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バレエ「春の祭典」   

なんかうっかりハルサイ・ブームが来てしまいました。どうしましょ。

バレエのヴィデオをユーチューブを彷徨って観てました。
まず、再現された初演のニジンスキーの振り付け。もうこれはとんでもない。正直、これを初めて観た当時のお客さんが混乱し怒るのも無理ない、バレエのセオリーを完全に無視したグロテスクな踊り。音楽が20世紀の記念碑を建てたように、バレエも金字塔を打ち立てた。ここからバレエが変わったと言って過言ではないくらい。ニジンスキーの創造は、優雅な伝統とか正統とかからの完全な解放。振り付けではなくその元になる精神が新しくなってるの。それにしても、過激なストラヴィンスキーの音楽に、さらに過激な振り付けを為し得たニジンスキーの天才というか狂気ぶりはまさに奇跡。あの時代のパリが生み出した奇跡ですね。

シャンゼリゼ劇場でのゲルギーとマリンスキー劇場による、ニジンスキー振り付けとサーシャ・ワルツさん振り付けのもの
新しい振り付けとオリジナルのニジンスキー版を見比べてもニジンスキーがいかに斬新か分かります

こちらは日本ではお馴染みのベジャール振り付けのもの

これは馬!が出てきます。ブーレーズさんとパリ管。劇場で演ったんでしょうか?

生け贄の踊りの抜粋。2番目のピナ・バウシュさんのは良さげだけど、次のアンジュラン・プレルジョカージュさんのはまさにレイプ(R18)

ピナ・バウシュさんのフル・ヴァージョン(R18)

ワルター・チンクネラさんの変なの。最初芋虫が出てくると思っちゃった

4手のピアノ版(スカトロ)とライプツィッヒ・バレエのオーケストラ版(ソリストに日本人)、どちらもウヴェ・ショルツさんの振り付け(R18)

それにしてもちょっと探しただけでこんなにあるし(わたしが生で観た3つの版はここには入ってません)、こんなにも振付家の想像をかき立てる作品は他にないでしょう。最初っから新しくて決して古くならない「結婚」と共に類いのない作品のような気がします。
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by zerbinetta | 2013-05-30 23:29 | バレエ | Comments(0)

わたしの中二病とハルサイ   

今日は、ストラヴィンスキーの命日、じゃなくって、20世紀音楽の最大のエポック・メイキングな音楽、「春の祭典」初演100周年です。1913年5月29日、パリのシャンゼリゼ劇場で、バレエ「春の祭典」は初演されました。そのときの混乱ぶりは今も語りぐさですね。音楽がというよりニジンスキーの振り付けたバレエの語法があまりに革新的だったのが(内股で踊るとか)、大きな要因だったみたいです。その様子をBBCがドキュメンタリー映画にした動画がここで観られます。オリジナルの振り付けによるバレエも再現されてるとても興味深い映像ですよ。

100年記念のハルサイ・ブーム。ナクソスからこんなタイトルのアルバムが出ました。"ハルサイとか聴いてるヤバい奴はクラスで俺だけ。 ~「春の祭典」初演100周年記念アルバム~"。中二病ですか、そうですか。「春の祭典」の他、ニーチェの哲学書に基づく壮大なロマン(ウソ)「ツァラトゥストラはかく語りき」や「答えのない質問」(この曲に答えた曲が最近書かれませんでしたっけ?と思って調べたら、「質問のない答え」だった)、「カルミナブラーナ」の有名な曲やグラスのヴァイオリン協奏曲なんかも入ってる。わたしの田舎の中学生の頃とずいぶん違う雰囲気もあるけど(グラスなんて聴いたのずいぶん後になってから)、自意識過剰感タップリの中二大人にはぴったりかも。ってか、なんとクラヲタ自虐的なコンセプトのアルバム。
さらなるクラヲタさんは、このアルバムに入ってるハルサイが1913年版であることをめざとく見つけて、「普通演奏される、1947年版や1967年版とは違うんだよ」なんて言い出すかも知れない。ストラヴィンスキーは改訂の人で、「火の鳥」や「ペトルーシュカ」ほどは大きく違わないみたいだけど、「春の祭典」もいくつかの版があるの。作曲家自身が指揮できないという理由で複雑なリズムを単純にしたトンデモ版も。「えっ?どこが違うの?」なんて聞き返さないのは乙女のたしなみ。「最後にシンバルが入るのよね〜」なんて言ったらフラれる。
こんなこと言ってヲタク感丸出しのわたしはいまだに中二病が治ってない。

