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2匹目のドジョウは?   

30.06.2011 @royal festival hall

berlioz: overture, le carnaval romain
rachmaninov: piano concerto no. 3
tchaikovsky: symphony no. 6

nikolai demidenko (pf)
christian vásquez / po


今シーズン最後のフィルハーモニアの音楽会、大好きなプレトニョフさんがキャンセルで代わりがバスケスさん。プレトニョフさんの悲愴が聴きたくて取ったチケットなのに、残念。そして会場に着いたら、ピアニストのマツエフさんが足のけがのため(フットボールでもしてた?)降板で、代わりにデミジェンコさん。そして、フィオナちゃんは降り番。なんだかデジャヴだわ。でも、なんとか、ティンパニのスミスさんはいらしたから良かったです。これでスミスさんがいなかったらちゃぶ台ひっくり返すとこでした。そう、今日はもはやスミスさんのためにある日。そして、相変わらず(?)とんでもなくやってくれました!

バスケスさんは、あのドゥダメルさんを生んだ、ベネズエラのエル・システマという画期的な音楽教育プログラム出身。ドゥダメルさんもそうですけど、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラもなんだか世界を席巻してますよね。ロンドンの音楽会で今一番チケットが取れないのが彼らなんです。そのドゥダメルさんに続けとばかり、今日の指揮者は若干27歳(26歳?) のバスケスさん(フィルハーモニアは一昨年のシーズンではドゥダメルさんを呼んでいます(わたしはチケット取れなかったけど))。果たして2匹目のドジョウは掬えるのでしょうか。
バスケスさんはなんだか年齢不詳、というか30代半ばくらいのフット・ボール選手に見える。始まりは、ベルリオーズのローマの謝肉祭序曲。ベルリオーズの音楽ってたくさんの面白い仕掛けが施されているので、上手に演奏するとその仕掛けがくるくると聞こえてくるので楽しいんですが、さて今日はどうでしょう。バスケスさんラテンの人なのでノリノリの人なのかな(かなりの偏見)って思っていたら、意外にも結構丁寧に音楽を作ってくるのでびっくり。最初から微に入り細を穿ち丁寧なのでどうなっちゃうかと思ったよ。それになんだか指揮者の心臓の鼓動が聞こえてきそうで、さすがに緊張してるのかなぁって思いました。ゆっくりしたところは、なんだか筆でなでるように丁寧で、内声部の和音なんかもとってもきれいで、この人耳がいいんだなって思いました。オーケストラをきれいに鳴らすことのできる人です。ただちょっと、平坦な感じがして、音楽が止まってしまうような感じだったのが残念。速い賑やかな部分はなかなか勢いがあって良かったので(かなりオーケストラに助けられていた部分も多かったけど)、その勢いをゆっくりした部分にもしのばせることができれば、もっともっとステキな演奏になるんじゃないかなって、偉そうに思いました。

2曲目のラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は、わたし的には微妙な曲なんです。第2番はとっても好きなんだけれども、第3番って叙情の部分がなんかちょっとあっさりしてて(その分、構成が堅固になったり音楽がメランコリックになりすぎないんですけど)、やっぱり劇甘なケーキも食べたいのよって思っちゃうんです。日本のケーキの甘さ控えめって、お菓子本来のヨロコビを奪っちゃってるわって声を大にして叫びたい(好きだけど)。
代役のピアニストのデミジェンコさんは、ロシア(ソヴィエト)出身ロンドン在住のヴェテラン・ピアニスト。こんな人が、数日前にブッキングできちゃうのがロンドンの良いところ。テクニックを表に出す人ではなかったけど、むちゃ指回る〜。難易度の高いこの曲を軽々と鼻歌交じりに弾いていました。そうそう、今日キャンセルになった指揮者のプレトニョフさんもピアノがとっても上手で(って当たり前か。ピアニストだし)、前にリハーサルを観たとき、休憩の合間になにげにピアノを弾いたのがむちゃくちゃ上手くて、っていうのを思い出したのは、デミジェンコさんのピアノがさらりと上手くて、上善水の如しって感じだったからです。そんな無色系ラフマニノフ。わたしとしては、もっと情熱系が好きな感じがするけど(自信がない)、曲の良さを認識できる演奏ではありました。告白すると意外と好きかもって思ったんです。たぶん体育会系、マッチョ系のマツエフさんとは対照的な演奏になったと思うんですけど、指揮者のバスケスさんはピアノにオーケストラを付けることに徹底していて、彼の個性はあまり感じられませんでした。

休憩の後は悲愴。指揮者の力量が如実に表れそうな曲です。と言ってもバスケスさんの基本路線は変わらず。ゆっくりとした部分はゆっくりとでもさらさら。何というか感情を押し殺した、というか音に想いがないような、だから音楽がそこで止まってしまうような感じ。きれいなのに。もったいない。反面盛り上がるところは押さえつつもちゃんと盛り上がるのになぁ。
というわけでわたしの耳はティンパニに集中することになりました。っていうか、おんどりゃあ、若いくせにそんなにちまちまやってるんじゃないよ、ばしっとぶっ叩かないかごるぁって心の声がわたしとシンクロして聞こえるような、今日は(も)いつになく叩きまくってましたね〜スミスさん。チャイコフスキーのオーケストレイションって鮮烈ですね。途中、ティンパニと大太鼓を同時に叩かせるところなんて、目が覚めるような効果。大太鼓とティンパニが左右に振り分けてあったことと、大太鼓の人がスミスさんばりに思いっきり叩いていたせいもあるんですが。
スミスさんががんばっていたおかげか(?)、第2楽章の後半から音楽が良くなってきて、バスケスさんと相性の良さそうな第3楽章は結構盛り上がりました。リズムがさくさくして気持ちよかったです。そして、最後の楽章は、前の楽章からの勢いが続いていて、バスケスさんやればできるじゃんって思いました(かなりオーケストラが助けていた部分がありましたが)。彼はきっと練習でオーケストラに自分の音楽を伝えること、自分の音を出させることはできているんだと思います。オーケストラからとっても良い音を引き出していたし、和音がとってもきれいでした。でも、本番で、音たちに魂を込める(なんだか抽象的で嫌な言い回しだなぁ。伝えたいものを音に乗せる、これでもまだ分かりにくいね。魔法を振りかける、うううますます分かりづらくなってきた)こと、音を生み出すことを指揮で表現し切れていないようにわたしには思えました。

ちょっと辛口でしたが、まだまだ20代半ば。耳も良さそうだし、これからが期待できる逸材であることには間違いありません。2匹目のドジョウめざしてがんばって欲しいです。
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by zerbinetta | 2011-06-30 08:50 | フィルハーモニア | Comments(4)

学校の怪談   

25.06.2011 @london coliseum

britten: a midsummer night’s dream

iestyn davies (oberon), anna christy (tytania),
jamie manton (puck), tamara gura (hermia),
kate valentine (helena), willard white (bottom), etc.

christopher alden (dir)
leo hussain / eno choir & orchestra


またまた、夏の夜の夢です。夢ばかり。寝過ぎ?
でもやっぱ、イギリスにいたらイギリス音楽ですよね。ブリテンのオペラは是非観たいと思っていました。そしてわたしは、作品を全部読んだことないくせにシェイクスピア好きを勝手にほざいてる。ただね、このオペラはDVDで持っていて、ちょっと音楽がよく分からないなって思っていたのと、コリセウムの雰囲気があまり好きでないので躊躇していたの。でも、ブログ仲間のかんとくさんが絶賛していたので、背中を押されました。観てほんと良かった。実はまだよく分からないことだらけなんですけど、良さの分かる舞台でした。かんとくさん、ありがとう。

