<   2010年 02月 ( 16 )   > この月の画像一覧   

お父さん   

macmillan: st john passion
christopher maltman (br), sir colin davis / ls chorus, lso @barbican hall


イギリスでは人気で演奏機会も多い、ジェームス・マクミランさんの「ヨハネ受難曲」。この曲は今日の指揮者、サー・コリン・デイヴィスさんの80歳の記念に捧げられて、今日と同じメンバーで演奏され、録音されています。それにしてもサー・コリンって80歳を超えてるんですね。マズアさんと同い年。マズアさんもお若いけど、サー・コリンも髪の毛はふさふさしてるし、指揮姿も(椅子を使わない)80歳には全然見えない若々しさ。髪、カツラじゃないよね。バッハとかハイドンとか昔の人はカツラをしてたのでちょっと勘ぐっちゃった。失礼。
マクミランさんとの出逢いは、去年のニキの音楽会です。彼女のヴァイオリンを聴きに出かけて、彼と出会ったのでした。今シーズンはやっぱりLSOと、レーピンさんのソロでヴァイオリン協奏曲の初演が予定されています。マクミランさんの音楽は、調性的でとても聴きやすい音楽です。隣に座った人がヴォーカル・スコアを開いていたので、ちらちらと盗み見してたんですが、変拍子もないし、臨時記号もそんなに多くなくって楽譜の上でもとても分かりやすい音楽でした。「ヨハネ受難曲」はドラマティックではあるけれども、なんだか、テレビのドキュメンタル番組とかの背景にかかっていそうな感じです。終曲のホルンの訴えかけるような旋律もテレビ的で、その上にいろんな音が被さってるのが現代音楽っぽくはあるんですけど、わたしはちょっと安易かなぁなんて思いました。初めて聴く分には分かりやすいので感動するけれども、1回聴いたらもういいやみたいな。いい曲なんですけどね。
編成は大きなオーケストラに、大きな合唱団、それにナレーター部分(エヴァンゲリスト?)を担当する小さな合唱、キリストを歌うバリトンからなります。そしてこの受難曲の大きな特徴は、キリストが聖書にある言葉だけではなく、創作されたいくつかのテキストを歌い、わたしたちに強く問いかけてくることです。「私はあなたに何をしてきた?私はどのようにあなたに背いた?答えなさい!」この言葉が繰り返されます。直接心に響いてくる言葉です。でも、果たしてこんなに分かりやすくていいのか、という疑問もわき起こります。音楽もとことん分かりやすいし。一方でバッハのような受難曲もあるのです。難しい音楽とは言い切れないけれど、分かるのには時間のかかる音楽だと思います。わたしは未だにちゃんと分かっていない。でも、人類の至宝とまでいわせるバッハの「マタイ」と比べるのは酷かもしれないけど、マクミランさんのあまりにも直裁的な分かりやすさが気になりました。もちろん、バッハの音楽は教会の中で信者に向かって書かれたものなのに対して、マクミランさんの聴かせる相手は、宗教が黄昏れていく今の聴衆なので、テレビやファスト・フード、インスタント食品の世代、まどろっこしいことは嫌、我慢できるのはせいぜい15分か3分くらいの人なので(言い過ぎでしょうか?)、こういう音楽の方がふさわしいのでしょうか。
あ〜でもやっぱり、マクミランさんはみんなの支持を受けてるんですね。拍手も多かったし、公演後、サイン会もあったようです。
演奏は、キリストを歌ったマルトマンさんは、休憩後、体調が悪いとのアナウンスがありましたが、最後まできちんと歌いきりました。確かに舞台上ではなんとなく体調悪そうに見えていましたが、歌はしっかりしていたと思います。わたしは不満はありませんでした。本調子だったらもっと凄いのかもしれないけど。サー・コリンとオーケストラはやっぱりめちゃ上手かった。こうして聴くとやっぱりロンドン・シンフォニーって上手いです。世界のベスト・オーケストラの10傑に入れられるのも分かります。
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左から、サー・コリン、合唱指揮のジョセフ・キュレン(joseph cullen)さん、マルトマンさん、作曲者のマクミランさんです。

とここまで読んできて、タイトルの「お父さん」ってなに?って気がついた方もいるかもしれませんね。もしかして、父なる神? ふふふ、そこまで勘ぐった方えらいっ。わたしはそんなに信心深くないのです。実は、えへへ、ロンドン・シンフォニーの主席コントラバス奏者は、アリーナのお父さんなんです。記念にぱちり。なんてミーハー。
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by zerbinetta | 2010-02-28 08:57 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

ゾンビ再び   

szymanowski: concert overture
dvořák: violin concerto
prokofiev: symphony no. 3
frank peter zimmermann (vn), alexander vedernikov / bbc so @barbican hall


クイズです。この曲は誰が作曲したでしょう? ってクラヲタさん達に聴かせたら、十中八九、リヒャルト・シュトラウス、でもなんていう曲だろう? 知らない曲だって答えられそう、なのはなんと!シマノフスキの演奏会用序曲。シマノフスキ20代前半の頃の作曲です。それにしてもシマノフスキって若い頃、シュトラウスの影響を受けていたのね。それがもろに出た音楽。1904−5年の作品(1912−13年に改訂)で、シュトラウスも時代の最先端を走っていた頃。若いシマノフスキも最先端を併走していたのでた。そしてお互いコースを離れて独自の道に入っていくのですね。今日はラジオ放送用に司会者が出て短く曲を紹介したのですが、彼が言った「ティルオイレンシュピーゲル」よりもわたしはドンファンを感じました。ドンファン調のホルンの咆哮がかっこよかったしすかっとした。ヴェデルニコフさんとBBCシンフォニーの演奏、快調です。

