カテゴリ:フィルハーモニア( 76 )   

大人の、ブルックナー抜きのブルックナー8  ドホナーニ/フィルハーモニア   

18.10.2012 @royal festival hall

mozart: piano concerto no. 27
bruckner: symphony no. 8

martin helmchen (pf)
christoph von dohonányi / po


風邪が、、、抜けん。ごほごほと咳が止まらないまま音楽会へ。今日は咳との闘いだわ。ブルックナー長いし。
まずは、お久しぶり!ヘルムヒェンさんのモーツァルトの変ロ長調のピアノ協奏曲第27番。極限までにシンプルで透明、命を育む水のような音楽。それもとびきりの銘水。
30歳(もしかして31歳?)のヘルムヒェンさんは、数年前に観たときより大人になって、落ち着いた物腰の柔らかな雰囲気の中に風格のようなものが芽生えてきてステキ。ヘルムヒェンさんのピアノは、がんがん叩く系ではなくて、風貌から予想されるように、とっても軽やかに転がるビー玉。もうそれがモーツァルトにピッタリで、余計な装飾のない音楽が、純化した魂をひゅるんと空に解き放ってくれる感じ。音遊びがとっても愉しくって、モーツァルトはもう人の肉体を捨てて、音の世界で子供のように遊んでいるみたい。シンプルで混ざり気のなさが反対に人の感情の全てを含んだ美しさになって聞こえてくる。ドホナーニさんのオーケストラもそんなピアノの音遊びの庭を作るように背景となって蒸溜された音楽の世界を作ってる。心が洗われるようなモーツァルト。良かったぁ。

後半のブルックナー交響曲第8番。この曲は、ネゼ=セガンさんとロンドンフィルとの演奏をここで聴いて、それが圧倒的に心に残っているんだけど、実はわたし、ドホナーニさんの演奏はちっとも期待していませんでした。ドホナーニさんとフィルハーモニアのブルックナーは、ずいぶん前に交響曲第4番を聴いたことがあって、あまりに無機質な演奏に混乱したからなんです。

では、今日はどうだったでしょう。
懐疑的な気持ちで聴き始めたのに、おややと思ううちにずんずん引き込まれてしまいました。まず、オーケストラがめちゃめちゃ上手い。これがいつものフィルハーモニアかと思うような上手さ。いつものように透明だけれども、柔らかく暖かみを持ったクリーミーな音。極上の生クリームをきめ細かく泡立てたような。金管楽器の明るく、突き抜けたような爽やかな音がステキです。前回のフィルハーモニアが、勢いに任せた荒さがあったのにそれは全て影を潜めて、絹のような肌触りの、成熟した大人の音楽。これだけの音を引き出せるドホナーニさんのなんて凄いこと。今までもドホナーニさんとフィルハーモニアの演奏は聴いてきたけど、今日がずば抜けて最良。どうしちゃったんでしょう。神がかってた。

音楽は、いわゆるブルックナー的というのを完全に廃したステキな演奏。流麗で冷めていて、柔らかな液体がすーっと流れていくよう。ブルックナーみたいな構造のぎこちなさがなくて、シームレスに音楽が流れて、ブロックのまとまりが消えて、一筆ですらっと書いた草書のよう。
流れるような音楽は、でも都会的で人工的というのともちょっと違う、優しさ、温かさもあって、以前第4番で感じたような荒涼とした無機質感がないのは、この曲が第4番のような自然を強く感じさせる曲ではないから、という理由だけではなく、もっと本質的なのは、ドホナーニさんの演奏がこの音楽に合っているからではないかと思うのです。テンポは、第2楽章のスケルツォが速めだったことを除けば、ゆっくりしていて、アダージョはじっくりと時間をかけた、でも全然腹にもたれないすっきりした演奏でした。
多分、こんなするすると流れる演奏をブルヲタの皆さんは認めないんだろうな。ブルヲタの彼とデエトして、うっとりと聴いてたわたしは、これは正しいブルックナーじゃないとか、ブルックナーは女には分からない、とか言われて(経験あり)、喧嘩して別れるんだろうな。踏み絵のようなブルックナー。こんな演奏を肯定できる柔らかなブルヲタさんなら仲良くした〜い♡
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by zerbinetta | 2012-10-18 22:52 | フィルハーモニア | Comments(0)

荒ぶるスミスさんのマーラー5 ヴァルチュハ、フィルハーモニア   

14.10.2012 @royal festival hall

mendelssohn: violin concerto
mahler: symphony no. 5

renaud capuçon (vn)
juraj valčuha / po


マーラーの交響曲第5番、今年フィルハーモニアで聴くのは2回目、全部で聴くのは3回目です。春に聴いたガッティさんとフィルハーモニア、MTTさんとロンドン・シンフォニー、どちらも超名演だったので、もういいやという感じもしたのだけど、今日は期待の若手、ヴァルチュハさん、聴かずにはおれませんよね。

つかみのメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、美形チェリストのお兄さんのヴァイオリニスト、ルノー・カピュソンさんがソロってなんていう紹介の仕方、ルノーさんもイケメンなんですよ、ただわたしの好みが弟ってだけで、と思ったら今日はいつもより格好良かった。♡♡♡
ルノーさんは、わたし的にはマッチョ系ヴァイオリニストだと思うのだけど、その彼のたっぷりと脂の乗った広々とした音は、メンデルスゾーンの協奏曲に合うと思うんです。メンデルスゾーンは繊細な音でなよっと弾かれるより、男っぽく弾かれるのが好き。まあとはいえ、ルノーさんのマッチョは汗たっぷりのマッチョではなくて、爽やかマッチョなんですけどね。音がとってもクリアで、今までどうしてあまりピンと来なかったんでしょうって思うくらい今日はステキでした。ルノーさん見直しちゃった。そしてメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲って名曲ですね〜(いまさら)。いろんな人のヴァイオリンで聴いたけどそれぞれが違ってステキ。今日また新しいステキがわたしのファイルに加わりました。

