<   2010年 09月 ( 14 )   > この月の画像一覧   

  

siberius: finlandia
beethoven: piano concerto no. 5
siberius: lemminkaäinen
hélène grimaud (pf), esa-pekka salonen / po @royal festival hall



サロネンさん指揮のフィルハーモニアの音楽会。お国もののシベリウスの2曲を挟んで真ん中にベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。ピアニストはグリモーさんです。実は、最初はブラームスの協奏曲第1番が予定されていたのです。サロネンさんのブラームスは去年聴いて、おやっなかなかいいと思ったので、大好きな曲だし期待していたのですが、ベートーヴェンに変更になってしまいました。でも、グリモーさんのブラームスは前に聴いているし、ベートーヴェンはCDは持ってるけど、生ではあまり聴いたことがないのでこれはこれで嬉しい。でも、ちょっと心配なのは、曲目変更の理由が病後回復のため。今年前半、ご病気で音楽会をずっとキャンセルしていて、夏に復帰したのだけど、ブラームスを弾く準備はまだできていないということかしら。さてそのベートーヴェン、CDでは我らがユロフスキさんとロンドンではないけれど録音が出ています。わたしも持っているのだけど、ユロフスキさんは古楽的なアプローチをしているので、今日サロネンさんがどういうアプローチをしてくるのか興味津々でした。
サロネンさんとフィルハーモニアの演奏はピアニストに寄り添うものだったと思います。ただ、フィルハーモニアって音色に色がなくって淡泊というか、特徴がないように聞こえるときがあって、美しく音が鳴ってるのに心の奥まで届かない感じがすることがあるのです。このベートーヴェンはそんな感じ。グリモーさんのピアノは、わたしがおっかなびっくり聴いてるせいもあるのか、とっても安全運転な感じがして、音楽をさらっているように聞こえました。ところどころ、とってもドキリとするステキな表現もあったんですけど、いつもの漢らしさがあまり聴かれなかったのが残念です。お休みのときは状態をゆっくりと円を描くように揺らすいつもの癖は健在でしたが、呻くような歌うようなセクシーな声は聞こえませんでした。まだ、病気によるブランクから完全には戻っていないのかもしれません。ぜひぜひ以前みたいな強靱なピアノが戻ってきますように。ロンドンでは今シーズンまだ何回か彼女の演奏を聴けるので、また彼女のセクシーな歌声が聞けるのを心待ちにしています。

サロネンさんのお国もののシベリウスは佳演。始まりのフィンランディアでは、粘りけたっぷり。むちゃ熱くなってサロネンさんもこんな演奏をするのね。トリスタンも熱かったけど、サロネンさんのこと少し考え改めなきゃ。そうそう、この曲では、やっぱりティンパニのスミスさんばかりに聞き耳を立ててました。スミスさんのティンパニ、やっぱりステキ〜〜〜。スミスさんのティンパニを聴くために、マゼールさんとのマーラーのチケットもっと取ろうかしら。一応、第7番は取ったんだけど(一番活躍するよね)。ティンパニ聴くためにオーケストラのチケット取るのもヘンかな〜〜。ヲタ〜〜。

レミンカイネンは、トゥオネラの白鳥を含む4つの交響詩からなる組曲。4つ演奏すると交響曲のようにも聴ける。サロネンさんの演奏は、作曲家の初期の音楽の良いところを上手に抽出して聴かせてくれました。全く隙がないし、それに美しい。シベリウスの音楽って、って考えながら聴いていたら、そうだ! 風なんだって思いました。透明で不定型ででも心地良い音楽。さわさわとゆっくり吹いたり、ごーごーと荒れたり、すーーっと走ったり、くるくると回ったり。短い旋律の断片がそんな風のように表情を変える。そして、草を揺らしてさーっと音を立てたり、かさかさと枯れ葉を揺らしたり、山を地鳴りのように鳴らしたり、風鈴の音を立てたり。サロネンさんは風を率いる魔法使い。こういう音楽はフィルハーモニアは得意だな。良いものを聴きました。
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by zerbinetta | 2010-09-30 06:06 | フィルハーモニア | Comments(2)

音楽の消費   

以前、CDをたくさん買っていたときがあった。ひと月に3、4枚。多いときにはもっと。まだ日本に住んでる頃で、地方の町なので音楽会にはあまり行かなかった、というかあまり音楽会がなかった。なので音楽を聴くのはCDかFMラジオ。CDをたくさん買いながら思ったんだけど、わたし本当にこれでいいのか、なんか次から次へ新しい音楽が入ってきて、ちゃんとしっかり消化できないままに、音楽を消費しちゃってるんじゃないかって。音楽って消費するものじゃない。きちんと向き合ってじっくりと聞き込んでいく、ゆっくり考えを熟成していくことが本当は大事なのに。って思った。ひとつの音楽がある程度分かるまでには、きっと時間がかかる。と想像するんです。だって、まだ、ベートーヴェンだってモーツァルトだってちゃんと聴けている自信はないし、いつも新しい発見がある。もっともっと大事に真剣に音楽に向き合っていかなきゃ、わたしが上辺だけの薄っぺらい人間になっちゃうに違いない。

今の状況もそうかもしれないと、ときどきドキリとする。安くたくさんの音楽を聴ける環境にあるので、今を活かしてたくさん音楽を聴きたいって思うわたしがある一方で、こんなに次から次へ音楽を聴いていくのは、本当はするべきことじゃないんじゃないかって心苦しくなる。例えば、この間の展覧会の絵も、マーラーの交響曲第3番も、トリスタンとイゾルデもまだちゃんと聴けていない。もちろんもう耳にすることはできないんだけど(録音で記憶をなぞる可能性はあっても)、わたしがもう聴いたと言えるまでにわたしの中で受け止められていないような気がするんです。良い演奏になればなるほど、音楽がわたしの中に蒸着するのに時間がかかるような気がします。それなのに、新しく音楽を入れていたら、音楽が熟成できなくなってしまうのでは、という苦しさがぐるぐると渦巻く。でも、また音楽を聴きたい。我が侭だって分かってるけどやっぱりそう思ってしまう。

