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死ぬときはシューベルトを聴いていたい   

30.01.2011 @the concert hall, reading

steven osborne (pf)
alina ibragimova (vn)
alban gerhardt (vc)

schubert: piano trio no. 1 & 2, adagio


死ぬときはシューベルトを弾いていたい、とおっしゃったのはピアニストの内田光子さんだけど、わたしも死ぬときはシューベルトを聴いていたいと、心から思った今日の音楽会。
アリーナ(・イブラギモヴァさん)のプチ追っかけのわたしは、アリーナがシューベルトのピアノ三重奏曲を奏くというので、ロンドンの郊外の町まで出かけてきたのでした。ロンドンのチューブの駅から電車で40分くらい西へ行ったリーディングという町。うん、近所よね、と思ってたのに、うわん、週末はチューブが動かない! 全部というわけではないけれども東京でいうところの山手線は、全休止。そのせいで家からだとちょっと遠回りして電車の駅に行ったのでした。リーディングの駅について、会場のシティ・ホールは駅から見えると書いてあったのに早速迷うわたし。ま、いつものことだけどね(開き直り)。もう暗くて町の様子はよく分からなかったけど、ロンドンとはちょっと雰囲気が違う感じ。今度は昼間に来てみたいなぁ。コンサート・ホールは、可動式の折りたたみ椅子を備えたホールで席数は500くらいかな、良い感じのホールです。オーケストラもロイヤル・フィルがレジデントで音楽会をしてるみたい。お客さんの雰囲気もあたたかい感じでとても良かったです。

ピアノ三重奏、ヴァイオリンはもちろんアリーナだけど、ピアノはスティーヴン・オスボーンさん、チェロはアルバン・ゲルハルトさんです。この3人、年代は違えど、BBCのニュウ・ジェネレイション・アーティスト・スキームの出身なんですね。ティベルギアンさんもそうだし、アリーナは共演者にアーティスト・スキームを活用しまくりですね。このメンバーの音楽会、同じプログラムで、ブリュッセル、ここ、そしてマンチェスターとたった3回だけ。急遽、明日、シューベルトお誕生日コンサートと題してウィグモア・ホールで開かれるんですけど、こちらは一般販売を待たずにソールド・アウト。聴きに行きたかったけど、今日聴けたから良しとしよう。

シューベルトの最後の作品群、ピアノ・ソナタの第19番から21番、弦楽五重奏曲、そして、このふたつのピアノ三重奏曲、どれをとってもわたし、好きで好きでたまらないんです。こんなにも静かにぴったりと心に張り付く音楽は、他にないのです。でも、CDではよく聴いているのに、生で聴くのは初めてなんですね。しかも大好きなアリーナのヴァイオリン。椅子に座って弾くアリーナを見るのも初めてです。

アリーナが笑顔で舞台に登場したときから心はきゅん。女子が女子に恋していいの。いいよね。もう今日は好きでいっぱいなので、客観的なことは書けません。音楽ブログ失格だけど、でも、わたし、ほんとは音楽会評を書きたかったんだっけ? 多分そうではないハズ。
第1番、D番号よりop.99と言った方が分かりやすいかな、は、明るく溌剌とした音楽。最初のユニゾンから勢いよく音が飛び出します。わたしは今日はアリーナばかり見つめてました。アイ・コンタクトをとったりニッコリ笑ったり、そのたびに胸きゅん。そして、アリーナの表情豊かなこと。前屈みになったり、大きく揺れたり、厳しい顔をしたり、楽しそうに弾いたり、ちょっとつんとすましたり、音楽で何を表現しているのか観るだけでも分かりそう。フレーズの歌い方、伴奏にまわったときの音の付け方、ヴィブラートのかけ方にうっとり。アリーナのヴァイオリンって知と情のバランスがものすごく上手く取れてて、ぐぐっと引き込まれる。まるでソロを弾くよう。でも、3人共がそれぞれソリストとして活躍してるのに、ぴたりと音楽が合ってる。それにしてもこの3人とても楽しそうに音楽をする。わたしもその親密な輪の中に入って、これこそシューベルティアーデですよね。会場にもそんな親密さが感じられました。小さな町の地元の愛好家たち。
第2番の方はうって変わって哀しい音楽。でもその中に優しさや美しさを湛えてるのです。第2楽章のチェロのなんとステキな旋律。まさに歌。そしてピアノが旋律を引き継いで、弦楽器の刻みのステキなこと。シューベルトの最晩年(といっても31歳)の音楽には人生の全てが美しく閉じこめられてる。シューベルトにとっては死さえもが甘美なもの。死への憧れと接近はロマン派の音楽ならではのものなのですね。シューベルトの音楽は大きな声で主張される音楽ではない。こじんまりとした内輪の中で、親密に共有されるもの。だからこそシューベルトの本物の言葉がそこにある。シューベルトの音楽を本当に愛するためにはシューベルトと友達になることが必要。アリーナ、オスボーンさん、ゲルハルトさんの真ん中には間違いなくシューベルトがいました。そしてわたしの隣にも。というより会場はシューベルトの部屋だったに違いありません。

アンコールはもちろん、D897のアダージョ。わたしのお葬式ではこの曲か第1番のトリオの緩徐楽章を聴きたいな。大好きな人に囲まれて生がとろけるように甘やかに死んでいきたい。この音楽会を聴いて、本当に幸せな気持ちになれました。
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by zerbinetta | 2011-01-30 09:41 | 室内楽・リサイタル | Comments(5)

少年に萌え〜〜   

29.01.2011 @royal festival hall

ligeti: lontano
bartók: violin concerto no.1
mahler: das klagende lied

barnabás kelemen (pf)
meilanie diener (sp), christianne stotijin (ms),
michael könig (tn), christopher purves (br)
vladimir jurowski / lp choir, lpo


