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トルティーヤ売ってるおじさんかと思ったら ロイヤル・バレエ・リハーサル   

28.02.2012 @clore studio upstairs, royal opera house

ロイヤル・バレエのリハーサルを観に行ってきました。今日はクロア・スタジオという小さなリハーサル室です。オペラ・ハウスは音楽が聞こえていたので、CDでも流しているのかなって思ったら、フィガロの結婚の上演中でした。フィガロの人が、重いけど堂々とした声で歌ってて、なかなか貫禄あるなって思いました。
リハーサルの方は、三々五々関係者が集まってきます。今日はメリッサさんとペネファーザーさんが、ロミオとジュリエットのリハーサルをします。メリッサさんは今回がジュリエット・デビュウ。まだ、ソロイストの方です(今日もらった紙には、ファースト・ソロイストとなっていたけどまだ昇格してませんよね?)。メリッサさん、いつも舞台で観るよりも華奢な感じで、特に上半身はほっそり。でも足はしっかり筋肉付いていましたね。ペネファーザーさんは、腰にサポーターを巻いていて、大丈夫かなぁって思いました。メリッサさんの稽古にパートナーとして参加という形で、リフトとかは免除してもらっていたから負担は重くなかったと思うけど。その他、ピアニストの人、司会をする人、あれ?トルティーヤを売ってるおじさん??と、今この場に最もふさわしくないと思っていた人が、今日のコーチのアガザノフさんでした(きゃーごめんなさーい)。アガザノフさん、プリンシパル・ダンサーを専門にコーチする偉いコーチの人だったんですね。

今日は、パーティー会場の裏で初めてロミオとジュリエットがふたりで会うシーンと、第3幕のベッドルームでのパ・ド・ドゥのリハーサルです。音楽が聞こえた瞬間から涙が出そうです。
リハーサルは、とても細かく丁寧というか、微に入り細を穿ち、よくまあここまでと思うくらいしっかりとやります。こういうのを観ると、バレエ・ダンサーたちはにこやかに踊りつつ、もの凄い細かな注意を払って練習して踊っているんだな、と驚嘆すると共にそれをこなしてしまうことに尊敬の念を拭えません。あの感動は、信じられないくらいのリハーサルから来てるんだなと。今日は、主にメリッサさんに稽古を付けていたんですけど、これがロール・デビュウとなるメリッサさんだって、もうしっかりと躍り込んでいるようだったけど、アガザノフさんはだめ出しをして、さらにさらに表現に磨きをかけていきます。メリッサさんがかわいそうになるくらいに。わたしだったら逃げ出しちゃいそうなくらいに。絶対ダンサーの人たち、陰で泣いたり、ゴミ箱蹴っ飛ばしたりしてるよ。主役を踊る方たちって、ほんとこういう厳しい練習をたくさんしてきてるんですね。でも、それだけではきっとダメで、お客さんを感動させるには、深い読みや役への同化など、内面的にも突き詰めていかなければ、そしてそれがきちんと表現されなければダメなんでしょう。アガザノフさんは、メリッサさんに考えさせるように仕向けて、どうすればそれが表現できるか、ヒントを与えつつ形を作っていっていました。
それにしても、トルティーヤを売ってるおじさん、と思っていたのが、まさかの熱血指導。自分で踊って見せたり、なんとメリッサさんをリフトしたり、熱い熱い。さすが、教師として何十年も指導している方です。
それにしても、こんな真剣な厳しいリハーサルを見せてくれるロイヤル・バレエは太っ腹だなぁ。リハーサルのチケット、取るのはとっても難しくって、今回たまたまリターンが出たときに買うことができたんだけど、リハーサルは是非また観に来たいな。そして、本番もとっても楽しみになってきました。
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by zerbinetta | 2012-02-28 06:40 | バレエ | Comments(0)

チェロの人♡ アリーナ・イブラギモヴァ、古楽アカデミー 「協奏曲の夜明け」   

27.02.2012 @west road concert hall, cambridge

biber: passacaglia from the rosary sonatas
js bach: sonata bwv1016; concerto bwv1041
vivaldi: concerto for violin 'l'inquietudine'; concerto for 2 violins & cello
biber: battalia
js bach: concerto bwv1042

alina ibragimova (vn) / academy of ancient music

そうですわたしはアリーナのプチ追っかけ。例え地の果て海の果てでも、とはいかないけれども、ご近所で音楽会があれば逃さず行きたい、聴きたい。というわけで、ウィグモア・ホールであるアリーナがリードする古楽アカデミー(アカデミー・オヴ・エンシェント・ミュージック、AAM)の音楽会の発売を今か今かと待っていたのに、一般販売される前に敢えなく売り切れ、ぐわんと悲しんでいたら、この音楽会、イギリス国内でツアーをするではないですか。というわけで、ご近所のケンブリッジで開かれる音楽会のチケットを勢いですぐ取ったのでした。これも売り切れになったみたいです。アリーナ人気、凄し。

ケンブリッジは物心ついてから、初めて行く町。初めての夜一人歩きです。会場は、町を挟んで電車の駅の反対側にあって(ヨーロッパの古い町の常、電車の駅が城壁の外側、町の外にあります)、駅から歩いて40分ほどかかるようです。バスはなし。グーグル・アースで見ると道はなんだか畑の中を行くみたいで、暗そうで大丈夫かなぁとケンブリッジ住まいの友達に聞いたら大丈夫だって。道間違えない?と言ったら、ここには大きな教会があるから大丈夫だって、と歩いてみたら、確かに学生の街なのでなんだか大学の中を歩いてるみたいだし、ってか辻辻に教会があって、大きな教会ってどれよ?  プリントしてきた地図を逆さまに見たりしながら何とか無事に会場へ。それにしてもケンブリッジの町はいい感じ。わたしがまだ高校生だったら絶対ケンブリッジ大学に行きたい。ここで学生をしたい。そんなことを思わせる町です。
会場のウェスト・ロード・コンサート・ホールは、明るくてなんだか大学の講堂みたい。そしてお客さんも大学町だけに、大学の先生風の人多し。なごむ〜。

始まりはアリーナのソロでビーバーのパッサカリア。小節の頭にひとつづ置かれた4つの単純な音を繰り返しつつ(パッヘンベルのカノンの伴奏みたい)、変奏を入れていく音楽だけど、さすがに後のバッハやブラームスのシャコンヌに比べたら単純。なのでお終いの方はちょっぴり飽きも来たんだけど、アリーナの演奏はさすが素晴らしかったです。シャコンヌの主題をしっかりキープしたまま、変奏のパートを混じりなく弾き分けて、バッハの無伴奏もそうですけど、こういう弾き分けが丁寧でとっても上手い!
今日は古楽アカデミーとの共演ということで、アリーナはバロック・ヴァイオリンを弾いていました。もともとアリーナは古楽にも興味があるみたいだし、彼女のチアロスキュロ・カルテットでもバロック・ヴァイオリンを弾いてるので、バロック・ヴァイオリンを手にするのは自然なことなんでしょう。実際、現代楽器で弾いていたバッハの無伴奏ともシームレスでつながるような演奏でした。彼女にとって現代楽器だから、バロック楽器だからという違いよりも音楽の表現の自然さの方が大切なんでしょうね。古楽器だけど低音がとってもふくよかで艶やか。ちょっと色気を感じました。