音楽を消費しないように、でもたくさんの音楽を聴いていくことはできないかしら。そんな能力をわたしは欲しい。
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by zerbinetta | 2010-09-28 06:56 | 随想 | Comments(4)

この上ない愛の悦び 至高の快楽   

wagner: tristan und isolde
gray lehman (tristan), violeta urmana (isolde),
anne sofie von otter (brangäne), matthew best (king marke),
jukka rasilainen (kurwenal), stephen gadd (melot),
joshua ellicott (shepherd/sailor), darren jeffrey (helmsman),
philharmonia voices,
bill viola (visual artist), peter sellars (artistic collaborator),
esa-pekka salonen / po @royal festival hall



サロネンさんのトリスタンとイゾルデチケット取れなかったんです。それで、しょうがないなぁと同日のゲルギー、ロンドン・シンフォニーのマーラーの交響曲第5番のチケットを買っていたのですが。。。なんと、昨日サウスバンク・センターのサイトを見たらリターンのチケットが出てるではありませんか。上から2番目(3番目?)までの高い席しかなかったけど、思わずぽちっと押してしまいました。55ポンド。まさに清水の舞台から飛び降りる勢いです。今シーズン最高額のチケットになるでしょう。でも、だって、こんな魅力的な公演、また聴けそうにないですもの。エッチなヴィデオ付きですよ! トリスタンとイゾルデの官能、大好きなんです。ゲルギーのチケットは売っちゃいました。昨日の素晴らしい公演を考えるとちょっともったいない気もしましたが。後悔後を絶たず。ごめんねゲルギー。

フィルハーモニアは一昨年のシーズンの夢の都市、ウィーンのシリーズは良かったけど、昨シーズンは面白い企画がなくって今期はちょっと敬遠気味。今シーズン(から来シーズンにかけて)バルトークの音楽のシリーズがあるんですけど、バルトークはちょっと苦手だからなぁ。という感じではあるんだけど、今日のオープニングのトリスタンとイゾルデは必聴。とか言いつつチケット争奪戦にあっさり敗れてるんだけど(まさか売り切れるとは思わなかった)。このプロダクションはフィルハーモニアとルツェルン音楽祭、ドルトムントのコンツェルトハウスの共同プロダクションで、ビル・ヴィオラさんがヴィデオ、ピーター・セラーズさんが共同制作者です。数年前パリのオペラで上演されたものと似てるのかしら。セミ・ステージドなので歌手はステージのオーケストラの前で最小限の演技(と言えないくらいの動き)をしながら歌い、ステージの後ろには大きなスクリーンがあって映像を映し出します。この映像が象徴的なものだけど(画は海や森や人など具象的なものです)、解釈されたドラマをよく表していました。コンサート形式とはいえ、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール全体を使って、歌手は客席でも歌ったり、3階席で演奏したり、ものすごく立体的でした。オーケストラのいるステージは暗くして、ひとつひとつの譜面台に小さな明かりを灯して演奏されました。サロネンさんこういうの好きよね(グレの歌や火の鳥でもやってた)。
会場は超満員。もうみんな期待いっぱいです。サロネンさんはなんだか若返ったようです。また髪を伸ばしているからかしら。

前奏曲は、チェロのこれ以上小さく弾くと音がかすれちゃうぎりぎりのところから始まりました。とてもテンポを落として。この序曲のときからサロネンさん気合いが入ってて、ものすごく熱く指揮します。フィルハーモニアの音は透徹なはっきりした音で、わたしはもうちょっと柔らかみのある音が好きかなと思ったけど、そういえば実はこのお話、イギリスが舞台なんですね。コーンウォールってコーニッシュ・パイが名物の、コーンウォール出身の友達がいるのでよく聞く名前です。ならば、フィルハーモニアの冷たい系の音がふさわしいかもと第1幕の海や海岸のシーンの映像を観て思いました。と、脱線してしまいましたが、サロネンさんの明晰だけど熱い音楽は前奏曲から火が付きます。オーケストラもしっかりそれに応えてうねっていくのですが、遅いテンポなのにそれでも決してもったりしないのがサロネンさんとフィルハーモニア。
前奏曲が終わるとマストの上から水夫の歌。一番上のボックス席の奥から。第1幕は、主にブランゲーネとイゾルデの会話になるのだけど、今日の歌手陣皆さんとても良かったんだけど、中でもずば抜けて良かったのが、イゾルデ役のウルマナさんとブランゲーネを歌ったフォン・オッターさん。このおふたりが歌いまくるので第1幕はとんでもなくステキなことになってしまいました。バックのオーケストラもしっかり盛り立てていくし、なんかもう熱くなってうわわわわって思いながら、音楽から振り落とされまいとしっかり聞き入ってしまいました。トリスタンとイゾルデが船内で初めて対面する場面のなんて緊迫した雰囲気。ワグナーのこのオペラ(ホントは楽劇?)、演劇的な要素が少なくて(幕内での場面転換はないし、ほぼ会話で進行していて演技で何かを表現しなければ分からないこともほとんどない)、音楽があまりにも雄弁なので、オペラハウスで観るよりもむしろ、今日みたいにセミ・ステージドにして歌手にもオーケストラにもしっかり音楽に集中させる方がいいに違いないっていつも思っていたことが、現実になって、やっぱり自分の考えが正しかった(わたしにはです)ということが明らかにされて、とにかく音楽の凄さを感じました。わたし、もしわたしに才能があって演出ができたら、このオペラは動きの少ない能舞台のように演出してみたいって思うんです。最後はホールの一番上の後ろから金管楽器の輝かしいファンファーレが鳴り響いて、それに向かってオーケストラに背を向けて指揮するサロネンさん、ホールの上からオーケストラに向かって指揮するサブ指揮者の人、視覚的にも興奮のるつぼ。音楽が終わってホールが暗転するとブラヴォーと拍手の嵐。わたしも休憩時間誰彼もなくみんなに凄かったね〜、信じらんないなんて言って回りたくなるほどでした。凄いもの聴いた。もうこれだけでチケット取った価値ありました。

