カテゴリ:室内楽・リサイタル( 83 )   

看板(?)に偽りあり? 古典四重奏団 ハイドン作品74   

2016年1月16日 @松明堂音楽ホール

ハイドン:弦楽四重奏曲作品74の1~3

古典四重奏団


ハーディングさんと新日フィルの「戦争レクイエム」もものすご~く聴きたかったんだけど、1000円のお値打ち音楽会だったので初めての所沢までの遠征でした。自分の中の四重奏濃度を少し上げたいってのもあったしね。もっと山の中かと思ったら(失礼)町が拓けていてびっくり。というか、所沢がどこにあるかもよく知らなかったのでした(東京で奥多摩のそばかと思っていた)。
松明堂音楽ホールというステキな名前のホールは、急な階段を降りていく地下にあるライヴハウスのようなホール。個人経営なのかしら。4人掛けの椅子で数えたら84人の小さな空間。こういうところ、なんか秘密基地みたくて好き。近所のおじいさんおばあさんが集うような雰囲気も良い。

古典四重奏団は、古参(結成30年目)の、日本では珍しい、常設の弦楽四重奏団。このハイドンの(四重奏全曲演奏)シリーズに加えて、ショスタコーヴィチやベートーヴェンのシリーズ、レクチャー・コンサートなど多くの音楽会を持ってるの。エクセルシオールと共に図らずも年末年始で、2つの日本を代表する弦楽四重奏団を聴いたことになりました。

プログラムやウィキに書かれていた紹介によると、古典四重奏団は、個々人はピリオド楽器も弾くけど、ここでは現代楽器を弾くということ。全ての曲を暗譜で、音合わせをあまりしないらしい。ところが。今日は、譜面台たててたし、調弦も楽章ごとにやるくらい頻繁(普通より多いよね)。ありゃ~、看板に偽りありだわ。全然気にしないけど。

弦楽四重奏苦手のわたしでも、ハイドンのは好きなんですよ。と言いつつ、作品74って初めて聴く~。充実した最後期の作品76、77の四重奏曲の1歩手前ですね。実際の音楽もまさにそんな感じ。の1から始まっての3までの間にも進化のあとが見られて、1はまだ第1ヴァイオリンが音楽を作っているのに対して、3になると各パートが対等に近くなって音楽の深度が広くなってるの。どの曲もしっかりとした作りの中にハイドンのユーモアがちゃんとあってステキ。

古典四重奏団の演奏は、さすがというか、時の熟成を感じさせる赤ワインみたい。弦楽四重奏って名手が集まってもやっぱり熟成度が出ちゃう音楽なのよね。その重みはわたしでも感じることが出来たくらいだから、音楽の生命線なんだろうな。古典の名を冠してたり、各人はピリオド楽器の経験もあるのだけれども、ピリオド演奏とも現代のスマートな演奏とも一線を画す、どちらかと言うと古き良き時代の伝統を根に持っている演奏と感じました。重厚で(ホールが小さいので音が充満していたせいかも知れません)、日頃無口で険しい顔のおじさまが、ボソッと冗談を言う風なところがあって、わたしの好みは、ハイドンのウィットはもちょっと軽く〜とは思いました。でも、安心してどっしりと腰を落ち着けて聴ける音楽でした。

ショスタコーヴィチのシリーズは、空席が目立つのでぜひ聴きに来て下さいとのこと(こちらはこのホールの他に確かオペラシティでも同じプログラムをやっているはず)。わたしは、次のハイドンにもまた来たいな。
[PR]

by zerbinetta | 2016-01-16 00:42 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

シューベルトの翳り 志鷹美紗リサイタル   

2015年11月26日 @すみだトリフォニー小ホール

シューベルト:ピアノ・ソナタ第13番
モーツァルト/リスト:「ドン・ジョヴァンニの回想」
シューベルト/リスト:「水面に歌う」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番「熱情」

志鷹美紗(ピアノ)


広島在住のピアノスト、志鷹さんのリサイタルにひょんなことから伺いました。すみだトリフォニーの小ホールは初めて。

志鷹さんは、ほんわりしたかわいらしい人。ほんわりといえば、アリス・サラさんもそうなんだけど、アリスさんがエルメのマカロンとすると、志鷹さんは蒸し立てほかほかの酒まんじゅう(ん?広島だから焼きたてのもみじまんじゅう?)。ああ、何てたとえだ。ちなみに裸足ではありませんでした。経歴を見ると、コンクールで賞をとったりCDを出したり、リサイタルをしたりと経験のある人だけど、何だかちょっと緊張しているように見えました。わたしにそう見えただけで、いつも同じ感じなのかも知れませんけど。

わたしは、ピアノを弾けないのでピアノのことは分かりません。なので、感じたことだけ、素直な感想を。今日、一番いいなと感じたのは、シューベルト。第1楽章では、まだ少し音楽会が始まる堅さがあった感じだけど、小さな声で歌が聞こえ出した第2楽章から、本来の感じになってきたみたいで。まだ若い番号の作品で、かわいらしい明るい音楽なんですが、最後の作品たちに聞こえる、暗い淵から溢れてくるような死の予感を感じさせる演奏にびっくり。第1楽章の、左手のねっとりした暗闇や(第21番のソナタ!)、第3楽章の明るさの中に瞬間現れる彼岸。そんなシューベルトの心の裡をどきりと聞かせてくれた演奏でした。すてき。

志鷹さんの技術の確かさは、リストの編曲によるモーツァルトとシューベルトの演奏で証明されました。志鷹さんは決して派手なヴィルトゥオーゾではないと思うけど、音楽を聴かせるのには十分。ただ、少しペダルを使いすぎているのか、音が濁るというか少し曖昧になるのが気になりました。ピアノを知らないわたしが言っても説得力は全然ありませんが。それにしてもリストの編曲、というかもう作曲に近い?、はちゃめちゃだなぁ。なんか、リストが好きになりました。もっと、聴いてみたい。