もともとシェイクスピアの原作もかなり変わってます。妖精の世界と、恋人たちと、村の素人劇団のどう見ても関係なさそうな人たちが絡むんですけど、まああらすじもそうなんですけど、もっと分からないのが素人劇団の演ずる劇中劇。これに戸惑っちゃうんですね。そういえばわたし、ずうっと前にシェイクスピアの映画のDVDを集めようと画策したことがあって、アリー・マクビールのキャリスタ・フロックハートさんが出ているDVDを第1弾として買ったんですけど、それっきりになってしまいました。。。第2弾の予定はデカプリオさんが出ていたロミオとジュリエットだったんですけど。。。その映画版でも、なんだかよく分からなかったのです。それがオペラ。どうなることでしょう。

さて、舞台は学校。おおお、と思ったけど、プログラムにその理由がいろいろ書いてあるけれども、それはさておいて、秀逸だとわたしが感じたのは、現代において、一番妖精がいそうな場所って学校ではないかって気がついたから。だって、妖精のいた森は、近所からなくなってしまったし、妖精を見ることができる、心が純粋で多感な時代って、大人ではなく、子供時代なんですもの。ましてや、寄宿舎生活をしていたら絶対妖精見たはずだもの。
だから、この舞台設定は、納得できたしとってもステキでした。でもね、たった1回しか観ていなくて、まだまだよく分からないことだらけのわたしが言うのもなんだけど(でもね、オペラの演出ってどんなお客さんを想定してするのだろう? 一度しか観ない一期一会のお客さん? それとも何回も観て理解を深めたいお客さん?)、妖精の世界と恋人たちの世界の境界がよく分からなかったんです。どちらの学校の生徒さんっぽいし(妖精の王様と王女様は先生?)。なので、わたしには、逢魔が時のように此方と彼方の世界が曖昧に感じられました。これが、シェイクスピアの3つの世界を対立させ、干渉させ、平行させる劇のユニークなコンセプトを暈かしているように感じたのです。
そしてもうひとつ、わたしが疑問符をつけたのは、パックの性格。パックって、早とちりで、どこか抜けてて、すぱしっこくて、ちょっぴり悪で、でもどこか憎めない陽性の妖精だと思っていたのですが、この演出では、なんか暗くて弱いいじめられっ子的な立場。明るいからっとした舞台を思い描いていただけにちょっとすれ違ってしまって残念。何回も観ると分かるようになるのかなぁ。そう、何回か観たくなる舞台ではありました。

音楽はさすがブリテン。始まりの妖精の音楽は、弦楽器のグリッサンドがホラーというかお化けの音楽っぽいんだけど、必ず長和音に解決してて、おどろおどろしさを消して妖精の世界に入るという見事なさじ加減。CDでぼんやりと聞いていたときには気がつかなかった、音楽の魅力に気がつかされました。CDで聴いててときはなんて取っつきにくい分かりづらい音楽なんでしょうって思っていたんですね。こうして、生で、舞台を観ながら聴くと、音楽が魅力的に響いてきます。歌は話すように歌われます。ドビュッシーのペレアスとメリザンドほどではないけれども、言葉の音楽。最近こういうオペラ、とても好きです。劇のテンポが保たれるのが、お芝居を観ていて好ましいんです。

レオ・フセインさんとイングリッシュ・ナショナル・オペラのオーケストラはとっても丁寧に音楽を描いていました。オペラはロイヤル・オペラばかり観ているのだけど、イングリッシュ・ナショナル・オペラはそれに比べてマイナー感はつきまとうんだけど、実は、ロイヤル・オペラに引けをとらない水準にあるんですね。劇場があまり好みではないという弱点はあるんですけど(それに、一番安い席はロイヤル・オペラの方が安い)、このオペラ・ハウス、年に何回かは目の覚めるような話題作を演るので、やっぱり毎年来てしまいます。
歌手の人たちも、小粒だけれども決して不満の出るものではなかったです。印象に残ったのはタイタニアを歌ったクリスティさん、そしてボトムを歌ったホワイトさん。ホワイトさん、2歩3歩頭抜けていて、主役とは言えないのに、彼が出てくるところは完全に彼が主役になってました。

夏至の夜は不思議気分でいいですね。わたしはどんな夢を見るんだろう。妖精が幸せを運んできてくれますように。

学校と出演者たち
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ひとり浮いてるボトムのホワイトさん。真ん中のチェックのスカートの女性はタイタニアのクリスティさん
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by zerbinetta | 2011-06-25 07:50 | オペラ | Comments(4)

結婚しよう!! だって夏至だから   

23.06.2011 @barbican hall

ravel: mother goose ballet
mendelssohn: a midsummer night’s dream

sarah-jane brandon (sp)
daniela lehner (ms)
sir thomas allen (narrator)
eltham college choirbernard
bernard haitink / lso


ハイティンクさんとロンドン・シンフォニー。今シーズン最後のロンドン・シンフォニーの音楽会です。今日はサロネンさんとフィルハーモニアのバルトークという強力なライヴァルがあるのにこちらに来たのは、メンデルスゾーンの夏の夜の夢が大好きだから。序曲だけじゃない、珍しい全曲演奏。それに夏至だものね。

はじめは、ラヴェルのマザー・グース。マザー・グースというとえっ?っと思っちゃうんですが、マ・メール・ロアのことですね。ロンドンでも何回か聴いたことのある曲。と思ったら、えっ?知らない曲? そうなんです。今日はバレエ版。今まで聴いたことのある組曲版とちょっと違って、短い序曲や間奏曲が付け加わって、曲の順番も入れ替えています。ほぼ聴いたことあるのに変だなぁと思ったのはそのせいですね。無骨な感じのハイティンクさんにラヴェルの音楽のしゃれた粋はどうだろう?と思ったけど、ごめんなさい、ハイティンクさんは光の淡く交差するすてきな音楽を奏でてくれました。ロンドン・シンフォニーの音色も柔らかくてとってもすてき。今シーズンのロンドン・シンフォニーの充実ぶりは、耳を喜ばせるばかりで、来シーズンはロンドン・シンフォニーをもっとたくさん聴きたいと思いました(音楽会は減らすと言った誓いはどうした)。

さていよいよ夏の夜の夢。劇付随音楽の全曲版なので、歌と語りが入ります。ソプラノとアルトのソロ、少年合唱は舞台の右手、奥、一番活躍する語り手は指揮者のそばです。劇が付いたら語り手はいらなくなるのでしょうか? 劇と一緒に聴いてみたいです(ビゼーのアルルの女とかも)。その語り手は、トーマス・アレンさん。歌手として活躍してますが、語りもめちゃ上手いんです。声のいい人ってステキ〜。いい声で口説かれたら尻尾振っちゃう。
メンデルスゾーンは、ロンドン・フィルのユロフスキさんも得意で、彼の夏の夜の夢の序曲は、64ビットで妖精が飛び回る快速系、それに対して、ハイティンクさんのは予想していたとおり、8ビットくらいでふんわり飛び回る柔らかな音楽。人肌の温もりのある、CGで合成した妖精ではなくて、お人形を作って撮った白黒写真みたいな感じ。細かい羽ね音が木々のさわめきのように聞こえてくる。夏至の短い夜の妖精たちの宴。そこに闖入した二組のカップルと田舎の劇団。実際メンデルスゾーンが作曲した劇はどんな何でしょう。シェイクスピアの物語は少し錯綜しているように見えるけど、メンデルスゾーンはどうまとめたんでしょう。実は語りだけではそこのとこよく分からないんですね。ああ、でも物語は分からなくても(メンデルスゾーンは劇全体に音楽をつけたようではなく、劇だけで進む部分も多いように思うんです)、音楽はステキ。ふわりとした幻想がロマンティック。そして、結婚行進曲。この音楽を聴くとついにやにやしてしまいます。わたしもこの曲で結婚式したかったな、ってこの曲を聴いてるときにはついうっかり思っちゃうんですよ。ちなみにわたしが一番憧れる結婚式の行進曲はフィガロの結婚の。まぁ、わたしのウェディング・ドレスのコスプレはちっとも似合わないんでしょうが。
そういえば、この結婚行進曲って、マーラーの交響曲第5番の冒頭のファンファーレの裏返しと思うんですけど、もうひとつ、交響曲第1番の第3楽章に出てくる短調のフレールジャックに似たメロディも出てくるんですね。マーラーはこの曲を知ってたのかしら? 序曲は何回か指揮してるみたいですけど。
それにしても、夏至の日の妖精たちのお祭りの夜にぴったりの気分。きっとわたしの周りも妖精たちが飛び回ってることでしょう。目には見えないけど、感じることができるもう一つの世界。音楽がふたつの世界をつなげるのね。
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by zerbinetta | 2011-06-23 05:02 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

