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今年の音楽会納めは復活、復活に始まり復活に終わりました   

mahler: symphony no.2
ricarda merbeth (sp), bernarda fink (ms), london symphony chorus
mariss jansons / royal concertgebouw orchestra @barbican hall


今年最後の音楽会。わくわくしてたんだけど。。。さあそろそろ出かけるかな、まだちょっと早いけどってチケットを見たら、ぎゃーー音楽会3時からだったー。今はもう2時15分過ぎ。慌てて家を出てチューブの駅まで坂道を走る。はーはー。3時半始まりだと勘違いしてたのね。チューブは30分くらいかかるから、ぎりぎりというか間に合わない。くやし〜〜。なんとか第1楽章と第2楽章の隙間に入れないかなぁ。バービカンに着いたら、オーケストラが勝手に音出ししてるのが聞こえて、間に合うかも! 階段上がりながらチューニングを聴いて、ぎりぎりセーフ。ラッキー、でも、ぜーぜーはーはー。音楽聴く体勢じゃなきけど指揮者を拍手で迎えました。第1楽章は呼吸を整えるうちに進んでしまいました。ヤンソンスさんの演奏は全く奇をてらうところがなく、オーケストラの上手さを生かして音楽を丹念になぞります。上手なオーケストラってそれぞれの人の音色もきれいだけど、ひとりひとり音楽をよく知ってて、全く自発的に音楽を作れるんですね。ヤンソンスさんは交通整理をして音楽をまとめるだけ。のように聞こえます。実際は全ての音に耳を尖らせて練習の段階でしっかり自分の音楽をしみ込ませているのでしょう。それにしても大音量の不協和音でも耳に尖らず常に余裕のある響き。第2楽章の柔らかさはその利点が最も生きていたと思います。スケルツォの中間部のトランペットの響きといったらどうでしょう。トップだけではなく2番の人の表現がとおっても良かったです。別の場所だけどトランペットの人が、ベルの前に手をかざして音色を変えてるのを初めて見ました。第4楽章を歌ったメゾ・ソプラノのフィンクさんはたっぷりとした深い(でも重くない)声でステキでした。舞台裏のホルンのコラールの遠近感もライヴならでは。最後の楽章の舞台裏の楽器群も舞台の左右に配置されてていい感じ。舞台袖のドアの開け方でさらに遠近感を調整してました。全く芸が細かいです。あっでも、トランペットのファンファーレが途中で切れちゃったときはどっきりした〜。もちろん何事もなかったように進んだので気がつかなかった人も多いかもしれませんが。それにしても合唱が入ってからあっという間に音楽が終わってしまった感じです。もっと長い時間音楽に浸っていたかったのに。ステキな時間はあっという間。繰り返しになりますが、ヤンソンスさん演奏は横綱の貫禄。小細工をせずにオーケストラを自発的に美しく鳴らして、マーラーが楽譜に書いた音符を丁寧に音にしていきます。余裕を持ってゆったりとソファにかけながら聴いているような音楽。何回でも聴きたくなるスルメのようにじんわり味のある演奏。本当に成熟した演奏ってこういう演奏なんですね。

復活はマーラーのコアなファンにはいまいちの人気みたいですけど、マーラーの作品の中では演奏頻度が高いんです。ふたりの独唱者に合唱まで伴うのであまり演奏しやすい曲だとは思わないんですけど、マーラー・ファンの思惑とは裏腹に多くの指揮者がこぞって採り上げます。たぶんそれは音楽の持つ力強いポジティヴなメッセージのせいなんじゃないかしら。死にゆくように終わる曲や気が滅入るような曲は、演奏者だってそうめったやたらに採り上げたくないでしょう。音楽によって生きることの喜びを伝えたいですもの(ベートーヴェンの全ての交響曲のように)。復活はまさにうってつけ。ひねくれ者のわたしですら感動なしでは聴けません。コアなマーラー・ファンの人だって生で聴いたら絶対感動しますよ、きっと。CDの誰々の演奏とはここが違うからとか、オーケストラがミスったとか言って意固地に斜に構えるのかなぁ。だとしたらもったいないっ。
今シーズンの前半は復活に始まり(といいつつ、その前にいくつか音楽会があったのですが)、復活に終わりました。どちらの復活がわたしにとってよりステキに響いたのかはナイショ。
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by zerbinetta | 2009-12-13 08:10 | 海外オーケストラ | Comments(2)

