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煩悩か、解脱か ハーヴェイ「ワグナーの夢」 ブラビンス、BBC交響楽団   

29.01.2012 @barbican hall

jonathan harvey: wagner dream

simon bailey (vairochana), claire booth (prakriti),
andrew staples (ananda), roderich williams (buddha),
hilary summers (mother), richard angas (old brahmin)

nicholas le prevost (wagner), ruth lass (cosima),
julia innocenti (carrie pringle), richard jackson (dr kepper),
sally brooks (betty/vajrayogini)

oroha phelan (director)
gilbert nouno (ircam computer music designer)
franck rossi (ircam sound designer)
charlie cridlan (designer)

martyn brabbins / bbcso


素晴らしすぎた!!
BBC(バービカン)では、毎年トータル・イマージョンと称して1日中ひとりの現代作曲家にスポットライトを当てる音楽会(と講演会等)シリーズを3回行っています。今日はその今年の1回目。ジョナサン・ハーヴェイさんの特集です。わたしは初めて名前を聞く作曲家です。朝からいろんな音楽会等をやっているのですが、軟弱者のわたしが参加したのは、最後の音楽会だけ。「ワグナーの夢」というオペラがセミ・ステージドで上演されます。
実は、この音楽会、秘かにファンのクレア・ブースさんが歌うので聴きに行ったのです。彼女の声が好きで、レパートリーも古典と現代音楽(今はこちらの方が主なのかしら)中心でわたし好み。大きなオペラ・ハウスで歌うことはないかも知れないけど、現代曲歌いとしては引っ張りだこに育って欲しいなぁ。多分まだ30代に入るか入らないかくらいの若い人。かわいらしい方ですよ。

オペラはたいていあらすじを読んでいくんですけど、現代の作品なので見つからず、でも、ワグナーが作品を計画していた仏陀関係の物語であることは分かって、聴いたら分かるでしょ、くらいなお気軽な態度。幸い、台詞も歌も英語なので分かりました。
舞台は3つに分かれています。一番奥、高いところで役者による劇、真ん中中段で歌手によるオペラ(今回はセミ・ステージドなので演技はなし)、手前では20人ほどの編成のオーケストラが演奏します。
会場に着くと煙のようなものが。匂いはなかったので、無臭の香が焚かれていたのでしょう。暗くなって、オーケストラの人がひとりひとりステージの袖で礼をしつつ上がってきます。指揮者は、再来年から名古屋フィルハーモニーの主席指揮者になる予定のブラビンスさん。みんな黒ずくめの服装です(あっBBCシンフォニーはいつもそうか)。舞台はヴェニス。ワグナーとコジマの家(ホテル?)です。
ワグナーとコジマ、それを取り巻く人々は役者さんが演じます。本職の演劇ですからもう上手いのなんの。舞台は狭いのでもちろん演技の部分は最小限なんだけど、言葉のしゃべりの上手さは、言葉が直接胸に響いてきて凄かったです。英語もとてもきれいな発音なので、わたしにも分かりやすかったし。

「人間性における女性的なものについて」の執筆を始めたワグナー。コジマと若い歌手を巡っての痴話喧嘩中にワグナーが心臓の発作で倒れます。そのワグナーが見た夢が、構想中のオペラ「勝利者」。若い仏法僧と村娘の愛のお話。ワグナーの夢に出て彼に直接語りかける僧(歌手)を介在して、夢の中のオペラが繰り広げられます。オペラはまだ構想段階なので、この物語がどれくらいワグナーの完成品の中に残るのかは分かりません。そして、この物語、煩悩のかたまりのワグナーの思想と全く相容れないのです。村娘プラクリティ(サンスクリット語で「自然」の意味)はあるとき出逢った若い僧アナンダを愛してしまいますが、僧アナンダはプラクリティに好意を示すものの、バラモンの戒律を守って愛し合おうとしません。仏陀は、プラクリティに自分に従えば、解脱した世界でアナンダと一緒にいられると解きます。愛を捨てるの、と悩むプラクリティも最後は全ての欲望を捨てて仏陀に従う道を選びます。でも、ワグナーはこれはわたしの考えとは違うと叫び、死んでいきます。

オペラの部分は、ワグナーの構想したオペラということになっていますが、ハーヴェイさんは、ワグナーを模して作曲することはせず、自分の語法で音楽を書いています。ワグナーのオペラの目立った引用もありません。この潔さ(劇中のワグナーの作品だからワグナーっぽく書きたくなるのが人情?)がこの作品をとてもステキなものにしたと思います。ワグナーもどきの音楽なんてここで聴きたくないですからね。
歌手はオペラティックな歌ではないけれども、皆さんとっても良かったです。特に、大好きなブースさんがステキでした。歌手も小さなマイクロフォンを身につけているのですけど、電気的な音の加工をしているのですね。楽器もそう。でも、わたしの耳にはそんなに目立って聞こえませんでした。生音ばかりが聞こえてた感じです。

20人の小さなオーケストラもさすがBBCシンフォニー、上手かったです。ブラビンスさんは、玄人好みのしっかりした音楽作りで、得意とする現代曲での実力を見せつけた感じです(クラシックの作品の演奏では、実直だけれどもぐっとくる個性があまり感じられないタイプです。きちんと高い水準の演奏をする職人的な指揮者ですが)。それにこの作品の質が高かった。劇とオペラをいっぺんに観た、聴いた、感じです。音楽が素晴らしい!なんかもう今年一番の発見です。2時間あまりのこのオペラ、ぜひとも劇場で観てみたい。DVDでは出ないのでしょうか。

それにしても、ワグナーが生前コジマに、60歳で「パルジファル」を、そして70歳で書くと言っていた(コジマの日記)「勝利者」がどんなオペラになるのか聴いてみたかったな。全ての欲望を捨てて真の道を行くという全くワグナーとは相容れない仏教の世界、ワグナーはどういう風に書くつもりだったのでしょう。ワグナーが晩年に心変わりしたなんてことは知られていないから、全く想像できません。この作品の中では「これは違う」と叫んでいたけど、どうやって解決しようとしたのか。死んで涅槃に行ったのかしら?
ちなみにわたしは煩悩こそが人生の喜び♥デス。
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by zerbinetta | 2012-01-29 18:52 | BBCシンフォニー | Comments(0)