語るように歌う   

21.06.2011 @royal festival hall

haydn: symphony no. 64
mozart: Concerto in E-flat major for two pianos, K.365
mozart: symphony no. 33
haydn: symphony no. 95

Katia Labèque, Marielle Labèque
sir simon rattle / oae


ラトルさんと啓蒙時代のオーケストラ(OAE)。ロンドンのオーケストラの中では、ラトルさんと一番仲の良いオーケストラです。毎シーズン1度は共演してるしね。今日は古典の王道、ハイドンとモーツァルト。でも、プログラムは凝っていて、珍しい、ハイドンは交響曲第64番とか、モーツァルトの2台のピアノのための協奏曲とか。ハイドンの交響曲第64番は時の移ろいというなんだかおしゃれな副題がついてるんですけど、これがまた面白い曲でした。
最初、えっ?聞こえないよみたいな弱音のささやきから始まって、いきなり虚を突かれて、ハイドンらしい明快な音楽と思ったら、なんだか取り付く島のないようなつかみ所のないような音楽で、でもそれがかえって面白いんです。音楽は歌うと言うよりぶつぶつとおしゃべりしているようで、特に第2楽章なんて暖炉の前でゆったりと会話しているような音楽です。とってもしみじみ。

ふたつめのモーツァルトの2台のピアノのための協奏曲はラベックさん姉妹の独奏。ラベックスさん、フォルテピアノも弾くんですね。でもOAEとは初めてのようです。そう言えば、ネットで検索するとラベック姉妹さんって日本では過去の人の位置づけなのね。CDが発売されなかったり、来日しなかったりすると、活躍していないように誤解されるかもだけど、わたしはUSでもこちらでも彼女らのステキな演奏を聴いたし、こちらではちゃんとずっと活躍しているんですけどね。
ステージに現れたラベックスさんは相変わらず美人。そして、おしゃれ〜〜。フロックコートを着て、コスプレみたい。わたし、どちらがカティアさんでどちらがマリエルさんか分からないんですけど、このお二人、見事に演奏のスタイルが違っていて、それがデュオにぴたりとはまるんですね。奔放な第1ピアノ(服装も容姿も派手め)を支えるしっかり者の第2ピアノ。二人の個性の違いが音楽の幅を広げて奥行きを深くしているように思えます。と、事件が。
指揮台に立ったラトルさん、真っ赤な拍子の楽譜を持ち上げて、「ここに美しい、モーツァルトの交響曲第33番の楽譜があります。。。取りに戻った方がいいですね。しばらくお待ち下さい」なんてことを言って会場大笑い。和みます。しばらくして戻ってきたラトルさんの手には、正しい協奏曲の楽譜。これも真っ赤な拍子なので、係の人、間違ったんですね。でもね、こういう気の置けない音楽会だったんです。音楽もそんなintimate(日本語でどういうの?)な雰囲気の曲だし、古楽器自体が音が小さくて距離感の小さな音楽を作るから。ただ、大きなロイヤル・フェスティバル・ホール。遠くで聴いていた人には聞こえづらかったかもしれませんね。会場はラトルさん人気で立ち見が出るほど盛況だったけど、本当は小さなホールでやるべきでしたね。
でも、演奏はとってもステキ。モーツァルトは2台のピアノをほぼ対等に扱ってるのでふたりの個性の違いが際だつことはあまりないんだけど、それでもそれぞれの個性は聞こえてくるし、長年デュオで演奏を続けてきているだけに息ぴったり。音の粒まで完璧に合わせてきます。凄いとしか言いようがありません。そういえば、この曲の最終楽章、さっきのハイドンの交響曲の最終楽章と作りが似てませんか?旋律の繰り返しとか似てるような気がするんだけどなぁ。

休憩のあとはモーツァルトの交響曲第33番。第29番とともにかわいくて大好きな曲です。ジュピターのメロディが登場するんですね。モーツァルトの若い頃の(って亡くなったのが35歳だから最後まで若いんだけど)音楽って、やっぱり古楽器の演奏が好き。ふくよかに塗り固められちゃうとなんだかべったりとして軽さがなくなるから。音に羽が生えてるような風のような軽さがスキなんです。ラトルさんの音楽って、そんなモーツァルトにぴったり。ラトルさんの指揮ぶりを見ていつも思うのですが、この人と音楽を一緒に演奏したらとっても楽しいんじゃないかって思うんです。ラトルさんの音楽が大好きという気持ちがストレイトに伝わってきて、スキだと告白されるみたいに嬉しくって天にも昇る気持ちになるんです。そんな音楽デショ。交響曲第33番って。

最後のハイドンの交響曲第95番も余り有名でない曲だけど、最後にロンドン旅行の際に書かれた交響曲のセットの入り口で、あとのものほどではないんだけど結構堂々とした構え。チェロの独奏が大活躍するのもなかなか独創的だし(しゃれ?)、最後にフガートが出てくるのが、なんか立派な感じでステキ。ラトルさんはハイドン得意だし、OAEと親密な理想的な演奏だったと思います。今日の音楽会では、ほぼ同時代を生きたハイドンとモーツァルトの対比が面白かったし、話すように歌う音楽が、音楽って実は雄弁な言葉なんじゃないかなって感じられて、とても良い音楽会だったと思います。つい夕暮れ時のテムズ川沿いの夜景を見ながらホールをあとにしました。ハイドンが来たとき、ビッグベンはあったんでしょうか?