最後の「熱情」は、第1楽章、躊躇いがちに始まって(ほんとにそんな感じでした)、音楽が急流のように流れ出すのを今か今かと待っていたんですけど、ずっと躊躇いがちな感じというか少し動いては止まってって、わたし、曲を勘違いしてた。。。迸るのは最後の楽章ですね。勘違いのせいでずっともやもやと聴いてしまった。悔しい。わたしの、ばか。

アンコールは、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」から「アリア」とショパンの練習曲の10−4。「アリア」を聴くと何だかキノコが食べたくなる、というのは置いといて、優しげなとてもステキな演奏でした。難曲で知られるショパンの練習曲は、弾き慣れているのでしょう、肩の力の抜けた余裕の演奏でした。
ささっと、お辞儀を済ませて、志鷹さん、ホールのロビーでファンの人と話をしたり、お客さんをお見送り。こんな感じもなんか微笑ましい。

志鷹さん、演奏を始める前、ピアノの前に座ってしばらく黙考するんですけど、何を思っているのかしら。音楽を歌っている風にも見えたんですけど、きっと秘密ですね。そうそう、プログラムの曲目紹介の文章、それぞれの曲で文体が違ってて、別々の人が書いたのか、同じ人が違う機会に書いたものを寄せ集めた感じでした。ちょっと惜しいなぁ。
[PR]

by zerbinetta | 2015-11-26 01:53 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

声と歌の呪術と愉悦 太田真紀 シェルシ「山羊座の歌」   

2015年10月12日 @スーパー・デラックス 六本木

シェルシ:「山羊座の歌」

太田真紀(ソプラノ)
溝入敬三(コントラバス)、大石将紀(サックス)
稲野珠緒、神田佳子(打楽器)、有馬純寿(エレクトロニクス)

いつか聴いてみたいと思っていた、現代音楽歌いの太田真紀さん。いつか聴いてみたいと思っていたシェルシ。その彼の歌曲の代表作、「山羊座の歌」をシェルシの研究もしている新しい世代のスペシャリストで聴けるなんて。何てステキな機会でしょう。もうワクワクして、チケットも発売日に朝一番で買いました!(チケット争奪戦があったわけでもないのに。しかも自由席だし)

でも実は、わたしは根っからの現代音楽聴きではない。シェルシについてもウィキペディアで読んだような知識しかなく(去年日本でも賑わった、ゴーストライター音楽家の本家というか大家)、会場で解説を書いたプログラムなりパンフレットも配られなかったので(これが今日唯一の不満。せめて、大ざっぱに(というか多分歌詞にあまり意味がないので、本当に大ざっぱに)何を歌っているのかヒントになるような解説があればもう少し音楽に近づけたかな。反対に無垢な状態で音楽に出逢えたのは良かったんですけど、あとで音楽のことを知ったり考えたりするのに、何か手がかりが欲しかったのも事実。太田さんのエッセイみたいなものがあったら最高だったんですけど、それは勝手に望みすぎかな。音楽家は音楽が勝負だし、この音楽会のインプレッション(ごめんなさい。どうしてもピッタリの日本語の単語が思い浮かばなかったので。敢えて言えば刻み込まれた感動かな)は、決して揺るぎないものなんですが。

会場は、100人くらいが入るライヴ・ハウス。久しぶりのライヴ・ハウス(むかーーしヘンなバンドとか変なバンドとか聴きに行ったの)。狭い階段を地下に降りていって暗い空間に入るのもクラシックの音楽会にはない雰囲気でステキ。熱心なファン(なのかな?)で満杯。嫌が上でも気持ちが盛り上がります。

「山羊座の歌」は、全曲(と言っても未完)20曲で1時間ほど。そのほとんどがソプラノの無伴奏の独唱で、何曲かに歌手自身が叩く楽器やリコーダー、コントラバス、サックス(2枚舌のリードを付けて吹いてませんでした?)、ふたりの打楽器、ライヴ・エレクトロニクスがそれぞれ入ります。とてもシンプルに削り取られた音楽。
ただ、わたし、現代音楽が分かる人ではないし、現代音楽クラスタに入る聴き手(現代音楽関係の音楽会に行くといつも同じような顔を目にしますよね)でもないし、それに、実は歌が苦手。音楽界、最後まで楽しめるか期待する反面凄く心配もしてたんだけど、ぜんぜーん、もう素晴らしくて音楽の世界に浸ってしまいました。

始まりは客席袖から、胸に鉦みたいのを下げた歌い手が歌いながら(発声しながら)静かにステージに歩いてきます。何か儀式的な雰囲気もあり、ああそうか、巫女さん。アマゾンのジャングルで訪ねたシャーマンを思い出しちゃった。この音楽ってシャーマンな感じなのかな。3つの曲が組になって構成されていくのかな、なんて一所懸命耳を澄ましながら聴いていたんですけど、予想は崩れて、複雑な展開に。だんだん巫女濃度が下がっていって、かわいらしい音楽もあったり。シェルシの音楽ってステキ。原初の音というか、羊水で鳴っている音が感じられたのもステキ(リゲティの「ロンターノ」にも同じように感じるものがあるのだけど、リゲティの方は民族の根的な集合体なんだけど、シェルシは個人の記憶的)。世界が自在に広がってくる。霊が宿る世界なのかな。歌詞にあまり意味はない(でも多分ときどき聴き取れる単語に点描的に意味が描写されるんだろうな)とは思うのだけど、フランス語のグテ(goût(er))みたいに聞こえる言葉があってなんか大事な意味なのかなと思ったり。でも、よく分からないので雰囲気だけでも楽しんで、でも、それもステキなんですね。シェルシの声の扱いは、もちろんベルカントとか古典的な声ではないのだけど、とても素晴らしい。現代の音楽は、なぞれる旋律を拒否したところにあって歌とは相容れないのだけど、でも、シェルシはこの問題をすっと飛び越えて、声を楽器としてではなく声、歌としてちゃんと扱ってるのがいいのね。

