カテゴリ:ロイヤル・フィルハーモニック( 7 )   

餅屋さんにな〜れ ズーカーマン、ロイヤル・フィル ショスタコーヴィチ交響曲第10番   

23.05.2012 @royal festival hall

mozart: the marriage of figaro, overture; violin concerto no. 5
shostakovich: symphony no. 10

pinchas zukerman (vn) / rpo


カレンダーを観てたら1日音楽会のない日が空いてたんですよ。ふむふむ、と思って調べたら、音楽会があるではないですか。最近好印象のロイヤル・フィルハーモニックの。しかもタコ10。指揮はヴァイオリニストのズーカーマンさんなのが不安だけど(だからチケット買ってなかった)、タコだし聴こうかと思って行ってきました。ばか。

わたしは、ときどき書いてるように、餅は餅屋の人なのでヴァイオリニストのズーカーマンさんの指揮はあまり興味ないのだけど、前に1回聴いたとき以外と好印象だったので、まっいいか、と思ったんです。そして始まった、「フィガロの結婚」序曲。これがまあ、めちゃくちゃ良かった。スザンナのように可愛らしくて溌剌として機転が利いて。音楽会の始まりをワクワクさせるような演奏。まさかここで掴まれるとは。やるじゃん、ズーカーマンさん、ロイヤル・フィル。

2曲目は、ズーカーマンの弾き振りで、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」。ズーカーマンさんって美音系の一昔前のスタイルのヴァイオリニスト。ジュリアード系と括れちゃうくらい特徴あるよね(もちろん個々の奏者にはそれぞれ個性があるけど、何となく同じ向きを向いてる)。そんな彼のヴァイオリンだから、今は珍しいロマンティック・モーツァルト。わたしにはちょっとべたべたしてたかな。そして1番の問題は、ズーカーマンさんのテクニックの衰え。もちろん、大きな瑕はないのだけれども、今の若い人は、テクニックがあるのが当たり前だから、そういうのに比べるとちょっとテクニックが危ういし、前はもっと上手かったと思うのね。指揮者と2足わらじのせいかしらと何となく思ってみたり。

ロイヤル・フィルの音楽会、何故かお客さんの質が低い。後ろに座ってた人、演奏中もぺちゃくちゃしゃべってたので、思わず休憩後席を移りました。

最後のタコの交響曲第10番。オーケストラはとても良く鳴ってたし、音的には文句はないのだけど、そして音浴びは楽しかったんだけど、音楽が終わったとたん、ぽっかりと音楽がわたしの中から消えました。何だろう、このキッパリ感。確かに立派な音になってるのに(オーケストラはとてもステキに演奏してくれました)、何も心の中に残らない不思議。ズーカーマンさんは何を言いたかったのだろうって思いました。確かに最近の傾向は、ショスタコーヴィチから、政治とか社会とかもろもろの垢を取り除いて純粋に音楽を演奏するというものだけど、それにしても何もない音楽って。ズーカーマンさんは何を表現したかったんだろう?最後までわたしには分かりませんでした。2足のわらじはどちらにも中途半端になってしまうような気がします。どちらかを捨てる覚悟が必要なんじゃないか、と他人事ながら僭越に思いました。餅屋さんにな〜れ。
[PR]

by zerbinetta | 2012-05-23 08:28 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(0)

巨匠の音楽 フィッシャー、デュトワ、ロイヤル・フィル   

30.03.2012 @royal festival hall

beethoven: violin concerto
strauss: ein heldenleben

julia fischer (vn)
charles dutoit / rpo


昨日アンスネスさんのリサイタルの行ったとき、今日ロイヤル・フィルハーモニックの音楽会があるのを見つけて、そういえば、ロイヤル・フィルちっとも聴いてないなぁ、と思って、安いチケットを買ったんです。シュトラウスもしばらく聴いていないから聴きたかったし。日本でおなじみのデュトワさんも久しぶりにお顔が見たいな。って言い訳?
そんなこんなで全然期待していなく、うっかり聴きに来てしまったこの音楽会。ふたを開けてびっくり。もの凄く良かった、というか近年まれに見る良さだったんです。デュトワさん、いわゆるマエストロになってるし、オーケストラもいきなりこんなに上手くなったの?とびっくりするくらい見事な変貌ぶり。この間、聴いたときは、こんなに上手くなかったよぉ。今日はロンドン・シンフォニーに勝るとも劣らない音でした。特に弦楽合奏の和音が見事にきれい。デュトワさんも、全く無駄のないシンプルな指揮でオーケストラを魔法にかけてる。N響は良い指揮者を持っていたのね。