わたしの中学時代は、もちろん絶賛中二病中。ご多分に漏れず、ツァラトゥストラも読んだし、むしろキェルケゴールにはまって(背伸びしすぎ)、生は、死は、なんて分かりもしないのに深刻ぶってた。音楽は「大地の歌」にかぶれてたな。あの頃ゲンダイ音楽と言ったら、ハルサイではなく、バルトーク。「涅槃交響曲」もよく聴いてたような。それから、ゼルダにはまったのは、あれっ?高校に入ってからだっけ?今から思うと、かわいげのないお子様の中学時代。わたしの黒歴史。

「春の祭典」は、もはや古典と言える作品だと思うけど、原色の派手な色使いや斬新なリズムは、いまだに新しさを生み出してるんですね。モーツァルトやベートーヴェン、マーラーやドビュッシーに馴染んでるクラシック・ファンの人にも新規でグロテスクに聞こえる。ゲンダイと古典の分水嶺になってるのかも知れない。
ひねくれ者のわたしは、そんな「春の祭典」を認めたくなくて、音楽は「ペトルーシュカ」の方がもっと先を行ってるのよ〜、なんて言い張ってたり(ほら、中二病)。現代の音楽への影響力はシェーンベルクやウェーベルンの方が上よね〜なんて言って。
でも今は、少し大人になったわたしは、素直に「春の祭典」って良い曲だわって言える。いつ聴いても明らかに新鮮。バレエの方もいろんな振り付けのものが作られてるし、想像力を喚起する作品であるのね。

そして、マリノフスキーさんのアニメイション、グラフィカル・スコアがユーチューブに上がってたので、ひとつ。第1部第2部。わたしはちょっと酔っちゃいそうになるので苦手なんだけどとてもきれい。(「牧神の午後」にはなにやら暗号めいたものが)
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by zerbinetta | 2013-05-29 21:09 | 随想 | Comments(0)

ロイヤル・オペラ・ハウス探検   

昨日はバレエのミニチュア・シアターを載せたので今日はオペラの。でも、題名分からないんですね〜〜。控えておけば良かった。ぐすっ

チャイコフスキー:女帝のスリッパ
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マスネ:マノン??
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ラヴェル:スペインの時
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ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(最近オマーンにもロイヤル・オペラ・ハウスができました)。とてもステキな劇場ですが、昔の重厚な木造の内装の部分を残しつつ、近代的な建物を建て増した複雑な構造なんです。レストランやバーがある方、はガラス張りの温室のような明るい近代的なもの。オーディトリアムは木のシックな感じ。で、オペラ・ハウスの探検で楽しい(?)のはトイレ探し。大きなトイレは、新しい建物の方にあって、1階のクロークとオーディトリアムの間と、アンフィ・シアター・レヴェルのバーの裏っかわ(こちらは利用したことがないので多分)。でも、それだけじゃなくて旧館の方にもトイレが点在。大きめのは右側のバルコニー・レヴェルとアンフィ・シアター・レヴェルの間の階段のところにあるんだけど、木のドアの重厚な、ちょっと落ち着いた雰囲気のトイレ。だけど、もっとオススメは隠れトイレ。左側の一番奥(ステージより)の階段のバルコニーとアンフィ・シアターの間(女子、男子はそのひとつ下だったかな)。意外と知られてなくて、いつもわりと空いてます(1階の新しいメイントイレは混雑)。さらにそれだけじゃなくて、ぽつんぽつんと、あっ!こんなところにトイレって感じでユニ・セックスのトイレが隠れてます。いったいいくつあるのかわたしも全部は知らないんだけど、2階のバー(左)の横(ここは目立つので人気(?))と左のエレベーターの確かバルコニー・レヴェル(このふたつは車椅子用に自動ドア)。右側は、ストールズ・サークルとアンフィ・シアター・ロウアー・スリップの席のすぐ後ろ。これくらいがわたしの知ってるところだけど、きっとまだ他にもある。グランド・ティアーやクラッシュ・ルームのあたりは探検したことがないので(リッチなエリアなので気が引けてる軟弱者)、きっとこのあたりにも隠しトイレがあるでしょう。VIP向けのトイレがあるかも。

って、探検ってトイレかい?って怒られそうだけど、じゃあ、今度、前のロイヤル・オペラの音楽監督の肖像写真、見つけてみてね。オペラ・ハウスの中、休憩時間でも誰もいないソファのあるコーナーとかあって奥が深いですよ。
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by zerbinetta | 2013-05-28 22:29 | 随想 | Comments(0)