2曲目はフランク・ペーター・ジマーマンさんを迎えてのドヴォルジャークのヴァイオリン協奏曲。これはびっくりした。まず始まりからわたしとはテンポ感が違う。むちゃくちゃというわけではなくちょっぴりだけど、テンポが速め。でも、音符をざっざっと切ってるので速く感じます。わたし、この曲はいくつかの演奏をラジオやCDで聴いただけだけど、ボヘミアの草原を吹き抜ける風のような緑の爽快感、草の匂いのノスタルジーを感じる音楽だと思っていました。ところが今日の演奏にはそれがない。そういう風景を喚起するのもがないのです。代わりにあるのは純粋に音だけの音楽。そして確固とした構築。ブラームスはドヴォルジャークのメロディ・メーカーとしての才能を高く評価していたそうですが、今日の演奏は、ブラームス張りの音楽の構成感を際だたせるもの。叙情性をほとんど感じさせないわたしにとっては異質な音楽だけど、こうも確固として揺るぎなく演られちゃうと、参りましたと納得せざるを得ない。というか、驚いたけれどもこういうのもありだって思った。ヴァイオリンのジマーマンさんのヴァイオリンはこういう言葉が適切かどうか自信はないんですが、男性的。恰幅が大きく骨太。こんな音に抱かれたいと思っちゃいました。
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さて、実は今日のお目当ては、指揮者のヴェデルニコフさんだったのです。だってだって、好きなんだもん。彼は確かにハンサムとはいえないけど、音楽はとってもとってもステキ。わたしの今最もツボにはまってる指揮者のひとりなんです。もちろん、前半のシマノフスキもドヴォルジャーク(こちらはジマーマンさんの音楽だったのかもしれませんが)も良かったんですが、ヴェデルニコフさんを聴くなら圧倒的にプロコフィエフ。そして、交響曲第3番なんてプロコフィエフ好きのわたしには涙が出るほど嬉しい。こんな曲滅多に演奏される機会なんてありませんから。ついでに交響曲の第2番なんかも演ってくれないかなぁ。
もちろん、ヴェデルニコフさんのプロコフィエフは期待通りというか期待以上。最初から切れてる感じで、狂気の世界に引きずり込まれます。アグレッシヴでワイルド。そしてヴェデルニコフさんの美質は、オーケストラが思いっきり強奏されてるのに、音が濁らずに全ての音が明確に聞こえることです。ホルンの和音、弦楽器のメロディ、トランペットの叫び、トロンボーンの対旋律、全部いっぺんにわたしに襲いかかってきます。それは決して分析的に交通整理をした演奏ではなくて、他の人より大きく吹けば耳に届くという単純原理に支配されてるようです。もちろん音が濁らずに独立してることが前提ですが。この感覚は、前にロストロポーヴィチさんのプロコフィエフを聴いたときにも感じました。プロコフィエフはどんなに複雑でも交通整理をしてしまっては魅力が失われてしまうと思います。各パートがお互いに競い合って1等を目指すのがプロコフィエフの魅力なんじゃないかと。
そして、第3楽章ではなんと、ゾンビ出現! 音楽が奇妙におどろおどろしくて、ゾンビ映画のバックにぴったりなんですが、弦楽器にエキセントリックなグリッサンドの下降音を弾かせるとき、指揮者のヴェルデニコフさんには明らかにゾンビが憑依してた。ヴェルデニコフさんはゾンビだったんだ。あんなゾンビみたい指揮をされたら、音を出すオーケストラも軽々しくは音を出せません。世界がゾンビに溢れていきます。プロコフィエフのゾンビはさらに凶悪化してしまいます。第4楽章ではゾンビが巨大化した怪獣になって街に襲いかかります。いったんわたしの脳内のゾンビ変換回路がオンになってしまったら、もう、ゾンビから逃れられません。ゾンビの勝利となって音楽は終焉します。いや〜実に満足度の高いプロコフィエフでした。名演でした。ますますヴェデルニコフさんから目が離せません。わたしもゾンビと化す日も近い?
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高笑いするゾンビ。じゃなかったヴェデルニコフさん。

おまけ。
そうそう今日はBBCシンフォニーのティンパニの人の叩き方がかっこいいのに気づいちゃったんです。わたしにとっては叩きっぷりはフィルハーモニアのスミスさんなんだけど、BBCのチャイムズ(john chimes)さんも叩く姿がいいなって思いました。おまけその2はチェロの人。これはある方へ。
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この音楽会は現在BBCのラジオ3(パート1パート2)でインターネット配信中です。よかったらぜひ。
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by zerbinetta | 2010-02-25 23:14 | BBCシンフォニー | Comments(4)

男の世界   

shostakovich: suite from the nose, symphony no. 1, the gamblers (operatic fragment)
mikhail urusov (tn), viacheslav voynarovskiy (tn), sergei leiferkus (br),
vladimir ognev (bb), sergey aleksashkin (bs), mikhail petrenko (bs)
irina brown (dir) / vladimir jurowski / lpo @royal festival hall


ロシアってなんだか白黒のウオツカと男の世界だと思う。と勝手にイメジ。ってか、これはムソルグスキーとショスタコーヴィチ(タコ)から。だって、ムソルグスキーのオペラって出てくるの男の人ばかりだし、なんてタコはムソルグスキーのファンだから、すでにバイアスかかってるけど。チャイコフスキーなんかのバレエを観てるとカラフルで女の人もたくさん。
さてそんなモノクロームのマニアックなタコの音楽会。何しろ曲目がオペラ「鼻」からの組曲、交響曲第1番、そして未完のオペラ「賭博師達」の断片。タコ好きにはたまらないというか、実は交響曲第1番以外は聴いたことなかったし、交響曲も実演では初めて。2曲はオペラ関係で歌手も出るけど、男声ばっかり。地味といったら地味だけどかえって女性ファンの心をくすぐる? タコは女性ファンが割と多いのですよ〜。