バッハのソナタは、ビヨンディさんの弾いたCD(これがむちゃかっこいい)を持っていてそれがわたしのこの曲に対するイメジを決定づけてるのだけど、アリーナの全然違った。というのがわたしの最初の間抜けな感想でした。アリーナのヴァイオリンは奇をてらうことなく実に自然体で、彼女のスタイルの囁くようなバッハ。もう少し歌ってもいいかなとも思いましたが、聴き進んでいくとこれもいい。ハープシコードを弾いたロスさんも的確に伴奏を付けていきます。バッハのソナタって意外なことに、ヴァイオリンとハープシコードのバランスが良くって、どちらが主ってことなく、対等に音楽を奏でるんですね。バッハのソナタ、全部聴いてみたいと思いました。

そしてメンバーがぞろぞろ出てきて、今度はバッハの協奏曲。ヴァイオリンとヴィオラは立って演奏、チェロは足に挟むスタイル。アリーナが弾きながらリードするんだけど、最初のみんなで出るところを合図するだけ(もちろん曲の中で目で合図することもあるけど)。もちろん練習で、自分のやりたい音楽を伝えてると思うのだけど、アンサンブルは、第1ヴァイオリンのリーダーを観たり、チェロの人を見たり、ハープシコードの人が合図したり、古楽アカデミーの人たちって自発的に音楽を奏することができる人たちなんですね。アリーナもこれは弾きやすいでしょう。なんだか観ていて聴いていてアンサンブルの楽しさが伝わってくるようです。バッハの協奏曲もそんな音楽の合奏することの楽しみに満ちた演奏。バッハってわたし、なんだか難しくて苦手意識があったんですが、これを聴くと楽しい音楽なんだなって素直に思えた。なんでわたしバッハ苦手だったんだろう?

休憩のあとは、まずヴィヴァルディが2曲。ヴィヴァルディはエンターテイナーですね〜。ソリストには聴いてる人にあっと思わせるようなアクロバティックな聞き所をちゃんと用意してるし、何しろ音楽が素晴らしい。それに、ソリストと言っても、バロックの協奏曲ってソリストをひとり前面に出すのではなく、アンサンブルの中からすうっと浮き立たせる感じなので、合奏している感じが強くて好き。最初のヴァイオリンのための協奏曲も良かったけど、2つめの、2つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲がうんとステキだったの。何がステキだったかってチェロ。違った、いや違わないけどチェロの人。もう彼の表情が面白すぎてステキすぎ。アリーナが弾いてるとき、恍惚とした表情をしてみたり、やりっ!って表情をしてみたり、客席をぼんやり眺めてるようにしたり、眉毛を動かしたり、ほんとに表情が豊かでうんと音楽を楽しんでる。わたしはアリーナを観に、じゃなかった聴きに来たのに、うっかり彼に目を奪われてずうっと彼ばかり観てました。それに、ヴィヴァルディの音楽ってまさにそんな音楽なんです。合奏するヨロコビに満ちていて楽しい音楽。もちろん彼のチェロは、ヴァイオリンほど目立たないけど、来て欲しいときに来る心地よさ。アリーナもこういう音楽やりたいのよく分かります。

そしてさらに楽しかったのが、ビーバーの「バッテリア」。戦いの音楽? 最初は普通に始まったんです。ああ、普通の協奏曲が始まるんだなぁって思っていたら。1673年の作品なのに、コルレーニョ(のような)が出てくるし、バルトーク・ピチカート(のような)のも出てくるし、楽器を弓とか手で叩いて楽音じゃない音を出してみたり(チェロの人、あっちゃんと名前で言おう、クロウチさんはこれまた楽しそうに足を踏み鳴らしてました)、ほほほ〜と笑顔になって、第2楽章だったかな(第3?)、ヴァイオリンからひとりずつソロで音楽を奏で始めると、次々に入ってくる人がてんでバラバラに音楽を弾き始めて、まるで現代音楽。そして、クロウチさんがなにやら紙を楽器の指板と弦の間に挟んで小細工。何遊んでるのかなって見てたら、立ち上がって楽器を弾きながら、アリーナと一緒に会場を歩き始める。チェロは太鼓のような音で、ヴァイオリンはフォークソングのような音楽で、会場を歩くのは、なんだかハーメルンの笛吹みたい。舞台に戻って、また普通の合奏になって、音楽はちゃんと閉じたのでした。面白かった!

最後はまた、バッハのヴァイオリン協奏曲でしめて、楽しかった音楽会は終わったのでした。それにしても、このくらいの広さ(500人くらいかな)の会場だと、バロックの楽器はとても良く聞こえるし、紙を破るような音はとっても心地いい。古楽器の弱点(音が小さいとか響きが弱いとか)を全然感じずに、良さばかり感じられました。
そしてチェロのクロウチさん♡ 本当に表情豊かに楽しそうに演奏していて、眉間にしわを寄せる演奏スタイルのアリーナにもちょっと笑顔増量って思っちゃった。あっもちろん、ところどころでかわいい笑顔で弾いていたんですけどっ。
ウィグモア・ホールのも行きたかったけど、ツアーのどの会場もソールドアウトになったみたいで、今日だけでも聴けてラッキーでした!
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by zerbinetta | 2012-02-27 09:00 | 室内楽・リサイタル | Comments(2)

音遊びをする人たち シベリウス、ブニアティシヴィリ、カラビッツ、BBC交響楽団   

24.02.2012 @barbican hall

sibelius: symphony no. 4
prokofiev: piano concerto no. 1
stravinsky: petrushka

khatia buniatishvili (pf)
kirill karabits / bbcso


BBCシンフォニーによるシベリウスの交響曲シリーズ、今日は第4番。重暗い感じの音楽なので、BBCシンフォニーの音色にぴったりだと思っていました。なので、とっても楽しみにしていた音楽会です。それにしてもこの曲が前プロとは。。。
指揮者のカラビッツさんは名前だけ聞いたことがある人。わたしは行かなかったけど一昨年(?)、ロンドン・フィルに客演しているはずだし、現在はボーンマス・シンフォニーの主席指揮者。35歳、ユロフスキさんやネゼ=セガンさん、ハーディングさんと同世代ですね。

その苦汁のようなシベリウスは、予想どおり、曲の重暗さがオーケストラの音色に合っていてにやり。曲とオーケストラの絶妙なマリアージュ。この音のシベリウスは良い! カラビッツさんは、ゆっくり目のテンポで、丁寧にシベリウスの音世界を築き上げていきます。オーケストラをとても良く鳴らして、もともと音量のあるBBCシンフォニーだけれども、すっきりと解き放たれたようにオーケストラが鳴って実に気持ちがよいのです。暗いけれども澄み切って透明な音楽。シベリウスの音楽って不思議な魅力がありますよね。特にこの交響曲第4番って、シベリウスの作法を突き詰めた感じがあって、旋律がとっても断片的で短くて、それが囁き合うようにそこここから聞こえてきて、彼が、流れるような旋律を紡いで音楽の物語を作っているのではないことが分かります。シベリウスは抒情よりも抒景的な音楽を書いてる。それは外の世界の景色の記述でもあるし、心の景色の記述でもあります。とっても客観的な音楽。交響曲第4番も暗い色合いだけど、悲しい音楽ではちっともなく、暗い森の音楽。森の中の音を、耳に聞こえたとおり、心に聞こえたとおり、音遊びのように音楽にしているよう。自然に対する畏怖の念を含めて。カラビッツさんとBBCシンフォニーは、そんなシベリウスの音楽を余すことなく正確に音にしました。とってもステキな演奏だったと思います。カラビッツさんとBBCシンフォニー、どちらにとっても充実した演奏だったのではないかしら。この客演がもう少し早くあったら、カラビッツさんが次の主席指揮者に選ばれてたかも知れないなんて思うほどに。もちろん、オラモさんもとっても素晴らしいので、甲乙付けがたいんですけどね。