マーラーの交響曲第5番は、ものすごく熱い演奏でした。音楽の幅が大きく、もの狂うように荒々しくて、嵐のよう。疾風怒濤の音楽。若いです。疾風怒濤スタイルは、交響曲第1番の頃で、不惑を迎えたマーラーのスタイルではないかもしれないけど、後年作曲者自身が認めて改訂した若気の至り的なものは、改訂されない音楽の要旨に残ってると思うし、マーラーが最後に書いたベートーヴェン流の弁証法的スタイルは、がりがりと演奏されても似合うと思いました。ストレイトな若者のアイディア。チェコスロヴァキア出身のヴァルチュハさんは、都会に染まってない逞しい木こりのような音楽で、オーケストラをがしがしと鳴らす思い切りの良さは、快哉を叫びたい感じ。ジェットコースターでぐううんと加速度に身を嬲られるような爽快感。
でもその若者指揮者の中心にいたのは実は名物ティンパニのスミスさん。今日のスミスさんの叩きっぷりといったら!荒ぶる音楽を陰に日向に支えるなんてそんな生やさしいものじゃなく、完全に音楽をリードしていたというか、スミスさんに合わせて音楽を設計していた、なんて言っても過言ではないくらいのぶっ叩きぶり。いいもの聴いたぁ。スミスさんファンのわたしは大喜び。大太鼓もばしっと叩いていましたヨ。

それにしても、こんな原初的で混沌としたワイルドなマーラーもいいですね。最近、楽譜が見えるようとか緻密で現代的なのが流行みたいだけど、血湧き肉躍るを具現するような演奏もいい。興奮して夜も寝られない感じ。熱いよ、わたしの血。
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by zerbinetta | 2012-10-14 22:41 | フィルハーモニア | Comments(0)

スキップしてくるくる回りだしちゃうグローバルなわたしたちの第九 サロネン、フィルハーモニア   

27.9.2012 @royal festival hall

kurtág: ...quasi una fantasia...
beethoven: piano concerto no. 1, symphony no. 9

leif ove andsnes (pf)
giselle allen (sp), anne-marie owens (ms),
andrew kennedy (tn), james rutherford (br)
esa-pekka salonen / philharmonia chorus, po


さらに、昨日のロンドン・フィルに引き続き、今日はフィルハーモニアの開幕です。もちろん指揮はサロネンさん。フィルハーモニアもシーズン開幕には、大作を持ってきますね。今年は、ベートーヴェンの交響曲第9番をピアノ協奏曲第1番とクルタークの「幻想曲のように」と共に。

ピアノが真ん中にあって誰もいないステージを尻目に、客席が何だか煌びやかに。あれ!?もしかして、アコスタさん?と思うまもなく、ロイヤル・バレエの面々、20人弱でしょうかが客席に入ってきました。アコスタさんの他に、マクレー夫妻、マリアネラさん、マルケスさん、あと名前を知らない(ロイヤルの人でしょうか?)きれいなロシア人の若者、それにモニカ・メイスンさんも。音楽会そっちのけでわたし、トキメキ。心も目もそちらに。招待されたのでしょうね。

始まりのクルタークの音楽は、ステージにはピアノ、そして指揮者のサロネンさんがこちらを向いて指揮です。少人数の楽器はロイヤル・フェスティヴァル・ホールのサイドの上のボックス席に2人か3人ずつです。わたしの一番近くのボックスにはフィルハーモニアのマスコット・ガール(勝手に決めた)、フィオナちゃん。そしてピアノは、なんとアンズネスさんが弾きました。音楽は、正直1回聴いただけで何とも言えないんですけど、適度に耳優しい静かな広がりを持つシンプルな音楽でした。後ろの方の隅っこの席で聴いたので、会場いっぱいを使った空間的な効果は少し欠きましたが、いろんな方向から等分に聞こえてくる音は静けさの中に広々とした世界が広がりました。

2曲目はオーケストラもステージに出てきて、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。ベートーヴェンの若い頃の作品らしく、ハイドンやモーツァルトっぽくもあり、清々しくて透き通った作品。アンズネスさんのピアノの音色が、すっきり透明でとってもきれい。音のつぶつぶがビー玉のようにクリスプでカラフルなんです。そして、第1楽章のきらきらと音が落ちていくピアノとかドキリとする瞬間もあって、とっても充実した演奏。さすがアンズネスさん。女子的にはサロネンさんとアンズネスさんのコンビ、いいですね〜。目にも麗しいし。

休憩時間はミーハー心大満開。用もないのにふらふらしてダンサーさんの傍を行ったり来たりの不審者。それにしてもみんなすらっとしてきれい。ステージで観るとちっちゃくて少しふっくら見えるマルケスさんもすらりと背が高く見えて、とってもプロポーションがいいんです。男性陣も引き締まってステキにかっこいい。スーツやドレスを着て普段メイクのダンサーさんって観る機会あまりないからもう嬉しくって。

バレエの皆さんが席について、いよいよ第9番交響曲。さて、サロネンさんはどんな演奏を持ってくるのでしょう。サロネンさんは昨シーズンからベートーヴェンの交響曲を採り上げていて、まずは奇数番号、1番、3番、5番、7番を聴きました。その演奏は、意外にもオーソドックスな正攻法。奇を衒わずに円熟した音楽で聴かせる、でもサロネンさんらしい若々しい溌剌とした演奏。きっと今日もそんな演奏になるでしょう、と期待しました。
音楽は、最初っからサロネンさんらしいワクワクする演奏。快速テンポで飛ばして吹き抜ける風が気持ちいい。オーケストラはいつものように、ホルンは普通の、トランペットは無弁の、ティンパニは小さな古いタイプのティンパニです。なので、スミスさんのティンパニは炸裂せず、オーケストラの中のバランスで、でもしっかりと楔を打つように鳴っていました。
そんな、切れ切れでワクワクするようなサロネンさんの演奏でしたが、第3楽章まではわりとオーソドックスといえばオーソドックス。安心して聴ける演奏。第3楽章の天国的な響きはマーラーの交響曲第4番のアダージョを聴くような美しさだったけどね。でも、それが一変したのが合唱の入るフィナーレ。まず、攻撃的なトゥッティのあとのチェロとコントラバスのレチタティーヴォ。一瞬肩透かしのような柔らかな静かな音で始まって、ゆっくりとテヌートをかけて諭すように。普通ここ、アクセントを付けて決然とはっきりした主張をするように、いっそ攻撃的なくらいに演奏されることが多いと思うのだけど、剛とすると柔、これにはびっくり。頭を巡らせるよりも早く直感的に、あっ!現代は力でねじ伏せるのではなく、じっくりと相手を理詰めで説得することこそ民主的なやり方なんだと、はたと膝を打って。凄く現代的な演奏。第1楽章も第2楽章も第3楽章も頭から否定するのではなく、きちんと諭してる。そこから、サロネンさんのやりたい放題。もうにやにやして嬉しくってスキップして駆け回りたくなるような気持ち。こんな楽しいベートーヴェンの第9なんて滅多に聴けない。素晴らしい!
独唱は4人4様。それぞれ自由に歌って、個性が交わらず統一感がない。でも、それがいいの。だって、今は多様性と個人主義が大事な時代。サロネンさんはあえてこんな歌手を選んで自由に歌わせているのだと思いました。それを統一するのが合唱。フィルハーモニアの合唱団がこれがまたとても素晴らしかったです。
荘厳なコラールが静まって弦楽合奏になるところ、ノンヴィブラートの素朴な響きになって、突然モンテヴェルディの時代の空気が広がったよう。サロネンさんは、バロックから現代までの様々な様式の響きをちらりと聴かせてくれて、ほんとグローバルでまさに今の時代、わたしたちの第9。ベートーヴェンのはちゃめちゃな音楽をはちゃめちゃに演奏してくれて楽しいったらありゃしない。面白い、CD向きの演奏ではないけど、これこそベートーヴェンの本質だわ。今日は目の保養も出来たし耳の保養も出来て、心楽しくにこやかに笑いながら会場をあとにしたのでした。
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by zerbinetta | 2012-09-27 00:43 | フィルハーモニア | Comments(0)

