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スタンディング・オベイション   

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schoenberg: gurrelieder
esa-pekka salonen / stig andersen (waldermar), soile isokoski (tove), ralf lukas (bauer),
andreas conrad (klaus-narr), monica groop (waldtaube), barbara sukowa (sprecher),
city of birmingham symphony chorus, philharmonia voices, po @royal festival hall


サロネンさんが主席指揮者、ミュージック・アドヴァイザーになった今シーズンのフィルハーモニアの目玉企画は、もちろん、city of dreams vienna 1900-1935というタイトルのコンサート・シリーズ。今シーズンから来シーズンの頭にかけて、マーラーやシェーンベルク、ツェムリンスキー、ベルクの音楽を採り上げる6回のシリーズです(この音楽会はロンドンの他にヨーロッパの他の都市でもあります。またロンドンでは公演や室内楽の音楽会が催されます)。ついにその開幕。シェーンベルグの大作、グレの歌です。もう、期待に期待を重ねて待ってました。会場もほぼ満員。ステージにもいっぱいいっぱいにオーケストラがのります。マーラーの千人の交響曲とどちらがオーケストラが大きいのだろう?パートの数ならグレの歌の方が大きそう。バストランペットとかコントラバストロンボーンとか普段見かけない楽器も見えます。期待に胸を膨らませて演奏を待っていると、おや、なんだかちょっといつもと違う。という雰囲気の中音楽が始まりました。始めなんだか分からなかったんですけど、気がついたらステージが暗い、譜面台にろうそくのように光が立ってる。ステージを夕日に照らされるように赤く染めたり、青い光で色取ったり、ライトニングの演出がなされていたのでした。もちろん、こまめに色を変えるなんていう煩わしい演出ではなくて、大きな場面ごとにゆっくりと光を変えていくというものです。全く音楽をじゃましていないのでわたしも最初気づかなかった。演奏はそれはもうステキでした。こんな大作を聴く機会に恵まれただけでも幸せで興奮してたのですが(わたしはこの曲を聴くの2回目です)、サロネンさんとフィルハーモニア、そしてソリストたちと合唱のすばらしさはわたしにとって一大イヴェントを飾るにふさわしいものです。それだけにもう客観的にものを見られなくて感想を書くなんてできないんですが。サロネンさんの演奏は、ロマンティックかつクリア。メロドラマ的な音が鳴るところはゆったりと速度を落として心をとろとろに、でも、わりと少人数の合唱ですべての音はクリアに聞き取れるように、音楽と同じまさに19世紀と20世紀の巨大な融合ですよね。1900年から1935年のウィーン。そこで行われていた19世紀ロマンティシズムと20世紀の新しい音楽との巨大な核融合。まさにそのシリーズの最初にふさわしい、2つの様式の融合が見られる象徴的な音楽をまさにその両面からとらえた演奏。圧巻だったは、語りを女優(但し、この人、ピエロ・リュネールなんかも歌ってる)のバーバラ・スコワさん。この人の声を聴いたとたん電気が走って、彼女の圧倒的な声の表現力に打ちのめされました。それはもう想像を超えた別世界。最後の音がものすごいフェルマータの後に消えたとたん、大きな拍手。会場はスタンディングオベイションに包まれ、音楽会の会場を出たとき、ここにいるのが不思議な感じの浦島太郎になった気持ちでした。ホールの中では巨大な時間が流れてた。わたしはどこに行ってたのだろう。
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by zerbinetta | 2009-02-28 08:24 | フィルハーモニア | Comments(0)

踊る指揮者クリヴィ   

bernstein: candide - suite for orchestra
shostakovich: violin concerto no.1
brahms: symphony no.4
midori (vn), kristjan jarvi / lso @barbican hall


