<   2010年 06月 ( 14 )   > この月の画像一覧   

本物の悲しみ   

prokofiev: cinderella suite no. 1, excerpts,
piano concerto no. 2
tchaikovsky: symphony no. 6
viktoria postnikova (pf), yuri temirkanov / po @royal festival hall



テミルカーノフさんとフィルハーモニアのプロコフィエフ、チャイコフスキー・シリーズもいよいよ最終夜。ロンドンのお天気も珍しく夏真っ盛り。暑いです(といっても30度には届かないんだけどね)。今日は珍しく友達と行きました。暑い夕べにはビール。と友達に勧められて音楽会の前にビールを飲んでしまいました。これが失敗。見事にとろんと。で、プロコフィエフのピアノ協奏曲はあまり記憶にありません。

始まりはシンデレラの組曲第1番から。バレエは最近3回も観たので、バレエのシーンが思い出されて嬉しい。姉妹の喧嘩の場面は、アグリー姉妹の姿が目に浮かぶし、フェアリーのシーンはフェアリー・ゴッドマザーの威厳に満ちた姿、そしてシンデレラのワルツは、チューバのソロが大好きなのよね〜。夢の終わりを告げる真夜中の時計の鐘はこれでもかというように打ち鳴らされる、っていうか1打ごとに崩れ落ちるように咆哮する金管楽器がツボ。ほんとはもっといろんなシーンを演って欲しかったけど、全部やったら音楽会終わっちゃうものね。

ピアノ協奏曲の第2番は、ソリストが替わってポストニコワさんになりました。プロコフィエフのこの曲は強力な打鍵が必要なので是非男性の演奏を聴きたいって思っていたのに(前に聴いたユジャのネコ科の大型肉食獣のような機敏でしなやかな演奏も好きですが)、今日のピアニストは一見、おっとり系の女性。だと思ったんだけど、この人凄かったんですね。半分夢見心地で聴いてもったいなかった〜。もうビールは飲むまい。あとで調べてみると、この人、指揮者のロジェストヴェンスキーさんのパートナーで、なんと体育会協奏曲の最たるもののブゾーニの協奏曲も録音してるんですね。ますます、半分寝てたことが悔やまれる〜。

最後の悲愴は、しっかり起きてました。そして、このチャイコフスキー、プロコフィエフ・シリーズのラストを飾る素晴らしい名演でした。全く飾り気がなく、音楽の内面にのみ目を向けた演奏。ぴーんと張り詰めた弦楽器の硬質な響きが寒々としていい感じ。暗いモノトーンなオーケストラの響きも良いです。それにしてもどうしてこんなにしみじみと悲しい音楽なんでしょう。あの甘美な第2主題が始まるところはゆっくりと速度を落として、慰めと言うより悲しみを柔らかな手でなぞって浄化していくみたいです。嵐のような金管楽器の叫びも外に向かって解放されることなく、心の内にわだかまって心を締め付けます。第2楽章も乾いた音楽。ここにも慰めはありません。ティンパニの刻みは不安な心臓の鼓動のよう。第3楽章が終わってお約束のように拍手が、ブラヴォーまで飛び出して、これはしばらく鳴りやまないな、テミルカーノフさんは音楽を続けたそうなのにって思っていたら、振り向きもせず手を少し動かしただけで会場の拍手を鎮めてしまったの。ものすごいオーラ。そしてすぐに始まった最後の楽章は悲しみの極み。何が、こんなに悲しいんでしょう。しみじみと回想される悲しみ、そして終わり。人生の最後を悲しみに包まれて終えるなんて嫌だ、悲しすぎる。でも、これは自分の死ではないのかも。大事な人を失う思い、もしくは過去の自分を捨てる思い。告別に際して残されたものの音楽ではないのでしょうか。最後は拍手できなかった。涙ばかりがぼろぼろ出るのも止めなかった。
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by zerbinetta | 2010-06-29 08:45 | フィルハーモニア | Comments(0)

笑顔がステキなのに   

tchaikovsky: fantasy overture 'romeo and juliet'
prokofiev: violin concerto no. 2
tchaikovsky: symphony no. 4
sayaka shoji (pf), yuri temirkanov / po @royal festival hall



テミルカーノフさんとフィルハーモニアのチャイコフスキー、プロコフィエフ・シリーズ、第2夜のお目当てはヴァイオリンの庄司紗矢香さん。紗矢香さんはシマノフスキのソナタの入ったCDを持っているのでずっと気になっていたんですね。ついに実現。わくわく。

今日の小手調べはチャイコフスキーの幻想序曲「ロミオとジュリエット」。チャイコフスキーらしい豪華にとろけるような感じのメロディ。テミルカーノフさんは甘美になりすぎずにきびきびとダンディに音楽を導いていきます。甘ちゃんのわたしはもうちょっととろけてくれても良かったかしらなんて思ってましたが。