上善如水 マルッキ、フィルハーモニア バルトーク「オーケストラのための協奏曲」   

13.8.2012 @royal albert hall

prokofiev: romeo and juliet, suite no. 1
olga neuwirth: remnants songs ... an amphigory
bartók: concerto for orchestra

lawrence power (va)
susanna mälkki / po


さて、わたしは、とっても哀しいことに、日本人の癖に日本酒が苦手なんです。というと大酒飲みっぽいのだけど、実はちっともお酒は飲めなくて、グラスに1杯くらいのワインをちびちびと飲むくらい。お酒があるとご飯がおいしくなるから、飲むこと自体は好きなんだけど、すぐに酔っぱらって世界がバラ色になるからたくさんは飲めないんです。で、ワインは好きなんだけどどうもお米のお酒が苦手で。。。でも、その中で、何となく名前を覚えているのが「上善如水」。どうして名前を覚えているのか、不思議なんだけど、多分、おいしいものは角がなく水のようにさらさらと意識しないで喉を通ってしまうというのに共感したんでしょう。ところが、これを外国人に言うと???なんです。水のようなワインって馬鹿にしてるって。ワインにはワインの棘があるからおいしいんだって。わたしはどちらも分かるんですけどね。多分同じものを見ているのに、感じる表現の仕方が違うというか、日本人ならおいしいワインを飲んで、水のようだと感じるでしょうし、フランス人ならおいしいお酒を飲んで、その中に豊かな味わいを感じるでしょう。でも、どちらもそれぞれの仕方でおいしいと感じてるんです。

と、全く音楽会のことを外れて力こぶを入れてしまいました。今日の音楽会、特にバルトークの「オーケストラのための協奏曲」にはそんなことを感じたのです。如水。

最初のプロコフィエフの「ロミオとジュリエット」は珍しく組曲版の第1組曲だけ。わたしは、バレエの物語を追いながらつい聴いてしまいがちなんだけど、音楽は物語なんてお構いなしに進んでいく。わたし的にはそれが不満でもあるんだけど、音楽はとってもステキ。特にバルコニーのシーンの音楽「ロミオとジュリエット」は、ゆったりとしていてとってもきれい。バレエの音楽を普通に演奏すると、速すぎて踊れないことが多いそうだけど、この音楽はむしろゆったりとしていて、優雅で感動的。エモーショナルではないけど愛がいっぱい詰まってた。ああ、でもこの組曲、ティボルトが死んであっさり終わっちゃうんですね。うーん、もっと聴いていたいよう。

真ん中は、オルガ・ニュウウィースさんの「断片の歌、、、無意味な文」というヴィオラ協奏曲。若いヴィオラ奏者タメスティットさんのために書かれた曲ですが、今日は、やっぱり若手のパワーさんが弾きます。曲のイメジはコラージュ。どこかで聴いたことがあるかなと思ったら、マーラーの世界を徹底的にした感じ。そうか!マーラーの音楽もコラージュだったんだ(特に交響曲第5番)。聖の中に俗が混じったり、静の中に動が混じったり。音楽の全体がコラージュで作られているわけではないけど、第1楽章と第5楽章は、たくさんの素材を貼り合わせて作られていて、徹底していて、めまぐるしくカラフルに変わる音は、万華鏡か走馬燈を見ているような感じ。ヴィオラは、難しいのかもしれないけど、パワーさんが余裕を持って弾いていたので、反対に難しさは感じませんでした。上手すぎるとちょっと損ですね。

最後は「オケコン」。これが何とも不思議な感じで、如水。さらさらと泉がわき出してるんですよ。夜の月明かりに。手を触れるとひんやりしていて、水がそこにあるのに、でも手は濡れないというか、もしかしてヴァーチャルな映像?この音楽から一切の人間くさい現実が失せた感じ。音楽はとってもきれいだし、ソロはとっても上手いし、オーケストラもきちんと鳴ってるのに、心に熱が灯らない演奏。もしかして、マルッキさんやオーケストラの人、会場のお客さんはちゃんと盛り上がってるのかもしれないけど、わたしは。。。と書くと、とてもネガティヴな感想のようだけど、確かに最初はびっくりして戸惑ってどうしていいのか分かんなくなったけど、聴いていくとこんな音楽もありかなと思えてきて、清らかな泉で水浴びをするのもいいかな、とバルトークのこの曲でそんなことを感じるのかと、不思議な気分で。でも、透明度100メートルの澄み渡った演奏もたまにはいいよね〜と、濁れる田沼の住民のわたしは心の泥を落として思うのでした。

それにしてもマルッキさんって可愛らしい容姿でステキな音楽を作るコト。耳がとっても良さそう。そして男性の世界にあって男に擬態しないのがいいです。ナチュラル女子の指揮者がどんどん出てくるといいな、と思います。
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by zerbinetta | 2012-08-13 01:44 | フィルハーモニア | Comments(2)