ユロフスキさんとロンドン・フィルハーモニックのマーラー記念年シリーズ。今日は珍しい、カンタータ「嘆きの歌」。3楽章からなるオリジナル・ヴァージョンということです。その前に、同じく今年が記念年のリストと同国の作曲家、リゲティとバルトークの作品です。
実は(ってなんかいつも書いてるような気がする)、わたしリゲティが大好きなんです。同じ雰囲気のトーンクラスターの作品、アトモスフェールが2001年宇宙の旅で使われて有名だけど、わたしは今日のロンターノの方が好きです。クラスターの中に、古代の賛歌みたいなみたいな神秘的な旋律が浮かんでくるのですね。子宮の記憶を呼び覚ますような音楽。ユロフスキさんの演奏は、そんな深くに隠されている旋律を銀色のざらざらした光りの上に浮き出るように演奏していました。こういう音楽の名演奏が、どんなものなのか分からないけど、うんとステキな演奏でした。

バルトークのヴァイオリン協奏曲は、初めて聴く曲です。バルトークにこんな曲があるのかって思いました。ってか、あまりバルトークらしくないというか、ちょっとハリウッド的なものを感じたので、後期にアメリカに渡ってから書いた音楽だと思っていたら、プログラムをみたら、あれれ、初期の作品だったんですね。びっくり。音楽はとても取っつきやすい感じです。バルトークらしい4度とか5度とか、民族的な音型は前面にはあまり出てこないし。ヴァイオリンのバルナバス・ケレメンさんは、一昔前のロックンローラーっていった髪型。なのでアメリカ人かなって思ったら、ハンガリーの人だったんですね。今日は勘違いばかり。ロマンティックな音楽なのでロマンティックに演奏したのだけど、彼の顔の表情が豊かで、面白かったです。この人、名前も初めて聴く人でしたが、とっても上手い。アンコールで弾いたバルトークの無伴奏のソナタの1節がとっても良かったです。もうひとつのバッハのパルティータの1節は、フレージングの仕方がちょっとわたし好みではありませんでした。でも、もっと知られて良い若手のヴァイオリニストのひとりであることには間違いありません。世界中にはまだまだ聴いたことのない、聴いてみたい人が隠されてるんだなぁ。

マーラーが天才かと言われれば、決して天才だとは思えない気がします。シューベルトはマーラーが復活を書く年齢の前に全ての作品を書き上げてるし、バーンスタインがエレミア交響曲を書いたのは20代の始め、タコの交響曲第1番は19歳。それに比べるとマーラー20歳の作品の嘆きの歌は、若者らしい奔放さはあるけれども、まだまだ力が足りないように思えるの。ベートーヴェン賞に落とされて、マーラーは後々まで恨んでたみたいだけど、もしかしたら、落とされて良かったんではないかってさえ思えます。このまま妙な自信を持って進んじゃうと、今聴ける真に素晴らしい作品は生まれてこなかったかもしれないから。
といろいろ、文句を言ってるのは、ユロフスキさんとロンドン・フィルの演奏はとっても良かったんだけど、いかんせん、音楽が未熟で、退屈なところが多かったです。もちろん、あとの作品を先取りするようなところもあるのだけど、意気込みだけが凄くて、旋律の展開がちょっと滞ってる感じがするのね。でも、聴く機会が少ない作品なので聴けて良かったです。合唱に4人の独唱、大きなオーケストラ、20人くらいのオフステージのバンダ、副指揮者というコストパフォーマンスがものすごく悪そうなので、聴いてる方はお得感あり(?)
この曲、骨で作った笛を吹くと人殺しの物語を語るところをボーイソプラノ(とアルト)が歌うんだけど、聴いててドキドキしちゃうね。上手く歌えるだろうかってお母さん気分。になってるうちにさらにドキドキして、少年萌え〜〜〜。おばさんはヘンな方に走るのでした。
今までのユロフスキさんのマーラーはマイクが立っていて録音されていたのだけど、今日はマイクがありませんでした。将来はロンドン・フィルとのライヴでマーラーの交響曲全集がCD化されるんじゃないかと期待してるんだけど、嘆きの歌は入らないのかな。そうだとするとちょっと残念。舞台の外の大きなバンダのことを考えると、CDで完全に再現するのは難しいと思うんだけどね。
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by zerbinetta | 2011-01-29 08:02 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(4)

マーラーの9番聴き比べ? 愛がわたしに語ること   

27.01.2011 @barbican hall

mahler: symphony no. 9

gustavo dudamel / lap


今日から約1ヶ月の間にマーラーの交響曲第9番を3回聴くことになります。なんという高密度。この曲はマーラーの作品の中でもよく演奏される曲だし、音楽が深いので指揮者もオーケストラも気合い入れてくるし、お別れコンサートとか特別な音楽会で演奏されることも多くて、良い演奏が聴ける確率が高いのです。今まで聴いた中で一番印象的だったのは、ちょうど10年前に聴いたレヴァインさん指揮のMETオーケストラの演奏。この世のものとは思われない美しい音楽で時間が止まってしまいました。ロンドンでもすでに3回も聴いています。というわけで(?)、わたし、聞き比べに挑戦です。CDとかでも聞き比べとかしない人なんだけど、ちょっとがんばってみようかなと思って。実は聞き比べ、苦手なんですね。まず第一に、聴いてるとそれが最高って思ってしまう。そしてすぐ忘れる。なのでちっとも比べられないの。印象は残っているんだけど、それぞれ別に存在していて、ここはこちらが、あそこはあちらが、とかって比べられないのね。と、まずは言い訳しといて。