今日の前半は、ユリア・フィッシャーさんのヴァイオリンでベートーヴェンの協奏曲。ユリアは、評判もいいし、とってもステキなヴァイオリン弾きだと思うけど、わたしとはあまり相性が良くなくて、それほど積極的に聴いている人ではありませんでした。今日も会場に行って初めて彼女が弾くんだって思ったくらい。思い入れが全くありません。心はもう後半のシュトラウス。
ところが、聴き始めてみてびっくり。彼女のベートーヴェン、深い内面まで音楽に切り込んでいく。音楽は途方もなく大きく雄大。決して大袈裟に弾いているわけではなく、むしろ、とっても抑えて静かに凛として弾いているのだけれども、音楽の捉え方が大きくて、まさに偉大なベートーヴェン。わたし、この曲ってベートーヴェンにしては柔らかく親しみやすい音楽だと思っていたのだけれども、彼女の演奏はそれに加えて、偉大と言っていいくらい深い。ちゃらちゃらと表面的な効果は全く眼中にはなく、真摯に音楽に対峙して対決している。何かを挑発するところもなく、何も足さない、何も引かない、まっすぐ真ん中な音楽。そして、音楽と演奏は止揚されてもの凄い高みに達している。名演。デュトワさんとオーケストラの伴奏もそんな彼女にピタリと付けて理想的な関係。ユリアの音楽に全員が乗りうつられてる。ベートーヴェンのこの曲が、こんなに凄い音楽だったとは、初めて知りました。ユリアのこと、完全に見直しました。若いのに(まだ20代)、大成した音楽家のひとり。今まで、どうして相性が悪かったんでしょう?今度はブラームスを聴いてみたいな。

もう前半だけでお腹いっぱい、大満足だったので、一転、「英雄の生涯」はおまけのような気持ちになってしまいました。これを聴きに来ていたのにね。
ところがまたまた予想に反して。わーなんというすかっとする演奏。若々しくて、音がとっても開放的で、そう、わたしの大好きなシュトラウスは、金管楽器、特にホルンのすかっと開放的な音なんです。朗々と吹くフォルテというか、音が大空の中に吹き抜ける感じ。それに、弦楽セクションが厚みのある良い音で弾いているので、シュトラウスの音の饗宴に浸れます。全くもう何がどうなっちゃったの?と思うほど上手い。かっこいい。音楽の作り方もドラマティックで、たっぷりとゆったりと聞かせる愛のシーン(英雄の伴侶)なんてもうとろけそう。そして、闘いにおける小太鼓の上手さったら。今日の圧巻は小太鼓といっていいくらい。リズムをリードするだけじゃなくて、音楽性を豊かに感じる絶妙な強弱で音楽をリード。まわりの打楽器の皆さんもとっても良くて、もっと闘っていて欲しい、びしびしと評論家なんかをやり返しちゃえなんて思いました。
それにしてもシュトラウスはこの曲を35歳で書いてすっかり回想しちゃうんだけど、だから、シュトラウスの偉大な作品群が回想されずに残念。だれか、サロメとか薔薇の騎士とかメタモルフォーゼンなんかも回想しちゃう、完全版を書いてくれないかな。でも、若さに満ちたアグレッシヴなのがこの曲の魅力なんですけどね。そして、この曲を最後にシュトラウスは交響詩を書いていない(交響詩的なものは2曲の交響曲)。シュトラウスが人生の転機で、決意を表明した音楽なのかも知れませんね。わたしの中にも何かみなぎる、それはなんだろう?喜びのようなもの?が湧いてきたのでした。
[PR]

by zerbinetta | 2012-03-30 20:14 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(0)

