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サンタクロースがヒッグス粒子に乗ってやって来た セーゲルスタム、読響   

2013年1月26日 @東京芸術劇場コンサートホール

シュトラウス:交響詩「死と変容」
セーゲルスタム:交響曲第252番「ヒッグス粒子に乗って惑星ケプラー22bへ」
シベリウス:交響曲第2番

レイフ・セーゲルスタム/読売日本交響楽団


ヒッグス粒子に乗って惑星ケプラー22bへ向かっていたサンタクロースが道を間違えて、季節外れの日本にやって来たようです。ので聴いてきました。だってセーゲルスタムさん大好きだし、サンタさんだからプレゼントくれるかなって。読響の評判もいいので聴いてみたかったんです。読響、聴くのは初めて♪
東京芸術劇場は遙か昔に来たような気がします(記憶力に難ありなのでがあやふや)。IWPにもよく出てくる名所(?)ですしね。前は長いエスカレーターがあったと思うんだけど、記憶違いかな。それにしても日本のホールってビルの上の方にあるのが多い気がするんだけど、気のせいかしら。

セーゲルスタムさんと読響の音楽会は2つのプログラムがあったのだけど、人気のありそうなマーラーの交響曲第5番をメインにした方ではなくこちらをチョイス。セーゲルスタムさんのマーラーはフィルハーモニアで聴いたことがあるので、どんな音楽になるのか予想はついていたし、それはとってもユニークでステキな演奏だったのだけど、自作の交響曲第252番の方により強い引力を感じてしまったんです。話の種に聴いておかなきゃって。

最初は、シュトラウスの「死と変容」。どんな音楽になるのでしょう?わくわく。サンタさんが巨体を揺るがして登場。静かに音楽が始まります。ん?あれ?れれれ?戸惑い。なんだか音楽がばらばら。どうしたことか。でも、この方向は。はたと思い出した。以前にマーラーの交響曲第5番の演奏でもやっていたこと(1週間前の読響との演奏でもそうだったのかは分かりませんが)。そのときの日記を引用してみるね。
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セーゲルスタムさんの音楽は、マーラーの音楽をひとつひとつの部品にまで分解してその部品ひとつひとつを丁寧に磨き上げている。だから、それぞれの部品がとってもきれいによく見えるし、マーラーが書いた複雑な音符が全てしっかりと聞こえてくる。でもそういう演奏なら最近多いし、こんなに不思議な気持ちになることはないと思う。何かが違う。そう、組み立て方が違うんだ。っていうか組み立てていないっ。セーゲルスタムさんは部品をそのまま部品の状態で置き放したまま組み立てるのを止めたよう。
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そのときと同じようなことをこの音楽でもやってる。でも決定的な違いはそのあと。
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セーゲルスタムさんはどのように秩序づけてるんだろう? その答えは聴き進むうちに見えてきたような気がします。セーゲルスタムさんは音楽の中に秩序を求めないで、音たちの外に世界を作り出してるの。音たちがあちらこちらから飛び込んでくる世界にわたしたちは入り込んだよう。音どおしを関連づけて音楽を創ることを止めて、音を入れる大きな入れ物を創った。そしてそれは閉じずに開いている。世界なのだから。・・・ここにある音たちはわたしたちと一緒に世界に存在している。音は外にある。
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この、音を入れる世界を作ることが読響にはできていなかったように思えるの。だから磨き抜かれた部品がそこここにあるだけで、ひとつの世界にならなかったんだと思うんです。わたしは、上手いオーケストラって、演奏者ひとりひとりがとても良く音楽を知っているオーケストラだと思います。読響はまだそのレヴェルには達してないんだな。指揮者に応えて弾くことはできていても、音の背後にあるものを表現することがまだできていないように感じました。ずいぶんと変わったシュトラウスへのアプローチなので、それを消化することができなかったんだと思います。セーゲルスタムさんの「死と変容」はウィーン世紀末の爛熟した時代の交響詩と言うより、北欧伝説の交響詩のようでした。セーゲルスタムさんのやりたいことははっきりしていたのに、読響がそこまでついて行けていないように思えたのがちょっと残念でした(オーケストラの音色は透明でがんばっていたのだけど)。
セーゲルスタムさんがロンドン・シンフォニーを振って「死と変容」を演ったときの感想はこちら。http://zerbinetta.exblog.jp/11065146/

