<   2010年 05月 ( 17 )   > この月の画像一覧   

薄幸そうなシンデレラ   

prokofiev: cinderella
roberta marquez (cinderella), david makhateli (the prince),
alastair marriott, jonathan howells (cinderella's step sisters)
thomas whitehead (cinderella's father),
laura morera (fairy godmother), etc.
frederick ashton (choreography)
barry wordsworth / royal ballet @covent garden


ロイヤル・バレエのシンデレラ、なんと3回目です。いろんなキャストで観ておこうと思って。今日はタマちゃんがシンデレラを踊る予定だったんですが、怪我でマルケスさんが代わりに踊ることになりました。そのマルケスさんのシンデレラ。わたしが観た3人の中で一番薄幸そう。同じ振り付けで踊ってるのに、踊る人によってこうも物語に違いが出てきちゃうんですね。バレエって面白い。マルケスさんの評価ってネットで観ると賛否両方あるみたいだけど、わたしは好きです。ちょっと体が重く見えるのが玉に瑕だけど(太ってるということではありません。重力を感じるってこと)。
マルケスさんの他に良かったのは、アグリー姉妹はおいといて、フェアリー・ゴッドマザーのモレラさん。貫禄ありました。やっぱりプリンシパルになるとその下のランクの人たちと踊りが違いますね。実は男性ではまだ、よく分からないけれども、女性ダンサーでは確固とした線引きができるような気がします。四季のフェアリーの中で良かったと思ったのが、春を踊ったハロッド(elizabeth harrod)さん。現在ファースト・アーティストの人です。それから、蔵さんは相変わらず弾けた道化を踊っていました。実に楽しそう。最後に、王子のマッカテリさんがものすごく穏やかそうなお顔で、ちょっぴりときめき。もうちょっと威厳が出るとさらに良いんだけどなぁ。

マルケスさんとマッカテリさん
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by zerbinetta | 2010-05-29 23:40 | バレエ | Comments(2)

マイナー三昧   

rachmaninoff: variations on a theme of corelli, piano concerto no. 4,
symphony no. 1
alexei lubimov (pf), neeme järvi / lpo @royal festival hall


JTIとラフマニノフ基金がスポンサーとなったロンドン・フィルハーモニックによりラフマニノフ・ガラ。JTIがなんの企業かさっぱり分からないんですけど。Japan Tobacco Internationalかなぁ。って冗談ですけど。って書いてみて調べてみたら本当だった。ううん、冗談が通じないというか、現実は冗談より奇なり、だわ。

始まりは、ダンブラヴェヌーさん(? dumbraveanu)編曲によるオーケストラ版のコレッリの主題により変奏曲。わたしはこの曲はオリジナルのピアノで愛聴してるんだけど、オーケストラ版はなるべく公平な耳で聴いてもどうしてオーケストラにしちゃったかなぁって感じでした。ため息のような静かな旋律がとってもきれいな音楽なんですけど、オーケストラで演奏するとそのため息がとぎれとぎれに聞こえちゃって、ピアノで聴くように上手くつながらないんですね。ピアノに熟知したラフマニノフがピアノのために書いた音楽をわざわざオーケストラにすることもないのではって感じ。切れ切れの音楽のようでちょっと不満が残りました。ピアノで耳を洗わなきゃ。

2番目はピアノ協奏曲の第4番。ラフマニノフって4曲協奏曲書いてるなんて知らなかった。。。3番までと思ってた。そして第4番は意外とステキだったのです。とろけるような叙情性は失われてるけど、勢いがあってかっこいい音楽。晩年USで書かれた曲なので、アメリカ的というかちょっぴりハリウッド的な響きも。そして、ピアノを弾いた、アレクセイ・リュビモフさんがとっても良かったんです。攻殻機動隊に出てくる荒巻課長を彷彿させる髪型で、小柄なおじいちゃん。パパヴィと並ぶと一回り小さな感じ。でもそのハンディを全く感じさせないピアノ。弾く手の柔らかくなんて美しい動き。ピアノの音はものすごくクリアで透明できらきらなガラス玉がぶつかって弾けるよう。寡聞にして今まで全く名前を聞いたことのなかったピアニスト。プロフィールによると現代物も古楽器の演奏も得意としているみたい。それにしてもこんな素晴らしいピアニストがいたなんて。世界はまだまだ広いなぁ。そしてそんな人に出会えたことが単純に嬉しい。録音もいくつか出てるみたいなので聴いてみたいな。

最後は、交響曲の第1番。これまたマイナーな作品を。ラフマニノフはこの曲で大失敗をして自信喪失、神経衰弱になってしまったという曰く付きの曲。でも実際は失敗作というわけではなくて、演奏が悪かったみたい。もちろん、今ではときどき演奏されもするしCDも出てる。で、どういう曲かというと結構意欲作。まず、全ての楽章が同じフレーズで始まる。それに、全ての楽章で同じモチーフの主題が出てくる。こんなことしたら、失敗すれば退屈な音楽になってしまうけど、ラフマニノフはわりと上手に解決してる。そしてその主題は死への希求。グレゴリオ聖歌の怒りの日のメロディ。もちろん若いラフマニノフの死への希求は現実的なものではなくて、誰しも青春時代にとおるような観念的な死への希求だと思うけど、これがこの音楽の情熱の下敷きになってる。そして最後の最後の終わり方にもびっくり。高い音の銅鑼が鳴り響いて、沈黙したと思ったら、ここからがほんとのコーダ。
パパヴィ(ネーメ・ヤルヴィさん、ヤルヴィ一家のお父さんなので)とロンドン・フィルはとっても緊張感に満ちた良い演奏でした。初演のときもこんな演奏だったら、ちょっと分かりづらい音楽としても、成功したんじゃないかしら。でも、そうなったら第2番のピアノ協奏曲のような名曲は生まれなかったんでしょうけど。それにしても何でもやるべーのヤルヴィさんは何を振っても良い演奏をしますね。指揮がとっても分かりやすくて、オーケストラが不安なくついていってる気がするし、音楽の要所要所を的確に把握して無駄なく音楽を構成しているように思うんです。今日の演奏もわたしには馴染みのない曲でしたけれども音楽が手に取るように分かりました。
さすがJTIのスポンサー付き、今日の音楽会は録音されていたんですけど、アンコールもありました。入り口にあらかじめアナウンスされていたヴォカリーズではなくて、わたしの知らない曲でした。演奏を始める前にパパヴィの説明があったんですけど良く聞き取れませんでした。素朴な民謡風の音楽。
マイナーな作品ばかりラフマニノフに浸った夜でした。
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by zerbinetta | 2010-05-28 08:17 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

