カテゴリ:海外オーケストラ( 52 )   

懐かしい人の故郷の音楽 ビエロフラーヴェク/チェコフィル「我が祖国」   

2015114日 @NHKホール


スメタナ:連作交響詩「我が祖国」


イルジー・ビエロフラーヴェク/チェコ・フィルハーモー


わたしがロンドンにいた頃、BBCシンフォニーの主席指揮者だったビエロフラーヴェクさん。故郷のオーケストラの指揮者に返り咲いて、そのチェコ・フィルとの来日です。そして曲目は、チェコ・フィルのソウル・ミュージック、「我が祖国」の一本勝負です。海外オーケストラにはあまり興味がないわたしだけど、ビエロフラーヴェクさん、懐かしいし、チェコ・フィルはまだ聴いたことがなかった!ので聴きに行きました。あれ?もしかして、今年唯一の海外オーケストラ聴き?


指揮者のお顔を見たときから、懐かしさ全開。BBCSOとはほんとにいろんなステキな音楽を聴かせてくれていたんですね。チェコものも、スメタナの「売られた花嫁」とかマルチヌーの交響曲全部とか「ジュリエッタ」とか。今日は、指揮者、オーケストラ、音楽が三つ巴のお国もの。ローカルの極み。そして、それが本当に良い味わいになったのでした。ローカルこそがインターナショナルの基(もとい)なんですね。ナショナルってローカルのことだから、ローカルの間をつなぐインター(間)ナショナルは、ローカル無しにはあり得ない。そして今日のチェコフィルの演奏は、ローカルであると同時に、それを超えてインターナショナルにわたしを感動させたのでした。


最初のハープから管楽器に旋律が受け渡されて、経過句を経て弦楽器に旋律が戻ってくるところ、ああこの音なんだわ~と思いました。何だか久しぶりに聴くヨーロッパの田舎の音。チェコ・フィルは初めてだけど、ウィーンとかスコットランドとか、ゲヴァントハウスとか、素朴な音がまだ残っていてチェコ・フィルもそれをとても良い形で保ってるんだなって嬉しくなりました。音色だけで優しくなれる、心が満たされるオーケストラです。トライアングルもめちゃくちゃいい音出してたね。チェコ・フィルも一時は、国際化を目指したこともあったみたいなのですが(その結果、ビエロフラーヴェクさんの第1次政権は短く終わって、チェコ・フィルは、外国人の指揮者をしばらく迎えることになります)、


ビエロフラーヴェクさんの音楽もBBCSOとのときから変わらず、誠実で素朴、とても自然な音楽。しっかりと手綱を締めつつも、強引にぐいぐい押すところや恣意的なところがないいつもの彼の音楽に加えて、オーケストラの全員が深く音楽を知り尽くしてる。もう、ちょっとしたリズムや音程、強弱のニュアンスが流暢に楽器の間を受け渡される。そしてプライド。彼らのアイデンティティ。それがモルダウ川に通じる湧き水のようにしみ出してくるの。わたしは、心からその清廉な水を味わうだけ。そして何も引かない何も足さない音楽。ある意味、普通すぎて言葉にするのが難しいんだけど、そう、お米。それも、例えば同じお米オーケストラのウィーン・フィルが魚沼産コシヒカリだとすると、チェコ・フィルは、同じ特Aの会津産ひとめぼれかな。主食なのにそれ自体あまり主張しないでおかずを際立たせる、みたいな。この音だけでご飯3杯いっちゃう。(ちなみに同じくローカルというかドメスティックな日本のオーケストラはサトウのご飯みたいな)。


方言でおしゃべりするような懐かしさと自然さを醸し出す音楽は、言葉と同じように標準語では駄目で方言でしか伝えられない味わいがある。もちろんわたしは、その方言を話者がするようには解し得ないのだけど、心に浸み込んでくるように、共鳴する音となって聞こえてくる。それがきっと、ローカルとローカルの間の音楽のコミュニケイションなんだ。と、温かな水分でわたしが満ちて、目からこぼれていく。


アンコールのドヴォルザークのスラヴ舞曲も同じ。チェコの友達を思い出して、チェコのビールで乾杯したくなっちゃった。






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by zerbinetta | 2015-11-04 23:25 | 海外オーケストラ | Comments(0)

ヨーロッパに直接つながってる アジアオーケストラウィーク キョンギ・フィル   

2014年10月6日 @オペラシティ コンサートホール

ルトスワフスキ:小組曲
ショパン:ピアノ協奏曲第1番
ブラームス:交響曲第4番

ウィリアム・ヨン(ピアノ)
シーヨン・ソン/キョンギ・フィルハーモニー管弦楽団


アジアオーケストラウィークの2日目は、韓国から。韓国の地理ちっとも分からないんですけど、ソウルの近くのスウォン市というところの道が運営するオーケストラだって。道って県のこと?その辺のこともちっとも分かっていません。韓国というと確かソウル市立交響楽団だったかしら、チョン・ミョンフンさんと関係の深いところが有名な気がするけど、キョンギ・フィルは地方オーケストラという立ち位置かな。

音楽会の前に。プログラム、アジアオーケストラウィークのまとまったプログラムは昨日もらいました、を見ると、今日の曲目に自国の作品が入ってないんですね。うっかり慮ってみちゃいましたよ、韓国には紹介に値する作品はない(そんな馬鹿な!)とか西洋音楽に対するオーケストラの自信とプライドの表れとか。多分そんなこと本人はちっとも考えていないんだと思うけど、音楽会を聴き終えたわたしの感想は、このオーケストラのプライドと自信を感じました。

始まりはルトスワフスキの小組曲。管楽器のソロの多い色彩的な、でも民謡的で親しみやすい音楽。初めて聴く韓国のオーケストラは、おっ!なかなかやるじゃんと思いました。上から目線ですね。それぞれの奏者がちゃんと上手くて、実は正直言うと地方のオーケストラは(技術的に)どうかなって思っていたんですが、杞憂でした。東京にいてファーストチョイスになるかどうかは分からないけど(家の近所だったら別)、地方にいたら応援したくなるオーケストラです。

ショパンの協奏曲は、この間、牛田くんを聴いたばかりでついうっかり聴き比べちゃうけど、端正な音で過不足のない演奏。10大ピアノ協奏曲集とかショパン名曲集みたいなCDがあれば入っている感じで、特異的な個性は感じられないけれどもみんなが納得できるような模範的な演奏だったと思います。ヨンさんはまだ30歳、ヨーロッパ在住で活躍されている方みたいですね。アンコールにはショパンのワルツ第7番。穏やかなまま心は流れて、ほんとはもっとぐさりとくるものが欲しかったな。
でね、ショパンの協奏曲、始まりのアウフタクトの少し粘度のあるような、後ろから腕を掴まれたような始まり方がとっても良かったんです。シーヨン・ソンさん、この指揮者、ただ者ではないと思った瞬間でした。