期待に期待してたクリスチャン・ヤルヴィさんの2回目の音楽会です。今回は古典。最初のはバーンスタインのミュージカルだけど。最初から煽る煽る。キャンディードの序曲は超快速テンポでオーケストラが噛む寸前。続くオーケストラのための組曲はオペラからあまり知られていない曲を抜き出してハーマンさんが構成したもの。有名曲がないけど(ってわたしキャンディードってコロラトゥーラのアリアしか知らなかったりするんだけど)、なかなか楽しめる感じでした。ここまでは前回のクリスチャンさん、って呼ぶのはどうかしら。でもヤルヴィさんじゃパパやパーヴォさんと区別付かないし、そうだ、クリヴィと呼ぼう、パパはパパヴィ、長男のパーヴォさんはパーヴィ。ここまでは前回のクリヴィの音楽会の続き。ノリノリ路線。でも、次はうって変わってシリアスなショスタコヴィッチのヴァイオリン協奏曲。どうなるでしょう。ソロはミドリ。全身全霊でものすごい張り詰めた感じの演奏をする方なので、クリヴィのノリと合うのかどうか。なんて心配は杞憂でした。だって、クリヴィの音楽家としての器はわたしの想像なんかよりはるかに大きかったんですもの。ここでのクリヴィの表現はとても真摯。最初の淵から這い出てくるような黒々としたオーケストラから、ミドリのヴィブラートを抑えた鋼のようなヴァイオリン。モノトーンの冷たい張り詰めた空気が全体に広がります。ミドリのヴァイオリンはときに張り詰めすぎで聴くものに緊張を強いてしまうこともあるように思うのですが、この曲はそれがかえってステキに作用します。ミドリのソロをサポートしつつ、ショスタコヴィッチが書いた音楽を丹念にそしてタコ「らしく」表現しするクリヴィ。ものすごく深みのある名演。演奏後は大きな拍手に包まれました。クリヴィとタコって実は相性いいんじゃないかな。クリヴィのタコ、交響曲第8番とか第11番とか聴いてみたいと思いました。なかなか演奏されない曲だし、彼がロンドンで振る機会も多くないので難しいと思うんですけどね。CDでも出ないかな。
最後のブラームスの交響曲第4番。これって、クリヴィがどういう風に演るのか全く想像できない。古典だし。演奏は極めてまっとう。って変な表現ですね。実はわたしはちょっぴり面白い演奏を期待していたんですけど、きちんとした演奏だったのでした。いや、面白い演奏を期待する方がおかしいんですけどね。でも、クリヴィは踊ってましたよ。踊るように指揮するクリヴィの奏でるブラームスは停滞しない流れるようなブラームス。まだ枯れるには若すぎますものね。クリヴィのわたしもブラームスも。
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by zerbinetta | 2009-02-26 08:23 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

新しくされるベートーヴェン   

john adams: slonimsky's earbox
barber: violin concerto
beethoven symphony no.3
joshua bell (vn), osmo vanska / minnesota o. @barbican hall