そうそう、あとで知ったのですが、今日の音楽会、歌手のマドンナさんがいらしていたそうです。ううう、近くで見てみたかったな〜(ミーハー)。気がつかなくて残念。
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by zerbinetta | 2011-06-21 00:07 | 啓蒙時代管弦楽団 | Comments(4)

神の庭に遊ぶ   

16.06.2011 @barbican hall

mozart: piano concerto no. 27, k595
bruckner: symphony no. 4

maria joão pires (pf)
bernard haitink / lso


わたしにとって河童指揮者といえば、ゲルギーとハイティンクさんなんです(なんてのっけから失礼な書き出し)。そのハイティンクさん、何故かわたしには鬼門なんです。ものすごく良い演奏をするときもあれば、わたしにとって余りしっくり来ない音楽の日もあったりです。ブルックナーもロイヤル・コンセルトヘボウと演った交響曲第9番はとっても良かったんだけど、シカゴと演った交響曲第7番はオーケストラの不調もあっておやおやな感じでした。今日はどうなるのでしょう?
もうひとつ、予定ではペライヤさんがシューマンの協奏曲を弾くことになってたんです。前にもハイティンクさんとのコンビで聴いたことあるんですけど、ペライヤさんのシューマン、立派すぎてわたしには合わなかったんです。シューマンとかシューベルト(これも聴いたことあります)って、緩い部分がないと音楽から彼らの個人的な思いが失われてしまうと思うんですね。ペライヤさんの音楽は、ベートーヴェンのように構成的で隙なく音楽を築いている感じで、わたしにとって大事なところが欠けていたように思うんです。なのでちょっぴりあれだったんだけど、数日前にペライヤさんがキャンセルになってピレシュさんがモーツァルトを弾くことに。ふふっ、わたし的にはラッキー。

そのピレシュさんのモーツァルト、これがもう本当に良かったんです。ピレシュさん、遠くから見ると生成な感じの森ガール風の衣装で、何というか友達の家を訪ねた感じで気負いがなくて自然体。音楽自体も全く純粋の極みというか自然なんです。オーケストラの音楽が聞こえてきたとたん、窓から涼やかな春の風が吹き込んできた感じで、何か自分の家にいるみたい。そしてピアノが聞こえてくると、隣の家の窓から誰かがピアノの練習をしているのが聞こえてくるというような感じで、風に乗って音がやってくる。もちろん、聞こえてくる音は極上でピアノの練習のレヴェルではないんですけど、音楽に込められてる音の喜びは無邪気で純粋で、神の子が音遊びしているよう。それに。モーツァルトのこの曲って、他のモーツァルトの音楽のようにオペラ・ティックではないのですね。オーケストラの付け方も最低限で、特に第2楽章なんかはピアノのソロをオーケストラがつなげる感じでピアノの伴奏をほとんどしないし、なんだか、モーツァルトの内面の個人的なお話を聞いている感じ。それがピレシュさんの演奏とぴったりと相まって至福の時なのでした。オーケストラもピレシュさんの音楽に仲良く寄り添ってステキなんです。シンプルな故に室内楽的な親密感と緊張がバランス良くあってほんとにほんとに良い演奏でした。これだけで元取れた感じって6ポンドもしない席だけど。

そしてブルックナーの交響曲第4番。ロンドン・シンフォニーの柔らかな音色はこの曲に合うんだろうなとは思っていましたが、、、あまりのステキな音楽に心は震えっぱなし。神の庭にさまよい込んだみたいです。絶句。第1楽章と第4楽章はゆったりとしたテンポで、雄大。わたし、ハイティンクさんって、無為でオーケストラに任せて何もしない指揮者なのかなと思っていたんですが、音楽はとっても自然なのでそう聞こえるんですけど、実は細かい隅々にまでしっかりコントロールして音楽を作っていたんですね。フレーズの納め方がとっても上手いし、音色のブレンドの仕方もとっても神経が行き届いていて、ハイティンクさんの思い描いている音をオーケストラが鳴らしているんだと思いました。そして、テンポの変化の絶妙さ。ぐいぐいと引っ張る感じではないけれども、音楽の必然に任せて自然で、でも何もしないんではなくて、意識的にテンポを動かしている。心憎いばかりの巧さ。
ブルックナーの湿り気のある暗い森の雰囲気ではなくて、オーケストラの音色の明るさもあって、草原にきらめく春の陽光のよう。プログラムの前半のモーツァルトに妙にマッチしていました。第2楽章ももったりしない少しだけ流れるような速めのテンポで、なんだかとても良い気分で森を散策するようで、すがすがしいのです。ハイティンクさんのテンポ感がわたしの裡のテンポにぴったりとはまって、これはわたしのブルックナーと思わず叫んじゃいそうでした。わたしがCDを含めて今まで聴いたブルックナーのこの曲の演奏の中で一番でした。終わってしまうのが惜しくて惜しくて、ブルックナーってもっと長かったよね、終わらないよね、と願ってしまいました。この音楽会、2回繰り返されたんですけど、残念ながら今日はその2日目。もしこれが初日だったなら間違いなく、もう1枚チケット取ったでしょう(ロンドンではハイティンクさんとロンドン・シンフォニーでも売り切れにならないんです)。また聴きたい、あの音楽にもっと浸りたいと思う希有な音楽会のひとつとなりました。
幸い!BBCラジオ3でオンデマンドで聴くことができます。また、将来CDで発売になるそうです。
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by zerbinetta | 2011-06-16 22:23 | ロンドン交響楽団 | Comments(6)

新しい注目株の予感   

11.06.2011 @royal opera house

barry wordsworth / oroh

ロイヤル・バレエのトリプル・ビルです。春の祭典が観たくてチケット取りました。

scènes de ballet

igor stravinsky (music), frederick ashton (choreography)

sara lamb, valeri hristov, etc.


最初のはストラヴィンスキーのバレエの場面。アシュトンの振り付けの20分ほどの作品です。音楽は、新古典主義とセリーの音楽の真ん中くらいで、音楽も踊りも抽象的。ストーリーはありません。まず目を引くのが、衣装。白地に黒の直線的な幾何学模様でとってもきれい。プリンシパル・ダンサーのおふたりは黄色と黒でこれも華やかでステキ。アシュトンの振り付けらしく、とか言っちゃって、わたし分かってないんですけど。じっくり振り付けの妙を観ようと目を凝らしたんですけど、踊りの知識がないので何が難しいのかよく分からないんですね。早く、これはアシュトンらしいとか、アティチュードがきれいだとか言えるようになりたい。うんちく〜というより、バレエのことがよく分かって自然に言葉が出るようになりたいの。
主役を踊ったのは、プリンシパルのセイラ・ラムさんとファースト・ソロイストのヴァレリー・フリストフさん。セイラさんはとってもきれいな人。バレリーナに生まれついての体つき、顔つきって感じ。ただ、この人、そつなくとてもきれいに踊るのだけど、何を踊っても同じ感じに見えちゃうの。感情を抑えた感じなところがちょっと損をしているのかなぁ。いわゆる古典中の古典で観てみたいな。来シーズンの眠りの森の美女、踊るんだったかしら。あっチケット取ってない。
この演目では、平野さんが踊っていました。平野さん背が高いので、欧米人のダンサーの中に入っても見劣りしないのよね。踊りはちょっとおとなしい感じなんですが。そしてもうひとり、キャスト表に見慣れない名前が。fumi kanekoさん。こんな方いたっけ?と調べてみたら、今年の4月にアーティストで入団した金子扶生さんであることが判明。結構良い位置で踊ってましたよ。茜さんに次ぐスター誕生の予感。この人もするっするっと上に上がっていく気配がします。応援しなくっちゃね。

セイラさんとフリストフさん。後ろに平野さんがいらっしゃいます
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voluntaries

francis poulenc (music), glen tetley (choreography)

marianela nuñez, rupert pennefather,
lauren cuthbertson, vareli hristov, sergei polunin, etc.


