カテゴリ:アマチュア( 108 )   

フレッシュ ピリオド・スタイル! オルケストラ・クラシカ第4回定期演奏会   

2016年4月23日 @トッパンホール

ハイドン:交響曲第85番「王妃」
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番
モーツァルト:交響曲第40番

渡辺美穂(ヴァイオリン)
大森悠/オルケストラ・クラシカ


惑星のあとは、トッパンホールでオルケストラ・クラシカ。大阪フォルのオーボイスト、大森さんの下に集まった東大オケ出身者(大森さんもOBで東大から音楽家になってます)を中心にしたアマチュアの室内アンサンブル。大森さんの元同僚の渡辺さんがゲスト・コンサートマスターをしていて、今日はソリストとして登場。オーボエ吹きの指揮者というと、東京シティ・フィルの初代音楽監督、というかタモリ倶楽部でヘンな指揮者として有名になった、というかヴァイオリニストの宮本笑里さんのお父さんの宮本文昭さんを思い浮かべるという脱線は置いておいて、大森さんは、練習で音楽の表情をオーケストラに伝えるのためにオーボエで吹いちゃうほどの人(オーケストラのサイトから)。さて、どんな音楽を聴かせてくれるのでしょう。実は、失礼ながらあまり期待していなかったんだけど、これがびっくり嬉しい、とてもステキな音楽会だったのでした。

音合わせを聞いたとき、あっ!このオーケストラ上手いって予感がしたんですけど、「王妃」を聴いてその予感が正しかったことを確信。小さな編成(第1ヴァイオリンが7人)のオーケストラなんだけど、しっかり音が出てるし、弦楽器は前から後ろまでみんな上手そう。それをベースに大森さんが自在に音楽を作るのだけど、反応もいいし、とっても音楽がこなれてるの。そしてどうやら、表現はピリオド系。もちろん、現代楽器のオーケストラだけど、アクセントの付け方とか、ピリオド・スタイルの成果を採り入れてる。古典がレパートリーの中心の室内オーケストラの思い切った割り切り方がステキ。それから、メンバーが若く、イケメンが多いのも嬉しい♡

ピリオド・スタイルのカミソリはヴァイオリン協奏曲で凄みを増しました。ヴァイオリンの渡辺さんが、アグレッシヴでシャープな切り込みのモーツァルト。アクセント鋭く小股の切れ上がったモーツァルトとは俺のことだって感じね。モーツァルトでばっさばっさと切りまくる感じが、腑抜けたヒーリング音楽に堕落したモーツァルトと対照的で良いの。(ゲスト)コンサートマスターとして一緒に弾いている渡辺さんをサポートするオーケストラも渡辺さんの意を汲んで、キレキレのモーツァルト。この演奏は素晴らしかったです。
渡辺さんのアンコールは、バッハの無伴奏パルティータ第1番から「ブーレ」でした。こちらはキレキレではなくわりとおとなしめ。即物的な感じかなぁ。

お終いはソロを弾いた渡辺さんも第1ヴァイオリンの末席に加わって、モーツァルトの交響曲第40番。大きな方のト短調。第1楽章の有名な旋律は、ロマンティックな行き方もあると思うけど、もちろん、大森さんの演奏は、それとは一線を画すもの。オーケストラにはチェンバロも入って(前半の演奏にももちろん入っていました)、バスの動きに通奏低音風な彩りを添えていたり、アマチュアのオーケストラでこんなステキなピリオド・スタイルの演奏が聴けてびっくり。大森さんのおおっと思うような独特なテンポの変化やフレージング(特に第3楽章のメヌエットが秀逸)、渓流のような音の流れ、ワクワクして退屈しないほんとに目の覚めるような刺激的なモーツァルトでした。

アンコールにハイドンの交響曲第38番「エコー」からアンダンテ。ヴァイオリンがエコーを交わす(郭公も聞こえる?)のが洒落ててかわいいの。とても気の利いてるアンコール。

大森さんとオルケストラ・クラシカ、常連になりたい。もっと聴きたいと思いました。まだまだ先は長いのに、今年アマチュアで最も印象に残った音楽会になりそう。次回の定期演奏会の日程は未定みたいです。




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by zerbinetta | 2016-04-23 23:10 | アマチュア | Comments(0)

爽快な登山の余韻 東京楽友協会第100回演奏会   

2016年4月3日 @すみだトリフォニー

ウォルトン:戴冠式行進曲「宝珠と王杖」
レスピーギ:バレエ組曲「シバの女王ベルキス」
シュトラウス:アルプス交響曲

橘直貴/東京楽友協会交響楽団


首都圏の社会人アマチュア・オーケストラで歴史が古いとこ、どこだか分かりますかー?
多分一番は、OB交響楽団 1937-(定期演奏会の回数189)(学生オーケストラはもっと古くからあるのいくつかあります)で、次に都民交響楽団 1948-(121)、新交響楽団 1956-(233)が続きます。そして、今日聴きに行った、東京楽友協会管弦楽団が1961年創立で、今日が記念すべき100回目の演奏会。長く続けることは目標でも目的でもないけれども、多分たくさんあった困難を乗り越えて長く続いているアマチュア・オーケストラってやっぱりそれだけで凄いと思う。いいえ、それだけではなく、長く続いているのには理由があってそれが音楽にしみ出てくるのがいいの。これらのオーケストラはどこも聴いてみてねって薦められるもの。

楽友協会さんの100回記念はアルプス登山。登山の情景模写のように振る舞って、実はシュトラウスのオーケストラ作品の中で最も哲学的な音楽ではないでしょうか。人生は登山に例えられる、って言うし。記念演奏会にふさわしいでしょ(記念だから選ばれたかどうかは知りませんが)。

前半は、ウォルトンの「宝珠と王杖」の行進曲。おめでたい曲。ステキな行進曲(好き♡)だけど、機会音楽なのであまり演奏されないのが残念。「威風堂々」のように定番になってもいいのに。ジャジーな細かな楽想が賑やかに聞こえて、とても演奏もしずらそう、特にホルンなんか、難しそうな音符を後ろで吹いてるのが、あまり聞こえなくて労多くして報われなさそうで、ちょっとまとめるのに苦労していた感じ。でも、最後のなりふり構わぬ大盛り上がり(に作曲家がした)で、オルガンの人がノリノリで弾いていたのにいいねを劇押し。