今日のもうひとつの楽しみは、最近めきめきと頭角を現していると言うか、話題に上るブニアティシヴィリさんのピアノ。美人だから。いいえ、音楽もとっても良いのです。今まで2回(あれ?3回かな)、聴きましたが、曲と彼女の音楽がぴたりとはまったときの演奏はもの凄いんです。前に聴いたとき、リストとプロコフィエフのソナタがもうとんでもなく良かったので、今日のプロコフィエフの協奏曲はとっても楽しみでした。第1番の協奏曲は何故かあまり演奏されないし、初めて聴く彼女の協奏曲です。今日は背中の大きく空いたセクシーなドレス。美人さんだけに何を着ても映えるんだと思うんだけど、セクシー光線にくらくら。あわあわしているうちに音楽が始まって終わってしまったそんな感じ。正直に言うと、よく分からなかったんです。最初のリズムの繰り返しモチーフが、繰り返されるごとに力なく減衰していくようで、あれれちょっと大丈夫と思ったのが始まり(ここ、1回1回は減衰するけど、繰り返している間は緊張を維持ですよね。そうじゃないと音楽が推進しない)。ブニアティシヴィリさんは、ちゃんと弾けてたと思うし、力強いタッチはプロコフィエフの音楽だったけれども、ちょっとちぐはぐな感じ。わたしの脳みそがセクシー光線に当てられてヘンになっちゃってたせいかもしれないけど。
終わって、拍手を受けているとき、なんだか緊張が解けてよし!やった!という解放された表情をしていたので、もしかするとかなり緊張していたのかも知れませんね。ちょっとだけという指の仕草で、始めたアンコール。プロコフィエフの第7ソナタのフィナーレだったけど、これがもうたたみかけるようなアグレッシヴな音楽で素晴らしかった。この曲はリサイタルでも弾いてるし自信があるんでしょうね。掛け値なしに良かった。この人は、まだまだ演奏回数を積み重ねて良くなっていく人かも知れません。協奏曲も何回も演奏を重ねて良くなっていくのではないかしら。

お終いは、ペトルーシュカ。やっぱり、カラビッツさん、鳴らす鳴らす。ストラヴィンスキーが書いた、複雑な音たちを、どの音もちゃんと独立して聞こえてくるのだけど、楽譜を見透かすように精緻なバランスで演奏するのではなくって、他より大きな音を出せば聞こえる原理で、音を重ねていくの。こういうやり方をしたのは、ロストロポーヴィッチさんとかがいたんだけど、カラビッツさんもその系譜。だけど、うるさくならずにちゃんと全部聞こえるのが秀逸。オーケストラもみんなで気持ちよく音遊びしてなんだか嬉しそう。若くて溌剌とした音楽だし、音浴びして気持ちいい〜。カラビッツさん、ただ者ではないわ。これから要注目デスね。こういう人こそ日本のオーケストラに招聘して、じっくり音楽を育てていけばいいのに。
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by zerbinetta | 2012-02-24 06:23 | BBCシンフォニー | Comments(0)

最強のバーママ サラ・チャン、ゲルギー、ロンドン響 ショスタコーヴィチ、ヴァイオリン協奏曲   

23.02.2012 @barbican hall

britten: four sea interludes from peter grimes
shostakovich: violin concerto no. 1
tchaikovsky: symphony no. 6

sarah chang (vn)
valery gerviev / lso


サラちゃん、じゃなかったサラ・チャンさんのヴァイオリンって意外と聴いたことがなかったんでした。ロンドンで聴いたのは、何年か前のリサイタル。そのときは度肝を抜く、金のしゃちほこ風ドレスでした。彼女のツイッターを読むと、衣装道楽っぽいところがあって、今回、ショスタコーヴィチの曲にぴったりのドレスを買ったと書いていたのでどんなドレスなのかワクワクしていました。そしてまたまた度肝を抜かされました。きらきらと輝くメタリック・グリーンのドレス!黄金虫もびっくりです。いや〜、わたし、タコのヴァイオリン協奏曲ってぶつぶつとくらい音楽だと思っていましたが、、、ド派手なドレスですか。そうですか。
演奏は一言で言うと、場末のバーにやってきたくたびれた中年サラリーマンの男たちが、ぶつぶつと愚痴を吐くのを、ド派手なバーのママが、一喝、ぴしりとうっちゃって横綱相撲、最後はみんなで踊り狂う、という音楽でした。サラちゃんは、ときおり足を蹴り上げたり、お相撲の朝青龍さんみたいな怖い顔(どや顔とっかって言うの?)でフィニッシュを決めたり、音楽にのめり込んでくると、もう恐ろしいくらいに自分の世界に没入。もう少し静かに(雑音ではなく見た目)弾いてくれればと思うもののこれが彼女のスタイルなのよね〜。珍しくゲルギーもたじたじで、なんだか彼女の音楽に必死に付けているみたいでした。彼女、派手だし、アグレッシヴな演奏スタイルに惑わされてしまうけど、実は、とても深く音楽を捉えていて、非常に真面目、非常に正統派。マズアさんに私淑していて、彼の許可が下りるまでブラームスの協奏曲を録音しなかったというエピソードがあるくらい、根は真面目。せっかくの音楽会なので、ずっと演奏を観ながら聴いていたけれども、目をつむって聴けば全く違ったものが聞こえてくるかも知れない演奏ですね。まあ、でもサラ上手いわ。始まりは、韓国風の情念(わたしの勝手なイメジかなぁ)のこもった演奏で、泣きの入ったヴィブラートはわたしにはちょっと過多だったけど、最後の楽章のスピーディーではっちゃけた狂気の踊りはサラの本領発揮。興奮のるつぼで音楽は終わったのでした。

音楽会は、タコの協奏曲の前に、ブリテンの「4つの海の間奏曲」、これほんとにロンドンでは頻繁に演奏されますね、がありました。ちょっと聞き飽きてしまったこの曲は、ううん、音楽会のつかみには良かったけど、可もなく不可もなしって感じかな(偉そうに!)。ゲルギーがこのオペラを振るかどうかは知らないけれど、ゲルギーだったらオペラで聴きたいな。狂気が立ち現れる間奏曲をどう演奏するのか、興味あるじゃない。

音楽会のお終いは、「悲愴」交響曲。去年からのゲルギーとロンドン・シンフォニーのチャイコフスキー交響曲サイクルの最後を飾ります。前半の録音を兼ねていた、初期3曲は、堂々とした体躯の男らしいというか、情に溺れないがっしりとしたチャイコフスキーの名演(好みの良し悪しはありますが)を聴かせてくれたけれども、今シーズンの後半の第4番、そして特に第5番では、未来の演奏を模索している部分が多く見受けられたので、今日の第6番はどうなるんでしょうとワクワクドキドキしていました。そしてそれは、ゲルギーの王道を行く堂々とした音楽にヨロコビへと変わりました。
基本的には速めのテンポを基調として、ゆったりと落とすところではゆっくりと歌わせる、分かりやすい効果的なメリハリの効いた演奏。ここまで分かりやすくしなくてもという部分は一部あったのですが、それは将来音楽が成熟していけば変わってくるのでしょうね。もう何回も演奏して自家薬籠中の音楽だと思うけど、まだ深化し続けてるゲルギーの探求心には素直に敬服します。第1楽章の第2主題に入るところで大きく絶妙な間をとったのも息を飲む効果。それにピアニッシモの吸い込まれそうな美しさ。相変わらずクラリネットの上手いこと(今日はトップがマリナーさんでした。がもうひとりの主席の人、小クラリネットの主席の人も上手い上手い)。やっぱりこの曲、上手いオーケストラで聴くと至福です。なんだかとっても贅沢な時間が流れます。参りました。文句の付けようもありません。
最後は「悲愴」らしく、悲しく音楽は終わるのですが、この音楽、悲しいけれども絶望ではないのですね。絶望ではないということは希望があるということです。そんな音楽をチャイコフスキーは書いたと思いましたし、ゲルギーの演奏はそれを確信に変えてくれました。芸術作品に、死へと至らしめる絶望に終わる作品はあるのだろうか、いえそれを生み出すことはできるのだろうか、ふと、考えさせられました。
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by zerbinetta | 2012-02-23 09:57 | ロンドン交響楽団 | Comments(2)