うきゃっ。わたしは美しいものが好き。美しい人が好き。イケメン好きではないと思うんだけど、姿の美しいひとにはキュンときちゃう。その中のひとりが誰であろう、ヴァイオリニストのジョシュア・ベルさん。彼の柔らかな笑顔やヴァイオリンを弾くときの美しいお姿はわたしを幸せの中にとろけさせる。彼の名前を音楽会のリストに見つけたとき、すぐに丸をつけましたよ。今日はその音楽会。ヴァンスカさんとミネソタ・オーケストラ。USのオーケストラはシカゴやボストンなんかの有名なオーケストラより、地方都市のオーケストラの方が若々しく勢いがあって好き。勢いのある若い指揮者とオーケストラが一体となって伸びていく感じがとってもステキなの。ヴァンスカさんを得たミネソタのオーケストラもそんな感じ。アンサンブルがとっても良くて、弦楽器が予想外に上手かったの。ヴァンスカさんの指揮は、指揮台で伸び上がったりしゃがんだり大きな身振りでオーケストラを煽ったり引っ張ったり。オーケストラと一体となって音楽に参加してました。そんなヴァンスカさんの表現は振幅の幅を大きくとって、バーバーの秋のそよ風が、木々を強く揺らす疾風のよう。でもそれが不思議といいんです。静かなトランクイロの音楽だと思っていたのに結構熱いんだな、でもこれもいいな。ベルさんの方は、相変わらずお姿がうっとり美しく目をハート型にして見てるの、じゃなかった結構端正に弾いているのがオーケストラと上手くバランスが取れてて、とってもステキなのね。そして曲が終わった後、アンコールを弾いてくれたのだけど、これがとっても楽しかった。アメリカのフォークソング(アルプス一万尺)の主題によるヴィルトゥオーゾ風の小品。よく知ってるメロディがまことしやかに偉そぶって変奏されるんだけど、こんなジョークはとっても楽しい。それにヴィルトゥオーゾなのでとっても難しそうで、速いパッセージでピツィカートと弓で同時に弾くところなんか、舌を巻きそう。ベルさんがこんなに上手だとは思わなかった。って言うと失礼に聞こえるかな。でも、ベルさんってヴィルトゥオーゾ風な演奏をする人ではなくて、音楽的な表現を大事にする演奏をするタイプだから、技術のことを考えたことがないのね。でも、世界的なソリストのひとりなんだから技術があるのは当たり前なんだけど。
ベートーヴェンは実は全然期待してなかったんです。ヴァンスカさんで聴きたいって言ったらやっぱりシベリウスとかだし、ベートーヴェンはミネソタのオーケストラよりヨーロッパの大陸のオーケストラで聴きたい。ってね。ところが。このベートーヴェン、ものすごく良かったんです。快速テンポではあるのだけど、ピリオド的な演奏の受け売りなんかではなく、細かいところに至るまでひとつひとつの表現に意味があるんです。ヴァンスカさんはやっぱり大きな身振りで音楽をドライブしていくのですが、ディナーミクの付け方がとってもユニークでステキ。音符のひとつひとつにクレシェンドとデクレシェンドを付ける表現はベートーヴェンの時代にはなかったかもしれないけれども、これもぴったりはまるのです。とにかく、考え抜かれた音楽。ベートーヴェンの演奏解釈はもうあらゆるものが出尽くして新しい表現はもう出てこないだろうと思っていたのですが、まだまだ可能性があったのですね。ベートーヴェンの音楽の偉大さ、ヴァンスカさんの音楽家としての確かな目。ヴァンスカさんは音符のひとつひとつの意味やその表現について夜を徹して嬉々として明確に語ってくれるでしょう。いえ、ヴァンスカさんが直接語らなくても音楽が雄弁に語ってくれます。そして、そのヴァンスカさんの意図を的確に音にして表現するオーケストラの上手さ。否、それ以上にヴァンスカさんとの信頼関係に結ばれていてひとつの音楽を表現していく姿勢に惹かれました。まだ気が早いけど、今シーズンのベストの音楽会のひとつになる予感がしました。
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by zerbinetta | 2009-02-24 09:05 | 海外オーケストラ | Comments(0)

聴きに行く方が悪い??   

haydn: symphony no.104
bruckner: symphony no.9
zubin mehta / vienna philharmonic @royal festival hall


メータのブルックナーなんて聴きに行く方が悪い。なぁんて言われてるのね。知らなかった。わたしは聴きに行ってしまいましたよ。メータさんとウィーンフィルの音楽会。なぜか会場には日本人、いつもの4倍増しくらいいたな。有名どころのみ聴くんじゃなくて地元のオーケストラも聴きに来ればいいのにって言うのは老婆心。ウィーン名物(?)のヴァイオリンのお守りが譜面台にぶら下がってて、ふふふ〜やっぱりね〜って思いましたよ。
さて、音楽会はハイドンとブルックナーの最後の交響曲。ハイドンはさすがだな、何もしなくてもウィーンの音色がぴったり。鄙びたオーボエや柔らかな弦楽器。ハイドンの音楽は創造性が豊かで所々に面白い仕掛けがしてあって愉しいので大好き。それにしてもメヌエットでティンパニがトレモロでクレシェンドしたのにはびっくり。これもハイドンのステキな発明だったのね。さて問題のブルックナー、っていうかメータさんがブルックナー苦手だったなんて後から知ったんだけど、不思議な感じのブルックナーでしたよ。第1楽章はわりと速めのテンポで始まって、でもホルンの深い音色はやっぱりステキだった、壮大な決めの部分はテンポを落として、ってもそんなに遅くないけど、音が細かく動くようなつなぎの部分は快速テンポで、巷ではインテンポを快しとするみたいなので、そうすると世間の評価はメータさんのブルックナーは駄目なんだろうな。曲が始まる前に先日偉大なプロデューサーの人が亡くなってその方にこの音楽を捧げますってメータさんの言葉があったんだけど、わたしの感動をとりつける島が見つからなくって、ちょっとどうして良いのか分かりませんでした。ただ最後の音は綿菓子のようにふんわりと終わってこれはウィーンにしかできない芸当だなぁって心に残りましたよ。第2楽章は一転遅めのテンポで、どことなくリズムの切れが悪くてもったりした感じになってしまいました。このスケルツォって結構無機的なところが好きなんだけどなぁ。メータさんの演奏はそれを人肌に温めた感じがしてわたしの好きとはちょっと違いました。ただ第3楽章はウィーンフィルの音色の魅力が前面に出てとても良かったです。メータさんの解釈はこの音楽を完成品として見ていたので、最後は平安に包まれるように閉じました。
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by zerbinetta | 2009-02-19 09:02 | 海外オーケストラ | Comments(0)