紗矢香さんは空色のワンピースで登場。大きな白い花弁の柄がいくつかあしらってあってちょっぴり和風。それにしても。。。紗矢香さんって若い。。っていうか子供に見える。小学生でも中学生でも通じそう。ってわたしも人のことは言えないんだけど。まぁわたしの場合は男の子だけどさ。
その紗矢香さんのヴァイオリン。音が汚くなるのを厭わずごりごりと弾いていきます。わおっプロコフィエフ! 野獣よね〜ワイルドだね〜。ってちょっと待って。この曲ってこんなにワイルドだったっけ?丸くなった古典的な音楽ぽかった気もするけど。でも紗矢香さんの演奏はそんなのお構いなしに、アグレッシヴに弾いていく。尖ってはいるけど、技術が確かなので雑にならずにしっかりと音楽を保ってる。そしてとっても感心したのは、自分の音楽を持っていて、きちんとそれを表現してること。こういう風に書くとプロなら当たり前って思うかもしれないけど、日本人の演奏って、とっても上手いのに何かが足りないって思ってしまうことがよくあるのね。和を持って尊しとなしというか一歩下がっちゃうと言うか。もちろんこれは微妙な感覚で、はっきりと言葉では言い表せないんだけど(わたしが表現できる言葉を持ち合わせていない)、これは決して音楽だけじゃなくて、外国で陥る日本人の特徴といってもいいんじゃないかと思うんです。わたし自身も日本ではかなり自分勝手でわがままだったけど、こちらにいるとやっぱり一歩下がった感がして日本人なんだなぁ、抜け切れてないなぁって思ってしまう。そういう感じが紗矢香さんからはしなかったんです。勝手にわがままに弾いてるなんてことはなく、いつも指揮者を見てコンタクトを取りながら弾いているんですけど(独奏者によっては指揮者を全く見ない人もいます)。プロフィールを見ると紗矢香さん、日本よりヨーロッパでの生活が長いんですね。特に幼年期と中学生以降をこちらで過ごしているので感覚的にはこちらの人なんでしょう。ひとりで納得してました。
ただ、些細なことだけどひとつ残念だったのは、それはわたしが勝手に思ってるだけなのかもしれないけど、第1楽章演奏中の彼女の顔がとおってもイヤそうに見えたこと。厭々弾いてるんじゃないことは音を聴いていれば分かるんだけど、確かに彼女の表現したい音楽は、がしがしと無機質で人を拒否するところがあるのかもしれないけど(ところどころに温もりも感じられましたが)、厭々オーラを感じさせるのではなく(もちろんわたしだけが感じていたことかもしれません)、も少し気を遣った表情をしてくれたらいいのになって思ったのは正直な気持ちです。彼女は集中すると表情が硬くなると言うか怖くなるタイプなのかもしれません。それはわたしも分かるんです。なぜって、わたしもよく友達に何怒ってるのとか、怖くて近づけなかったなんて言われるので。決して不機嫌なわけではなく、集中してるだけなんですが。でも、わたしと違って演奏者は、1000人以上の人の視線を集めてるんだから、見せ方も大事と思うんですよ。音楽は「音だけ」の芸術って違うと思うから。第1楽章が終わってにっこりしたときの彼女の表情とってもステキだった。ああいう人を幸せにできる表情を持ってるのにもったいないって思ったんです。もちろんいつもにこやかに弾けということではないんです。わたしが彼女の表情に厭々と形容したようなネガティヴな感じを見いだしたことが問題で、真剣な怖い顔でもポジティヴに見えればいいんですね。
音以外のことを長々と書いてしまったけど、音楽はとっても良かったです。紗矢香さん、プロコフィエフをよく知ってらっしゃる。迷いなく自信を持って世界を創ってる。多分、テミルカーノフさんに薫陶を受けているのでしょう。テミルカーノフさんの音楽と紗矢香さんの音楽の方向は一緒だったし、ときどき指揮者を見ながら弾いてる彼女の姿勢は、ふたりで音楽を創りあげていく姿勢そのものでした。自分の驕ることなく他の人の音楽を受け入れ止揚していくことができるのは、うんとステキな美質だと思うんです。彼女はこれからまだまだ成長していくでしょう。聴き続けていくことが楽しみな音楽家のひとりになりました。

お終いの交響曲第4番は、前に別のオーケストラでテミルカーノフさんの演奏を聴いています。そのときは、ぐいぐい音楽を進めたいテミルカーノフさんと、普段通りのテンポで音楽を弾きたいオーケストラの間で火花が散って面白かった。そういう面白さはどんな指揮者にも適応してしまうフィルハーモニアにはないんですが、テミルカーノフの音楽がそのまま出るという点ではいいのかもしれません。冒頭いきなり遅いテンポでファンファーレが鳴って、ヴァイオリンが歌い出す主部に入ると、溜めもなくぐいぐいと快速テンポは相変わらず。オーケストラは少し前掛かりになりながらもついていきます。硬質な弦の音は前回と同じ。暗闇の中からバネの付いた人形のかしらのように弾けて飛び出すクラリネットの悲しいワルツ。わたし的にはもう少しゆったりとちょっぴりエロスを感じさせるテンポが好きなんですけど、ここまで確信に満ちてやられるとそれはそれで素晴らしくて共感できちゃう。内面的にも充実したチャイコフスキーです。第2楽章は少しゆったり目のテンポで、乾いた悲しみ。決して甘くならないのがいいですね。第3楽章は透明な無機質感。チャイコフスキーの音楽って夜の音楽だと思います。どことなく現実感が薄らいで夢との境目がぼんやりしてくる。最後の楽章の爆発もこれが現実のお祭りなのか夢の中の世界なのか曖昧で、同じ運命交響曲といってもチャイコフスキーの(交響曲第4番と5番)はベートーヴェンと違って勝利が曖昧で、最後運命に打ち勝つ勝利感がうすいんだけど、それはわりとわたしたちの今に近いのかもしれないなんてちょっぴり思ったりもして。お祭り騒ぎで運命はチャラなんて思いつつも、でもやっぱりチャイコフスキーはステキだなって思ったのでした。
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by zerbinetta | 2010-06-27 01:11 | フィルハーモニア | Comments(4)

コヴェント・ガーデンに馬出現   

bizet: carmen
christine rice (carmen), bryan hymel (don josé),
maija kovalevska (micaëla), aris argiris (escamillo)
francesca zambello (dir)
constantinos carydis / royal opera house @covent garden