ドゥダメルさんは、実は不安が大きかったのです。だってこの、マーラーの最後の交響曲には死や別離や耐え難い郷愁やそんな情念が分厚く塗り固めてあるんですもの。若い音楽家にそんな人生の深みを表現することができるのかなぁと。この音楽には、人生の経験が不可欠であると、まだ、マーラーの年齢に達していないわたしは思うのです。
ドゥダメルさんの演奏は、はっとするような音のバランスで始まりました。ホルンの裏打ちのリズムをとても弱くして、ハープの歩みを前に出す感じ。ゆっくりと、そしてアウフタクトにためを持って。複雑な対位法の音楽が立体的で、ヴィオラやホルンの中声部に独特のアクセントを付けていて、とっても惹き付けられます。そして音色が美しい。ロサンジェルス・フィルは、金管楽器はちょっと音が野卑になることがあるのだけど、弦楽器がふくよかでとってもきれい。ドゥダメルさんは年齢にさばを読んで背伸びをしない。楽譜を通して感じたことを素直に音にしていく。誰かが(そしてマーラー自身さえも)塗りたくった情念を全く取り去って、音楽だけを拾っていく。もしかすると、聞き込んだオーセンティックなマーラー・ファンからすると物足りない演奏かもしれない。でも、ここまで信念を持って表現されたら、それを誰が拒否できるでしょう。好き嫌いはあっても、ひとつの行き方であるのは間違いないと思えます。わたし自身も素直にならなければと思った。とにかく今演奏されている音楽を信じること。感じること、受け入れてみること。

第2楽章はそんなドゥダメルさんのアプローチに唯一物足りなさを感じたところです。もちろん、十分にステキな音楽を奏でていたのですけど、この楽章に隠されている対位法的な仕掛けを聞き取る面白さがなかったからです。もちろんそういう演奏の方が特殊なんですけど、一度その仕掛けの面白さに気づいてしまうと、なかなか離れないですね。でも、続く第3楽章は圧巻でした。音に込められた力は半端ではありません。熱く迸る、音たち。各声部が縦横無尽にぶつかり絡まり、弾けます。最後は興奮のるつぼ。フィナーレかと思っちゃった。ブラボーの声を叫びたくなるよ。ブルックナーの第9番の交響曲のようにひとまずここで終わっちゃったらいいのにとさえ、思った。

そして、ほんとのフィナーレ。この音楽がこんなふうに演奏できるなんて、初めて知りました。もちろん、最初から一貫したドゥダメルさんのアプローチなんですけど、なんと楽天的で、美しく、幸福なんでしょう。ここに、死も離別も彼岸もない。あるのは、語り合う愛。まるで交響曲第3番のフィナーレの世界。音楽の途方もない愛おしさ。音が内面から迸るように力のある美しい弦楽合奏。ロサンジェルス・フィルの能力が最大限に生かされた類い希な演奏。心があたたかくなる。愛が語ること。それは悦び。そして語り疲れて、眠りに落ちるように消えていく音楽。幸福感。この曲からこんなことが聴けるなんて素直な驚き。ドゥダメルさんすごすぎ。
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by zerbinetta | 2011-01-28 09:48 | 海外オーケストラ | Comments(4)

ホルン4本!   

27.01.2011 @barbican hall

adams: sionimsky's earbox
bernstein: symphony no. 1 'jeremiah'
beethoven: symphony no. 7

kelley o' connor (ms)
gustavo dudamel / lap


初ドゥダメルさんです。一昨年、ロンドンに来ているのに、存在を全く知らず、聞き逃したり、彼の噂を聞いたあと、チケット取ろうと思ったらソールド・アウトだったりで聴けなかったんです。世界中の噂が彼を賛美しているのを目にする度に忸怩たる思いがありました。その間に彼は、フィルハーモニアに来たサロネンさんの後を受けてロサンジェルス・フィルハーモニックの音楽監督になったり、さらなる大活躍中。今年弱冠30歳。ロンドンでも大人気の指揮者。今日も明日もソールド・アウトです。
ドゥダメルさん、わたしのイメジを一新してしまいました。まぁ、今まで見たことも聴いたこともなかったので勝手な先入観だったんですけど、そのイメジとは。

髪の毛大爆発
 → 全然そんなことない。キーシンさんとかラトルさんとかもっと爆発してる人いるし
お尻振り振り踊りながらの指揮
 → 前に見たコスタリカ出身の指揮者がそうだったから中南米系はサルサのノリって勝手に思ってたけど、普通に落ち着いた指揮。踊る指揮者なら、クリビー(クリスティアン・ヤルヴィさん)の方が上
ノリノリの音楽
 → わくわくする音楽作りであるけれども、音楽の美しさをとっても大事にしてる

音楽会の始まりは、ジョン・アダムスさん(確かこの人、ロサンジェルス近郊在住?)のシオニムスキーのイヤーボックス(耳箱?) 。初めて聴く音楽だと思ってたら、さっき検索したら自分のペイジが引っかかってきて、前にヴァンスカさんとミネソタ交響楽団が来たときに聴いていたのでした。すっかり忘れてた。あのときはジョシュア・ベルさんに興奮してたから。。。
アダムスさんの作品は好きなんですけど、今日のはとってもステキな演奏でした。オーケストラの明るい音色が、カルフォルニアの太陽がきらめくような音楽の音色にぴったりで、しかも、音に勢いがあって滾々とわき出てくる泉のよう。みんな自分たちの音楽だって確信を持って演奏していました。