で、ブラームスの交響曲第4番。同じように難しい、心を撫でるようなアウフタクトで始まる曲なので、もう息を詰めてドキドキしながら待ってました。この曲ってこの1音で決まるって感じですよね(極論)。ふうっとため息のように溜めを付けて始まるかと思ったんだけど、指揮者はそうしたかったんだけど、ちょっとオーケストラがよれってしまった。休憩前は上の方の席で聴いていて、指揮者をもっと観たくなって、ステージの近くの席、直接音がより聞こえる席に移ったんだけど、そうするとオーケストラのあらも聞こえてきちゃうんですね。誤魔化しがきかないから。上で聴いたのとは違う、裸のオーケストラを聴くような印象で、下手ではないんだけど、まだまだシーヨンさんの要求について行けていないところもあるなって思いました。シーヨンさんの方も、オーケストラに容赦なく要求をして、本番なのに細かく指示を出しながら、さらに上に向かってオーケストラをドライヴしていくのは、ユロフスキさん流(?)。彼女のブラームスは、時折絶妙な間をとる心憎いばかりの演奏。ため息のようなブラームスに身も心も奪われてしまいました。シーヨンさん素晴らしい!今まで聴いたブラームスの4番の中でも一番良かったと言っていいくらい。わたし絶賛。
アジアにもこんな良い指揮者が出てきたのね。日本でも何回か振ってるようだけど、ぜひまた来て聴かせて欲しい。わたしは聴きたい。っていうか日本のどこかのオーケストラが責任指揮者で呼ばないかなぁ。もちろん、欧米での活躍も期待したいところだけど。アジアの若手(中堅どころ?)の女性指揮者、ヂャン・ザンさんや三ツ橋敬子さんと楽しみな人が出てきて嬉しいです。

アンコールは、ハチャトリアンの「スパルタクス」から。これも叙情豊かな演奏でとても良かった。アンコールにはオーケストラの特色がよく出ていましたね。
このオーケストラの演奏を聴いて、韓国ってヨーロッパまで歩いていける、陸続きの同じ大陸でつながっているんだって強く感じました。それがどうしてなのか説明できないし、自分の中で理由が分からないんだけど、そんな空気のようなものを肌で感じたんです。それは、日本にはないもの。どんなに望んでも手に入れられないもの。悔しいけどものすごく羨ましくなってしまいました。
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by zerbinetta | 2014-10-06 20:18 | 海外オーケストラ | Comments(0)

ただ今発展途上中 アジアオーケストラウィーク ホーチミン市響   

2014年10月5日 @オペラシティ コンサートホール

ド・ホン・クァン:オーケストラのための夜想曲「こだま〜いにしえからの〜」
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
ベートーヴェン:交響曲第7番

グエン・フー・グエン(ヴァイオリン)
チャン・ヴォン・タック/ホーチミン市交響楽団


アジアオーケストラウィーク。毎年アジア各国からオーケストラを招いての音楽祭。今年8回目。海外のオーケストラというと欧米のばかり聴いてきて、アジアのオーケストラって知らなかったから、ぜひ聴きに来たいと思ってたの。去年はうっかり忘れてたし、今年は日本からは名古屋フィルが参加するのでこれも聴きたいと思って。今年は、他に、今日のヴェトナムのホーチミン市交響楽団、そらから韓国からキョンギ・フィルが招待されてます。ホーチミン市響は、2度目の招聘。前回の参加で、このオーケストラは、芸術的な発展の機会を得たということで、この音楽祭は、アジアのオーケストラを聴く機会を得るわたしたちにも(それがアジアの文化交流にプラスになれば良いですね!)招待されるオーケストラの側にも利益になっていると思うと嬉しいです。

ヴェトナムって、フォーとかヴェトナム料理は大好きだけど、ほとんどよく知らない国で、ましてやオーケストラのことは全然知りませんでした。歴史的のことも、フランスの植民地だったとかこの間ヴェトナム戦争が終わって今の国になったとかくらいしか知らないんだけど、西欧音楽が聴かれる(演奏される)ようになったのは最近のことなのかしら。日本で言うと50年前?100年前?(日本の西洋音楽史は140年くらいだそうです)

というわけで、演奏はまだまだ発展途上。下手ではないんです。個々の奏者の腕前は、日本のアマチュア・オーケストラの上手い人のレヴェルを超えているし、プロだと思わせるものは持っている。でも、音楽を音符通り弾いちゃうというか合わせにいっちゃうというか。なんかこう生真面目に教科書通りに弾いちゃうんですね。それをみんなで。
なんだか、歌謡曲を学校の音楽の時間、合唱で歌うような感じ。楽譜があってみんなその通り歌ってとんとんとリズムを合わしちゃう。歌謡曲って、楽譜のことなんて考えないで、カラオケで悦になって歌った方がそれらしくというかふさわしく聞こえるでしょ。それと同じなの。もちろん、基礎もなくテキトーに歌うだけなら、それなりのところまでは行くけどその先の高みには達しない。歌手の人なんかはしっかり基礎練習や発声練習をするし。ヴェトナムのオーケストラも目指すところは、しっかりとしたプロのレヴェルの高い音楽だから、当たり前だけど、テキトーにやるのではなく、しっかり基礎を積んでいるのに違いない。で、今はまだ、その基礎を積んでる段階なの。学校で歌謡曲を合唱するように。しょうがないよね。西洋クラシック音楽がまだ輸入されたばかりだもの。他所の国の他所の文化にまだ慣れてないから、まず楽譜通り(頭はみんなで揃えるとか、4分音符は同じ長さだとか、4拍子は拍の頭が強いとか)に演奏することを第一に考えて音楽を表現している。日本も昔はこうだったのかなぁ。今は子供の頃から溢れるほど西洋音楽に浸ってるし、っていうか日本の音楽の方が知らないし、体に染みついてるから、アマチュアのオーケストラでも譜面に書かれない音楽の雰囲気を自然に出せるのね。でも、ヴェトナムのオーケストラ、これからどんどん伸びて行くに違いありません。し、そうなって欲しいなって願っています。

プログラムの始めに演奏された、ヴェトナム人の作品。クァンさんは、さながらヴェトナムの山田耕筰さんくらいでしょうか。音楽は、美しく優しく書かれていて、ヴェトナムの雰囲気、旋律をオーケストラに移した、という曲なので、先鋭的な音楽が好きなわたしには物足りなかったんですけど、でも、ヴェトナムの人にとっては、自分たちの音楽と西洋が交わる始まりの一歩となるんでしょうね。

チャイコフスキーの協奏曲の独奏を弾いたのは、フランス国立管弦楽団の第2ヴァイオリンの主席を務めたことのあるグエンさん。う〜む。この人の弾き方、ちょっと問題があって、息継ぎ無しで演奏するの。いくら弦楽器が息をしなくてもいいとはいえ旋律そのものに歌う息の間があるからそれをなくしちゃうと句読点のない文章のように読みづらくなるというか音楽が抑揚を欠いてしまうと思うんです実際にどこで区切って良いのか分からなくなってしまったし。あっ、読みづらいので句読点付けましょう、オーケストラの方も合わせづらそうだったし。