演奏については初めて聴く曲なので、感想でしかないのだけど、太田さん、これはきっと、歌ってて楽しいというか気持ちがいいだろうなって思いました(いろんなテクニックを駆使する曲なのでものすごく難しそうだけど)。だって、歌と共に世界が広がって行くんだもの。そしてその中心に歌が君臨してるの。それと多分きっと、太田さんの「山羊座の歌」は、重々しくないんだと思う。なにかすっと抜けた感じで、魂が純化されたというか、カラフルで透明。おどろおどろしさがなくて、奇異でなく、ものすごく自然に音楽が体に入ってくるの。決して聴きやすい音楽ではないのだけど、親しい感じで。

自分でもびっくりするくらい心に響いた音楽会でした。新しい世界が目の前に広がった、そんな感じがします。広大な音楽の世界。それと、恐山にイタコ見に行きたくなりましたw





[PR]

by zerbinetta | 2015-10-12 22:40 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

若いと盛っちゃうよね でもそれでいい 石村純ピアノ・リサイタル   

2015年9月13日 @東京文化会館小ホール

ショパン:ピアノ・ソナタ第2番
ショパン:ノクターン 作品62の1
ラヴェル:ラ・ヴァルス
スクリャービン:ピアノ・ソナタ第8番
シューマン:謝肉祭

石村純(ピアノ)


日本演奏連盟が行っている、新進演奏家育成プロジェクトのリサイタル・シリーズのひとコマに行ってきました。日本演奏連盟がオーディションにより優秀な新進演奏家を選んで、音楽会を経済的にも事務的にも援助するプロジェクト。プログラムは演奏家に任されていて、無名の新人としては大きな音楽会を自分で考えたようにすることができるというもの。素晴らしい支援の仕方ですね。今日はピアニストの石村純さん。ロイヤル・カレッジ・オヴ・ミュージックで勉強してこられた方。わたしもロンドンに住んでいたのでちょっぴり親近感。スクリャービン没後100年を記念した音楽会というのが中心にあるみたいだけど、スクリャービンは1曲だけで、盛りだくさんというか盛りすぎ(?)な感じのプログラムになってます。これだけ弾いて大丈夫だろうかってくらいに。

プログラムの前半は、ショパンのソナタ第2番(葬送行進曲のある有名なの)とノクターン、それにポンと飛んでラヴェルの「ラ・ヴァルス」。後半がスクリャービンのソナタ第8番とシューマンの「謝肉祭」。プログラムにどんな意図があるのかしら?文学的な意図は見えない(とわたしには思われる)けど、単に好きな、弾きたい作品を並べたばかりのものではなさそうというのは、聴いていて感じたんだけど。。。

わたしはピアノを弾かないし、ピアノをたくさん聴いてきていないので、ピアノのリサイタルは完全アウェイで、何を言っていいか分からないし、素人感想なんだけど、石村さんのピアノは、音的にダイナミックな感じがしました。かと言って、爆音ではなく、漢な感じでもない、音の動かし方が重めで暗い感じ。夜の帳から、ピアノの音が沸き立ってくる感じ。だから、ショパンのソナタは、暗やみの無機質な雰囲気が良く出ていて、ロマンティシズムの淵に落ち込むことなく、しっかりとコントロールされた控え目な叙情性が良い感じ。ノクターンも同じように暗くて控え目な叙情。でも、甘さ控えめのお菓子というより自然な甘さを感じさせるパン・オ・レ。フランスで食べてたパン・オ・レ、柔らかい仄かな甘さでおいしかったんだ。

「ラ・ヴァルス」もワルツの華やかさというより、ワルツの情景のパロディ。心の中に淀むものが輪舞によってかき回されて浮き出ては沈む走馬燈のような断片。わたしがこの曲をそういう風に捉えているから、そう聞いてしまうのか、石村さんがそう弾いたのかは、ちょっと分からないんだけどね。

後半は、ステージの後ろに屏風。ルソー風の(熱帯の)植物みたいな装飾の絵が描かれていて、石村さんのドレスもそれに合わせてお着替えして、スクリャービンのソナタの雰囲気なんですね。スクリャービンは音を聴くと色が見える人だったそうだけど、こうして視覚でも音楽を感じさせる工夫は良い感じ。今日のリサイタルは、スクリャービンを中心に据えたというだけあって、この曲の演奏が他のを圧して一番充実していました。石村さんのドライで重くほの暗いピアニズムもこの曲に合ってたみたい。ある意味感情を排した感覚に直接触れてくる音楽が、巫女的な高揚感を醸し出していて、ほっくりとくる瞬間的なショパン的な情緒と対比されて、暗やみの中で目をこらすとカラフルなスクリャービンでした。

最後のシューマンの「謝肉祭」もシンプルな音型から発生する多彩な音の変化が面白くて、きっちりと弾いたことによって音自体の面白さが表現されていたと思います。石村さんが、これからどんなポジションのピアニストになるのかは、ピアノを知らないわたしには予想もできないけど、ロシアの近代物や新ウィーン楽派みたいな音楽でもっと聴いてみたいと思いました。良いピアニストになって欲しいなぁ。

アンコールには、シューマンのソナタの第2楽章、ショパンの練習曲10−4番を弾いて下さいました。
[PR]

by zerbinetta | 2015-09-13 13:21 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

くやしーーーベリオめーードローン 井原和子&ハイメ・ゴンザレス デュオリサイタル   

2015年8月23日 @近江楽堂

C.P.E.バッハ:トリオ・ソナタ ニ短調
H.デネリン:フルフトリニエン
G.シェルシ:いきなりのぞく 1楽章
W.F.バッハ:デュエット 変ホ長調
A.ヒナステラ:デュオ フルート、オーボエのための
L.ベリオ:セクエンツァ
G.シェルシ:いきなりのぞく 2楽章
J.S.バッハ:トリオ・ソナタ ト短調

井原和子(フルート)、ハイメ・ゴンザレス(オーボエ)
脇田英里子(チェンバロ)