「シバの女王ベルキス」は、吹奏楽にも編曲されてよく知られているそう。わたしは初めて聴きます。バンダや軍隊の太鼓も加わる大編成の賑やかな曲。プログラムの解説によるとバレエの初演は、総勢1000人くらいの出演者だったとのこと。そんなバレエ観てみたい。オーケストラで演奏されるのも珍しいみたいだけど、エキゾティックな旋律と過剰なまでの派手やかな商店街を流れる音楽みたいな、ここまでやるか的な色物具合が面白かったです。登山の前に大盛り上がり。山小屋で大宴会しちゃったみたいな。橘さんは、オーケストラを解放して適度に外連があってなかなかでした。チェロのソロがとっても上手かったですね。

お終いは「アルプス交響曲」。いよいよ登山。大好きな曲なのでワクワクしながら聴いていました、とか言いつつ、羊が出てきたら突進して追い払っちゃえ(それドン・キホーテ)とか、雷落ちないかなとか(ほんとに雷落ちたの(サンダーマシーンが叩いた勢いで落っこちた)聴いたことあるの)、ヘンなことばかり。あと、カウベルは何年か前に亡くなったマーラーへの追悼かなとか。ユングフラウだったら電車でてっぺん近くまで行けるのにとか。それにしてもサンダーマシーン、今日はステージの後ろの方左右に2つあったけど、いつもいつ来るかいつ来るかとワクワクしながら見つめてしまうの。嵐が終わる頃、1度しか鳴らないんだけど、もったいないな。もっとがんがん雷鳴らしまくればいいのに、と浅はかな素人。
橘さんは、オーケストラの良さを無理なく引き出して、理路整然とした音楽を作っていました。描写音楽と言うより、音楽自体を大事に捉えた交響曲的寄りなアプローチですね。とてもきっちり、オーケストラをドライヴしている感じで、オーケストラもそれに応えてステキな音楽を奏でていました。ちょっと真面目すぎて、(プロのオーケストラだったら)聞こえない、細かな背景の音(聞こえないけれども靄のように音の雰囲気を作る)まで浮き出て聞こえていたのはご愛敬。オフステージの金管部隊も大きな音で(大好き!)かっこよかったし、素晴らしいアルプス登山でした。楽しくて、その分、哲学的な深みにはあまり触れなかったかな。でもいいの。登山そのものだって楽しいんだから。最後、夕日の奥に沈み込む、心地良い疲れと爽快感の余韻は、音楽の充実の賜物でしょう。

カーテンコールのとき、プログラムにもステキな文章を寄稿されていた、なんと!楽団創立メンバーにして100回の音楽会に皆勤賞で乗っている方が紹介されて、指揮者から花束が贈呈されていました。75歳には見えない若々しさ。これには、わたしも感涙。このオーケストラの背骨の凄みを見る思いがしました。多分それはメンバーみんなが共有している、オーケストラの歴史が作る道筋なのでしょう。
記念すべき登山を無事に終えて、これからもずっとこつこつとステキな音楽会を積み重ねていって欲しいですしそうするのでしょう。末永く聴いていきたいオーケストラです。


♫♫
東京楽友協会交響楽団の次の定期演奏会は、9月18日、すみだトリフォニーホールです。
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by zerbinetta | 2016-04-03 10:39 | アマチュア | Comments(0)

石毛さん絶対床上手 オーケストラHAL 第11回定期演奏会   

2016年2月28日 @ティアラこうとう

チャイコフスキー:「白鳥の湖」抜粋、交響曲第6番「悲愴」

不思議な名前のオーケストラ、HALの音楽会。HALは英単語の頭文字なんだけど、わたしの英語的にはちょっとくらりとする感じなのね。それは置いといて、HALには前に聴いたときから好印象を持ったのでした。石毛さん好きだし。今日はチャイコフスキー。

「白鳥の湖」は、組曲ではなくて、バレエの全曲から物語を追うように選曲。第2幕のバレエ的にはクライマックスのグラン・アダージョがなかったり(ヴァイオリンのソロで聴かせるのが難しそう)、第3幕の各国の踊りがスペインだけだったり(組曲版はハンガリーの踊りが演奏されるんでしたっけ?)、ちょっともったいない感じもしたけど、バレエを知ってる人なら物語を思い浮かべながら聴けるのでとても良い選曲。「悲愴」はもちろん超有名だし、屈指の名曲。

HALは、上手いけれどもむちゃくちゃ上手いとまでは言えないオーケストラ。弱音の精度や響きの豊かさに不足を感じることはあるけど、指揮者の石毛さん(音楽監督とも主席指揮者とも書いてないけど、第1回定期演奏会からずっと振ってらっしゃる実質的な主席指揮者(?))のリードの下にとっても良い音楽をするんです。弾いてる人みんなが指揮者を見てるし、体を揺らしながらアンサンブルを楽しんでる。石毛さんもオーケストラの良いところを引き出すのが上手い感じで、流すところはさっと流して(といっても前に聴いた和田さんほどではなかったけど)、作り込むところは丁寧に作り込んでる感じ。この緩急の付け方がとっても上手くて、手練手管で弾いてる人たちをほんとにうっとり気持ち良くさせてくれそう。ツボが分かってる。石毛さん絶対床上手だわ。音楽としては奇を衒ったディモーニッシュなところはなく、深みに向かうところはあまりないのだけど、でも、音楽を楽しく気持ち良く演奏させてくれるの、それが聞き手にも移って気持ち良く聴けるのってステキなこと。こう言ったら石毛さんには失礼かもしれないけれども、医者を辞めて指揮者になった石毛さんって最良のアマチュアだと思う。義務でない自発的な音楽を奏でるという意味で、アマチュアって音楽家にとって決して悪い意味ばかりではないと思うから。
なんか、涙を溜めながら弾いてる人もいたし、演奏が終わったあと涙ぐむ人もいて、今日の音楽会が演奏者にとっても心に残るものだったんだな、って、わたしもこういうアマチュアらしい音楽会も大好きだなって思ったのでした。