さていよいよ第2幕です。わたしの一番好きな音楽。トリスタンはこれだけでいいと思うくらいに。もうここからはサロネンさんが舞台に登場するだけでブラヴォー。気持ち分かりますよ。ときめきと緊張を含んだ音楽が始まると、わたしの隣の方でコツコツと足音が。えっ!なに?今頃歩いてきてと思って見たら、ウルマナさん。最初のシーンは、イゾルデとブランゲーネは客席で歌うのです。間近で見るウルマナさん。近くで聴いてもやっぱり凄い。そして、サロネンさんがときどきこっちを向いて指示を出すのでわたしが指揮されてるよう。ふふふ嬉しい。ステージ裏の狩りのホルンは、この間のOAEのナチュラル・ホルンに敵うすべなかったけど(楽器が違う無い物ねだり)、第1幕から引き続いて熱のこもった演奏。そしていよいよトリスタン登場、って、なんとトリスタンとイゾルデが1階席の左右に分かれて登場。びっくり。歌いながら少しずつステージに向かって歩いていって、最後はステージ両袖から舞台に上がって、いよいよ迸る音楽のクライマックス部分、昼の音楽。トリスタンを歌ったレーマンさんも歌いまくり。まだ身に纏っているものを脱ぎ捨てていない昼の音楽よりも、何もかも脱ぎ捨てて偽りのない自分そのものになった夜の音楽の方がわたしは圧倒的に好きなんだけど、閃光のように輝いた昼の音楽の強さは圧倒的。その反面、夜の音楽はちょっとあっさり目で、もっとエロスが欲しい〜〜っても思った。フォルテッシモでずうっと歌い続けていた、レーマンさんの声もちょっとかすれ気味になってしまったし。それに対してウルマナさんのパワーとスタミナったら。第1幕から飛ばしまくってるのに全然疲れを知らないというか、余裕余裕。凄すぎです。夜の音楽、特にわたしの大好きな夜警の歌が入ってくるところにもっと甘美な官能があったら満点だったんだけど、とは言えあとで気づいたんですが、このトリスタンとイゾルデのテーマはここにクライマックスを置いていないんだと思うのです。そのお話はあとで。でも、トリスタンとイゾルデの2重唱で盛り上がってそのまま終わったらハッピー・エンドでなんてステキだろうってやっぱり思った。もちろんそんなことしたら芸術的には陳腐の極みなんだけどね。
マルケ王のベストさんもとってもよく歌ってました。でもやっぱりこの独白は胃に鉛が入ったよう。鬱々として必要なんだろうけどなんか余計。トリスタン聞いてないし。と、トリスタンが自殺気味にメーロトの刃を受けて、血の出るようなヴァイオリンで幕を閉じたのでした。

心はじりじりと熱いままついに最終幕。サロネンさんの登場でさらに大きなブラヴォーと拍手。ものすごい悲痛な響きを持った低弦で始まります。3階のボックス席からのイングリッシュ・ホルン、とっても上手かった。そして、ステージの上のクーベナールとステージの後ろの合唱席の奥の牧人の会話が、バックのオーケストラのもの悲しい音色と相まって、なんだか雰囲気があってとっても心にしみました。そしてトリスタンが息を吹き返したときのクーベナールの喜びよう。夢見るトリスタンの歌も大好きな部分です。イゾルデの船が見えて、牧人の笛がイングリッシュ・ホルンからトランペットに変わったときの輝かしさ。本当にステキな音楽。最後はトリスタンもメーロトもクーベナールもそしてイゾルデも死んでしまうのだけど(イゾルデは昇天するのだけど)、最後の破滅に向かって進んでいく音楽。でもそこでたどり着くのは破滅ではないんですね。救済。だって、最後のイゾルデの歌、どこに破滅のイメジがある? 死のイメジがある? 音楽は静かに閉じられるけど、それはもはや悲しい音楽ではない。だって、最後の言葉は溺れー沈むーわれ知らぬー至高の快楽(けらく)。ですよ。エクスタシーの頂点ではないですか。

このドラマを解く鍵はヴィデオに明確に表現されていました。水や海のイメジ(最後のイゾルデの歌の歌詞はもともと海のイメジに重ね合わせています)。それはすでに第1幕でほぼ完全に提出されていました。航海のシーンの冒頭の海、波、海岸の映像からドアのような空間にトリスタンとイゾルデが遠くから歩いてくる。イゾルデは緑の衣(アイルランドの色)、トリスタンは赤と白(ウェールズの色)。そして、それぞれ小部屋に入って衣服を脱ぎ捨て全裸になる。水に顔をつけたり、頭から水をかけられたり、上から落ちる水い手をさらし続けたり、お終いはふたりで水に飛び込む。圧倒的な水のイメジ。この水はバプテストなんだと思いました。キリスト教の洗礼。自分を捨てて神に従うことを誓う儀式です。でも、ここでは別の意味になっていると思うんです。自分の外側を覆う、社会的な鎧を脱ぎ捨てて、裸な自分になり(自分を捨てて)、ふたりで新たに生まれる。まさに昼のトリスタン、夜のトリスタンの先取りです(第2幕)。バプテスマは新しく生まれ変わることも意味しています。トリスタンとイゾルデはキリスト教の作品ではないですが、宗教的な要素が根本にしっかりからまりついていると思うのです。それはキリスト教というよりもゲーテのファースト的な救済。聖なる女性による救済です。ワグナーはティツィアーノの絵画、聖母聖天図に深い感銘を受けていたと言います。これはまさに全曲の最後のイメジですね。聖母=イゾルデ=永遠に女性なるもの。イゾルデは愛による救済の役割も与えられています。ヴィデオでは第2幕の夜のシーンのお終いの方でトリスタンとイゾルデが海に入っていきます。入水自殺のようなシーンだけど、海は女性の胎を象徴すると考えると、胎を経て新たに生まれることを暗に示しているのかもしれません。全曲の最後のシーンは死して横たわるトリスタンに際限なく水が降りかかり、水の中を上昇しついには水から生まれ出るイメジでした。わたしは、この作品に死ではなく新たな生を感じました。そう考えると、サロネンさんの演奏も合点がいきます。特に第2幕の愛のシーンが傍景のように描かれていたことなどが。もちろんこれはわたしの勝手なイメジです。音楽から感じることは人によってそれぞれ。わたしと違っても当たり前だし、わたしだって演出家の意図とは全然違うことを考えているのかもしれません。でもそこで感じた圧倒的な力は本物です。わたしにトリスタンの新しい世界を見せてくれたことも確かです。ホントに凄かった。まだ、シーズンが始まったばかりで、こんなことは言えませんが、この音楽会は今シーズン一番ではなかったとしても、今シーズン一番印象的な音楽会のひとつになることは間違いないでしょう。清水の舞台から飛び降りてホントに良かった。
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by zerbinetta | 2010-09-26 08:54 | フィルハーモニア | Comments(2)