英国の空気の中で ディーリアス生誕150年音楽会 アンドリュー・デイヴィス、フィルハーモニア   

29.01.2012 @royal festival hall

vaughan williams: the lark ascending
delius: cello concerto; brigg fair
elgar: enigma variations

zsolt-tihamér visontay (vn)
julian lloyd webber (vc)
sir andrew davis


150年前の今日、ディーリアスが生まれました。ということを今しがた知りました。ディーリアスはイギリスの国民的作曲家のひとり。とはいえ、めちゃマイナー。わたしが知ってるのは「村のロミオとジュリエット」と「春初めてのカッコウの声を聞いて」だけです。イギリスでもディーリアスがめちゃ人気っていうことは決してなく、やっぱりエルガーが人気なんですがね。ディーリアスの曲を音楽会で聴くのは今日が初めてです。オール英国ものでディーリアスのお誕生日音楽会。

最初は、フィルハーモニアのコンサートマスター(フィルハーモニアはロンドンのオーケストラでは唯一(?)、リーダーではなくコンサートマスターと言ってます)、ヴィソンタイさんを独奏に迎えてのヴォーン・ウィリアムスの「揚げひばり」。とても静かで透き通った音が心に染みわたるような演奏でした。フィルハーモニアのオーケストラも上手いけど、ヴィソンタイさんも線は細いけど凄く上手い。ソロを聴くのは初めてだけど(オーケストラの中でのソロは聴いたことありますけど)、こんな上手い人だったとは。やっぱり一流のオーケストラのコンサートマスターってほんと上手いです。ソリスト・レヴェル。
それにしても、わたしは、イギリスの牧歌的な田舎の風景の中に彷徨い出たよう。音楽は世界共通語とか時代を超えたものとか言われるけど、多分それは半分はウソ。作曲家が時代やまわりの空気を纏っていないなんて絶対にあり得ないし、特に自分の出自を意識した時代の音楽はそれが色濃くあると思うのよね。わたしは日本人だから外国人だけど、イギリスの空気の中でイギリスの音楽を聴くというのはやっぱり格別な経験なんです。少なくともわたしはそういう感受性を持ってる。(一応。音楽は地域限定語とか時代に囚われてると言ったら、それも半分はウソ)
確か、小学生の頃、いえもしかしたら中学生の頃、春のぽかぽかした太陽に暖められた原っぱに寝ころんで、よく高い空で鳴いているヒバリをぼんやり眺めていました。そんな想い出がイギリスの原っぱの風景と重なって思い出されて、今日のわたしは柄にも合わずちょっぴりメランコリック。

ディーリアスのチェロ協奏曲は、単一の楽章の音楽。まるで、さっきの「揚げひばり」の続きみたいな雰囲気。そうめちゃくちゃ牧歌的。独奏がテクニックをひけらかせることもなく、聴く人を煽ることもなくひたすら内証的で、ひとり、原っぱで物思いにふけってる。なので、ソリストのウェバーさんの評価をするのは難しいけど(とてもステキに弾いていました)、髪型が少し傘の開いたキノコ、マッシュルームカット?って感想はそこかい。実はわたし、この人名前がよく似てるので「オペラ座の怪人」の人だと勘違いしていたんですよ。そちらの方は、実のお兄さんだったんですね。

休憩のあとは「ブリッグの定期市」。市場なので少し賑やかな部分もあるんだけどやっぱり基調は牧歌。草の匂いがわたしに染み込んでく〜。ディーリアスは作品も少ないし演奏される曲も少ないので、なかなか聴けないのですが、今日こうしてお誕生日に2曲聴けたのはロンドン冥利。あとはいつか「村のロミオとジュリエット」を観てみたいな。

最後は「エニグマ変奏曲」で盛り上がり。この演奏、叙情的なゆっくり目のテンポの場所では、遅めに演奏して、盛り上がるところでは、野原で抑えられていたスミスさんのティンパニが大爆発で(胡桃のようなもので叩いたりもしてました)、とてもステキな演奏。素直に感動。と同時に、こういう第2の国歌的な音楽がある国の人がうらやましいって思った(実際には第2の国歌はこの曲ではなくて同じ作曲者の「威風堂々」なんでしょうけど)。それが、外国人まで感動させられるのだからなおさら。江戸時代に日本には国家という意識がなかったし、明治に入ってからは西欧の模倣、戦後は芸術音楽が人々から離れていってしまったので、日本に第2の国歌的な芸術音楽が生まれる隙はなかったんですけどね。

そういえば今日のフィルハーモニア、久しぶりにチェロが6人全員女性なんてのもあったりして。フル編成になってから男性がふたり入って男子禁制ではなくなったんだけど。数年前、プリンシパルの人が女性だったときは(たまたまでしょうが)、パートが全員女性なんてこともあったりして、しばらく見なかったのでほんと、久しぶりでした。
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by zerbinetta | 2012-01-29 01:55 | フィルハーモニア | Comments(2)

映画の音楽 プロコフィエフ 国民的作曲家?第5夜 ユロフスキ、ロンドン・フィル   

28.01.2012 @royal festival hall

prokofiev: incidental music to egyptian nights
prokofiev/levon atovmyan: ivan the terrible

ewa podeleš (ca), andrey breus (br),
simon callow, miranda richardson (narrator)
vladimir jurowski / lp choir, lpo


プロコフィエフ・シリーズも第5夜。相変わらずユロフスキさんはマニアック路線。最初の劇付随音楽「エジプトの夜」なんて存在すら知らなかったし。それにしてもお客さんよく入ってるなぁ。7-8割方の入りです。このプログラムで。フリーのプレ・コンサート・イヴェントがあって、プロコフィエフの珍しい室内楽曲が演奏されたんだけど、こちらは仕事が終わらず聴くのを断念。聴く気満々だったのに残念です。

実は「エジプトの夜」、プログラムにエジプトの文字をみたときわたしはすっかり出エジプトの物語だと思ってしまいました。でも、音楽が始まってみると、というか劇の部分が語りなんですけど、シーザー、シーザーとかいう単語が聞こえて、あれれ?と思ってるうちに、クレオパトラまで出てきて、出エジプトではなくクレオパトラの物語だったんですね。シーザーと言うようにドラマの部分(合唱も)は英語でした。音楽の部分が少なくてラジオ・ドラマを聴いている感じでした。音楽もプロコフィエフにしてはとても軽い感じだったし。