フェミニンたって決して柔じゃない   

rossini: overture, the italian girl in algiers
mendelssohn: violin concerto
rossini: variazioni a più istrumenti obbligati
schubert: symphony no. 5
julia fischer (vn), iván fischer / chamber orchestra of europe @royal festival hall


フィッシャーフィッシャー、イヴァンとユリアの親子フィッシャー共演なんです。なんてね。他人ですよ。親戚でもない(ハズ)。イヴァンさんの方はハンガリーの方なので、本当は日本語と同じように名字・名前の順番なのでフィッシャー・イヴァンさん。ユリアの方はドイツ人。イヴァンさんを聴くのは数回目ですが、結構好きなんです。でも、彼が元我がナショナル・シンフォニーの主席指揮者になって2年で退任されるのでちょっと心配なんです。今年からエッシェンバッハさんが音楽監督になることはかなり前からの既定路線だったみたいですが。

まあそんな心配をよそに、今日の音楽会は(全然関係ないけど)テレビに録画されてたみたいです。テレビカメラが3台。もしかしてわたし映ってる?こんなことならちゃんとこぎれいな恰好をしてお化粧もして気取って来れば良かったかな、なんて柄にもないことを考えたり。オペラや音楽会のDVDを観ると、ちらりと観客席も映ってたりして、そこにたまたま映っちゃってたら嫌だな〜なんては思ってたんです。実は、前にナショナル・シンフォニーのシーズン・バウチャーの写真に写ってたことがあったので。な〜んて自意識過剰。ごまつぶみたいで、ここに座ってたのって覚えてなかったら本人でも見分けが付かないんだから。

今日は余計な話が多いね。オーケストラは、ヨーロッパ室内管弦楽団。このオーケストラ実はロンドンが本拠地なんですよ〜。ヨーロッパ中を飛び回っていてロンドンで演奏することは滅多にないんですけど。ここでは初めて聴きます。若者のオーケストラというイメジが強いのだけど、若者ばかりじゃないみたいです。でも音はフレッシュで瑞々しくぴちぴちした若さに溢れてます。そして、上手い。特にクラリネットがめちゃくちゃ上手かったです。
音楽会はロッシーニのアルジェのイタリア女の序曲から。ロッシーニってこういうぴちぴちとした音で演られるともう、無条件に嬉し楽しくなっちゃうんですね。あああ、序曲だけじゃなくて全部聴きたい。あの楽しいオペラが観たい。フローレスさんのリンドーロをまた観たいっ。そうそう、面白かったのはオーケストラの配置。ヴァイオリンを左右に振る対向配置だったんだけど、真ん中には弦を置かないで管楽器を並べてました。

2曲目はユリアのソロでメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ああ、またこの曲感ありあり。と言うわけで、全然期待してなかったんだけど、これがなんとステキだったこと。前に聴いた印象からユリアは骨太で、かっちりと全体を組み上げた演奏をすると思ったんですよ。ところがところが。なんて静かで穏やか、しっとりとしたヴァイオリン。音楽室のちょっとなよっとしたメンデルスゾーンの肖像画を思い出しちゃった。テツラフさんのごつごつした体育会系の男性的な演奏とは好対照。こういうのをフェミニンっていうのかな。でも、音楽は決して軟弱ではなくてしっかりと芯の入ったもの。とろけるような甘美さを売り物にした媚びた演奏とも一線を画して、少し孤独感を感じる静けさが印象的。とても感動したのは、第1楽章の第1主題が終わって第2主題に移るところ。ここでユリアはゆったりとテンポを落として、思いっきり静かに内省的に音楽を奏でたの。これがもうほんとに心に響いてきて、ああ、メンデルスゾーンの協奏曲ってステキだなって素直に感動しました。今までメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ってきれいな曲だけど、感動系ではないな〜なんて思ってましたが、今日それが覆されました。最後の楽章のきゅるっきゅるっとかける速いポルタメントもステキ。ユリアの音楽によって表現を使い分ける懐の深さに感心。まだ20代半ばなんですよね。末恐ろしいです。

休憩の後は(オーケストラの配置は普通の対向配置になりました)またロッシーニから。名前を聞いたことのない珍しい曲。ショウ・ピースとして書かれた変奏曲。簡単な主題が第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、クラリネットのソロ、オーケストラのトゥッティと受け継がれつつ修飾され変奏されていきます。ソロは立ってコミカルな仕草をしたり、楽しい音楽です。他愛もない音楽ですが、にこやかに楽しみました。ロッシーニ・ラヴ。

最後はシューベルトの交響曲第5番。まさにこのオーケストラの若い音色にぴったりの音楽。フィッシャーさんのテンポは遅めでしたが、オーケストラは停滞することなく溌剌とこの音楽を奏でてました。木管楽器の人たちが大きく体を揺すりながらリズムを合わせているのはステキ。そういえばあのオーボエの人、どこかで見覚えがって思ったら、バイエルン放送交響楽団の主席の人でした。ほんと、この曲はわたしを幸せにします。なんの憂いもない青春の音楽。世界がこんな喜びだけに満ちあふれていたらいいのに。