お腹いっぱい   

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shchedrin: carmen suite, piano concerto no. 5
mussorgsky / ravel: pictures at an exhibition
denis matsuev (pf), valery gergiev / lso @barbican hall


ロンドン・シンフォニーのオープニングは主席指揮者ゲルギーの指揮で今シーズンのテーマ、シチェドリンさんの音楽と、ムソルグスキーの展覧会の絵です。そういえばロンドンのオーケストラってオープニング・ガラ・コンサートやらないんですね。それぞれのプログラムの音楽会が1回ずつなので特別に1回切りの音楽会はしないんでしょうか。でも、今日はヘヴィー・プログラム。前半に30分を超える曲が2曲並んでます。ゲルギー、サーヴィス満点。
オープニングとあって客席はほぼ満席でした。シーズン最初の音楽会は、まずプログラムのメンバー表に目を通します。団員が変わってないか気になるからです。ロンドン・シンフォニーの場合は、クラリネットの主席の人がとっても上手いので最初に確認しました。昨シーズンの途中からリーダーに就任したシモヴィックさんももちろんいらっしゃいます。それにしてもロンドン・シンフォニーは贅沢ですね。首席奏者が各パート2人以上いたりします。

シチェドリンさんのカルメン組曲は、最近バレエで観た曲。純粋に音楽会で聴くと音楽の細かいところまで聞こえるので(バレエのときは舞台に注目してるから。音楽の聴き方が違って当たり前)、これはこれで楽しいのです。もともと大好きな曲でCDで聴いていたし。シチェドリンさんは存命中の作曲家とは言え、この曲はビゼーのカルメンを元にしているのでとっても分かりやすいんです。シチェドリンさんのパートナーが有名なバレリーナ(プリセツカヤさん)で、彼女のために書かれたもの。3時間のオペラのドラマを上手に40分のバレエにまとめていて、オーケストラも打楽器と弦楽合奏だけというのも面白いんです。ゲルギーはもちろん、バレエの伴奏ではなくて純音楽的に演奏してるのですが、それでもドラマが目に見えるようです。重めの音だけれども切れと推進力のある打楽器、くっきりとした輪郭の弦楽器の音色。ゲルギーも蚊なり気合いが入ってていつもより唸ったり声を出したり、ドラマチックな音楽作りでステキでした。最後の方のカルメンが殺されるシーンのコントラバスのソロ(アリーナのお父さんが弾きました)は、心に刺さりました。なんかこれだけで充実した音楽会でした。

同じ作曲家によるピアノ協奏曲第5番は初めて聴く曲。ピアニストはデニス・マツエフさんです。シチェドリンさんって好き好きと言いながら実は、カルメン組曲とオーケストラ協奏曲第1番、第2番しか聴いたことなかったのでした。まあアレですよ。わたしの中ではシチェドリンさんとシュニトケがごっちゃになってるんですよ(言い訳)。音楽はタコのようなプロコフィエフのようなわりと聴きやすい音楽だと思いました。そういえば、オーケストラ協奏曲もそんな感じだし。でも、後退してるとか媚びているとかそんな感じはなくて力強い音楽です。何回も聴きたくなる音楽です。抒情的だけど乾いていて、多分、長い歌うような旋律の抒情ではなくて、点と点を結ぶような短い音の組み立てが抒情的なんですね。ピアノの扱いはわりとオーケストラ寄りで派手にソロを弾く感じではありません。こういう曲ってゲルギー、得意そう。迷いなくオーケストラを見事にコントロールしてました。ピアノのマツエフさんもこういう曲が得意なんじゃないかと思います。あとリストとか。打鍵が強くて、しっかり音が鳴って、横への意識よりも縦への意識で弾いているのがいいのかな。強い音でも和音が濁らないし、テクニックも体力もある人なので最後の方のすざましいカデンツァも見事に弾きこなしてました。最後はばしっと立ち上がって弾ききるように音楽が終了。かっこよかった。間髪入れずにブラヴォーでもかかればもっといいのだけど、ロンドンのお客さんは礼儀正しいので、音が完全に消えてから拍手。この曲も充実してたのでお腹いっぱい。でも音楽会は続きます。

トリは展覧会の絵。ゲルギーお得意の曲ですよね。譜面なしです。もうこれは文句なしでしょう。オーケストラの音も輝いてたし(特に金管楽器)、色彩感も抜群。シモヴィックさんも相変わらず、動いてました。やっぱりロンドン・シンフォニーって上手いって思う。わたしは、勢いのあるロンドン・フィルの応援団だけど、あっ最近はBBCシンフォニーも充実してきてると思う、ロンドン・シンフォニーはまだ格が上だなって悔しいけど思った。っていうか、昨シーズンもロンドン・シンフォニーを聴いてて、もっとたくさん聴きたいなって思ったんだった。
ゲルギーって最近、昔の凄さがなくなったとか、音楽がルーチンになってるとか、いろいろ言われてるみたいだけど、やっぱり凄い指揮者です。明日のマーラーも楽しみだな。ってこれはチケット売ってしまったんだった。
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by zerbinetta | 2010-09-25 09:24 | ロンドン交響楽団 | Comments(4)