後半は「イワン雷帝」。実はこの曲の原曲、映画に付けた音楽だそうですが、がどんな風になっているのか知らないのですが、今日のはアトヴミヤンという人が編曲したヴァージョンの世界初演。編曲は1961年になされていて50年も眠っていたそうです。解説によると、映画での順番を無視して音楽的に整合性をとってまとめられたオラトリオ。オーケストレイションや合唱も手が入れられているそうです。と言っても、わたしがこの曲を聴くのは2度目。昨シーズンにロンドン・シンフォニーで聴いているのですが(もちろんこのヴァージョンではないのでしょうね)、細かいところは覚えていないのでどこがどう違うかはちっとも分かりません。ってか、完全に忘れてた〜〜。途中のバスバリトンが歌う歌が「カルミナブラーナ」に出てくる歌と同じなんだけど、カルミナブラーナに似てるなぁなんてのんきに思っただけで、前に聴いたとき、カルミナブラーナと同じなのねって思ったことすっかり忘れてました。重厚で音楽だけで十分楽しめる充実した曲。最後、皇帝万歳で終わるかと思ったら(めちゃ輝かしい音楽)、そのあとに皮肉な音楽が始まって、最後はロシア万歳で終わったのは、やっぱり社会主義なのかしらと思ったり。
演奏はほんと充実してました。出番は少ないけど横から見ると髪型が、ガンダムとかに出てくる敵の皇帝みたいで(あれ?そんな人出てくるのかな?あくまでもイメジ)、ちょっといい感じ。コントラ・アルトのポドレシさんも深いアルトらしい良い声で、とっても良かったです。この方、前にオペラで聴いていてもっと聴いてみたいと思ったんですよね。オーケストラもいうまでもなく絶好調。今日はゲスト・リーダーにゲオルギエヴァさんというブルガリアの若いきれいな人が入っていました。ロンドン・フィルの合唱団もアマチュアながらとても良く、何故かアルトにひとり男の人が混じってました。この光景前にも見たことある、ロンドンでは女声に男性が混じるのもありなのかなって、自分のブログを調べたら、同じ、「イワン雷帝」のとき見たんですね。もしかしたら、プロコフィエフがアルトに男性が混じるように指定したのかも知れません。

プロコフィエフ・シリーズもあと1回。最後は、主席客演指揮者のネゼ=セガンさんで、有名曲です。
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by zerbinetta | 2012-01-28 08:26 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

変わっていく瞬間 「囚人」 サロネン、フィルハーモニア   

26.01.2012 @royal festival hall

lauri vasar (the prisoner), paoletta marrocu (the mother),
peter hoare (the goaler), etc.

esa-pekka salonen / philharmonia voices, po


フィルハーモニアの音楽会は、the still point of the turning world のシリーズが始まりました。ts エリオットの「4つの四重奏」という詩を引用したシリーズ。らしいんですけど。。。副題が、music that defines an era で時代を象徴する音楽、とでも訳すのかなそんな感じの選曲? にしてはマニアックな感じがするけど。4人の指揮者による5つの音楽会が6月までに渡ってあります。採り上げられる曲は、「ドイツ・レクイエム」とかタコ13!!とか「戦争レクイエム」とか「復活」。今日はベートーヴェンの交響曲第5番とダッラピッコラの1幕もののオペラ「囚人」。

シリーズの意味は、眠くてプログラムを読む気にならないので(エリオットの詩がどんなものかも書いてなさそうだし)、今日はネットで拾ってきた、「4つの四重奏」の最初の部分の日本語訳をコピペして誤魔化しますね(乱暴、手抜き)。

現在であれ過去であれ 時間は
未来のうちにあるのだろう
そして未来は過去のなかにあって。
時間というものが必ずや存在するのなら
時という時は取り返しがつかないもの
そうであっただろう、というのは抽象で
あくまでも可能性にとどまるのは
思索の世界のなかでのこと
そうであっただろうと、そうだったの
示す終わりはただひとつ、それはつねに現在だ
足音が記憶のなかで響き渡る
わたしたちが通ったことのない通路を通り
いまだに開けたことのない扉に向かい
バラ園に出ては 私の言葉はそんなふうに
君の心にこだまする
だが何のために
鉢のバラの葉の塵まで乱さねばならないのか
私には分からない
ほかにもこだまが
この庭園には棲んでいる。 ついていってみようか?
いそいで、と小鳥が言う、見つけて、見つけて
その角を曲がって、最初の門をくぐって
初めての世界に入り込み、見え隠れするつぐみに
ついていってみようか。初めての世界に入るために

(城戸朱理さん訳)

音楽会はいきなりベートーヴェンの交響曲第5番から。サロネンさん大きく振りかぶって激しく始まりました。サロネンさんのベートーヴェンは正しく激しい系なんですね。主題の性格を対比させて、叙情的な方は結構レガートを効かせて。昨今流行りの古楽的な演奏とは一線を画していて潔い。かといってべたべたのロマンティックではなく、きちんと激しいベートーヴェン。そしてなにより、ティンパニ(あっまたそこか、って思わないでくださいね)。最初は、おっ今日のスミスさん控えめ?って思ったんですが、それもつかの間。主役の座をあっさり奪っていました。もうそうなるとわたしの耳はティンパニに釘付け。結構いろんなところにアクセントを付けてユニークに叩いていました。それにしても、ベートーヴェンってものすごくティンパニ叩かせてるんですね。スミスさんが主役と言うより、ベートーヴェンのティンパニ、テンション高すぎ。そして圧巻は、一番最後。最後のトレモロ(トリル?)、どろろんって最後の3つの音にアクセントを付けて見得を切るように終わって、うわわわわ〜って思っちゃいました。こんな風に叩く人初めて聴いた。サロネンさんも、カーテン・コールでオーボエとティンパニを立たせて、スミスさんのティンパニはサロネンさんのお墨付き?
シリーズ最後のマーラーの「復活」のティンパニが今から待ち遠しいです。