2つ目はなんと!プーランクのオルガン協奏曲に振り付けたヴォランタリーズという作品。オルガン協奏曲に?ってことでどうなんだろうって思っていたけど、うん、すんなりバレエになってる。これも抽象的でストーリーはなさそう。二組5人のプリンシパルと12人のバックダンサー(えっ?)。メイン・ダンサーはへへへ、大好きなマリアネラさんとペンネファーザーさんのペアです。マリアネラさんの踊りを観ているといつも心がうきうきします。バレリーナとしてはがっしりとした体格なので(でも実際に街で見かけるとむっちゃ細い)、空中回転系は苦手かしらと思っていたら、ぜ〜んぜん。回転しながらパートナーに飛び込むところがあるんですけど(ほら、こういうところをバレエ用語で説明できたら伝わりやすい)、切れの良い回転でびっくり。秋のマノンがますます楽しみになってきました(空中回転技多いんです)。
もうひと組は、カスバートソンさんとフリストフさん、ポルーニンさんのトリオ。カスバートソンさん、マリアネラさんと背丈は一緒くらいなんですが、ほっそい。彼女の踊りは、何回か観ているのですが、アリスをのぞいて、ちょっぴりしっくりと来なかったんですね。まだ、若いプリンシパルのせいか、病気のため長く休んでいたせいか、上手いんだけど、他のプリンシパルの人たちに比べたら(って比べてるのがタマちゃんやアリーナさん、マリアネラさんなんだから分が悪いんですけど)ちょっと落ちるかなって思ってたんです。でも、今日はとっても良かった。さすがプリンシパルというか、やっぱりというか、頭抜けてるんですね。復調してきてるのかしら。これからまだまだ伸びていって欲しいです。わたしの注目リストに入ってますから。
ポルーニンさんは、好きです。ほ。

カスバートソンさんとポルーニンさん
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マリアネラさんとペンネファーザーさん
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the rite of spring

igor stravinsky (music), kenneth macmillan (choreography)

edward watson, etc.


春の祭典を観るのはこれが3度目。以前にメトでゲルギーが振ったの(バレエ公演ではなくオペラ公演の枠で、バレエが入りました。なので本拠地が同じABTではなかったと思います)と一昨年、コリッシアムで観たアヴァンギャルドな振り付けで、一糸纏わぬ裸の男性がいっぱいのむふふな舞台の。そして今日は、大好きなマクミランさんの振り付けのもの。マクミランさんこういうのも振り付けてるんですね。ドラマばかりじゃないんだ。
この作品、ニジンスキーの振り付けで初演されたときは、クラシックバレエにない動き(と音楽の斬新さ)で大混乱になったことは有名ですが、振り付け師の心を刺激するんですかね、マクミランさんの振り付けもすり足を使ったり、結構斬新。まず振り付けが面白かったです。というか、踊りでここまで力強いものが表現できるのかと感動しました。斬新と言っても、しっかりとバレエの本質は踏み外していないし、モノトーンにならずにカラフルなのは音楽の性格にぴたりと寄り添ってステキ。わたし的には今までで一番好きな(と言うか唯一バレエとして感動した)春の祭典でした。
生け贄になるのは今日はワトソンさん。普通は女性が踊るんだと思うんだけど、この春のシリーズは男性みたいです。現ロイヤル・バレエの監督のモニカ・メイスンさんが最初の生け贄役なんですね。今日はワトソンさんなのに、会場で配られるキャスト表にはなぜかマクレーさんの名前が。おおっ、わたし的にはどちらでも嬉しい、と思っていたのだけど、会場にはワトソンさんのファンの方が多かったのでしょう(それはそうでしょう。バレエは好きなダンサーを観に来る人が多いから)、始まる前のアナウンスで訂正があったとき、一部で拍手喝采。でも、顔は白塗りで誰が誰だか分からない状態なのが残念。ワトソンさん、わたしあまり顔を観たことがないなぁ(前回のペンギンカフェでも完全メイクでした)。
高田茜さんがコールドで踊ってました。わたしの茜さんセンサーがぴぴっと。コールドの中にあっても上手いのが分かりますね。後半の方でレオタードの背中の部分が10センチほど破けちゃって、あんまり動いて大丈夫かなって変な心配をしていましたが、大丈夫でした。
今日は演奏もとても充実していました。音楽的に弾き甲斐のある曲のときはオーケストラもがんばるんでしょうか。ロイヤル・バレエの音楽監督であるワーズワースさんのツボを心得た指揮ぶりも良かったのかも知れません。春の祭典、感動したので、また観たいと思ったら、今日が千秋楽だったんですね。あら残念。そして、ロイヤル・バレエの2010/11年のシーズンも今日が最後です。来シーズンまでのしばらくの間、お休みです。

顔の分からないワトソンさん
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by zerbinetta | 2011-06-11 08:32 | バレエ | Comments(14)

予言なんて無視すれば良かったのに   

10.06.2011 @royal opera house

verdi: macbeth

simon keenlyside (macbeth)
liudmyla monastyrska (lady macbeth)
raymond aceto (banquo), etc.

phyllida lloyd (dir)
antonio papparno / OROH


シェイクスピアは全部を読んだわけではありませんが好きなんです。でも、オペラを観に行くというのであらすじを読むまで、マクベスってどんな話だっけ?とすっかり忘れていました。あっ、森が動く話ね。それにしても、ヴァルディのこのオペラ、台本を書いたのはピアーヴェなんですけど、とっても良くできていると思いました。作曲者と台本作家の間にかなり悶着があったみたいですけど、このコンビでたくさんの傑作を書いているんですね。とにかく、シェイクスピアの劇がオペラにしっかりとはまって、観ていて久しぶりに本を読み返した気になりました。音楽もワグナーと違っててきぱきと進むのでいい感じです。

オペラといったら音楽。ロイヤル・オペラ・ハウスのオーケストラはときに(特にバレエのとき)ありゃりゃというような演奏をしちゃうのですが、パッパーノさんの下では気合いが入るんですね。最初っから最後まで良く鳴っていたし、緊張感を保ったまま音楽を奏でていました。きっとパッパーノさん、うんうん唸りながら指揮をしていたんでしょう。
そして、歌手陣。タイトル・ロールのキーンリーサイドさんの安定感は特筆ものだし、本来はこの役でロイヤル・オペラ、デビュウを飾るはずだった(歌手の降板で一足早くアイーダでデビュウしちゃって大喝采を浴びた)モナスティルスカさん、今日も素晴らしい歌を聴かせてくれました。モナスティルスカさん、ソプラノだけど低い声がよく出るんですね。低い声から高い声までほんとに良く声が出ていて、もう間違いなくトップクラスの歌手のひとり。ずっとキエフ歌劇場で歌ってきてて、国際的に知られるようになったのはつい最近みたいなんだけど、これからは世界中で活躍するに違いありませんね。キーンリーサイドさんは相変わらずかっこよくて、マクベスってもちょっとほにゃらけた男だと思っていたけど、意外と意志が強くてしっかりしてる感じになってそれはそれで良かったかも。心配していた腕の怪我も固定はしていたけど、腕自体は動かせていたのでだいぶ良くなったんでしょう。もちろん、演技に影響はなさそうでした。そしてもうひとり、バンコを歌ったアセートさんがバスの深みのある声で良かったです。

演出も分かりやすくて良かったです。ただ、最初と最後のシーン(最後のシーンはマクベスです)で殺された王が牢屋みたいな格子のある四角い箱に晒されるんだけど、これって最初と最後が輪環になっていて、王の殺戮の歴史は繰り返すようなことを表しているのかなと思いました。でも、シェイクスピアの劇はそうなってなかったような記憶があるし、ヴェルディのオペラもマクベスの物語であって、愚かなことの繰り返しの一節という描かれ方はしていないと思うんです。ボリス・ゴドノフは聖隠者が出てきて輪環を示唆するけど、マクベスのこの演出はちょっと読み過ぎっかもって思いました。それが気になった他はとっても良かったんですが。
マクベスって占い(魔女の予言)で自信を持った反面、占いで失敗したんですね。もし彼が、彼の未来を知らなければ、きっと別のもっといい人生を送れたかも知れません。予言って、そのとおりになるというより、思い込みがあるのでそのとおりにしちゃうようなものなのかもね。実はわたし、最近ちょっと悩んでることがあって、占い師に見て貰おうかとも思っていたんだけど(今まで見て貰ったことはありません)、悩むなぁ。あっもちろん、わたし占いは全く信じないんですけど(と言いつつ揺れてる?) 。だって、未来のことなんてなにひとつ決まってないんですよ〜。ついでに言うと、わたしたち、原因があるから結果が生まれると思ってるけど、これってあべこべで、結果があって初めて原因が生まれるんです。結果がなければ原因はないし、それは小さなつぶつぶの世界からそうやってできているのでしょうがないのです。シュレディンガーの猫ちゃんみたいに。