天国的な長さのブラームス「ヴァイオリン協奏曲」 ベル、ユロフスキ、ロンドン・フィル   

22.02.2012 @royal festival hall

mozart: symphony no. 32
brahms: violin concerto
zemlinsky: psalm 23
szymanowski: symphony no. 3

joshua bell (vn)
jeremy ovenden (tn)
vladimir jurowski / lpc, lpo


ジョシュア・ベルさんってわたしにとってかっこいい人ではなくて、美しい人なのです。頭の上から天に引っ張られる感じで、ヴァイオリンを弾くお姿が(おを付けさせてもらいます!)とってもきれい。見目麗しいので目の保養になります。ということはすっかり忘れてて、シマノフスキの交響曲ねらいでチケット取りました。シマノフスキ大好きなんです。でも演奏機会が少ない。何故か今シーズンはロンドン・シンフォニーでもブーレーズさんがヴァイオリン協奏曲と今日と同じ交響曲第3番を演るし、なんと!来シーズンはゲルギーがシマノフスキで特集組むんです。来シーズン、ロンドンにいないことがなんと悔しい!!!

モーツァルトは興味津々。ユロフスキさんは、ハイドンが得意で古典がちゃんと振れる人、というのがわたしの評価だけど、モーツァルトはまだちゃんとは聴いていないので、これはしっかり聴かなくちゃと思ったのです。基本的に古楽的なアプローチを採る人なので、ティンパニとトランペットは昔の、ホルンは普通のホルンでした。
交響曲第32番は、とても短い曲。序曲って言うんですね。ほんとに序曲みたいな曲でした。この小さな音楽だけで、ユロフスキさんのモーツァルトを云々するのは無理だけど、太鼓がぽんぽこ鳴る愉しげな演奏で、ユロフスキさんのモーツァルトへの適性を垣間見たような気がします。

そしてブラームスの協奏曲。正直に告白すると、戸惑いました。ベルさんは、ほんとに美しくて、お姿だけじゃなくて音もとおっっても美しいんですけど、どうしてか、わたしとはウマが合わないんです。大好きなのにとっても大好きなのに、一緒にいると緊張しちゃって口がきけなくなって気まずい雰囲気が漂ってしまう彼。大好きなのに恋人同士にはなれない関係。そんな感じなのです。
今日のブラームスもやはり気まずくておろおろ。確かにソロが入ってぴーんとベルさんの世界にオーケストラが引き込まれたのはさすがですが、何かもやもやと霧の中にいるよう。確かに道を失ったのです。今わたしがどこにいるのか迷子になったのです。ブラームスの音楽って、決して古典派の音楽ではないけれども、がっしりと構成された形式美のある音楽。丹念な設計図の元に音楽が組み立てられていて、どこにいても、今ここだなって分かる感じ。だけれども、ベルさんのは、時間が引き延ばされている(決してゆっくりと演奏したという意味ではありません。時間の流れが緩やかになった、もしくはよく分からなくなった感じです)のか、今どこにいるのか、どこを迷っているのか曖昧になっているのです。音楽を外枠から作らないで、部分部分を丹念に弾き込むことで音楽を作っているのかな。それぞれのときはうっとりするほど美しいんですけど、つながりが失われてる。ふうっとそれに気がついて、ああ、今この瞬間の音楽に身を委ねればいいんだなって思ったとき、永遠に続くかのような時間が愛しくなってきて。
最近音楽の形式的な美しさに目覚めてきたわたしには、ちょっと期待をはぐらかされた印象です。第3楽章なんかは活気があって良かったんですけど。

休憩のあとはツェムリンスキーの詩篇23篇といよいよシマノフスキ。両曲とも合唱が入ります。合唱は、最近ずうっと好調なロンドン・フィルハーモニック・コーラス。アマチュアの団体ですがとっても上手くて、今日もステキな合唱を聴かせてくれました。今日のような大きなロマンティックな音楽が一番得意みたい。演奏時間が10分くらいなのにマーラーとか初期のシェーンベルクみたいな肥大した音楽。世紀末テイスト。何が世紀末テイストかと言われると困っちゃうんだけど、調性のしっかりした19世紀にも無調になった20世紀にもどちらにも行けず、狭間でふらふらしてる感じかな。伸びやかでほのぼのしている牧歌的な音楽ねって、ふと記憶をたどったら、そうだった、詩篇23篇って憩いのみぎわの詩だった。詩篇の中でもっとも平安に満ちて美しい詩。友達の名前が総登場するので大好きな詩だったのでした。ユロフスキさんのオーケストラも暖かく歌の世界を包みこんでステキでした。短さを感じさせない壮大な演奏でした。

一方のシマノフスキの交響曲第3番「夜の歌」は冷たい寒色系の音楽。この音楽って、実はラジオの解説を聴いて初めて気がついたんですけど(って遅すぎ!)、トリスタンとイゾルデをふんだんに引用してるんですね。そしてそれに相応して、ユロフスキさんはもの凄くねちっこくこの曲を演奏しました。大オーケストラと大合唱団による遠大な官能のうねり。わたし、この曲さらっときらきらと流れるシマノフスキ・テイストの音楽だと思っていたんだけど、水飴のようにねっとりとしてて、エロティックな音楽だったと大発見。ロンドン・フィルの本来の寒色系の音色もぴたりと合って素晴らしい名演となりました。テナーのオヴェンデンさんも、きらきらテナーではないけれども、声の感じがこの曲に合っていて文句なし。どっぷりと夜の艶めかしい世界に浸って、でも何か秘匿してしまいたい性の本能が身体の中にたっぷりと湧き上がってきて、なんだかこのまま寝付けなくなってしまいました。まさに、「君よ、寝るな!」です。
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by zerbinetta | 2012-02-22 07:57 | ロンドン・フィルハーモニック | Comments(2)

タコ、ハイドンの精神で ゲルギエフ、ロンドン交響楽団   

21.02.2012 @barbican hall

tchaikovsky: fantasy overture, romeo and juliet
prokofiev: piano concerto no. 3
shostakovich: symphony no. 5

denis matsuev (pf)
valery gerviev / lso


ショスタコーヴィチ、通称タコ、は、実はとってもユーモアのある愉快な人だったんではないかと思います。気むずかしくてひねくれ者かも知れないけど、外の社会と無理矢理折り合いを付けなければならなかったけど、ぼそりとおかしなことを言う、根は明るくて快活な人だったのではないかと。ユーモア溢れる愉しい音楽を書きまくったのはハイドンです。タコもハイドンのような音楽を書いたんではないでしょうか。そんなタコを聴きました。