休憩のあとは、ダッラピッコラのオペラ「囚人」。全く知らない作曲家、知らない音楽。ってか、シーズンの案内を見てつい最近までずうっと、レオンカヴァッロノ「道化師」を演るんだとばかり思ってたの。変なプログラムだなぁって。だって、道化師はI Pagliacci、囚人はIl prigioniero。ほぼ一緒じゃん。
で、ダッラピッコラさん、ググってみると1904年生まれのイタリアの作曲家で(没年1975年)、イタリアで最初に12音技法を取り入れた人だって。セリエズムの作曲家で、「囚人」は代表作。
音楽は、ところどころメシアンを感じさせたり、「サロメ」「エレクトラ」のシュトラウスがその方向性のまま50年後に作曲したらこんな音楽になるかなって思わせる音楽。ウィキペディアによると、セリエズムを取り入れたおかげでメロディが書けるんだって。さすがオペラの国、イタリア。ちゃんと歌があってしっかりオペラです。ただ、わたしには言葉が分からないせいか(字幕は出ていましたが)、お話は単調だったような気がします。歌う役は3人で、囚人が主に歌っていたので、声の構成的にちょっとメリハリがなかった感じ。地味な舞台になりそうなので舞台を観るというより、音だけで音楽を聴いた方がいいかなって感じです。セミステージドの今日はその点で良かったかも。
演奏はとっても良かったです。サロネンさんやオーケストラの相性もベートーヴェンよりもこちらの方がいいような気がしましたし。囚人役のヴァサーさんも良く歌ってたし、それに何より、フィルハーモニア・ヴォイセスの合唱がびっくりするほど良かったんです。少人数なのに迫力のある音量で、モンテヴェルディ合唱団を聴いたときと同じような驚きでした。そして、今日はフィルハーモニアに!というものを感じました。なんか、今までのフィルハーモニアとは違うぞ、というようなちょっとした雰囲気ですが。今までわたしは、フィルハーモニアは上手いけど色のない魅力に乏しいオーケストラだったのです。それがなんだかやる気みたいのが出てきて。。。これからのフィルハーモニア、目が離せないかも。成長している時を見つめていくのは楽しいものです。
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by zerbinetta | 2012-01-26 09:33 | フィルハーモニア | Comments(0)

バレエの演奏ってちょっと下手くその方がいいかも? プロコフィエフ第4夜 ユロフスキ、ロンドン・フィル   

25.01.2012 @royal festival hall

prokofiev: chout (excerpts); piano concerto no. 4; cinderella (excerpts)

leon fleisher (pf)
vladimir jurowski / lpo


ユロフスキさんのコダワリ見つけたっっ! それは指揮棒。もちろんゲルギーみたく楊枝を指揮棒にしちゃうとかじゃなくて。。。普段は指揮棒を使うんだけど、ゆっくりとした叙情的な部分になると、指揮棒を置いて素手で指揮する人多いですよね。ユロフスキさんは、指揮棒を置く代わりに指揮棒を持ち替えるのです!2種類の指揮棒で演奏するんです。。。が、同じようにしか見えない。。長さも変わらないし、色も同じ。多分持つ部分の形が少し違ってるんだと思うんですけど。なんだか不思議なコダワリ。見た目は変わらないのにそんなに違うんでしょうか。

と前置きはここまでにして、ユロフスキさんのプロコフィエフ・シリーズ第4夜。またひとつ飛ばしで聴きに行ってきました。
始まりは、プロコフィエフの最初のバレエ、「道化師」です。初めて聴きました。実は、プログラムにはロシア語のフランス語綴りのchoutの他に英語のbuffoonと出てたんですが、いかんせんbuffoonなんて単語を知らず。。。なのでどんなバレエか分からなかったので、音楽を聴きながら想像してみることにしました。んだけど、なんだかちっとも分かんない。お姫さまと王子さまが出てくるお話じゃないことは確かだけど。プロコフィエフらしく音楽がおどろおどろしくて一筋縄ではいかない。おもちゃの兵隊が生き返って、戦ったり恋したり怪獣が出てきたりして、でも夢だったみたいな感じ。最後は打楽器大音量で盛り上がってお終い。隣の人に「最後凄かったね」と耳打ちされたり。実際のバレエはどんなのかなぁ?想像できないからみてみたいような、バレエとしてはあまり面白くなさそうな。ってか踊りづらそう。

ピアノ協奏曲は第4番。またまた滅多に聴けない曲です。左手のための。戦争で右手を失ったピアニストのための作品。右手のための、という作品はないから戦争で左手を失ったピアニストはいないのですかね。もう聴くからに難しそう。わたしだったらずるして右手も使っちゃいそうな気がするけど(もちろん右手を使っても弾けません)、ピアニストのフレイシャーさんはずるすることもなく。今考えたんだけど、千手観音のための協奏曲なんてあったら、ピアノ2台の同時弾きでもまだ手が余る。
あっすみません。正直耳慣れない曲なのでよく分からなかったってのもあるけど、実はあまり覚えていません。聴いていたときの印象は、プロコフィエフも協奏曲第2番や第3番ばかりでなくこの曲ももっと演奏されればいいのになって思っていたのですけど。演奏はとても良かったと思います。フレイシャーさんは口をぱくぱくさせて歌いながら(声はわたしの席では聞こえなかったけど)、びしびしと弾いていました。左手でこんなにも弾けちゃうなんて凄いっ。あと右手がフリーなので譜めくりは簡単そうでした。

シンデレラは、バレエからの抜粋。バレエの順序どおりなので、省略は多々あるけど(2時間くらいの曲を半分にまとめてました)、バレエのシーンがよみがえってきました。演奏はめちゃくちゃ良くって、へ〜音楽はこんなことになってるのかってびっくりすることばかり。特に打楽器のヴィヴィッドな打ち込みは、ピットからは聞こえないものでした。音楽だけでも凄いというか、バレエのときの薄ぼんやりとした演奏はなんだったのか(あっ演奏している人たちは違いますけどっ)。バレエでもこんな演奏だったらいいなと思う反面、ただ、こんなにステキな音楽ならバレエを観ずに音に集中してしまうかも、とも思いました。バレエのときは舞台をじゃましないようにほどほどに下手くそな方がいいのかもなんて(ヤケクソ)。それにしてもプロコフィエフの書いた夜の12時の鐘は、この世が終わるような勢いですね。
ユロフスキさんとロンドン・フィル、なんかますます絶好調な感じだなぁ。
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by zerbinetta | 2012-01-25 18:16 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(4)