フルートとオーボエのデュオ。普段ならこんな音楽会、気になっても行か(け)ない(だって、聴きたい音楽会ってものすごくたくさんあるのに身体はひとつ、お財布は軽い)んだけど、チケットをいただいたので(!)聴きに行ってきました。良かったーー。
こんな、と書いたので気を悪くした方ゴメンナサイ。だって、フルートとオーボエの組み合わせにびっくりだったんですもの。同じ楽器のデュオじゃない、木管楽器どおしのデュオ。わたしが知らないだけかもしれないけど、そんなレパートリーあんまりないよね。どんな感じになるのか想像できないのでワクワク。
今日の音楽会の主催はフルートの井原さんで、オーボエのゴンザレスさんは、井原さんのドイツ留学時代、語学学校の校舎で知り合ったそうです。井原さんは、シュトゥックハウゼンがお得意、ゴンザレスさんは、ハインツ・ホリガーさんのお弟子さん。ホリガーさん、今日本にいらしてるはずだから、来ていないかなと見回したけどいませんでした。

会場は、オペラシティの近江楽堂(実は今日まで近衞楽堂だとばかり思ってた)という石造りの教会というかシナゴーグみたいな小さな会場。お隣のタケミツメモリアルと同じように天井が高くて上から採光されています。

始まりは、バッハ・ファミリーのひとりカール・フィリップ・エマヌエルのトリオ・ソナタ。チェンバロ入りです。フルートが(音域が上なので)主役の音楽かと思っていたら、この曲は、オーボエの方が主役で、フルートの方が脇にまわってる感じ。オーボエの方が音色が強いんですね。フルートの優しさは陰で支える感じ(もちろんメロディもたくさん吹くんだけど)。でもそれだけではなくて、井原さんが、一歩下がってゴンザレスさんをたてるように控え目に吹いていたせいもあるのかもしれません。もっと前に出れば、と思いつつ。

2曲目は今日のための新作。フルートのソロです。譜面が長いので譜面台5台置き。多分わたしの見た最高記録。初めて聴く曲なので、感じたことしか言えないけど、高原の露天風呂の側を流れる小川のイメジ。木々を揺らす風の音。実際フルートには息だけの音とか空気が聞こえるような表現も。特殊奏法は出てくるけど控え目で、難しいけど、無理のない演奏して気持ちの良い音楽ではないかしら。最後の方に出てきたキーを叩いて打楽器的というかピチカート的な音が印象的(現代のフルートの奏法としてはよくあるのかもしれませんが、初めて聴いたので)。井原さんの演奏は、流石、現代音楽を吹き慣れてらっしゃるふう。技術的にとても安定していて曖昧なところはないし、何よりも音楽のイマジネイションを共有できたと感じられたのが良かったです。
そういえば、会場に着いたとき、後ろの席にかっこいい若い外国の人が座ってるなって気になっていたら、作曲者の人でした。この人、作曲家として大成していくといいな。かっこいいから。

続いて、ピッコロとオーボエの二重奏。シェルシの「いきなりのぞく」から第1楽章。なぜか数曲はさんで後半に第2楽章もあります。プログラムの前半と後半がシェルシを挟んで緩く対応しているのかな?シェルシという作曲家は、気になっていたのですが、初めて聴きます。いわゆるゲンダイ音楽(かなり変な曲を書いてたみたいなので)と思ったら、拍子抜け。性格の異なるふたつの楽器がおしゃべりするとてもかわいらしい曲。何だか鳥が囀り合うよう。メシアンのヤマナカカデンツァを思い出しちゃった(実際になんかメシアンを彷彿させたので)。後半の2楽章の方は、少しゆったりした感じの曲。歌えるメロディはないけれども、なんか優しい音楽。初シェルシでしたけど、好きになりそう。
ところで、シェルシって佐村河内事件で注目されたゴースト作曲家の大物なんですね。彼もゴースト作曲家を雇っていてシェルシの名前で作品を発表していました。佐村河内さんと違ってシェルシが今でも高く評価されているのは、きっと、彼自身、優れた作曲家であったことや彼の音楽(アイディア)が後の音楽に大きな影響を与えたからではないでしょうか。佐村河内さんと新垣さんは、様式模倣ばかりで創造性がちっともなかったから。シェルシについてはわたしは、まだまだ知らないことばかりなんだけど、秋にも彼の作品を聴く予定なので、それまでに少しでも理解を深められればいいな。

前半の最後は、バッハ・ファミリーの(人だよね?それとも他人?)ひとり、W.F.のデュエット。おっかけっこのような音楽が、ふたつの楽器の音色の違いで際だって、良い感じ。原曲は2本のフルートのデュオかな。でも、こっちの方がいいかも。

後半は、ヒナステラの曲から。この曲もフルートとオーボエのための。ヒナステラは、エスタンシアとかハープ協奏曲を偏愛してるんだけど、このデュエットもヒナステラらしい溌剌と楽しい曲。フルートとオーボエ2本だけで、こんなに世界が広がるんですね。おふたりの演奏も楽しそうでした。

オーボエ独奏のベリオの「セクエンツァ」は。。。鋭いアタックの始まりの音が聞こえた瞬間から、同じ音の持続音が。ちゃんとした音程の音楽的な音だから、あれれ、オーボエソロなのに、まさか持続音を同時に出すテクニック?なんてトンチンカンなことを思ったり。でも曲が進むにつれて、ずうっと続いているその音、機械的な音が、だんだん耳障りになってきて。誰かの携帯とか機械?それともホールの空調か何かの音。早く止めて。ゴンザレスさん頭にきて演奏止めちゃわないかな。なんて心配までして。曲は、オーボエの超絶技巧を使ったもので、それを見事に吹いていたゴンザレスさんが良かったんだけど、音が気になって音楽が頭に入りませんでした。何かの嫌がらせ?4分33秒の対偶?その音は、ゴンザレスさんが最後の音を吹き放ったとき(始まりと同じ音)にピタリと止んで。ステージの後ろから、機械(チューナーのような)を持った脇田さんが現れて種明かし。この曲もともと、ドローン(背景に流れる持続音)が伴うんですね。かーーー完全にしてやられたわ。そしてその音のせいで音楽が楽しめなかったわたし。やられた。次に聴くときはちゃんと聴きたい。(でも、言い訳すると、ドローンは機械音ではなくて楽器の音がいいなぁ。機械の倍音のない単純な音って耳障りなんだもん)