さて、いよいよ、交響曲第252番。セーゲルスタムさんの作品を聴くのは2回目。前は交響曲第189番でした。それにしても、なんというか、交響曲を300曲近く書くなんて。。。(現在261曲。順調にいけばあと5年で300曲)。本人はひとつひとつ覚えているのかな。わたしは、第235番と237番の違い分かるのだろうか?
セーゲルスタムさんはシベリウスの交響曲第7番をとても高く評価しているので、彼の交響曲は初期の数曲を除いて全て単一楽章。第63番以降はほとんどの曲で演奏時間が24分となってます(その前のもほぼ20分台)。もうひとつの特徴は、多くの曲で偶然性、自主性を採り入れているので指揮者なし。今日の「ヒッグス粒子・・・」も指揮者なしです。音楽をリードするパートがその都度、合図します。セーゲルスタムさんは隅で楽しそうにピアノを弾いていました。
音楽は予想に反して、ということは実はなく、前に聴いたときそのままのセーゲルスタムさんの音楽。響きが透明できらきらしてる。ハンマーを派手に打ち鳴らしたり(マーラーのもそうだけど、ハンマーって来るぞ来るぞって見てるだけでワクワクするね)、マッシヴな音の大音響でも音が濁ることなく透き通って見えるのでとっても聴きやすいの。ヒッグス粒子云々については、何のことかちんぷんかんぷんだったけどね。宇宙をちっちゃな粒子に乗ってサーフィンしてるイメジで聴いたらいいのかな。でも、彼の曲多すぎてどれが代表作なんだろう。もし、彼の交響曲全集が将来出るとしたらCD100枚組とかになるのでしょう。でも、そんなの聴くの大変だから、傑作を1枚か2枚くらいにまとめて欲しいな。なんて言ったら、ひとつひとつ大切に作曲しているセーゲルスタムさんには失礼ね。ごめんなさい。

最後は、お国もの、シベリウスの交響曲第2番。シベリウスこそ、特に後期は、音楽が音の小さな細胞からできています。だから、セーゲルスタムさんがシュトラウスでやった細かな部品を磨きに磨くアプローチが生きるかな、でも組み立てはどうするのかな、と思って聴き始めたら、そんなアプローチを捨てて、しっかりと音楽をまとめてきました。速くはないけれど、すうっと動くようなテンポで、音と音の間にしっかりと糊がつまってる。しかも暖色系の音色。おおお、シュトラウスとは正反対のアプローチ。これをシベリウスでやるとは。奇をてらわず王道を行くようなシベリウスなので安心して聴いていられます。オーケストラも普段の通り安心して弾いてる感じ。わたし的には、背伸びしても地平が見えないほどの雄大な演奏を期待していたのだけど、しっかりとまとめてきたこの演奏も地に足のついたステキな演奏だったと思います。
季節外れのサンタクロース。しっかり大きなプレゼントをいただきました。
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by zerbinetta | 2013-01-26 21:13 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

温かなぬくもりのホールの音楽 鈴木雅明、東京シティフィル モーツァルト、マーラー   

2013年1月18日 @東京オペラシティ コンサートホール

ヨーゼフ・マルティン・クラウス:交響曲 VB146
モーツァルト:交響曲第25番
マーラー:交響曲第4番

森麻季(ソプラノ)
鈴木雅明/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団


初めて行くオペラシティ。日本で音楽会聴くのも超久しぶり。ワクワクしないわけありません。同じビルにあるICCでやってる「アノニマス・ライフ」展も観に行って充実。スプツニ子!さんの「菜の花ヒール」観たかったの〜。わたしにはちょっと大きすぎるヒールでした。でも菜の花のアイディアはステキだな〜。

音楽会は東京シティ・フィル。初めて聴くオーケストラです。指揮の鈴木雅昭さんも初めて聴く指揮者。バッハ・コレギウム・ジャパンを結成して海外でもめちゃくちゃ評価の高いバッハのカンタータ全曲を録音している指揮者さん。バッハとか専門と思ったら今日はマーラーも指揮するのでびっくり(とはいえ、古楽の演奏家が古楽専門って訳ではないですものね)。

まず、ホールの印象。木組のぬくもりのある高い天井の美しいホールは、見た目もとってもステキで、音もとってもまろやか。なんか高原の避暑地の教会に来たみたい。ロンドンだったら規模は違うけどキングス・プレイスのホール1が近いと思うけど、こんな贅沢なホールを持ってる東京の人は羨ましい。ひとつ欠点を言えば(これを難癖をつけるというのですね)、音がとても良く響きすぎてお風呂で歌うように、オーケストラが上手く聞こえすぎることかな。あれ、これ欠点とは言えないかぁ。

東京シティ・フィルは舞台上で音出ししていた奏者もいったん袖に引っ込んで、みんなで出てくるスタイル。拍手しようとしたら、お客さんは粛々と出を待っていてちょっとどぎまぎ。拍手しないのがルールなのかなぁと思いつつ、モヤッと気持ちをもてあましてしまいました。なんかとんでもない宗教的な儀式が始まるみたいでびっくりしたよ(パルジファルなんかはこんな雰囲気だものね)。