どんちゃん騒ぎのカタルシス 「幻想交響曲」 MTT、ロンドン交響楽団   

24.01.2012 @barbican hall

debussy/matthews: selected préludes
debussy: fantasy for piano and orchestra
berlioz: symphonie fantastique

nelson freire (pf)
michel tilson thomas / lso


スマートでかっこいい指揮者といったらMTT(マイケル・ティルソン=トーマスさん)なんですっ!(断言)。若いうちは若い勢いでごまかせるので、姿の本質的な美しさが出る50歳以降の指揮者の中で、断然かっこいいひとりです。だから好きっ♥
音楽もスマートでかっこいいんですよ。でもだからこそ、今日の「幻想交響曲」期待していいのかなぁって不安だったんです。「幻想交響曲」ははちゃめちゃな作品なので思いっきりはちゃめちゃな演奏が好きだから。つるりとスマートなのは、CDをぼんやり聴くのはいいんですけど、音楽会では印象に残りづらくてあまり好きでないんです。あっでも、同じミドル・エイジのスマート系指揮者のサロネンさんが、思いっきり突っ切った演奏を聴かせてくれたので、もしかして期待できるかも。

始まりは、ドビュッシーの前奏曲から4曲をコリン・マシューズさんがオーケストラのために編曲したもの。淡い色合いでいい感じなんだけど、吉松隆さんの曲を無限リピートされるとか、マリー・ローランサンの絵ばっかし際限なく見せられたような気がして、ちょっと飽きた。ドビュッシーのピアノ曲からのオーケストラへの編曲は初期の「小組曲」なんかはとても上手く行ってると思うのだけど、後期の曲は、ピアノ曲自体が減衰する音のモノトーンの陰影の繊細さに重きが置かれているような気がするので、オーケストラにしちゃうとかえって色が付いてべたべたしてしまうように感じました。1曲ふっと聴く分にはいいのだけどね。一所懸命続けて聴くのには多すぎる感じ。

ドビュッシー自身が完成させた初期の作品、ピアノとオーケストラのための幻想曲は、とてもロマンティックでパステルカラー。初期のドビュッシーがロマンティックな面を強く持っていたことを感じさせます。こんな曲があるの全然知らなかった。でも、これは「小組曲」のドビュッシーらしいステキな曲。もっと演奏されて良い曲ですね。MTTとロンドン・シンフォニーは綿菓子のように柔らかく甘やかに演奏してくれました。こういう柔らかな音色はロンドン随一のオーケストラですね。

最後にいよいよ「幻想交響曲」。ううむ。わたしはアグレッシヴな演奏が好みだからなぁ。柔らかく美しい演奏では。。。と思ったのもつかの間、始まってみると胃に重りを入れられたような焦らされ方。ゆっくり目のテンポではあったと思うのだけど、全体的にゆっくりと言うよりもつなぎの部分で大きくテンポを落として焦らしていくの。そしてゆらゆらとたゆたうような音の揺らぎ。ホルンのソロが、わたしの知ってる楽譜どおりではなくて、ゆらゆらと揺れるように吹いてみたり(あとで楽譜を見たら、こちらが楽譜どおりだった。今まで気がつかなかったなんてなんてぼんやりしていたんだろう)。なんだか幻覚の世界にわたしもいってしまった。薬をやったらこんな感じになるのかしら。速い部分になっても、やっぱりつなぎの部分は大きくテンポを落として音楽が決して流れない。そして、極端な強弱のコントラスト。これを真綿で絞められるようにやられるんだからたまったもんではないわよね。
第2楽章は、ハープが2台、コルネットは入らないのが残念だけど、夢見るような柔らかさで、地上から浮いている。MTTやるなぁ。歌わせ方がものすごく丁寧で、縦の線にはあまりこだわらずに横の流れを重視している感じ。明滅する現実と非現実の境界線が滲んでく。
そして野原に放り出されて夢見心地に聞く牧人の笛。トリスタンな感じ。遠くで応えるオーボエは、ステージの後ろで吹いていたのかしら。殺伐な音楽なんだけど、殺伐にはなりすぎずに丁寧に歌うし、弱音が美しいのがもうステキ。それにしても木管楽器もホルンもピアニッシモが、極限までに小さいのに音の芯は保って音が生きているのが神業。ティンパニの4重奏は、びっくりするような大音量ではないこそ、遠くでなる雷鳴が絶妙で、この楽章の奥行きの深さ、遠近感はなかなかでした。オフ・ステージのバランスって結構難しいのよね。

第4楽章は、今まで待たされていた金管楽器が、ここぞ、という輝かしい響きで見事。刑台へ歩むどろどろ感はなかったけど、きちんと爆発して、でも、音楽の枠をはみ出さない、そこが物足りないと感じる人もいるだろうけど、非常にきちんと音楽的な演奏。MTTはやりすぎないんだけどきちんとやることやってるみたいな、非常に見事に計算し尽くされたバランス。過不足ないってこういうことを言うんでしょうね。そして間髪入れずに始まったトレモロ。第5楽章の魔女の饗宴はおどろおどろしさがなくてとっても楽しげ。今までの現実と非現実の曖昧な幻想の中でゆらゆらと揺れていたのが、肉体から解放されて一気に死への実存的な解決をしたら、もうなんだか突っ切っちゃって、楽しくて楽しくてたまらない感じ。「帰ってきた酔っぱらい」の世界。天国良いとこ一度はおいで。みたいな。トンネルを抜けると光り溢れる死後の世界だった、なんてたまらないカタルシスですよね。胃の中に詰まっていた重りが一気に消失して、心も軽く飲めや踊れの音楽的饗宴はうんと楽しかったです。MTTこう来たかって感じ。これまた新鮮な「幻想交響曲」でした。

PS ステージ上にチューブラベルがあったんだけど、第5楽章の鐘はステージの後ろで鳴らしてましたよね?
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by zerbinetta | 2012-01-24 10:01 | ロンドン交響楽団 | Comments(0)

代役の代役は妻だった 「椿姫」 ロイヤル・オペラ   

20.01.2012 @royal opera house

verdi: la traviata

ailyn pérez (violetta), stephen costello (alfredo),
paolo gavanelli (giorgio), etc.