最後は、チェンバロも加わってバッハのトリオ・ソナタ。もともとはヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタだったのかな、それをフルートとオーボエに編曲したのだと思うけど、それを少しも感じさせない3つの楽器にピッタリはまった音楽。チェンバロはちょっと控え目だけど、フルートとオーボエの音色の違いが音楽に彩りを添えてステキなの。井原さんとゴンザレスさんが、音楽の旅を経て、対等に語り合っているのもステキ。

アンコールには、デュエットから「ジーグ」。すみません作曲者分かりません(バッハだったっけ?)。
たまたま伺った音楽会だけどとってもステキで幸せな気持ちにさせられました。会場にはお友達(楽器の生徒さん関係?)の方が多かったけど、いろんな人に聴いて欲しい音楽会でした。
それにしても、井原さんの笑顔ステキでした。かわいらしくって。
[PR]

by zerbinetta | 2015-08-23 16:06 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

すごく好き 遠藤真理&三浦友理枝デュオリサイタル   

2015年6月28日 @ヒルズ500 くすのきホール

シューマン:アダージョとアレグロ
ショパン:チェロ・ソナタ
ラフマニノフ:ヴォカリーズ
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ

遠藤真理(チェロ)、三浦友理枝(ピアノ)


調布市が隣に引っ越してきたらいいのに、と強く思う(自分が引っ越すのはめんどくさいから)、調布音楽祭。去年初めて行って(音楽祭は一昨年から始まった)、その手作り感にものすごく居心地の良さ、ほほえましさを感じて、嬉しい気持ちにさせられたんだけど、今年もまた、同じ気持ちです。4日間の間に、大人から子供まで楽しめるプログラムやふらっと立ち寄れる音楽カフェなど盛りだくさん(しかもそれが地域の市民音楽家や音楽大学の学生さんにステージを提供して音楽家として支援してる)。今年は、海外からロシア・ナショナル管弦楽団さんまで呼んで盛り上げたんだけど、わたし的にはこれは余計かな。音楽祭としてはすでにBCJという世界でもトップ・レヴェルのコンテンツを持っているのだし、今回はお休みだった合唱の音楽会にも期待したいし、メインはBCJ中心に特化した方がいいと思うの(去年のブランデンブルク、今年の四季という普段のBCJでは聴かれないプログラムもステキですしね。来年はテレマンとか?)。バロック音楽ではお客さんを集めるのは難しいのかもしれないけど、地元密着型の小さな音楽祭という利点を生かして、ユニークネスをここに持ってくるのがいいんだ〜って素人の勝手な意見だけど思うんです。

わたし的に残念なのが、調布は遠く、小旅行気分。ほんとはもっとゆったり地元民になったように音楽祭を楽しみたいのだけど(来年こそは!)、最終日の2つの公演のハシゴという駆け足の音楽祭参加です。最初に書いたように調布市には是非隣に引っ越してきて欲しーーい。

遠藤真理さんと三浦友理枝さんのデュオ、聴きたかったんです。仲良しそうだし、友理枝さんのピアノなにげに好きだし、真理さんを聴くときは友理枝さんと一緒がお得かなと。しかも大好きな曲がてんこ盛りだし。真理さんはパンフレットの写真だと、かわいらしいちっちゃなほんわかしたこけしみたいな感じ(と勝手に脳内イメジ)なんだけど、わりと大柄な(すごく大きいというわけではないけど)方でした。ほんわかな感じがなくてしっかり大人。お腹がふっくらしていたのはおめでた?(あとでそれが本当であると知りました。元気な赤ちゃんが生まれてくるのを願ってます) そして音楽も大らかでかっこいい。友理枝さんの音楽も見かけによらず結構漢な感じだからふたりが仲がいいのも分かる〜。(MCでもほんわかした仲の良さが感じられました)

そのおふたりの感じは、始めのシューマンから聞こえました。チェロの歌いすぎずに歌う、ピアノの前に出すぎず付ける感じが良くてバランスの良いデュオだなと感じました。真理さんのチェロは、とても豊かな音。もう少しほっそりとした音の人なのかなと勝手に考えていたわたしを心地良く裏切ります。もっとたくさん聴いてみたいと思わせる魅力のあるチェロでした。

ショパンのチェロソナタは、ほんとに大大大好きな曲。特にスケルツォのトリオのとろけるような甘美な旋律が大好きなんだけど、あっさりと終わってしまってちょっと残念。あまり甘くならない演奏なせいもあるし、ショパンが一瞬しか旋律を書かなかったことも恨む〜。ここだけは夢を見させてくれたらと思いつつ、叙情に流れない締まった演奏は、硬派なおふたりの面目躍如。

後半はラフマニノフ。ほの暗く郷愁的なヴォカリーズから始まってチェロ・ソナタ。ヴォカリーズには諦めを含んだ甘えるような哀しみではなくて、憧れを見つめる強い眼差しがありました。そのチェロに控え目にでも絶妙なバランスで寄り添うピアノ。今日の音楽会は、チェロが主役とも見えるけど、稀代のピアニストでもあった作曲家が書いただけにピアノもかなりの難しさ。それに吞まれることなくチェロに寄り添いつつ、出るところは華麗なピアニズムで弾ける友理枝さんのピアノも出色でした(特にチェロ・ソナタで)。
ソナタは、これもわたし大大大好きなんだけど、この曲スケールが大きくてめちゃかっこいいと思うんですね。演奏も広々としたスケールの大きさをとても良く表現していたんだけど、うわわって驚いたのはフィナーレ。一番の聴かせどころっていうか(わたし的には)、雄大でかっこいい叙情的な旋律が現れるところ(第2主題)。真理さんのチェロが、ふっと力を抜いたんです。イケイケの男性的なかっこよさではなくて、意表を突いたしみじみとした歌。テンポまで少し落として。えええっっ、って思ったんだけど、これもあり!というかこんな歌い方があったんですね。もうびっくりして感動。