ティンパニのもじゃもじゃ (でも金髪)   

smetana: the bartered bride -overture
martinů: double concerto for two string orchestras, piano and timpani
brahms: symphony no.4
mariss jansons / royal concertgebouw orchestra @barbican hall


今日はバービカンで、マリス・ヤンソンスさんとロイヤル・コンセルトヘボウ・オーケストラ。コンセルトヘボウは昨シーズンも聴いてとおっても上手いオーケストラだと思ったのです。そしてヤンソンスさんも去年聴いてとってもステキな指揮者だと思ったのです。その組み合わせ(ヤンソンスさん、コンセルトヘボウの主席指揮者になってたんですね。って5年も前に。情報遅いなわたし)なので期待いっぱい。期待するとときに裏切られたりするのですが、今日は全く裏切られることなかったです。とにかくオーケストラ上手い。そして、わたしにとってもっとステキに思うのは味がある。
始まりはスメタナの売られた花嫁の序曲。この速い弦楽器のパッセージがもう心憎いくらい完璧に揃ってすごい。そしてそれを実に自然にやってのけるんですね。ヤンソンスさんの指揮もメリハリたっぷり、ノリノリな感じでした。
そして2曲目は同じくチェコの作曲家、マルティヌーのピアノとティンパニ、2つの弦楽合奏のための協奏曲。こんな珍しい作品が聴けるなんてマルティヌー・イヤー様様です。第1楽章はバルトークの弦打チェレスタのための音楽に似てます。民族的で躍動感のある音楽。チェコとハンガリーの民謡って似てるのかしらね。今はお隣どおしではなくなったけど近所だし。第2楽章は一転して重々しいコラールのような旋律が弦楽器の低い弦で奏されます。第1楽章では弦楽合奏の陰で花を添えてたピアノが活躍。そして最後の第3楽章ではまた激しい音楽が戻ってきて幕を閉じます。音楽的には左右に配置したふたつの弦楽合奏にもっと丁々発止のやりとりが欲しかったけど、これは作曲者の責任ですね。ヤンソンスさんは第1楽章と第2楽章を暗譜で振っていたけど、これは譜面係のミスではないかと疑っています。全然問題なかったんだけど。そうそう、ティンパニの人、目の悪いわたしが遠くで見ると、もじゃもじゃ頭に見えるんです。なんかのだめの真澄ちゃんを思い出してひとり秘かに笑ってました。

休憩の後はブラームスの第4交響曲。昨日は気合いの入ったフレッシュな第1番を聴いたけど、今日はまさに美しく枯れたブラームス。ゆったりとしたテンポでオーケストラの渋い音色を生かした自然体の王道を行くような演奏。まさに成熟した音楽です。じんわりと静かに感動が満ちていくオーケストラはもうほんと何もしなくてもそれだけで上手くて、音にも味があってステキ。この音の味わいはイギリスやアメリカのオーケストラにはあまり感じられない大陸のもの。っていうのが地元びいきのわたしには悔しい悔しい。それにしてもヤンソンスさんってオーケストラのコントロールが上手い。オーケストラに自発的な演奏をさせつつしっかり全体をコントロールしてる感じ。オーケストラの人は演奏が楽しいだろうな。自分の思い通りに演奏しても音楽の全体にぴったりとはまる快感。
今日はアンコールがありました。ブラームスのハンガリー舞曲と誰の何という作品か分からないけどボヘミア風の舞曲(ドヴォルジャークのスラブ舞曲ではないです)。なんか楽しそうに演奏してて、わたしまで笑み。今日のテーマはハンガリー・ボヘミアかなぁ。
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by zerbinetta | 2009-12-12 08:09 | 海外オーケストラ | Comments(0)

サウスバンク・センター聴き納め   

beethoven: piano concerto no.5
brahms: symphony no.1
radu lupu (pf), jukka-pekka saraste / lpo @royal festival hall