「鼻」の組曲は序曲と6つのシーンから取った音楽のようです。歌は入るけど、オペラのストーリーを追えるものではなく、っても荒唐無稽の物語なのでストーリーはなくても大丈夫。あらすじはわたしもあとで知ったんだけど、正直会場では字幕を読んでも何のことか分からなかったし、何しろ一人歩きする鼻と自分の鼻を捕まえようとする人の話。でも、音楽は圧倒的に良かった。金管楽器もひとりずつの小さなオーケストラだけど、打楽器は12人くらいいて、賑やかで面白いの。音楽も若い頃のタコの前衛的で力強い感じがとっても良くて、で、この音楽、タコ22歳の頃の作品なんですね! 天才ってほんと、凄いっ。音の煌めきの放つ強烈なエネルギーは若者にして天才にのみ創造を許される特別なもの。演奏もとっても良かったです。バリトンのレイフェルクスさんはメトでもよく歌ってたので、何回か聴いたことがあります。相変わらず張りのあるたっぷりと深い声で、ステキです。安定感抜群。テナーのウルソフさんは初めて聴く人でしたが、こちらもどっしりと安定。暗めのトーンがむちゃステキです。これから世界に羽ばたいていく優れたロシアン・テナーのひとりになるでしょう。オーケストラはピッコロが凶暴で良かったです。ピッコロってオーケストラの楽器の中で一番凶暴なんじゃないかしら。ねっ。

交響曲第1番はタコの出世作。才気溢れた音楽はとってもステキ。希望と野望に輝いてる。ユロフスキさんの演奏は、ちょっと辛口だけど、普通。上手く捌いていたと思うけど、一歩つっこんでいくところがないように感じました。若さゆえの煌めきをもっと表現して欲しいし、そういう全体を壊すようなドキリとする表現があってこそ音楽が生きると思うんです。安全運転はわたしにはつまらないし、タコの若い棘をなめらかに磨いちゃったら、きれいだけど違うものになっちゃうよね。

賭博師達は未完のオペラの作曲された部分です。タコは全25曲のうち最初の8曲を作曲して作曲を中止したそうです。なのでお話は完結してません。字幕はちらちら見る程度で音楽に集中することにしましょう。オーケストラの前にテーブルを配置してセミ・ステージドの演奏です。オーケストラが席について、リーダーと指揮者がテーブルで遊んでます。会場係の人がリーダーに耳打ちをして、音合わせを始めます。そして気の乗らない指揮者に指揮棒を渡して指揮台に追い立てます。音が鳴る前から音楽が始まってたんですね。もちろんユロフスキさんもいやいや演奏を始めた訳じゃないですよ。オペラの公演と違って動ける範囲が狭く、舞台装置もほとんどないセミ・ステージドですから、演劇的要素は少なく、歌手達はほとんど自分の席について歌うんですけど、賭博場での会話で成り立ってるオペラなのでそれで十分。歌手は男声ばかり6人で華がないんだけど(ハナがないって「鼻」とかけてる?)、タコの音楽にぴったり渋い。暗くはないんですよ。ユーモアのあるお話だし。渋いんです。男の匂いって感じかな。歌手では先に歌ったお二人はもちろん良かったんだけど、バス・バリトンのオグネフさん(この人、自然で剽軽な演技も良かった。プロフィールを見ると役者もしてるんですね)とバスのペトレンコさんが印象に残りました。オーケストラの演奏も良かったです。ユロフスキさんはオペラに向いてるんじゃないかしら。劇場で聴いてみたいです。
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by zerbinetta | 2010-02-24 04:44 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(2)

ソールドアウト・コンサート   

beethoven: violin sonata nos. 5, 2 & 10
alina ibragimova (vn), cédric tiberghien (pf) @wigmore hall


ウィグモア・ホールでもアリーナ(・イブラギモヴァさん)とセドリック・ティベルギアンさんのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ・シリーズ。3回にわたってあるんですけど、どれもソールド・アウトで前回は全く手も足も出ず(ウィグモア・ホールのサイトでは端からソールド・アウトのアナウンス)、2回目の今日の音楽会もずうっとソールド・アウトの状態が続いていました。去年、リゲティで彼女と出逢って以来、わたしはアリーナの大ファン。聴きたいなぁって思いながら、ときどきウィグモアのサイトを見ていたら、なんと!2週間ほど前に空席が出たではありませんか! 嬉しくってすぐチケットをとりましたよ。なんてラッキーな幸せ者なんでしょう。それからずうっと楽しみに待っていた音楽会、いよいよです。アリーナはすでに何回か聴いているのですが、シマノフスキのCDでも共演してるティベルギアンさんと一緒に聴くのは初めて。ティベルギアンさんも確かアリーナと同じ時期にBBCのnew generation artists schemeのメンバーだったと思います。ソロ・ピアニストとしてもすでに大活躍中。そして、うふふ、ちょっとイケメン。

音楽会は有名な「春」から始まりました。「光る青春の喜びと稲妻」(by 峰)です。彼女の演奏は、バッハの無伴奏では囁くような静かな語りかけ、わたしの行けなかった前回のウィグモア・ホールでのベートーヴェンのソナタのライヴでは真っ直ぐに伸びやかな音楽だった(インターネット・ラジオで聴きました)んだけど、今日の春はちょっぴり峰テイスト。アクセントを付けたり、弓のスピードを上げたり、溌剌と仄かにアグレッシヴ。若い少し華やいだ感じの春です。でも彼女の持ち味は緩徐楽章により良い形で現れていたと思います。静かな優しさに包まれた音楽を彼女はほんとにステキに演奏する。幸せになる音楽。そんな彼女ですから、ベートーヴェンのかわいらしい音楽が合わないはずがない。実は今日一番感心したのが、第2番のソナタだったんです。だってかわいいじゃない。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタって有名な「春」や「クロイツェル」、短調の第7番をのぞけば、みんな若々しくてかわいらしいと思うんです。「心やさしいメロディや一丁かましてやろうという幼い覇気に満ちている」(by 池袋西一番街のマコト)は全くその通りで、特に偶数番のはね。アリーナのヴァイオリンはまさに若々しさと心やさしいメロディにぴったりなんです。とても丁寧なフレージングをしてるのもいいんです。アリーナの音楽は何かを仕掛けて驚かせてやろうとか、大きな声で圧倒しちゃおうとか、作為的なものが全然なくて、うんと自然でのびのびとしてる。かといって、気ままに弾いてるんじゃなくて、隅々まで丁寧に耳を行き届かせて、表現がきちんと計算されている。だから彼女の演奏は音楽そのものが持っている美しさや感情が素直に過不足なく聞こえるのね。
ただ、この前半のプログラムでひとつだけ残念だったのは、ピアノにピアノ線のような金属質の音がごくわずかに混じってしまったこと。これは演奏者のミスではなくてピアノを調整した人のミスなんだけどね。休憩時間には調律師さんが出てきてピアノを調整してました。