richard eyre (dir)
maurizio benini / ro chorus, oroh


2夜連続でオペラハウス。今日は久しぶりのオペラです。なんか最近オペラちっとも行かないなぁ。ロイヤル・オペラはだいたい1演目1回ずつは聴いてるんだけど。。。ロイヤル・オペラの椿姫を観るのは今日が2回目。一昨年観ています。今回は3、4キャストで演るのですが、たくましくなったと噂のネトレプコさんを観たいと思ってチケット取りました。それぞれのキャストに観たい人がいてずいぶん迷ったんですけどね。ネトレプコさんはわりと若い頃(彼女がぎりぎり20代の頃?)から観てきたので(まだ今みたいに大人気になる前にはワシントン・オペラにちょくちょく来てくれていたんですよ)、思い入れはあるのです。ってかやっぱり、この人とても上手い!好き!前回は「マノン」で歌いまくってくれましたしね。でもなんと、ネトレプコさん、足の手術のために降板になってしまったのです。ぐー残念。代役は、秋に修道女アンジェリカでステキな歌を聴かせてくれたヤホさんです。もともと、1月「椿姫」はネトレプコさんが歌う2回を除いて彼女が歌うことになっているんです。だから順当。と思ったら、会場に着いたらキャスト表に細いストリップが挟まっていて、なんと、ヤホさんも病気で降板、代役の代役はペレツさんでした。ペレツさんは秋にここでヴィオレッタを歌ってる若い人で、オペラリア出身。もしかしてドミンゴさんのお気に入りかしら。確か、ドミンゴ・ガラにも出てらしたような。幕が開く前にオペラ・ハウスの人が出てきて、このキャスト変更を伝えたんだけど、なんと、ペレツさんは、今日アルフレードを歌うコステロさんの奥さま(ところでいつも思うんだけど、こういうとき本格のフェミニストの人はなんて言葉を使うんだろう?パートナーでは夫婦関係は言い表せないし夫人とか妻も変だし、細君も変だよね?)。「椿姫」では初の夫婦共演だそうです。会場からは大きな拍手。(リサイタルとか他の演目ではときどき夫婦共演されてるみたいです)。

前置きが長くなってしまいましたが、「椿姫」、わたしにはso so というか普通のオペラだったんです。今日までは。実は気づきました。とってもステキな歌に満ちあふれていて、ステキなオペラだったこと。なんだか、全部の歌を自分が知っているのにびっくりしました。
代役の代役(たまたま夫についてロンドンに来ていらしたのですかね)のペレツさんは、まだ30そこそこという若手なのに、もう堂々とした歌いぶり。低音や息の切れ目にもう少し工夫が生まれるといいと思ったけど、高音はすうっと伸びていたし、この声わたし好き。将来がめちゃ楽しみな人です。笑顔がきれいでかわいらしくて美人。
夫くんのコステロさんはなんかちょっとぼんやりした風情の人。ぼーっとして何を考えてるか分からないというか、歌がなかったらあまり存在感なさそうな若者。世間知らずのアルフレードだからいいのかも知れないけど。でも、ペレツさんは惚れたんですよね。人は見かけによらないんでしょう。とかなんとか失礼なこと言ってる?わたし。オペラは演技が細かくないので、実際のパートナーが役上のパートナーを演じたとしても大きな違いはなさそうだけど、おふたりの歌は歌いやすそうでした。

親父ジェロモンはガヴァネッリさん。家に入ってきた瞬間やりっ!って秘かにガッツポーズ。これから失礼なことを書きますよ〜、ごめんなさい。この人がまあ、嫌な奴っぽくて共感できないというかそんな容姿で(役の上ですよ)、これなら思う存分憎めるって思ったの。親父ジェロモンって、正論を言いつつ結局自分目線でしか物事を考えられなくて、勝手に悲劇を生んで勝手に反省してる人だものね。あっ言っちゃった。まあ、時代背景を考えれば、親父ジェロモンの意見が正しいのかも知れないけど、それを言われちゃうとやりきれない。良家のひとり息子が高級キャバ嬢と結婚して家柄を傷つけるお話だもの。今でもそういうところあるでしょ。
こういう役なので例えば、ハンプソンさんとかホロストフスキーさん、この秋に歌ったキーリンサイドさんが歌っちゃうと、かっこよくて親父ジェロモンも実はいい奴なあんて心で思いこもうとしたりして、でもそういうのは変だから、やっぱりこの役は時代劇に出てくる悪代官みたいな徹底的に悪役っぽい人が歌うのがいいんです。ガヴァネッリさんはぴったり(失礼)。

あと、お医者さん役のロイドさんがバスのいい声で歌ってました。それから、ジェッテ・パーカー若手研修プログラムのキムさんが。声はまだ弱いんだけど、歌手というより学生さんというかパソコンいじってたりしそうな風貌で、そんな彼が、第2幕のフローラのサロンで歌も歌わず、ダンサーたちと盛り上げ要因になってはりきって演じている姿は妙にはまっていて可笑しかったです。実に楽しそう。コンパの盛り上げ係。

というわけで、歌手陣はとっても良かったです。
指揮はベニーニさん。この人が。。。緩急を強引に付けまくってる感じで、ところどころオーケストラや歌手と齟齬をきたす部分もあったりで、そこまでしなくてももう少し自然に流れればいいのにって思いました。とか言いつつ、やっぱ椿はいいなぁって楽しんだんですけどねっ。

コステロさん(ぼーっとした感じでしょ?)、ペレツさん、ベニーニさんとガヴァネッリさん
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by zerbinetta | 2012-01-20 05:01 | オペラ | Comments(2)

目で語る タマアコ 「ロミオとジュリエット」   

19.01.2012 @royal opera house

prokofiev: romeo and juliet

kenneth macmillan (choreography)
pavel sorokin / oroh

tamara rojo (juliet), carlos acosta (romeo)
gary avis (tybalt), josé martín (marcutio)
kenta kura (benvolio), johannes stepanek (paris)
christopher saunders (lord capulet), elizabeth mcgorian (lady capulet)
christina arestis (rosaline), genesia rosato (nurse)
deirdre chapman, laura mcculloch, samantha reine (three harlots), etc.