最初のクラウスは名前も初めて聞く作曲家。モーツァルトと同い年で、スウェーデンのモーツァルトと呼ばれた人なんだって。単一楽章で、フーガに特徴のある音楽は、ホールが響きすぎるせいか、オーケストラの音が豊かなせいか、わたしにはちょっと曖昧に濁ったように聞こえて残念でした。現代楽器では丸くなっちゃうので音を短めに切ればいいのかなと思いました。ピリオド楽器や奏法をすれば良いとは思わないけど、音の作り方に工夫ができるようになればもっといいのにって外野席から勝手に思いました。

モーツァルトのト短調の交響曲は、マッシヴに聞こえてくる弦楽器の速いパッセージの音の掛け合いが、バロックのコンチェルトグロッソみたいに響いてとっても爽快でした。これはいいなぁ。決して重くならない青春の疾風怒濤。小林秀雄が疾走する悲しみと書いたのはこの曲じゃないけど、でもその言葉がぴたりとはまる(元々この言葉を作ったのは小林秀雄じゃないし、そして、元になる言葉を書いたアンリ・ゲオンと小林秀雄がこの言葉を使った曲はふたりで違ってる)。だから、モーツァルトは悲しく疾走するんだ。あなたが思ったその曲で。そう言えば、ツイッターでは、切れ味の良い包丁でキャベツの千切りを切るような爽快感、と書いたけど、わたしにとってはキャベツを切る悲しみ?なんて馬鹿なことを言ってないで、疾走して涙が置いてけぼりを食らうような晴れ上がった悲しみなのよね、この曲も。

休憩の後はマーラーの交響曲第4番。この曲大好きなので楽しみにしてました。それにバッハで名をあげた鈴木さんがどんな音楽を作るのか。無伴奏ヴァイオリン曲みたいな点で対位法を作るので鈴木さんの音楽にますます興味がつのったのです。
鈴木さんはゆっくり目のテンポでとても丁寧に音楽を作っていきます。モーツァルトを聴いてるときからもわもわとオーケストラの上手さに満たされてきたんですが、このマーラーもとっても良い音で弾いていきます。鈴木さんの棒にきちんと反応してひとつの楽器のように音を紡ぐ。美しさ、天国的な平安を全面に押し出した演奏。軋んだり反発したりする音たちをひとつの整った音の絵にまとめる演奏だったのだけど、わたし的にはタイプの演奏ではなかったんですけど(わたしは、軋む音たちからなる対位法を強調した演奏が好きです)、でも、音楽の豊かさ、美しさはこの演奏をとてもステキなものにしていたし、わたしもとても楽しんでいました。
特に第1楽章が良かったです。音の薄い室内楽的なアンサンブルの多い、ちょっとした失敗ですぐ崩壊してしまうような華奢な音楽を流れるように豊かにまとめたのが素晴らしかった。反対に、第2楽章はもう少し、突っ込んだ表現をして欲しかったなと思います。せっかく高く調弦されたヴァイオリンのソロが普通のヴァイオリンの音とあまり変わらなくて、オーケストラの中に入ってしまっていたのが残念です。これはソロイスティックにKYで弾いてもらいたかったです。
第3楽章は、この演奏が一番ぴったりはまるハズなのですが、少し油断したのか、多少の弛緩と停滞がみられてしまいました。もったいない。音楽がわりとストレイトに書かれているので、かえって仕掛けが欲しくなっちゃうのかなぁ。それとも、究極の美を求めちゃうので(MTTとロンドン・シンフォニーで聴いたとき、この楽章をぜひわたしのお葬式にと思った)、少しでも欠けると(なんと贅沢な!)目立っちゃうのかしら。
ソプラノの森麻季さんが入った第4楽章。麻季さんのまっすぐで素直で軽やかな歌は、マーラーの子供の世界のイメジにぴったりでステキ。ただわたしの席のせいか、声がいいときと悪いときの差がはっきり出ちゃったみたい。麻季さんってずいぶん前にワシントン・オペラ(現ワシントン・ナショナル・オペラ)で歌っていたのを聴いたことがあるのだけど、今は日本を中心に活動してらっしゃるのかな。1998年のオペラリアのコンクールで第3位入賞してドミンゴさんのワシントン・オペラに引っ張ってこられたんだと思うのだけど、この年の入賞者って1位にシュロットさん、2位がディドナートさんという錚錚たるメンバー。因みにわたしが初めて彼女を聴いたのは、ネトレプコさんの代役でジルダを歌ったときだけど、そのネトレプコさんと麻季さんとコンクールを競ったシュロットさんが後に結婚するんですね(って全然本題に関係ないワイド・ショウ・ネタでした)。

今日はステキなホールで、ステキなオーケストラ、ステキな音楽を堪能しました。素晴らしい夜。シティ・フィル良いですね〜。ヴィオラにちょっと難点があったけど、これからも聴いていきたいオーケストラでした。
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by zerbinetta | 2013-01-18 21:40 | 日本のオーケストラ | Comments(0)