前を向いていたい   

martynov: vita nuova
solists, chorus, vladimir jurowski / lpo @royal festival hall


少年の声で音楽が始まりました。これって。モンテヴェルディのヴェスプロみたい(な音型)。もしかしてこれからヴェスプロが引用?ってヴェスプロ好きなわたしとしてはよこしまな期待をしてみたりしてみたけど音楽はちゃんと別の方向に流れていきました。マルティノフ(と読むんでしょうか)さんは戦後生まれのロシアの作曲家。ダンテの詩に基づく神様と人との愛のオペラです。今日はその完成版の初演。音楽会形式です。
さて始めにネタバレしたように、この曲は最初期バロックの雰囲気を持って書かれています。そこに現代的な書法を加えてはいるのですが、シンプルで全く耳障りの良い音楽となってます。こういう音楽を初めて聴くのだったら、新鮮な驚きもあるのだけど、すでにこの手法、アルヴォ・ペルとさんによって書かれています(ヨハネ受難曲を初めて聴いたときには本当に驚いた)。現代は、未来が見えずに時代に絶対の自信が持てなくなった時代、価値の多様化が進んで、いろいろな価値観を混在させうる時代だと思います。過去から未来に向かっていく今の必然が見えなくなっているというか、もはやそんなのものは失われたのか。音楽におけるあらゆる混沌、今の音楽よりも過去の音楽の偏重はまさにそんな今を示しています。ですからマルティノフさんのこのオペラもそんな現代を象徴しているのかもしれません。モンテヴェルディのような響きも現代の大オーケストラ(オーケストラの編成はマーラー並みに大きかったです)によって作り出されています。モンテヴェルディ好きのわたしとすればちょびっとうれしかったりもしたんですけど、でもやっぱり引っかかっちゃうんですよ。今この曲が在る意味に。確かにダンテの詩に基づく神様と人が不可分な時代のお話はこういう音楽を付けるのがいいのかもしれないけれども。
最後はオーケストラがパートごとに少しずつ消えていきステージを降りていくのですが、大きなコントラバスを抱えてステージを降りていくのはちょっと可笑しかった。チェレスタの1人と指揮者が最後に残って音楽はお終い。わたしの気持ちは新生することなく取り残されました。
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by zerbinetta | 2009-02-18 09:01 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

マッケラスさん大丈夫?   

mozart: symphony no.32
mozart: piano concerto no.20
elgar: symphony no.1
lise de la salle (pf), charles mackerras / po @royal festival hall