今年のサウスバンク・センターでの音楽会の聴き納めです。クリスマス休暇は日本で過ごすので。クリスマス・シーズンは音楽会も減るのですよ。また来年からは(音楽会で)忙しくなるので一時休憩、鋭気を養ってきます。
今日はこの間聴いて感激した哲人ラドゥ・ルプーさんのピアノでベートーヴェンの皇帝。どんな音楽になるのかドキドキ。で、始まってみて???びっくり。全く別の世界の皇帝に連れて行かれてしまったの。わたしの皇帝は、きらきら輝いていて祝祭的な音楽。なのにルプーさんの弾き出したピアノは対極の地味〜なもの。枯れた皇帝。晩年権力の座を放置して盆栽だの文化などにうつつを抜かしてる、でもしっかり人望は厚い象徴的な皇帝。って書いたら日本の天皇の人みたいかも。それにしてもここまで地味に滋味に満ちた演奏をしちゃうのもすごいっ。こんな演奏したら普通は怒られますよ。曲が違うって。でも、わたしにとっては違う皇帝でも、聴いていて面白いんですね。ピアノの音色めちゃきれいだし、表現も変わってるけど引き込まれるし。予想通り特に良かったのは第2楽章。この部分はルプーさんとベートーヴェンとの間の齟齬が少なかったと思います。第3楽章はまた違う音楽。全くルプーさんの独壇場で、オーケストラも指揮者を差し置いてルプーさんに合わせさせられてる感じ。ピアノから表情を指示出ししてたり。ルプーさんは協奏曲じゃなく、もっと自由にできる、シューベルトやシューマンの独奏曲で聴いてみたいと思いました。とにかく、指揮のサラステさんかわいそうだった。

その鬱憤を晴らしたのが休憩後のブラームスの交響曲第1番。指揮台に立つなり拍手が鳴り終わりきらないうちに怒濤のごとく始まった。最初っから気合い全開。勢いのある快速テンポ。これならブラームス舐めてるんじゃないデスヨなんて言われません。とにかくこのブラームスは凄く良かった。音も内声の隅々まで聞こえるようで、第4楽章の展開部の盛り上がりの内声のフガートのような細かな音符が手に取るよう。ここまでしっかり演れば憂さも完璧に晴れたでしょうね。わたしも元気をもらってすっきり。
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by zerbinetta | 2009-12-11 08:58 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

楽器には音にふさわしい大きさがある   

wagner: tannäuser, prelude and venusberg music,
tristan and isolde, prelude and liebestod,
götterdämmerung, excerpts
christine brewer (sp), sir charles mackerras / po @royal festival hall