今日は久しぶりのゲルギーのロンドン・シンフォニー。ゲルギーがタコですから来ちゃいますよ。去年の交響曲第10番も素晴らしかったし。で、始まりはチャイコフスキーの幻想序曲「ロミオとジュリエット」。前にゲルギーの演奏を聴いたことがあるのだけど、結構乾いた演奏でロマンティックじゃなかったの。そんな印象があったから今日はどうかなぁ〜と。で、やっぱりストレイトにロマンティックじゃなかった。かといって乾いてるかというとそうではなく、行間を読むというか、情景を丹念に描き出して内面を見せるみたいな。物語を直接語るのではなく、まわりの景色を語って物語を想像させるような余白のある演奏。特に際だったのが、最初の叙情的なシーンで、もの凄く音量を落として、でも、ふくよかにさわさわととてつもなく丁寧に夜の風に静かに揺れる木々や草花を描いたの。それによって、ロミオとジュリエットの愛の営みが頭の中にふわぁっと湧き上がってきて(きゃーーえっちーー)。ゲルギーの丁寧な音楽作りに感動してしまった。後に引くというかずうっと思い出される演奏。これはステキでした!わたし、恋人にするならこの演奏が好きな人を恋人にしたい。そう思いました。

2曲目はマツエフ(マツーエフ? ロシア語は長音を区別しないと思うのでどちらでもいいんですが、アクセントはどこにあるのかな?)さんのピアノでプロコフィエフの協奏曲第3番。個人的にはまだプロコ祭りが続いてます。マツエフさんは、昔からがたいの大きな人でしたけど、なんか立派な青年になりましたね〜。貫禄つきすぎ(太ってるというわけではないですよ)。しかも彼は弾きまくり系。プロコフィエフの協奏曲は彼にぴったり。ゲルギーのオーケストラもがしがしと工場の機械の爆音のようにぶつけてくるけど、マツエフさんもがしがしとピアノを叩く。巨体からしなやかに繰り出される音は、決して濁らないし割れない。上手いのでたま〜に弾き飛ばしちゃったりしたこともあったけど、音楽が成熟しつつある実感。特に第2楽章の繊細な表現が印象的でした。この人はこれから、音楽の深さを身につけてくれば、ポテンシャルの高い人なので大化けするのではないかしら。アンコールはリャードフの「音楽玉手箱」。わたしこの曲初めて聴いたし、曲名分からなかったんだけど、今は便利ですね〜、ネットで分かっちゃいました。これがまあステキで。まるでオルゴールみたくて、右手と左手の音色をはっきりと変えてガラス細工のように繊細で、うわ〜、マツエフさん、こんな風に弾けちゃうのね、がしがしと弾くばかりではないのね、と改めて驚愕。

そしていよいよタコ。ゲルギーがどのように演奏するのか楽しみでした。
すぱっと切れ味のいい包丁で大根を切るように、重いけどざっくりと始まりました。ゲルギーの音楽作りは、とにかく繊細に美しく。かといってちゃんと爆発するところでは爆発するんですけど、我を忘れることなくしっかりと美しい楽音の範囲で。それにしても、ピアニッシモのもの凄く丁寧で美しいこと。ゲルギーって、ネットで検索すると爆裂系とかって言われるけど(わたしは今まで何度も聞いてきてあまりそう思ったことはないのですが)、ここのところ繊細なピアニッシモにこだわっているような気がします。去年、フランスものを多く採り上げたからかしら?その成果が今日の音楽会には如実に出ていたと思います。高い音の弦楽器のピアニッシモも、ヴィブラート控えめなのに、決して音が細く枯れることなく、冷たいけれども芯に優しい柔らかさをしっかり残したのは、さすがロンドン・シンフォニーの実力。今日の弦楽器のアンサンブル、和音の美しさは最高でした。シモヴィックさんがしばらくぶりにリーダーに戻ってきて芯がピンと通った感じ(副リーダーのラウリさんもいいのですが)。それにコントラバスにはイブラギモヴさんがいらっしゃるし(アリーナのお父様)。ゲルギーのタコは、細かくさりげなくテンポを変えてオーケストラとの間に緊張を保ちつつ、決して異形の表現はしないまさに王道のど真ん中を行く演奏。切断面がきらきらと輝くほど切れ味抜群。第1楽章の前半で、チェロの刻みの伴奏が入るところで少し豊かに弾かせるあたりがもう、心憎いばかりにステキで、ここで涙腺崩壊。涙目で聴くタコ。
そして、第2楽章。答えはここにありました。速めのテンポで、軽やかに進む音楽。なんと素直で明るい。タコというと、皮肉屋とかアイロニーとか屈折した精神とか、特にスケルツォの諧謔性にそういうものを認めると評されることが多いと思うのですが、そんなのは皆無。まるでハイドンのように愉しい音楽。シモヴィックさんのソロ、それに続くフルートのソロも皮肉のかけらもない、ストレイトにかわいらしい演奏。こんなに愉しく、かわいらしくショスタコーヴィチの交響曲第5番が演奏されたことってあったでしょうか。でも、かわいらしいシーンって交響曲第4番にも第9番にも第13番にさえ出てきますよね。最後、思いっきりテンポを落として、ユーモアを締めくくります(オチって言うの?)。
第3楽章ではぐいっとテンポを遅くしてゆったりと歌います。この楽章を、この楽天的な解釈の中でどういう風に演奏するのか興味があったんですね。さらさらと何ごともなかったかのように通り過ぎるとか。でも、ゲルギーはゆっくり。ともすれば哀しみに満ちた祈りの音楽になるところを柔らかな音色で、感謝に満たされた祈りの音楽になりました。窓の外の美しい冬の夜の景色を暖かい部屋から眺めるよう。
そして喜びに溢れる第4楽章。これはやっぱり勝利の音楽なんだ。だってそうでしょう。政治によってねじ曲げられた勝利とか、偽りの勝利とか言っても、わたしたちが知ってる現実は、間違いなく音楽の勝利だもの。スターリンは死んだ、でもショスタコーヴィチの音楽はずうっと生き残っている。これを勝利といわずしてなんと言うの。タコは、自分の音楽の勝利を確信してたんじゃないか。少なくとも、わたしたちは楽譜をひねくれた目で見なくてもいいし、素直に音楽が語ることに耳を傾ければいい。というか、ショスタコーヴィチは音楽を書いたんだ。決して変な自叙伝を音譜に乗せたんではないんですね。もう本当に素直に朗らかに楽しめたタコ5でした。それにしても、本気出したときのゲルギーとロンドン・シンフォニーって凄いな。
あとでBBCラジオ3(この音楽会は中継されました)のインタヴュウの中でゲルギーは、わたしが感じたことを語っていました。歴史云々ではなくて音楽を素晴らしい音楽を演奏するんだって。まさにそんな演奏だったんですね。
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by zerbinetta | 2012-02-21 09:48 | ロンドン交響楽団 | Comments(2)

郷愁の想い、アンコールで泣かせるなんて ギルバート、ニューヨーク・フィル   

17.02.2012 @barbican hall

adès: polaris
berlioz: les nuits d'été
stravinsky: symphony in three movements
raval: daphnis et chloé, suite no. 2

joyce didonato (ms)
alan gilbert / nyp


というわけで、今日はアランさんとニューヨーク・フィルハーモニック。チケット持ってたから仕方なくこっちに来ちゃったみたいな酷い書かれ方しちゃって(昨日)、割を食った感じですが、結論を書きましょう、むちゃ感激しました。ロンドンってこうして泣く泣く行く音楽会を選ばなきゃいけないのが辛いですね。評判を聞くと昨日のニューヨーク・フィルを聞き逃したのもとっても残念だったようですし。