アンコールにはブラームスのハンガリア狂詩曲。フィッシャーさんと言ったらハンガリーですものね。EUのインターナショナルなオーケストラを得て地元色は薄れてましたけど、いいんです。ブラームスだってハンガリー人じゃないし。ああ、でもなんて幸せな音楽会でした。
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by zerbinetta | 2010-05-27 06:36 | 海外オーケストラ | Comments(0)

光る青春の喜びと稲妻 by 峰   

beethoven: violin sonata nos. 6, 3 & 9
alina ibragimova (vn), cédric tiberghien (pf) @wigmore hall


最近、綿矢りささんのインストールを再読しました。わたしも日本語読書環境は貧弱で、しかたないので前に読んだのも忘れたことにまた読んでるんですが、この本も3回目くらいかな。蹴りたい背中も読みたいんですが、日本に置いてきちゃったので。綿谷さんってほんとに日本語上手い。そしてそれにもまして、17歳の女の子にしか書けない旬の日本語がとっても心地良い。小説家って自分とは違う他人になりすましたり、他人の視点で書くことができる技術があることが必要だけれども、でも、技術と内面が完全に一致してる生き生きとした言葉ってあると思う。40歳の男の作家が17歳の女子高生の一人称小説を書くことはできるけど、その言葉は17歳の女子高生が書いたものとは自ずと違ってくると思うんです。もちろん、その17歳の女子高生は40歳の作家と同等の技術で言葉を操れなければダメなんだけど。
そんなことを今日のアリーナ(・イブラギモヴァさん)の演奏を聴いて感じました。

ウィグモア・ホールでの3回にわたるベートーヴェンのソナタの全曲演奏会の最終回。もちろんソールド・アウト。わたしは運良くリターン・チケットを取りました。今日は第6番と第3番、第9番「クロイツェル」のソナタです。ピアノはもちろん、セドリック・ティベルギアンさん。
おふたりがステージに登場して、あっ似てる、カエル口って思いました。夫婦がお互い似てくるとか、ペットが飼い主に(飼い主がペットに)似てくるってよく言うけど、デュオのパートナーも似てくるのかな。なんだか微笑ましい。第6番のソナタはかわいい系で好きなんです。特に第1楽章のふたつ目の主題が楽しげでステキ。アリーナの演奏はそのシンコペイションに速度のあるアクセントを付けて生き生きと歌ってました。アリーナのベートーヴェンって偶数系がとってもいいなって思います。かわいらしさがアリーナの美質に合ってると思うんです。

アリーナのヴァイオリンの音が大好きです。ゴージャスな美音系ではなくて、ヴィブラートも控え目で、でも冷徹な音色でもなく、言葉でささやくような、風がそよぐような心地よさがあるんです。彼女の音楽は、大ホールでの協奏曲よりも、小さなホールでの室内楽やリサイタルが合ってると思います。人気が出て大きなホールでもお客さんで埋まるようになっても、小さなホールで弾いて欲しい。大きなホールでは彼女の美質が損なわれるような気がするんです。大きな声で叫ぶような音楽は彼女には似合わないんではないかと。
アリーナの音色には、素の良さがあるように思えます。全く飾らない、アリーナのそのままの今が音に出ている、生き生きとして鮮烈な印象。バッハだからと言ってベートーヴェンだからと言って構えることなく、自然に音楽に寄り添ってる。背伸びすることなく、彼女の感じるままを音にしている。もしかすると、ここが評価の分かれるところかも知れません。もっと偉大な音楽であるべきはずなのに表現し切れていないと。でも、わたしはそうではなく、今の彼女にしかできない彼女の今の音楽を大事にしたい。偉大な音楽は10年後20年後に聴けるのだから。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタはベートーヴェンの若い頃、まだ素直に喜べる頃の作品なので、アリーナのアプローチの仕方にとてもかなってると思う。彼女の演奏から聞かれる若い瑞々しさはこれらの音楽にぴったりじゃないかって。事実とってもステキだし。

でも、クロイツェルでは進化するアリーナの一面も見せてくれました。バッハのパルティータのようにすらっとさりげなく始まったので、優しい音楽なんだなっと思っていたら、主部に入ってなんと激しい演奏なんでしょう。まさに峰の言葉じゃないけど(曲目も違うし)、光る青春の喜びと稲妻。この言葉がぴったり。もちろん崩したりはしていないけれど。アリーナめちゃくちゃ気合い入ってた感じ。ピンと空気が張り詰めて、曲に応じてこんな表現もできるんだって新たな面を発見。髪を振り乱して息もつかせず駈け回る感じはまさに稲妻。一転、静かなところでの静寂に満たされた音楽。極端な演奏をしているわけではないのに、とても力強く音楽が伝わってくる。これを聴いちゃったら他に何を求めるのでしょう。細い華奢な身体からベートーヴェンの骨太の音楽(ヴァイオリン・ソナタの中ではこの曲が例外よね)が奔流のように迸ってきて、でも決して声高に叫ぶのではない、音楽が生まれて湧きだしてくる勢いと全体の構成との調和が高い次元で見事になされた演奏。第1楽章が終わってアリーナの細っこい体がちょっぴり喘ぐように息をしていました。第2楽章からはいつものアリーナっぽさが戻って、でも第1楽章で見せたステキな緊張感を維持したまま、自然な喜びに満ちた音楽を聴かせてくれました。

アリーナばかりでピアニスト、ティベルギアンさんのことを書かないのは不公平よね。ティベルギアンさんのピアノはアリーナの音楽にしっかり寄り添って支えていました。強い自己主張はないけれども、と言うかお互いに自己主張しながら、ふたりで対等にきっちり音楽をくみ上げて来たんだと思います。もちろんそれによって1歩退いて小さくまとまってる訳ではなく、ぶつかり合うところはしっかりぶつかり合って、刺激的な音でアリーナの音楽を上手く引き出すリードの上手さも光りました。特にクロイツェルでは、丁々発止のやりとりでふたりの音楽がどんどん登り詰めていたです。ふたりの息のぴったりぶりには、ちょっとうらやましく嫉妬しちゃいそうです。