ミニチュア・バレエ   

以前に撮った写真でブログに載せてなかったものを。
ロイヤル・オペラ・ハウスは、オペラやバレエを観る以外にも、ちょっと早く来たら(と言ってもオーディトリアムに入れるのは開演の20分?30分前からですが)、とか幕間、平日の昼間(入れるところに制限があります)もささやかな楽しみがあります。1階やエスカレーターを上がっていったアンフィ・シアターの階の回廊で時期ごとにテーマを持って展示されてる写真や資料。そして、1階のオーケストラ・ストールのすぐ外側には、昔のオペラ・ハウスの絵や肖像画、胸像。そして、ミニチュア・シアター。実際の舞台を作るときに、作るものだそうですけど、とってもステキ。今回はその中からバレエのシーン。

これはコッペリアかしら(観たことがないので間違ってるかも知れません)
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そして、アリス
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オーディトリアムを出た廊下の部分(トイレの並び)には、等身大の実際のバレエの衣装やオペラの衣装、そして、ミニチュアのバレエの衣装。これ売ってるもので、前は値段が書いてあったんだけど、欲しいっ!って思ったけど、むちゃ高いの。多分、実際の衣装より高いんじゃないかしら。でも家に飾っておきたいなぁ(場違いって言わない!)。
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眠りの森の美女のリラの精の衣装
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オペラ・ハウスに行くときはぜひ、ゆとりを持って行って、いろいろ見てみては。
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by zerbinetta | 2013-05-27 22:59 | バレエ | Comments(0)

審査員になったつもりで作曲賞 2013年度武満徹作曲賞本選演奏会   

2013年5月23日 @オペラシティ・コンサートホール

小林純夫:the lark in snow
神山奈々:"close" to you to "open"
ホワン・リュウ:zwei landschaftsbilder
マルチン・スタンチク:sighs -hommage à frederyk chopin

工藤俊幸/東京フィルハーモニー交響楽団


今年の武満徹作曲賞の審査員は、この間個展を聴きに行ったサー・ハリソン・バートウィスルさん。今日はその本選の音楽会に行ってきました。4人のファイナリストたちの作品が演奏され、審査員のサー・ハリソンさんが、賞を決めます。最初から最後までひとりの審査員(毎年変わる)が審査する作曲賞。冠になってる武満徹は言わずと知れた日本の作曲界の重鎮だった人。世界的にも作品が演奏されていることに関しては、日本人作曲家の最高峰のひとりでしょう。と紹介しましたが、実は、わたし、武満の良さがあまり分かっていなかったり。。。いい曲もあるけど、たいしたことのない作品も多い印象。何でも書いた人だから。まあでも、それは置いといて、ここオペラシティのコンサートホールは、タケミツ・メモリアルとも言うのですね。天井が木組みでバンガローのように高くて、上を向いて眺めると気持ちがいい。天井の雨戸は開演前は開いてるのね。窓越しに青空が見えました。オーケストラには少し響きすぎる(イギリスの響かないホールに慣れてる人の感想)感じがするけど、居心地のいいホールです。ここで演奏されるなんて幸せ。しかもフル・オーケストラで。工藤さんと東京フィルの演奏は、とっても良かったです。きちんと楽譜にあるものを音にしていたと思います(楽譜にない解釈なりニュアンスを音にしないのはコンクールゆえかしら)。

プログラムは先日行ったコンポージアムのと共通なので、バートウィスルさんの評だけを読んで(作曲家のプロフィールと自分の作品について述べたものは飛ばして)、臨みました。審査員になったつもりで。でもね、わたし、前に、ブザンソン国際指揮者コンクールのセミファイナルだかを聴きに行って、審査して見事に外れた前科者。今回もきっと外すでしょう。でも、バートウィスルさんの評を読むと(スコアを見ての審査です)、書き方から見てどうやらスタンチクさんの曲が一押しらしい。これだけ、力入ってます。