音楽会始まりました   

zemlinsky: six maeterlinck songs
mahler: symphony no. 3
petra lang (ms), london philharmonic choir, trinity boy choir,
vladimir jurowsky / lpo @royal festival hall


いよいよ2010/11年の音楽会シーズン始まりです。マーラーの記念年だけど、なにげに2010年はショパンやシューマン、バーバーやペルコレージの記念年でもあります。来年はリスト。で、人気者、マーラーの記念年は、ユロフスキさんとロンドン・フィルによるマーラーの交響曲第3番を含む音楽会で幕を開けました。そういえばユロフスキさん、去年は復活で幕を開けたんだっけ。
うきうきしすぎて、仕事をうっちゃっててきぱきと早めに切り上げて、早めにサウスバンク・センターに行きました。いつもの遅刻ぎりぎりとは大違い。それにしても日が短くなりました。この間までは音楽会が終わってもまだ明るかったのに今日は音楽会が始まる前にもう夕暮れが迫ってます。でも、ロンドンはここ数日、季節外れのぽかぽか陽気(といっても20度を少し超えるくらいですが)。夏に映えるこの音楽を聴くのにぴったりではないですか。

音楽会は、なんと、マーラーの交響曲第3番(長い!)に加えてもう1曲あります。ツェムリンスキーの6つのメーテルリンク・ソング。ツェムリンスキー好きと言ってるのに初めて聴く曲です。どんな感じでしょう? ちょうど百年前、マーラーが亡くなる前年に書かれたものです。マーラーの妻、アルマの作曲の先生でもあったマーラーより10歳ほど年下のツェムリンスキーの音楽はやはりマーラーよりだいぶ先を行ってる感じ。雰囲気は彼の直接の弟子のシェーンベルクやこの歌曲を絶賛したウェーベルンではなくベルクの音楽に似ています。確かにところどころとってもステキに書かれてると思うんだけど、後年の抒情交響曲のようなとろけるような音楽はまだなくて、ややかさかさした感じ。でも、30歳にならない音楽家の作品としてはとっても素晴らしいと思うんですよね。わたしがアルマだったら、マーラーよりもツェムリンスキーと恋仲になったかも。新しもの好きだし。まぁ、ツェムリンスキーは醜男だったとかなんとかむにゃむにゃ。
久しぶりのユロフスキさんは、指揮台に立つと、オーケストラの人をひとりずつ見回すいつもの儀式を執り行ってから音楽を始めます。わたし、ユロフスキさんの音楽ってなんというか直線的というか、さばさばした感じというか、乾いてるというか、アグレッシヴというか、古楽器系の演奏を現代楽器にもってきた感じ(もちろん奏法とかは全然違いますけど)。もともと、ツェムリンスキーのこの歌曲があまり柔らかく書かれていないのもあるのかもしれないけど、もう少し柔らかみがあってもいいかなって感じました。ペトラ・ラングさんの歌はとっても良かったです。このプログラムは、ラングさんがマーラーの交響曲のちょい役だけじゃもったいないから加えたものかもしれませんね。音楽会的にはマーラーだけでも十分すぎるほどなので。

休憩の後のそのマーラー、期待が高まります。去年のオープニングの復活もホントに良かったし、ユロフスキさんがマーラーの交響曲は毎年ひとつずつレパートリーにしていくとおっしゃった姿勢もステキだし(今年は、このあと第4番も採り上げられるのですが)、好感度高いのです。大きなオーケストラ。ホルンが9人ずらりと横に並ぶと壮観ですね。ユロフスキさんがすたたたたとステージに上がって、指揮台にあがるなり、音楽が始まりました。9本のホルンの音がホールに充満します。きびきびとした速めのテンポ。第1楽章は、そのテンポを基調にユロフスキさんがやりたいことを確実に音にしていきます。かなりアグレッシヴに音楽を作ってる感じ。もちろん、楽譜に書いていることから逸脱してるわけではないけれども、全てを隙なくコントロールしているので圧倒的な印象が残ります。それにしても、マーラーって観ていて面白い。聞こえないくらいの大きさで叩いてる大太鼓や、シンバル3台の同時打ち、2対のティンパニでで同じ音を叩くシンクロナイズした2人のティンパニ奏者の動き、これ見よがしにベルアップする木管楽器、4人のフルート奏者が全員ピッコロを吹きまくったり、いろんなミュートを差し替える金管楽器、弦楽器の分奏。そして指揮者のユロフスキさん。もろ、気合い入りまくりなのが観て分かります(聴いても分かるけど)。そしてユロフスキさんは、マーラーが書いたはちゃめちゃな音楽を、さらにはちゃめちゃに演ってエクサイティングに聴かせます。マーラーが音楽にした自然って、もっとどっしりと座っていて、切り立っていてもむしろ静的なような気もするし、そういう大人な演奏も多いのだけど、もしかしてマーラーがこの曲を書き上げたのと同じくらいの年齢のユロフスキさんが聴かせる音楽のように、やんちゃでアグレッシヴな音楽なのかもしれません。自然をそのまま音にするのではなく、音で自然を創りあげていく主客の逆転。ただ、ちょっと残念だったのは、煽られて奔放に鳴らすオーケストラに、それでもひとつの大きな音楽の枠に収める力はまだなかったこと。超上手なオーケストラは各自がはちゃめちゃな音楽を鳴らしても、自然にひとつの音楽になって聞こえると思うんですね。ロンドン・フィルにはそこまでの力はまだないので音楽が荒れてばらける寸前の危うさがあったように思えます。マーラーの音楽はいろんな音が勝手に同時になるように書かれてもいるのでそれはそれで面白いんですけど。そう、ほんと面白かった。巨大な(ホントにそう思った)第1楽章を聴き終えたときは、ぐっと疲れた感じ。まわりからもなんて凄いものを聴いたんでしょうみたいな、ポジティブな苦笑やらため息みたいなものが聞こえました。お客さんみんな同じこと思ってる。

