輝く、ブルックナーの原石 ミンコフスキ/都響   

2015年12月15日 @サントリーホール

ルーセル:「バッカスとアリアドネ」第1組曲、第2組曲
ブルックナー:交響曲第0番

マルク・ミンコフスキ/東京都交響楽団


わたしは出遅れちゃって、聴き逃したんですけど、去年評判が良かったミンコフスキさんと都響。今年は定期演奏会に登場。なんとブルックナー。それも0番。初めて聴きます。0番なんてすっとぼけた番号だけど、00番なんていうのもあるんですね。ついにわたしのブルックナー交響曲の旅も今日であとは00番を残すのみ。

前半は、ルーセルのバレエ音楽「バッカスとアリアドネ」の第1、第2組曲。組曲と言ってもこれでバレエの全曲。続けて演奏されました。音楽会では初めて聴くルーセル。「バッカスとアリアドネ」は雰囲気(とてつもなく大ざっぱに言って)、民族性を取り去ったハチャトリアンのような音かな。ちょっとイミフな例えは反省して、乾燥してがさがさした感じの音楽。きっちりとしたドライなアンサンブルをする都響向きと言えば言えるんでしょうけど、逆に都響のドライさゆえに潤い成分が足りなかったようにも思えます。ミンコフスキさんの指揮も即物的で(この曲って新古典主義の仲間に入るのかな?)、音の面白さはとても良く感じるけど、物語的なものはあまり感じませんでした。まあ、元々のバレエもわたし的にはあんまり面白くなさそうなんですが。逆に言えば、バレエ音楽と言うよりもストーリーのない音自身の面白さを感じさせる構造的な音楽であり演奏だったんですね。

後半はブルックナーの0番。0番と言うくらいだから、交響曲第1番より前に書かれた習作(?)かと思いきや、解説によると、第1番よりあと第2番の前に書かれたそう。でもね、なんか第1番より未熟な音楽に感じました。特に第1楽章のとりとめのなさ、スケルツォのトリオのあっけなさ、序奏付き(?)のフィナーレのヘンな感じの構成。でも第2楽章があるだけで存在価値あり。素晴らしい緩徐楽章でした。全体的にはまだブルックナーと言うよりメンデルスゾーン入ってる?って感じで、ワーグナーに汚される前のブルックナー。ブルックナーが確実にロマン派の時代につながっていたと感じさせる音楽です。でも、フレーズを何となく続けちゃうところがワーグナー的なのかしら。そこが弱点。あとのブルックナーだったら、休符でバサリと切断して(いわゆるブルックナー休止)、ブロック構造を作って明確化するんだけど、それがないのでだらりと音楽が流れて迷子になるのよね。第1交響曲はまだブルックナー成分が薄かったのでそれでも上手くいったのかしら(歌謡的だから?)。ブルックナーがブルックナーになろうとする過渡期の作品といっていいのかな。
それでも演奏はとても素晴らしかったです。サントリーホールだったのでいつもの指揮者が見える位置に座ったのだけど、ミンコフスキさん、ほんともう表現したい音楽が見てるだけで伝わってくるんですね。そしてオーケストラに魔法をかける。曲が曲だけに第1楽章は、やっぱりとりとめが無かったんだけど、第2楽章のロマンティックな美しさったら。歌うような演奏で、ロマン派の音楽を強く感じました。冷たいところもあるシャープな都響から柔らかな響きを引き出していたのはさすがミンコフスキさん。この曲を聴くのは(録音も入れても)初めてで、他と比べることは出来ない、自分の中に物差しはないのだけど、指揮者の意図のはっきりした、聴いてスッキリ気持ちの良い演奏だったことは間違いありません。ミンコフスキさんは今日の演奏で、ロマン派の中でのブルックナーの出発点を明快に示してくれたと思います。原石だけど、その中にきらりと輝くものを見せてくれました。だんだん、ブルックナーづいていく後期の交響曲でどんな演奏をするのか、聴きたくなりました。

ミンコフスキさん、良い指揮者だわ〜。都響はミンコフスキさんを離したらダメだよ。
[PR]

by zerbinetta | 2015-12-15 00:26 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

<< カラフルな音のパレット 山田/N響 イギリス田園風景 尾高/日フィル >>