星の祭典 サロネン、フィルハーモニア「惑星」 ファミリー・イヴェント   

08.07.2012 @royal festival hall

holst: the planets
joby talbot: worlds, stars, systems, infinity

paul rissmann (presenter)
esa-pekka salonen / philharmonia voices, po


イギリスでも七夕なので星祭り〜。なわけないじゃん。フィルハーモニアはサイエンス・ミュージアムとの共同企画で、ホルストの「惑星」の演奏。よくありがちな、惑星の高精細画像をスクリーンに見せつつ宇宙旅行をするのように、バックに音楽を演奏するのかと思ったら違った。まあ、それはどうでもよくて、サロネンさんの「惑星」が聴ければいいやと。それにファミリー・イヴェントなのでチケット安いし。カウフマンさんのでなくなったロイヤル・オペラのチケットを売り払ってこちらに来ました。だって、「トロイ人」あんまり好きじゃないんだもん、長いし。

今日演奏されたのは「惑星」1曲だけ。あっ違ったおまけが付いてた。前半は「惑星」の解説。子供向きかと思ったら、全然。大人でも楽しめる内容。特に楽曲分析(楽譜をスクリーンに映したり部分部分を演奏して聞かせての)は、音楽素人のわたしにはとっても知らなかったこともいっぱいあって新鮮で面白かったです。サロネンさんへのインタヴュウもあって、作曲家でもあるサロネンさんはこの曲をどう評価しているのかなって思ったら、「ベートーヴェンとか(ここのところの比喩、正確には誰の何だったか覚えていません)と同じ意味ではマスター・ピースとは言えないけど(正直)、後世に残した影響という意味では間違いなくマスター・ピース(大人)」って正直だけど大人の回答。そして、パートごとに多重録音ができる最近のポップスの音楽作りと同じような構造が見られる、当時のクラシック音楽会にはない現代的な作曲、とおっしゃっていたのには目から鱗のようなもの。

後半はいよいよ音楽。音楽会自体は、木星「喜びをもたらすもの」(の抜粋版)でいきなり始まって、それがいやに速い演奏だったんだけど、どうなるでしょう? ステージにはスクリーンがあったけど、残念ながら映像は各惑星の静止画に曲のタイトル。ううむ。これは宇宙旅行をしている気分になる動画の映像の方が良かったぞ。
今日はファミリー・イヴェントなので、演奏自体は緊張を強要する演奏ではありませんでした。演奏の質は先日、同じ楽団のガードナーさんの演奏の方が完成度が高かったです。でも、サロネンさんの「惑星」の解釈が聴けて良かったです。ちなみに木星は初っぱなの演奏ほど速くはありませんでした。最近、わたし、歳をとったせいか「惑星」は後半の土星以降が好きなんですけど、今日のサロネンさんの演奏は、その土星と海王星がとっても良かったです。天王星は、会場に子供も多かったせいか(でも大人よりもちゃんと聴いてたかも)、最弱音で終わるということはせずに、ある程度声量を保ったまま歌われました。そしてそのまま一気に、タルボットさんの新作「世界、星、システム、無限」の初演に。タルボットさんといえばわたし的には「アリス」。同じような響き、感覚。音楽の内容よりも、「アリス」の風景が目に浮かんで間違った楽しみ方だけど、目を湿らせて楽しめました。

わたしが子供だったら、こんな音楽会もっとたくさん聴きたい。もしもわたしに子供がいたら一緒に楽しみたいと心から思いました。サロネンさんとフィルハーモニアなんてほんとに贅沢よね。これが、ゲルギーとロンドン・シンフォニーだったら、きっと恐いおじさんのトラウマになるでしょう(?)失礼っ
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by zerbinetta | 2012-07-08 04:10 | フィルハーモニア | Comments(0)

タカシのような演奏??なにそれ? サロネン、フィルハーモニア「復活」   

28.06.2012 @royal festival hall

joseph phibbs: rivers to the sea
mahler: symphony no. 2

kate royal (sp), monica groop (ms)
esa-pekka salonen / philharmonia chorus, po

この音楽会を聴いたあと、ツイッターに「タカシのような演奏」って謎のツイートを思わずしたんですけど、いよいよ謎解き。
今日の音楽会はとっても楽しみにしていたんです。だって、サロネンさんが「復活」。サロネンさんって確かマーラーの交響曲第3番を代理で振って鮮烈デビュウ。でも、なんか、「巨人」とか「復活」(敢えて通称名で呼んでみました)よりも後期の交響曲の方が似合うような気がして、ベタな「復活」をどう演奏するか、という興味がありました。それと、2010/11年のマーラー記念年のシーズンで唯一聴いてないのが何故かこの「復活」だったんです。だから遅ればせながら聴けて嬉しい(あっロンドンでは、その前の年までに「復活」は2回聴いてます)。

音楽会は、交響曲第2番、1曲だけではなくて、その前に、フィブスさんの「川から海へ」という作品が演奏されました。同じ曲目でイギリスをツアーで回っているので、今日が初演ではないけれども、初演は数日前なのでほぼ初演。もちろんロンドンでは初演です。この曲、何だかとっても不思議な曲で、聴きやすいとってもきれいな音楽なんだけど、頭の中から跡形もなくすうっと抜けて、全く覚えていないのです。BBCラジオ3のオンデマンド放送でも何回か聴いたけどやっぱりすうっと頭の中を抜けていって、何だか幽霊みたい。音楽会で演ったことすら覚えていないような感じは、気配消しすぎ。聴いてるときは、いいなぁとも思うのに、跡形もなく消え去るなんて初めての体験です。