2曲目はバーンスタインの交響曲第1番「エレミア」。実はこれが聴きたかったんです。大好きなんですよ。バーンスタインのシリアス系の音楽。特にこの曲と交響曲第2番の聴いたあとの、心にぽっかり大きな穴が空いたような空しさが、わたしの心を浄化するのに必要になることがあるんです。世界は、だって、見方によれば大きな穴がぽっかり空いていますよね。それを確かめて、なお、また穴を埋める作業に戻っていくのです。
ドゥダメルさんの演奏はゆっくりとした雄大なもの。音色の美しさを追求しつつ、音楽の流れを停滞させないのは流石。特に変拍子でリズミカルな第2楽章は、終始ゆっくり目のインテンポで、感情の赴くままに加速する誘惑を我慢に我慢。作曲家自身だって盛り上がってアチェレランドかけてるのに。でも、それによって焦燥感みたいのが表現されていたのは慧眼。お終いの楽章も同じアプローチ。時間をかけて丁寧に丁寧に音楽を描くことで音楽の美しさが際だった演奏です。ひとつだけ残念だったのは、歌手のオコナーさんの声が弱音でちょっと力を失ってしまっていたこと。そのため、最後の虚しさがちょっと足りないと感じられました。健全な音楽を聴いた感じが残ってしまいました。わたしの力を奪い取って欲しかったのに。それにしても、バーンスタイン、この曲を20代の最初の数年に書き上げたなんて天才。ドゥダメルさんと天才の共演ですね。
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最後はベートーヴェンの第7交響曲。やっぱり音色にこだわるアプローチは同じ。音楽作りは丁寧で、細かくテンポを揺らしたりフレーズの最後のまとめ方に個性があったり。でも、第1楽章はもっと溌剌とした躍動感が欲しかったかな。飛び跳ねて踊るような、ちょっと羽目を外したスリルが欲しかったです。第2楽章の盛り上がりのところでは、ええっ!こんなにホルン聞こえたかって、びっくりして見たらホルン4人。木管楽器は律儀に2人ずつだったから、ドゥダメルさん、こだわりを持ってホルンを増やしたんでしょう。実際、とっても効果的でした。ホルンを意識的に増やしたのはここだけで、第4楽章も4人で吹くところはあったけど、そちらはついでだからという感じで、音が際だって強調されているわけではありませんでした。
ドゥダメルさんの音楽作りにはとっても共感できました。彼の音楽には根本的に喜びがある。そしてそれは、聴いている人誰にでも共感できるもののように感じられます。そんなふうに考えると、彼のベートーヴェンの第9交響曲聴いてみたくなりました。

アンコールはブラームスのハンガリア舞曲とバーンスタインの、あああ、知ってる曲なのに名前思い出せない。弦楽合奏のかわいらしい曲です。熱くなった気持ちを少し冷ますのにぴったりの音楽でした。
ところでドゥダメルさんはシャイで謙虚な方とお見受けしました。拍手を受けるときは、オーケストラの中に入って決して前に出ようとしないの。ただ、曲が終わったあと、1回は客席に向かってお辞儀して欲しかったな。ねえこっちむいて♪恥ずかしがらないで♪みんなあなたの笑顔が見たいんだから。
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by zerbinetta | 2011-01-27 09:33 | 海外オーケストラ | Comments(0)

椅子の上にも30分 だるまさん?   

26.01.2011 @royal festival hall

peter eötvös: shadows
liszt: piano concerto no. 2
zemlinsky: lyrische symphonie

sue thomas (fl), nicholas carpenter (cl)
alexander markovich (pf)
melanie diener (sp), thomas hampson (br)
vladimir jurowski / lpo


実はデスねぇ〜、持病持ちなんです。それが10年ぶりくらいに復活しやがって(怒っているので言葉汚いです)、同じ姿勢をとってるのが辛いんです。なので音楽会を聴くのも結構辛い。どんよりと痛み続けると体力も気持ちも削がれちゃいますね。最近のエントリーが短いのも、タイプを打つのが苦行のようだからなのです。そこまでしなくてもって感じもするけど、1回切れちゃうと絶対三日坊主になっちゃうし、基本的には元気なので心配いらないのですが(痛みは2週間くらいすれば自然に消えると思う)。

そんな言い訳をしつつ、音楽会。楽しみにしていたんですよ〜。だってツェムリンスキーの抒情交響曲大好きだし。なんとこの曲聴くの2回目。2年前にサロネンさんの指揮で聴いています。ロンドンってなんて良いところなんでしょう。こんな珍しい曲が聴けるんですから。という前に、最初はエトヴェシュさんの「影」。会場に入ってくるとステージの上が変。指揮台を囲むようにして椅子が並んでるの。指揮者から奥に向かってドラムセット、フルートとクラリネットのソロ、チェレスタ、ティンパニ(と大太鼓)の順で並んで、指揮者を挟んで左右にふたつの弦楽オーケストラ、指揮者の手前に会場に背を向けるようにして、左側に木管楽器、右側に金管楽器が並びます。エトヴェシュさんの曲を聴くのは実は初めてかも。前に彼の指揮したのを聴いたときには自作の曲は入ってなかったから。分かりやすいかどうかは別にして、聴きやすめの音楽です。美しい。といってもネオロマンティックとか調性的、そんなのではなくて響きが繊細でステキなのです。特にオーケストラがほぼお休みでソロが主体になる第3楽章は、堀口大学の月光とピエロの世界。クラリネットのピエロがつぶやき、フルートの月が応える。それとも揺れる影? そんなことを思いながら、プログラムで曲名が影と知る。エトヴェシュさんとわたしのみる思いは違うけれども、なにか同じものを共有することができたみたいで、ほんのり嬉しい。