と関係のない話を長々としちゃいましたが、でも、とても充実したずっしりと重量感のある公演でした。イギリスでシェイクスピアはなんか特別かも。

モナスティルスカさん
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キーンリーサイドさん
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パッパーノさんと合唱指揮者、歌手の皆さんと迫ってくるバーナムの森
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by zerbinetta | 2011-06-10 08:00 | オペラ | Comments(2)

自分探しの旅   

05.06.2011 @barbican hall

bernstein: candide

andrew staples (candide), kiera duffy ( cunegonde),
kim criswell (old lady), kristy swift (paquette),
jeremy huw williams (pangloss, martin),
david robinson (governor, vanderdendur, ragotski),
marcus deloach (maximilian, captain),
rory kinnear (narrator), etc.

kristjan järvi / ls choir, lso


クリビー(クリスティアン・ヤルヴィさん)とロンドン・シンフォニーによるキャンディードの全曲。去年、オーケストラだけの組曲版というのを聴いたけど、歌も入れて全部聴くのは初めてです。わくわくしながら聴きに行きました。それってみんな同じだったみたい。モーゲートの駅のエスカレーターで後ろから、序曲のメロディの口笛が。もうこんなところから愉しい気分満載。
キャンディード、初めてなので、あらすじを調べたんですよ。そうしたら予想に反して(単純なアメリカの恋の物語だとばかり思っていた)、なんだかフクザツ、ヴォルテールの小説を元にしたとかで、目まぐるしくいろんなところに行ったり、人が死んだりあっさりなんの断りもなく生き返っていたり、荒唐無稽のむちゃくちゃな物語らしい。らしいというのは、あらすじの段階で読む気が失せたから。どうやらそんなことは放っておいて楽しむといいらしい。ということで、めんどくさがりのわたしはそうしました。でも、やっぱりあらすじにはざっと目を通しておけば良かったと反省。

ウィキペディアでは、ヴォルテールの小説をカンディード、バーンスタインの作品をキャンディードと呼び分けてるけど、面白いことに、イギリス出身のキンナーさん(語り手)は、カンディード、アメリカ人の歌手ダフィさん(クネゴンデ)はキャンディードと見事に英語米語で発音していました。
物語は、語りで進むので、あらすじを読んでなくてもだいたい分かります。でも、英語もっと聞き取れるようにならなくちゃ。きれいな発音で語られていたので(ラジオのアナウンサーのような)分かりやすいのだけど、まだジョークで笑えるほどには分からなかったのが悔しいです。

今日のオーボエは久しぶりにシスモンディさんがゲスト・プリンシパル。彼女、フランスのオーケストラの人なので、音合わせのとき、音合わせをする楽器の方に向かって吹くんですね。フランスの全部のオーケストラにそういう習慣があるかどうかは分からないのですけど、ロンドンのオーケストラにはそういう習慣はないので(全て正面を向いて吹く)、完全にそっち方向(管楽器は後ろなのでそっち向き)に向いたわけではありませんが、ふふふ、フランス的って面白かった。

序曲が始まると、あれれ?ノってない? なんだかいつもより半音低い感じで始まりました。こういうのはやっぱりアメリカのオーケストラが上手いな、下手でもナショナル・シンフォニーなんかがやるとノリノリで楽しいに違いないし。ロンドン・シンフォニーなんだか真面目に弾き過ぎよ〜。そうそう、木琴とかシンバルとかいくつかの打楽器を走り回って演奏してた人、最後はガッツポーズしていました。結構ぎりぎりで楽器持ち替えだったもんね。でも、序曲が終わって、ティンパニの人が出てきて、序曲でティンパニを叩いていた人がドラムセットにまわって、なんだ、そんなことなら序曲から奏者をひとり増やしていれば、早業をわざわざしなくても良かったのにって思いましたよ。

序曲が終わると早速合唱。ロンドン・シンフォニー・コーラスは大人数の合唱団で迫力があってとっても良かったです。少人数でも大きなヴォリュームのでる上手な合唱団もあるけれども、大人数ならではの迫力は、音量だけではないから、魅力的。そして今日は、セミ・ステージドとはいえ、歌手は小さな演技をするので、合唱団といえども例外ではない。手を振ったり、体揺らしたり、するんですけど、これがまた合っていないのが可笑しいの。全員の振りがぴったり合えば、それは美しいのかも知れないけど、合唱の役割は群衆ですからね〜。みんながぴったり揃っちゃうと、市井の人の集まりじゃなくて、軍隊になっちゃうから、それは違うんです。今日はまず、合唱に満足しました。

物語に入ってまずはじめに登場するのが語り手。この人の進行で物語は進むのです。メタ・オペラですかね。で、語り手のキンナーさん(役者さんみたいです)、上手かった。どこまでが台本に書かれているか分からないんですけど、ある程度即興で冗談を入れながら、会場を笑わせて大いに盛り上げます。楽しい。その語りに導かれて、歌手たちによる楽しいドラマが展開されます。なんと言っても荒唐無稽、オプティミズム(なんと訳せばよいのでしょうか?一般に言われる楽天主義とはちょっと違いますし)をけちょんけちょんに批判するピカレスク。このお話って、世界中いろいろ彷徨ってなんだか80日間世界一周の旅みたい。そして自分探しの旅なのですね。わたしもいつか職業欄に旅人を書いてみたいけど、旅苦手だからなぁ。めんどくさがりで。で、自分探しの旅、結局は土に帰れ大地を耕せってなんだか、武者小路実篤(だっけ?)、最近ではラピュタ(?)。でも、小市民的な結論も、音楽は感動的ですね。そして、その前のキャンディードの「クネゴンデ、僕と結婚して!」のストレイトな告白がぐっと来る。わたしも「miu, marry me!」とか言われたい。自分探しって、ひとりでするから自分が見つからないのかな。他人とかかわって、家族を作って、そこから生活を築くことで自分が見つかるんじゃないかしら、と思った夜でした。いや、俺、独身主義って言われても困るんだけど。でも、どんな形であれ他人と深く関わらなければ自分は見つからないんじゃないかとは思った。

歌手陣では主役のおふたりがまず良かったです。特に、クネゴンデのダフィさんは、難しいコロラトゥーラのアリアもきれいに歌って、実力ありそう。知的な感じの美人さんが、コケティッシュでちょっぴりねじがゆるんでるクネゴンデのキャラクターに容姿的に合わないかなとも思ったけど、でも、コメディも上手そうだから、例えばコジ・ファン・トゥッテなんか歌ったら面白いかなと思いました(声的にも)。他の歌手の皆さんもそれぞれ十分にステキで、物語の世界を楽しませてくれました。歌手が良ければ音楽も良くなることは必定で、序曲のときはロンドン・シンフォニーどうしたの?って思ったけど、だんだんノリノリになってきて、指揮者のクリビーも得意の左右交互振りが出て、最後は大団円。すっかり楽しみました。もちろん帰り道は、Make Our Garden Growを口ずさみながら、陽気に。