休憩後は、第10番。あの「クロイツェル」のあとでまたかわいらしい、でも一筋縄ではいかない音楽です。さすがベートーヴェン。第6番とともに大好きなソナタです。もちろんもちろん、アリーナのヴァイオリンにうっとり。でも、これはまだ伸び代があるなって思いました。それはそうですよね。アリーナはほんとに素晴らしいけど、まだ完成形じゃない。24歳でもう完成してたらそれは反対に悲しいことです。
アリーナのことばかり書きましたが、ピアノのティベルギアンさんもほんとに良かった。このペアではすでにシマノフスキのアルバムを出してるし、ベートーヴェンのソナタも昨年の秋から精力的にいろんなところで弾いてるので、アンサンブルはぴったり。ピアノもヴァイオリンもお互いに出しゃばらないで、お互いの音を引き立たせるように弾いているのは、ちょっとうらやましい。
アンコールにはソナタ第6番の緩徐楽章。若いベートーヴェンの世界に浸れてステキな音楽会でした。今日の音楽会は録音されていて、後にウィグモア・ホール・ライヴとしてCDで出るのだそうです。ピアノの事故はどうなるのかな、とも思うんだけど、楽しみ。もしかしてアリーナのベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集はウィグモアのライヴとして発売されるのかしら。ウィグモアのシリーズはあと、5月に1回。6番と3番と9番。ぜひ聴きたい。これもソールド・アウトですが、また空席が出たら逃さないようにしっかりチェックしていかなきゃ。聴けたらいいな。
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by zerbinetta | 2010-02-23 08:29 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

ヤナーチェクは難しい   

janáček: taras bulba, the eternal gospel
suk: symphony no. 2 'asrael'
sofia fomina (sp), adrian thompson (tn), vladimir jurowski / lpo @royal festival hall


チェコづいてますね〜。昨日に引き続き、今日もヤナーチェクとスークの音楽。ユロフスキさんとロンドン・フィルです。もちろん!今日は遅刻しませんでしたよ。いつもと同じ時間だし。ってか、かなり早く会場に着いてしまった。で、席についてゆっくりしてたんだけど、むしろこれが失敗。なんだか眠気が差してきて。ぼんやりと音楽を聴くことになってしまいました。
そのぼんやりでの感想なのでごめんなさいですが、最初のヤナーチェクの2曲はよく分からなかったです。ヤナーチェクは例の村上春樹さんの本でCDがよく売れたと聞きましたが、ツンデレというか(ちがう?)、取っつきにくいちょっと分かりづらい音楽だと思うんですね。多分彼の書いた音楽がチェコ語のイントネーションとかに深く関連づけられているのでしょう。外国語を聴くようです。ユロフスキさんもなんとなく思い切れていないというか、意気込みはあるんだけどすべって上辺をさらってるだけみたいな。眠かったからでしょうか。ただ、たまにユロフスキさんの演奏でそういうものを感じることがあるのが気になります。まだ若い発展途上の人なのでしょうがない面もあるかもしれないし、温かく見守りたいのです。わたしも経験あるですよ。自分ではしっかりやってたつもりなのに空回りしてあれよあれよという感じで上手くいかないこと。あっこれは睡魔と戦い疲れたわたしの感想で会場の人たちはどう思っていたか分かりません。前の席の人は激しく拍手してましたから。あ、今日のゲスト・リーダーの方、ソロを弾いたとき、わたし好みの音〜〜って思わず嬉しくなりました。ヴェリンゾン(alex velinzon)さん、ボストン・シンフォニーの副コンサート・マスターなんですね。ボストン・シンフォニーの副コンサート・マスターといえば、現在、(元)我がナショナル・シンフォニーのコンサート・マスターがボストンの副コンサート・マスターから転身してきた方なんです。彼女は低迷期のナショナル・シンフォニーを救ってくれたので、ボストンの副コンサート・マスター繋がりでちょっと懐かしく嬉しい。
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ソプラノのフォミナさんとテナーのトンプソンさん。トンプソンさんは急遽代役だったんだけど、大役をしっかり果たしてくれました。

休憩の後は珍しい、っていうか録音も含めて全く初めて聴くスークの交響曲第2番「アスラエル」。アスラエルは死を司る天使の名前みたいです。前半、第1楽章から第3楽章までは、師であったドヴォルジャークの死をきっかけにして書き始めた音楽。そして後半、第4、5楽章はドヴォルジャークの娘で彼自身の妻でもあるオティリエが若くして亡くなったのに際して書き上げた音楽。全編、悲しい音楽です。悲しいと言っても悲痛な叫びや慟哭ではなく、死者を偲んで悲しみに暮れてるといった感じの音楽です。死者に対しての思い出の音楽でもあるのでとても美しいんです。彼は、師であり義父でもあるドヴォルジャークを深く尊敬していたのでしょう。また妻のオティリエを深く愛していたのでしょう。そんな想いが聴くわたしにもしみじみと伝わってきます。わたしも愛する人を失ったらこんな風に想いたい、わたしが死んだとき誰かひとりにでいいからこんな風に想われたい。そして最後は祈るように、感謝を表すように静かに曲を閉じたのでした。この曲の演奏はとても良かったです。しみじみとした感動を味わえました。ロンドン・フィルの弦楽器が上手いのも良かった。それにしても今年はスークの記念年ですか?(そんなことはないけど) この曲、ロンドン・シンフォニーでもハーディングさんが採り上げる予定になってます。珍しい曲なのに。聴きに行こうかしら。まだ切符買ってないけど。
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ユロフスキさん。ちょっとお疲れです。でもこの音楽のあとでにこにこしてたら変ですよね。隣はゲスト・リーダーのヴェリンゾンさん。
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by zerbinetta | 2010-02-20 09:59 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

うわっまたやっちゃった〜〜とデジャヴ   

janáček: kabanova - suite
korngold: violin concerto
martinů: symphony no. 4
andrew haveron (vn), jiří bělohlávek / bbcso @barbican hall