アンコールには、チャイコフスキーの組曲第4番「モーツァルティアーナ」から「祈り」が奏されて、音楽会は心に暖かい光りを灯してくれたように終わりました。
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by zerbinetta | 2016-02-28 23:50 | アマチュア | Comments(0)

創立60周年 ただ今絶好調 新交響楽団第232回演奏会   

2016年1月24日 @東京芸術劇場

芥川也寸志:交響曲第1番
エルガー:交響曲第2番

湯浅卓雄/新交響楽団


新交響楽団、絶好調でした。
新交響楽団の創立60周年演奏会その1です(今年がその年なので、今年の音楽会の分、その4まであります)。曲目は、新交響楽団の創立に深く関わっている芥川の交響曲となぜかエルガーの交響曲第2番(第1番に比べて滅多に演奏されない曲ですけど(ロンドンの4年間で1回も聴かず)、なぜか日本のアマチュア・オーケストラで2回目です。第1番は1回なので日本では2番の方が人気?)。プログラム冊子には、新交響楽団の創立時の歴史を振り返る興味深い座談会が掲載されていました。今から思うと隔世の感ですね。労音とか。

今の新交響楽団に芥川を直接知っている人がどのくらいいらっしゃるのか分かりませんが、オーケストラのDNAとしてこの交響曲(約20年ぶり、4度目の演奏だそう)の演奏には特別な思いを感じるのかも知れません。
1954年(29歳)作の交響曲第1番は、3楽章はちょっぴりショスティ、4楽章はばっちりプロコフィエフ風のとても分かりやすい音楽。彼らの影響を強く受けていると言っても充実した力作。似てると言っても安易な真似ではなく、音楽が作曲家の血になってる。そしてその血は、オーケストラにも流れている。もちろん、オーケストラの皆さんはどんな曲にも真剣に取り組むと思うんだけど、芥川の曲は、チェコ・フィルが「我が祖国」を演奏するのと同じようなルーツを新交響楽団の演奏に感じさせるんです。染みついているもの。財産ですよね。湯浅さんも戦後日本のオーケストラ作品をたくさん演奏している方で、迷いのない指揮。オーケストラと作品との親和性や熱のこもった演奏と相まってこの曲の魅力を存分に引き出してくれました。若書きの作品って筆の走りが大切で、熱く演奏されてこそ、な感じがします(マーラーの最初の交響曲とか)。とても良い意味で新交響楽団のアマチュアリズムが生きていました。わたし、新交響楽団って下手したらプロ並みの演奏をするオーケストラだと思ってるんだけど(昔の地方オーケストラのレヴェルくらい)、温度の高い迸る音がアマチュアならではの音のように思えて、それが今日は聴かれて(このオーケストラを初めて聴いたとき、芥川の別の曲もあったんですけど少しおとなしく感じました)嬉しかった。このオーケストラ、今、絶好調というか旬な感じがしました。

エルガーの交響曲第2番は、わたしにはうねうねと何かつかみ所のない音楽。なので、シンフォニックな音を楽しむという聴き方なんですけど、オーケストラが十分上手くて音がちゃんと開放的に解き放たれているのですかっとしました。ひとりひとりが情熱を持って音楽を弾いてるので、ほんと、下手なプロのオーケストラを聴くよりずっと好き。残念ながらプロのオーケストラってときどき弾いてる音楽を分かってない人がいるのよね。プロを聴くからこそ耳がとんがって厳しい聴き方になるからかも知れないけど。

60周年の記念年で、特別な思いのある新交響楽団、次も楽しみです。こういうのほど聴いた方がいいと思うのよ。


新交響楽団の次の音楽会は、創立60周年シリーズ2、第233回演奏会が4月10日、東京芸術劇場にて、飯守泰次郎さんの指揮でマーラーの「復活」他です。
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by zerbinetta | 2016-01-24 23:41 | アマチュア | Comments(0)

笑いながら泣く 音楽大学オーケストラフェスティバル 4日目   

2015年12月6日 @ミューザ川崎

ファンファーレ
紺野鷹生(国立音楽大学):fanfare

シベリウス:交響曲第2番

田中良和/東邦音楽大学管弦楽団

ファンファーレ
福角祐里子(東邦音楽大学):le ciel limpide

ムソルグスキー/ラヴェル:組曲「展覧会の絵」

現田茂夫/東京音楽大学シンフォニーオーケストラ

ファンファーレ
熊谷陽太(東京音楽大学):to the bright

ラフマニノフ:交響曲第2番

尾高忠明/国立音楽大学オーケストラ

音大オーケストラバトル、とうとう最終日。今日は3つ。しかも普通の音楽会では、メイン・プログラムになる曲が3曲。長丁場デス。シベリウスと「展覧会の絵」は、すでに2校が演奏していて、今年はちょっぴり対決色(?)。で、まずは恒例のファンファーレ対決(いえ、対決してませんって)。今日の3つのファンファーレは、それぞれみんなコンパクトでシンプルでファンファーレらしい感じ。
紺野さんのタイトル自体がfanfareというシンプルな作品は、ファンファーレっぽい部分と真ん中の叙情的な部分が対比されるんだけど、そのつなぎがもう少しスムーズにいったら(演奏のせいもあるかも)もっと良かったのになって思いました。
福角さんのle ciel limpide(澄んだ空)は、澄んだ青と暖かい淡い黄色をイメジした対比の音楽。わたしは色をイメジするには至らなかったけど、求めていることは分かりました。金管楽器だけど(ユーフォニアムを含んでる)音色のパレットがもっと広がるといいな。
熊谷さんのto the brightは、トランペットとトロンボーンとパーカッションの編成で、シンプルに音が動いていく様が面白かったです。

さて、演奏が始まる前に、音大バトル(だからバトルじゃないって)のもうひとつの楽しみは、プログラム・ノートの曲目解説。各音楽大学の先生(学生さんが書いてるところがひとつ)が書いているんだけど、これがもう少し面白くなればなって。せっかくだから、先生じゃなくて学生さんが、思い入れのあるユニークな文章を書いたら良いのにって思います。そろそろ通り一遍の楽曲解説から足を洗っても良いんじゃないかな。ここにもバトルを期待したいところ。デスよね?