最後のベートーヴェンの交響曲は、ホルン大丈夫かと一時心配になってしまったけど、とてもがんばって彼らの今の時点で一番の演奏を聴かせてくれたと思います。正直、合わせることに精一杯で音楽はまだまだと聴いたけど、でも、彼らの生真面目な、音楽に対する真剣さは伝わってきました。彼らはきっと、これからさらに伸びていくでしょうし、そうなることを期待します。そして、またいつか成長した彼らの演奏を聴きたいです。ついでにヴェトナムで本場のフォーが食べた〜いっ。

アンコールは、「カヴァレリア・ルスチカーナ」の間奏曲でした。今日の音楽会の中でこれが一番良かったです。合ってるんでしょうね、今のこのオーケストラに。心のこもった良い演奏でした。
そうそう、ホーチミン市響は、フランスの植民地だったせいか(?)、コントラバスはフランス式でしたよ。
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by zerbinetta | 2014-10-05 00:43 | 海外オーケストラ | Comments(0)

まさにベートーヴェンオケ フィデリオ、リハーサル P・ヤルヴィ/ドイツカンマーフィル   

2013年11月26日 @みなとみらいホール

ベートーヴェン:「フィデリオ」第1幕(リハーサル)

エミリー・マギー(レオノーレ)、ディミトリー・イヴァシュチェンコ(ロッコ)
ゴルダ・シュルツ(マルチェリーナ)、ユリアン・プレガルディエン(ジャッキーノ)
トム・フォックス(ピツァロ)、ヴォルフ・カーラー(語り)
パーヴォ・ヤルヴィ/東京音楽大学合唱団、ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン


パーヴォさんこと、ヤルヴィ一家の長男、兄ビーとドイツ・カンマー・フィル・ブレーメンの「フィデリオ」のリハーサルに午後の仕事をすっ飛ばして、のこのこ出かけてきました。ヤルヴィ一家で今一番活躍している人だけど、残念ながら、聴くの今日が2度目。ロンドンには来なかったし(もしかして、わたし見過ごしてた?)、USで当時率いていたシンシナティ・シンフォニーとの音楽会を聴いたきりです。今旬の指揮者をやっと聴けてうれしい!

リハーサルなので、演奏のことについてはちょっとしか書かないけど、このオーケストラ、まさにベートーヴェン・オーケストラ。わたし好みのベートーヴェンの音が鳴っていました。そう言えば、ハーディングさんがベートーヴェンの序曲集で鮮烈CDデビュウしたのもこのオーケストラでしたね。あのときも感じた、クリスプでアグレッシヴな表現。兄ビーも古楽器的な音作りをして(トランペットは弁のないもの、ティンパニは小型の、弦楽器もヴィブラート控えめ、でもホルンは現代楽器(最近よく見かけるスタイルです))、ざくざくと切れ味の鋭い包丁でキャベツの玉を切り分けていく気持ちの良い感じ。ベートーヴェンって、ほんと、自分の言いたいことを口角泡飛ばして言いまくる以上の音を書くのね。フィデリオのアリアに付けたホルン3重奏の雄弁さったら。
もちろん、そのベートーヴェン・オケをてきぱきと切り盛りする兄ビーの棒さばき。序曲の重さと軽やかさの対比。オペラが始まると一転、モーツァルトの「魔笛」のような軽さ。この、ベートーヴェンのオペラが、モーツァルトのジング・シュピーレの直接的な子供ということがはっきり分かります。あとで、兄ビーさんが(質問に答えておっしゃっていたことですが)、まさにこれが彼が意図したこと。重い内容なので重くなりすぎないように音楽を作っていったのです。それに、最初の部分ってファミリー・コメディですものね。今回は、第1幕だけで第2幕は、どういう風になるのか分からないけど、ものすごく期待が持てます。歌手陣もとっても良さげ(リハーサルなので100%では歌ってないのですが)。本番聴ける人がうらやましい。
コンサート形式の「フィデリオ」は、イェンスさんによって書かれた「ロッコの物語」、4年後のロッコという新しい登場人物の語りに長いセリフの部分を置き換えた版。アーノンクールさんがかつて上演しています。4年後のロッコというベートーヴェンにはなかった新しい物語を重層することで、劇の進行が分かりやすくなっていると思います。「フィデリオ」のセリフって本来かなり長いらしいんですね。通常のオペラの上演ではかなりカットされているみたいです。

今日のリハーサルは、無料で50人限定。申し込み締め切りを延ばしていたので定員に達しなかったのかも知れないけど、40人くらいは来てました。平日の昼間だけど、もっと来るのかなって思ったけど、みんなあまり興味がないのかな(or仕事休めないのかな)。わたしは、リハーサル大好きなのでとても良い機会だったけどね。もうちょっと大きな規模(100〜200人)で公開してもいいと思うし、楽曲解説などを充実させて1日プログラムにするのもありだな、と思いました。それを企画してやるのは大変ですけどね。今回は、リハーサルの前に、楽団員による解説とリハーサル後に指揮者への短い質疑応答があって、コンパクトながらとても上手くオーガナイズされていたし、スタッフの方たちもとても丁寧に対応されていて良かったです。
そう、最初の楽団員さん(ヴィオラの方)の解説がとてもポイントをまとめていて分かりやすく、今日の聴き所もしっかり説明されてプレゼンテイションの仕方が素晴らしかったです。

兄ビーのリハーサルは、とてもリラックスした感じで、オーケストラとの関係が上手くいってて気の置けない雰囲気がありました。もちろんみんな真剣にやってるんだけど笑ったり楽しそう。まず、最初の全部通して、それからいくつかの箇所を練習していたんだけど、オーケストラの側からも、ここはこうやりたいって意見が出されて、一方的に音楽を押しつけるのではありませんでした。兄ビーっていつもこんなリハーサルをしているのかしら。良いボスだわ。ちなみにリハーサルはほぼ英語でした(ドイツ語が混じっていたかは声がくぐもって聞き取れなかった部分があるので分かりません)。

兄ビーも団員さんも、横浜のみなとみらいホールは家に帰ってきた感じとおっしゃっていた(何年か前にここでベートーヴェンの交響曲の全曲演奏会をしているのですね)、場所。本番は、きっと彼ららしい、フレッシュな力に満ちたステキな「フィデリオ」になるに違いありません。

聴きたかったなぁ。感動の代官の登場シーンとか聴きたかったもの。まぁ、最後のマルツェリーナへの仕打ちを聴かなくて良かったのは良かったんですが(このオペラ、わたしはいつもマルツェリーナに感情移入しちゃうので、いつも最後に宙ぶらりんの気持ちになっちゃうので)。チケットまだあるみたいですよ。聴きに行ける人はぜひ!
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by zerbinetta | 2013-11-26 09:36 | 海外オーケストラ | Comments(0)