うわ〜またやっちまったぜーー。今日は余裕ねと思ってバービカン・センターに着いたらなんか違う雰囲気。音楽会もう始まってた! チケットを見たら7時から。ええ〜〜っ、いつもの7時半じゃないのぉ〜〜。今日は忙しくて遅刻した訳じゃないんです。出かける前は職場のパブで友達とビール飲んでたし。ああああ間抜け。そのおかげでヤナーチェクのカバノヴァの組曲、聞き逃しちゃった。組曲版は世界初演だったのに〜。ばかばかばかわたしのばか。
で、わたしの始まりはコルンゴルドのヴァイオリン協奏曲。この曲を聴くのはなんと2度目。今日のヴァイオリニストはハヴェロンさん。プログラムのプロフィールを読んでたら、あれ?これどっかで読んだことある。でも、最近ヴァイオリン協奏曲聴いてないしな。デジャヴ? 不思議。ハープには口ひげの男性。フィルハーモニアの主席ハープ奏者です。今日はゲスト。コントラバスの後ろの方には他のオーケストラでもときどき見かける女の人。ロンドンのオーケストラって100%自分の団員だけで演奏することってなくてゲストを呼ぶことも多いし、エキストラが加わることも多いのです。それだけ音楽家がいるということでしょうか。そうだ。そういえば、ソリストのハヴェロンさん、この間ロンドン・シンフォニーでゲスト・リーダーとして「英雄の生涯」でソロ弾きまくってた人だ。プロフィールによると英国人としてパガニーニ・コンクールで最高位をとった人で、今はBBCシンフォニーのリーダーを務めているんですね。普段オーケストラを引っ張っている仲間が今日はソリスト。オーケストラには親密なあたたかい雰囲気がこもっていました。ビエロフラーヴェクさんとBBCシンフォニーの演奏はソリストを引き立てるもの。決して前面には出ず丁寧に伴奏を務めていました。今日のオーケストラは音色の色彩が豊富できれい。もともと20世紀以降の音楽は得意なオーケストラという感じだったのですが、ビエロフラーヴェクさんの下ではチェコものがとっても上手く聞こえます。もちろん、コルンゴルドはチェコの作曲家と言うより、ハリウッドのあるUSの作曲家という面も強いのですが、でも、作曲家との相性がとても良い方向に向かっていました。温かなとても良い演奏。オーケストラの人たちが我がソリストに送っていた拍手が心に残りました。

休憩の後は、マルティヌーの交響曲第4番。マルティヌー・チクルスの第3夜。これはとても良い演奏だったと思います。まず曲が良い。マルティヌーの音楽って他の作曲家やいろんな音楽が万華鏡のように反映することがあって、それはそれでマルティヌーの資質だし、面白いのだけど、模倣的といえばいえなくもないこともないので(ううう、何重否定?)、それが弱点でもあり得るのだけど、交響曲第4番は純度100%マルティヌーという感じで音楽が綿密で良く書かれてるように思いました。力強い音楽。そして、ビエロフラーヴェクさん。彼、本当にマルティヌーが好きなんだなぁっていうのがとても良く分かる演奏。音楽に一点の曇りもなく確信に満ちてる。オーケストラの音もマルティヌーのカラフルな光りがキラキラと交差するような感じでとてもきれい。このオーケストラ、ホルンがなにげに上手いのにふと気がつきました。ビエロフラーヴェクさんとの関係はとても上手くいってるのでしょうね。爽快な後味のステキな夜でした。遅刻したのは悔しいけどっ。
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オーケストラからも拍手を受けるハヴェロンさん
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ビエロフラーヴェクさん
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by zerbinetta | 2010-02-19 05:21 | BBCシンフォニー | Comments(4)

びよら大活躍   

mozart: symphony no. 39
bruckner: symphony no. 4
kurt mazur / po @royal festival hall


またまた懐かしい顔。クルト・マズアさん。わたしのUS時代、ニューヨーク・フィルの音楽監督でした。ニューヨークでは何回か彼の演奏を聴いていますし、彼がニューヨークを離れる年、ワシントンDCでも聴きました。マズアさんって「来るとまず合わん」とかって言われてるんですね。確かにまず合わんかった演奏を聴いたことあるのですが。。。でも、なんか不思議な味のある指揮者なんです。見かけによらず長身だし、見かけによらず高齢だし。指揮台から落ちてみたり。でも、お元気そうで安心しました。もう80歳を過ぎてるのに、椅子を使わず、2曲とも暗譜。凄い凄い。

最初はモーツァルト。わたしの大好きのひとつ交響曲第39番。これがまた不思議な演奏だったんですよ。とってもソフトで。最初のトゥッティからなんか音を抑えた感じ。そして、今日はフィルハーモニアのティンパニの人がいつものアンドリュー・スミスさんじゃなかったんですよ。そしたらティンパニ弱め。オーケストラの中に入って音を支えてるような叩き方。スミスさんだったらばしっとオーケストラに楔を刺すように叩くのに。それは今日のマズアさんの音楽とは違うのですが。わたしとしてはちょっと残念です。ティンパニひとつでオーケストラの印象が、音楽の印象がだいぶ変わってしまうのは面白いですよね。でも、スミスさんがこの音楽でどういう風に叩くのかもききくらべてみたかったな。もちろん無理な相談なんだけど。
ゆっくりと柔らかに立ち上がる第1主題。経過句はちょっぴり活発。わたしはコープマンさんの溌剌とした演奏やアーノンクールさんのアグレッシヴな演奏のCDで聴き慣れてるので、ちょっと戸惑い。それにしても何という演奏スタイルなのかな。一昔前のタイプ? でもそれはそれでのんびり優雅に聴く感じで、ふわふわと音楽は染み込んでくるのです。ぎりぎりのところでイージー・リスニングから画してるのも微妙なバランス。そしてそれに応えてフィルハーモニアの音も柔らかくて綿飴のよう。

そして、休憩後はブルックナー。マズアさんのブルックナーは初めて聴くと思ったのですが、日記をひっくり返してみると2002年にロンドン・フィルと来米したときの公演を聴いてるんですね。そのときの日記のタイトルが、「ブルックナーが。。。」。ふふふ、びっくりしたというか面白かったというか。今日の第4番ではなく第7番の演奏なんですけど、手前味噌ながらそのときの日記を引用してみましょう。