東邦音大は、田中さんの指揮でシベリウスの交響曲第2番。田中さんが出てこられて、あら、この人調子悪いのかしらって思ってしまいました。わたし的には、あまりのれないシベリウス。楽譜をべったりと音にしているような気がして、特に第2楽章は、田中さんののっぺりとした音楽作りが退屈すぎて眠気を誘いました。でも、学生さんたちは、懸命に音楽に没入していて、のびのびとした音はとっても気持ちいい。新茶のような演奏。多幸感のシベリウスですね。

東京音大の「展覧会の絵」は、現田さんの指揮。最近どこかでちょこちょこお名前を見かける人(ニューシティ管だったかな)、だけど聴くのは初めて。左耳にピアスしててびっくり。ピアスしてる男の指揮者見るの初めてかも(そもそも指揮者ってあんまり光り物身につけないでしょ)。現田さんは、暗譜。絵のようにというか、交響詩のようにひとつひとつの音楽を描き分けるのがとても上手いの。全体よりもひとつひとつの個性を大事にして、ああこの曲はひとつながりに演奏されるけど組曲だったんだと思い起こさせてくれる演奏。秋山さんの老練な音楽に対して、まだストレイトな感じだけど、伸びやかで良かったです。オーケストラもおおおっと思うほど上手くて、各ソロもばっちり。指揮者も若いし、若い学生らしい演奏でした。友達の追悼展覧会を観たと言うより、ステキな絵の展覧会を観て活力が沸いてきた感じ。

最後は、尾高さんと国立音大。学生さんの中に頭関係が年長っぽい人が混じっていたのは先生かな(若〇〇な人もいるから判断できないけど)。それにしても、3校がメインプログラムを演奏する長い音楽会のトリによりによってラフマニノフの交響曲とは。いや、メランコリックな美しい旋律の超ロマンティックな名曲だとは思うのよ。ただ、わたしには退屈で。。。長いし。。。寝ちゃうかなと思ったら、それがとんでもない。刮目して聴いてしまいました。素晴らしい演奏。流石大トリ。流石尾高さん(暗譜!)。何が素晴らしいって音楽。演奏がって言うことを全く感じさせない音楽そのもの。どの瞬間を切り取っても音楽しかない。こうなると、学生が演奏しているとか誰が演奏しているかなんて関係ないんです。音楽に身を委ねるだけ。尾高さんの演奏は、少し速めのテンポで(特に第3楽章)、過度な甘さを排したさらさらと流れるような見通しの良い演奏。でも、暗いうねりや叙情性も十分で、カオールのような純化されたロマンティシズムを感じさせるの。うねうねする4つの音だけで組み立てられた長大な交響曲を、4つの音を自在に組み合わせて再現していく尾高さんの手腕に脱帽。それを音にする学生たちに脱帽。
最後、ステージに残った学生さんが笑いながら泣いているのを見て、音楽の幸せを思い出して、わたしまで泣いちゃった。

今年も9校の音楽大学の演奏を全部聴いたんだけど、ちょっと残酷に思えたのは、演奏の印象は指揮者によると言うこと。指揮者の実力が如実に演奏に出ていました。それだけ高いレヴェルで学生さんたちが音楽していたということの表れなんですけど。でも、声を大にしていいたい。アマチュアだから、まだ学生だから、なんて敬遠している人がいたらもったいない。ぜひ、自分の耳で聴いて感じてみて欲しい。まだ、原石ではあるけれども、燦めく宝石の光りが見つけられるんだから。





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by zerbinetta | 2015-12-06 12:34 | アマチュア | Comments(0)

ストラヴィンスキー2題 音楽大学オーケストラフェスティバル 3日目   

2015年11月28日 @ミューザ川崎

ファンファーレ
森円花(桐朋学園大学):fanfare〜音楽大学オーケストラ・フェスティバル〜

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」

齊藤一郎/昭和音楽大学管弦楽団

ファンファーレ
野呂望(昭和音楽大学):栄光のためのファンファーレ

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「火の鳥」1910年 全曲版

高関健/桐朋学園オーケストラ

会場をミューザ川崎に移しての音楽大学オーケストラ・バトル、3日目です。まずは例によってファンファーレ対決から。
森さんのfanfare(何てシンプルなタイトル)は、打楽器ふたり(小太鼓、中太鼓、シンバルとか)が入って賑やか。お祭りみたい。旋律が低音から起こしてくるので、ちょっと聞き取りにくいところとか、中間の横に流れる柔らかな旋律の受け渡しが少しぎこちなかった(演奏のせいもあるかもしれない)と感じたけれども、打楽器のビートは大好きなバロックのファンファーレみたくて好きです。
野呂さんは、ここでファンファーレを披露するのもう3回目なんだそうですけど(彼を超える人カモン)、シンプルで短いファンファーレらしいファンファーレ。みんな考え過ぎちゃうところあるので、かえってこういう方が新鮮だったり。いろんなことをやりたい気持ちを抑えてシンプルにまとめるのってむしろ難しいのかも。そこは経験値の勝利かな。