ベートーヴェンのソナタシリーズの大トリを飾った今日の音楽会、ほんとに凄かった。幸せ。

音楽会が終わって、CDにサインをしてくださるというのでせっかくなので、してもらいました。ちょっとミーハー。このときのためにベートーヴェンのソナタのCD、アマゾンで買ったんだもん(ウィグモア・ライヴだけどウィグモア・ホールで買うより安いの)。写真も撮らせていただきました。かわいらしくてますますファンです。ベートーヴェンのソナタは今日の演奏も含めてウィグモア・ライヴとして全集になる予定です。いつ発売になるかは本人たちもご存知ないようですが。そうそう、今日はアリーナのお父さん(ロンドン・シンフォニーの主席コントラバス奏者)も来てらっしゃいました。お父さんのサインも欲しかったです。
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by zerbinetta | 2010-05-25 18:50 | 室内楽・リサイタル | Comments(2)

生まれては消える刹那な旋律   

charlotte bray: beyond a fallen tree
mozart: piano concerto no. 21, k467
suk: symphony no. 2 asrael
pierre-laurent aimard (pf), daniel harding / lso @barbican hall


今日はとおってもすいてました。いつもの3階席は閉めるということなので、2階の一番良い席に換えてくれました(もちろんただです)。こういうこと年に何回かあるんですよ。今日はモーツァルトの協奏曲が入ってるとは言え、メインはスークのアスラエル交響曲。あまりにマイナーなのでお客さんの入りも悪いんですね。ハーディングさんとロンドン・シンフォニーという組み合わせなのにもったいないというか、ロンドンっ子には珍しくもないか。
始まりは、なんと!わたしより一回りも年下の20代のロンドン在住の作曲家、シャルロッテ・ブレイさんの「倒木の向こうへ」という曲。とってもきれいなステキな曲でした。最近流行の大衆に媚びるような分かりやすい音楽ではなくて、オーケストラの楽器には普通に音を出させているのでものすごく前衛という訳でもなく、上手い具合にバランスの取れた音楽。とても力のある作曲家だと思います。実際、いろいろ委嘱されていて、来シーズンはヴァイオリン協奏曲が初演されるみたいです。聴きにいけるかな。ちょっと残念だったのは、今日のお客さんが現代曲慣れしていなくて淡泊だったこと。メシアンのときのお客さんだったらもっとたくさん拍手したんだろうけど、カーテンコールはなしでした。ってか微妙なところで、ハーディングさんがステージに出てこようかなってしたときにちょうど拍手が鳴りやんでしまったのね。舞台の袖で出てこようとしたハーディングさんがくるっときびすを返して引き返したのを目撃。

まだ少女のあどけなさが残るようなブレイさん
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今日の音楽会で一番印象的だったのがこのモーツァルトだったんです。ピアノは現代物を弾かせたら右に出るものはいないっていうのが大袈裟じゃない、ピエール=ロラン・エマールさん。ロンドンで聴くのは2度目、っていうか前回は酔っぱらって熟睡してて、エマールさんが出てきたのも覚えてないのでした。あはは。エマールさんと言ったら、暗譜で弾いたトゥランガリーラが一番印象に残ってるんだけど、古典も弾くのね。前にベートーヴェンのソナタを弾いたのを聴いたことがあります。モーツァルトだってメシアンが最大級の讃辞を贈っていた作曲家だものね。弟子(?)のエマールさんが弾くのも不思議ではない。で、そのモーツァルトがほんとに凄かったんです。
まずオーケストラ。この始まりを聴くとなぜかいつもドン・ジョバンニを思い出してしまうんですけど、第1楽章はオペラ・チックですよね。ハーディングさんとロンドン・シンフォニーは柔らかな音色でとってもステキに音楽を始めました。エマールさんのピアノも柔らかくて丸くてあたたか。で、こんなにも不思議な音楽かってびっくりしちゃった。だって、次から次へと新しい旋律が出てきたり突然短調になったりして、幻想曲風に形式感が崩れてるんですもの。というような演奏だったんです。いつも新鮮に新しい発想のメロディがわき出てくるようなそんな演奏。過去の日記を紐解いてみたら、エマールさんが弾くベートーヴェンのソナタを「一つ一つの音が今初めて生み出されたように弾かれて」って評してる。ベートーヴェンの音楽だったので「そのために全体から演繹される構成感が弱かったように思った」なんて書いてるんだけど(2001年12月)、モーツァルトはこのやり方がとても生きていて、どこに行く付くか分からない不思議な楽しい彷徨いのときが過ごせました。ひとつひとつの旋律がとってもステキなのであっちに行ってもこちらに来てもやっぱりステキなんですね。
圧巻は第2楽章でした。ゆっくり目のテンポで柔らかなオーケストラ。それでは一歩間違えるとムード音楽になってしまう(実際にムード音楽に編曲されてますよね)甘美な旋律が、とっても控え目に過度なニュアンスを差し挟まないように自制されていて、静かに静かにときを歩んでいきます。このうちに引き込まれるような表現がとってもステキで、耳をそばだてて聴いてしまう、静寂で哲学的って表現したくなるような音楽。こんなモーツァルトを弾けるエマールさんもハーディングさんもただ者ではない。ハーディングさんとはときどき波長が合わなかったりしてたけれども、こんな音楽を聴いてしまうとやっぱり彼は凄いんだなぁと素直に感心してしまいます。ハーディングさんの振る古典もっと聴きたいです。

にこやかハーディングさんとエマールさん
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最後はアスラエル交響曲。前にユロフスキさんとロンドン・フィルで聴いてステキな音楽だったので今日のチケット取ったんだった。でも、この曲とっても重くて長いんです。聴き通すにはかなり精神力が必要。ほとんど悲しみのため息で構成されてる音楽ですし。実は最近とっても忙しくて、気持ちが不安定になってたりして、夜上手く寝られなかったりしてるので、最後まで聴くのはしんどかった。。。最後の最後に祈りというか慰めがあるんですけど。ハーディングさんとロンドン・シンフォニーの演奏は、外面的な効果を切り捨てて、深い悲しみを音楽にした、地味だけれども真摯な演奏でした。わたしがもうちょっと元気だったら、もっとちゃんと聴けたのに。
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by zerbinetta | 2010-05-23 08:57 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