さて、ひとつ目は小林さん(日本)の「雪の中の雲雀」。弦楽合奏と1本のフルートのための音楽です。フルートはソロで活躍するのではなく、静かに弦楽合奏に溶けて音色を変化させます。終始静かな音楽。弦楽器の特殊奏法(とはいえちゃんと弓で弦を弾いてます)で、かすれるような響きの音楽は、ラッヘマンさんみたく楽音より自然の音を出させるのかなと思ったらそうではなく、変わった儚い音色を要求しているゆえみたいです。とらえどころのない音楽と思っていたらなんだか居心地の良い安心感が。陰日向に、メロディが聞こえるんです。和声的できれいな。メロディのちらりズム。特に低弦にメロディが移ったときの安定感。メロディだけは通常の奏法で弾かれてるようです。吉松隆さんの音楽を思い起こさせるような感じの和声的なメロディです。それが、ふわふわと曖昧な特殊奏法の中に隠れていて。聴きやすい曲だったんだけど、ちょっと変化に乏しかったかな。お終いに近いところで、ヴィオラに特殊奏法ではない普通のロングトーンが出てきたときのドキドキ感がもっとあれば良かったのに。外国のトレンドはよく分からないけど、日本人としては武満や吉松さんで近しい部分もあるので、これがどう評価されるのか楽しみでした。

2つ目は、神山さん(日本)の「"close" to you to "open"」。日本語では何というのでしょう?あなたの近くで開いちゃう。あっ冗談ですよ!ヴァイオリンとピアノのソロに先導されて、大編成のオーケストラの賑やかな音楽。これも、無調の音楽と調性のある古典的な(ラヴェル的?)音楽の不協和の混合。調性のある音楽部分の元気溌剌な感じが良くて、やっぱり金管楽器なんかは、音階や倍音に沿った音を吹き鳴らすのが気持ちよいのよね〜なんて気にさせる。そして、今日一番の中国的。中国人のファイナリストいるのにね〜。調性部分は、なんだか、過去の作品のコラージュ(とはいえ何の作品が引用されているのか分からなかったし多分、引用ではなくて創作)みたいな扱いになったり、結構工夫されてた。最初ちょっといまいちかなぁって聴き始めたけれども、聴き終わって一番すかっとした。いまいちかなぁと思ったのはサー・ハリーさんがスコアを見て指摘されてたようなテンポ感。音は細かいんだけど、そこはもう少し先に進まないと(もう少し速度感が欲しい)という部分がちらほら聞こえました。でも、オーケストラを外連味なく開放的に鳴らせる技はたいしたもの。ただ、将来の彼女の作品リストの最初の方にこの曲が入ったとき、何となくスタンド・アローンな感じがしました。こういう方向で音楽を書くのかなって。あと、彼女は、映画音楽や劇場音楽に適正があるようにも思えました(素人意見です)。

3つめは。リュウさん(中国)の「zwei landschaftsbilder」。中国人の画家、呉冠中の2枚の絵に触発されて書いたそうです。呉がどんな絵を描く人なのか分からないので、何を表現しているのかはよく分からなかったです。音楽は、完全に無調のいわゆる現代音楽で、ある意味一番難しかった。とはいえ、大オーケストラを的確に鳴らす技量はたいしたものだと思いました。ただ、わたしにはちょっと変化に乏しいかなぁって感じました。この曲長かったし。でも、サー・ハリーさんは、予期しない方向へ常に流れていく、と書いてるので、聴く人が聴いたら変化があるのでしょう。

最後は、スタンチクさん(ポーランド)の「sighs -hommage à frederyk chopin」。いきなり予期せぬ音でびっくり。声(子音)を使ってる!小さめの編成のオーケストラで(コントラバスは3本(もしかすると4本だったかも)、金管楽器は1本ずつ)、でも、楽器叩いたり、息の音出したり、特殊奏法のオンパレード。でも、それらが雑音のようにならずにオーケストラの楽音としてちゃんと響いてくるのはさすが。この曲も調性のない音楽だけど、てきぱきとテンポ感があって、多彩な音色が楽しくて、金管楽器が場所を変えて吹いたりしてみてても楽しいし、ちょっとブルッときた。この曲が今日の4曲の中で、明らかな差を持ってわたしには一番よく感じられました。柔らかなマレットで一所懸命チューブラベルを叩くのがちっとも聞こえなくて、ちょっと技に走っちゃってるというのも若干感じましたが。経験の差がはっきり現れたような気がします(今日の4人の中で最高齢。他の人たちに比べて10歳くらい年寄り)。

そんなわけで、わたしの審査は、
1位 スタンチクさん
2位、3位 リュウさん、神山さん どちらが上か決めかねる〜。聴いたとたんはリュウさんの方がいいのだけど、神山さんのが心に残ってる感じ。
4位 小林さん