マッケラスさんといったらモーツァルトやヤナーチェクっていうのはわたしの思い込みだけど、でも、ワグナーというのはわたし的にはかなりいが〜い。どんな感じになるんでしょう。マッケラスさんは現在84歳の現役最長老の指揮者のひとり。去年のシーズンに聴いたときには譜面をめくる手も震えていて大丈夫かなぁと思ったけど、しっかり矍鑠としていて心配無用。今日もお元気そうでした。
始まりはタンホイザーの序曲とヴェヌスブルクの音楽。いつも聴いているタンホイザーの序曲の途中から聞き慣れない音楽がつながってきました(ヴェヌスブルクの音楽を聴くのは初めてです)。マッケラスさんはにこやかでいかにも好々爺。オーケストラの人もにこやかに弾いていましたが、ちょっと音楽とは違うかな〜って感じました。タンホイザーはまだ観たことがないので物語は分からないのですが、笑顔の音楽ではないように思うからです。荘厳で黙々としたミサのような儀式の感じ。
そのままの調子でいったら嫌だなぁ(だって2曲目は愛のどろどろのトリスタンとイゾルデだし)って心配したら、2曲目からはしっかりワグナーの世界に浸りました。ねっとりしすぎない清廉なワグナー。これくらいが胃にもたれなくてステキなんですよ。でも、実はこの曲、大嫌いなんです。トリスタンとイゾルデは大大大好きなのに、この曲ったら始まったと思ったら大事なところを全てすっ飛ばして結論に至っちゃうんですもの。推理小説を読み始めたら最初の頁を読んで、すぐに後ろの頁をめくって犯人を確認してはい終わりってな味気ない感じ。前奏曲のあとに第2幕をやってそのあと愛の死が来ればステキ。第3幕の好きなとこ飛んじゃうのが惜しいけど。なんてつべこべ言ってるけど、単独の音楽なら前奏曲も愛の死も好きなんです。この形の愛の死にはオーケストラのみで歌のないヴァージョンもあるのだけど今日は歌付きです。歌ったのはブリューワーさん。ワグナー歌手らしい大きな方。最近のオペラはDVDも多く発売されるようになって歌手の容姿も以前に増して重要になってきた感じがするけど、ブリューワーさんの歌を聴いてそれは酷だなって思いました。ブリューワーさんの歌がとってもステキだったせいもあるけど、その歌を奏でる楽器として体格はとっても重要な要素だと思うんです。強靱な声を出すためにはそれを響かせるにふさわしい(楽器としての)身体が必要なんじゃないでしょうか。それぞれの楽器に独特な音色、大きさがあるように声にもそれを支えるだけの体格があって然るべきです。トロンボーンの音はトランペットには出せないし、チェロのふくよかな音はヴァイオリンには出せません。これはどちらが良いかではないのですね。大きな体格の人は軽いコロラトゥーラの声は難しそうですし、声に合った身体は大事だと思うんです。最近のオペラ・ファンは歌手のヴィジュアルにも過大に目がいってしまう傾向にある感じがしますが、これってかえってオペラを細らせる危険がないでしょうか。そんなことをブリューワーさんの声を聴いて思いました。

今日の後半は神々の黄昏からの抜粋。ふたりで意気揚々とラインへと旅立っていったら、ジークフリートがあっさり殺されてしまって、ヴァルハラが炎上してしまったというお話。こちらもあらすじとも言えないくらい掻い摘んでるんだけど、思い入れがない分納得できる。ってか、長いし、ジークフリートって英雄? 単にお馬鹿? って感じに思ってるのでいいんです。演奏は生き生きしてさらに良い感じ。ブリューワーさんが歌ったのは最後の場面のブリュンヒルデ。オーケストラに負けないだけの声量と凛とした響き、まさにワグナー歌い。ぜひ舞台でも観てみたい。指輪、まだ観たことないのよね〜。高くって。

そうそう、帰りの道ではいつもよりだいぶご老人が多かったな。昔からのマッケラスさんファンが多いのかしら。いいですね、ファンに愛されているの。わたしもそういうファンになりたいな。
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by zerbinetta | 2009-12-10 08:55 | フィルハーモニア | Comments(0)

不倫の愛もステキだな   

r. strauss: der rosenkavalier
sophie koch (octavian), soile isokoski (the marschallin), lucy crowe (sophie),
peter rose (baron ochs), thomas allen (faninal), wookyung kim (singer)
john schlesinger (original dir),
kirill petrenko / royal opera house @ covent garden