東洋の真っ赤なルビー   

16.08.2011 @royal albert hall

copland: fanfare for the common man
bax: symphony no. 2
barber: adagio for strings
bartók: piano concerto no. 2
prokofiev: symphony no. 4

yuja wang (pf)
andrew litton / rpo


それにしても7時始まりで、終わったの10時過ぎの音楽会って。しかも休憩2回。オペラじゃないんだから。。。わたしは最近、軟弱者なので長くてコスト・パフォーマンスのいい音楽会より短くさくっと終わる音楽会が好きです。おなか空くし早く帰りた〜いって。でも今日は、大好きなユジャ(・ワンさん)だし、いつもにこにこ顔のアンドリューさんだからいいのです。って出てきた指揮者、別人? にこにこ顔のアンドリューさんじゃない! あれれ〜変更になったのかなってあわててプログラムを開けてみたら、アンドリュー・リットンさんだった。デイヴィスさんじゃない。アンドリュー違いでした。いつも間違えるのよね。で、気を取り直して。

始まりはコープランドの普通の市民のためのファンファーレから。交響曲第3番のイメジが強くて、おお違う違うと思いつつ聴いていたけど、やっぱかっこいいわ、このファンファーレ。ただ少し、オーケストラにすかっと抜けるパワーが不足しているように思えました。これは今日の音楽会を通じてずうっと感じたことです。
2番目は初めて聴く、珍しいバックスの交響曲第2番。マデトーヤみたいな北欧風の感じがしたので、北欧の作曲家なのかなって思って、休憩時間にプログラムを読んだら、イギリス、ロンドン生まれの作曲家でした。ふ〜む、この親近性、だからイギリスではシベリウスの音楽が受け入れられたのか、なんて思ってみたり。でも、本人はアイルランドに共感を感じていたみたいで、それは音楽から十分伝わってきました(って言うか、北欧とアイルランドの区別がついていないんですけど、冷たい空気感が一緒のような気がします)。ちなみに今飲んでるサイダーは、スウェーデンの梨のサイダーです。おいしい。って関係ないけど。それにしても、この作曲家女たらしなんですね。不倫とかして奥さん3人もいて。でも音楽は別物。清楚な感じのヒースの上を流れる風のような。そして音色の響きが吹奏楽的なところが多いんです。ちょっと不思議な感じでしたね。ここで休憩、その1。

第2部の始まりは、バーバーの弦楽合奏のためのアダージョ。悲しみを湛えた音楽。追悼曲というわけではないと思うけど、確かケネディ大統領のお葬式のとき使われたのよね。演奏も静かにしんみりと。でもわたし的にはもう少し力があってもいいと感じました。少し弱ってる感じ。
次はいよいよピアノ協奏曲。第2部の始まりからあったピアノの蓋が、会場からのうおぉぉというかけ声と共に開けられ(プロムスならではの習慣です)、リーダーが音合わせしようとラの鍵盤を叩くと会場からブラヴォーと拍手(これもまたプロムスの習慣です)。そして、大好きなユジャ登場。話題のミニスカートかなと期待もしたんだけど、真っ赤なロング・ドレス。東洋の真っ赤なルビー(?)。そしてユジャ、なんだかこんがり焼けてます。スイスの山で焼いてきたのかな。そうそう、ユジャの漢字表記、羽佳ってとってもきれいな名前ですね。実はピアノに関しては先日聴いたブニアティシヴィリさんの音が耳にまだこびり付いているのだけど、彼女のピアノを速さと重みを兼ね備えた馬のような走りだとすると、ユジャのそれは、速さに特化したチータのようなしなやかな、アスリートみたいな走り。まさに名前の通り羽が生えてるみたい。
初めて聴く曲だと思うけど、始まってびっくり。ラヴェルのト長調みたい。っていうか、ラヴェルとペトルーシュカを合わせて2で割った感じ。バルトークもこんな可愛らしい音楽書くのねってはじけた第1楽章。面白かったのは第2楽章のピアノとティンパニの対話。第3楽章では大太鼓(とティンパニ)との対話。ピアノの扱いが打楽器的で、噂によるとこの曲、ものすごい難曲らしいんだけど、ユジャが弾くとそうは聞こえないところが凄い。余裕で弾いちゃいます。ただユジャは譜面を観ながら。なので、手堅くまとめているというか、この音楽に対する突っこみがまだ足りないと感じました。特に第1楽章がおとなしくて物足りなかったです。第2楽章からは徐々にエンジンがかかってきた感じでしたが。オーケストラの方もなんだか消極的に丸く収めようという感じで、もっと丁々発止のやりとりがあってもいいのではないかと思いました。やっぱり難しい曲なので怖いのでしょうかね。ユジャはきっと、弾き込んでいくことでもっともっと良くなっていくでしょう。またいつかユジャのピアノでこの曲を聴いてみたいです。できたら、今バルトークに取り組んでるサロネンさんとフィルハーモニアとかで。
アンコールを期待したのですが、お客さんは大きな拍手を送っていましたがアンコールはなし。ちょっと残念。