満を持して、マーラーの交響曲第2番。サロネンのことだから絶対スタイリッシュな演奏ってワクワクしていたら思った通りのスタイリッシュさ。颯爽とした弦楽器のトレモロで始まって、たたみかけるような、でも決して粗暴になりすぎないチェロとコントラバスの速い動き。重くならずにさくさくと進む、かっこいいと形容するのがふさわしいような葬送行進曲。力任せに感情を爆発させないんだけれども、音楽には過不足なく気持ちが込められていて、つーんと心に突き刺さる音たち。低音控え目で重くならないと思っていたらここぞというときにコントラバスを効かせてかっこよさ抜群。細かいところまでサロネンさんのこだわりが聞こえる演奏。第2主題では思いっきりテンポを落として、音楽の雄大度200%アップ。
実は最近、「復活」のCDを買おうと企んでいたのです。一昨年聴いて感激したユロフスキさんとロンドン・フィルのライヴ。と思ってたら最近、テンシュテットとロンドン・フィルのライヴのCDも出てそれがものすごく評判がいいので迷い始めたんです。そして、今日のサロネンさんのも録音されているのでCDになる可能性があるのだけど、この演奏もCDで聴いたらいいなって思えるのです。ユロフスキさんの演奏みたく、勢いに任せた部分がないので、CDで何回も聴くのにはとてもステキな演奏になってると思うんです。でも。

そう、でも。ちょっと整いすぎてると感じてしまったんですね。マーラーがまだ30代の駆け出しの頃の作品は、破天荒な綻びも作品の中にあってそれが魅力にもなってると思うんです。サロネンさんの演奏は、そんなほころびが見事に修繕されてしまっている。それは音楽的にはより良くなってはいるのだけど、無軌道な熱い思いが背後に押しやられてしまう物足りなさも感じるのです。第1楽章の静かな部分なんてあまりにも静寂で何かを諦観したようで、この雰囲気は、なんだろうともやもやしながら聴いていて、ふ!っと交響曲第9番を思い出して、あの最終楽章と精神的な雰囲気が似てるなって気づいたのです。でも、それはちょっとわたし的にはちがうかな、と。ライヴで聴くなら、熱い感情の奔流があってもいい。

タカシのような演奏。なにそれ?ですよね。タカシって誰?あの酔っぱらいのタカシくん?いつも宿題忘れてたタカシ?それとも幼なじみのかっこいいタカシにいちゃん?いえいえ、タカシといったら安藤崇です。あはは。なおさら分からない。池袋を憧れの街にしたIWGPのタカシです(あっ石田衣良さんの小説)。めちゃクールでかっこよくて、心が熱くなるほど反対に、氷のように冷たくなる男。サロネンさんの演奏は、熱い感情がこもっていながら、音は正反対に冷たくクールになるんです。あまりにも完璧で隙のない(ミスがないという意味ではないですよ)演奏です。でも、わたしはタカシよりマコトの方が好き。頭がいいのに熱くなると前後の見境が付かなくなって突っ走っちゃうタイプ。それがまさに、ユロフスキさんの演奏でした。でも、どちらも本当に凄い演奏で、多分、ユロフスキさんが聴きたい日もあればサロネンさんを聴きたくなる日もある。音楽ってそういうものですよね。ベストCDとか言うけど、ベストがひとつしかないなんて、それはちょっと変だしもったいない。

第1楽章が終わったあとは、楽譜どおり、長い間。サロネンさんは指揮台の脇の椅子に座って休憩。その間に合唱と独唱が粛々と入ってきました(独唱者が入ってきたとき少し拍手が起こったけど)。
第2楽章はすうっとほっとするような風のような、サロネンさんらしい爽やかな演奏。サロネンさん、実はこういう音楽が一番向いているような気がします。とても丁寧で、さらりとした歌があって、あまり歌いすぎずかといって愛想がなくならない絶妙なバランス。野暮ったさのない、実に洗練された夏の別荘地の高原のような憂いのない音楽。天上の世界でしょうか。
第3楽章も同じ路線。皮肉やカリカスチュアよりも素直な愉しみが表に出ている感じ。魚に説教する聖アントニウスのお話も粋な笑い話のようにからりと明るい。さらさらと澄んだ水が流れるように細かな音が流れていく。トランペットのソロもきれいで光が満ちるよう。

グループさんの静かな歌い出しで始まった第4楽章。深々としたアルトの声で、うん、なかなか曲に合ってるって思ったんですが、ときどき音の移り変わりに溜めがなくて階段を早足で下りるように聞こえたのでそれがちょっとだけ残念かな。サロネンさんはもう少しゆっくりと演奏したいように思えたので。
唐突にというより、ほんの少し間を置いて始まった第5楽章。もう壮大な音のドラマが始まります。ステージ裏のホルンも4人。プリンシパルのブラックさんも裏に回って贅沢な布陣。音外しちゃいましたけど。でも、ステージ裏のホルンの音はとっても良かったです。サロネンさんは、緩急自在、丁寧にオーケストラを煽って黙示録の世界を現前に出現させます。暴れるところは暴れるのですが、それはもうクールにかっこよく暴れるのですね。音楽の勢いに任せるというところはなく、隅々まで見事にコントロールされているのは第1楽章と同じ。そして静寂の表出の素晴らしさ。霧が晴れたような天上の世界が広がって静かに合唱が入ってくるところは、正直、どんな演奏を聴いても感動してしまうんだけど、サロネンさんの演奏はその中でも出色のものでした。フィルハーモニア・コーラスの合唱もとっても上手くて、特にバスが豊かに声が出ていて良かったです。もうここからは、引いては押す波のように、感動がうねりまくりながら、最後の坂を登っていくのだけど、その焦らすような盛り上げ方が、とってもツボ。ロイヤルさんのソプラノも堂々として良かったし(もっと線の細い人かと思ってた)、本当は、オルガンがもっと大音量で鳴り響いて欲しかったけど、最後メーターが振り切れるように終わった音楽は、やっぱりスタイリッシュでかっこいい。

盛り上がってお客さんは熱くなってたけど、でもわたしにはやっぱり冷たさも同時に感じてしまったのです。だからこそタカシのようがピタリと言葉に浮かんだんです。30代のマーラーはもっと不器用な無骨な音楽を書いたんだという思いがどうしても頭に残ってしまって。それを象徴していたのが、最後の方でオーケストラと合唱が一緒になって大音量で盛り上がるところ、独唱は音楽から降りてしまってお休みしてたことです。この部分、マーラーは独唱者にも合唱と同じパートを歌わせるように楽譜に書いています。確かに、合唱と同じことを歌うので独唱は聞こえなくなるのだけど。。。でも、マーラーの意図は、全員が高らかに復活を歌うことではなかったかと思うんです。前の部分では、独唱が合唱から立ち現れたり、合唱に吸いこまれていくような書き方をしているので、マーラーは最後独唱は個別に聞こえないことは分かっていたはずです。でも、それでも独唱にも歌わせている。というところに、音楽を越えた意味があるのではないかと思うのです。サロネンさんの演奏は、音楽的には全く傷を付けたものではありません(聞こえませんから)。でも、それが、クールすぎる物足りなさを象徴していたように思えるのです。それでも、音だけ聴いたら間違いなく第1級の名演でした。
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by zerbinetta | 2012-06-28 23:57 | フィルハーモニア | Comments(0)