週末とはいえ、2日連続のオペラはちょっときつい。カルメンは確かに観たかったんだけど、何で去年観ないで今年かなぁ〜。だって、去年はアラーニャさんとガランチャさんの豪華コンビ。軒並み最高級の評価。で、今年はちょっと小粒。まっ、去年は今頃フランス行ったり日本に帰ったり忙しかったからしょうがないんだけど。でも今年も忙しいぞ。
オペラ・ハウスの通りに着くと道路に馬を載せたトラックが。何でこんなところに馬?って一瞬訝ったけど、そうだ、オペラに出てくるんだ、本物の馬。
というわけで、昨日の余韻もまだ残っていて、今日は全然期待感なしの自然体。カルメンを楽しめればいいや、みたいな。でもね、ふたを開けてみたら、なかなか良かったんですよ。まず序曲からオーケストラが鳴ってる。昨日のオーケストラも良かったけど、引き続き今日のオーケストラも力が入っていました。指揮者のカリディスさん、まだ30代の若い人だけど、オペラの指揮者なんですね、大きな手の振りでオーケストラから熱のこもった音楽を引き出していました。なかなかやります。歌手も悪くなかったです。というか思ったより断然良かった。タイトル・ロールのクリスティーネ・ライスさんは、声が柔らかい部分があるのでカルメンの圧倒的な強さを見せつけるにはちょっぴり足りなかったかもしれないのですが、実はカルメンの中にも弱さを見せる部分があったのですね。カルメンも女の子というのがちらりと見えて、それはフランチェスカ・ザンベッロさんの演出のせいなのかしら。情けない男役のブライアン・ハイメルさんは、ちょうど良い具合にと言ったら失礼ですが、好演だったと思います。情けないながらも、共感を呼ぶのは、わたしたちも結局同じだからではないでしょうか。自分の背負っているもの、故郷や家族や過去をどうしても捨てられない。それらを捨てて、恋に身をやつすことは結局できない。。。自分のアイデンティティを失うことになってしまうのだから。まあ、ドン・ジョセは自分のルーツとカルメンの間で引き裂かれて結局はカルメンを殺してしまうという愚の選択をしてしまうのが、わたしたちとは違う(よね?)ところなんですが。
背後霊のようにそこここに姿を現すミカエラを歌ったマイヤ・コヴァレフスカさんは、とってもかわいらしかったです。ミカエラって実際の人物である他に、ジョセの心の内を象徴する役でもあるんですね。というのは、この間バレエを観て思ったんですけど、オペラでもそんな役どころなのかもしれません。
さて、一番の不満はエスカミーユです。といってアリス・アーギリスさんを批判するわけではないのです。わたし、エスカミーユには徹底的にもうこれでもかというくらいキザにかっこつけて欲しいんです。登場は表にいた馬に乗って来たんですが、是非とも真っ赤なスポーツカーで場違いに現れて欲しかった。全く演出されている時代背景の埒外なんだけど、そういう異質感が欲しいんです。まぁこれも受け売りで、前にレネ・パペさんがインタヴューで「やりたい役は悪役。エスカミーユを真っ赤なスポーツカーに乗って歌いたい」とおっしゃっていたのが頭を占領しているのです。かっこいい。アーギリスさんはとても良く歌っていたけど、圧倒的な場違い感が弱かったのがわたし的にはちょっぴりざんねんだったんです。
あっちなみに、今回のカルメンは多分オリジナルの台詞付きのです。初めて聴くので最初びっくり。それにしてもカルメンって何回観てもいいオペラですね。いまだに音楽が頭の中でリピート中です。
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背後霊 コヴァレフスカさん
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金ピカ衣装のアーギリスさん
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もうぼろぼろ ハイメルさん
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カルメンだって女の子 ライスさん
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注目 指揮者のカリディスさん
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by zerbinetta | 2010-06-26 08:28 | オペラ | Comments(0)

鳴り響く声と音の饗宴   

massenet: manon
anna netrebko (manon lescaut), vittorio grigolo (chevalier des grieux),
christophe mortagne (guillot), russell braun (lescaut),
christof fischesser (le comte des grieux)
laurent pelly (dir),
antonio pappano / royal opera house @covent garden


マスネのマノン。同じ原作に基づくオペラは前にプッチーニのマノン・レスコーを観たことがあって、最後はアメリカの砂漠で水を飲むってなんだか訳の分からない展開になっちゃって、どうにもこうにもよく分からないので、行く前にあらすじを予習したのでした。でもそこでもよく分からなくって結局よく分からないままみたのですが、やっぱりよく分からないまま終わったのでした。マノンって??? そう、全くよく分からないのがマノンその人。タイトル・ロールなのにです。この人の性格付けがわたしにはどうしてもできない。わたしからみたら彼女は宇宙人? 多分当時、誰でも知っていた原作を読んでいればもっとよく分かるのかも知れません。でもその知識のないわたしにはさっぱり。共感して良いのか悪いのか。わたしがオペラ歌手だったらマノンの役は断るでしょう。だってどうしていいのか分からないんだもん。今回の演出では、マノンは始めウブな少女として描かれていたと思います。ネトレプコさんのお化粧も田舎娘感を出していたように思えたし。ウブというか男に対して免疫のない純粋な馬鹿? 女性版パルシファル? 一瞬のうちにデ・グリューと恋に落ちパリに駆け落ち(そんなことはあり得ないだろうと思うけど、これはオペラのお約束だからいいんです)。パリでデ・グリューと慎ましく生活。ところが幸せも長くは続かず、デ・グリューは父の手でさらわれ、ひとりになったマノンは貴族の愛人に。お金持ちの享楽的な生活を送るマノン。偶然出会ったデ・グリューの父親にデ・グリューのことを聞き、健気にもデ・グリューに会いに教会に出かけるマノン。そこで再び結ばれて新しい生活を始めるふたり。ここまでは分かるんです。でも、なぜマノンは恋人とふたりになれたのに享楽的な生活を捨てられないの? 愛があればお金なんてじゃないの? さっきはお金に任してマノンを誘惑しようとするギヨーをあっさり振ったじゃない。やっぱりマノンはお金の亡者? 愛なのお金なの、どっちが本当のマノン?って愛にもお金にも乏しいわたしは困惑するんです。最初と最後の彼女が純粋でいい人に描かれてるので、この真ん中部分の違和感はいかんとも埋めがたく。結局目先のものに追われるだけなの?だとしたら最後の改心は嘘?