第1楽章が終わってユロフスキさんは指揮台を降りて椅子に座って休憩。その間に合唱と独唱がステージの上の合唱席(わたしがよく座ってる席)に登場です。確かマーラーは手紙に第1楽章と第2楽章の間は10分くらいの休憩を入れることと書いてるので(楽譜には書いてないと思うけど)、これはなかなか自然。第一あんな第1楽章を聴かされて、すぐあのチャーミングなメニュエットが始まったらちょっとやだもん。
第2楽章からは、第1楽章のようにはちゃめちゃに盛り上がることはないので、普通に落ち着いた調子で音楽が進んでいきます。でもやっぱり、ユロフスキさんはしっかり音をコントロールして、一瞬たりとも気を抜かないし曖昧さはないのだけど。ただ音楽がわりと淡々と進むので、何か心に残る引っかかりというか、深みみたいものが足りないような気がしました。今日のオーケストラはとっても贅沢で、ホルンにはプリンシパルとゲスト・プリンシパルがいたり、第1楽章のオフ・ステージの小太鼓はプログラムのメンバー表を見ると3人もいるし(確かに厚みのある音でびっくりしました)、第3楽章のポストホルンはトランペットの人が秘かにステージを降りて演奏するのではなく、そのためだけにトランペットの主席の人がステージの裏に控えてました。このポストホルンすごく上手かったです。ステージの裏で左右に場所を変えて吹いていたのも立体的でステキでした。第4楽章の酔歌は速めのテンポだったけど、ラングさんの歌が深くてとってもステキでした。ラングさんってマーラーをよく歌ってらっしゃるので、揺るぎのない貫禄さえ漂っているようでした。オーケストラもホルンのソロやオーボエのグリッサンドがチャルメラ風じゃなくってあんなに完璧に音をつなげてくるとはってびっくりしました。
実は第1楽章のお終いの頃から秘かに注目していたことがありました。それは、クラリネットの一番左端の人が、座ってるだけで、楽器を吹かないのです。第1楽章の終わりの盛り上がる部分でもじっとしたまま。出番の少ない特殊な楽器なのかしら(調の違う楽器とか)、なんて訝ってちらりちらりと観察してましたが、いよいよ出番が。第5楽章で数フレーズ吹いたんですね。結局吹いたのはそこだけで、あとはお休み。オーケストラの奏者がほぼ全員で盛り上がっていてもお休み。盛り上がるところは参加してもいいのになって思いました。プロの人は、出番が少ない方が、座ってるだけでもお給料は同じなのでお得だねって考えるのかしら。アマチュアだと出番が少ないと悲しくなっちゃうよね。

お終いの楽章は、音の上に虫がとまれるんじゃないかと思うほどゆっくり。30分近くかけて演奏してたんじゃないかしら。でもそれでいて粘着感も停滞感も全くなくてさらさら。澄んでいて透明な音。ただちょっと淡々としていて、感情的に盛り上がるものがあまり感じられませんでした。愛がわたしに語ること、だけど、無言で目を見つめ合う愛かしら。わたしとしてはゆっくりでもいいから、真ん中のクライマックスに向けて迸るような音の勢いが欲しかったです。最後のティンパニの歩みももうちょっと溜が欲しかった。でも、これだけ緊張感を持って、しかも音楽から耳を離させずに演奏できるのって凄いです。ホントにステキな音楽を聴いてるとき、時間よ止まれっていつも思うのですが、ほんとに時間が止まってしまったような、音楽の中に浸って固定されてしまったような、なんだか異空間に放り出されてしまったような、終わったときは放心状態。時計を見ると10時を回ってる。全体で100分を超える演奏。最後はスタンディング・オヴェイション。分かるよ分かる。拍手する気持ち。ものすごいものを聴いてたような気がした。かなり荒れたところもあった演奏だったので、家のソファで録音を聴くともしかするとちょっとって思う演奏かもしれないけど、あの空間にいたからこそ圧倒された、そんな演奏。音楽の深さではこの間聴いたランニクルスさんの演奏の方が上だったと思うけど、ライヴならではの面白さにおいては今日の方が圧倒的。マイクがたくさん立ってて録音されていたみたいなので、放送されるのでしょうか、CDになるのでしょうか、じっくりと聴いてみたいような、そのまま心の中にしまっておきたいような。

マーラーの音楽はこれからが対位法的に複雑になってきて音楽がばらばらになりやすくなってくると思います。ユロフスキさんの演奏はまだそこのところが危ういので今後どうなるのか気になるし、楽しみです。ひとつひとつマーラーの音楽の階段を上ることによって、彼の音楽的な地平が開けていけば嬉しいですし、十分な可能性と実力を持ってるユロフスキさんのことだからきっと大丈夫でしょう。ひとつの試金石になるのが今度の第4番だと思うけど、わたしこれ聴けないのよね〜〜。残ね〜ん。

スタンディング・オヴェイション、このときはまだぱらぱら。あとで全員
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by zerbinetta | 2010-09-22 07:52 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(2)