3回のニューヨーク・フィルの音楽会のうち、チケットを取ったのは今日だけ。明日のラン・ランさんとのは安いチケットがなかったのよね〜。残念。でも、今日はディドナートさんの歌が聴きたかったのさ。
始まりはアデスさん。会場に着くとわたしの座った席のすぐそばに金管楽器の人がいて、2階席と3階席の左右にチューバを除く金管楽器を配置しているのね。うるさいかなってちょっと心配だったけど、上手な金管楽器ってちっともうるさく聞こえないんですね。がんがん吹きまくる曲ではなかったですが、それでもフォルテはあったのに柔らかくてステキ。そうそう、今は、譜面台の前にモニターが付いてて(最初音を加工とかするコンピューターかなって思っちゃいました)、指揮者が映るんですね。余裕で合わせられちゃう。そういえば、ロイヤル・オペラ・ハウスもステージの歌手から下を向かなくても見えるように客席に何台かモニターが付いていますね。
曲は、バービカン・センターやニューヨーク・フィルハーモニック、などによる委嘱で、MTTとニュー・ワールド・シンフォニーによって去年初演された「ポラリス」。オーケストラの中の人のきらきらと点滅する細かい音符と途中から加わる客席からの金管楽器のコラール風の長い音符の対比が軸となる、きれい系分かりやすい系の音楽。ところが最後の最後になってそれが裏切られて、なんだかきょとんとする中終わったのでした。なんだか作曲家にしてやられたり。でも良い曲でしたよ。アデスさんは分かりやすさと分かりづらさが微妙な案配に混ぜ合わされた曲を書く人だなぁ。イギリス出身の作曲家も最後ステージに呼び出されて拍手を受けてました。

2曲目にベルリオーズの「夏の夜」。これはもう、ディドナートさんの独擅場。素晴らしい声に素晴らしい歌です。ディドナートさんは、ロイヤル・オペラのシンデレラで聴いているのだけど、シンデレラ・ストーリーで王子さまのハートを射止めて豪華に着飾った姿がとっても印象的で、そのままのゴージャスな雰囲気での登場です。彼女、遠目に見ても華がありますね。そういえば彼女、グラミー賞とったばかりだし、メトでの「魔法の島」でも絶賛されてたし、ほんと今、飛ぶ鳥を落とす勢いですね。わたしは彼女のメゾなんだけど軽くて、クリーミーで、つやつやと伸ばしたベシャメル・ソースのような声が大好きで、もううっとり。そして、それに合わせて、ニューヨーク・フィルがなんてステキに柔らかい音で音楽を弾いたのでしょう。ニューヨーク・フィルというと冷たい尖った音というイメジがあったけど、そしてそれが好きだったけど、アランさんが音楽監督になってから、ヨーロッパ風の柔らかな音でも弾けるように変えてきてるんでしょうね。一昨年に聴いたときも、ハイドンでおやと思ったんだけど、今回さらに磨きがかかっていたように思いました。団員の交代も進んでいるようですし、変化途上のニューヨーク・フィルですね。

でも、前からいたメンバーに会えるのは懐かしくて嬉しいです。ホルンのメイヤーズさんはもう引退かしらと思っていたのに、相変わらず大健在で素晴らしい音を聞かせてくれたし、コンサートマスターのだるまさんやステープルさん、アランさんのお母様のタベさん、ヴィオラのトップ3人組、チェロのブレイさんのお顔を見かけて嬉しかったです。新しい団員には、韓国人(中国人)の方が目立ちましたね。中国人は前から多かったけど、韓国人の進出が目立ってきてるのかな。ロンドンでも韓国の若者多く見かけるし。日本はこのまま世界からすぼんで消えていってしまうのでしょうか、心配です。

後半は、ストラヴィンスキーの3楽章の交響曲。これがきびきびして良い演奏でした。今日はオーケストラ的にはこれが一番良かったかな。ニューヨーク・フィルの鋭い音色もやっぱり健在で。アランさんってリズム感がとっても良くってオーケストラを自在にびしびしと決めさせるところに美点があると思うんだけど、こういう曲でその良さが最大限に発揮されると思うんですよね。そういえば、10年前に初めてアランさんを聴いたときもそう思ったのでした。2000年の2月の日記を引用しますね。

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でもね、ほんとにびっくりしたのは若い指揮者さんのアラン・ギルバートさんなの。彼は日本人顔?中国人顔のアメリカ人で、多分アジア人の血が入ってるんだと思う、まだ、20代か30の前半なの。ステージ・ビルを読んでもまだそんなに大きなオーケストラで振ったことはないみたいだし。でも、この人めちゃくちゃすごかったの。ラフマニノフさんのシンフォニック・ダンスを振ったのだけど、これがリズムがすかっと切れてて決めるところが完璧に決まるの。ナショナル・シンフォニーはパーカッション・セクションが上手でリズム感のいいオーケストラだと思うんだけど、こんなにびしっとリズムが決まるのって初めて。もうそれだけで快感なの。ほら、歌舞伎で決めのポーズがぴたっと決まる感覚。かといってリズム感重視のいけいけ音楽じゃなくって、粘るところでは思いっきり粘ってるの。粘ってても、縦の線は完璧に合わせてくるから停滞しないで音楽がきちんと流れるのね。音も濁らないし、そうそう、どんなに強奏しても音が濁らないの。耳がものすごくいいんだと思う。ご本人が弦楽器を勉強してたからか、弦楽器の弾かせ方もうまいのよ。
びしびしと決めまくるのだけど、ただ音を鳴らしてるって感じじゃなくって、自分のやりたいこと、表現したいことをしっかり持ってるから音楽が聞こえてくるの。自分のしたいことをきちんと持ってる人ってすてき。それにそれを実現する技術を身につけてるってなんてすてきなことなんでしょう。もうとにかく快感。彼、これから絶対伸びる指揮者さんだと思う。ちょっと注目。日本でもNHKシンフォニーや東京シンフォニー、札幌シンフォニーに客演してるみたいね。やっぱ、アジアにゆかりのある人なのかしら。
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お終いは「ダフニスとクロエ」の第2組曲。アランさんの演奏は結構抑えた感じで、わたしとしてはもう少し熱っぽく解放して欲しかったのだけど、きれいだし、これはこれで良いのかも知れませんね。全曲が聴きたくなっちゃいました。

そして今日はアンコール。シャブリエの「狂詩曲スペイン」が賑やかに演奏されたのでした。肩の凝らない演奏で、楽しげで思いっきり開放的。なんだか音楽会の最後にぴったりの音楽で、楽しい気分で音楽会を後にできる。
と、思ったらなんともう1曲。ホルンのメイヤーズさん、トランペットのふたり、トロンボーンとチューバの方がいきなり立ち上がって空いたスペースに集まったかと思うとブラス5重奏で陽気なジャズ。これが良かった!ノリのいい音楽で、これぞアメリカンって感じ。彼らの根っこにある音楽。しかもむちゃくちゃ上手くて、メイヤーズさんのホルンには舌を巻くばかり、というか唖然。動き回りながら演奏したのに(特にメイヤーズさんが巨体を揺すってユーモラス)全員が全く完璧な演奏。いや〜〜楽しかったぁ。そして、わたしは何故か大泣き。USに住んでいたときの楽しいことばかりが思い出されて(もちろん美しい部分の想い出だけが抽出されているのは理解しているのだけど、それでも幸せなときでした)、もの凄く郷愁の念に揺り動かされてどうすることもできなかった。血の音楽なんだなぁ。わたし、アメリカ人になりたいのかなあ。
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by zerbinetta | 2012-02-17 07:52 | 海外オーケストラ | Comments(2)