という物語なんだけど、それでもいいのは音楽が圧倒的にいいから。オペラの魔力よね。つまらない台本でも音楽の力でもうそれはそれはステキなオペラに仕上がる。もちろん反対に素晴らしい原作なのにオペラの台本にしたらつまらないことこの上なしになっちゃったりもするんだけど。この場合は、原作を読んだことがないから確かなことは言えないけど、原作がずいぶんと人気があったことを考えると両方かもね。原作を壊して音楽で復活させた、みたいな。マスネってあんまり聴いたことがなかったけど、知ってるのはウェルテルとタイスの瞑想曲くらい(?)、ぐいぐいと煽り引き込んでくる音楽はそれだけで十二分に楽しめる。パッパーノさんとオーケストラものりにのって音楽を演奏している。そして、その上に迫力のある合唱、素晴らしい歌手陣。

ネトレプコさんは産休後、初めてだったけど、ちょっと太ったけど、声はもうほんとに絶好調。ハーゲンダッツのアイスクリームが大好きな彼女ももう完全に大スターの風格。声は張りがあって低音から高音まで完璧にコントロールされていて言うことなし。こんなにも声が出たら本人ももうすかっとしてるでしょう。若い頃はもう少し線が細かったような気がするけど、今はもうドラマティックなものでも何でも歌えそう。演技も上手いし、向かうところ敵なしのソプラノですね。そして絶好調がもうひとり。デ・グリューのグリゴーロさん。初めて聴く人。今回がロイヤル・オペラ・デビューなんですね。この人むっちゃすてきだったの〜。凄すぎ〜。惚れたわ。この絶好調のおふたりが圧倒的な歌の力で舞台を引っ張るものだから、他の歌手も合唱も巻き込まれて舞台は凄いことになってました。大きなオペラハウスでの声とオーケストラの饗宴。物語なんてそっちのけで音楽の交響的な世界に浸ってました。おふたりが顔を寄せ合って歌ってるところなんてお互いにうるさくないのかな、なんて余計な心配をしながら。

こんな圧倒的な音楽を聴いたあとはなんだか放心してしまって思いっきりカタルシス。こういうことがあるから音楽会通いは止められません。

フランスのオペラはバレエも入ってサーヴィス満点
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ヴィットリオ・グリゴーロさん
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アンナ・ネトレプコさん
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by zerbinetta | 2010-06-25 01:54 | オペラ | Comments(4)

サウスバンクに怪鳥出現   

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(逆光で撮っているので夕暮れ時みたいですが実際はお昼の明るさです)


tchaikovsky: polonaise from eugene onegin
prokofiev: piano concerto no. 3
tchaikovsky: symphony no. 5
denis matsuev (pf), yuri temirkanov / po @royal festival hall


夏満喫中のサウスバンク・センターの空に怪鳥出現。なんとプテラノドンが飛んでました。前には象がいたんだけどね(ロンドン中に何十体もの象の彫刻が置かれました)。実は恐竜大好きのわたし。子供のように喜んでしまいました。

今日の指揮者はプテラノドン、じゃなかったテミルカーノフさん。怪鳥のような、じゃなかったわたしのイメジではとっても厳しく怖いイメジです。ソヴィエト時代の人というか、ムラヴィンスキーの下にいたというか。細かいことは忘れたけどそう印象が強かったんです(あとで当時の日記を読み返してそれだけではないいろんなことを感じていたのを思い出したんですが)。でも、この人鉄の規律を求めるタイプではなかったんですね。指揮は、表現したいことがもう手に取るように分かる分かりやすい動きだったんですけど、拍子を刻むことはあまりしないで、オーケストラの自発性にまかせている部分が多いと感じられました。で、彼の演奏、テンポを大きく揺らしていることもあって一部、楽器間でテンポの感じ方がずれちゃったりもしたけれども、それでも大きな瑕にはなりませんでした。フィルハーモニア・オーケストラがいろんな指揮者、いろんなスタイルの音楽に慣れているせいもあって、だいたい何にでもついて行けるという長所が、反対に緊張ではなく余裕を生み出してしまって一回限りの特別な音楽の生まれ出る瞬間瞬間を上手く作りそびれってしまったこともあったように感じました。多分、テミルカーノフさんは、リハーサルのままの演奏を本番でするタイプではなくって、わざと少し変えて緊張を生み出すタイプ何じゃないかしら、と思いました。

チャイコフスキーのエフゲニー・オネーギンからのポロネーズは、華麗な音楽。実はこの曲知ってるって思ったのに(そりゃそうだ。オネーギンは確か2回観たことがあるはず)、わたしの脳内演奏とは違った曲だった。チャイコフスキーのオペラの中には華やかでステキな音楽が紛れ込んでるから、他の曲とごっちゃになったるのかな。短いけれど華やかな気分にさせられました。今日の小手調べにはもってこい。

続いてプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番。ピアニストはマツーエフさんです。この人も10年くらい前に聴いていました。実はこの人もとおっても印象に残っていて、そのときの音楽会は、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番(独奏者はリスィツァさん)、チャイコフスキーの協奏曲第1番(マツーエフさん)、それにショスタコヴィッチの交響曲第5番という超重量級のプログラムだったんだけど、マツーエフさんは2曲目ですでにぐったりしてるわたしをよそに放っておいたらいつまでも弾いているって勢いでアンコールを2曲も弾いたのでした。この人のピアノ弾き始めたら誰にも止められないよ感は、強烈な印象となってるんです。何というスタミナ。
当時はまだ20代だった彼も今は30代半ば。立派になりました、といいたいところだけど、前から立派だったような気が。。。太ってるというわけではなくてがっしりしたがたいの筋肉質の方です。髪の毛が硬そうというかしっかりとセットしてある感あり。と音楽と関係ないことなど。絶妙なクラリネットのソロで始まりました。この始まり、セカンドが入って音がぶつかるところまでがめっちゃ好きなんですけど、始まりの10秒ほどのこの部分を適当にやられるともうあとは聴きたくなくなるのです。今日のテミルカーノフは申し分なし。っていうかこの曲凄くいい演奏でした。ピアノも筋肉質の身体から繰り出される強音ががしがしと耳に心地良くて、こういう曲はやっぱり男性が弾くと余裕があっていいなって思います。女性は男性に比べて身体がちっちゃい場合が多いし、体重も少ないので打鍵がどうしてもめいっぱいになっちゃうんですね。それにしてもマツーエフさん上手い。第2楽章はピアノもオーケストラもちょっとあっさりしていてもちょっと夢見る感が欲しかったけど、全体には聴き応えのある満足できる演奏でした。マツーエフさんの堂々とした立ち振る舞いはもう貫禄十分ですが、これからもとっても楽しみなピアニストです。