music of today 'young composers academy' フィルハーモニア   

28.06.2012 @royal festival hall

david curington: nine accumulations
stef conner: arranging old silks
philip dawson: heat's contraption

unsuk chin (presenter)
david robert coleman / po


今日はこれから、音楽会があるのだけど、その前に、ときどきやっている無料の「現代の音楽」シリーズ。ウンスク・チンさんがプレゼンターで生まれたての音楽を紹介しています。演奏はフィルハーモニアのメンバー。若い作曲家にとって、ものすごく大きなチャンスのひとつでしょう。今日は、若手作曲家アカデミーの3人の作品。全て10分くらいの小品で、オーケストラは、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス、クラリネット、フルート、ホルン、ハープ、打楽器がひとりずつの室内編成。トップの人は出ていませんでしたがそれでも、全員が上手いので演奏に関しては文句の付けようがありません。なので作品の質が分かりやすいです。

最初のクリングトンさんは、見た感じ普通の若者。音楽は9つの小さなフラグメントを集めた作品で、最初の方は静かで動きのない感じの曲が中心。お終いの方は細かな音が出てきたけど、わたし的には始めの方の曲の方が良かったです。曲の完成度にムラがある感じ。
コナーさんは、何だか頼りなさげな(人のこと言えるか!)可愛らしい女の子(って感じ)。曲は、彼女のが一番親しみやすかったかな。
最後のダウソンさんは、ちょっと癖のあるルックスで、歳いってる?音楽もクラリネット2本咥えとか、赤い風船(徐々に膨らまして最後つついて割る)とかものを落とすとか、特殊奏法満載。見た目面白かったけど、わたしには苦手系。

皆さんこれからの人なので、いつか新しい作品がワクワクして待たれるような作曲家になっていって欲しいと思います。
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by zerbinetta | 2012-06-28 03:12 | フィルハーモニア | Comments(1)

極上の普通 ドホナーニ、フィルハーモニア ブラームス交響曲第2番   

07.06.2012 @royal festival hall

mendelssohn: overture, a midsummer night's dream
beethoven: piano concerto no. 4
brahms: symphony no. 2

andreas haefliger (pf)
christoph von dohnányi / po


この時期は、音楽会も減ってくるから余裕で聴きに行けるねって思ってチケット取ってたんだと思う、ドホナーニさんとフィルハーモニアの音楽会。でも、なんだか毎日のように音楽会があって(バレエのせいだわ)、お疲れ気味で、今日、音楽会さぼろうかと思ったの。でも、聴きに行って良かったぁ〜。チューブで寝たので疲れも少し取れました〜。

と、若者(?)のわたしがこんなにへろへろなのに、ドホナーニさん、80を超えてなお若いなぁ。飛行機で世界中を飛び回って、指揮台には椅子はなし、元気に指揮してました。
メンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の序曲は、いつも序曲で終わらずに全部演奏してくれればいいのにって思っちゃう、好きな曲です。ドホナーニさんの演奏はとおっても軽やかに普通。もう何も特別なことはしないのに、魅力的な音楽。これが出来るのは年の功ですよね〜。自然に音楽になっちゃうんだもの。あっでも同じ世代のマゼールさんは相変わらずいろいろ面白いことやっているけど。フィルハーモニアの音、クリーミーでとってもいいし。同じクリーミーでもロンドン・シンフォニーがイチゴのショートケーキだとすると、フィルハーモニアはもう少し透き通っていて軽く、ババロアみたいな感じ。あっちなみにチューバではなくオフィクレイドを使ってました。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は大好きな曲です。いきなりピアノが弾き出すのもびっくりだし、第2楽章のピアノとオーケストラの哲学的会話みたいのも大好き。ヘフリガーさんを聴くのは2度目。彼のベートーヴェンはとてもロマンティックで叙情的でした。男性的と女性的というのがあるとすれば(わたしはほのかにあるんじゃないかって思ってます。フェミニストの人からは怒られそうですが)女性的。第2楽章の対話は、男女の会話と捉えちゃう傾向がわたしにあるのだけど、そのせいかもしれないけど彼のピアノからは女性的な香りがしたんです(ちょっと戸惑いました)。そしてその女性は、とっても知的で静かで穏やか。でも確固たる強さがあって包容力もあるんです。だから、第2楽章の男女の対話は、始めっから女性が勝つことが見えている。最初は威勢良く始めた男性(オーケストラ)も、静かに受け止めて冷静に語る女性に膝を折るしかない。最後はなんだかむにゃむにゃと言い訳をする男のような、母親の前の子供のような。この曲、前にグリモーさんとユロフスキさんで、聴いたんですけど、そのときの男のように粗暴な感じではなく、もう少しジェントルマンな感じ。夢見るベートーヴェンでした。

ブラームスの交響曲第2番は、なんと!とても普通!ブラームスの書いた音楽をそっくりそのまま肩の力を抜いて音にした感じ。というふうに聞こえるんだけど、実は細かなところまでとっても丁寧に音作りがしてあって、旋律の歌わせ方とか、伴奏の付け方とか、音色とかもうとってもステキで、こういうすうっと普通に聞こえて、音楽の素晴らしさに説得力を感じさせるところが、老練の指揮者の凄いところですね。ブラームスは緻密に書いてるのに伸びやかに聞こえてくる、ドホナーニさんもとっても綿密に演奏しているのに、決して息苦しくない自然な呼吸。最上のお米のご飯のような、主張しないのに確かにおいしい極上の普通。ブラームスの交響曲第2番は、彼の交響曲の中で一番彼らしくて、素直で、喜びに溢れた曲。おいしいご飯をおかわりしてお腹いっぱい食べたような笑みのこぼれる満足感。ごちそうさまでした。
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by zerbinetta | 2012-06-07 08:47 | フィルハーモニア | Comments(0)