この曲と2曲目のリストの協奏曲との間に、ステージの隅っこで、ユロフスキさんへのインタヴューがありました。椅子の配置を変えたりピアノを動かしたり、今日は放送用に録音もされていたのでマイクのセッティングを直したり、その間を利用してのことです。ユロフスキさん、語るなぁ。マーラーやリスト(どちらも記念年)への思いや音楽会の構成について語ってくれました。
準備もできて、いよいよ協奏曲。で、出てきたピアニストをみて、うわ〜〜〜反則だぁ〜!って心の中で叫んでしまいました。だって、マルコヴィッチさん、でぶ。とっても太ってる。だるまさんみたい。えええっ、座ったらお腹つかえちゃうんじゃない、鍵盤に手が届く? とか変な心配ばかり。で、さらに反則は、マルコヴィッチさん、わたしの心配をよそにむちゃ上手い! 腕も良く動くし指も回る。むしろうヴィルトゥオーゾ。予想外の驚きは、近所の太ったおじさんが走ったらオリンピックの選手より速かったみたいな。そして彼の持っている雰囲気。とっても楽しそうで、聴いてるわたしもつられて嬉しくなる。この気持ちはみんな同じだったらしくて、わたしのまわりの人もにこやかに驚いていた。
リストの協奏曲は有名なトライアングルの入る第1番と違って、なんだかとりとめがない。インタヴューのとき、ユロフスキさんは、ピアノとオーケストラのために初めて書かれた交響詩だとおっしゃっていたけど(交響詩はリストの発明)、わたしは、もっと自由な奇想曲のように思えました。どこに行くのか分からない、輿の赴くままに音楽が紡ぎ出されていて、まとまりのないような感じもするけど、初めての町のお散歩みたいで、景色が楽しい。
アンコール。オーケストラの人も笑顔で拍手。弾かれたのは、スケーターズ・ワルツの超絶技巧編曲版。これがもうマルコヴィッチさんのエンターテナーぶり満載で、上手に弾くのではなくて、にやにやとホイリゲでの演奏のように俗っぽくて楽しいんですね。指はものすごいことになってるんだけど。ステキな笑顔の、そこにいるだけで楽しくなるような方。もともと、伴奏ピアニストとして名をなして、ヤルヴィさん(パパビー)にソロを勧められて活動を始めたそう。この人のピアノ、酒場で友達と楽しく飲みながら聴きたいな。それができれば最高の贅沢。

いよいよ、抒情交響曲。歌うのは、メラニー・ディーナーさんとトーマス・ハンプソンさん。ディーナーさんは、メトのドンジョヴァンニで、途中思いっきり転んで、そのあと代役が歌った、というのを今でも覚えているのでその印象が付きまとっちゃう(ごめんなさい、ディーナーさん)。そしてハンプソンさん、大好き〜。
オーケストラの出だしは、ざらざらした音で今日は甘さ控え目かなって思ったら、音の艶やかさは前に聴いたフィルハーモニアには及ばないけれども、十分ロマンティック。ツェムリンスキーは、マーラーより若くて新しい音楽を作っていたのに、響きに教え子のシェーンベルクに聞こえるような音をちらりと感じたりもするけど、結局はマーラーより先には行けなかった、退行的なデカダンスな雰囲気がいいんですよね。大地の歌をもしてるけど愛の歌だし。長調短調が不明瞭なたゆたう感じは脳みそとろりと溶かしちゃうし。だから好きなんです。女の子はいつも愛に心をとろかしたいんだもん。
主役はやっぱりハンプソンさん。ハンプソンさんの歌は演劇的というか、オーケストラの伴奏の最中も歌詞の世界に没頭していてステキ。そしてあの笑顔。もちろん、歌は自家薬籠中のマーラーに連なる音楽だから揺るぎのないステキさ。それはオーケストラにも伝染してる。ディーナーさんは真っ青な衣装で、こちらの歌もステキ。楽譜の自分のパートは青の蛍光ペンで塗ってあったけど青が好きなのかなぁ。
生クリームのようなとろける甘さじゃなくて、カスタードクリームのような芯のある甘さ。いわゆる(19世紀)世紀末と呼ばれる混沌としたこの雰囲気大好きです。脳みそが甘くしびれるツェムリンスキー、やっぱりいいっ〜。
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by zerbinetta | 2011-01-26 11:11 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(6)

甘いケーキが食べたいときもある   

23.01.2011 @barbican hall

shostakovich: violin concerto no. 2
tchaikovsky: symphony no. 1

sergey khachatryan (vn),
valery gergiev / lso


去年の11月以来お久しぶりのゲルギーです。2シーズンにかけてのチャイコフスキーの全交響曲演奏シリーズが始まりました。今シーズンは1番から3番まで順番に、珍しく2回ずつの音楽会が予定されていて録音されます。今日は第1番の2回目の日です。カップリングされたのはタコのヴァイオリン協奏曲第2番。えっ?第2番? タコ好きなのに知らない。あれれ、CDは持ってるんだけどなぁ、あまり聴いたことがない。というマイナーな曲なのです。何故マイナーかというと、この曲結構鬱々なんですね。最終楽章は、いつものタコらしいリズムの速い音楽なんだけど、でも控え目。そしてあとは裡へ裡へと沈み込んでいく。それにしてもこの曲が、オイストラフの60歳の誕生日プレゼントとして書かれたなんて。オイストラフはさぞかし鬱々としたお誕生日を迎えたでしょう。でも実際はショスタコーヴィチは勘違いして1年早くこの曲を書いてしまい、本当のお誕生日には、ピアノとヴァイオリンのためのソナタをプレゼントしたそう。
若いヴァイオリニスト、おっ! アリーナと同い年、のセルゲイ・ハチャトリアンさん。しっかりと鬱々と裡にこもっていきます。ハチャトリアンさんを聴くのは2回目。大物の片鱗を見せるヴァイオリニストですが、今日もそう。音色がたっぷりとしていてとってもきれい(でも派手やかというわけではなくシックで落ち着いている)。やっぱり上手い。それにしても若いのに(偏見??)、よくこんなに鬱々弾けるなぁ。第1楽章のカデンツァもひたすら内面に落ち込んでいくようだし。井戸を掘るような音楽。遠くに小さな円い空しか見えない井戸の底。ごめんなさい。最近村上春樹さんの本読みました。