はい、またプロコです。バレエ、「ロミジュリ」の2回目です。今日は、ロイヤル・バレエの大人気コンビ、タマちゃんアコスタさんです。アコスタさんは今期で退団するのではないか(現在ゲスト・プリンシパル)、今回がタマアコ最後のロミジュリになるのではないかと噂されていたせいか、会場は満員。振り返ってみると意外とタマアコをみていたんですね、わたし。ジゼル、白鳥の湖、マノン。そのたびにおふたりの踊りの上手さと完成度の高さに目を見張っていたんですね。さて、今日は。

先日わたしは書きました。もう「ロミオとジュリエット」は観たくないって。マリアネラさんのジュリエットがあまりに衝撃的で心に突き刺さってしまったから。まだまだ、わたしは病んでいる。回復には時が必要だろうと。今回どんな風に観れるのか、タマちゃんがどんな風に作ってくるのかはある程度想像できたんだけど、マリアネラさんのを観たあとで感動できるのか自信がありませんでした。メインのお肉を食べたあとでまたメインのお魚を食べるようなものだな、先にお魚で次にお肉だったらいいのに(ってそんな本格のフルコースは食べたことないんですが。メイン1品でお腹いっぱい)って書こうと思っていました(観たり聴いたりする前からブログにどんな風に書こうって考えるんです)。

タマちゃんのジュリエットは予想どおり、完璧な踊りで攻めてくるのも。直接的な感情表現は抑えられていて(といっても演じていないわけではありません。タマちゃんはものすごく演じるのが上手い人でもありますから)、踊りで全てを表現しようとしている感じです。それは「マノン」の時も感じたんです。様式化しようとしているみたいな。誰でも知ってる物語を、あえてジュリエットの中には入らないで、外から物語を語るような。シェイクスピアの作品を本来そうしたように役者が演じるのではなく、書かれたものを朗読するかのよう。バレエも演劇とは違うので、その方法はとってもバレエ的だし、とても目の覚めるような思いでした。マリアネラさんとは全く違った行き方だけど、もうそれは完成された作品として凄く納得。完璧な踊りを踊れるタマちゃん(そしてアコスタさん)だからこその舞台。
本当にタマちゃん、アコスタさんの踊りは凄かったです。もう踊りなんです。それ以外は何もいらない。踊りがあるだけ。リフティングの時、1カ所だけタマちゃんが足の位置を探すという小さなミスはあったけどそれ以外はもう完璧。きれいすぎ。凄すぎ。特にバルコニーのシーンは感動的でした。あれだけきちりきちりとポーズが決まって、しかも流れるような動きなのはおふたりの技のなせるたまもの。それから、タマちゃんの静止した目線の表現。全く動かないタマちゃんのものすごい表現力でした。パーティーのシーンでロミオとジュリエットが離れて視線を交わすところ、バルコニーからロミオを見つめる視線、そして最後は、パリスとの結婚を強要されたあと、ベッドの上で意を決していくシーン。バレエは踊り(動き)で表現するものだけど、全く動かないで心の裡を表現しきってしまう凄まじさを感じました。タマちゃんには(能のような)動きを極限まで抑えた舞踏で演じる作品を見せてもらいたいって思いました。
アコスタさんの踊りもロイヤル・バレエの男性陣の中では頭抜けてると思います。素人のわたしが観てもものすごくきれいだもの。たくさんのファンがいるのもよく分かるな。このおふたりの踊りが観られて幸せ。でも、ほんとにもうフルレングスのバレエは踊らなくなるのかしら。噂はウソであって欲しいと切に願いたい。

今日のパリスは、きゃーステパネクさん。優しい面立ちで最もパリスらしいパリス。ジュリエットに邪険にされて戸惑ったり怒ったりする人間的なパリスをとても上手く演じていました。そして、マキューシオのマーティンさん。ムードメーカー的なおちゃらけキャラクターにぴったり。この間のセルヴェラさんにしろマーティンさんにしろ、マキューシオは盤石だなぁ。ベンヴォリオは蔵さん。ベンヴォリオは3バカトリオの中では一番影が薄いのだけど、よく見るとジャンプとかになにげに見せ場が。蔵さんのジャンプは好きなので嬉しいね。ときどきカエルに見えるんだけど。

そして世界の中心で愛を叫びたいっ! 噂どおり圧巻だったのがギャリーさんのティボルト。それはもうティボルトはかっこよくなきゃいけませんからね。ギャリーさんのティボルトにはティボルトの人生がちゃんと全部詰まってた。ひとつひとつの仕草や表現が全部ティボルト。好戦的で喧嘩っ早くって、それで親分肌で(これはギャリーさんのティボルトだからこそ)、でもなんだか根はいい奴で。物語を悲劇へと導く、マキューシオを急所を刺してしまったときの戸惑いと絶望感。そこからはもう自分を見失って、自暴自棄で、こちらもまた自分を見失ったロミオとの決闘。と死。ギャリーさんこそがロイヤル・バレエの象徴といいきりたいほどの演技。これが観たかったのよね。もう、ギャリーさんラヴを公言しちゃおうかしら(ってとっくにしてる気がするけど)。でも、公式にギャリーさん愛を宣言したい。できたらギャリーさんの面前でっ。

いや〜ほんとにロイヤル・バレエの「ロミオとジュリエット」いいですね。これでしばらくお休み。また3月には違うキャストで何回か観ます。ギャリーさんがまた観られるといいけど。

タマちゃん、アコスタさん。まだ入り切っています
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乳母のロサトさん、キャピュレット夫妻のサウンダーズさん、マクゴリアンさん、パリスのステパネクさん
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蔵さん、ギャリーさん♥、マーティンさん
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最後は笑顔のタマアコ、拍手が凄かったです
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by zerbinetta | 2012-01-19 08:46 | バレエ | Comments(6)

不気味な天気 プロコフィエフ 国民的作曲家?第2夜 ユロフスキ、ロンドン・フィル   

18.01.2012 @royal festival hall

prokofiev: symphonic songs; piano concerto no. 5; symphony no. 6

steven osborne (pf)
vladimir jurowski / lpo

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ロイヤル・バレエも「ロミオとジュリエット」が始まったのでプロコフィエフ漬けです。ロンドン・フィルの特集、「プロコフィエフ、国民的作曲家?」が始まりました。ロンドン・フィルが中心になってプロコフィエフの作品を採り上げる企画です。今日は第2夜。わたしはここから参加です。

プロコフィエフは大好きな作曲家のひとりです。何を隠そう、わたしのクラヲタ道は小学生の時に聴いた「ピーターとオオカミ」に端を発してるんです。だからプロコフィエフはわたしの恩人(?)。それがいいのか悪いのかはよく分からないけど。。。
プロコフィエフは、そんなにメジャーな作曲家じゃないけど、それにしても今日のユロフスキさん、相変わらずマニアック路線(何人かの指揮者がこのシリーズを分担します)。曲名さえ初めて聞く、「シンフォニック・ソング」とピアノ協奏曲は第5番、そして交響曲の第6番。