スターウォーズの時代の惑星 クライン、ガードナー、フィルハーモニア   

05.06.2012 @royal festival hall

walton: crown imperial
elgar: cello concerto
holst: the planets

natalie clein (vc)
edward gardner / philharmonia voices, po


フィルハーモニアによる、ジュビリー音楽会。イギリス音楽の特集です。指揮はイングリッシュ・ナショナル・オペラのガードナーさん。外見やんちゃ小僧。わたしはジュビリーにちっとも興味がなくって、わざわざ見に行っても人ごみだし寒いしって行かなかったし、家にテレビもないので(ネットも遅すぎて動画を見るのはストレス・フル)、何をやってるのかちっとも分からないんだけど、まぁ、この音楽会に行けばちょっとはジュビリー参加の言い訳が出来ていいかって。そんなことどうでもいいんだけど。

まっでも、ジュビリーだから始まりはおめでたいウォルトンの戴冠行進曲。豆知識だと(ググっただけですが)、1937年のジョージ6世という人の戴冠式に際して作られた曲みたいですね(あとで改訂)。ジョージ6世さんは今のエリザベス女王のお父さんです。さらには映画「国王のスピーチ」の主人公。と、音楽に関係ないうんちくでした〜〜。
音楽は静かな感じで(大きな音は出ていたのだけど)、華々しさよりも音楽の良さを聞かせようという感じでした。勢いで演っちゃうんじゃなくて丁寧にきちんと音楽を作っていたと思います。ジュビリーとはいえども音楽会ですからね。耳の肥えた聴衆にはちゃんと音楽聴かせなきゃ納得しないもの。

エルガーのチェロ協奏曲は大好きな曲。なんだかもの悲しくて、祝典の雰囲気はないんだけど、良い曲です。雨の日の午後に聴いていたい曲。チェロは若いナタリー・クラインさん。何回か聴くチャンスはあったんだけど、何故かご縁がなく初めて聴きます。まずびっくりしたのが、ものすごい美人さん。NHK教育テレビの番組の司会者をするタレントさんみたい。その彼女の音楽は完全な没入系。音楽の中のどっぷりと浸かって、表情豊かに演奏していきます。もちろん優れた音楽家さんなので、もうひとりの客観的な自分はいるのでしょうが、それをお客さんに見せることはない感じです。
音は柔らかで繊細な美音。オーケストラはそれに合わせて、控え目に伴奏を付けていくのだけど、強奏ではソロが埋もれてしまう場面も。彼女とっても上手いし、歌い方もすごくいいんだけど、音量が足りないの。この人は、大きなオーケストラと対峙する協奏曲ではなく、室内楽、特にロマン派の歌のある音楽に向いてるんじゃないかって思いました。今度はぜひ、ウィグモアホールとか小さな会場でしっとりと彼女の演奏を聴いてみたいです。
アンコールのカザルスの「鳥の歌」は、大ホールで演るにはちょっと繊細すぎたかな。没入系なのに、ちょっと表面をなぞっただけな感じが気になりました。この曲に込められている哀しさがあまり感じられなかったです。

惑星は。むふふ。いやぁ〜スペクタクル。火星はかなり速いテンポでびしびし来るんですけど、この格好の良さは、スターウォーズ!もう宇宙船が光線を打ちまくるスピーディーな爽快感。わたしたちの想像する宇宙戦争にぴったり。わたしはこの演奏大好きだけれども、そしてわたしたちの(時代の)求める演奏はこれでいいと思うけど、でもね、ふと、考えもしたの。占星術に基づいて書かれたこの音楽。ホルストはどんな音を想像してただろう?って。ホルストがこの音楽を書いた頃は、ちょうど第1時世界大戦が始まるか始まらないかの頃。その頃の戦争は、歩兵が主役で、飛行機もないし今みたいな戦車もない(どちらも第1次世界大戦から導入されたようですけど、まだ性能が低かったので主役ではなかったみたいです)。宇宙戦争だってタコみたいな火星人が攻めてくる感じだし。だとすると「戦争をもたらすもの」と題されたこの曲の戦争ってもっとゆっくりとして牧歌的じゃなかったのかしら。少しゆっくりと朴訥に演奏するのが本来の姿なんじゃないかって。とか思って、調べたら、この曲ホルストの自作自演の録音が残ってるのね。聴いてみたらびっくり。速い!かっこいい!なぁんだ。ホルストもスターウォーズ世代か。ってかめちゃかっこいいぞ!これ。(オーケストラ(ロンドン・シンフォニー)もめちゃ上手いです。もし聴きたければ、ホルスト、自作自演でググってみてくださいね。無料の音源が見つかります)

ガードナーさんの演奏は、まさにそのかっこいいホルストの自作自演をさらに現代的にスマートにかっこよくした感じ。火星の最後は、大リタルダンドをかけて重々しく閉じたかと思うと、きらきらと幻想的な金星。なんて美しいこと。ガードナーさんはそれぞれの曲の特徴を良く引き出して、艶やかにスマートに演奏します。木星の有名な中間部も感情に溺れることなくさらりと、でもしっかりと歌いきって、さらさらしているのにしっかりとコクのあるベルギーの修道院ビールみたいな味わい。
大好きな土星も渋さがかっこよさになっていて、こんな年の取り方をしたいな、ステキな老境だろうなって思わされました。それにしても、ときに全部聴くのは退屈になることもあるこの曲を、最後まで集中して聴けました。演奏はほんとにステキでした。ガードナーさん、やっぱ才能のある人だなぁ。イングリッシュ・ナショナル・オペラだけじゃなくてどこかの優秀なオーケストラの指揮者になればいいのに(バーミンガム市交響楽団の主席客演指揮者ではあるんですね)。

なんと!アンコール(普段の演奏会ではありません)。予想大的中。エルガーの「威風堂々」。そりゃ、ジュビリーですもの。これがなくちゃ終われない。そんなお祭り的な音楽だけど、ガードナーさんは、とってもきちんと、音楽的にこれを聴かせてくれたのでした。イギリス人がうらやましくなりました。こんなステキな音楽を自分の国にもっていてみんなで分かち合えるんですから。日本には残念ながらないよね。

クラインさんとガードナーさん
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by zerbinetta | 2012-06-05 08:17 | フィルハーモニア | Comments(0)