クリビーと語り手のキンナーさん
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キャンディードのステープルスさん(左)とクネゴンデのダフィさん
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by zerbinetta | 2011-06-05 03:26 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

えええ〜コジョカルさん引退かと思っちゃった。おめでとう〜こじょこぼ   

04.06.2011 @royal opera house

massenet: manon

alina cojocaru (manon), johan kobborg (des grieux)
ricardo cervera (lescaut), christopher sounders (monsieur g.m.)
itziar mendizabal (lescaut's mistress), genesia rosato (madame), etc.

kenneth macmillan (choreography)
martin yates / orchestra of roh


えっ!また行ったの?って言われそうですが、今シーズン最後のマノンです。主役はこじょこぼ。あっすいません、コジョカルさんとコボーさんです。それにしても、どうしてこんなにもマノンにはまってしまったんでしょう。最初は全然共感できない物語だと思っていたのに(オペラのとは少し筋が違うのですが(オペラもマスネとプッチーニではまた違う)、オペラのも共感したことがありません)、今では魅力的な物語に感じるんです。ひとつの理由は多分、マノンが理解しきれない不思議を持った女性だから。そして、部分部分にとてもわたしにつながるところがある女性だから。これはきっとダンサーさんたちにとっても同じで、自分のマノンを踊れることが楽しいんだと思います。今回4人のダンサーのマノンを観ましたが、それぞれが違ったマノン像で面白かったです。
マノンの生き方はきっと、わたしも同じようなことをしているんだと思います。もちろん、マノンほど極端ではないけれども、愛に生きるかお金を取るか。。。悩みますよね。というか、もっと普遍的に夢をとるか現実を観るか、そんな生きていく上で誰もが必ず遭遇する物語なんだと思います。そして人間関係が濃厚に描かれているのでずっしりと重いものが心に残るのです。名前のない脇役の人までが舞台の上で、それぞれの人の人生を演じていて、いつ観ても当たらしい発見があって、また観たくなるのです。

そして、音楽がいい! マスネの音楽を元にしているけれども(オペラのマノンとは無関係)、音楽の選択のされ方が舞台とぴったり合ってるし、今回指揮をしているヤテスさんのオーケストレイションはときに饒舌すぎるように感じることもあるけれども、ツボを得ていてとってもいいんです。オーケストラもバレエでときどきやるようなふぬけた音を出さないし、やっぱりバレエって音楽よねって喜びを持って感じることができるのです。わたしが特に好きなのは、マノンと、レスコー、ムッシュの3人が絡まる、第1幕の後半の音楽。あのシーンは象徴的な踊りと相まってとっても好きなのです。よくこんな振り付けが考えられるなって感心するあやとりのような動きの踊り。

今日の公演は3日前と同じ配役でした。この間書き忘れてしまった人から書きましょう。ムッシュGMではなかったけど、エイヴィスさんはエロ親父役で今日はエロ看守です。短い第3幕にしか出番はないのだけど、やっぱりエロい存在感を強烈に放射していました。本当にこの人は上手い。バレエ役者。でも、やっぱり、お金持ちの愛人になりたいので、ムッシュの方がいいな。長く観れるし。
もうひとりは、ロサトさん。この人のお母様役(でも王子のお母様だから王女)大好きなんですけど、娼館のマダムなので今日はすれてます。酔っぱらってはっちゃけたシーン(お尻のぶつけっこしたり)、あの高貴なお方が、みたいな落差があってステキ。笑い声が聞こえて来るみたい。

この人たちについては、また書いておきたい。レスコーの愛人役のメンディザバルさん。ちょっと怖い顔系だけど、腕が長くて、その動きがとってもきれい。そして実は、表情豊かで上手い。今回、彼女のことを見直しちゃいました。踊りが上手なのは前から知っていたのですが、キャラクターを出すのも上手いんですね。
そして、レスコーのセルヴェラさん。わたし一番のソアレスさんと対照的ににこやかなレスコー。でもそれもいい! そういえば、わたしの友達にも酔うとえへらえへらと笑ってばかりいる人いましたっけ。ソアレスさんのレスコーは結構悪なんですけど、セルヴェラさんのはもちょっと単純で悪さはするけどあまり裏表のない感じ。2回続けて観たので、ソアレスさんの呪縛が解けて、今日は見直しました。なんだか、また新しい好きな人ができて得した感じ。

そしてやっと、主役のおふたり、こじょこぼさん。
まず、コボーさん。演技が上手いです。顔の表情がとっても良くて、純朴な青年を上手く表現していました。そして、この人も成長していくんですね。マノンはどうしてもマノンの物語と読んでしまうのですが、デ・グリューも舞台の中で成長しているんだと思ったんです。マノンが真の愛に目覚めたように、デ・グリューも全てを失ったとき、真の愛に一緒に目覚めます。最初の頃はまだ、なんだかおままごとの恋遊びみたい感じだったのに、最後の踊りのなんと力強くて感動的なこと。瀕死のマノンを支えて愛の爆発をもたらすのは、デ・グリューなのではないかって気がつきました。それを表現したコボーさんの凄さにもあらためて気がついた感じです。

アリーナさんはやっぱりとってもステキでした。踊りに仕草ひとつひとつに全て言葉がのっている感じなんです。ダンスを観ているというより物語を読み聞かされてるよう。もちろん踊りも切れがあって無重力で圧倒的に上手いのですけど、踊りに圧倒されるというより、そこに生きていいる少女に感動するんです。タマちゃんのマノンがバレエの踊りとして完璧に造型されていた感じに対して、アリーナさんのはちょっと「欠け」がみられる。これはなんだろうって考えていたとき、興味深いインタヴュウを読みました。数年前にジゼルの役作りについて語ったものなんですが、アリーナさんいわく、役作りはしないんだそうです。舞台に出て相手の目を見て初めてジゼルの役が作られる、とおっしゃっていました。これはジゼルに関してですが、マノンもそれに似たところがあるのではないでしょうか。彼女の演技(踊り)には何か即興性のようなものを感じるのです。でもこんなこと並みのダンサーがやったら大変なことになりそう。アリーナさんだからこそできることでしょう。そして相手が気心も完全に知れているベスト・パートナーのコボーさんだからこそ。唐突だけど、千利休は美の完成のために、お茶碗や花器をわざと割って欠けたものの中に調和の取れた美を発見したそうです。アリーナさんのバレエはまさにそんな感じ。観る人を畏怖させるのではなく、手の届く言葉の届くそこに彼女が存在するんです。タマちゃんとアリーナさんのマノンは、だからまるで正反対。でも、どちらもこれ以外にはあり得ない頂点に達しているのですね。優劣は付けられないけど、好き嫌いならわたしは、アリーナさんのマノンをとるな。でも、タマちゃんの方が好きという人がいても完全に納得できる。わたしが今回観たマノンの中では、このおふたりが圧倒的でした。でもね、もう一度観てみたいのは最初に観たマルケスさんのマノンなんです。アリーナさんとタマちゃんのマノンは2回ずつ観たというのもあるし、マルケスさんのは初めて観たマノンだったのでまだあまりよく分からなかったというのもあります。でも、完全にイノセントなうぶな子供のマノンを演じたマルケスさんのマノンは、とってもユニークだし、今、少しマノンのことが分かってきて目でもう1度観てみたいのです。そんなことを思えるのがバレエの面白いところであるし、泥沼にはまってしまうところなんですね。