最後はチャイコフスキーの交響曲第5番。聞き飽きた感じのある曲だけど、こうしてまた違う演奏で聴くと新しいことが聞こえてきて面白い。以前に聴いたテミルカーノフさんのチャイコフスキーの交響曲第4番の演奏は、ぐいぐいと推す快速演奏だったので、今日もそういう感じかなと思ったら違った。最初のクラリネットから丁寧でゆっくり。始まりからステキなことが起こりそうな予感。テミルカーノフさんは、テンポの差をかなり付けつつでも自然な音楽の流れで、聴き慣れたチャイコフスキーの音楽に新鮮な驚きを振りかけてくれました。そしてオーケストラも寒色系の音色。特にヴァイオリンがピンと張りと力のある音色でステキです。テミルカーノフさんは丁寧にスコアを見ながら指揮していましたが、本当はスコアなんて見なくてもこの曲のことは細部まで完全に知っているんでしょう。全く隙のない自信に溢れた表現です。始めにも書いたようにオーケストラの中でのテンポ感のずれが多少みられたのはもったいなかったですけど。でも、久しぶりにチャイコフスキーの交響曲で本家を聴いたような気がします。チャイコフスキーの音楽自体、ロシア的と言うより西欧的な音楽だし、ロシア人以外でもとってもステキなチャイコフスキーを聴かせてくれる人もたくさんいるけど、ロシア人による演奏には底のみえない部分で何かが共振しているような特別なものを感じます。3回にわたるこのシリーズ、次も楽しみになってきました。
そうそう、第2楽章が終わってテミルカーノフさんがハンカチで汗を拭いてるときに携帯電話の音楽が小さくなったんですよ。あちゃちゃ〜って思いましたが、テミルカーノフさん、すかさずスコアの箇所を探す振り。厳しい方だと思っていましたが意外とユーモアのある方だったんですね。会場からは微笑ましい笑いが。好感度アップ。もちろん、そんなことで音楽の糸が切れる指揮者とオーケストラではありませんよ。(っていうか多分演奏者の方たちはほんといろんなアクシデントに遭遇していると思うので聴衆よりも慣れっこかも)
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by zerbinetta | 2010-06-24 21:41 | フィルハーモニア | Comments(0)

雰囲気の勝利   

monteverdi: vespro della beata vergine
choir of st paul's cathedral
his majestys sagbutts and cornetts
cecilia osmond, rebecca outram (sp), mark wilde (tn)
andrew carwood (cond) @st paul's cathedral



今日はヨーロッパの夏の始まりの日。日本では立夏に当たるんでしょうか。夏至だけど。で、やっとこさ夏らしい暖かい日(暑くはないんです、まだ)。お天気もぴーかん。そんな今日は毎年この時期にロンドンのシティで行われるシティ・オヴ・ロンドン・フェスティヴァル。聖ポール大聖堂で行われたモンテヴェルディのヴェスプロを聴いてきました。なんてったって、今年はヴェスプロ出版400年年。

聖ポール大聖堂は、なんと世界で2番目に大きな教会だそうです(わたしにはフィレンツェのドォーモの方が大きく感じられるけど。まわりの景色のせい? 世界で一番はローマだそうです)。確かに壮大な教会です。ドームの天井の絵には圧倒されます。でも、その大きさに似合わない、編成の小ささ。合唱は必要最低限ではなく、各パートを複数で歌ってるんですが、それでもこの大きな教会に比べると少ない人数。これでちゃんと後ろの方の席まで聞こえるのかしらってちょっと心配になりました。でも教会ってわんわんと良く響くんですね。声はずいぶんと響いてました。オーケストラの方は音の指向性の関係かそんなに反響していませんでしたが。
今日のチケットを取ったときの演奏者の案内は、his majestys sagbutts and cornetts となっていたのですが(バロック期のコルネットとトロンボーン(の前身)の演奏グループです。ガーディナーさんのヴェスプロの演奏でも金管楽器を担当しています)、もちろんそれだけでは演奏できないので、弦楽器群(どこの団体かはプログラムにも書いておらず不明)、聖ポール大聖堂の合唱団(高音パートは女性ではなく少年合唱団が歌っていました)、ソプラノ独唱にオズモンドさん、アウトラムさん、テナーの独唱にウィルデさんがクレジットされています。でも、出番は少ないけどhis majestys sagbutts and cornetts はめっちゃ上手かったです。特にコルネットの超絶ハイトーンはステキでした。

音楽は至ってシンプルなヴァージョン。グレゴリオ聖歌もなく、器楽のソナタ等も挿入もありません。演奏は、実はよく分かりませんでした。合唱の高声に少年合唱はちょっと物足りないかな。確かに少年合唱でもしっくり来る曲(ソナタ・ソプラ・サンクタ・マリアなど)もあるんですが、大人の女性の方が表現に奥行きがあると思います。よく分からなかったのは、教会堂に音が反響しすぎて(ものすごい残響でした)、音楽の詳細がつかみづらかったからです。でも、教会はやっぱり雰囲気ありますね。特に日がまだ高いうちから始まって日が落ちてくるまでの時刻になっていたので、外から来る光りのグラディエイションがうんとステキでした。雰囲気だけで演奏好感度20%アップです。
教会で聴く音楽はコンサート−・ホールやCDで聴く音楽とまるで違って聞こえます。教会で録音されたCDでも、マイクで直接音を拾ったりしているので、教会の中で聴くのとは全然響きが違います。それに気づいたら、ヴェスプロって当時はどういう風に聞こえていたのだろうって思い至りました。楽譜には、公爵の礼拝堂ないし宮廷の広間にあうように、と書かれてるそうですが、実際にはどんな教会で演奏されたんだろう。教会によって響きは違うし、当時の演奏を忠実に再現することは不可能だけど、当時人々が耳にしたように音楽を聴いてみたいと強く思ったのでした。
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by zerbinetta | 2010-06-22 08:37 | イギリスのオーケストラ | Comments(2)