愛(?)と感動のスペインの夜   

debussy: ibéria from images
lalo: symphonie espagnole for violin and orchestra
strauss: don juan
ravel boléro
christian tetzlaff (vn), christoph eschenbach / lpo @royal festival hall


今日はふふふ、またまたフランスものね、と思っていたら、スペイン特集でした。と言ってもスペイン人の作曲家は出てこないんですが。シュトラウスのドンファンが入っていなければフランスものと言ってもいいんだけど、今年から男女共学になった女子校にひとり入学してしまった男子のようにぽっつりと浮いてる。でもそういう状況だったらドンファン大喜び。エッシェンバッハさんとロンドン・フィルの音楽会です。
音楽はドビュッシーの「映像」から「イベリア」。ドビュッシーの管弦楽曲って牧神と、海と春と小組曲と神聖な舞曲以外の曲はどうも覚えられません。前に聴いたことがあったのにすっかり忘れてました。わたしの仄かな苦手意識が、そうさせるんでしょうか、オーケストラも最初はあんまり乗っていなかったような気がします。結構華やかなスペイン調の曲なんですけどね。

2曲目はラロのスペイン交響曲。実はヴァイオリン協奏曲。ジャンがコンクールで振った、ニ短調のあのどすーんどすーんって重そうな曲。なんですけど、ヴァイオリンのテツラフさんが、すっきりと晴れ渡る透明な青空のような音色でヴァイオリンを弾きました。どすーんどすーんのオーケストラとの対比が鮮烈。こんな演奏もあったのね、って目から鱗(最近落ちてばっかり)。こういう風に弾かれるとこの曲も悪くないかも(わたしもどすーんどすーんはお腹いっぱいになるので)。テツラフさんに座布団1枚。

休憩の後はドンファン。シュトラウスの交響詩のなかで極めてよく演奏される、指揮者にも人気で完成度の高いティルよりもこっちの方が好きなんです。で、四の五の言わずにすっかりと突き抜けて爽快な解放された音の演奏が好きなんです。そして今日の演奏はそれに近いものでした。近いと言って百点満点あげないのは、音が解放された爽快な演奏の理想がウィーン・フィルにあるからなんです。あの突き抜けた音色は(特にホルンの)、特別な楽器を使ってるウィーンのオーケストラにしか出せないのです。というあまりに意地悪な採点なんですが、エッシェンバッハさん、オーケストラの皆さん、わたしはしっかり楽しめましたよ〜。オーケストラも熱がこもってきた感じ。

そして最後はボレロ。音楽会の最後は大交響曲か何かで華々しく終わる、というのが定番なので、この短い曲で終わるというのはちょっと肩すかしを食らった感が始まる前あったんだけど、終わってみたらこれがまぁ興奮。プログラムに演奏時間が約14分と書いてあったので、わりと速めのテンポで演るんだろうなって予想していたら、まさしく予想通り、かなり速め。小太鼓の有無を言わさぬリズムと、メロディを吹く奏者のルバートで歌いたい気持ちの見えない緊迫があってエクサイティングです。そして、なによりも、その中心となるリズムの小太鼓のソロを指揮者の前に置いて、そして、エッシェンバッハさんは、最初に小太鼓に小さく合図しただけで全く指揮しない。各パートの入りを目で合図するのみ。最後の最後だけ指揮しましたがそれまでは一度だけティンパニを強調するところで右手を動かしただけで、後は気を付けの姿勢。これ、オーケストラの人はものすごく緊張するでしょう。何しろ小太鼓や他のパートを聴いて自分で合わせるしかないのだから。わたしも緊張しました。そしてその緊張感が興奮へとつながるんです。しっかりとリズムに裏打ちされた、ビート感溢れる音楽。そしてクライマックスに向かうただひとつのクレッシェンド。速めのテンポと相まってどきどきわくわく。身体の中からリズムがわき出してきます。全く指揮しなかったことで全く素晴らしい音楽を生み出したエッシェンバッハさん。これ、すごい勇気のいることだと思うんですよ。だって、指揮なしで自分の音楽を演奏させるんですもの。音楽は全くエッシェンバッハさんの意志で創り出されたものです(オーケストラとの相互作用によって)。特にティンパニの叩かせ方が格好良かった。凄いもの聴いた、と思いました。こういうときっておしゃべりになります。友達と興奮気味に今聴いた音楽を分かち合いました。
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by zerbinetta | 2010-05-22 06:36 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(2)

思いっきり音浴び   

henri dutilleux: métaboles
messiean: turangalila symphony
joanna macgregor (pf), cynthia millar (om),
valery gergiev / lso @barbican hall


メシアンのトゥランガリーラの音楽会2回目です。トゥランガリーラは大好きなので演奏されれば行っちゃうんですね。会場に着いてプログラムをもらったら(ロンドン・シンフォニーのプログラムはただなんです)、紙がはさまっていて、なになに?ソリスト変更?もしやトゥランガリーラのソリスト替わっちゃうのってドキリとしたら、悲しいお知らせが。メシアンの優秀な弟子にして、卓越したピアニスト、メシアンの音楽の最高の解釈者、2番目の妻にして生涯の伴侶、イヴォンヌ・ロリオさんが月曜日にお亡くなりになったとのこと。享年86歳。天寿を全うされたとは言え、またひとり偉大な音楽家がこの世を去ったというのはやっぱり悲しいです。今日の音楽会はそのロリオさんに捧げるという案内でした。