ため息 グリモー、ネルソンス/バーミンガム市交響楽団   

2013年11月19日 @東京オペラシティ 大ホール

ベートーヴェン:「プロメテウスの創造物」序曲
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番
ブラームス:交響曲第4番

エレーヌ・グリモー(ピアノ)
アンドリス・ネルソンス/バーミンガム市交響楽団


ネット友達のご厚意で招待券をいただいたので、身に余る音楽会を聴くことができました。

まずは、グリモーさんのことを書きますね。
わたしがグリモーさんのこと知ったのは、ケネディ・センターの音楽会に向かう車の中のラジオです。ちょうどブラームスのピアノ協奏曲第1番の2つの新しいCDが出たときで、ラジオの人がどちらもいいけど、グリモーさんという若いピアニストのを強力に推していたんです。早速CDを買って聴いたのが出逢い。実演は、それからしばらくして、10年くらい前なんですね、もう、バルトークの協奏曲で。それ以来、機会があれば聴くようにしていました。
ひとりの(特に若い)音楽家を聴き続けるのは、その音楽家の成長や変化が聴けるので、わたしにとってとっても嬉しいこと。の反面、わたし自身の聴き手としての成長を問われるような気がして気が抜けません。奏者とわたしの真剣勝負。といってもいつもわたしが打ちのめされるんですけど。

ブラームスのピアノ協奏曲は、ゆっくりしたテンポで始まりました。オーケストラの音が出る寸前に大きな靴音がしてびっくりしたのは、ネルソンスさんの踏み込む音?ネルソンスさんだから、速めのテンポで来るのかなぁと思ったけど、これはグリモーさんのテンポね。弦楽器の第2主題(?、いろんな旋律が次から次へとわき出すので本物の第2主題かどうか分からないけど)でふわりと音量を落として溜めるところため息みたい。ブラームスってため息のある音楽だったんだわ。ネルソンスさんのオーケストラはとても丁寧。でも、この曲の主役は、グリモーさん。自由闊達。かなりテンポをゆらして、ときどきオーケストラがついて行けなくなりそうになるリスクを厭わない自分の世界。でも、予定調和的じゃない緊張感がステキ。彼女の演奏ってこうだったっけ?オーケストラをコントロールしていたのはグリモーさん。だけど、そこに合わせてオーケストラの表情を作っていったネルソンスさんもただ者じゃないよね。流石、ブラームスが大好きと公言するグリモーさんの音楽は、前に聴いたときよりますます深みを増していってる。
それが如実に表れたのが、第2楽章。とっても哲学的。見えてきた景色は、生と死の境の溶けて滲んだ世界に立っている自分。生まれることと死んでいくことが無数に連なっている大きな大地。半分生きていて半分死にながら常に新しく生まれ変わっていく体みたい。静かな呼吸の中に、ひとつひとつ慈しむように音が足跡を残していく。ここには、ベートーヴェンの協奏曲第4番の第2楽章の問いかけや対話はない。あるがままの世界があるだけ。そのままつながるようにクラリネットの甘い旋律が聞こえてきて、でも、わたしはここははっとするように景色が変わる演奏が好きだけど、グリモーさんのもとてもよく分かる。ひとつながりの世界。この音楽があまりに深いので、ここで終わったら、ブルックナーの未完成の交響曲第9番みたいに生への別れの音楽になるって思った。
もちろん、最後の楽章もとってもいいんだけど。ブラームスのとても若い頃の作品なのに、今日の音楽は老練の作品に聞こえました。あとで聴いた交響曲第4番より老成した音楽。本当に素晴らしかった。こんな音楽を聴かせてくれたグリモーさんには、心からありがとうと言いたい。わたしも、彼女の音楽をいつもより少しだけ良く聴けた感じがして、ちょっとは成長できてるのかな、と嬉しかった。
グリモーさんのアンコールは、ラフマニノフの「音の絵」から。これもステキだったな。リサイタルも聴きたいなぁ。前にまっいいかと聴きに行かなかったのが悔やまれるぅ。友達がめちゃ感動して帰ってきたのに。

音楽会はグリモーさんの前に、ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」の序曲が演奏されました。ネルソンスさんらしい、緩急を付けた溌剌とした演奏。オーケストラは、ロンドンのオーケストラみたいな超一流とまでは行かないけど、ネルソンスさんを信頼して、とても献身的に良い音楽をしていると感じられました。オーケストラの音は弦楽器がそれぞれ厚めで、ロンドンのオーケストラにはない音色。素朴さというか、地方のオーケストラのローカルさみたいなものを感じました。それがとてもよく分かったのが、最後にアンコールで演奏されたエルガーの「朝の歌」。これこそ自分たちの音楽だと言うばかりの、もうこれしかないという音で、共感に満ちた音楽でした。次の機会にはぜひ、エルガーやイングランドの作曲家の作品を演奏して欲しいなって心から思いました。アンコールのとき、ネルソンスさんと日本語で挨拶したヴィオラの人との漫才(?)も楽しかったけど、ネルソンスさんが「そんなに長くないから心配しないで」と言ったとき「noooo! one mmore symphoniiiie please!!」って叫びたかったよ。

順番めちゃくちゃで書いてるけど、ブラームスの交響曲第4番は、良くも悪くもネルソンスさんの今が音楽に表れました。とても入念なステキなブラームスだったんだけど、成熟した音楽の中に、若い未熟さが混在して、そのコントラストが柔らかさとクリスピーさの食感を同時に楽しむお料理のように思えました。だから、ひとつのタッチで描かれたブラームスではなく、そこが評価の分かれるところだと思うんだけど、わたしにはそれがうんと面白くて、とても印象的でした。きっと、ベルリン・フィルとか老練なオーケストラが演ると、そんなところは中和して自然に音楽を作っていくのでしょうけど、バーミンガム市交響楽団はネルソンスさんの音楽をそのまま音に反映していて、それがわたしには好ましかったです。
ネルソンスさんはまだ若いし(30代半ば)、これからの成長がとても楽しみなんだけど、未来が垣間見えた感じがしました。ボストンというクリーミーな音を出す老練なオーケストラを得て、どんな音楽作りをしていくのか楽しみだし、きっと彼らのブラームスはとてもステキなものになるでしょう。もしかして今のネルソンスさんの試金石になるのは、今シーズンのフィルハーモニアとのブラームス・シリーズ(1回目はネルソンスさんご病気で振れなかったけど)でしょうね。フィルハーモニアって指揮者によって荒くもなるし、信じ難いくらいクリーミーな音も出しますから。ああ、聴きたいなぁ。