プログラムは買うよ   

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音楽会にたくさん行くヴェテランのクラヲタさんたちの中には、音楽会のプログラムを買わない方も多いんじゃないでしょうか。プログラムの中の曲目解説なんて分かり切ったことしか書いてないし、音楽会が終わっちゃえばゴミになるだけだしって。わたしも、ロンドンに来た最初はプログラム買わないようにしようって思ってました。だって、貧乏なロンドン生活、少しでも節約しなきゃって。このブログを始めた動機のひとつも、プログラムの代わりに音楽会の曲目とかを記録しようってことだったし。でも、結局その誓いは数回の音楽会のあと、あっさり放棄。今はプログラム買ってます。なぜって。わたし、ものを集めるコレクター的趣味は全くないのだけど、音楽会のプログラムだけは捨てずにとっておいてて、今まで行った音楽会のプログラムはほとんど持っているのです。まあ、US時代はプログラムはただでもらってたので、買わなくても捨てなければ自然にたまったんだけど、その癖が抜けなくて、プログラム買うようになりました(バービカン・ホールでの音楽会はプログラムがただのものが多いです)。たまっていくプログラムを見てうひひひと喜んでいます。やっぱりあると嬉しい。ロンドンは音楽会がいたく安いので、プログラムを買ったお金はもしかしてオーケストラの運営の助けになってるかも、というのも大きな励みです。プログラムによっては内容がとても充実していることもポイント。
写真はプロムスのプログラム。マーラーの回でしょうか。プロムスのプログラムもなかなかがんばってます。そういえばプロムス、記念すべきファースト・ナイトのプログラム、お金がなくて買えなかったのよね。お財布に3ポンドも入ってなかった。くやし〜〜〜。
またときどきプログラムの冊子、紹介していきますね。
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by zerbinetta | 2010-09-21 07:57 | 随想 | Comments(4)

うわわわあ   

ぼんやりしてる間に音楽会シーズンが始まってしまいそうです。今シーズンのベストテンとかやってみようと意気込んでいたのにもはや来シーズン。今年もまたダメダメです。今年はどんなステキな出逢いがあるんでしょう。音楽会はいよいよ今週からです。今シーズンもよろしくお願いします、ねっ。
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by zerbinetta | 2010-09-20 07:59 | Comments(0)

名前のこと   

音楽会のブログを書くに当たって、ときどき頭を悩ませてたのが名前のこと。外国人の名前をどう表記するか。そのまま現地語表記すればいいのかもしれないけど、Шостаковичなんて書いたら誰が誰やら分からないでしょ。あっこれはタコですよ。英語表記で妥協するにしてもタコの場合Shostakovichと書いたりChostakovitchと書いたり。それじゃ日本語の読者に不便だし(このブログは日本語で書いてるので日本語の読者を想定)、かなで書くのを基本にしてるんだけど、そうなると難しいのは外国語の発音をどうかなに落とすかなんです。外国語の発音ってカタカナでは書けないので。ショスタコーヴィチだってショスタコーヴィッチと書かれたりひどいのになるとタコ。あっそれはわたしか。ゲルギーはワレリー・ゲルギエフかヴァレリー・ゲルギエフかってのもあるし、ボジョレヌーボーはボージョレヌーボー、ボジョレーヌーボー、ボジョレヌボーだのボジョレヌーヴォーだのそれはもう正しいカタカナ書きを求めて喧々囂々。ちなみに実際の発音は、フランス人に訊きいたら笑いながらどれでもいいんじゃないって言ってました。最後のボーはヴォーだと思うけど。英語もフランス語もヒンディ語も長音の感覚がないので音の長さは意味がないのです。ただ、フランス語のアクセントは単語のお終いに来るのでアクセントをーで表すとするとボジョレーヌヴォーなのかなとも思います。

脱線脱線、閑話休題。
アルファベットのスペルを見ても発音の分からないのも多くて、例えばBBCシンフォニーの主席指揮者のjiří bělohlávekさんは、ジリ・ベローラヴェクなのかな〜って思ったり。じゃあイギリス人やアメリカ人はどう発音しているのか、というと、イギリス人はわりと現地語読み、アメリカ人は英語(米語)読みにすることが多い感じ。リヒャルト・シュトラウスはイギリスではわりとリヒャルト・シュトラウスですけど、アメリカではリカード・ストラウスでした。この間BBCのプロムスをラジオで聴いていたら、司会者がorchestre national de franceのfranceのところをフランス語っぽく発音していて(フランス語のRは英語のRとは全く違う)おかしかった。もちろん、フランス語とか英語以外の言葉は英語では発音できないのでだいたいなんですけど。それは日本人の名前とかも同じで友達との会話の中で日本人の名前が出てくると、聞き取れないことが多くて誰それ?って言い返しちゃうこともしばしば。というわけで、完全なカタカナ化は無理。とは言え、みんなに分かる書き方をしなきゃいけない。一昔前なら諦めてたんですけど、今は強力な味方、グーグルくん。(日本語での)読み方が分からない人名があるとグーグルくんに日本語のペイジを検索させて一番一般的に使われてそうなカタカナにしています。ちなみにjiří bělohlávekさんはイルジ・ビエロフラーヴェクさんです。英語もカタカナの音に近いです。
ちょっぴり困るのは、まだ日本で名前の知られてない人。ググっても日本語のペイジが出てこないので、そんなときは僭越ながら自己流でカタカナ化してます。英語読み基本ですが、現地語の発音が調べられるときはそれを真似たりしてます。まあ滅多にないんですけどね。

そうそう、わたし、中学生のとき英語の授業でベートーヴェンは英語でビーソーヴェンって発音するって習ったんですけど、ビーソーヴェンじゃ誰にも分かってもらえず、英米人だって普通にみんなベートーヴェンと発音してるんですね。ちゃんちゃん。
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by zerbinetta | 2010-09-18 07:13 | わたし・ブログ | Comments(2)

頭の中で音楽がくるくる   

頭の中でずうっとブラームスのヴァイオリン・ソナタのメロディが鳴ってます。第1番の第1楽章のあの第2主題。そうなんです。この間のアリーナ(・イブラギモヴァさん)の演奏を聴いて以来ずうっと。頭の中から離れません。彼女の音楽はいっつもそう。初めてリゲティを聴いたときも、バッハを聴いたときも、ベートーヴェンを聴いたときも、音楽会のあとしばらくの間、彼女の弾いた旋律が頭の中で留まっていました。アリーナの音楽には糸を引くように心に留まるものがあるように思います。一見圧倒的な凄さや燦めきはないんだけど、じんわりと心に染み込んでわたしを幸せにする、そんな音楽です。彼女の音楽を聴くことはなんて幸福なんでしょう。
次はドビュッシーとラヴェル。そしてシューベルトのピアノ・トリオが予定されてます。まだまだ幸せに浸れそうです。
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by zerbinetta | 2010-09-16 08:39 | 随想 | Comments(2)