大好き!ばらの騎士。観るのは10年ぶりくらい。良い歌手を何人もそろえなきゃいけない上、難しいので人気のある演目の割には上演機会が少ないのかしら。前に観たのはまだオペラ初心者だった頃(今でもそんなに変わらないか)。最後の3重唱のところでなんだかよく分からないまま涙が止まらなくなったことを覚えています。まわりにいた人も泣いてた。話は全然違うけど、マルシャリンって人名じゃないんですね。今気づいた。
シュレジンガーのプロダクションはもちろん初めて。オーソドックスな演出で前に観たのもそうだったので、印象はあまり変わらずこれがばらの騎士の舞台なんだなぁって思いました。これ、現代に置き換えて演ったら、不倫どろどろの昼メロみたいになっちゃいそう。でもそれがいいんですけど。
この物語を観るとき、誰の物語として見るかがポイントになるような気がするんですけど、マルシャリン派。老いを感じ、若い人に恋人を譲る、あの引き際の美しさは憧れ。不倫をするならあんな大人になりたい。ゾフィーは小娘過ぎるなぁ。オクタヴィアン目線はわたしにはちょっと無理かな。軽すぎ。ってこの人、ケルビーノよね。ゾフィーはバルバリーナでハンカチはピンのアナロジーかなぁ。最後のハンカチ、なんか引っかかるのよね。どういう意味なんだろう?って。最後はオクタヴィアンとゾフィーがめでたく恋人同士になるんだけど、でも、これも一時の恋。ケルビーノの人オクタヴィアンは花から花へ蝶のようだもん。これは台本を書いたホフマンスタールも認めてますよね。でも、結婚に終焉しない純粋の恋愛って美しいなって思う。結婚してても美しく恋愛できる恋人を持つのってステキだと思う。っていうことをマルシャリンを見てると強く感じる。でも、オックス伯爵を見て同じように感じないのはなぜ? 品格の差? オクタヴィアンはどうなるんだろう。ゾフィーは恋愛を経験してどういう風に成長していくんだろう。これは現実ではありませんよ。夢の物語です。浄化された夢。現実に不倫してみようなんて思いませんもの。相手がいない。

なんてことを仄かに考えつつ、夢の世界に浸ってました。やっぱりステキです。4時間半があっという間。始まりが6時からだったので、あわてて仕事を切り上げて、ぎりぎりで劇場に駆け込んだんですけどね。
オーケストラはもう少し甘くて柔らかな音が欲しいと思ったこともたまにあったけど、十分上手かったです。指揮者のキリル・ペトレンコさんはまだ若い人だけど(年齢を見てびっくり!まだ30代)、とてもステキでした。しっかりとツボを押さえていた感じです。将来がめちゃ楽しみ。
歌手陣はみんなとても良かったんだけど、オクタヴィアンのコッホさんは女装したときがめちゃかわいらしかった。ってこちらが素なのかもしれないけど。でも、ひとりだけ挙げるとすればゾフィーを歌ったルーシー・クロウさんです。最後だけは途切れちゃって残念だったけど、高音が良く伸びてとってもステキでした。若くてまだきゃぴきゃぴしたところもあるゾフィーを新鮮に演じていました。彼女自身も若い人(多分20代?)で、気がつかなかったんだけど、この春、ディドとアネアスでロイヤル・オペラ・デビューしたんですね。そのときは、多分、重要な役ではなかったのと中村恵理さんに注目してたので気がつきませんでした。名前を知らない若い人がステキな歌を歌うのを見つけるのはとっても嬉しいのです。彼女はこれからもますます活躍していくでしょう。ぜひぜひ見守って聴いていきたいです。
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by zerbinetta | 2009-12-07 07:30 | オペラ | Comments(0)

クリスマス気分満喫   

mendelssohn: vom himmel hoch
vaughan williams: the first nowell
bach: cantata no.63 'christen ätzet diesen tag'
honegger: a chiristmas cantata


クリスマスですよ。あっ早くクリスマス・カード書かないと。というわけ(へっ?)で、ロンドンフィルはクリスマス特集。クリスマスにはぜひ聴きたいといつも思っていた(でもCDを持ってくるのを忘れて最近は聴いていない)オネゲルのクリスマス・カンタータが聴けるなんてステキ。わたしのクリスマスと言ったら、くるみ割り人形(今年観た!)とメシアンの主の降誕(去年聴いた!)とオネゲルのクリスマス・カンタータだったので、うわ〜っついに聴けるのか〜って大感激。この曲、マイナーなんだけど結構ツボなんだよね〜。
で、今日は4人の作曲家のクリスマスにちなんだ作品が演奏されます。メンデルスゾーン、ヴォーン・ウィリアムス、バッハ、そしてオネゲルです。で、面白いのはメンデルスゾーンとバッハのときは、OAEでリーダー(OAEやロンドンフィル、ロンドン・シンフォニー、BBCシンフォニー等ではコンサー・マスターと呼ばずにリーダーと呼びます。これだとコンサート・マスター、コンサート・ミストレス問題が発生しないもんね。コンサート・ミストレスという言葉は違和感を感じる人も多くて(別の意味に捉える)実際、英語圏ではあまり使われていないようですが、それでも英語のサイトでも議論があります)をしているマーガレット・フォウルトレスさん(女性)がゲスト・リーダーとして参加することです。いろんなオーケストラが近所にあるロンドンならではですね。この間のハイドンでもそうでしたが、ユロフスキさんは、古典的な作品は古楽器的な音を求めているのですね。
メンデルスゾーンは始まったとたん泉のように音が迸り出て瞬く間に引き込まれる。交響曲の第2番とかメンデルスゾーンの歌付きの作品が大好きだったのを思い出してしまった。知ってる賛美歌のメロディが出てくるのも交響曲第5番みたいで吉。メンデルスゾーンってバッハと共に偉大なプロテスタントの作曲家なんですね〜。そうそう、メンデルスゾーンがバッハのマタイ受難曲の復活上演を果たした歴史的な事業って彼が20歳の時なんですね。なんて早熟。