点描しすぎ   

webern/bach: fugue in sex voices
lachenmann: double (grido II)
brahms: piano concerto no. 1
maurizio pollini (pf), peter eötvös / lso @barbican hall


最近、ポリーニさんは歳をとって指が回らなくなったとか、昔の輝きはもはやないなんて悪評ばかり聞くので、じゃなかった、聞くけど、信じられないので聴きに行ってきました。わたしが聴いたポリーニさんで印象に残っているのは10年くらい前、カーネギー・ホールで聴いたシュトゥックハウゼンのピアノ曲X。隣のおばあさんとふたりで超興奮して手をたたき合った。今日のブラームスの協奏曲もテロのあった直後のニューヨークでアバドさんとベルリン・フィルの伴奏で特別な演奏を聴いてる。あれから10年近く。ポリーニさんは言われるように歳をとってしまわれたのでしょうか。

音楽会は、バッハの6声のリチェルカーレのウェーベルン版。バッハの主題、というかフリードリヒ大王の主題は半音階的で現代的(主題の中に12音のうち11音が含まれています)。これを元にバッハが6声のフーガを作曲したのをウェーベルンが点描のオーケストレイションを施したもの。ひとつのメロディをいろんな楽器に分けて演奏する音色によるセリエ。トータル・セリエズムの走りのひとつ。暗闇の中から仄かに音楽が聞こえてくる感じが大好きです。面白かったのはオーケストラの配置。一番前に半円状に一列、木管楽器と金管楽器が並んで、その後ろに同心半円を描くように弦楽器が、第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリンと並びます。後ろの正面にはコントラバス。左手にハープ右手にティンパニです。リーダー(コンサート・マスター)はずいぶん遠くです。今日の指揮者のエトヴェシュさん。わたしにとっては指揮者というより作曲家として名前を知ってる方(でも、1曲も聴いたことがないと思う)。わたしは餅は餅屋な人なので、兼業指揮者と聞くだけでモチヴェイションが下がるんだけど、これ偏見ですよね。今をときめくバレンボイムさんもエッシェンバッハさんも元はピアニストだし、ブーレーズさんや、シュトラウスは作曲家。マーラーはどちらかというと当時は指揮者でしたが。なので、エトヴェシュさんが凄い指揮者でもちっとも不思議じゃないんだけど、そうはいっても気持ち的には大丈夫かなぁ的。でも残念ながら今回はそれが当たっちゃった。エトヴェシュさんは、音色のパレットで点描的に描かれたこの曲を微に入り細を穿ち点描的に演奏したんです。そうしたら、遠くから見ればちゃんと風景に見える点描画なのに、遠くに行ってもいつまでたっても点々。そんな音楽になってしまいました。音楽がバラバラで点々。もっとしっかりした主題の骨組みのある音楽なのに、残念。もしかして、たまたまこの音楽がそう書かれているからっても思ったんだけど、同様な感じはブラームスでもしてしまいました。唯一良いなと思ったのは、新リーダーに加わったシモヴィックさんのソロがこの曲にふさわしいステキな音色だったこと。ロンドンでの活躍を期待します。

でも、ヘルムート・ラッヘンマンさんのダブルという曲は良い演奏だったと思います。ラッヘンマンさんを聴くのが今日が初めてのわたしが言うのもなんですが。弦楽器だけのオーケストラは、またも同心半円。そして指揮者からかなり離れて半円を作ってました。左から第1ヴァイオリン、ヴィオラ、第2ヴァイオリン、チェロ、第3ヴァイオリン、後ろにコントラバスです。音楽が鳴り始めて正直わたしは戸惑いました。なに?何を聴けばいいの? 音楽? 現代音楽に聴き慣れていないわけではないと思うんですが、音楽なの? どうしましょう、って感じでした。音楽は、あとで調べてみて分かったんですが、たくさんの特殊奏法が使われていて、楽器の音色ではない雑音のような音が混じります(とは言え、昔に比べて使い方が控え目になってるそうですが)。そらからどこから聞こえてくるのか、テープに録音された音が同時に奏されます。もちろんメロディもないし、リズムっぽい刻みもなし。そんな音楽(?)です。なので、どういう風に聴いていいのか戸惑ってしまったんです。でも、しばらく聴いてるうちにこれって、って思い当たったものがあったのです。秋の夜の縁側で聞く風の音、虫の音。もしくは、露天風呂でぼんやりと聞こえる木々のさわさわする音。そんな風に感じるととたんに世界が開けてきて、心地良くなってきたんです。多分、作曲家の意図は全然違うところにあると思うんですけど。でもわたしにとっては自然音。人工的なところがちっともなくて、自然に聞こえる音だけしか聞こえない。そんな音楽でした。多分もっと聞き込んでいけばもっといろんなことが見えてくる、聞こえてくるんでしょう。ラッヘンマンさんの最も有名な曲、オペラ、マッチ売りの少女もぜひ観てみたくなりました。これ、日本で上演されているのですね。ロンドンでもやらないかなぁ。ちなみにラッヘンマンさんはポリーニさんとお友達。この曲もポリーニさんに贈呈されていたのでした。意外なところでポリーニさん繋がり。ラッヘンマンさんも会場にみえてました。多くの人はポリーニさん目当てだと思うので、聴き慣れない音楽を聴かされてどう感じたのか分からないけど、結構あたたかい拍手でした。