チャイコフスキーの冬の日の幻想。ゲルギーの音楽って、甘ったるいロマンティシズムとは一線を画してるように感じます。冬の日の幻想ってもっと軽い夢見るような音楽だと思っていたのに、こんなふうにリアリスティックに演奏されると、何か違うものを聴いたような気がします。繰り返し出てくるロシアの民謡調の甘く切ない旋律も力強さを感じて、ロシアの広大な大地の土のにおいを感じました。甘さよりも厳しさみたいな。好みの問題もあるでしょうけど、わたしはもちょっと甘い方が好きです。ケーキ好きだし。
そうそう、今日はオーボエがおふたり、見かけない人が座っていました。メンバー表を見ると、やっぱりロンドン・シンフォニーの人ではないですね。ファーストを吹いたのは、nora cismondiさん。調べてみたらフランス国立管弦楽団の主席の方なんですね。めっちゃ上手かったです。ロンドン・シンフォニーの主席の人も上手いんですけどっ。
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by zerbinetta | 2011-01-23 10:26 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

天国へ   

22.01.2011 @royal festival hall

franck: symphony
fauré: requiem

sally matthews (sp), gerald finley (br),
yannik nézet-séguin / lpc & lpo


実はこの間のマーラーより期待していたのが、今日のネゼ=セガンさんのフランクとフォーレのプログラム。どちらの曲もとっても大好きなのにまだ、生では聴いたことなかったんですもの。しかもフランスもの得意なネゼ=セガンさんだし。

本来なら、音楽会の後半に持ってきて然るべきなフランクの交響曲がいきなり前半。まとわりつくようにとってもゆっくりと始まった音楽。でも、全然重くならずに羽衣のような感じ。なんか不思議。そしてこの音楽って不思議なんですね。CDで聴いていたときはちっとも気がつかなかったんだけど、ブロックごとのつなぎの部分のつなぎ方がとっても独特。オーケストレイションの仕方がとっても独特で、この感じは、全休符を多用したブルックナーとはやり方が違うけど、似てる。っていうか、ネゼ=セガンさん、得意のブルックナーの音楽のようにこの曲演奏してない? でも、フランクとブルックナーの不思議な相似が分かって面白かった。

フォーレのレクイエムの方は、言葉を重ねれば重ねるだけ野暮が増しますね。こんな美しい音楽に、何か言葉を足す必要があるでしょうか。オーケストラはとっても美しく演奏していたし(今日は弦楽器がとってもきれいでした)、あまり出番は多くないものの独唱のおふたりもとっても良かったのですが、なんと言っても讃辞を贈りたいのが合唱。ロンドン・フィルハーモニックの合唱団はアマチュア。なので、他のプロの合唱団に比べると、一歩引けをとることが多いのですが、今日は暖かく心を込めた歌を歌っていたと思います。もちろん、モンテベルディ合唱団のような超一流の合唱団と比較するのは酷だけど、わたしは今日のフォーレを聴いてとっても穏やかな幸せな気持ちになりました。こうして天国に行けたらどんなにかステキだろう。夢のような時間でした。
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by zerbinetta | 2011-01-22 09:39 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(5)

スナフキーーーン   

21.01.2011 @royal festival hall

wagner: prelude to parsifal
mahler: totenfeier
mahler: leader eines fahenden gesellen
liszt: les préludes

sarah conolly (ms),
vladimir jurowski / oae


おっと、実はすっかりチケット買うの忘れていたんです、OAE。ごめんなさいOAE。で、ほんとだったら、よおし、今年の目標は音楽会の回数を減らすこと、いい機会だ、パスしましょってなるのだけど、意志薄弱のわたし、うっかり買ってしまいました、しかもいくつかおまけ付きで。。。あああ。
OAE、大好きなんですけど、良い演奏の日と悪い演奏の日があるのですね。今日はどちらになるのでしょう。そして今日は、なんとマーラーとか。OAEの後期ロマン派ものは夏のプロムスで、ラトルさんの下、トリスタンを聴いているので、心配はしていないのだけど、どうなるのか楽しみ。マーラーの時代の楽器ってどんなだろう?

今日の音楽会は、録音されて、BBCラジオ3で放送される(現在オンデマンドで聴けます)他、CDにもなるようです。最初にアナウンスがありました、携帯電話の音源はしっかり切ってくださいって。

始まりはパルシファルの前奏曲。ユロフスキさん、この曲はロンドン・フィルと演っているので(そのときは聖金曜日の音楽付き)、好きなのかなぁ。いつものように、オーケストラのメンバーの顔を見回したあと、音楽が始まりました。とってもゆっくりで、糸を引くような音楽。そして、オーケストラの音色がとってもきれい。楽器は、わたし、19世紀後半の楽器についてなんの知識もないのだけど、ホルンは弁のあるの(でも、フレンチ・ホルンではないし、替え管を使って調を変えていました)、トロンボーンは細身、チューバはピストンの位置が今の楽器とは違うの、フルートは歌口の唇当てがないもの、コントラファゴットは朝顔が上向き、オーボエは楽器に直接リード部を差し込むウィンナ・オーボエみたいな感じ。わたしが見て気づいたのはそんなくらいかな。そしてもちろん音色。見た目の違う楽器の音色ももちろん、ヴィブラート控え目の弦楽器の音色も、現代楽器の豊満な艶やかさはないけれども、その代わり、澄み切った流れのような清廉な音。ワグナーはこんな音を聴いて作曲していたのかしら。