ネルソンスさんを聴くのは今回で3回目。バーミンガム市交響楽団は2回目です。あんまり、ネルソンスさんを聴いてこなかったわたしだけど(ロンドンでもそんなに聴く機会がなかったんだけどね)、これからがもの凄く楽しみな指揮者ですね。バーミンガムの人は残念がるでしょうが、ボストンでのご活躍が楽しみです。そして、バーミンガムはラトルさんやオラモさん、ネルソンスさんを見いだしたように、次の主席指揮者に誰を選ぶのか、もうワクワクです。CEOのマドックさんの目利きが確かなのかな。オーケストラは指揮者や演奏だけで評価されちゃいがちだけど、こういう裏方さんももの凄く重要ですね。良いオーケストラの大事な条件だと思います。
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by zerbinetta | 2013-11-19 00:40 | 海外オーケストラ | Comments(0)

王道の真ん真ん中 ペライア、ハイティンク、ウィーンフィル ベートーヴェン&ブルックナー   

6.9.2012 @royal albert hall

beethoven: piano concerto no. 4
bruckner: symphony no. 9

murray perahia (pf)
bernard haitink / vienna phiharmonic orchestra


クラシック音楽会で随一のたれ目といったらペライアさん。実はわたし、ペライアさんとは相性が悪くて、彼がとっても素晴らしいピアニストであることは認めるけど、どうもウマが合わないんですね。イケメンで一目惚れというのに、話してみると性格の不一致みたいな。ただ、わたしが今まで聴いたのが、シューマンやシューベルトといった不定形のロマン派系の音楽だったので、彼のアプローチがわたしの好きと合わなかったんだと思ったんです。彼のスタイルに合うとわたしが思う、ベートーヴェンやバッハでぜひ聴いてみたかった。
ハイティンクさんとブルックナーの組み合わせも、いつも書いてるように、わたし的には良かったり悪かったり(今まで第8番、9番、7番、4番、5番、7番とオーケストラを変えて聴きました)。一番良かったロンドン・シンフォニーとの第4番は、今でもわたしのベストブルックナー4なんですけど。第9番は数年前、ロイヤル・コンセルトヘボウとの共演で聴いてます。あっそのときもペライアさんが独奏でシューマンの協奏曲でした。
というわけで、期待半分でチケット取りました。他に音楽会ないしね。もちろん安い席。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番は大好きな曲。真っ正面から正攻法で攻めてくるペライアさんのピアノが心地良く、彼の構成的なアプローチもベートーヴェンと合って佳。やっと彼の良さがわたしの好みにシンクロした感じ。懐の深い、揺るぎのないベートーヴェンでした。スーツをぴしりと着こなしたダンディーな男の香りのする音楽。がっしりと外枠が決まってるからすっごく安定感があるのよね。
この曲でわたしが一番好きなのは第2楽章のピアノとオーケストラの対話。まさに対話で、男と女の対決と思ったり、哲学的な問答と思ったり、演奏によって感じることは、違うんですけど、ペライアさんとハイティンクさんの対話は、どちらも同じ方向を向いてて、対決すると言うより、ゆっくりと形而上学的な会話をしているよう。対立よりも止揚。ぼそ、ぼそ、と語り合う大人の男たち。
やっとペライアさんの実力をちゃんと分かったような気がします。ベートーヴェンやバッハ、ブラームスで(あっいみじくもドイツ3大Bだ!)もっと聴いてみたいな。

ブルックナーは交響曲第9番。もう全く奇を衒わずに、表現も中庸で、一切変わったことをしない王道も王道、ど真ん中の演奏です。多分、いつものハイティンクさん。なのに、良いと思ったり悪いと思ったりしてきたのは、曲と演奏の相性かなぁ、それともわたしの問題なのかな。わたしは、指揮者がぐいぐいと引っ張ったり、ドキリとする瞬間のある演奏が好きなんだけど、ハイティンクさんの演奏は、オーケストラ任せのように聞こえることがあるし、自然体で安定してる。それが物足りなく感じるところだけど、今日は全然そう思わなかった。なんか、もう有無を言わさず納得させられた感じ。中庸の美はアバドさんにもあるけど、大人(たいじん)にしかできない、極限までの中庸の美。何も足さない、何も引かない、あるのは音楽だけ。
ウィーン・フィルもハイティンクさんに応えて、とても素晴らしい演奏でした。やっぱり、弦楽器の音色はふくよかで柔らかくてとってもステキだし、ひとつの全体の中にとけ込む管楽器の音色もステキ。ウィーン・フィルはずいぶん都会のオーケストラになったけれども、でもやっぱり今でもウィーン・フィルの音というものを持ってる。ハイティンクさんという尊敬される老大家によって素晴らしく鳴らされたひとつの楽器という感じです。指揮者もオーケストラの中の人というか、指揮者とオーケストラが完全に一体となってるステキな演奏でした。ベルリン・フィルもそうでしたが、本当に上手いオーケストラってどこのホールでもホールを味方にする鳴らし方ができるんですね。素晴らしく美しい、というか、美しいの一言でしか表現できないブルックナーです。
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by zerbinetta | 2012-09-06 22:48 | 海外オーケストラ | Comments(0)

第1楽章の呪詛からの解放! シャイー、ゲヴァントハウス・オーケストラ マーラー6   

2.9.2012 @royal albert hall

messiaen: et exspecto resurrectionem mortuorum
mahler: symphony no. 6

riccardo chailly / leipzig gewanthaus orchestra


シャイーさんとゲヴァントハウス・オーケストラの第2夜は、メシアンとマーラー。マーラーの交響曲第6番は大きな作品だから、それ1曲だけで良さそうだけど、その前に、管楽器と打楽器で、メシアンの「われ死者の復活を待ち望む」です。メシアン・フェチの癖して、フランス語のタイトルが覚えられなくて、聴いたことある曲かしらと思ったのだけど、編成を見て思い出した。去年、ラトルさんとロンドン・シンフォニーで聴いたことのある曲でした。大きな銅鑼がトレードマーク。昨日も目立っていた、フルートの美人さんが、管楽セクションのリーダーなんですね。音合わせを指示してました。
実は、わたし、メシアン好きの癖に、ああ、この曲余計だわ、なんて不遜なこと思ってました。だって、この曲とマーラーの大曲じゃ金管楽器死んじゃうもん。メシアンで力が尽きて、マーラーではへろへろになっちゃうんじゃないかって心配になったのでした。実はそれには前例があって、アバドさんとベルリン・フィルの音楽会で、マーラーの交響曲第9番の前に、ノーノのプロメテウスを演ったとき、ノーノで(精神的に)疲れ切って、マーラーの前半はちょっと普通の演奏になってしまったのを目の当たりに聴いてしまったんです。今回は精神的ではなく肉体的な心配ですけど。
ラトルさんの演奏がまだ記憶の隅に残ってたので、聞き比べたんだけど、かなり違ってました。シャイーさんの演奏は、曲と曲の間に少し長い間を取った、それだけが理由ではないと思うのだけど、余白の大きな演奏。音が減衰していくのを待ってから次の音を出しているからかなぁ。音の後ろに大きな空間が広がっている感じ。そして、その大きな存在にどうしても心が吸いこまれる。でも、それが宗教的とかではなくて、むしろ、実体として在る空間的な広がりをオーケストラの後ろに感じるんです。何だか不思議な体験。オーケストラの音色が渋めに揃っていて、モノトーンに聞こえるんだけど、でもよく聴くと、音の混ざり具合、グラディエイションが多彩で、しっとりとカラフル。