第3部はプロコフィエフの交響曲第4番。プロコフィエフの中ではゆるい音楽だと思うのだけど(シンデレラのシーンを彷彿させるような音楽が出てきます)、演奏もゆるかった。なんだかリズムが決まらないんですね。そうするとプロコフィエフの音楽がとたんにつまらなくなる。オーケストラのリズム感が悪いのか、リットンさんが縦の線をあまり気にしない人なのか、輪郭のはっきりしないぼんやりした音楽になってしまいました。わたし的にはちょっと残念な演奏でした。まあ、ユジャを聴けたから良しとしよっ。
c0055376_632616.jpg

c0055376_642284.jpg

[PR]

by zerbinetta | 2011-08-16 06:01 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(2)

listen again LPO   

2月19日に行われた、ヤニック・ネゼ=セガンさんとロンドン・フィル、韓国のイケメン独奏者のおふたりによる音楽会、モーツァルトの協奏交響曲とマーラーの大地の歌が、LPOのサイトで聴けます。録音はちょっと平べったくなってる感じだけど、歌はマイクで直接拾ってるので良く聞こえます。ちょっと聞こえすぎってってくらい。歌付きの音楽会は、会場のどこで聴くかで印象がずいぶん変わりますね〜。3月10日(GMT)まで。ぜひ聴いてみてくださいね。
[PR]

by zerbinetta | 2011-02-24 19:45 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(2)

懐かしい旧友との再会 でも疑ってごめんね   

prokofiev: symphony no. 1, violin concerto no. 2
tchaikovsky: symphony no. 6
chloë hanslip (vn), leonard slatkin / rpo @royal festival hall


レナード・スラトキンさんとロイヤル。フィルの音楽会をうきうきしながら聴きに行きました。だって、スラトキンさんと言えば、わたしがUSに住んでいたとき、我らがナショナル・シンフォニーの音楽監督だったんです。ナショナル・シンフォニーの底の時代から新しいコンサート・マスターを得てぐんぐん良くなってきた時代の苦楽を共にした仲(なんて大袈裟ね。わたしは聴いて応援していただけ)なんですもの。最近、メトの降板劇もあったりで(メト側もかなり酷いような気がします(ただし外野の勘ぐり))心配していたんですがお元気そうで何より。懐かしい姿を見ると嬉しくなちゃっいますね。

プロコフィエフの古典交響曲は溌剌とした演奏。スラトキンさんは音楽をとても分かりやすく演奏してくれるので、迷子にならない安心感があるの。その啓蒙的な演奏スタイルが物足りなく感じることもあるんだけどね。わたしの感じるところだと、ロイヤル・フィルに来るお客さんってクラシック初心者さんが多めな感じがするので、スラトキンさんの演奏スタイルは合ってるんだと思います。わたしもナショナル・シンフォニー時代はスラトキンさんからずいぶんと多くを学びました(難しい曲だと演奏の前に解説があったり、ベートーヴェンの交響曲のいろんな指揮者の施した編曲をオーケストラを使って説明してくれたり(マーラー版のベートーヴェンを演奏したとき)、音楽会後のディスカッションがあったり、シーズンのプログラミングの仕方に配慮があったり)。でも、ドキッとする瞬間もあって、メニュエットで最後の方、テンポを落としたのは、こんな演奏もあるんだって目から鱗でした。

