謎はなかった インバル/都響 ショスティ15   

2016年3月29日 @東京文化会館

モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番
ショスタコーヴィチ:交響曲第15番

クンウー・パイク(ピアノ)
エリアフ・インバル/東京都交響楽団


都響と深いつながりのあるインバルさんとの音楽会。来月のサントリーホールでの「カディッシュ」は聴きに行けないので、こちら。ショスティとアヒルの群れにぽつんと白鳥の雛が混じっちゃったようにモーツァルト。インバルさんとモーツァルトがどうしても結びつかないんだけど、ピアニストの希望?
絶対似合わない~~って思ったけど、ふたを開けたらほんとにそうでした。ピアノのパイクさんは、少しロマンティック路線のピアノ。オールドスタイル。対するインバルさんは、ロマンティックとは距離を置いているけど、ピリオド・スタイルではない、これまた別の往年のスタイル。正直ふたりの音楽がかみ合ってるのかかみ合ってないのかよく分かりませんでした。よく分からないまま進められるモーツァルトの名曲。まあ、協奏曲ですから、インバルさんはパイクさんに合わせて付けていたと思うんだけど、このスタイルの演奏にちょっと戸惑ったまま終わってしまいました。わたしの度量の狭さゆえだけど、悔しい。無地になってまず音楽を受け入れる訓練をしなければ。。。
パイクさんのアンコールは、ブゾーニの「悲歌集」から「トゥーランドットの居間」という曲だそう。初めて聴く曲だけど、モーツァルトよりこちらの方がパイクさんのピアノの雰囲気に合ってたかな。音に落ち着きがあって速い部分でもメカニカルにガチャガチャとしない感じがいいの。グリーンスリーヴスが聞こえてくるとやっぱりしっとりしちゃうから。

ショスティは謎が多い。最後に書かれた(死の床で書かれたわけではない)交響曲第15番はとりわけ謎だらけの作品だと思います。「ウィリアム・テル」や「神々の黄昏」からの露骨な引用ゆえにその意味がかえって分からなくなってるというか、本当に謎かけなのかすら謎。メタ謎かけ。それを考えながら頭で聴くのがショスティの魅力のひとつだと思うんだけど、さて、インバルさんの演奏は、即物的ゆえに謎がなかったかのように消えているの。音楽を、書かれた音符に即して、音だけを取り出してわたしたちに聴かせてくれる。クリアに理知的に。音そのものには確かに意味はないし、意味を考えるのはかえって音楽を聴くことを邪魔するのかも知れないけど、でも、わたしにはそれが物足りなく思えました。永遠に答えが得られないのなら(多分交響曲第15番の謎はそういうものなのです)、答えを見つけるより、問いかけはいらない、という割り切り方にね。ひとつのアプローチの仕方としてとても正しいんだと思うんですけど。。。
ドライな都響の音もインバルさんの解釈に縁取りを与えていたと思います。なので、両者の方向が一致していて、この音楽にはまる人には、もう素晴らしい演奏なのでしょう。ただ、チェロのソロや金管楽器にもう少し奮起を求めたいところはありました。
インバルさんと都響の長き良きコラボレイションは、今の都響をインバルさんの楽器にしているので、これからもインバルさんとの共演が楽しみです。でも、同時に、大野さんが音楽監督になられて1年。大野さんの下、これからどう変わっていくのかを聴き続けるのも楽しみです。




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by zerbinetta | 2016-03-29 11:24 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

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