最初の雅楽の三管のような鋭い音を聞いたとき、あっこの曲知ってるって思った。ディティユーの音楽のCDって確かル・ドゥーブルの入ったのしか持ってないと思うけど、なんか他の作曲家の曲のCDにちょこちょこ入ってたりするのね。それでついでによく聴いてたみたい。ディティユーは、独自路線の現代曲だけど耳に馴染みやすい音楽を書いていた人。今シーズンのゲルギーは彼の作品を中心に据えて、フランスの20世紀音楽のプログラムを組んだのでした。マーラー、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチのプログラムを組んできて、次は、と考えたときディティユーが思い浮かんだそう。思い入れがあるんでしょうね。ディティユーに会ったときのことが、、シーズン・ブロウチャーに載っていたけれども、「彼とストラヴィンスキーやラヴェル、プロコフィエフやドビュッシーの話をしたとき、彼は彼らのことを覚えていた」まさに20世紀の音楽を共に生きた「生きる伝説」(彼は94歳の現在も御存命です)。20世紀フランス音楽を鳥瞰する中心に置くのにうってつけではないでしょうか。もちろんメシアンを中心に据えれば、ブーレーズやクセナキスなどまた違ったプログラムが組めると思うのですが。
って無駄話が多いですね。演奏は感激しました。ゆったりと柔らかな演奏で、LSOもとっても上手くて、わたしは多くの演奏を聴いたことがあるわけではありませんがこれは名演だと感じました。ディティユーの叙情性がゲルギーの音楽性(旋律的な音楽を好む(本人談))にぴったりはまって、作曲者も演奏者も聴き手も幸せな時間を共有できたと素直に感じられたとてもステキなものでした。現代音楽のみのプログラムなので会場も(空席が目立ちましたが)音楽をよく知っているお客さんが多くて、とっても暖かい拍手を送っていました。わたしもいっぱい拍手しました。先週と今日の音楽会は録音されていて後にLSOライヴとして販売される予定だそうですが、このディティーユも入っていればいいな。メシアンだけじゃもったいない。

トゥランガリーラは前回とはまた違う席で聴いてみました。今回はステージに近め。職場の友達に会ってびっくり。彼女もよく音楽会に来るそう。知らなかったぁ〜。オンド・マルトノとオーケストラが一瞬ずれたところがあってドキリとしましたが、オンド・マルトノってやっぱり合わせるのが難しい楽器じゃないかと思います。聴く場所によって聞こえ方がずいぶん変わるし、音が後から出てくる感じなのでトランペットみたいな金管楽器みたいにストレイトに音が届く楽器と同じタイミングではずれて聞こえる感じがするんですね。ドキリとしたのは1カ所だけだけど、難しそうって思いました。
今日はロリオさんの追悼ということで、特別なことはしていないけれども、かなり気持ちが入っていたのではないかと思います。それに2回目なので慣れもあるし、大音響の音楽を最大のパワーで響かせていました。前回と同じようにゲルギーはスコアに書かれた音をそのまま塊のように音に響かせるタイプの演奏です。音響が身体に心地良い反面、小賢しく頭で聴く面白みが少し犠牲になっていたかなと思います。でも、やっぱり好きなのでとっても楽しめました。最後、ゲルギーの穏やかな笑顔がとても印象的でした。彼としても満足のできる演奏だったのでしょう。初めて聴くという友達も、始まる前にこの曲すごくうるさいよって忠告しておきました、エクサイティングって言ってました。
そうそう、バービカンのホールって大きなオーケストラなら1階よりも2階や3階席の方が音が良く聞こえる気がします。3階席の左右の前の方は一番安いし、コスト・パフォーマンスが一番良いんじゃないかな。と、音響とかそういうのにちっとも詳しくないわたしが言うのもなんですけど。
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by zerbinetta | 2010-05-20 19:44 | ロンドン交響楽団 | Comments(2)

ゲルギーぴょんぴょん   

debussy: prélude à l'après-midi d'un faune
stravinsky: symphony in c
debussy: la mer
stravinsky: symphony of psalms
valery gergiev / lso chorus, lso @barbican hall


今日は先週とほぼ同じプログラムで、真ん中の協奏曲にグリモーさんのソロでラヴェルのト長調のピアノ協奏曲が予定されていたのだけど、グリモーさんご病気のためキャンセル(先月USの公演もキャンセルしたとの情報があったのである程度予想していました)。替わって、ドビュッシーの「海」が演奏されました。
さてその海、ゲルギーのドビュッシーの演奏の特徴は、遅めのテンポ、抑えたオーケストラって感じに思いました(「牧神の午後への前奏曲」の感想は先週の記事を見てくださいね)。会場が静まるのを待って静かに静かに始まりました。のだめの言葉を借りればプランクトン少なめの海かな。繊細で神経質ではないけど丁寧な音楽作りで共感がもてました。打楽器がきらきらと良く聞こえていい感じ。細かい音符は手のひらひらが生きます。前にオペラを観たときも思ったんですけど、ゲルギーって音楽を続けて演奏したいタイプなんですね。海も3つの楽章を続けて演奏しました。面白かったのは第3章の風と波の対話。始まりの低弦のうねりがなんだかおどろおどろしくて。海坊主でも出てくるのかな、と。これはゲルギーらしい。そしていつものゲルギーらしからぬのは、ぴょんぴょん跳びはねながら指揮してたこと。なんだかそんなゲルギー初めて見た感じがします。多分ゲルギーの脳内では、波と戯れる無邪気な子供、とか、岩の上をぴょんぴょん跳ねるトビハゼ(水族館で見たの。かわい〜の)みたいなかわいらしいイメジ。わたしの脳内変換は、ぴょんぴょん跳ねるピグモンみたいなゾンビ。失敬失敬。でもだって、ゲルギーってわたしの中ではゾンビ指揮者の第一人者なんですもの。腕の振り方もいつものゲルギーよりずいぶん大きかったと思います。体全体でオーケストラをコントロールしてる感じ。大らかなひねもすのたりのたりな海です。会場からは大きな拍手。曲目変更にもかかわらず、良い演奏へのお客さんの感謝の思いでしょう。