2番目はマーラーの葬礼。あとで交響曲第2番の第1楽章になった曲です(楽器編成はこちらの方が少し小さくて、ちょっぴり(10数小節?)長い)。なんかフルートにアクシデントがあったみたいで、3番フルートは金属の現代楽器を急遽舞台袖から持ってきて吹いていました(休憩時間中に楽器を直して、後半はまた古いタイプの楽器を吹いていました)。
今度はユロフスキさん、出てきて指揮台に上がるや間髪を入れずに激しく音楽を始めました。行進曲の部分はきびきびとして張り詰めた快速テンポ。音をざくざくと切っていって強い意志で前に進む感じ。この音楽が行進曲であるということに改めて気づかされました。ただし葬送行進曲ではなくて、例えば死刑宣告された英雄が自分の正義を示すためにはっきりした意志を持って死刑台に向かって歩いていく感じ。対照的にゆっくりとした抒情部分では、テンポを落としてメリハリのきいた分かりやすい音楽。とてもステキな演奏。

休憩の後は、セイラ・コノリーさんの歌でマーラーのさすらう若者の歌。コノリーさん今日は、赤の単色のシンプルなドレス。ふうう良かった。いやその、コノリーさんってドレスの趣味が独特で、なんか結構サイケデリックな衣装を着るのね。でも、歌は良かったですよ。わたしの好みはこの曲は男声なんだけど、十分楽しめました。それにオーケストラが、なんか曇り空のくぐもった音色でステキに幻妖的。ところでマーラーがこのオーケストラを聴いたらどう思ったでしょう。マーラーはオーケストラ(歴史)が常に進化していくことを信じていたし、だからこそ、現代のオーケストラに適したように古典の音楽を編曲した人だけど、彼が、現在のさらに進化したオーケストラを聴いたら、そして多分当時のままに近いOAEの演奏を聴いたらどちらを支持したでしょう? OAEの音を聴いていると現代の楽器が機能的になったことで失った、代え難い音色があるような気がします。それでもマーラーは進化した楽器をとるのかな。ベルリオーズやブラームスのように吹きにくい楽器の音色を大事にするのでしょうか。現代の楽器に慣れたわたしにとってOAEの音色は新鮮でした。できたら、OAEでマーラーの全集とか出して欲しいな。

意外なことに今日一番良かったと思ったのが最後の、リストの前奏曲。この曲のホルンは弁のないもの。ゆっくりと始まった音楽は、ユロフスキさんの場面ごとの変化の付け方がとっての良くって、草原でゆっくりと寝転がったり、嵐が来たり、すぅーっと風が通り抜けたり、草の匂いのする青々とした平原の音楽でした。ハープに導かれてホルンのソロが出てくるところステキだったー。そこから行進曲が戻ってくるまでの音楽が全曲の白眉でした。リストのオーケストラ曲って仰々しくて大時代的な感じであまり好きになれなかったけど、こういうのならもっと聴きたいな。

あっそうそう、タイトルのスナフキンは、プログラム(ただ、OAE太っ腹〜)に載っていた一言インタヴューで、架空の架空のヒロインで一番好きなのは?と聞かれたユロフスキさんが答えた答え。ふふふ、分かってるじゃないですか(偉そうに)。わたしも自由人スナフキンが好きなのよ〜。わたしのヒーローはスナフキンとバカボンのパパです。それと寅さん。彼らと結婚するかと聞かれたら、むむむとなっちゃうんですけどね。でも、恋人のひとりにはしたいっ。
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by zerbinetta | 2011-01-21 23:50 | 啓蒙時代管弦楽団 | Comments(2)

一足先にちょっぴり白鳥   

21.01.2011 @royal opera house

tchaikovsky: swan lake

sarah lamb (odette), zenaida yanowsky (odile),
nehemiah kish, federico bonelli (siegfried), etc
anthony dowell (production),
marius petipa, lev ivanov (choreography),
valeriy ovsyanikov / orchestra of the roh


ロイヤル・バレエの次節の公演は白鳥の湖です。今日はそのリハーサルに行ってきました。リハーサルはお昼からなので仕事をさぼって。リハーサルといっても最後のリハーサルなので、通しです。ただ、オデットと王子のペアは、ラムさんとボネッリさん、オディールと王子のペアはヤノウスキさんとキッシュさんのペアです。オーケストラや指揮者は私服。平土間にはたくさんのカメラマン(もちろんプロのです。一般の人はいつもと同じ写真撮影禁止)がいて、公演中もずうっとシャッターの音が鳴っていました。一番前の席にはアシスタント指揮者さんでしょうか楽譜をチェックしてる人。
リハーサルなのでざっと簡単に感想。舞台はとってもカラフルできれいでした。わたしは今までにABTとマリインスキー劇場のを観たことがあるのですけど、一番豪華な感じ。第1幕のたくさんの人の踊りもABTは村の人たちの踊りという感じだったのに、ロイヤル・バレエのは、王子のお城に招待された人たちの踊りなので服装が豪華。それから、踊りが主役のおふたりに集中していて、例えば、マリインスキー劇場の道化師やABTのロトバルトに踊りの見せ場がある、というような演出はなされていませんでした。それから、オデット以外の白鳥の衣装がロマンティック・チュチュでした。群舞でのひらひらは白鳥が舞うみたいできれいでした。照明もとっても効果的。