ー引用ここからー
さぁ、問題はブルックナーなの。マズアさんはわたしの記憶ではニューヨークフィルでこの曲や第4交響曲をたびたび採り上げてたので、この曲好きなんだなって思ってたの。だからすてきな演奏になるのに違いないって。そして、弦楽器のトレモロの霧のむこうに聞こえてきた音楽は、あっ?!と心の中で叫んだようなびっくり。遅いの。なんだか旋律が崩れちゃうくらいに。ううむ。第2主題や第3主題は普通のテンポなんだけど、第1主題だけがゆっくり。それから、全部の音は聞こえているのに、対旋律が浮かび上がってこないの。前に、スクロワツェウスキーさんが振ったナショナル・シンフォニーで同じ曲を聴いたときは、対旋律がよく聞こえてきてセカンド・ヴァイオリンを弾いたら楽しそうだなって思ったのだけど、今日は一所懸命耳をこらしてみたのだけど、音がかたまって聞こえて横の線には聞こえないのね。ふぅん、演奏によってこんなにも違うものかって改めて思っちゃった。わたし的にはちょっとタイプじゃないわっても思ったの。それにしても金管楽器が結構鋭い抜けるような音で、あっこれってニューヨークフィルみたい。もしかして、こういう強靱なはっきりした音がマズアさんの目指す音なのかなって思っちゃった。そういわれてみると、思い当たるふしがたくさんあるけれども、なんだかマズアさんの穏やかそうで剽軽な面影とはちょっと違うな。イメジ変えなきゃ。ブルックナーの方は第2楽章に進んだのだけど、奇跡はここで起こったの。演奏は、シンバルや打楽器の入らない版、わたしは版のことは詳しくないのだけどノヴァーク版?わたしとしては、シンバルもトライアングルも入れて盛り上がって欲しいと思うのだけど。音楽の重心をここに持ってきて欲しいから。で、う~ん、盛り上がらないなぁって思ってたの。ところがマズアさんの設計は重心をこのあとに移していたのね。コーダの部分はブルックナーがワグナーの死を聞いて書いた追悼の音楽なのだけど、マズアさんはここに全曲の重心を持ってきたの。ワグナーチューバとホルンが慟哭の叫びのように、荒いけど悲痛な心の痛みを伴う音で鳴ったの。ここで音楽は変わったわ。いままで、何だかよく分かんないブルックナーだわって思っていたのに、ここから真摯な音楽になったの。マズアさんの雰囲気も変わったしオーケストラの音も明らかに違うの。そこからはわたしは音楽に飲み込まれっぱなし。第3楽章のスケルツォは、もうすごくかっこ良くてリズムが切れまくって、今まで聴いた中で一番って思ったくらい。第4楽章も。金管楽器の荒々しい主題が悲しみの叫びに聞こえるの。わたしは、正直に言うとこの解釈はかなりへんてこなことになってると思うけど、わたしのブルックナーではないけど、マズアさんの演奏はとても面白かった(interesting)。すごいものを聞いたって得した気になっちゃった。
ー引用ここまで(zerbinetta complex oct. 2002)ー

曲目が違うので一概には言えないと思うのだけど、今日のブルックナーの第4交響曲「ロマンティック」は、やっぱりわたしにとって不思議な味わいのあるものでした。違う違う〜と思いながら妙に納得できるというか。まず始まりは、弦楽器のトレモロがちょっと弱いなって思ったけど、ホルンはなかなかステキな雰囲気でした。ところが旋律を木管楽器が引き継いでから、素っ気ないというか冷たいというか。前にマズアさんのとおっても無機的で異様なマーラーの交響曲第1番の始まりを聴いたことがあるので、今日の演奏もそうなっちゃうのかなって思ったら、楽器が増えてきてからは普通の感じに戻りました。もしかして上手くいかなかったの?っても思ったけど、再現部の方で同じような進行の部分も同じように演奏していたのでこれがマズアさんの表現なんでしょう。テンポは第1楽章では振り回すことはなかったけど、でも場面場面で微妙にテンポを変えて、スマートな演奏。イン・テンポで押し切る朴訥なタイプではないんですね。第2楽章の行進曲風のところなんかはゆっくりと逍遥するような感じでとても爽やか。結構いい感じでしょ。
そして、以前に聴いたのよりも印象が大きく変わってる部分があります。それは内声の扱い。今日は内声がとっても良く聞こえてきました。それも強調した風でなく自然に。特にヴィオラがステキでした。まず感動したのが、第1楽章の真ん中で金管楽器が朗々と盛り上がってるところに、絡んでくるヴィオラ。トップの人が体を揺するようにして大きく弾いているのをみんなが熱く追いかけて、今日はここが一番じんわりと感動しました。それにしても、この曲ってヴィオラが大活躍なんですね。そこここでヴィオラが一番大事なパートを弾いてます。びよりすと大喜び。びよらって普段日が当たらないですからねぇ〜。びよら・じょーくがあるくらい。でもここでは大活躍。もうみんな嬉々として弾いてる様子でしたよ。ふふふ、それは穿った見方かもしれないけどね。でもトップの人はとにかく熱く、みんなをぐいぐい引っ張ってた。こういうの大好き。演奏のあと、マズアさんはヴィオラだけ立たせてみたり。ヴィオラを立たせるのは珍しいでしょ。
第3楽章のスケルツォはぼんやり聴いてたらあっさり終わってしまったのでびっくり。ダカーポのあとはリピート省いてたのね。律儀に主部をダカーポするブルックナーの書き方はときにくどく感じるのでこういうのもアリかな。だって長いもん。
マズアさんのブルックナーで一番面白かったのは最終楽章。ここではテンポを大きく動かして、聴いたことのない感じのブルックナーに仕上げてました。でも、最初に書いたようにことごとく納得できるんです。それはきっとただテンポをいじっただけではなくて、そのテンポに合った弾かせ方、音作りをきちんとしてたからだと思います。マズアさんって結構狸オヤジ。飄々とした顔をして、指揮棒を使わずに最小限の手の動きしかしないのに、思いも寄らないユニークな音楽を奏でてくれる。わたし、もしかして彼のこと好きかも。いつまでも元気で、まだまだステキな音楽を聴かせてください。
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マズアさん。振り返ってるのはヴィオラのトップの人。今日はゲスト・プリンシパルのジリアクス(ylvali zilliacus)さんでした。彼女、ソロや室内楽でも活躍してるのね。
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by zerbinetta | 2010-02-18 10:27 | フィルハーモニア | Comments(2)