2曲目は同じくプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番。プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲は一時期はまっていたことがあって、大好きな曲なんです。でも聴くのはものすご〜〜く久しぶり。ソリストはクロエ・ハンスリップさんという方。初めて聴く人ですが、プログラムによるとイギリス出身の22歳! またまた若手美人ヴァイオリニストの登場です。
協奏曲はいきなりヴァイオリンのソロで始まるんだけど、細いシャープな音で始めるかと思ったけど(わたしの持っていたCDの演奏がそうなので)、意外に線の太いふくよかな音で始まってびっくり。おやや、どうなるのかしらと思っていたら、わたしの想像とは全く違う演奏。この曲って、ベートーヴェンみたいな端正で楚々とした美を湛えている音楽だと思ってたんですよ。ところが彼女の生み出す音楽は、アグレッシヴでワイルド。プロコフィエフの持っていた凶暴さを引き出しています。決して力任せに弾くとか、わざとらしく激しく弾くとかそういうことはしていないのに、まるで成熟した巨匠のような完成された演奏で、音楽が自然に表現されているの。以前「協奏曲の伴奏を務めるときは、その曲を指揮者よりも熟知しているソリストに合わせる」とおっしゃっていたスラトキンさんの伴奏もアグレッシヴで完璧に彼女の音楽をサポートしていました。クロエは、ときどき指揮者を見たり、リーダーを見たり、自分の世界に閉じこもってしまうのではなく、全体を聴きながら音楽を創っているのでしょう。その姿勢にも好感が持てました。ヴァイオリニストにしては丸っこい手だけれども(サラ(・チャンさん)もそうですね)、技術的にもものすごくしっかりしていてほとんど不安定なところはありませんでした。恐るべき若手。アリーナといい、ニキといい、イギリスからどんどん若手のステキな美人ヴァイオリニストが出てきますね。うらやましいです、天に二物も与えられて。わたしなんて一物ももらってないのに。それになぜか、彼女らのレパートリーが普通でない。ニキのメジャー・デビューはコンクールで弾いたシマノフスキの協奏曲だし、アリーナのCDもハルトマンとかロスラヴェッツなんて聞いたこともない人の協奏曲だし、クロエも知らない作曲家のCDばかり出してるし、彼女らにとって20世紀の複雑な音楽も普通の音楽でしかないのかな。この人もしっかり注目していきたいと思います。
c0055376_8175180.jpg


最後はチャイコフスキーの悲愴。実は全然期待してなかったの。ほら、さっきも書いたじゃない、スラトキンさん音楽って啓蒙的で物足りなく感じるときがあるって。悲愴はその弱点がもろに出ちゃうと思ったの。それに、今のロンドンだったら、例えばユロフスキさんとロンドン・フィルがすごい演奏しそうだし、フィルハーモニアもテミルカーノフさんが今度採り上げるし、去年はパパーノさんとロンドン・シンフォニーでステキなのを聴いたから。と思ったのもつかの間、最初の音が聞こえたときから、尋常じゃない雰囲気を感じました。ゆっくり目の演奏で、音楽に込めるエモーションの大きさがすごい。もちろんスラトキンさんらしい、全体を見通した分かりやすい音楽なんですけど。金管楽器の盛り上げ方(この演奏ではトランペットやトロンボーンの金管楽器が光ってた)や、大太鼓の鳴らし方(めいっぱい叩かせていました)がとってもステキで、弦楽器なんかは若干弱いところもあるんですけど(楽器間の音の受け渡し方とか)、うんと良い演奏だったと思います。でもそれよりも、なによりスラトキンさんの音楽が、とても良く分かって、というか、6シーズンもずっと聴いてきたので、彼が何を考えてどう表現するか耳が覚えてた、例えるなら、どんな行列のできるラーメン屋さんよりもずうっと食べてた近所の名もない普通のラーメン屋さんのラーメンが無性に好きなように、彼の音楽がわたしにまだ染みついてたみたい。昔に戻ったみたいでとても安心して聴くことができました。スラトキンさんもわたしもちょっぴり歳をとったけどね。ものすごく幸せを感じた音楽会でした。
[PR]

by zerbinetta | 2010-05-17 08:16 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(2)