最後はお目当てのブラームスの協奏曲第1番。この曲って次から次へと新しい主題が出てきて面白いですよね。しかも交響曲としての構想もあったとかでオーケストラも強力。それに対抗してピアノもトリルを多用して音量を稼いでます。腕つりそう。オーケストラは弦楽器の和音の音程の取り方がとってもステキで、やっぱり上手いなぁって思いました。ただ、上にも書いたけど、エトヴェシュさんのフレーズの区切り方が苦手で、音楽がとぎれとぎれになりがちなのがわたし的には残念でした。ポリーニさんのピアノは、へろへろなのかと思ったらちっともそんなことはなくて、相変わらずの鋼の音色。和音がじゃーんと重く響くところはやっぱりステキ。ピアノは素人なのでよく分からないのですが、指がちょっと回らないかな?と思ったところはほとんどなくて(とは言っても昔のCDみたく完璧感はないのだけど)、ただ、煌めきのようなものは薄れていて、歳をとったんだなぁやっぱり(言葉を換えれば円熟と言うことなのか?)。でもかえって渋めのブラームスには合っていたのかも。白眉は第2楽章のお終いの方の短いカデンツァ。ポリーニさんも興に乗っていたみたいで唸りながら弾いていたけど、ここの表現の深さ、美しさはやっぱりポリーニさん。ここだけ聴いても来て良かったと思いました。最後は、盛大な拍手。カーテンコールも多めで、会場にはやっぱりポリーニさん目当てが多いのか絶大な支持を集めていました。わたしもやっぱり、ポリーニさん好きです。そういえば前にサインしてもらったことあったっけ。
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by zerbinetta | 2010-06-20 07:39 | ロンドン交響楽団 | Comments(6)

伯爵の愛人になりたい   

mozart: le nozze di figaro
eri nakamura (susanna), erwin schrott (figaro),
annette daxch (countess), mariusz kwiecien (count),
jurgita adamonyte (cherubino), robert lloyd (bartolo),
marie mclaughlin (marcellina), peter hoare (don basilio)
colin davis / royal opera house @covent garden


ロンドンで初めて行った音楽会がフィガロの結婚だったんです。ってあれ?昨日はヂャンさんとロンドン・シンフォニーって言ってなかった? 実はロンドンに住み始める前、面接のため一度ロンドンに来てるんです。そのとき、ロイヤル・オペラ・ハウスの立ち見の切符を取って観たんです。なのでこの演出(マクヴィカー版)を観るのは2度目。とってもステキな舞台だと思います。何しろ主役はお掃除おばさん。というのは半分冗談で、でも始まりの序曲の間のお掃除のシーンとフィナーレのあとを閉めるという(この演出にしか観られない)大切な役を担ってるので、多分きっと何か演出の肝があるんでしょうね。ソープ・オペラ的な家政婦は見てたみたいな。でもそれ以外は多分とってもオーソドックス。18世紀と17世紀の衣装の違いも舞台を観てここがスペインなのかオーストリアなのかも分からないわたしが言うのもなんですけど。でも、そんなの関係ないですよね。楽しめれば。だって、根っからの日本人のくせに時代劇の衣装を見てそれが綱吉の頃なのか吉宗の頃なのかちっとも分からないんですもの。ましてや外国のことなんか。
そう。もう序曲が始まったとたんから楽しくてわくわく。わたしはオペラに序曲はいらない派なんですが、この序曲(とロッシーニやワグナーのいくつか)は例外。こんなにうきうきさせてくれる音楽って滅多にない。コリン・デイヴィスさんが指揮するオーケストラもオーソドックスでとおっても上手い。同じ公演でも一昨年聴いたときは、マッケラスさんの指揮で古楽っぽい奏法で演奏されたんですけど、それも良かったけど、今日の現代オーケストラの正攻法の演奏もとってもステキ。それに今日はレシタティーヴォの伴奏のチェンバロもなんだかとっても良かったです。
歌手の人たちもとってもステキでした。2番目に印象に残ったのはマルチェリーナを歌ったマクラウリンさんなんですけど、アラベラのDVDで控え目なズデンカを歌ってる方ですが、今日はずいぶん手練手管を身につけたようで、結構アクの強い(役柄の)マルチェリーナでした。男声陣もおしなべて良かったんですが、タイトルロールのシュロットさんより、伯爵のクヴィーチェンさんにセクシーな魅力を感じました。理髪師ではあんなにウブだったのに。わたしを愛人にしてくれないかなぁ。伯爵家で一生優雅に暮らしたい。
フィガロの結婚はわたしが一番たくさん観ているオペラだと思います。音楽学校の友達が歌った学園祭の公演から、メトやワシントン・オペラ、アマト・オペラなど。スザンナもいろんな人で聴きました。バルトリさんやネトレブコさん、レッシュマンさん。でも、その中にもうひとり日本人のナカムラ・エリさんを加えることができてとっても嬉しいです。まだ若手の(ロイヤル・オペラ・ハウスの若手育成プログラムの最終年ですよね、確か)これから伸びていくであろうソプラノですが、この大役をとっても見事におきゃんにこなしていました。ほんとにステキなかわいらしいスザンナだった。来シーズンは、ロンドンを離れて大陸で歌うみたいですが、ぜひ、ステキな歌い手になって欲しいです。そしていつかまた彼女の歌を(できればオペラで)聴きたいです。

シュロットさん、エリさん、サー・コリンさん
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by zerbinetta | 2010-06-17 07:50 | オペラ | Comments(0)

らら〜♪もすけ♪   

rachmaninov: piano concerto no. 3
poulenc: gloria
vladimir feltsman (pf), sally matthews (sp), xian zhang / lso @barbican hall


わたしがロンドンで暮らすようになって初めて聴いた音楽会が、xian zhang(張弦。読み方はヂャン・シィェンだそうです)さん指揮のロンドン・シンフォニー。そして今日また、この組み合わせで音楽会です。ヂャン・シィェンさんは中国人の若手(37歳くらい)女性指揮者です。この間は妊婦さんだったんですよ〜。まる顔の小柄な方。でも、指揮はダイナミックでオーケストラをぐいぐいコントロールしていきます。マゼールさんの下でニューヨーク・フィルの副指揮者を務めたり、ラトルさんからも評価されている若手有望株のひとりです。わたしもそう思います。