昭和音大の「春の祭典」は、しっかりした演奏だったと思うけど、わたしは、選曲ミスだと思いました。オーケストラに力はあるんだけど、それ以上のものを出すには難しすぎると思うんですね。そもそもがメカニカルな音楽だし(ストラヴィンスキーは音楽に感情を入れるのは嫌っていた人だけど、その中でも「春の祭典」は特にメカニカルな音楽のひとつだもの)、(リズムが)合う合わないのレヴェルは、軽く超えているので、次に求められるのは、個々の楽器の色彩とか、合わせを超えた切れとか、表現の冴えとか、能力は高いとは言え、まだ学生のオーケストラには荷が重いというか、一流のプロに求められるレヴェルでの勝負が必要ですものね。昭和音大は、合奏能力は高いんだけど、(小さな)アンサンブルに少し難があって、楽器がひとつ消えたとき(休みになったとき)全体からひとつ音が失われたような、あるべきところにない、みたいな穴があいちゃうんですね。楽器の出入りを繰り返しながらのアンサンブルを全体的にまだ捉えられていない感じ。オーケストラの他に、いろんな室内アンサンブルの練習をたくさんできればいいのにな。あと、休符になると音が消えちゃうのが気になりました。休符の中にも音楽はあるんデス。なんて言うと、オレ達あんたより「春の祭典」知ってるからって怒られちゃうけど、ただ、聴いて知っている、楽譜を読んでいる、のと体が動いて音を出すのとは、違うところで苦しんでるのも感じられて。でも、果敢な学生の挑戦(いくら古典になったとはいえ、初めては挑戦ですよね)には、拍手を惜しみなく送りたい。だって、明らかにポジティヴなものを演奏から感じたんですもの。この曲が初演されたときも、こんな風だったんだろうな(今の学生さんの方がよっぽど上手いと思うけど)と思わせるところもあって、この曲の原初的な姿がむしろ露わになった感じがして、わたし的には満足感たっぷり。学生さんたちのクラブ活動的なノリというか一体感と演奏後の充実感で顔を輝かせていたのも好感度大。あ、わたしの中で勝手に齊藤君とあだ名を付けた(すみません。齊藤君は高校時代の友達。そんなの知らんがな)、なんか暖簾に腕押し的な雰囲気のコンサートマスターの人、きっと尻に敷かれるタイプだな。ふふふ

桐朋学園は、高関さんと。去年と指揮者のシャッフルがあって、高関さんは去年は国立と、今年国立を振るのは、去年藝大を振った尾高さん。高関さんは去年のブルックナーがとても良かったし、シティフィルでもとても良い音楽を聴かせてくれているので期待大。そしてその期待は満たされたのでした。学生のオーケストラとは思えないような素晴らしい演奏。上手い演奏って技術的なことを超えて音楽に惹きつけられるんですね。高関さんの容赦のない緻密な音楽作りを学生さんが一糸乱れず音にしていく。ナイーヴゆえの懸命さが良い方向で結んで、というか高関さんが学生の良さを引き出しているんだけど、さらにその上、自発的な演奏まで求め応えられていくのは流石。みんな音楽的な意識が高いの。それに、ヴァイオリンのソロを聴いてびっくりしたのだけど、この音にヴァイオリン全体の音色が統一されていてオーケストラの色彩を見事にひとつにしてる。先生たちの指導に一貫した音楽性があるのかな。オーケストラがひとつの有機体になってる。わたし的には、最後ざくざくと切り込んだような演奏(1945年版のような)もツボで、全体に銀色に燦めくような音楽(わたしの火の鳥の音楽のイメジは銀色なんですね。本当は火の鳥はまっ赤なのかも知れないけど。いつかまっ赤な火の鳥を見せてくれるような演奏にも出逢ってみたい)をびしっと締めてくれました。
そうそう、桐朋学園で面白いのは、メンバー表、コンサートマスターの記載がなく、ヴァイオリンとヴィオラの区別もなくひとまとまりにしているのですね。これは、桐朋学園だけで、コンサートマスターといえどもヴァイオリン、ヴィオラの学生のひとりでしかないという意思の表明なのかも知れないですね。

「春の祭典」と「火の鳥」を並べた今日の音楽会で気がついたんだけど、「春の祭典」のオーケストラは巨大だけど、アルトフルートとかピッコロトランペット、バストランペット、ワーグナーチューバなど管楽器群の拡充が主で、ハープやチェレスタ、木琴とかを入れた「火の鳥」の方がより色彩的なんですね。ストラヴィンスキーのオーケストラの音色を扱う巧みさにも改めて感心したのでした。






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by zerbinetta | 2015-11-28 00:07 | アマチュア | Comments(0)

今が旬 江東シティオーケストラ第43回定期演奏会   

2015年11月22日 @ティアラこうとう

ボロディン:歌劇「イーゴリ公」序曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲、交響曲第4番

上里はな子(ヴァイオリン)
和田一樹/江東シティオーケストラ


江東区の市民オーケストラのひとつ、江東シティオーケストラを聴きました。初めましてです。そんなに混んではいないだろうと高をくくってのんきに出かけたら開場前から長い行列。びっくりりん。周りの人の話によるといつもはこんなに混んでないみたい。あら。ソリスト人気?それとも、最近、国際コンクールで入賞した指揮者人気?結局、ホールは満員になったようです。すごい。

初めて聴く江東シティオーケストラは、いい仲間といい音楽を作ろうを合い言葉に、オーケストラの活動に対していろんな考え方、関わり方をする人たちに開かれたサークル活動的な団体だけに、すごく上手いとは手放しに褒められないけど、でも、みんながひとつの音楽を大事にしている感じがして、好感度高め。わたしが、音楽(の演奏)が好きで、でも、下手の横好きで究極の高みを目指すオーケストラにはレヴェルが高すぎて入れない、でも、ちゃんと音楽やりたいなぁと考えたら入ってみたい感じのオーケストラ(下手すぎて入れてもらえるかは別だけど、ね)。

ということをつらつら考えているうちに最初の「イーゴリ公」は終わってしまいました。
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、上里はな子さんの独奏。経歴から推察すると30代後半の中堅どころの方。国際コンクールでも良い成績を収めているんですね。CDも出されているようです。かわいらしい方で、妊婦さんでした。裸足。ピアノのアリス・サラさんとかヴァイオリンのコパチンスカヤさんとか、最近裸足が流行りだしたんですかね。
上里さんのヴァイオリンに耳を澄ませて聴いていたんだけど、時折にっこりと笑顔で楽しそうに弾く彼女のヴァイオリンは、肩の力の抜けた大人の音楽。チャイコフスキーの協奏曲ならもっと派手に自己主張してもいいかも、とも感じる人もいるかも知れないけど、わたしも若い人やヴェテランでも尖った演奏が好きで、そういう演奏をする人ばかりを聴いてきたけど(特に女性では)、棘の取れた時のゆとりを感じされる音楽もいいなって素直に思えます。息の長い(でも決して窒息しない)歌の線は、とてもステキで、お腹の子供に聞かせているような優しい歌に溢れていて、じんわりと浸みてくる、出汁の浸みたおでんのような滋味深い音楽でステキでした。
ほぼかぶりつきで聴いていたので、実際に彼女の音がホールにどう響いたのかは分からないんですけど、わたしのところに聞こえてくる音(直接音多め)は、しっとりと潤いのある弦の音でした。