この間時間切れで書かなかった、詩篇交響曲のこと。この曲、(先週が)初めて聴くのですけど、とおってもいい曲でした。オーケストラは管楽器と、打楽器、ピアノが2台にチェロとコントラバスの弦という変則編成なんですけど、この音でしか考えられないみたいにぴったりはまっていて、全く余計なところがなくてすごいです。わたしだったらヴァイオリンとかも入れちゃいそうですけど。音楽は新古典主義の極致と言っていいくらい精密でステキ。特に第2楽章の音楽の捧げもの風っていうかウェーベルンの6声のリチェルカーレと言った方がいいのかな、そんな感じのオーケストラのフーガの上に合唱のコラールがのる複雑な音楽。あとで調べたら合唱もフーガになっていて2重フーガなんですね。どうりで複雑なわけ。でもそれがうんとステキなんです。オーケストラの点描的な音と合唱の水平方向の流れ。この楽章だけでも詩篇交響曲を聴く値打ちがあるってものです。第3楽章の有名な詩篇150番のハレルヤは悦びの爆発ではなく、じんわりと感謝を湛えます。最後の方のティンパニのオスティナートは心臓の鼓動がシンクロするみたいでステキでした。演奏もとっても良かったんです。うんと感動しました。静かにじんわりと。あたたかく。

先週の音楽会のはいつものBBCラジオ3で5月25日から配信される予定です。ぜひ、聴いてみてくださいね。
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by zerbinetta | 2010-05-19 08:10 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

懐かしい旧友との再会 でも疑ってごめんね   

prokofiev: symphony no. 1, violin concerto no. 2
tchaikovsky: symphony no. 6
chloë hanslip (vn), leonard slatkin / rpo @royal festival hall


レナード・スラトキンさんとロイヤル。フィルの音楽会をうきうきしながら聴きに行きました。だって、スラトキンさんと言えば、わたしがUSに住んでいたとき、我らがナショナル・シンフォニーの音楽監督だったんです。ナショナル・シンフォニーの底の時代から新しいコンサート・マスターを得てぐんぐん良くなってきた時代の苦楽を共にした仲(なんて大袈裟ね。わたしは聴いて応援していただけ)なんですもの。最近、メトの降板劇もあったりで(メト側もかなり酷いような気がします(ただし外野の勘ぐり))心配していたんですがお元気そうで何より。懐かしい姿を見ると嬉しくなちゃっいますね。

プロコフィエフの古典交響曲は溌剌とした演奏。スラトキンさんは音楽をとても分かりやすく演奏してくれるので、迷子にならない安心感があるの。その啓蒙的な演奏スタイルが物足りなく感じることもあるんだけどね。わたしの感じるところだと、ロイヤル・フィルに来るお客さんってクラシック初心者さんが多めな感じがするので、スラトキンさんの演奏スタイルは合ってるんだと思います。わたしもナショナル・シンフォニー時代はスラトキンさんからずいぶんと多くを学びました(難しい曲だと演奏の前に解説があったり、ベートーヴェンの交響曲のいろんな指揮者の施した編曲をオーケストラを使って説明してくれたり(マーラー版のベートーヴェンを演奏したとき)、音楽会後のディスカッションがあったり、シーズンのプログラミングの仕方に配慮があったり)。でも、ドキッとする瞬間もあって、メニュエットで最後の方、テンポを落としたのは、こんな演奏もあるんだって目から鱗でした。

2曲目は同じくプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番。プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲は一時期はまっていたことがあって、大好きな曲なんです。でも聴くのはものすご〜〜く久しぶり。ソリストはクロエ・ハンスリップさんという方。初めて聴く人ですが、プログラムによるとイギリス出身の22歳! またまた若手美人ヴァイオリニストの登場です。
協奏曲はいきなりヴァイオリンのソロで始まるんだけど、細いシャープな音で始めるかと思ったけど(わたしの持っていたCDの演奏がそうなので)、意外に線の太いふくよかな音で始まってびっくり。おやや、どうなるのかしらと思っていたら、わたしの想像とは全く違う演奏。この曲って、ベートーヴェンみたいな端正で楚々とした美を湛えている音楽だと思ってたんですよ。ところが彼女の生み出す音楽は、アグレッシヴでワイルド。プロコフィエフの持っていた凶暴さを引き出しています。決して力任せに弾くとか、わざとらしく激しく弾くとかそういうことはしていないのに、まるで成熟した巨匠のような完成された演奏で、音楽が自然に表現されているの。以前「協奏曲の伴奏を務めるときは、その曲を指揮者よりも熟知しているソリストに合わせる」とおっしゃっていたスラトキンさんの伴奏もアグレッシヴで完璧に彼女の音楽をサポートしていました。クロエは、ときどき指揮者を見たり、リーダーを見たり、自分の世界に閉じこもってしまうのではなく、全体を聴きながら音楽を創っているのでしょう。その姿勢にも好感が持てました。ヴァイオリニストにしては丸っこい手だけれども(サラ(・チャンさん)もそうですね)、技術的にもものすごくしっかりしていてほとんど不安定なところはありませんでした。恐るべき若手。アリーナといい、ニキといい、イギリスからどんどん若手のステキな美人ヴァイオリニストが出てきますね。うらやましいです、天に二物も与えられて。わたしなんて一物ももらってないのに。それになぜか、彼女らのレパートリーが普通でない。ニキのメジャー・デビューはコンクールで弾いたシマノフスキの協奏曲だし、アリーナのCDもハルトマンとかロスラヴェッツなんて聞いたこともない人の協奏曲だし、クロエも知らない作曲家のCDばかり出してるし、彼女らにとって20世紀の複雑な音楽も普通の音楽でしかないのかな。この人もしっかり注目していきたいと思います。
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最後はチャイコフスキーの悲愴。実は全然期待してなかったの。ほら、さっきも書いたじゃない、スラトキンさん音楽って啓蒙的で物足りなく感じるときがあるって。悲愴はその弱点がもろに出ちゃうと思ったの。それに、今のロンドンだったら、例えばユロフスキさんとロンドン・フィルがすごい演奏しそうだし、フィルハーモニアもテミルカーノフさんが今度採り上げるし、去年はパパーノさんとロンドン・シンフォニーでステキなのを聴いたから。と思ったのもつかの間、最初の音が聞こえたときから、尋常じゃない雰囲気を感じました。ゆっくり目の演奏で、音楽に込めるエモーションの大きさがすごい。もちろんスラトキンさんらしい、全体を見通した分かりやすい音楽なんですけど。金管楽器の盛り上げ方(この演奏ではトランペットやトロンボーンの金管楽器が光ってた)や、大太鼓の鳴らし方(めいっぱい叩かせていました)がとってもステキで、弦楽器なんかは若干弱いところもあるんですけど(楽器間の音の受け渡し方とか)、うんと良い演奏だったと思います。でもそれよりも、なによりスラトキンさんの音楽が、とても良く分かって、というか、6シーズンもずっと聴いてきたので、彼が何を考えてどう表現するか耳が覚えてた、例えるなら、どんな行列のできるラーメン屋さんよりもずうっと食べてた近所の名もない普通のラーメン屋さんのラーメンが無性に好きなように、彼の音楽がわたしにまだ染みついてたみたい。昔に戻ったみたいでとても安心して聴くことができました。スラトキンさんもわたしもちょっぴり歳をとったけどね。ものすごく幸せを感じた音楽会でした。
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by zerbinetta | 2010-05-17 08:16 | ロイヤル・フィルハーモニック | Comments(2)