音楽会のプログラム。フィルハーモニアはチケットとは別売なんです。ロンドンシンフォニーはただ。ロンドンフィルハーモニーも別売です。で、フィルハーモニアはなんと350円(3.5ポンド、わたしはポンドでお給料をもらって生活してるので1ポンドだいたい100円感覚です)もするんです。他のは250円とか300円なので高いんです。といわけで、このブログを始めた目的のひとつはプログラムを買わなくても記憶に残るからっていうせこせこな理由もあったんです。いったい、フィルハーモニアの音楽会はいつも600円くらいの席で聴いてるんですけど、そんなこんなで前回、高いと思って買わなかったんだけど、今回はソリストのことが知りたくて買ってみました。そしたらなんと、このプログラム、季節版で冬のシーズンは11回の音楽会のプログラムがまとめてあるんです。お買い得。なぁんだ、安いじゃん。
今日の指揮者、マッケラスさんはだいぶ前にモーツァルトの初期の交響曲のCDが出たときラジオで聴いてとおってもステキだと思っていたのです。期待期待。さて、マッケラスさんは思ったよりもお年寄り。手が震えてスコアをめくるのにも苦労してたりして。大丈夫かなぁって思ったんですけど、音楽は全然。溌剌としてました。やっぱりマッケラスさんのモーツァルトはステキです。でも、びっくりしたのは2曲目のピアノ協奏曲。仄暗い音で始まった音楽はわたしの心臓をどくんと打ち、不安な気持ちを揺さぶります。わたしの気持ちの深い奥の暗闇を揺すぶります。これからどんな音楽が続くのでしょう。モーツァルトのこの短調の協奏曲ってこんなに深い情感を持っていたのね。普段CDでいい加減にしか聴いていないことがばればれです。ピアノはいたずらに劇的に流れることなく、むしろ静かな情感を湛えて弾かれたのはオーケストラとバランスが取れてステキ。若いきれいな人、そしてフランス人、最近フランスびいきなわたし、ふふふ、いいねっ。ってまだ二十歳そこそこ?うわん。末恐ろしい。
エルガーの交響曲はどうかなってちらりと心配だったんです。だって、マッケラスさんおじいさんだら。でも、さすが、この大曲を雄大に鳴らしました。さすが自分の国の音楽だけあって、会場も熱い。音楽を前に矍鑠として。プロですね。わたしも歳をとってもかっこいい人でいたいです。縁側でのんきな茶飲み生活なんかを夢想してる場合じゃないっ。
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by zerbinetta | 2009-02-12 08:58 | フィルハーモニア | Comments(0)

最高のブルックナー   

haydn: cello concerto no.1
bruckner: symphony no.7
truls mork (vc), yannick nezet-seguin / lpo @royal festival hall


ブルックナーの交響曲の中では第7番が一番好き。というより、今まで書かれた音楽の中でもっとも美しいもののひとつであると思う。そんな思い入れたっぷりの曲。どうなるんでしょう。そして今日の指揮者は全然知らない若い人だけど、シーズンのパンフレットの写真を見てちょっとかっこいいかなって思った。えへっ。でもね、お見合い写真だったの〜〜。本物は写真とイメジがちが〜うっ。ちょっとがっかり。って失礼よね。
ハイドンのチェロ協奏曲を聴いたときからこの人何かが違うっていうほのかな予感がしてました。口では上手く言えないんだけど、多分思い過ごしじゃない、才能の閃きみたいなもの。指揮棒を伝わって音楽がなにひとつ欠けることなくオーケストラに伝わって、わたしにも伝わってくる。そして何しろ音楽がとても愉しそう。
それはブルックナーを聴いたとき確信になりました。強い予感は、譜面台を片付けて、暗譜で振るの?って思ったときすでにありました。この大曲をこの若さで暗譜。そして音楽が始まったとたんの感激といったら。思いっきりゆっくりとたっぷりと歌ったあの長い旋律。わたしの心は完全に音楽に張り付きます。なんということでしょう。こんなブルックナーがあったとは。そしてこの人きっとビオラ弾きだったのよね〜と思わせるくらい、丁寧で豊かな内声。とても粘るんだけど決してもったりとしない大きな流れ(第3主題は少しテンポを速めてました)。雄大な音楽。第2楽章も同じ作り。じっくりと丁寧に音楽を聴かせます。大河のような淀みのない流れ。この人ほんとにブルックナーの音楽にのめり込んでるんだ。そして第3楽章は一転、踊りの音楽。今まで抑え気味だった金管楽器も開放的に鳴らして、リズミカルできびきびとしてかっこいい。まさに村の踊りの音楽。最後の楽章は、多分、好き嫌いの分かれるところでしょう。付点音符の主要主題はかなりの快速テンポで金管楽器がユニゾンで出る主題は遅めのテンポ。テンポの振幅が大きくておもちゃ箱のような印象。もともと軽いタッチで書かれているのが、さらに軽快になった感じ。ブルックナーの書いた楽譜を素直に音にするとこんな感じになるんじゃないかしら。この曲って始めの2つの楽章に対して最後の楽章がいかにも軽くてそれが弱点のようにも言われてるけど、実はブルックナーは軽快な音楽を書きたかったんじゃないかしら。わたしにはそんな風に思えて、ちょっと不思議な感じだけど、これはこれで十分納得できました。最後の第1楽章の主題が戻ってくるところは第1楽章のように遅くするのかな、どうするのかしらってわくわくしながら聴いてたら、そのままの快速テンポで華やかに終わって、見事に予想を裏切られて、でもそれもステキで、大満足。ロンドンシンフォニーは超一流のオーケストラではないので、フレーズのまとめ方とか指揮者の要求通りにできてないところもあったけど、ものすごく一途で、演奏が終わった後の充実した表情は、彼らにとってもこの音楽会が特別なものであったのを物語っていました。オーケストラの人もみんな拍手してたしね。
ネツェ・セグンさん、ただ者ではないわ。ロンドンシンフォニーの主席客演指揮者なのでこれからもできるだけたくさん聴いていこう。そうそう、ゲルギーの後のロッテルダム・フィルハーモニーの主席指揮者に就任して、今年ブルックナーのCDを出すみたいなので、これもうんと期待しよう。
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by zerbinetta | 2009-02-11 08:41 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(2)