もうお腹いっぱいだったので、アンコールはなくても良かったんだけど、ショパン「ノクターン」第2番のチェロ、ピアノ・ヴァージョン。まぁこれは、、、旋律をチェロにやっちゃったのでピアノは伴奏しているだけ。と、サンサーンスの有名な「白鳥」。しみじみ系2曲で音楽会で火照った心を冷ましたのでした。
[PR]

by zerbinetta | 2015-06-28 00:03 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

プログラム冊子への心遣い シャネル・ピグマリオン・室内楽シリーズ   

2015年6月9日 @シャネル・ネクサス・ホール

ドビュッシー:ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
コダーイ:ヴァイオリンとチェロのための二重奏曲
マニャール:プロムナード Op.7から
メンデルスゾーン:ピアノ四重奏曲第2番

長尾春花、ポール・ホワン(ヴァイオリン)
シモン・アダ=レス、永野光太郎(ピアノ)
辻本玲(チェロ)、大山平一郎(ヴィオラ)


シャネルのピグマリオン・シリーズ。わたしにはとくとご縁のないシャネルだけど(ブランドとかに興味があったお年頃には日本人だから日本人のデザイナーズブランドって思ってました)、美しさ(というより女性の魅力的な自立かな)を求める企業が、ピグマリオン(才能を信じて支援し開花させる人)であった創業者ココ・シャネルの精神を受け継いで、若く才能のある音楽家たちを支援するプログラムを主催しているのはステキすぎ。それに流石、一流どころのホスピタリティ。わたしみたいな場違いな人がいても気後れすることもないし、プログラム冊子(1ピリオドに行われるいくつかの公演がまとまって載っているので結構厚い。紙質も立派だしね)の今日のペイジにはしおりが挟んであったり。今日は、過去のピグマリオン・デイズ・アーティストや海外からの若手を招いての室内楽の音楽会。いろんな組み合わせが楽しめます。

始まりは、春花さんのヴァイオリンとアダ=レスさんのピアノでドビュッシーのソナタ。春花さん、昨日はベートーヴェンだったし、ベートーヴェンにはソナタ全曲サイクルに集中的に取組中だし、ブラームスのソナタもあるし、毛色が全然変わって大変だなぁなんて思ったとおり、ドビュッシーはちょっと消化不良のように聞こえました。このレパートリーは、春花さんにとって新しいものかしら、何か勉強のために大山さんが敢えて示唆したのかしら、なんても思いました。学生の今はたくさん勉強してレパートリーを広げる時期。かんばれーと応援すると同時に、慣れてくればきっと良いものになるんだろうなって期待もしています。

コダーイはヴァイオリンとチェロの二重奏。台湾系アメリカ人のホワンさんと辻本さん。このおふたり上手い。というか男同士の友情みたいな打てば響くような音楽のパスワークがとても良くて楽しそう。

マニャールを弾いたピアノのアダ=レスさんは、フランス人なんだけど、日本語が上手くてびっくり。というか突然日本語できて虚を突かれちゃった。マニャールのこのピアノ曲は知らなかったそうだけど、大山さんのたっての願いで採り上げたとのこと。マニャールという作曲家、わたしはヴァイオリン・ソナタと交響曲を知っているだけなので、珍しい音楽が聴けて嬉しい。曲は、シンプルで短くてそぞろ歩くようなプロムナードという名前にピタリな感じ。ただ、この曲だけでピアニストの力を知ることはできませんでした。初めて聴く曲だし、技術的にも音楽的にも難しい曲ではなかったから。でも、アダ=レスさんは日本語上手だったので好感。もしかしてアニメ好きで日本語勉強したのかな。フランス人ならあり得る。

最後は、オーガナイザーの大山さんが加わって、ホワンさん、辻本さん、ピアノの永野さんでメンデルスゾーンのピアノ四重奏。メンデルスゾーンってこういう曲だとなにげに技巧的な曲書くよね。今日の日のために集まって練習した即席のクァルテットだけど、みんなアンサンブルに慣れている感じだし、特にホワンさんが室内楽を弾き慣れている感じでリードしていました。今日の大絶賛は、そのホワンさん。素晴らしい音色だし音楽性も豊か。ソリストと言うよりトップレヴェルのクァルテットで活躍して欲しい逸材だわ。近所の人だったら絶対応援するのに〜。
[PR]

by zerbinetta | 2015-06-09 01:02 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

爽やかな春 長尾春花 ベートーヴェン・Vnソナタ・シリーズ第2回   

2015年6月7日 @東京藝術大学第6ホール

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第4、5番

長尾春花(ヴァイオリン)
鳥羽亜矢子(ピアノ)


応援しているヴァイオリニスト、長尾春花さんの学内リサイタル・シリーズ。ベートーヴェンのソナタ、全曲演奏会の2回目。今日は4番と5番の2曲。5番は有名な「春」ですね。

第4番は、短調の曲。じりじりとした焦燥感のある第1楽章の積極的な表現、少しやんちゃさが前に出た演奏で、リピートのあとの変化とか、とても細やかな配慮で弾かれていました。ピアノが主体で、それにすうっとかわいく絡んでいく第2楽章は、後半の「春」でもそうだったんだけど、ピアノの裏に回ったときのバランスがとても良くて、ピアノの鳥羽さんとの高い親和性がなかなか。生徒と先生のデュオではなくて、ふたりの対等の音楽家に成長できているのが良い感じ。ベートーヴェンの音楽の方も、ここへ来て、ピアノ主体からピアノとヴァイオリンが対等に会話する音楽になりつつあるのもヴァイオリン・ソナタのステキ度を上げているんですね。