音楽を子宮で感じる   

tchaikovsky: serenade for strings
rachmaninov: rhapsody on a theme of paganini
shostakovich: symphony no. 6
nikolai lugansky (pf), alexander lazarev / po @royal festival hall


なんてタイトル、一度言ってみたかったのよ。ほらよく、女って何かを子宮で感じるとか言うじゃない。ちょっとかっこいいっぽいでしょ。だから真似してさ。って、ぎゃーーー間違ったぁ。子宮で考えるが常套句。子宮で感じるをググってみたら、もうエッチ関係しか出てこないっ。それに子宮で考えるをググってみたら、これもあまりよい意味には捉えられてないのね。何事も考えないわたしは知らなかった〜。まっいいや。でも、今日の音楽は、バスがぐんぐんと響いてきて、お腹の底から音を感じたのよ。音って振動なんだ〜って。
チャイコフスキーの弦楽セレナーデ。ラルゲット・エレジアート。子供の頃、パパの書斎の鍵を閉めてふたりだけで聴いたパパの好きな曲。パパとわたしの秘め事。なんちゃって。I.W.G.P.のひとこまに浸ってたりして。その弦楽セレナーデ、熱かった〜。指揮棒の代わりに老眼鏡(?)を手に持って出てきた指揮者のラザレフさん、指揮しまくり。これでもかというくらい、腕振りまくって頭振りまくってオーケストラを煽りまくり。眼鏡が落ちるんじゃないかと心配しちゃった。火傷をするくらいの熱いチャイコフスキー。アンサンブルに意思の統一が取れていないところがあった(例えば延ばす音でどこからデミュニエンドをかけるとか)けど、これはオーケストラの責任かな。第3楽章のラルゲット・エレジアートが静かに消え入るように終わってラザレフさんが手をゆっくり下ろしたとき、会場から拍手がわき起こってしまいました。確かに音楽が終わった感じで気持ちも分かるんだけどね。振り向いて挨拶するわけにもいかず、ラザレフさんちょっと困ってました。

2曲目はルガンスキーさんのラフマニノフ・チクルス。今日はパガニーニのラプソデー。ピン・ポイントに大好きなんです。ほらあそこですよ。あの有名なところ。あれが16分音符4つだなんて信じらんない。ルガンスキーさん、相変わらずとてもきれいな音で端正に、過度にロマンティシズムに溺れることなく、さらさらとラフマニノフを弾いていました。折り目正しいというか、お姿もそんな人なんですけど、わたしはもうちょっと崩したところがあってもいいなって思いました。オーケストラの方は、控え目でピアノの引き立て役に徹していた感じです。わたしの好きなところ、もちょっとタメを効かせてとろとろにとろけるように弾いて欲しかったです。アンコールにはラフマニノフの多分前奏曲のひとつ。こちらもとっても美しい演奏でした。ラフマニノフの音楽に何を求めるかで、評価がだいぶ変わってくるでしょうね。わたしは、とろけるような甘いロマンで聴きたい日もあれば、硬派な音楽で聴きたい日もあって、一定しないんだけど、ルガンスキーさんの演奏はちょうど中間で、いつ聴いてもある程度満足できる代わりに、心の針がどちらかに大きく振れているときは、端正すぎてちょっと物足りなさも残る感じです。きょうはわたし、ロマンティックに振れてたかなぁ。チャイコフスキーで体が火照ってたから。

最後はタコですよ〜。交響曲の第6番。今日は春のようなぽかぽか陽気(ってもう5月も半ばじゃないっ。カモン温暖化)なのに会場は凍てつく冬の雰囲気。ショスタコーヴィチってわたしにとって冬の音色を聴かせてくれる数少ない作曲家のひとりなんですね。この曲は眼鏡なしです(譜面台の上に置いてました)。なので、楽譜も置いてあったけど暗譜。これはとても良い演奏だったのでしょう。なのにわたしはちょっと置いてけぼりを喰らった気分。自分でもどうしてだか分からないんだけど、ってウソ、今日はオーケストラの後ろの方に座っていたので、オーケストラの人の楽譜を見ながら聴いていたので、休符を数えたり出る準備をしたり、そんなことをしてたんです。オーケストラの中にいる人と外にいるお客さんじゃ聞こえてくる音違うんですかね〜。面白いですね〜。
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by zerbinetta | 2010-05-15 08:04 | フィルハーモニア | Comments(0)