こんな風に想われたい   

dvorak: requiem
lisa milne (sp), karen cargill (ms), peter auty (tn), peter rose (bs),
neeme jarvi / lpo @royal festival hall


初めて聴くパパヤルヴィです。ヤルヴィ一家の大黒柱が最後に登場。ってわたしにとってだけど。曲目は珍しいドヴォルジャークのレクイエム。初めて聴きます。実は、馬鹿なわたしは今日2つの音楽会のチケットを持っていたのでした。ダブルブッキング。ひとつはこれ。もうひとつはバービカンで演るトリスタン・ミュレイユの特集です。もうどっちに行こうかって悩んで、結局こちらを選んだのでした。苦渋の選択(?)
さて、音楽は慈愛に満ちたものでした。死者をいたわる気持ち、ドヴォルジャークの音楽のもつ素朴な優しさ満ちあふれていて、演奏もそれに添うようでした。音楽がもたらす幸福感に包まれて、まさに死者にしみじみと思いを馳せるものだと思いました。死者のためのミサ、だけど、音楽は死者を思う残されたものの心にも作用するものかもしれませんね。大事な人と音楽を共有していたい、永久の別れのあとでさえも。
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by zerbinetta | 2009-02-07 08:39 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

ゲシュトップの吹き荒れる運命   

beethoven: overture king stephen, piano concerto no.3, symphony no.5
maria joao pires (pf), john eliot gardiner / lso @barbican hall