「春」は、(多分)春花さん自身の解説に書かれていたとおり、「多くの奏者によって演奏される機会の多いこの作品は、色々なテンポで演奏されがちだが、ベートーヴェンの書いた拍子や表示から改めて解釈し、より納得のできるテンポ」、爽やかなテンポ感がステキでした。とても楽しい春。音楽に翳りが差す部分も、雲が流れるようにさあっと晴れて、ほんとに気持ちいい。何かを足すのではなくて、音楽を素直に表現したらこうなったというとても自然な長尾さんの解釈に、いろんな演奏を聴いたあとでも共感できる吸引力を感じました。晴れやかな気持ちが胸に残って音楽会をあとにできるのってほんとに幸せ。

前回の若書きの3曲に比べて音楽が充実してきて、それが表現のしやすさにもつながってくるのだろうけど、春花さんと鳥羽さんのベートーヴェン・ソナタの旅、次回は、また地味だけど、実はとてもかわいらしくて大好きな曲たちなのでとても楽しみ。
[PR]

by zerbinetta | 2015-06-07 01:29 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

音大生の学内公開リサイタル 長尾春花、ベートーヴェン、ヴァイオリン・ソナタ連続演奏会 その1   

2015年5月17日 @東京藝術大学第6ホール

ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1〜3番

長尾春花(ヴァイオリン)
鳥羽亜矢子(ピアノ)


ウキウキドキドキはデエトだからかしら。少し前に、長尾春花さんのソリスティックな男前なヴァイオリンを聴いてひと耳惚れ。もっと聴いてみたい、追っかけてみようかな、って思っていたところに願ってもない、音楽会が。彼女の通う東京藝大(彼女は大学院の博士課程の学生さん)で、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲のシリーズ音楽会の情報が。しかも無料。学生さんの教育の一環の公開演奏会。音楽家を目指す学生さんにとって、公の場での演奏は必須ですものね。理系の大学院生だったら学会発表みたいなものでしょうか。かえって分かりづらくなる喩えだけど。。。
第6ホールは、藝大の顔、よく音楽会が開かれる奏楽堂の裏にある、校舎とつながってるホール。確か新しく建て替えられたはずで、まだ木の匂いのするシンプルで天井が高くて体育館みたいな感じ。どういう訳か、ステージからちょっと離れて客席が作られていました。演奏する学生さんの気を散らさないためでしょうか。

8月までの4回の音楽会で順番に全曲を演奏するシリーズ最初の今日は、ソナタ第1番から3番まで。地味(?)ですね。でも、有名じゃなくても、かわいらしいし、若者っぽい過剰さもあって魅力的なんですよ。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタって実は全部がステキです。どんなアプローチで演奏するんでしょう。わくわく。

春花さんのヴァイオリンの音を聴いたとたん、そうこの音この音。ソリスティックで恰幅の良い男前の音。これが彼女の魅力だし武器になると思うのよね。今どきの若者だから、技術的なものはほとんど問題ないし、音程も正確。でも、厳しいようだけど、音楽家への道はここから。どんな音楽を創っていくのか、音楽の神さまって芸術家に試練を与える。

今日のベートーヴェンの初期ソナタは、とても良く弾けてたと思うのだけど、ベートーヴェンの音楽には正しいアプローチの仕方ではあると思うのだけど、全体を大きく俯瞰する構成的な視点からの音楽作りは、反面、道ばたの小さな花を見逃しちゃう感じがして(森を見て木を見ず)、そんな繊細な目が欲しいなと感じました。特に、第1番の緩徐楽章の変奏曲を(曲想の違いはあるにせよ)同じような調子で弾いてしまったので少し退屈に感じました。表情や音色にもっと変化を付けて表現できたらな、って思いました。

伴奏の鳥羽さんは、大学の先生ですよね。学生と先生のアンサンブル。ピアノはとっても良くて、ものすごく余裕のある感じ、というか、学生さんを引き立てつつ自由に演奏させてるけど、全部掌の上みたいな。学生と先生、公開とはいっても講堂でやるような音楽会だから、普通の音楽会と少し趣旨が違うのかもしれないけど、練習ではなくて公演である以上、先生と学生ではなくてふたりの音楽家どおしの芸術のぶつかり合いが見られればもっともっと良くなるのにって思いました。鳥羽さんはそれを受け止められる音楽家だと思うのよ。春花さんには果敢に攻めていって欲しいと思いました。これは最後の、「クロイツェル」に期待しましょう。あれは、ヴァイオリンとピアノのぶつかり合いの音楽だから。

春花さんが書いたと思われる、プログラム・ノートも演奏への思い、作品の理解が書かれていてステキでした。いま、こういうことを勉強しているみたいなレポートのような雰囲気も学生さんらしくて好印象。
勝手にいろいろ書いてしまったけど、春花さんはやっぱり、また聴きたくなる音楽家さんです。次の回は有名な「春」を含むのかな。ベートーヴェンのソナタの階段を上っていく成長を耳を澄ませて聴いていきたいです。
[PR]

by zerbinetta | 2015-05-17 01:52 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

さらなる深みへ アリーナ・イブラギモヴァ バッハ無伴奏   

2014年12月21日 @王子ホール

バッハ:無伴奏ヴァイオリン ソナタ1番、パルティータ1番、ソナタ2番
バッハ:無伴奏ヴァイオリン パルティータ2番、ソナタ3番、パルティータ3番

アリーナ・イブラギモヴァ(ヴァイオリン)