マーラーの交響曲第6番は、予想外に速めのテンポで始まりました。シャイーさんの振る同曲は、ロイヤル・コンセルトヘボウとの録音をずっと前に聴いたことがあって、それとはまるっきり違う音楽です。今回のは全体的にかなり速め。CDの演奏では、第1楽章なんてかなり遅い部類だったと記憶してるんですけど、今日はびっくりするくらい速め、というか凄い推進力。時間を計ると多分、標準的な速さかもしれないけど、予想外でした。ガシガシしているけど、決して重くならずに、重心は高く前に前に進んでいく感じ。でも、こせこせしているわけではなく、納得のテンポ。異様さはないけど、力のこもった素晴らしい演奏。オーケストラもとっても上手く、何より、音色がステキ。つるつるとしてないところが、この音楽に合ってる。シャイーさんの目も、細かなところまで行き届いていて、どの音をとってもきっちりと大きな音楽の中に収まってるし、集中度の高さは素晴らしい。あんなにダイナミックにぐいぐいと指揮されたら、そりゃあオーケストラはついていくしかないよ。いや憑いているかな。
第2楽章は、アンダンテ。さらさらと静かに流れる、淀みのない音楽。つるりとした人工的なところがなくて、とっても素朴で、でもそんなところが飾らない自然みたいでステキ。ホルンやオーボエの音色もわたしの好みにピタリなのも佳。シャイーさんの音楽は全体に、余分な感情や慟哭は控え目で、透き通った秋空みたいな爽やかな空気に満たされてるんだけど、それが狂わんばかりの闘争や悲劇をこの曲に求める人には物足りないと思わせるところかもしれない。でもわたしは、哀しみを浄化していくようなこのマーラーの交響曲第6番が好き。「悲劇的」なんて勝手なタイトルがついたりしていることがあるけど、泣き叫ぶことばかりが悲劇の表現じゃないし。

びっくりして膝を打ったのが第3楽章のスケルツォ。うわ!速い!!第1楽章とこのスケルツォの近親性がよく言われるけど(実際マーラーもそれを心配してたしね)、テンポを極端に変えることによって、第1楽章とは全く別の音楽になってる。この楽章が初めて第1楽章の呪縛から解かれた瞬間。ステキすぎる!あとでラジオでシャイーさんのインタヴュウを聞いたら、まさしくこの点について語ってた。第3楽章に置かれて、アンダンテを挟んだことで、独立した楽章になったスケルツォ。この解釈は慧眼だわ。もうこれを聴いただけで、わたしはスキップして踊り出したいほど。音楽の見方が変わった瞬間。
フィナーレもすらすらとテンポ良く勢いを持って進んでいく。本当に美しい音楽。悲しさっていろいろあると思う。わたしがこの曲と本当の意味で出逢ったのは、高校生の最後の頃。病気をして、死生を彷徨ったわけではないけど、長くは生きられないのかもしれないとぼんやりと絶望してた(死に対して現実感がありませんでした)ときに、この曲を病院のベッドで何回も聴いたのです。涙が溢れて。でも、不思議に絶望ではありませんでした。この曲は、闘いの末、最後は暗く終わるけど、わたしはそこに絶望を感じません。もちろん、心がぽっと明るくなるわけではないけれども、希望の小さなかけらがあるように思えるんです。シャイーさんの演奏は、それを強く感じさせました。この曲って、楽譜どおり丁寧に弾くと、心の中にある濁った哀しみを浄化して透明な涙に流してくれるような気がします。それはわたしだけの特別な感覚かもしれないけど、でも、シャイーさんのマーラーは哀しみの中にも凛とすっきりと明るいものがあるように思えます。

シャイーさんの音楽の充実ぶりは尋常ではありませんでした。20年の時を経て全く姿が変わったように深化した音楽。一見ガシガシと前のめりになるような勢いのある音楽だけど、それでいて、細かいところまでとても丁寧。オーケストラの音色のパレットを混ぜてカラフルな色彩を作るマジックは健在で、特に木管楽器の音色の混ぜ方がステキでした。見た目的にもワクワクするようなハンマーも、ずどんとお腹に来るような音で、やっぱりあれは視覚の効果と相まって思いっきり音楽を演出しますね。シャイーさんとゲヴァントハウスのマーラー、ぜひもっと聴きたいです。

目を見張るハンマー
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充実したシャイーさんの笑顔
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by zerbinetta | 2012-09-02 01:27 | 海外オーケストラ | Comments(2)

本家メンデルスゾーン三昧 シャイー、ゲヴァントハウスO オール・メンデルスゾーン・プログラム   

1.9.2012 @royal albert hall

mendelssohn: overture, ruy blas; violin concerto; overture, the fair melusine; symphony no. 5

nikolaj znaider (vn)
riccardo chailly / leipzig gewanthaus orchestra

わたしにとって今年のプロムスの目玉のひとつはシャイーさんのゲヴァントハウス・オーケストラ。わりとちょくちょく来ているので珍しくはないのだけど、ひとつはゆかりのオール・メンデルスゾーン・プログラムだし、もうひとつはマーラーの交響曲第6番。数年前のプロムスで、クック版の交響曲第10番の名演を聴きそびれたので、今回はぜひ聴いておきたい。というわけで両日ともチケットを取りました。今日はその1日目。メンデルスゾーン。大好きなメンデルスゾーンを大好きなシャイーさんが振るメンデルスゾーンゆかりのオーケストラで聴けるので始めっからニコニコ状態。

「ルイ・ブラス」の序曲から。オーケストラの響きが、特に金管楽器なんかが、ちょっぴり古風で素朴な感じでとってもいい。古色蒼然としてるかというとそうではなく、きれいに磨き抜かれた古民家といった感じ。古いものを大事に、でも古いままではなくきちんと手入れして使う、ヨーロッパの良い伝統。ホールとかもそうですよね。古いホールは、冷暖房の施設がダメだったり、騒々しい現代の街の音を通してしまっても、改装したりしながら100年も200年も使い続けてる。ちなみにわたしのロンドンのフラットは築100年くらいと言うし(そのせいで水回りがちょっとあれだけど)。そんな何もかも新しくしない、古さの持つ心地よさを上手く残しているような音なんです。