まるでオーケストラのような音楽   

bach: partita nos. 3, 1, 2
julia fischer (vn) @wigmore hall


振られ続けるとかえって愛おしさがこみ上げてくるのよね。彼女との出逢いは2004年の春だから今から6年ほど前。リサイタルでバッハ、モーツァルト、グリーグ、プロコフィエフとカラフルなプログラムを弾きました。わたしの第一印象は、わ〜音大きいでした。彼女はヒラリーやリサとほぼ同世代とつい今日まで勘違いしてたんですが、実は1983年生まれの26歳だったのですね。なのでヒラリーとアリーナの間の世代ということになります。わたしが聴いたのは彼女が20歳の時だったんですね。ロンドンに来てから、彼女のヴァイオリンがクレジットされてた音楽会は2回あったんです。で、わたしは楽しみにしてたんだけど、なんとどちらもキャンセル。がつーーん。とショックを受けていたところに、ウィグモア・ホールのサイトを見ていたら、なんと彼女がバッハの無伴奏を全曲弾くというじゃないですか。第1日目がソナタを3曲、第2日目がパルティータを3曲。前に聴いた、アリーナの一晩で全6曲を一気に弾くというのも凄かったけど、2日に分けたとは言え全6曲をいっぺんに弾くというのは凄い凄い。1日目は他の音楽会があって聴けなかったけど、2日目、パルティータの回を聴きに行きました。
ウィグモア・ホールは初めて行くホール。チューブだとボンド・ストリート。わたしには場違いの高級ショッピング通りのそばです。日本でいうと銀座とか? ウィグモア・ホールは席数が500くらいの小さな室内楽専用のホールです。残響は決して長くないけれど、とても良い響きがすると感じました。エントランスの雰囲気もなかなかです。

ユリアの第一印象は、やっぱり音が大きい!でした。アリーナがささやくようにバッハを弾いたのに対して、ユリアは朗々と弾いています。最近、無伴奏ヴァイオリンはアリーナの演奏で親しんできていたので、ユリアの演奏に慣れるまでちょっぴり時間がかかりました。ユリアの演奏の特徴のひとつはリズムがおそろしくきっちりしていることだと思います。かちかちかちと正確に刻んでいく感じ。付点リズムがとっても鋭くて、ああバッハはフランス風序曲を書いてるんだなぁって気づきました。今回は聴けなかったけど、ソナタ第2番のアンダンテをどんな風に演奏するのか聴いてみたいと思いました。それから、音色がとっても多彩。一挺のヴァイオリンなのに、まるでオーケストラを聴くようです。伴奏と旋律で音色を分けたり、フレーズごとに違う音色で弾いたり。ピアニストの感覚なんでしょうか。正直これには驚きました。
今日のバッハはどれもとてもステキだったんだけど、クライマックスはやっぱり、最後に弾いたパルティータ第2番の(第3番、第1番、休憩、そして第2番の順に弾きました)シャコンヌでしょう。彼女の音量が大きなことを生かしてのほんと、オーケストラみたいな壮大な演奏だったと思います。全くアリーナとは対照的。同じバッハでもこんなにも違うんですね。どちらが良いか、どちらが好きか、という次元じゃなくて、どっちもステキ。八方美人的だけど、きっと、アリーナのバッハが聴きたくなる日もあれば、ユリアに圧倒されたいと思う日もあるでしょう。音楽の演奏が一通りしかないなんて考えるのはつまらなすぎ、いろんな演奏を好きになった方が楽しいでしょ。節操ないのかなぁ、わたし。
あっ、アンコールにはバッハとパガニーニをミックスした曲。誰の何という曲か分からないけど、きっとヴァイオリニストがバッハの無伴奏とパガニーニのカプリスを融合したアンコール・ピースを書いたんじゃないかしら。怒りの日のメロディががしがしと聞こえてきておもしろ〜い(わたし怒りの日フェチなんです)。
それにしてもまたしても末恐ろしいヴァイオリン女子。若手ヴァイオリニストにはどうして女性が多いのでしょうか。出てこい、イケメン・ヴァイオリニスト!
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by zerbinetta | 2010-02-14 08:42 | 室内楽・リサイタル | Comments(2)

かっこいい涙   

ravel: le tombeau de couperin, pavane pour une infante défunte
debussy: nocturenes
fauré: pavane
poulenc: stabat mater
claire booth (sp), yannick nézet-séguin / lp choir, lpo @royal festival hall


ネゼ=セガンさんとロンドン・フィルハーモニックによるフランス音楽の夕べ第2夜。まずはラヴェルの「クープランの墓」から始まりました。この曲、この間BBCシンフォニーで聴いたばかり。どんな違いが出るでしょう。ロンドン・フィルの音色はクリアで重くならないのでラヴェルの音楽には好ましいのですが、わたしにはまだ、オーケストラが暖まってないなって感じがして少しもの足りませんでした。続く2曲目の「なき王女のためのパヴァーヌ」は大大大好きな曲なんですけど、舞曲らしい少し速めのテンポで優雅なんだけど、全体的な統一があまり取れていない感じがしました。各節ごとのテンポが微妙に統一されていないというかかくかくと引っかかっちゃう感じ。
この間はドビュッシーよりラヴェルの方がいいなと思ったんですが、今日は反対にドビュッシーの方がいいなって感じました。「ノクチュルヌ」はステキな演奏でした。音もシャープになって、ドビュッシーの書いた淡い曇り空のような色彩感が生きていました。ただ、合唱が少し弱かったかな。ロンドン・フィルハーモニック合唱団はアマチュアの団体なので比較するのは酷だけど、この間、モンテヴェルディ合唱団聴いたばかりだからなぁ。各パートでも個々の声が統一されていないので(音程が悪いとかリズム、発音が悪いという技術的なものではなくて声質が)、荒く聞こえてしまいます。