最後のチャイコフスキーの交響曲は、とても良かった。オーケストラの力からいって指揮者の音楽は出ないかな、と思っていたけど、しっかり聴くと(そしてそうしてしまう演奏でした)、和田さん、やりたいことはやってる。オーケストラもそれに応えて熱演。管楽器のソロは、大丈夫かな〜って(フルートは安定していました)ちょっと心配したけど、皆さんうんと練習していてばっちり。特に良かったのは、強奏でばしばし決めるところ。打楽器の打ち込みの思い切りの良さ。最後の大太鼓のトレモロは、床から地響きがしたもの。
和田さんの音楽作りは、抑えてバランスを取ったりしないで、まず音を開放的に出してみて、気持ち良く音楽をするところからスタート。オーケストラを萎縮させないで普段以上の力を出すのに成功していたと思います。さっと流すところは思い切ってさっと流して(そうでないと練習時間がいくらあっても足りないし)、その上で、大切なところは、丁寧に作り込んでいて、聴かせどころのツボを押さえている効率の良さ。意外と緩急を大きく付けていて、特に第1楽章のお終いの方、コーダに入る手前で楽章を統一する主要動機が静かに変容されるとき、はっとするほどテンポを落として耳をそば立てせさせたり、一転、コーダに入って急加速(リピートのあともさらに加速したのもかっこいい)、テンポを落として大見得を切って、最後はちゃめちゃに駆けだして第4楽章を予感させたり、とわたしの感線を刺激しまくり。ある意味賑やかで大ざっぱな音楽の第4楽章にも旋律が繰り返されるごとに細かな表情付けがなされていて、勢いだけじゃない丁寧な音楽作り。何よりも、和田さんの指揮棒の先には魔法があるのがステキでした。コンクールで入賞したばかりの旬がそこにある。アマチュア・オーケストラを中心に指揮されているみたいだけど、和田さんの音楽、ぜひ、プロのオーケストラでも聴いてみたいです。どこかで呼んでくれないかしら。日本でも外国でもいいから地方のマイナーなオーケストラからでも責任指揮者に招聘してくれないかな。今が育て時だと思うんですよ。

アンコールは、チャイコフスキーの「白鳥の湖」から「スペインの踊り」。花束を受けて、大きな花束を抱えたまま指揮した人、初めて見たよ。チャイコフスキーの交響曲第4番ってやっぱりいい曲だわって改めて思った今日の音楽会でした。
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by zerbinetta | 2015-11-22 23:29 | アマチュア | Comments(0)

今年も凄い 音楽大学オーケストラフェスティバル 2日目   

2015年11月15日 @東京芸術劇場

ファンファーレ
藤川大晃(東京藝術大学):界・響

ストラヴィンスキー:管楽器のためのシンフォニーズ
ペルト:カントゥスーベンジャミン・ブリテンの思い出に
ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム

下野竜也/上野学園大学管弦楽団

ファンファーレ
三浦良明(上野学園大学):群青

シュトラウス:交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」

山下一史/東京藝大シンフォニーオーケストラ


まずは、ファンファーレ対決。何でも対決させたいポケモン世代のわたし(なんのこっちゃ。ポケモンなんて知らないくせに)。まずは、東京藝大の藤川さんの。ちなみに、この間のファンファーレのタイトルは、2つとも英語で付いていたんだけど、今日は2つとも日本語のタイトル。で、藤川さんのは和。神社で使うような鈴が鳴るのが楽器的特徴。華々しいファンファーレではなくて、音楽会への入場がケからハレへの転換であることを神社に参拝するときの俗から聖域への堺になぞらえて、宗教的なというか、内に向かうファンファーレがユニーク。メシアンみたいな響きなのかな、と思ったんですけど、上野学園のストラヴィンスキーを聴いたら、こちらを参照してるのかな。旋法的な上昇音階や効果的なグリッサンドでなかなか凝った作り。お終いの方で、ツァラトゥストラのドソドの動機が出てきて、うん、今日の特別なファンファーレでした。この学校だけ、オルガン席で吹奏されて(他の大学はステージの前の方)、ステージ上の指揮者付き。作曲者と指揮者の人なんか兄弟みたいでした。

上野学園の三浦さんの「群青」は、沖縄の青い海や空をイメジしたファンファーレ。左右、真ん中と3つに振り分けられたトランペットとユーフォニウムを含んでるのが楽器編成の特徴。細かい音が揺れる波のような感じで、さりげなく使われる沖縄音階と相まって、確かに濃い青を思い浮かべました。というかいろんな青のグラディエイションがカラフルなファンファーレでした。

下野さんと上野学園は、去年もステキな演奏をしていたので、今年もとっても期待。正直に言って、上野学園は、技術的には他の音大よりも劣るんですけど、下野さんマジックで音楽がステキなんです。去年は小さな編成だったので、学生が少ないのかなと思ったら、今年は大編成。最初は、管楽器だけでストラヴィンスキー、次に弦楽器と鐘でベルト、そして続けてブリテンつながりでフル・オーケストラの「シンフォニア・ダ・レクイエム」。ペルトのブリテンのための追悼曲とブリテンの作品を続けて演奏するのは、ときどきあるみたいよね。前に「4つの海の間奏曲」と続けて演奏されたのを聴いたことがあるけど、今日の「シンフォニア・ダ・レクイエム」の方がふさわしい。下野さんの凝ったプログラミング。
管楽器のためのシンフォニーズは、音の発声の仕方が丁寧になるあまり揃わなくて、ちょっと残念。みんなが同じように発声するようアンサンブルに磨きを掛ける練習が足りなかったのかな。指揮者なしでもパート練習でもっと合わせて欲しかったです。
弦楽器の「カントゥス」は、弦の響きがちょっと薄いけど、さらさらと流れる感じで、その分、叙情的な感情移入からは遠くなってるのでそこは好みの分かれるところ。下野さんが細かく指揮を振ってらっしゃるのが、聞こえてくる音楽と違う感じがして、でも重なり合っていく楽器群を正確に入れるのにはしょうがなかったのかなと思ってみたり。
ここまでは、去年の下野マジックは感じられなかったんです。これまでかな、と思った矢先、続けて演奏された「シンフォニア・ダ・レクイエム」で爆発。これは素晴らしい!胸を空くようなティンパニの打ち込み!ティンパニストには最大のブラヴォーを捧げたい。オーケストラも熱演。感情の迸る一期一会の演奏でした。やっぱり今年もものすごくいいもの聴けた。下野さんと上野学園恐るべし。それにしても皇紀2600年のお祝いにこんな曲を書き送ったブリテンも凄いな。ところで、中程で出てきたサックスの旋律って「パゴダの王子」にも引用されてる?皇帝つながりで?