ピアニストにならなければアスリート?(by yuja)   

rimsky-korsakov: russian easter festival overture
prokofiev: piano concerto no. 2
stravinsky: the firebird
yuja wang (pf), charles dutoit / rpo @royal festival hall


去年の衝撃的な出逢い以来、うんと注目してるユジャ(・ワンさん)。だから今日の音楽会がとおっても待ち遠しかったんです。シャルル・デュトワさん指揮のロイヤル・フィルハーモニックです。
ロイヤル・フィルは一見して、若い人が多くて、きれいな人多いなって思った。ごめんなさい第一印象がこんな感じで。だってフルートの主席の人の髪型がなぜか気になったから。いやヘンなって意味じゃないんですよ、一条の前髪がペンで描いたようにまとまって顔にかかってたから。それから日本人が多かったです。ロンドンのオーケストラって日本人が少なくてフィルハーモニアとロンドン・シンフォニーにひとりずついらっしゃるんですけど、弦楽セクションに3人のお名前が。日本と縁の深い現音楽監督(今シーズンから)のデュトワさんの影響かなぁ。とかいいつつ思い出して、去年聴いたときのプログラムを引っ張り出してみてみたら、ひょえっ、やっぱり、去年は日本人誰もいなかったよ〜。ほんとにデュトワさんが引っ張ってきたのかなぁ。

ロイヤル・フィルを聴くのはまだ2回目です。指揮者も替わってまだ最初のシーズンだし、どうのこうのと言える訳もないけど、弦楽器の硬質な音が意外でした。去年聴いたときはもうちょっとふっくらした感じだったのに、これも指揮者の好みかな。善し悪しの問題じゃないので。始まりの曲は、リムスキー・コルサコフの「ロシアの復活祭序曲」。この曲聴くの初めてなので何ともコメントのしようがないんだけど、ってかユジャにわくわくしすぎてちゃんと聴けてない。単純なたかたかたかたかっていうメロディがロシア人好みなのねって思った。似たような旋律、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番にもあるよね。

ロシアの復活祭を通り越して、いよいよピアノ協奏曲。プロコフィエフの第2番です。この曲は聴くの多分3回目だけど、プロコフィエフの協奏曲の中では3番と共によく採り上げられますよね。実はわたし今日まで、この曲ってのほほん系だと勘違いしてたんだけど、実はとんでもない野獣系だったのに気がつきました。こんな曲を書いたプロコフィエフもプロコフィエフですけど、この曲を弾いたユジャもユジャです。華奢な身体からピアノを思いっきり、すばしっこく叩く様はまるで、ネコ科の大型肉食獣。近くの席で、ユジャばっかり見つめて、音楽を聴いてないというか、まるでスポーツを観てるよう。それもものすごくアグレッシヴでスピードのあるやつ。ユジャは音楽が憑依するタイプというか、自分の中に完全にのめり込むタイプ。ほとんど自分に集中して指揮者もあまり見ない。ピアノを叩きまくるところなんてあまりに集中したあげく、冷静さを失って音が聞こえなくなってる、とさえ見えるような演奏振りなんだけど、そんなことはちっともなくて、音は完全にコントロールされてるし、勢いにまかせて流されてるということも決してない。しっかりまわりの音も聞こえていて、音楽を全体から見通してる。ユジャばかり見つめてユジャの音しか聞こえていないわたしなんかと大違い。第1楽章の途中からピアノのソロだけでずうっと音楽が進んでいって、盛り上がったところでフォルティッシモのオーケストラが凶暴に入るところなんてほんとに凄かった。完全にオーケストラと拮抗してる。この曲ってほんと、ピアノが休むところがほとんどなくてしかもめちゃくちゃ叩かせるので、ものすごいことになってるんだけど、さすが超絶技巧持ちのユジャ、乱れるところ、不消化な部分は一切ありませんでした。もちろん、まだ23歳。音楽が未熟な部分もあるのかもしれないけど、1日1日激しく成長していく年代、これからも全く目が離せません。US在住で、海外を飛び回っているけど、もっとロンドンで弾いてくれないかなぁ。最後の挨拶(お辞儀)もきびきびとしてスピーディーでフレッシュ。サイン会があるかなぁ〜って期待してたけどなくってちょっと残念。せっかくCD持っていったのに〜〜。
c0055376_1431335.jpg