ラヴラヴ パスカル&アミ・ロジェ 「ヤング・ドビュッシー」   

16.02.2012 @hall one, kings place

debussy: danse bohémienne; suite bergamasque; deux arabesques; ballade; petite suite;
images book II; la mer

pascal & ami rogé


アミユミといったらパフィー(USでライヴ行きましたよ。勢いで)。アミロジェと言ったらパスカルさん。(パスカルと言ったら3平方の定理だと思ったら、ピタゴラスでした。あほ) いいえ、本当はロジェが名字なのでアミパスカルと言った方がいいのだけど、語感が。

今日は裏で、ギルバートさんがニューヨーク・フィルを引き連れてマーラーの交響曲第9番を演奏したのです。最近、ニューヨークでの音楽会で携帯電話が鳴りやまなかったことで一躍有名になってしまったこの演奏ですが、携帯電話が鳴ることには興味があったんだけど(ウソです)、この曲はロンドンに来てもう8回も聴いてるし、近々もう1回聴くことになっているので、今日はパス。仕事も何時に終わるか分からなかったので音楽会はなしと思っていたのに、うっかりこちらの音楽会を見つけてしまってチケットを取ってしまいました。インターネット購買特典の空いてる席を直前に割り振るというチケットが9.5ポンド。これ、会場に行って発券するときに機械的に良席から割り振られて、わたしはセンターのセンター、自分では絶対買わないだろう一番高い席に座ったのでした(高いと言っても20ポンドか30ポンドのハズ)。

アミ・ロジェさんは実は知らないのです。パスカル・ロジェさんは知っていて、生では聴いたことないのですが、確か日本にラヴェルのピアノ曲のCDを持っていたと思います。聴いたのずいぶん前なのですっかり忘れてしまっているのですが。去年だったか、友達がリサイタルを聴きに行ってとっても良かったと言っていたので、聴いてみたかったのです。そして、大好きな、でもオーケストラ・ヴァージョンでしか知らない「小組曲」も入っていたのが後押ししました。この音楽会、2日にわたっていて、今日が若い日のドビュッシー、明日が後年のドビュッシーと題されているのですけど、明日はこの間オーケストラで聴いてとっても印象的だった「白と黒で」が入っていてそちらも聴きたかったのですが、他の音楽会のチケットをすでに持っていたので断念。今日来たのです。キングス・プレイスのサイトには、パスカルさんの写真と共に日本人っぽい顔立ちのアミさんの写真も出ていて、娘さんかしらと思っていたら、実は最近結婚された奥さまでした。ってパスカルさんいったい何歳?ずいぶんキャリアが長い気がするけど、それはお父さん?とかおろおろしてしまうわたし。彼自身若く見えるけど実は還暦だったんですね。そして娘さんみたいな奥さま。日本人の血が混ざっている(US育ちみたいですが)方なんですね。彼のウェブ・サイトに行くと、おお!じゃぽーん、というような日本での結婚式の写真が見られます。

と、余計な話ばかり長々と。
ドビュッシーはわりと苦手な作曲家です。ピアノ音楽に疎いので、聴くのは3、4の管弦楽曲ばかり。そのせいか、初めはどうして良いのかよく分からなくって雲をつかむような雰囲気。わたしの中に、音楽の芯がないのでどう聞いていいのか戸惑う感じ。それが、2曲目のベルガマスク組曲になって、あっこれは知ってるととりつくべき島を見つけたのでした。そして、「月の光」のなんて美しいこと。この有名な曲は、わたしでも何回か聴いたことがあるけど、まるで別の音楽のように感じました。こんなに優しく美しい音楽があるのかと。ここで一転して、わたしのドビュッシーに対する思い込みが解かれたのかも知れません。ドビュッシーの音楽がもの凄くステキに聞こえて。初期の音楽にはまだ、ロマン性が色濃く残っているからかも知れません。本当に甘くておいしいフランスのケーキを食べたときの気持ちです。
「亜麻色の髪の乙女」は、結構ぴょんぴょんはね回ってる活発な少女系だなぁと思っていたら、乙女ではなく、アラベスク。曲違い、というオチ付きでした。4手になる、「小組曲」までの、小品たちを全部間に拍手を入れずに、つなげて演奏したのは、緊張と雰囲気が持続されて良かったです。
拍手と共に一端袖に引っ込んだパスカルさんが、今度はアミさんと手をつないで登場。ものすご〜く仲良しって感じです。大好きな(といっても聞いているのはオーケストラの方ですけど)「小組曲」は、ふわふわと柔らかな綿アメのような演奏ではなくて、リンゴ飴のようにクリスプで輪郭がはっきりした甘さ。ピアノの叩いて出す音と、オーケストラの吹いたり擦ったりして出す音の響きの違いから来る音楽の印象の違いが手に取るように分かって面白かったです。ピアノで弾くと、音が風に揺れるかざぐるまや窓のようにカタカタと響いて、小舟は池に揺れてるちっちゃなおもちゃの船か笹の葉船のような感じだし、オーケストラで聴くよりなんか、小ささかわいらしさが強調されるみたいでステキ。それに、ピアノって、この曲はひとりではなくふたりで弾くけど、たくさんの人数で合わせるオーケストラよりも自由。ふたりの間には、もううらやましくなっちゃうくらいの親密な恋人どおしな一体感があってもうなんだか当てられてしまうみたいな。芸術でも私生活でも愛し合ってるのは最強。

後半はどっと雰囲気が変わりました。前半のロマンティックよりのドビュッシーに対して、後半はいわゆるドビュッシーらしさ、4度とか5度とか全音階、が出てきて、時代が移ったんだなぁと一聴で分かる音。それにしても、今日ロジェさんのピアノを聴いて、ドビュッシーのピアノ曲の良さが初めて分かったように思えます。彼のピアノには、鋭い凄さみたいのはないし、決してカリスマティックではないんだけれども、会場の光りをきらきらと柔らかな銅色に変える、なにか全体の雰囲気をふわりとドビュッシーの色に染めるピアノなんです。ドビュッシーの音楽の世界だけが純粋に会場に満ちるんです。わたしは、心地良くドビュッシーの世界に浸ればいいだけ。

最後の「海」は、ドビュッシー自身が4手のピアノのためにオーケストラ版に数ヶ月先だって完成させた作品。オーケストラのために書かれた作品なので、オーケストラ版の方が説得力あるんだけど、こうしてピアノ版を聴いてみると、ドビュッシーがピアノの人、ピアノの作品を書くようにオーケストラの曲を作ったんだなって発見できてびっくり。だって、音が叩いたらすぐ減衰していくピアノで弾いても全くそのまま弾けちゃうんだもの。

ああ、それにしても予想外にステキな音楽会でした。相変わらずキングス・プレイスの雰囲気はいいし、木の柔らかなホールの響きもピアノに合っているし、好きだなここ。そして、パスカルさんとアミさんのラヴラヴぶりにはちょっと当てられたけど、カーテンコールのとき頭にキスしてた人初めて見たよ、アミさんかわいらしすぎ。ずうっと口を開けた笑顔で、AKB48に混じってても分からない感じ(あっAKB48そのものを知らないんですけどね)。ああ、明日も聴きに来たいなぁ。ニューヨーク・フィルのチケットさえ持っていなければ。。。
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by zerbinetta | 2012-02-16 21:35 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