ズナイダーさんのヴァイオリン協奏曲は、最近聴いたこの曲が、漢(おとこ)という感じの骨太な演奏が多かっただけに(アリーナの演奏も骨太でした)、ズナイダーさんの細身の音は、ちょっと肩透かしを喰らった感じです。上手いんだけど、ちょっとなよっとした感じは、音楽室のメンデルスゾーンの肖像画みたい。わたしは、漢のメンデルスゾーンに目覚めて、カルシウムたっぷりの骨太の演奏に最近惚れ込んでいるので、ズナイダーさんの演奏は、ちょっと物足りなく思いました。四方八方丸く収める感じは、メンデルスゾーンの持つ一面、というかわりとみんなが思ってるメンデルスゾーン像かもしれないけど(だって、音楽室のなよっとした絵とか、お金持ちのお坊ちゃんだったとか)、一度、炭酸たっぷりの刺激的な演奏を聴いちゃうと、マッチョ苦手なわたしでも体育会のメンデルスゾーンがわたしのメンデルスゾーンってなってるんですね。
アンコールにはバッハの無伴奏ソナタ第3番の有名なガボット。とっても端正な演奏でした。この人の演奏は、先のメンデルスゾーンもそうでしたけど、棘がなくてすうっと入ってくるので、さっきは物足りないと言った舌の根が乾かないうちに、ゆったりした時間の中で静かな気持ちで音楽を聴くのには良いんだろうなぁ、と思ってみたりもして。ズナイダーさんの音楽が好きな人、多そうだし、その気持ち、よく分かるな。

休憩のあとは、珍しい(?)「美しいメルジーネ」序曲。多分、初めて聴きます、と思ったらこの曲知ってた。持ってるメンデルスゾーン交響曲全集のCDに入ってたんだわ。ぼんやり聴いてたので曲名を認識してなかったみたい。メンデルスゾーンらしい歌に溢れた音楽なんだけど、雰囲気は「スコットランド」に似てるかな。メンデルスゾーンってこういうとってもステキな小品があるのに何故かあんまり演奏されないのが残念。「夏の夜の夢」の序曲とか、「ヘブリディーズ諸島」の序曲は、ときどき演奏されるのに(シェイクスピアにちなんでたり、イギリスの地名だからかな?でも、なぜかスコットランドはあまり聴かない)、もったいないです。ついでに交響曲第1番や第4番も聴きたいぞ(第2番はせっかくの機会を1回聞き逃してしまいました)。

お終いは、交響曲第5番「宗教改革」。ちょっぴり中途半端な感じな曲だけど、よく知ってる賛美歌の旋律が天高く滑るように出てきたり、パルジファルの聖杯が出てきたり、大好きなんです。第1楽章の金管楽器の不器用な感じも、シャイーさんはアクセントを付けて演奏してましたが、音色が田舎のオルガンの音を感じさせて、ぐいぐい引っ張る現代的な演奏なのにスマートになりすぎないところが良いです。オーケストラが自分の色をずうっと持ってるのっていいですね。木管楽器の目立たせ方がとっても良くって、演奏後、シャイーさんは真っ先にフルートの主席の人を称えてました。
盛大な拍手に応えて、シャイーさんが追加の奏者と一緒に再登場。アンコールは、「夏の夜の夢」から結婚行進曲!結婚式といえばこの曲、というのはヨーロッパもそう。トランペットのファンファーレが聞こえた瞬間、会場からは笑みが。活き活きとして、テンポも速かったので、スキップするような行進曲。結婚式の入場でやったら、速歩きだな。
シャイーさんのダイナミックで大きな指揮ぶりと、勢いのある音楽が印象的なメンデルスゾーンでした。シャイーさんがここまで身振りたっぷりの指揮でオーケストラをぐいぐい引っ張っていく人だとは思っていなかったので(前に見たことある癖に)、びっくり。それに、オーケストラの音色がステキで、一見、反対方向を向いているようでいて、絶妙に化学反応して、お互いの良い面が出ているように思いました。葡萄酒と樽のように指揮者とオーケストラは密月にあるんだな。この関係が長く続いて、音楽がますます熟成されますように。
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by zerbinetta | 2012-09-01 22:43 | 海外オーケストラ | Comments(0)

極上の生クリームのお菓子の笑顔 ブロンフマン、ラトル、ベルリンフィル ブラームス&ルトスワフスキ   

31.8.2012 @royal albert hall

brahms: piano concerto no. 2
lutosławski: symphony no. 3

yefim bronfman (pf)
sir simon rattle / berliner philharmoniker


滅多に聴けないベルリン・フィルがプロムスに来るというので、わたし的には盛り上がったのだけど、実はうっかり、2公演のうちの1公演しかチケットを取らなかった(取ったつもりになってた)のにしょぼーん。でもね、今日は大好きな大好きな、ルトスワフスキの交響曲第3番が聴けるというのでもう興奮していたのでした。
もちろん、貧乏なわたしは安い上の方の席(でも、立ち見のプロムは、ベルリン・フィルのような人気の公演はずいぶん並ばなければ入れないらしいので却下)で、でもさすが、世界最高のオーケストラのひとつだけある、がんがん音を響かせていました(弱いオーケストラだと遠くで聴くと音が枯れちゃうんです)。

まず、ブラームスのピアノ協奏曲第2番。冒頭からホルンの柔らかな音色にじゅーーん。これは。言葉にすれば野暮になる。極上の生クリームを使ったとろけるようなお菓子。こぼれでる笑顔で、静かにしみじみと味わいたい。わたしの楽しみとして、そして楽しみは笑顔で共有して。本当に上手いオーケストラは、ひとりひとり全員が音楽を理解して弾いている。だから、ちょっとした目立たない和音もはっとするほどきれい。特に弦楽パートのひとつに揃った和音はステキ。木管楽器や金管楽器のソロはもちろんのこと、和音を付ける2番奏者以下もみんなほれぼれするほど上手。この中で演奏しているひとりひとりは本当に心から音楽を楽しんで幸せそう、そしてそれを操るラトルさん、ピアニストのブロンフマンさん、そしてそして、聴いているわたしたちもがみんな幸せになれる音楽。ラトルさんの音楽作りには、人をにこりとさせる幸福感がいつもある。だから、秋のしみじみとした風景のような第3楽章や、風の中を紅葉がきらきらと揺れたり蜻蛉がすいっと横切る第4楽章はもう至福の時。誰のどの演奏がいいとか、そんなことを言い出す意味がなくなるような、ステキな演奏でした。幸せ〜。

休憩のあとはいよいよ大好きなルトスワフスキ。大好きな交響曲第3番。もうこれは、ベルリン・フィルの極上のカラフルな美しさ満開。各パートが恣意的な時間差で入ってくるソロ的な扱いなので、個人の技術と音色がピンと際だって、名人集団のベルリン・フィルにふさわしい。それにしてもすべすべと透明でセロファンを入れた万華鏡のようにきれいでちかちかと色が動き回る。そして最後は真っ白な太陽の光に目が奪われるように天に昇っていく。柔らかな光。わたしが今まで聴いていた、サロネンさんとフィルハーモニアの演奏はもう少し鋭角的だったように覚えてるけど、時を経て(サロネンさんの録音はもう20年以上前?)、音楽もまろやかに熟成してきた(?)。今日はこれが聴けて幸せ。光りに包まれた天使の気分。

