ。夜の帳から、ピアノの音が沸き立ってくる感じ。だから、ショパンのソナタは、暗やみの無機質な雰囲気が良く出ていて、ロマンティシズムの淵に落ち込むことなく、しっかりとコントロールされた控え目な叙情性が良い感じ。ノクターンも同じように暗くて控え目な叙情。でも、甘さ控えめのお菓子というより自然な甘さを感じさせるパン・オ・レ。フランスで食べてたパン・オ・レ、柔らかい仄かな甘さでおいしかったんだ。

「ラ・ヴァルス」もワルツの華やかさというより、ワルツの情景のパロディ。心の中に淀むものが輪舞によってかき回されて浮き出ては沈む走馬燈のような断片。わたしがこの曲をそういう風に捉えているから、そう聞いてしまうのか、石村さんがそう弾いたのかは、ちょっと分からないんだけどね。

後半は、ステージの後ろに屏風。ルソー風の(熱帯の)植物みたいな装飾の絵が描かれていて、石村さんのドレスもそれに合わせてお着替えして、スクリャービンのソナタの雰囲気なんですね。スクリャービンは音を聴くと色が見える人だったそうだけど、こうして視覚でも音楽を感じさせる工夫は良い感じ。今日のリサイタルは、スクリャービンを中心に据えたというだけあって、この曲の演奏が他のを圧して一番充実していました。石村さんのドライで重くほの暗いピアニズムもこの曲に合ってたみたい。ある意味感情を排した感覚に直接触れてくる音楽が、巫女的な高揚感を醸し出していて、ほっくりとくる瞬間的なショパン的な情緒と対比されて、暗やみの中で目をこらすとカラフルなスクリャービンでした。

最後のシューマンの「謝肉祭」もシンプルな音型から発生する多彩な音の変化が面白くて、きっちりと弾いたことによって音自体の面白さが表現されていたと思います。石村さんが、これからどんなポジションのピアニストになるのかは、ピアノを知らないわたしには予想もできないけど、ロシアの近代物や新ウィーン楽派みたいな音楽でもっと聴いてみたいと思いました。良いピアニストになって欲しいなぁ。

アンコールには、シューマンのソナタの第2楽章、ショパンの練習曲10−4番を弾いて下さいました。
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by zerbinetta | 2015-09-13 13:21 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

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