ユジャのあとは、「火の鳥」全曲版。デュトワさんの火の鳥はそのすらっとした姿そのままに、何ともスマートで都会的な演奏。最初のコントラバスの音からして、全くおどろおどろしさがなくてスマート。土臭さも火の鳥や春の祭典の魅力だと思うんですけど、デュトワさんのはきれいに舗装されていて、しかも磨かれてる。ストラヴィンスキーその人も都会的な人のような気がするので、こういう演奏もありだと思うというか、ちゃんと音楽として成り立ってるところがさすが。でも、こういう解釈ならば最後は、1945年版のざくざくと切ったのの方が版の整合性はないけど合ってると思う。ってしつこいけど最後は1945年版が好き〜〜。
c0055376_1445296.jpg

[PR]

by zerbinetta | 2010-03-24 01:41 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(2)

神が降りてきた   

mahler: symphony no.9
daniele gatti / rpo @royal festival hall


ダニエル・ガッティさんとロイヤルフィル。実はガッティさんって独特の間の区切り方をするのでちょびっと苦手だったりもします。ハイドンの交響曲第104番もアナウンスされていたので長い音楽会になるんだな〜って思っていたら、マーラーの第9番だけになっていました。わたしの中で番号最大交響曲ブームだったのでちょっと残念、ちょっとほっ。ただ、いきなりマーラーの交響曲だったので、早めに会場に着いて気持ちの準備はしていたつもりだったのに、第1楽章はなんだか分からないうちに進んでいきました。席がオーケストラの後ろだったので(ここで聴くのが好きなんです)、絶大に鳴らされた金管に隠れて弦楽器が聞こえづらかったのかもしれない。複雑に絡み合う音楽なので何が何だか分からなくなってたのかもしれない。ガッティさんの演奏はメロディ重視ではなく、スコアに書かれた音を対等に扱うタイプの演奏だというのも一因かもしれない。もしくはオーケストラに荒さがちょっとあって細かなことが気になってしまったからかもしれない。でも一番はあまりにも久しぶりにこの曲を耳にするわたしの準備不足でしょう。このままずるずる行っちゃうのかな、と思った矢先、第2楽章を始める前に見せたガッティさんの笑顔ですべてが変わった。あっこれは愉しい音楽かな、と思ったとおり、ガッティさんは第2楽章をとても愉しそうに奏でました。音楽がとても生き生きとして、さっきまでのもやもやが嘘のように晴れて、もしかしたらこの交響曲の白眉は第2楽章じゃないかなと思うぐらいにステキに。複雑な音の絡み合い、お互いに刺激しあって細かな対位法を作っていく。なんという豊かな音楽、演奏なんでしょう。わたしはこの音楽だけで十分幸せな気持ちにさせられました。客席の空気も音楽に吸い込まれていくのがよく分かる。会場がひとつのものになる。一度ついた勢いは止まるものではありません。次の第3楽章もオーケストラを見事に鳴らして、オーケストラをきっちりコントロールしながら複雑な音楽が明快に展開していく。ガッティさんの指揮は細かな表現まできっちり指示したり、途中で指揮を止めてオーケストラに自主性と緊張を誘起したりとそれは見事。そしてそれはフィナーレの大きな流れになって結実するのです。大河のようにゆっくりと自然に流れる音楽。中間の弦楽器で蕩々と盛り上がるところは一段とテンポを落としてクライマックスに向かっていく。そして最後は本当に消え入るように。。。これは音楽会ではない。何か宗教的な儀式のよう。わたしには最後に彼岸の扉が開いたのが確かに見えました。生と死は連続してつながっている。ゆっくりとした歩みの中いつの間にか神に手を取られるのが死なのかな。心が透明な何かに満たされた充実した清廉な死。もしくは終わり。しばらく放心して席から立ち上がることができませんでした。
[PR]

by zerbinetta | 2009-01-14 21:12 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(0)