2曲目はイギリスのクリスマス。ヴォーン・ウィリアムスの最初のノエル。これは静かな親しみやすい音楽で、民謡風のメロディや、ウェールズのキャロル、プロテスタントの教会に通っていれば誰でも知ってる賛美歌103番(古くてごめんなさい)のメロディが歌われて思わずにやり。自分でも歌ったことのあるメロディが出てくると嬉しいですよね〜。クリスマス気分が高まります。
休憩を挟んで3曲目はバッハのカンタータ63番。バッハには有名なクリスマスカンタータがあるけど、あれをやったら1回の音楽会が全部うまちゃうもんね。ユロフスキさんのバッハ、ステキでした。ユロフスキさんって実は古典を演るのが得意だし合ってるんじゃないかって思いました。古楽へのアフィニティー高そうです。

そしていよいよ期待のオネゲル。オネゲルを生で聴くのは多分初めて(もしかするとパシフィック231を聴いたことがあったかもしれませんが)。最初のオルガンの響きからCDで聴くのとは違う感じがしました。暗い中から徐々に盛り上がって、たわやか児童合唱が聞こえて主の降誕が知らされます。ここから一転、キャロルてんこ盛りのクリスマスの世界。きよしこの夜や賛美歌108番、フランスのノエル、などたくさんのメロディが一斉に響きます。これほんとにステキなんですよ。全てのメロディが同時に一斉に聞こえてきて。クリスマスに教会で賛美歌を歌った経験のある人は絶対に嬉しくなっちゃいます。ただちょっと残念だったのは、それぞれのメロディが上手く分離していなかったように聞こえました。ごちゃごちゃしていて全体が混じり合って灰色になっちゃうそんな感じかな。もっとクリアにそれぞれが聞こえてくるともっと感動的なんだけど。もしかして、ユロフスキさんって大きな音で独立の音楽がいっぺんに鳴るのを振り分けるの苦手なのかしら。そんな風に思った夜でした。
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by zerbinetta | 2009-12-05 08:10 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

マゼール節全開 ここまでやればすっぽり爽やか   

kodály: dances of galanta
tchaikovsky: piano concerto no.1
mussorgsky/ravel: picture at an exhibition
simon trpčeski (pf), lorin maazel / po @royal festival hall


マゼールさんとフィルハーモニアの2日目です。今日は名曲系(?) 始まりはコダーイのガランタ舞曲。初めて聴く曲です。題名の通り、ハンガリーの民族舞曲。ハンガリーには行ったことないのだけど、なぜかハンガリーには親近感を抱きます。賑やかなフォークダンスを踊るみたいでいい感じ。マゼールさんも乗ってました。でも、自分の思い通りにオーケストラから音が出るのは気持ちいいでしょうね。わたしもやってみたい。ってオーケストラを自由自在にあやつって音を出せる指揮者ってたくさんはいないし簡単にはできないんでしょうけど。