山下さんと藝大。うーんやっぱり、藝大さんは飛び抜けて上手いです。もうプロと言ってもいいようなレヴェル(一昔前のプロ並み)というかプロ予備軍だもんね。山下さんの音楽は、濃いというか熱いんだけど、あっさりと軽く後を引かない不思議な感覚。「ツァラトゥストラ」を巧妙な手綱さばきで、オーケストラを歌わせながらさくさくと進めていきます。学生は、なんか魔法にかかったように(薬を飲まされたようにって表現はやばいかな)、ハイになってメーター振り切れで音楽の渦に呑まれている状態。最後は、マラソンを全力疾走してゴールテープを切ったような達成感。山下さんは、前に聴いた新交響楽団との演奏でも感じたのですが、ほんと、オーケストラを気持ち良くのせるのが上手いですね。リミッターを外して学生の持ってるポテンシャルを最大限にというかそれ以上に引きだしていました。オーケストラが良く鳴る演奏は、シュトラウスを聴く醍醐味でもありますね。ヴァイオリンのソロを弾いたコンサートマスターの女の子(若いから女の子でいいですよね)もピチピチと魚が跳ねるような弓使いでステキでした。
さて、山下さん。小さなニューフィル千葉の指揮者への就任が決まってるんですけど、千葉ではどんな音楽を作るのかしら。ワクワクと同時に千葉と合うのかしらと勝手に心配。(むしろシティフィルさんと合いそう)
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by zerbinetta | 2015-11-15 11:57 | アマチュア | Comments(0)

今年もバトル 音楽大学オーケストラフェスティバル 1日目   

2015年11月8日 @東京芸術劇場

ファンファーレ
臼居司(洗足学園音楽大学):fanfare for a festival

シベリウス:交響曲第2番

梅田俊明/武蔵野音楽大学管弦楽団


ファンファーレ
小田実結子(武蔵野音楽大学):collage fanfare

ムソルグスキー/ラヴェル:組曲「展覧会の絵」

秋山和慶/洗足学園音楽大学管弦楽団


今年も東京の音楽大学オーケストラの決戦。去年聴いて感動した、オーケストラ・バトルの季節がやって来ました(違)。東京にある9校の音楽大学オーケストラによる交流を目的にしたバトル。じゃない祭典。今年は、去年より対決色が強く、「展覧会の絵」とシベリウスの交響曲第2番をそれぞれ2校ずつの大学が採り上げます。東京芸術劇場とミューザ川崎で2回ずつ4回の音楽会です。セット券で買うと1回750円とお得なんですよ。音楽を専門に学んでいる学生さんのオーケストラ。アマチュアとはいえかなり上手いし、学校による個性も感じられるのでとっても楽しいんです。

まずはそれぞれの対戦相手(違うって)にエールを込めたファンファーレから。各校の演奏前に対戦相手が演奏します。作曲は学生。この音楽祭のために書き下ろされた作品なので全て初演です。
洗足学園音大の臼居さんの「fanfare for a festival」は、2つの主題を元にしたシンプルな感じのファンファーレですけど、2つの動機がもう少しきれいに分離するように書かれるともうちょっと良かったかな。生真面目な感じの曲でした。
後半に演奏された、武蔵野音大の小田さんの「collage fanfare」は、楽しい音楽。音楽から楽しさが溢れてきます。ベートーヴェンの「歓喜の歌」から始まる、このファンファーレのキモの部分は、過去の作品のコラージュが常に2つ3つ重なっていてぱらぱらマンガのように聞こえるのが面白かったです。

前半は、梅田さんと武蔵野音大によるシベリウスの交響曲第2番。この学校は、各パートの先生もトップ下で学生を支えるんですね。カーテンコールの時は、トップ・サイドの先生が、いちいちコンサートマスターの人に挨拶とかを指示していたのがちょっと可笑しいというか微笑ましかったです。シベリウスの交響曲の中では一番外交的で華やかな音楽。若者らしい、明るくて大らかな演奏で好感度大。音楽に熱中している学生さんたちのナイーヴな情熱もステキで、全員がひとつの音楽をひとつの方向で奏でているというのもいいんです。特に、第4楽章に入って、最初に弦楽器が雄大な旋律を高らかに歌うところの開放感がステキでした。この音が、もう一度最後に帰ってきたら完璧だったんですけど、ほんのちょっとだけ足りなくて、惜しい、というか学生さんゆえの発展途上ですね。ひとつひとつの音楽会って世界にたったひとつしかない奇跡の瞬間で、
金管楽器がとてもきれいな響きで鳴るのです。あとで気がついたんだけど、これはホールの特徴でもあるんですね。ステージの後ろの方、オルガンが設置されているので天井があるんだけど、その下に位置する金管楽器が良く響くんです。でも、それにしてもこの楽器の金管楽器の響きはステキで、シベリウスの交響曲にぴったりでした。

後半は、秋山さんと洗足学園の「展覧会の絵」。これが素晴らしかった。完全に秋山さんの音楽。秋山さん、にこやかな柔らかな佇まいで指揮してらしたけど、絶対、学生を容赦なくガンガン鍛えてる。音楽の内面に深くはまっていくような演奏で、集中力がすごくて、真っ直ぐど真ん中で変わったことはしていないから、はっとして音楽を聞き返すような瞬間はないんだけど、それ以上に音楽にのめり込んでしまうの。ここまでの演奏なかなかないよ。ムソルグスキーのがしがしした素朴な音楽にラヴェルの施した洗練された管弦楽は、ある意味で、矛盾を孕んでいるけど、秋山さんと武蔵野音大の演奏は、オーケストラの色彩を大切にしながらもタッチを素朴なまま残して、色を一度、暗いフィルターの通した感じに押さえて(フォトショップでいうと明度を押さえてコントラストを上げる感じ?)、ムソルグスキー成分を大事にしている。それが素晴らしいの。武蔵野音大すごい。秋山さん凄い凄い。