わたしは今日はラフマニノフの協奏曲だわ〜って楽しみにしながら会場に着いてプログラムみたら、あれれプロコフィエフ?また記憶違い?って、指揮者が振り始めてびっくり。これであのクラリネットが出るのぉ?って思ったら、始まった曲はやっぱりラフマニノフでした。あとでプログラムを確認したらやっぱラフマニノフ。どうしてプロコフィエフと勘違いしたんでしょう。同じセルゲイだから?
ピアノのソロはフェルツマンさん。またこの人が楽々と弾いちゃうのね。しかもかなり快速テンポ。ここまで余裕を見せられちゃうと爽快だなぁ。すらりとした感じのラフマニノフ。知的で清廉な感じの流れる水のような演奏なんだけど、抒情的に盛り上がらないかというとそんなことはなく、ヂャンさんが煽っていたオーケストラともしっかり対抗できる大きさも持っていました。熱い情熱というより冷たい炎っていう感じですが。でも、最近こういう抒情に流されないラフマニノフを演奏する人多いですね。今日の演奏、その極みのひとつですね。

休憩の後は、プーランクのグロリア。なかなか渋い選曲。神さまを讃える曲なのに、場違いだけど、ラテン語の発音ってなんか面白い。日本語やフランス語に似てて、単語の最後に母音がくることが多いんですね。2曲目なんか、らら〜もすけって繰り返し歌ってるのでちょっと可笑しかった(本当は、ラウダ・ムス・テって歌ってるんです。あなたを讃えますって意味)。ソプラノを歌ったのはサリー・マシューズさん。ロイヤル・オペラのコジ・ファン・トゥッテに出てた方です。今日は上の方の席で聴いていたんですが、彼女の声がどこから出ているのか分からないような、多分直接音と間接音がずれて聞こえて不思議な感じでした。でも、とってもよく歌ってましたよ。ラテン語の最後の母音の扱いがも少し自然にできるともっと良くなるんじゃないかなっては思いましたが。演奏全体は、わたしには可もなく不可もなしって感じでした。音が時折鋭すぎて、プーランクの持つ柔らかさがもっとあればと思いました。わたしの好みですけどね。とは言え、ヂャンさんは力のある人には間違いないと思うし、指揮者としてはまだ珍しい、アジア人でしかも女性なのでがんばって欲しいです。良い演奏がたくさん聴かれますように。

ヂャンさんとマシューズさん
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by zerbinetta | 2010-06-16 21:02 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

来シーズンのロンドン音楽会 オーケストラとマーラー記念年   

欧米では音楽会のシーズンは秋始まり。今は2009年2010年のシーズンのお終いです。
さて、2010年、2011年と言ったら、マーラーの生誕150年、没後100年の記念年です。各地でマーラーのお祭りがあるみたいですね。ここロンドンでは、というとマーラー・フェスティヴァルみたいなのは今のところアナウンスされていません。今年のプロムスの開会が交響曲第8番ということくらいかな。来シーズンの個々のオーケストラはと言うと、楽団ごとに温度差があって面白い。

まずはロンドン・シンフォニー。全くマーラーには興味がないのよって突き放した感がステキ。ゲルギーの振る交響曲第5番と第1番、第9番、それからオルソップさんの指揮でマーラーの編曲によるベートーヴェンのレオノーレ序曲と交響曲第7番、アルマ・マーラーの歌曲が演奏される予定です。マーラーの記念年関係はオルソップさんの方かな。ゲルギーのはマーラーの交響曲の全曲録音が進行中なので第5番と第9番はそれに合わせたものでしょう。マーラーは人気があるので毎シーズン何回か演奏されるので(今シーズンのロンドン・シンフォニーでは交響曲の第4番、6番、10番、大地の歌、花の章、それにいくつかの歌曲を聴きました(って記念年じゃない去年の方が多いじゃない)、これ以上マーラーばかり聴きたくない感があるので、こういう姿勢はかえって潔くていい感じ。記念年だからと言って毎度毎度同じようになんとなく作品を演奏しました、じゃつまんない。

というつまらない派の代表はフィルハーモニア。ごめん、フィルハーモニア。マゼールさんの指揮で、交響曲の1番から10番(アダージョのみ)が来年の春と秋に演奏されます。マゼールさんは今季もフィルハーモニアで交響曲第9番を振っているので、もういいやって感じ。もっとぴちぴちした指揮者を呼べなかったのかしらねぇ。まあでも、ところどころ聴きに行く予定。

BBCシンフォニーはもう完全無視。マーラーはビエロフラーヴェクさんが振る第6交響曲のみ。潔すぎ。でも、今シーズンのマルティヌー・チクルスみたいな核になるプログラムがないのがちょっと寂しい。

OAEはなんと! さすらう若人の歌と葬礼。古楽のオーケストラがどんな楽器を使ってどんな演奏をするのか興味津々。指揮はユロフスキさん。OAEはプロムスでもラトルさんの下でトリスタンを演るのよね。チケット取れてないけどさ。

楽しみにしてるのは我らがロンドン・フィルハーモニック。シーズン・オープナーがユロフスキさんで交響曲第3番。ユロフスキさんは交響曲を1番から順番に毎年ひとつずつ採り上げているので、これは順番。あっでも来シーズンは第4番も続けて演りますね。ユロフスキさんで楽しみなのは、嘆きの歌のオリジナル・ヴァージョン、交響詩「巨人」(花の章付きオリジナル・ヴァージョンということなので(ハンブルグ稿かしら?)巨人でいいですよね?)。どちらも滅多に演奏される作品じゃないので聴けるのは嬉しい。他には、ネゼ=セガンさんの指揮で、交響曲第5番と大地の歌、エッシェンバッハさんで交響曲第9番、ズウェーデンさんで交響曲第6番。編曲ものも充実していて、ベートーヴェンの交響曲第3番と弦楽四重奏曲、バッハの組曲。これらもマーラー・イヤーならではのプログラミングですよね。

外国のオーケストラは全部チェックしてないけど、ラトルさんとベルリン・フィルが交響曲第3番と第4番を演るみたいですね。あとラトルさんたちはピアノ五重奏曲の断片も演奏する予定です。あっドゥダメルさんとロサンジェルス・フィルが交響曲第9番を演奏する予定です。人気のドゥダメルさん、どんな演奏をするんでしょう。チケット取れるかしら。
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by zerbinetta | 2010-06-15 07:58 | Comments(6)