今日の期待は2曲目。ピアノを弾くトルプチェスキさん(発音不明)。昨シーズンにも同じ曲を違う指揮者、オーケストラで聴いてすごいって思ったんですね。それにしても彼、後ろから見るとおじさん(ごめんなさい。後頭部、髪薄いので)、でも前から見ると好青年。肌もつやつやしてるしね。弱冠31歳(多分)なのです。彼、ピアノに向かってながらも、オーケストラの方を見たり、指揮のまねごとをしたり、わたしは秘かに彼は将来指揮者になるんじゃないかと思ってるんだけど、その彼と、指揮者の権化マゼールさんとの対決が見物。始めはトルプチェスキさん、おとなしかったです。あっピアノの演奏がじゃなくて、動きが。でも曲が進むにつれやっぱりオーケストラを見たり、手を動かしたり。でも、マゼールさんだって負けてはいませんよ。指揮棒の元に完璧にオーケストラを掌握して、自分の音楽に専念。まあでもマゼールさんは大人。トルプチェスキさんを自由に弾かせつつ、自分の音楽の世界にいつの間にかに引き込んでいた感じでした。お釈迦様の手? びしびしと決めまくるチャイコフスキーでしたけど、面白かったのは第2楽章。始まりのピチカートから叩くように弾かせて、感傷を排したリアリスティックなもの。8分の6拍子を6つ振りしてさくさくと刻む感じ。ピアノの透明な月明かりのようなかりんとした響きと相まって、月明かりの夜を散歩しているよう。凛とした冴えやかな夜です。ずいぶんと盛り上がったチャイコフスキーでしたが、第1楽章が終わったとき、客席から思わず拍手がありました。すぐに消えたんですけど、これはちょっと残念。USだったら盛大に拍手したでしょう。わたしも拍手したかった。だって音楽はそう書かれてるんですもの。チャイコフスキーの時代は楽章間で拍手をするのは普通に行われていたことですし。ロンドンのお客さんの拍手のマナーはとても紳士的です。でも、わたしにはときどき不自然に思えるし、不自由さがかえって音楽を損なってる場合もあるように思えます。拍手に関しては自由なUSの方が好きなのです(あのやり方になれてるせいもあるのかもしれませんが)。まあでも拍手それ自体は上手なんですよ。音楽をよく知っているというか。今日もチャイコフスキーが終わったあとの盛大な拍手と、トルプチェスキさんがアンコールに弾いてくれた、マケドニアの民謡をアレンジしたしっとりとした曲のあとの暖かい柔らかな拍手の仕分けは見事でした。

展覧会の絵はマゼール節全開。金管を浪々とならして、ただでさえ凶暴なティンパニを思いっきり叩かせまくり。マゼールさんも気持ちよく乗っていたような気がします。曲が終わったときのマゼールさんのやりぃ!って感じの表情が満足感を見事に表していました。ここまでやられると、好き嫌いは別にして(わたしは好き)もう爽快で気持ちよいですね。全力で勝負をして最後の勝った〜って歓喜の爆発。若いわ〜マゼールさん。そうそう、キエフの大門ではティンパニを2度叩きさせてたんですけど、これは初めて聴きました。楽譜ではそうなってるのかしら? マゼールさんのアレンジ?
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by zerbinetta | 2009-12-03 02:14 | フィルハーモニア | Comments(0)

到達点、なのかも   

mozart: violin concerto no.3
mahler: symphony no.9
arabella steinbacher (vn), lorin maazel / po @royal festival hall


わたしはモーツァルトの演奏は古楽器のが好きです。フィルハーモニアはとっても機能的なオーケストラで何でも上手に演奏してしまうオーケストラですが、モーツァルトに関してはわたしの好みと違うのであまり期待してませんでした。でもそこはフィルハーモニア。やっぱり上手いですね〜。オーボエなんかいつもと違ってモーツァルトらしい明るい軽やかな音色。リード変えたのかな。オーケストラ全体も若草色のモーツァルト全開です(モーツァルトはピンク!ってのだめは言ってたけど、わたしはヴァイオリン協奏曲やザルツブルク時代のモーツァルトって草原の緑だと思うんですよね)。そしてロマンティックばりばりのモーツァルト。 きっとマゼールさんの解釈もそうですが、ソリストのシュタインバッハーさんの解釈もそうだと思うんです。第2楽章なんてゆったりと柔らかで極めつきにロマンティックだったもん。ここまで徹底的にやられるとわたしの好みとは違うけど参りましたって思うもん。でも、シュタインバッハーさんの演奏ではロマンティックな協奏曲を聴きたいです。演奏会のあとにサイン会があったんですけど、わたしはプログラムを持っていなかったので(フィルハーモニアのプログラムは秋シーズンをひとまとめに1冊なので既に持っていた(間抜けなことに2冊も))、寄らなかったんだけど、あとで調べたら彼女、母親が日本人なんですね、道理でちょっと東洋的な顔つきかなって思った、もしかして日本語でお話しできたかもしれない機会を逃してちょっと残念。