いや〜〜のっけからプロコ節満載。変な曲でしたよ。「シンフォニック・ソング」と言うからもっと軽やかにポップな感じと思ったのに、ねばねば重重。変な音のチューバが最初から大活躍だし。このどろりと重い感じ、カルピスの原液を飲むよう。というか甘くないので、飲んだことないけどバリウムを飲む感じなのかな。
プロコフィエフの変なところは、この間の「ロミオとジュリエット」もそうなんだけど、なんか変な音がぽつんぽつんと配置されてるところ。特にチューバ。なんだか調子外れのように聞こえる音があったり、何でここを金管楽器で盛大に塗り込める、みたいな感じがあったり、今日の交響曲第6番ではどうしてここでホルンだけクレッシェンドの繰り返し、とっかあったり。でもそれがプロコヲタにはたまらんのよね。一度この変な音快感にはまっちゃうと、変な音を聞きたいがためにプロコを聞いちゃうんです。人工的で、不調和的で、例えば、完璧な枯山水の石庭に信楽焼の狸を1個置いたみたいな違和感。でも足下がぐらりとしつつもなんだかはまってるようで。もしくはチューバなので、空にチューバとトルソと椅子が浮かんでるマグリットの絵のような。この絵は確か中学生の頃、美術の教科書で観て衝撃を受けたのよね。

ユロフスキさんのプロコフィエフは、変な音をちゃんと配して、大袈裟にやるところはきちんと大袈裟にやって、プロコフィエフの面白さを引き出していました。「シンフォニック・ソング」は曲が曲だけに、なんだかちょっとよく分からない部分もあったけど、交響曲第6番の方は素晴らしい演奏だったと思います。実は交響曲第6番ってCDは持っているのにあまり聴いたことがなくて、ちょっと中途半端でつまらない曲だなぁと思っていたんだけど、今日の演奏を聴いたら面白くって面白くって。始まりは、おや?プロコフィエフにしたらまともな感じって思ったのに、ティンパニがめちゃくちゃたたき出したり、突然俄然へなちょこになって、打楽器大活躍だし、めちゃいい曲じゃない。もしかしたら(まともな)交響曲第5番よりもいい!って思っちゃった。この曲を初めて聴いた友達もいい曲だって喜んでいたし、実は分かりづらいこの曲をユロフスキさんは分かりやすくまとめたんではないかって思います。

ピアノ協奏曲第5番も、全集のCDを持っているので持ってるハズなんだけどほとんど聴いたことのない曲。始まってびっくり。軽やかでジャジーでラヴェルみたい。まあそれは第1楽章だけなんですけどね。でもプロコフィエフにしては軽いタッチの音楽。ピアノはイギリス人の若手、オズボーンさん。キラキラした輪郭のはっきりした音色でとってもきれい。このピアノの音は好きだ。ものすごく難しそうだけど、軽やかに弾いていきます。音が泉のように湧き出てくるみたい。ただ、わたしの席がピアノの音が余りよく聞こえない席のせいかところどころピアノがオーケストラに埋没していました。ピアノを前面に出すという曲ではないのでいいのですが。

プロコフィエフはいいですね。変な音が聞きたくなったらプロコフィエフ。しばらくプロコ漬けは続きます。
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by zerbinetta | 2012-01-18 10:30 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(0)

できたらいいなぁ。未来のAV技術に望むこと   

オペラやバレエを観るメディアがDVDからブルーレイというのになって(わたしはなってませんが)、ディスクに書き込めるデータの容量がずいぶんと増えて、高画質になったり、最近は3Dというのがブームになりつつあるけど、わたしが観たいのはちょっと違うかなって思ってます。せっかく大容量のデータが扱えるようになってきたんだから(とはいえ、まだ足りないんですが)、わたしが観たいのはもっと自由度の高い、実際に劇場で観ている感じの映像。と言ってもピンと来ませんよね。

劇場で観ている方は賛同してくれると思うのですが、遠くから舞台を観ていて(例えそれが舞台に近い席だとしても)、オペラやバレエは3Dメガネを装着してみるようには立体的には見えないと思うんです。それに、臨場感溢れるのが嬉しい映画とかだったら、大怪獣に踏みつぶされそうになったり、眼前にエイリアンが現れたり、と迫力満点になるけど、例えばオペラ。歌手の人が立体的に歌ってるの観てもあまり楽しそうじゃないんですね。バレエだったらもう少し臨場感が楽しめるかも知れないけど、普段の観劇でそういう臨場感ってないし、全速で女の子が飛び込んできたらきっと怖い。

じゃあ、わたしが望む未来のAVはどんなの?かというと、ステージ全体を全てに渡って高精細に撮ったもの。えっ?それだけ?ただのハイヴィジョンって思われるかも知れないけど、違うんです。スクリーンを観ながら、自由に拡大したり観たいものにピントを合わせたり、それが自由にできるようになることです。
わたしたち、観劇してると、ぼんやりと全体を観てるわけではないと思うんですよ。あるときは主役に集中して観たり、その後ろで小芝居をしてる脇役の人に目を向けたり、全体を観たり、常に視線を動かしてる。今までのAVはカメラワークがそれをやってて、それしか記録されてないから、誂えられた映像を観るだけで、自分の意志では観たいものを観れないですよね。主役が歌ってる後ろで好きな人が出てるのにそちらに目を向けることができないのです。それが不満なんです。
わたしの考えは、見る人が自由に、例えばリモコンなんかでボタンを押すと、拡大したり、視線を動かして観たい場所を観る、ようなことをリアル・タイムでできるようにすること。だから、多分、デフォルトは舞台全体が超高精細で記録されていて、何もしないで観ると舞台全体が移ってるんだけど、ズームインできたり、そのまま視点を動かしたり、さらに言えば観たい部分にのみピントを合わせたりができるんです。全ての場所をアップに耐える解像度で記録しなければいけないので、ものすごい容量と速い処理能力が必要。そんなことができるようになる、技術の進歩が、でも十分期待できますよね。
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by zerbinetta | 2012-01-17 08:05 | Comments(2)