ピクニック日和 天高く音楽舞い上がる   

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brahms: violin sonata no. 1
szymanowski: mythes
janáček: violin sonata
strauss:violin sonata
alina ibragimova (vn), cédric tiberghien (pf) @the menuhin hall


日曜日は秋らしいとっても良いお天気で絶好のピクニック日和。そう、今日はロンドンを離れること電車で40分、ロンドンの南の郊外、cobham & stoke d'abernonというところまで、音楽会を聴きに出かけるのです。全く行ったことのないところなので、グーグルマップでしっかり予習。航空写真を見ると畑や牧草地が広がってるので、気分はピクニック。お弁当は持ってないけど、少し早めに行って散策しよう。というわけで、早めの電車に乗るところだったんですが、ロンドンのウォータールーの駅で入り口を間違ってしまい、電車に乗り遅れ。駅員さんに訊いて(どの駅でも駅員さんは親切でした)、とりあえずはウィンブルドンまで。次はスビトンまで行けば電車あるかもよと言われてスビトンまで。結局そこで次にロンドンから来る1時間後の電車を待って。これだと音楽会に間に合わないかなぁ〜、ググ地図によれば駅から3kmは歩くしなぁ、ってあせりつつ、てくてくと歩いて会場のメニューイン・ホールまで歩いたら20分で着いたのでした。まわりは牧草地だけど、唯一の道路は車通りが多いのに歩道がなくて、あまりピクニック気分じゃなかった(余裕もなかったしね)。でも会場には開演の10分以上前に着いたので良しとしましょう。メニューイン・スクールは緑の田舎にある瀟洒な学校(上の写真は校舎(?)の一部)。日本の学校というイメジとは違いますね。寄宿制みたいだけど、こんなところで学べたら心も豊かになりそう。メニューイン・ホールはまだ新築の香りの残る新しいホール。席数が400弱くらいの小さなホールです。ステージがとても近くに感じられて、大好きなタイプです。
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今日の音楽会は、アリーナ(イブラギモヴァさん)とティベルギアンさんのリサイタル。アリーナはここ、メニューイン・スクールの卒業生です。ちなみにお母さんはここの先生。学校のホールでの演奏会とあってステージの後ろの席や後ろの方の席には生徒さん(小学生から中学生くらい)が座りました。アジア人率多めです。中国人かな。あと親御さんたち。生徒さんたちも親御さんたちもきちんとした服装だったので、ピクニック気分の服装のわたしはちょっと浮いてしまっていました。校長先生(?)が最初、アリーナの思い出を語ったりして微笑ましい感じ。で、音楽会が始まりました。

今日のプログラムはロマン派系。アリーナのプログラムは一昨シーズンのバッハの無伴奏、昨シーズンのベートーヴェンのソナタと約1年ずつひとつのプログラムを集中して演る傾向にあるので、来たるべくシーズンはロマン派なのかなって思います。今日がそのレパートリーのお披露目。この後、彼らはこのプログラム+αをひっさげてオーストラリアにツアーに出ます。

1曲目はブラームスのソナタ、第1番。とってもゆっくりと歌が始まりました。彼女のシマノフスキやバッハ、ベートーヴェンとは違う、歌からのアプローチ。ああ、ロマン派の音楽を集めるってこういうことなんだなぁって始まりから思いました。ほんとにほんとにとってもステキな歌。いつものアリーナらしく声を大きくして歌うわけではありませんが、豊かな歌心はわたしをとらえて放しません。ひとりでに口ずさんでるような歌。そして、ちょっぴり速度を上げた第2主題のなんと美しくすがすがしいこと。まるで今日の空に高々と舞い上がるよう。ブラームスのソナタは秋が似合うと思ってましたが、こんなにぴたりとはまる演奏も滅多に聴けないでしょう。内省的なブラームスはまさに彼女のために書かれたみたい。今回は第1番だけだけど、ぜひ全曲レパートリーに入れて欲しいな。

2曲目はシマノフスキの神話。大好きなシマノフスキです。これはCDにもなっているので聴いたことあるのだけど、でも生で聴けて嬉しいっ。曲が始まる前に少し時間をかけて音楽の世界に集中して、ピアノが静かに始まったとき、一瞬ぱっと目を見開いた姿にドキリ。1曲目のブラームスと違ってこちらは冬のように冷たい音。フラジオレットや特殊奏法の音色は生で聴くとより生々しくってヴィヴィッド。

休憩を挟んで3曲目は珍しいヤナーチェクのソナタ。初めて聴きます。日本に帰ってたとき、1Q84を読み始めたので、シンフォニエッタは聴いたし、ミサやオペラは少し聴いたことがあるけど、まだ不慣れな作曲家です。うまく聴けるかってちょっと心配したけど、最初のヴァイオリンの激しい音符にびっくりしたけど、歌心のある音楽で、特に第2曲と第3曲のフォーク・ソング風のメロディがステキで、気に入りました。

お終いはシュトラウスの若き日の作品。ヴァイオリンとピアノだけの音楽だけど、オーケストラの作品のようにシュトラウスらしい豊満な音楽。さすがオペラの作曲家、ヴァイオリンとはいえうんと歌わせてくれる。深みのある作品ではない感じだけど、素直にシュトラウスの絢爛な音楽に浸ればとっても幸せ。アリーナの音も芳醇。それにしても今日のアリーナ豊かな音色でほんとによく歌う。今までのバッハやベートーヴェンでは聴かれなかった進化したアリーナ。作品によって大きく弾き分けるアリーナも凄いし、レパートリーを計画的に築きあげていく頭の良さもなかなか。オーケストラとの協奏曲ではなくて、ソナタや室内楽に軸足を持っている姿勢も、ご自分の特徴を捉えてるに違いなくてステキ。
ロマン派のアリーナもものすごく期待できそうですよ。
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by zerbinetta | 2010-09-12 07:48 | 室内楽・リサイタル | Comments(2)