会場はもちろん盛大な拍手。「普通はルトスワフスキのこんな素晴らしい作品のあとに何かを演奏することはないのだけど、世界で一番ステキな聴衆のために・・・」とラトルさんのアナウンスで、ドヴォルジャークのスラヴ舞曲から1曲。これまたスピーディーでステキな演奏でした。みんなが楽しげに演奏しているのもラトルさんマジックですね。
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by zerbinetta | 2012-08-31 07:53 | 海外オーケストラ | Comments(0)

お風呂で聴くベートーヴェン バレンボイム、ベートーヴェン5、6   

23.07.2012 @royal albert hall

beethoven: symphony no. 6
boulez: mémoriale; messagesquisse
beethoven: symphony no. 5

guy eshed (fl), hassan moataz el molla (vc)
daniel barenboim / west-eastern divan orchestra


いつの間にかにプロムス始まってました。わたしの初日は、今日のバレンボイムさんとウェスト・イースト・ディヴァン・オーケストラという聞き慣れない名前のオーケストラとベートーヴェンの交響曲全曲演奏会のひとつ。わたしの大好きな所謂「運命」と「田園」の回。この音楽会シリーズの特徴はベートーヴェンの交響曲の合間に、ブーレーズさんの曲を持ってきていること。バレンボイムさんとブーレーズさん仲良しなんですかね。わたしは聴きに行かなかったけど去年確か、ブーレーズさんの指揮の下でバレンボイムさんがピアノを弾いた音楽会があったはず。ちなみにバレンボイムさんはロンドンで人気があるので、チケット代も高いし、なかなか取れなかったりします。と、わたしはバレンボイムさんに格別の思い入れはなかったので1枚だけ安いチケットを取りました。なんと、ロンドンで彼を聴くのは初めて!人生でも3度目だったり。そこまで敬遠するほどじゃないと思うんだけど、チケットの方がわたしを敬遠してたので。

今日はロイヤル・アルバート・ホールの上の方の席。満員のお客さん。会場の熱気がしたから全部上がってきてもわんと暑い。そしてドーム状のホール、音の反響が八方から来るので(席によっては直接音と反響音がほどよくミックスされていい感じのところもあるのだけど)、もわわわんとお風呂の中で歌うよう。もわんともわわわんが相まって、お風呂の中でのんびり音楽を聴いているような幸せ感。でも音楽はベートーヴェンとブーレーズさん。なんていうミスマッチ。でも、これが何だかふんわりとした空間でいい。ちょっと違うけど、こういう楽しみ方もいいよね。

バレンボイムさんのベートーヴェンはきわめてオーソドックスなオーケストラのスタイル。とっても自信に溢れていて、まさに王道。奇を衒わなくても、音楽を丁寧に演奏すれば、いろんなスタイルのベートーヴェンを聞き慣れていてつい、新奇な解釈に驚喜するわたしのような見栄っ張りの訳知り顔の聴き手をも納得させられるという見本のよう。バレンボイムさんが若いオーケストラをぐいぐい引っ張って音楽を作っています。

そう、今日のオーケストラは、若者の団体。バレンボイムさんたちが、中東のパレスチナやイスラエル、他のアラブの国々の若い音楽家を集めたワーク・ショップから生まれたオーケストラ。中東なのにミドル・イーストではなくてウェスト・イースタン・ディヴァンというのは、名前はゲーテの詩から採ったからだそうです。未だに解決されない紛争の当事国の音楽家がひとつの音楽を奏でる。音楽で平和を!なんて素直に叫べるほどわたしはウブではなくなったけど、でも、音楽家にもできることはある。それをやってきたバレンボイムさんは素晴らしいと思うし、このオーケストラの役割にも敬意を払わずにはいられません。バレンボイムさんってイスラエルの国籍を持ちながら、パレスチナの国籍も持っているのですね。バレンボイムさんのこと見直しました。

「田園」は喜びに満ちているので大好きです。バレンボイムさんの演奏はその喜びをとても素直に丁寧に音にしていてとっても共感が持てます。凄くはないけど真っ直ぐ伸びのある演奏。ところで、ときどき書いているのですが、この曲の最終楽章で、ベートーヴェンはとっても思いきったことをしていますよね。わたしはそれをカラオケ効果と呼んで、交響曲第9番のフィナーレのコンセプトの上を行くと思ってるんですけど、完全に主旋律を抜いて伴奏だけで音楽が進行するところ。しかも、旋律抜きで思いっきり盛り上げる。まるでそこだけカラオケになったみたい。心の中で、メロディを歌うのです。音に出さなくても、聴いてる人に音楽に参加することを求められてるような気がする。いつも、わたしの中で喜びに満ちたメロディを絶唱。心が熱くなる。

真ん中にはバレンボイムさんの盟友、ブーレーズさんの2曲。「エクスプロザントゥーフィクス」のオリジナルの「メモリール」と「メッサージキュッス」(フランス語の発音合ってる?)。前者がフルートのソロ、後者がチェロのソロと少人数の弦楽合奏のための作品です(あっ「メモリール」にはホルンも入っていました)。どちらもそれほど難しくなく、清涼感すらある音楽。ベートーヴェンの合間にピタリとはまってます。ソロは団員が務めたんですが、ソリストを務めるだけあってしっかり上手いですね。それにしてもチェロの人、恥ずかしがってなかなか前面に立たないのをバレンボイムさんに何度も押し出されて拍手を受けていたのが、かわいらしい。

休憩のあとは、交響曲の第5番。この間ノセダさんの指揮でめちゃ速い演奏を聴いていただけに、ずいぶんとゆっくりに聞こえました。勢いで圧す演奏ではなかったので、第1楽章はオーケストラの弱さがちょっと出てしまいました。難しいですね、この曲。それでも第2楽章からは持ち直して、がっしりとした音楽を聴かせてくれました。バレンボイムさんの細部にわたるこだわりも徹底して、ピアニッシモの最弱音の強調も若いオーケストラだからって手抜きはなしで、若いオーケストラに容赦なく最高度の要求をしていることがよく分かります。反対にフィナーレではオーケストラを解放して、腕を大きく広げてオーケストラの勢いを放ったり、雄大な音楽を作っていく様がバレンボイムさんの指揮からよく分かります。終盤のピッコロが大活躍するところでは、ピッコロ奏者を立たせて演奏させるなんてサプライズも。お客さんも盛り上がって終わったので良かったのではないでしょうか。それにしてもバレンボイムさん人気だなぁ。その一端はわたしにも分かったけどね。

充実した楽しいお風呂でした。もわんもわん
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by zerbinetta | 2012-07-23 07:16 | 海外オーケストラ | Comments(0)