今年も音大バトル盛り上がりそうで楽しみ〜〜〜。
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by zerbinetta | 2015-11-08 11:53 | アマチュア | Comments(0)

もう孤独ではない 新交響楽団@第23回柳原音楽祭   

2015年10月11日 @千寿桜堤中学校体育館

ニコライ:歌劇「ウィンザーの女房たち」序曲
ベートーヴェン:交響曲第1番
シュミット:交響曲第4番

寺岡清高/新交響楽団

えっ?こんなのがあったの?という大変ローカルな音楽祭。東京でもない、足立区でもない、柳原ですよ。柳原商店街。商店街の人がみんなでクラシック音楽を聴こうと企画した下町感。祭といっても規模の大きなものではなく、オーケストラのコンサートが1回。中学校の体育館でパイプ椅子を並べて。音大の学生さんやアマチュアのオーケストラを呼んで。会場のボランティアに学校の吹奏楽部の人が手伝って。地元の皆さんと。これがもう20年以上続いてる。これは手放しに素晴らしい。

今年は、新交響楽団。次の日、定期演奏会もあって(わたしは都合でそれを聞けないのでこちらに来たの)、定期演奏会と同じ曲目。プロのオーケストラでも滅多に聴けない(わたしは去年初めて都響さんの演奏で聴けました)、シュミットの最後の交響曲がメイン・プログラム。商店街の音楽祭としてはぶっ飛びすぎたプログラムじゃないですか。もう少し名曲系、「新世界から」とか「運命」とかみんなの知ってる音楽の方が。。。いいえ。この音楽祭、侮るなかれ意外にマジなんです。呼ばれるアマチュア・オーケストラもレヴェルの高そうなところばかりだし、指揮者だって高関さん(8回も来てる。確か地元の方?)とか下野さん、ヤマカズさんは東京藝大ヤマカズ管弦楽団と参加したり。曲も、「新世界から」(これが一番多いのかな)とか「運命」とか「悲愴」とかもあるけど、「春の祭典」とかシベリウスやマーラーの交響曲とか名曲コンサートでは、なかなか聴けない曲もやられてる。近所のおじいさんおばあさんたち大丈夫かしら、なんてこちらが心配するくらい。

クラシック音楽を聴き慣れていない人が相手なので、楽器紹介があったり指揮者のお話があったり。それにしても楽器紹介でのホルン、定番の「ティル」かなと思ったらその通りというか、ホルンのソロのところじゃなくて、最初の弦楽器のパートを吹いたのは、クラヲタさんならニヤリとするマニアックなジョーク。

今日の音楽会で、一番、ううんと唸らせられたのは、最初の「ウィンザーの女房たち」。プロフィールによると寺岡さんはウィーン在住だそうで、今日のプログラムはウィーンの作曲家(ベートーヴェンは違うけどウィーンには長く住んでた)の曲たち。中でも「ウィンザー」は、ウィーンのお話ではないけれどもウィーン風の音楽。で、これが良かったのは、とても心地良い訛りがあったから。わたしには、それがウィーン訛りなのか、寺岡さんの訛りなのかは、分からないけど、でも、きっとウィーン人はこうするんだろうなぁっては想像しました。それだけ音楽にはまってたから。訛りというのはフレーズの歌わせ方とか伴奏の弾かせ方のことなんだけど、そういう表現を自分のものとして持ってる寺岡さんはいい!って思ったし、それを表現できちゃう新交響楽団ってやっぱ凄いなって思いました。

ベートーヴェンの交響曲は、「ウィンザー」ほどではないけれどもやっぱり訛りがところどころに聴かれて、とても楽しい。寺岡さんは初めて聴く指揮者だけど、どこで活躍しているのかしら?もっと聴いてみたいぞ。

シュミットの前に、寺岡さんから曲の説明があったんだけど、最初、トランペットがたったひとりのソロで音楽を奏で始めて、死地に旅立つ、だったかな、それとも彼岸の世界からお迎えに来るのだったかしら、現世と彼岸の曖昧な境の孤独な世界をイメジする。そして最後にもう一度そのトランペットが還ってくるのだけどそのときは、他の楽器も伴って、孤独ではなく(向こうの世界から)家族が迎えにきた感じ、とおっしゃって(わたしは、ふっと、ギエムさん(マッツ・エク)の「バイ」の最後を思い出しました)、それがとてもストンと理解できたんです。そして、最近、日本のオーケストラを外国の評論家に聴いてもらって日本のオーケストラの問題について話し合ったパネル・ディスカッションで、都響さんのシュミットのこの交響曲の演奏を聴いたある評論家が、オーケストラの問題として、最後オーケストラがソロのトランペットに寄り添えなくて、トランペットを孤独に突き放してしまっていたのが(オーケストラとして)残念と指摘していたのを思い出して、ああ!このことかと思い当たったのでした。とても大事な音楽の帰結だったのに、ですね。
今日の寺岡さんと新交響楽団の演奏は、うねうねとモノトーンで仄暗いこの曲の素晴らしい演奏でした。難しい(わりに演奏効果が上がらないらしい)オーケストラ泣かせの曲だそうだけど、アマチュアでもここまでできるんだというひとつの究極みたいな。それにしてもチェロのソロ、激うまでした。シュミットって、マーラーの指揮してたウィーンの宮廷歌劇場でチェロ弾いてたんですよね(マーラーとは仲が悪かったみたいですが)。このミルクキャラメルのような魅力的なソロは、チェロ弾きだったシュミット自身のラメントだったのかも知れませんね。

最後アンコールに、会場の手拍子と共に「ラデツキー行進曲」。こうしてステキな音楽祭は、楽しく締められたのでした。この商店街の音楽祭が、これからも長きにわたって続きますように。





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by zerbinetta | 2015-10-11 14:26 | アマチュア | Comments(0)