でも、今日のメインはドビュッシーの「ノクチュルヌ」でもなく、静かに柔らかな雰囲気で演奏されたフォーレの「パヴァーヌ」でもなく、なんといってもプーランクの「スタバト・マーテル」でしょう。曲自体が力のある音楽だし、わたしもプーランクは大好きなんだけど、それを差し引いても感動的な演奏でした。深刻な部分は深刻だし、プーランク特有のおしゃれな表現もとっても決まってたと思います。最初っから尋常な雰囲気じゃない感じで始まって、悲しいんだけどかっこいい。かっこいい悲しみ方ってあると思うんですね。マリアの悲しみがそれ。彼女の息子は神の御子なんだから。彼女の涙は人類の涙でもあるのです。公の涙。かっこよくなければならないんです。
ソプラノを歌ったのはクレア・ブースさん。リサ・ミルネさんが予定されていてプログラムにも彼女が印刷されていたのですが、急遽代役。2004年のキャスリン・フェリア・コンクールのファイナリストだった若い人。ブーレーズさんのもとでピエロ・リュネールを歌ってるんですね。声で圧倒するタイプではないけれども(キャリアを見ると古典と近現代曲が多い)、表情のある丁寧な歌い方でとっても良かったです。かわいらしい感じの人でしたよ。若い人は好きなので、心に留めて応援していきましょう。
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by zerbinetta | 2010-02-13 10:01 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(2)

うひょっ 金の鯱   

brahms: 'f-a-e' scherzo, violin sonata no.3
christopher theofanidis: fantasy
frank: violin sonata
sarah chang (vn) & andrew von oeyen (pf) @barbican hall


わたし的、若手ヴァイオリニストの元祖4人娘、ヒラリー(・ハーンさん)、リサ・(バティアシュビリさん)、ユリア・(フィッシャーさん)、そしてサラ・(チャンさん)の中でただ1人サラはちゃんと聴いたことがなかったんです。CDは早くから持っていたのですけど、生で聴いたのはチャイコフスキーの協奏曲のリハーサルだけ(だったハズ)。なので聴いてみたいと思ってたんですよ。わたし的にはサラはどちらかというと派手でヴィルトゥオーゾ風の演奏をする人だと思ってたんですけど、以前ペルーのジャングルでご一緒したニューヨーカーのおじいちゃんが今まで聴いたヴァイオリニストで一番良かったのはサラの弾いたブラームスの協奏曲だとおっしゃっていたので、えっあのサラがブラームス?ってちょっとびっくりしてたんです。それを確かめるまたとないチャンス。サラって最近はベルクの協奏曲もレパートリーに入れてるみたいなのでわたしも少しイメジ・チェンジしなきゃいけないのかなとも思ってたり。

さてそのサラ、ステージに出てきたのを見て、度肝を抜いてしまいました。うわわわ〜。金ピカ〜〜。派手〜〜〜。ステージ衣装ってまあ派手なのもアリだとは思うけどここまでとは。金の鯱を思い浮かべてしまった。さて、サラのブラームス、f-a-eソナタのブラームス作の部分のスケルツォ、それからソナタ第3番です。で、その演奏ったら何とも激しいものだったんですよ。サラって音楽にのめり込むタイプの演奏家だったんですね。なんというか激しく音楽の内に入り込んじゃって、ステージを動き回ったり、スカートの裾を足で蹴り上げたり、弓を高々と回したり。そのたびに金の衣装がきらきらしてフラメンコを見てるというか、なんか落ち着いて音楽に集中できなかった。ブラームスというと枯淡というかしなびてるというか侘び寂というか、そんなイメジがつきまとうんですけど、もちろんそれは間違っているんだけど、でも、ここまでアグレッシヴにやられてもなぁとちょっと閉口したのでした。音色は不純物を含まないつるっと透明な音ではなくて、少しざらついた感じの夾雑物を含んだ少しハスキーで豊かな音色です。とは言いつつも彼女の技術は一点の隙もなく、音楽だって先入観なしに、あと金のきらきらなしに聴いたらもっと違う印象を持つのかもしれません。でもやっぱり、わたしは澄んだ凛としたブラームスの方が好みかな。というか、ヴァイオリンの音色は澄み切った音色がわたしは好きなんだって再認識しました。

休憩の後はクリストファー・テオファニディスさんがサラとピッツバーグ・シンフォニーのために書いた協奏曲の第2楽章をピアノ伴奏にアレンジしたもの。親しみやすいメロディーが何回か形を変えて出てくるだけのわたし的にはあまり面白くない曲。わたしには正直どうでもいい感じな音楽。次のフランクのソナタへはサラたちはステージに残ったまま続けたのだけど、ピアノに同じ雰囲気を残す音楽。フランクの音楽の奥行きの深さに比べると雲泥の差。

と、金ピカ衣装で目がちかちかしているわたしはいつになく辛口批評なんだけど、最後のフランクのソナタは文句なしに素晴らしかった。最初の楽章はサラの動きも少なくキラキラも気にならなくなってたし、何よりもサラはこの曲を弾き込んでる。音楽の隅から隅まで愛おしい。音色も透明度を増して、静かで愁いを含んだアンニュイ(日本語の意味ね)な表現もステキ。もともと技術ははちゃめちゃに上手い人だし、実は音楽だってとっても正統的でしっかりしてる。金ピカに惑わされてはダメ。この曲、生では初めて、CDを含めてずいぶんと久しぶりに聴いたけど、情熱と憧れ、倦怠、愁いが大きな音楽の中に表現されていて、繊細さはないかもしれないけどそれ以上にエモーショナルな感動を呼び覚ます演奏でした。
アンコールには愛の挨拶。そりゃイギリスですから。
あっ忘れずに。ピアニストのこと。フォン・オイエンさんのピアノはサラとだいたい同じ方向。エモーショナルに弾きつつも、でも、冷静にサラをサポートしていました。この人のピアノ上手いですね。そしてなにげにイケメンなのも良い。
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by zerbinetta | 2010-02-12 09:21 | 室内楽・リサイタル | Comments(2)