休憩の後はマーラーの交響曲第9番。マゼールさんは最近のニューヨーク・フィルとの全集がとっても評判いいので期待してました。フィルハーモニアの音ってロンドンの中では一番ニューヨークに感じが近いと思うし。さて、その演奏、マゼールさん超満載。マゼールさん、指揮上手なんですよ(ってわたしが今更言うことないか)。基本的には左右対称で、左手で右手とは別に表情を表現することはないし、指揮棒もシンプルに拍子を刻む感じなんだけど、指揮棒1本で全てを表現できるというか、細かい指示まで的確、オーケストラもマゼールさんの棒に機敏に反応して完全にマゼールさんの弾く楽器になってました。
始まりは普通のテンポかなって思ったんですが、アレグロになっても焦らずゆったり。第1楽章は全体としてかなりゆっくり目のテンポです。そして、金管楽器、特にチューバなんかの低音楽器とティンパニを鳴らす鳴らす。フィルハーモニアのティンパニの人、もともと叩き屋だと思うんですが、それがもうあり得ないくらい凶暴に叩いていました。マゼールさんの耳は全ての音に行き届いていて、どんな音もきちんと聞こえるし、へ〜こんな音あったんだと初めて気づかされる音もあってびっくり。フレーズなんかも曖昧なところがなく完全にコントロールされてます。マゼールさんのこの音楽に対する意志の強さを感じました。
第2楽章はかなり速め。で歯切れ良くリズムを刻んでいきます。ものすごくリズム感の良い演奏。片時の隙もありません。オーケストラの勢いに任せてマゼールさんが指揮の手を休めることがあったり、楽器の出をばんばんと指示したり、マゼールさん熱くなってます。第3楽章も同じ感じ。コーダからテンポが上がっていくところも面白くてマゼールさんの面目躍如。上手いですね、こういう表現。それにフィルハーモニアはもともとアンサンブルの上手いオーケストラだと思うけど、さらに磨きがかかって縦の線がぴったり、リズム切れまくり。
最後の楽章はちょっと間をとってから始まったけど、やはり明哲な意識的な演奏。情に流れずありとあらゆる音が常にしっかりとコントロールされてます。ゆっくり目のテンポだったと思うけど、なんだか短く感じました。マゼールさんって元気な人だって思ったけどさすがに終わったあとは疲れ切った表情でした。
聴き終わってマーラーの音楽を聴いたという感じがしません。マゼールさんの音楽を聴いた感じです。過去への憧れのようなもの、生への執着、諦念、別離、浄化みたいなものはほとんど感じられませんでした。そういう情の部分は大胆に切り捨てられていたように思えます。楽譜に記された音のみがあって、それでもう十分なんです。アブストラクティブな記号のような音楽。バッハの音楽に近いのかもしれません。もしくはもっともっと抽象的な図形楽譜の世界。そういう意味では21世紀の解釈なのかもしれませんね。これがマーラーかと言われると、すぐにはいとは答えられないけど、とても刺激的な知的な興奮を覚えました。情のない冷たい演奏かと言えばそうではなく、マゼールさんの熱い血のたぎった演奏。これがマゼールさんのマーラーの到達点なのかもしれません。明らかに音楽はひとつの極みに達していたと思います。マゼールさんは何をみているのでしょう?
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by zerbinetta | 2009-12-01 02:12 | フィルハーモニア | Comments(2)