今日のリハーサルは、明日の初日(マチネとソワレ)を踊る2組のペアが登場。オデット組はラムさんとボネッリさん。ラムさんの踊りは、感情を悪魔に取られたような冷たい感じ。人であり白鳥でもあるという切ない状況を上手く表していたと思います。最後の幕のオデットは強かった。気持ちの強さが悪魔に打ち勝つところは、分かっていても感動します。ラムさんの踊りは完璧でした。ボネッリさんの王子は、あまり見せ場がなかったけど普通かな。ってかどうしてもこのバレエ、白鳥に目が行っちゃう。

対照的にオディールのヤロウスキさんは調子悪そうでした。踊りに切れがなく、納得のいかない様子。多分彼女は、踊りの切れで魅せるダンサーではないのかもしれないけど、演技にも集中できていない感じが垣間見られました。32回転のふたつ前のソロでも最後によろけてしまって、大きな声をあげていました。32回転は安全運転。拍手に応える挨拶も苦笑い。もちろん今日は練習なので、本番ではきっちり修正してくると思います。だって、本番と練習は違うから。練習で本番と同じように100%没入してやってしまったら、修正点とか見いだせないもの。やっぱり本番とは違う、役になっていないダンサーの素の部分がわずかに見られて面白かったです。またリハーサル観に来たい。あっキッシュさんの王子は、キッシュさんってとっても実直そうな顔なので、なんかとっても真面目な王子。もうちょっと遊び盛り的な雰囲気があってもいいかなって思った。だって、お母さんの言うとおりの結婚しちゃいそうなんだもん。

やっぱりチャイコフスキーの音楽っていいですね〜。オーケストラも良く鳴っていて惚れ惚れ。最後のティンパニの連打はタコみたい。やっぱ白鳥はいいな〜。本番が楽しみ。あっでも、今日の配役ではチケット取ってないのよね。残念。

指揮者のオヴシャノコフさんは私服
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白鳥の皆さん
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2羽の白鳥、バーヴナニ(tara-brigitte bhavnani)さんとフィルピ(francesca filpi)さん
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ラムさんとボネッリさん
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by zerbinetta | 2011-01-21 22:32 | バレエ | Comments(8)

表現の深み   

20.01.2011 @royal opera house

adam: giselle

leanne benjamin (giselle), edward watson (albrecht),
johannes stepanek (hilarion), itziar mendizabal (myrtha), etc.
peter wright (production),
marius petipa (choreography),
koen kessels / orchestra of the roh


またジゼルっていわれちゃいそうだけど、ジゼル今期3回目は、ヴェテラン、リャーン・ベンジャミンさんです。2年前に、同じジゼルで観ているのですね。そのときはまだ、ジゼルのことがちっとも分かっていなかったのと、遠くの席からだったので、あっ主人公1幕であっけなく死んじゃったっていう印象しか残っていなかったのです。でも、彼女をとても良いという人がいるし、ヴェテラン中のヴェテラン、都さんよりもひとつ上の46歳! いつまでも踊れる年齢ではないので、今観ておきたい!って思ったのでした。そして圧倒されたのでした。まずはその技術の高さ。ものすごく安定していて揺るぎがないの。高い技術を持っててそれを維持してきたから今ここにプリンシパルとして踊れるんだなって感動しました。彼女がこれだけのものを維持し続けるのにはなみなみならない努力の成果に違いありません。引退も近いのかなって思っていましたが、いいえ、まだまだ踊り続けられると思います。近くで観ていたので、腕の肌の張りなどお歳を感じさせる(といっても年齢からいったら若い若い)部分も見えないではなかったのですけど、表現の上手さはやっぱり、年齢を重ねた芸術的な重みは掛け替えのないものです。舞台の全体を通しての作品の作り方は、突出する部分がない代わりに静かな、情感を持った舞台劇としてまとまりのあるものでした。全体的な印象はとても良かったのです。同じ感じは昔ABTで続けて観た、ニーナ(・アナニアシヴィリさん)とジリアン(・マーフィーさん)の白鳥のときも感じました。ニーナはジリアンより速さや切れでは劣るけれども、成熟した芸術的な表現では、心に来るものがぐっとあって、バレエは奥が深いんだなぁって思ったのです。
エドワード・ワトソンさんは、今まで観た中で一番嫌なアルブレヒトでした。正体がばれたときのちぇっていう憎々しい微笑みやなんとなく遊んでるっていう感じが、本来のアルブレヒトの人物像みたいで、でも、嫌らしくてよく分からない人ですアルブレヒト。ワトソンさんは躊躇わずにそんなアルブレヒトを演じたんですね。それにしても彼はジゼルを愛していたのだろうか、っていうかバチルデかわいそう。
でも今日のバチルデ、なんだか意地悪そうというか上から目線。今日バチルデを演じたのはシアン・マーフィーさんです。脇役の人たちが前に観た人たちと違う人が踊っていたんですけど、ずいぶんと変わるんですね。ヒラリオンはステパネクさんでしたが、とても良く踊っていたけれども、見えない部分でエイヴィスさんの貫禄勝ちだな〜。
今日の日本人は、パ・デュ・シスに蔵健太さんと高田茜さん。狩りのリーダーに平野亮一さん。モイナにユフィ・チェさん。日本人が出ているとやっぱりついそっちに目が行っちゃいますね。でも、秘かに、アルブレヒトの従者を踊ったガートサイドさんに心惹かれてました。好きなので。ふふっ

チェさんとチャップマン(deirdre chapman)さん
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ステパネクさん
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ウィルの女王はちょっと怖い メンディザバル(itziar mendizabal)さん
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ベンジャミンさんとワトソンさん
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by zerbinetta | 2011-01-20 03:00 | バレエ | Comments(0)