わたしはガーディナーさんとオーケストル・ルヴォリュチオネル・エ・ロマンティクのCDでベートーヴェンに目覚めました。それまではベートーヴェンはなんか権威のようで苦手でした。でも、彼らの溌剌とした若々しいベートーヴェンの演奏を聴いたとき、ベートーヴェンに対する認識が変わりました。かっこいい。ただね、ガーディナーさんって本屋さんで立ち読みしたんだけど、ウィーンフィルの人からめちゃくちゃけなされてる。テンポが全然取れない指揮者だって。その人が非難してた演奏のCDをわたしは持っているけど、それはステキな演奏だってわたしは思ってる。人の批判なんて鵜呑みにする必要ないし、わたしはわたしの耳でちゃんと聴こうって。
オール・ベートーヴェン・プログラムの音楽会は珍しいシュテファン王の序曲から。この曲、第9交響曲の有名なメロディの一部が聞こえるのね。この曲が書かれたのは第9交響曲が書かれる10年近くも前なので2つのメロディに関連があるのかないのかよく分からないんだけど、ちょっと面白かった。
ピアノ協奏曲はピレスさんのソロで第3番。最近、4番と5番ばっかり聴いてるので3番は久しぶり。おやっ、モーツァルトの短調の協奏曲みたい。ピレスさんってとっても小柄なんですね。びっくりした。ピアニストは手が大きい方が有利だから、小柄ではハンディになるのでは、と思う間もなくとってもステキなピアノでした。音が優しい。さすが、モーツァルトの演奏で評価の高い方です。この協奏曲は若い頃の作品なので、こんな柔らかなほっとするような演奏もステキです。
それに対して交響曲第5番は、ガーディナーさんらしい溌剌としたアグレッシヴな感じの演奏でした。ガーディナーさんは速めのテンポでぐいぐいと引っ張っていく方という印象がCDの演奏からしていたのですが、その感じを強くしました。もちろん、この交響曲がそうしたタイプの演奏にとてもよく馴染むものでもあるのですが。面白かったのはロンドンシンフォニーは古楽の団体ではないから普通に演奏できるのに、敢えてホルンのいくつかの音をゲシュトップで吹かせていたことです。昔の楽器なら弁がないことで自然倍音以外の音はゲシュトップで音程を変えなければ出ないのだけど、今の楽器は半音階も自在に吹ける。のに、敢えてゲシュトップ。しかも、半音階のすべての音ではなくていくつかの場面だけで。ベートーヴェンには、この音をゲシュトップで鳴らす音色上の必然があったのだろうという解釈です。現代オーケストラを振る指揮者でこんな解釈をしている方はわたしの知る限り誰もいないので、とってもびっくりしました。でも、ガーディナーさんの言いたいことはわかったし、わたしもこれでいいのだって思えたのです。もちろんこれは、ガーディナーさんのこの曲に対する解釈があった上なので、違ったタイプの演奏をする人が真似をしてゲシュトップで吹かせても上手くいかないに違いありません。最後までたたみかけていくような疾走感は爽快です。やっぱりわたしはこういうベートーヴェンが好きなんだな〜。
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by zerbinetta | 2009-02-04 08:36 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

もしかしてホールが取れなかったのね   

copland: appalachian spring
fujikura: piano concerto
stravinsky: petrushka
noriko ogawa (pf), martyn brabbins / po @queen elizabeth hall


今日のフィルハーモニアオーケストラの音楽会はサウスバンク・センターのもう一つのホール、クイーン・エリザベスで。こちらは小さなホールで室内楽の音楽会が多いのだけど、なので狭いステージにオーケストラがいっぱいいっぱい。今日の曲目が室内楽的な編成の音楽って訳でもないのに、ちっちゃなホールな訳はフェスティヴァルが取れなかったからかしら。ロンドンはオーケストラの数に比してホールが少ないので、ホールをとるのが大変って聞いたことある。フィルハーモニアも以前パリに本拠があったのよね。
あっこの指揮者さん前にも聴いたと思って名前を見て思い出した。そうそう、この間テルミカーノフさんの代わりにロンドンフィルを振った人だ。中庸中庸。コープランドのアパラチアの春はそんな彼とは相性の良い音楽って感じがします。イギリスとアメリカの音楽って何となく似たようなところがあるような気もするし、実際、演奏もとっても良かったんです。こういう曲って景色が目に浮かぶような演奏が好きなんですが、行ったこともないのにアパラチアの風景が感じられました。でも、アパラチアってどこだろう?前に住んでたメリーランドのそばにあった山脈がアパラチア山脈だったような気もするし、近所のショッピングモールでよくウィンドウショッピングしてたお店の名前がアパラチアン何とかだった気ががするんだけど、地理苦手だからなぁ。でも、もしそうだとすると、わたしの思い浮かべた景色は全く素っ頓狂ではないのかもしれませんね。
2曲目のフジクラさんの協奏曲は、もっと和風なのかなと勝手に思っていたら、それほど和のテイストは感じませんでした。ところどころにあっ和って思っただけ。フジクラさんはまだ30代の若い作曲家。ロンドンに長く住んでらっしゃるみたい。これからの活躍が期待される有望なひとりみたいですよ。じゃあわたしの感じはというと、ううむ、難しいなぁ、正直それほどびびびっと来なかった。ようするによく分からなかったですよ。最後にトイピアノが使われたけど、トイピアノのための協奏曲はもうあるしなぁ。
最後のペトルーシュカはオーケストラの上手さが光ったけど、もう少しリズムが切れていて欲しいなぁって思いました。
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by zerbinetta | 2009-02-03 08:36 | フィルハーモニア | Comments(0)