カヴァコスさん、アキバ系スタイル? サー・トニー、ロンドン交響楽団   

15.02.2012 @barbican hall

rachmaninov: the isle of the dead
korngold: violin concerto
bartók: concerto for orchestra

leonidas kavakos (vn)
sir antonio pappano / lso


カヴァコスさん好きなんです。初めて聴いたとき、いえ見たとき、プロフィールの若い頃の写真と全然違ってかっこよくって(若い頃はちょび髭おっさんでした)、しかも余裕たっぷりの弾きっぷりに男のフェロモンを感じたんです(ちなみに人間にフェロモンがあるのかどうかはまだ分かっていませんのです)。なので、ワクワクしていたのに、うううう、あろう事か今度は長髪に。。。紙袋とリュックサックが似合いそうなアキバ系ヲタク(まあ!偏見)になっちゃってました。いややややぁぁぁ。
彼の弾く、コルンゴルドの協奏曲を聴くのは2度目。この曲自体はもう4度目かな。何故かよく演奏されるのです。そして、カヴァコスさんの演奏は、なんか路傍の花を愛でるようで、実はわたしの好みではないのです。わたし、この曲って宇宙的だと思うんですね。最初の楽章のクレッシェンド付きの広い音程の音楽がぱあっと眼前に銀河が広がるみたいで、かっこいいと思うのです。宇宙だからもう、細かいことは忘れて大らかにかっこよくって思うんです。それに対して、カヴァコスさんは細部に丁寧にこだわるのでとっても美しいんですけど、おおざっぱな勢いというか眼前に広がるべき広大さがないと思うんです。月の上にいて、広大な宇宙を見上げることなく、月の石のひとつひとつを愛でる感じ。この曲の魅力の別な側面を見せてくれたけど、わたしにはちょっと物足りない感じがしました。なんか、ちょっと好みじゃないとかそんな言葉ばかりできて来ちゃったんですけど、決して彼の長髪とは関係ありませんよ。単にこの曲の演奏に関してわたしと波長が合わなかっただけです。
アンコールには、アンコール・ピースに作曲された感じの、どこかの民謡をアレンジした音楽。最初っから最後まで重音ばかりでしかも左手ピチカートまで入ってもの凄く弾くのが難しそうな曲。これを難なく余裕で弾いて、やっぱカヴァコスさん上手いなぁ。こういう微分的な音楽がカヴァコスさんいいなぁって思ったのでした。と言いつつ彼のタコも良かったな。

順番逆になりましたけど、音楽会は、ラフマニノフの「死の島」から。サー・トニーとロンドン・シンフォニーの演奏、まあなんとうつうつとねちねちと。決して美しさを失わない演奏だけども決して気が晴れることのない音楽。小舟で島に向かうというより、少し大きな船でゆっくりと大きくうねる海の上を進むみたいな大きさ。サー・トニーもこんな演奏をするのね、とちょっとびっくりした(いつも健康的で元気なイメジがあるので)。

そうして休憩のあとでさらに戸惑う。とっても静かな「オーケストラのための協奏曲」だったんですよ。静かなというのは音が出ていないという意味ではなくて、心が静かになるという意味です。盛り上がれば盛り上がるほどドキドキと心臓が速くなるのではなくて、どんどん冷えていく感じ。頭がどんどん冷静になっていく。透明感のある不思議なバルトーク。哀しさも喜びもワクワクも一端、頭の神経回路を通して、醒めた抽象的な音になって出てくる感じ。音楽の隅々までよく見えて、伴奏の音までが全部丁寧にしっかりと分離して聞こえてくる演奏なんです。それにまた、ロンドン・シンフォニーの奏者の上手いこと。わたしには、甘くない怜悧にきらめくような「オケコン」がとっても好ましく思えました。でも、会場は結構、興奮してたので、エキサイティングな演奏だったのかなぁ。
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by zerbinetta | 2012-02-15 02:44 | ロンドン交響楽団 | Comments(4)

三途の川を渡れずに戻ってきてしまった パドモア、ルイス、「冬の旅」   

14.02.2012 @wigmore hall

schubert: winterreise

mark padmore (tn)
paul lewis (pf)


ああ今日はヴァレンタインデー。ひとりのわたしにはつまらない日。誰もチョコくれないし。こんな心のすさんだ孤独な夜は死に誘われて旅に出よう。冬の旅。と言うわけではないのだけど「冬の旅」を聴きました。ほんとのこというと、マーク・パドモアさんの歌うシューベルトの歌曲がとってもいいという評判と、ポール・ルイスさんのシューベルトが絶賛されていたので、おふたりが一緒のシューベルトの歌曲のシリーズ聴きたくなったんです。去年の暮れの時点でチケットわりとあったのでのんきに構えてたら、いつの間にか全部売り切れてしまって、結局何とかリターンが取れて潜り込んだわけです。

と、実はここまでは聴きに行く前に書いた。すらすらと。ところが、聴き終えてみると、何も書けない。書く言葉を失った、と言うか、あの音楽を、演奏を生半可な言葉にしていいのか、という葛藤があるんです。
シューベルトの音楽は凄まじく深い穴をぽっかりと開けて我が心を飲み込む。恋を失って彷徨い死を乞うも死にきれず絶望した若者の音楽。最後の最後の空虚な音楽は、もうどうしようもなく虚無に響く。そこには希望も絶望すらもない。なんという世界観。シューベルトは、最後のピアノソナタや3重奏、弦楽5重奏曲が大好きなんだけど、死と隣り合わせにあるものの柔らかな死と和解した安らぎがあるのに、ここには何もない。でも、東洋の絶対的な明鏡止水ではなくて、宇宙の真空にもエーテルを満たしてしまう西洋の、何か得体の知れないものが満たされている無の世界。いったいこれはなんなんだろう。

そんな世界を目の前に作り出してくれた、ふたりのとてつもない演奏者。歌とピアノがどちらも主役にして従、これ以上ないバランスで奏され、音楽の世界を作っていく。パドモアさんはとっても丁寧な発音で、歌うことと同時に言葉を紡ぎ出していて、わたしにドイツ語が聞き取れたならどんなに豊かな世界が広がってたでしょうと、悔しい思いをさせるような歌い方。詩と音楽の世界が彼の中でぴたりと一致している。
ルイスさんのピアノも、伴奏なのに、ソロで聴いても過不足のない音楽を奏でているように聞こえる。世界がゆらりと揺れたり、ふうっと消えたり、彼の世と此の世の曖昧な場所で行き来する。最後の曲の不協和音には向こうの世界の光りがふうっと揺らめいたり。音楽が終わったあとの長い沈黙。わたし自身もどこの世界にいるのかよく分からなくなってしまった。

シューベルトが大好きと言いながら、歌曲に疎いわたしは、「冬の旅」も聴くのが初めてで、しかも歌のリサイタルも数えるほどしか聴いたことがありません。なので、わたしに理解できるのか、ちゃんと聴くことができるのか自信がなかったんだけど、残念ながら、歌詞を覚えていないのでちゃんとは聴けていないのだけれども、それでも圧倒されました。すごい世界にふらりと足を踏み入れてしまった感じです。良く知っている人からは、ちゃんと勉強もしないでって怒られて当然だし、自分でも猫に小判だと思うけど、それでも、この音楽会はわたしには掛け替えのない体験になりました。自身も死の世界を垣間見て三途の川までふらふら行って渡れずに戻ってきてしまったみたいです。せっかく生きることができたんだから、もっと深く歌を聴いてみたいと思います。シューベルト好きとして、これはもう避けてはいけないですね。
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by zerbinetta | 2012-02-14 09:19 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)