幻想遊園地 アシュケナージ、フィルハーモニア ショスタコーヴィチ13   

24.05.2012 @royal festival hall

prokofiev: piano concerto no. 3
shostakovich: symphony no. 13

nobuyuki tsujii (pf)
sergei aleksashkin (bs)
vladimir ashkenazy / philharmonia voice, po


今日の音楽会、もうずうっと待ち望んでいました!タコ、交響曲第13番、通称「バビ・ヤール」。わたしの最も大好きなタコの交響曲。そして滅多に演奏される機会のない音楽。これを聴かずして、今シーズン何を聴くかってくらいです。実はワクワクしすぎて2月頃から、今日の音楽会だったかしら、なんてプログラムを見たりしてたのでした(2月か3月の音楽会だと思ってた)。

でも、世間的には辻井伸行さんのピアノなんですね。タコで舞い上がってるわたしには、彼のピアノは眼中になかったんだけど(なんて失礼な!)、でも、聴いたら、凄い!素晴らしい!彼、とっても人気みたいなんだけど有名な人だったのかしら。もちろん、日本では有名なのは分かるのだけど、こちらの人にも人気みたい。経歴を見ると、ヴァン・クライバーン・コンクールで優勝しているんですね。23歳、むちゃ若い。
辻井さんって目が見えない人だったんですね。アシュケナージさんのサポートでステージに出てきた彼は、小柄で丸顔。アシュケナージさんにピアノの位置を示してもらって着席。音楽が始まる瞬間ってドキドキしますね。特に初めて聴く若い音楽家さんだと。

辻井さんの音楽は、わぁびっくり!わたしの予想に反して、ロマンのひとかけらもない音楽。曖昧なもの、感覚的なものを一切排して、全ての音が物質的な質量を持って実存している。全ての音の存在理由を説明できる音楽。しかもそれを徹底して容赦なく音にしている。彼の中にはどんな音が、どんな音楽が響いているのだろう。彼は視覚を失っているけれども、それは大多数の目の見える人に合わせて作られた社会では不便なことも多いと思うけど、決して世界は彼の中で狭まっていない。多分彼は目が見えない代わりにそれを凌駕する、多分わたしたちの知らない感覚を研ぎ澄ませている。それはわたしたちが目が見えるという感覚と同じように自然に当たり前のこととして。わたしは、目が見えるし、耳も聞こえ、匂いもかげる。でも、わたしの世界は、浅く、音楽の感覚において辻井さんの足元にも及ばないと感じました。ぼんやりと見て、聴いて、世界の遠くが見えていない。それにしても、音楽の全てを耳で、体で感じるのってどういう世界なんだろう。わたしなんて見えないと、音楽が全ては聞こえないと感じているのに。幾何学模様のような楽譜の美しさも全て音に還元してしまうのだろうか。なんだか、果てしない未知の世界へ誘われるようで、これからも辻井さんの音楽を通してその世界へ冒険してみたいと思いました。彼の、ラフマニノフも聴いてみたいなぁ。ロマンティシズムを拒絶したラフマニノフ、どういう風に響くのだろう?それともいくらかロマンティックに弾くのかしら?

と考えていたら、アンコールにもラフマニノフの前奏曲。ふふふ、やっぱりロマンのかけらもない。音楽がロマンティックに書かれているので、それ風には聞こえるのだけど、彼はそういうところに立っていないです。これはますます、彼のラフマニノフの大作、聴いてみたくなりました。
人柄ですかね。アシュケナージさんが、ずっと辻井さんのことをあたたかく見守っていたのが印象的でした。そして、お茶目な彼は、指揮棒を横向きに口に咥えて、ずっと拍手していました。いや、そこまで笑わかせてくれなくても♪

前半だけでうっかり十分満足しちゃったけど、わたしのメインは後半。タコ13。実はアシュケナージさんのタコの交響曲、1枚か2枚CDを持っていて、意外に好きなのです。世評は高くないんですけどね。
演奏は素晴らしかったの一言。初めて聴くし、これから先2度と再び聴くことができるかあやしい曲なので超興奮してるんだけど、それを差し引いても(上手く差し引けてるかは自信ないけど)、素晴らしい演奏。まず、オーケストラが上手い。特にチューバは神がかってた。それにバスの独唱のアレクサシュキンさん。鬱々とした歌で、タコの世界を表出。文句なしです。男声合唱は少数精鋭だけど、意外と低音が良くてフィルハーモニア・ヴォイス、やるじゃないって思いました。
この音楽、始まりから終わりまでものすごく鬱々しています。聴く方もかなり気持ちの強さが必要で、でないと鬱々の底なし沼に足を取られてしまいます。わたしがもうこんな気持ちなのに、これを練習してきたオーケストラの人たちは、沈んだ気持ちにならないのでしょうか。練習している間に世を捨ててみたくなっちゃったり。そんな圧倒的な力を持つ音楽だけど、アシュケナージさんは、かさかさと乾いた感じじゃなく、艶やかな潤いを持って音楽を奏でていました。すべすべとしたタコ。これはCDで聴いた彼の他のタコの交響曲と同じ感じです。それがわたしには好ましい。といっても決して甘い音楽ではなく、胃の腑に鉛を飲み込んだような重暗い気持ちになります。
だからこそお終いの方でフルートの旋律が聞こえてきたときは涙。遊園地の音楽。子供の頃の夢。ショスタコーヴィチは、子供時代の無条件で安らぎのある夢の中に、特に後期の交響曲作品において退行する傾向があるのではないかと思います。何かそこに安住の地を求めるような希求がときどき音に聞こえて。最後の交響曲の第1楽章とか最後の部分なんてまさにそれですよね。でも、その気持ちにはとっても共感できる。わたしも、子供の頃の幻の遊園地で遊びたい。それがわたしにとっての永遠の憧れだから。絶対に届かない憧れ。最後の部分で涙が止めどもなく溢れるのは、わたしもそれを強く強く求めているからでしょう。そしてその幻が音楽の中に聞こえるから。でも、音楽の中の遊園地はどうしてか雨が降ってる。そして、ひとりわたしがぽつり。ひとりぼっちの孤独が憧れの裏側にへばりついてる。幻は共有できないのかな。ショスタコーヴィチはわたしにそれを見せてくれたけど、彼はもうそこにはいないんだ。この気持ちはしばらく後に引きそうです。
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by zerbinetta | 2012-05-24 09:01 | フィルハーモニア | Comments(4)