そして、マクミランさんの演出。わたし、彼のロミオとジュリエットが、初めてバレエを観て感動した作品で、はまったきっかけにもなったので、彼の演出大好きなんです。それにしても、本当によくできた演出だと思います。ひとつだけ例を挙げると、マノンとデ・グリューの関係が反映する、パ・ドゥ・デュ。第1幕のベッド・ルームでは、ふたりにまだ初々しい愛があって、ふたりが指し示す手の方向は完全に一致します。デ・グリューが未来を指し示すように手を伸ばすと、マノンも同じように手を伸ばします。そのコンビネイションはとってもきれい。それに対して第2幕のベッド・ルームのパ・ドゥ・デュでは、デ・グリューが同じように手を伸ばすと、それを遮るようにマノンが絡みます。復活したように見えてふたりは別々の方向を向いていることがはっきりと示されています。そして、第3幕の沼地のパ・ドゥ・デュは、、、もう止めましょう。これ以上書くと野暮ですね。観る人に委ねましょう。

カーテンコールのとき、ステージから花束が投げられました。びっくりするアリーナさん。
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そして、さらにたくさんの花束の雨が。アリーナさん引退?って思っちゃった。実は、アリーナさんとコボーさん、プライヴェイトでもパートナーだったのですが、つい最近、婚約したんです!! あの花束はきっと、おめでとうの花束。わたしもおめでとうと声を大にして言いたい。こじょこぼさん、末永くお幸せに!

結局今シーズン6回も観てしまったマノン。わたし的にも予想外。でも、ほんと、最高のものを観ることができてこれ以上の幸せ者はいないでしょう。そして、来シーズンもアリーナさんとタマちゃんは出ないけど観てしまうのですね。マノンは麻薬。わたしの心も狂わせます。

看守でもエロいエイヴィスさんと高級娼婦のおふたり(ごめんなさい。名前分かりません)
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メンディザバルさん、サウンダースさんとロサトさん
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アリーナさん、コボーさん、セルヴェラさん
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アリーナさんとコボーさんの間には親密な言葉がいっぱい
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by zerbinetta | 2011-06-04 07:49 | バレエ | Comments(2)

ベートーヴェン、キターーーーーーー!!!   

02.06.2011 @barbican hall

haydn: symphony no. 99
beethoven: piano concerto no. 1
nielsen: symphony no. 6

mitsuko uchida (pf)
sir colin davis / lso


サー・コリンさんとロンドン・シンフォニーのニールセン交響曲全曲演奏シリーズ、3回目の今日は交響曲第6番。単純な交響曲です。で、このシリーズ、今回から(ニールセンの交響曲第6番の音楽会は2回あって(録音する関係?)、今日は2日目なんですが、内田光子さんのピアノによるベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏シリーズと重なって、今日はピアノ協奏曲第1番が演奏されます。数日前の音楽会では第2番でした。

まずはハイドン。今日は99番の交響曲です。ついこの間、88番をロンドン・フィルで聴いて、ぞろ目が続いているんですけど(次は111番?)、前にブログに書いたように、ロンドン・フィルと今日のロンドン・シンフォニーがロンドンではハイドンを得意としていて、しかも、全く違うスタイルの演奏をするんですね。今日は、柔らかい音色でほんとに典雅なハイドン。こういうハイドンをさらりと演奏してくれるから、サー・コリンさんとロンドン・シンフォニーって好き。活躍する木管楽器がとっても優しくてきれい。

今日はちょっと悲しいびっくり。サー・コリンさんを聴くのは半年ぶりだけど、ステージを歩く姿はずいぶんゆっくりで、指揮台には椅子が。前は80歳を過ぎてるのに若々しい方だとびっくりしていましたが、この間ご病気されていたせいかしら、ずいぶんと老け込んでしまった感じです。でも、音楽は矍鑠と若々しかったんですけどね。それは一安心。

ピアニストの光子さんは、ロンドン在住。ロンドンっ子にとても人気があります。今日もホールは満員。この曲目ですから光子さん人気でしょう。光子さんの方は相変わらず元気いっぱいで、ステージをささっと歩いてきて、おや、ゆっくり歩いてくるサー・コリンさんを待ってあげて、いよいよベートーヴェン。ほぼ初めて聴く曲です(CDでは聴いたことあるはずだけど、全く記憶にありません)。光子さんの言葉を借りれば(といいつつ、どこで見つけてきたか忘れちゃって、光子さんの言葉か記憶は曖昧なんだけど。しかも英語なのでむちゃ意訳)、ベートーヴェン、キターーーーーーー!!!って音楽。わたしもそう思いました。若くて野心的で。それにしても光子さんのピアノからは奇をてらうところもテクニックも聞こえません。上手いとか下手だとか、フォルテとかピアノとかクレッシェンドとかフレージングがどうとか全然なくって、聞こえてくるのは音楽だけ。光子さんは真の芸術家の領域に達している類い希な音楽家のひとりだと思います。心地良い緊張感の中に音楽にとっぷりと浸ることができてとても幸せです。第1楽章の弱音でスケールを惹くところなんてものすごく神秘的でうっとりと惹きつけられるの。ペダリングがとっても繊細にコントロールされてるふう。それに、今日の光子さんのピアノの音色が、ピアノ線の響きを思い起こさせるような、びんとした強い音色で、モーツァルトやシューベルトを弾くときと明らかに変えていた感じで、ベートーヴェンにはそれが良かった。サー・コリンさんとの相性もとっても良くって、ステキなベートーヴェンでした。会場からは万雷の拍手とブラヴォー。カーテンコールのときもとっても可愛らしくって(あのお歳の女の方に可愛らしいというのも失礼なのかも知れないけれど、でもそれしか言葉が浮かばないし、とっても洗練された意味でかわいらしいんです)、ステージの隅に控えてるサー・コリンさんに代わって、フルートを立たせたりしてほのぼのとした雰囲気。来シーズンの後半の協奏曲も凄い楽しみです。

ニールセンの交響曲第6番も初めて聴く曲。単純な交響曲と愛称が付いてるのに(作曲者自身が付けた副題です)、可愛らしいところもあるけどちっとも単純じゃなくってフクザツ。いきなりグロッケンのキンと冷えた透明な音が響き渡って、うふふ、タコ・テイスト(タコ味じゃないですよ〜。このブログでタコといったらお正月の凧でも明石の蛸でもなく、もちろんショスタコーヴィチです)。でもすぐ弦楽器が入ってくるとああニールセンって思うんだけど、打楽器の扱いはなんかタコの最後の交響曲みたい。透明で純度の高い境地はやっぱり作曲家の到達点なんでしょうか。第2楽章はなんと打楽器と木管楽器、それにグリッサンドを吹くトロンボーンのソロという珍しい編成でしたが今度はメシ・テイスト(風呂、飯、寝るの飯じゃないですよ〜。このブログでメシといったらメシアンです(今決めました))。なんだかトランガリーラIIIを聴いてるみたい感じ。この曲って全体に音色へのこだわりが強くって、ソロが多くて室内楽的。そういう意味ではシンプルな音楽作りなのね。ロンドン・シンフォニーの奏者は腕達者の人が多いから、難なくきらきらとこの音楽を演奏しちゃいます。この曲を聴くのが初めてだけど、とっても良い演奏だと思いました。CD化は楽しみかも(交響曲第4番は振り切れるような快速演奏で、CD評はとても良いものだったけどわたし的にはちょっと疑問符)。

この音楽会、BBCラジオ3で現在オンデマンドで聴くことができます。ぜひ。
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by zerbinetta | 2011-06-02 01:14 | ロンドン交響楽団 | Comments(2)