今年のわたしの音楽会のクライマックスと言っていいでしょう。クリスマスに聴く、アリーナのバッハ無伴奏。最高にステキなクリスマスプレゼントになりました♥全6曲を3曲ずつ、2回の音楽会を1日のうちにやります。ものすごい体力、集中力。聴いてる方も大変ですから。思い起こせば、リゲティの協奏曲を聴いて、ファンになるぅ〜、追っかける〜と決めてから初めての音楽会。ロンドンの歴史的な病院と小さな教会でやった音楽会が、今日と同じ、バッハの無伴奏を2回の音楽会で1日でやるというもの(今日と違うのは1回目と2回目の会場を近所の2カ所に分けたこと)。すぐ前に、CDに記録された演奏と同じ、風が囁くようなステキな演奏でした。そして、それから、何回かバッハの無伴奏のいくつかを聴いてきたんですけど、CDのとはまるで違う演奏へと音楽はどんどん深化してきたのでした。そして今日、数年ぶりに彼女のバッハ無伴奏を全曲聴くことができる幸せ。前回聴いた前半3曲からどれほど深化しているのか、6曲をどう弾くのかものすごく楽しみにしていました。そして、予想以上、期待以上の凄いものを聴いて心が震えています。

音楽会は、ソナタとパルティータをかわりばんこに番号順に。なので、最初の音楽会は、地味な3曲、後半では、パルティータ2番のシャコンヌやソナタ3番のフーガと大物揃い。そして軽めのパルティータ3番で音楽会が閉じられます。なんかバランス悪い感じもするんだけど、これで最初から最後まで聴かせてしまう彼女の凄さ。一応2つの音楽会なんだけど、多くの方が一連の音楽会として両方聴きに来られていたようです。

まず、驚いたのは、アリーナ上手くなってる!!もともと上手い人に失礼な言い方だけど、わたしは、最初にアリーナを聴いたとき、凄い音楽の人だとは思ったけど、名手だとは思わなかったんです。上手い人なら、例えばヒラリーの完璧さの方がずっと上(もちろんヒラリーは上手いだけの人ではありません)だと思っていました。初めてバッハの無伴奏を聴いたときも、ソナタ第2番のアンダンテの下の刻みのリズムがときどき乱れて弾きづらそうでしたし。でも、今日は真っ先に、無伴奏ソナタ2番のアンダンテ!と叫びました。なんという進化。初めて聴いたときから彼女がどんどん素晴らしくなってきたのは聴いてきましたが、ここまで技術的に進化してきたなんて。音楽が深くなる過程は、何人か聴いてきたけど(もちろんアリーナも)、目に見えて(耳に聞こえて)上手くなる、それも凄く、のを聴いたのは初めて。驚愕。どんなときも余裕があって、それに、彼女の代名詞とわたしが勝手に思っていた、弓の毛切れが今日は1回もなかったのもびっくり。毛切れが演奏に影響することはないと思うのだけど、余計な力が入らなくなったから、なんて素人の想像ですけど。

技術的な冴えはもちろん音楽に生きてきます。今日聴いてもうひとつびっくりしたのは、バスの扱い。通奏低音的なリズムの刻み方、バスのような音色の作り方が、素晴らしすぎて、1艇のヴァイオリンで通奏低音と旋律を同時に弾き分ける神業。こんなの聴くの初めて。多分、共演していたアカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージックとの共同作業の成果でしょう(このコンビで来年か再来年来日にしますね)。そうとしか思えない、バロックの通奏低音ヴァイオリン。これがあったので、舞曲を集めたパルティータのゆっくりとした曲やもちろんソナタ第2番のアンダンテの演奏が、生き生きとしてきて、地味な曲なのに体がリズムに反応するようなステキな音楽になっていました。凄い。
それに、もう入り組んだ対位法的な複数の旋律それぞれを独立して自由に振る舞う生き物のように弾くんです。なんかひとりではなく何人かで合奏してるみたいに。聴いててそれぞれの声部がちゃんとそれぞれ歌われてるのが分かるんです。もちろん1艇のヴァイオリンでいつもいっぺんにたくさんの音を弾くことはできないから、ある旋律線は、きっかけだけで実際の音は途切れ途切れになってたりするんだけど、それがちゃんとつながってひとつの歌になって聞こえるんですね。アリーナはそれを実に自然にさりげなくやってのけるんです。わざとらしさや苦し紛れのところがちっともなくて、余裕があって丁寧で繊細。4声のフーガの実にステキだったこと。

そしてもうひとつ大きな変化は、音楽が大きくなってCDの頃のwhisper(囁き)からvoice(声)になっていたこと。この変化は、彼女の無伴奏を何回か聴いてきて予想はしてたんだけど(最後に聴いた2年前にその変化にびっくりしたから)、全6曲を通して聴くとその凄さがさらに分かるの。もちろん、囁くような演奏の方が好みという人もいるでしょう。でも、シャコンヌやソナタ第3番の大きなフーガの演奏を聴いていると、アリーナの深化がバッハの音楽への探求と共にあって、バッハの音楽の深みへわたしたちを巻き込んでくれることに嬉しい涙が出るんです。もちろん声高に叫ぶわけではない。でも以前よりよりバッハの言葉が聞こえるんです。静かな声で語りかけてくるみたい。バッハにとって音楽は言葉。ロゴスです。神と共にある言葉。そしてアリーナは、言葉を伝える巫女でしょうか。ひとりステージに立つアリーナの元に音楽の神さまが舞い降りてきたみたい。そこには、アリーナもヴァイオリンも、ない。音楽だけが在る。

この素晴らしい演奏。バッハの模範的な演奏。とは言わない。今の最高の演奏だけれども、それは終わった瞬間から過去のもの。もっと高く、もっと深いバッハが彼女には見えてくるはず。彼女自身、これを模範だと思っていないに違いない。だからこそ、わたしは追いかけても彼女のバッハを聴き続けなければいけないんです。CDの演奏なんてどんなに良くてもその通過点の記録に過ぎないんですから。でも、芸術家が身を削って生み出していく音楽ってそういうものでしょ。

それにしても、アリーナ、たくさん来日してくれますね。アリーナ、日本が好きなのかしら。それに日本のマネジメント会社さんの努力にも心からの感謝しなければいけないでしょう。
次の来日は、モーツァルトの協奏曲(名古屋は確かベルクの?)とティベルギアンさんとのモーツァルトのソナタ全曲シリーズですね。もう楽しみでたまらない。
[PR]

by zerbinetta | 2014-12-21 01:20 | 室内楽・リサイタル | Comments(2)