さて、サー・ハリーさんの順位は??
結果、今年の武満徹作曲賞は、
1位 スタンチクさん
2位 小林さん
3位 神山さん、リュウさん

でした。やっぱりスタンチクさんが、頭飛び出てたよね。小林さんの2位は意外。

と、自分も参加するように楽しみました!この4人が、これから活躍していく作曲家になるように願ってます。テクニック的な点では、みんなしっかりしてるし、個人が選ぶ賞なので、審査員の好みが最終的には決め手になってしまいます。だから、1位になれなかったといって劣っているっていうことはないので自信を持って音楽を作っていって欲しいです。
来年は、エトヴェシュさんが審査員。どんな作品が、賞を取るのでしょう。ただだしわたしも応募してみようかしら。と悪い冗談を言いつつ、年齢制限にしっかり引っかかってるのでした。

<追記>
サー・ハリーさんの講評がこちらに出ています。ものすごく的確で納得させられるものです。
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by zerbinetta | 2013-05-26 00:11 | 日本のオーケストラ | Comments(10)

印象的な収筆 ハリソン・バートウィスルの音楽   

2013年5月23日 @オペラシティ・コンサートホール

バートウィスル:ある想像の風景(1971)、ヴァイオリン協奏曲(2009−10)、エクソディ'23:59:59'(1997)

ダニエル・ホープ(ヴァイオリン)
ステファン・アズベリー/東京交響楽団


イギリスの作曲家、サー・ハリソン・バートウィスルさん(サー・ハリー)の曲、3曲(全て日本初演)まとめた音楽会、コンポージアム2013の音楽会のひとつ。今年度の武満徹作曲賞の審査員がサー・ハリーさんなので組まれた音楽会かな。武満賞の本選の音楽会は日曜日にあってそこで受賞作が決定します。
バートウィスルさんは,管楽器の凶暴な音使いもするけど、仄かに旋律的だったり調性的だったり(このさじ加減がとってもいい)わりと聴きやすい音楽です。今回の音楽会とこの間聴いたCDとで、1960年代から現代までにわたる彼の代表的な音楽を聴いてみたんですけど、サー・ハリーさんって金太郎飴のようにどこを切ってもハリーさん。もちろん、成熟度には違いはあるんですけど、作風は変えてないのですね。ということは、個展という形でまるまる1音楽会を彼の作品に費やしてしまうより、1つの作品を他の作曲家の作品と並列して採り上げた方が、音楽会に変化が出るかも知れません。よっぽどサー・ハリー・マニアならともかく(ってそんな人ほとんどいない?会場は音楽関係者っぽい人たちとマニアっぽい人たちがいっぱいでした)、一般の音楽ファンにはアピールしづらいものがありますね。今回響きの似た音楽が後ろに2つ並んでたので、小編成の歌モノが真ん中にあれば良かったかも知れません。それにしても、日本ってすごい!会場は満席とはいかないけれども、お客さん入ってたし、あたたかく音楽を受け入れていた様子。オーケストラもきちんと真面目に(こういうところが日本のオーケストラの良いところ)演奏していました。日本の音楽ファンってステキだなって思いました。

最初のある想像の風景は、前半は4群、後半は3群に分けられた金管楽器と、2群の打楽器(それぞれシロフォンとティンパニ)、2群のコントラバスのための音楽です。金管楽器は、トランペット、ホルン、トロンボーン(ところによりチューバ)が組になって4群、途中席替えして(打楽器とコントラバスの音楽は続いてる)、楽器ごとに3群になります。なので、前半は金管楽器のハーモニーよりも、点描的な音の表現、席替えして楽器ごとに分かれた後半は、水平的なハーモニー。それにしても、金管楽器の扱いが上手い。ミュート(カップ・ミュート系?)や音の強弱を駆使して多彩な音色を引き出していました。特に、ミュートしたトランペットの人の声のような音色にびっくり。

2曲目は一昨年初演されたばかりのヴァイオリン協奏曲。テツラフさんが初演を担当しているのですが,今日はホープさんが独奏。ホープさんはずっと前に聴いて印象薄かったので、どうなるのかなぁと思ってました。テツラフさんだったら良かったのにって。この曲、一昨年のプロムスでも演奏されたのですね。あれ?わたしどうして聴きに行かなかったんだろうと訝しんだら、その日は日本に帰っていたのでした。プロムスよりラーメンを選んだんですね。
ヴァイオリン協奏曲。作曲者の言葉を借りれば、ヴァイオリンとオーケストラの対話。オーケストラは合唱のように作曲されているとのこと。ヴァイオリンの独奏とオーケストラが,対等な関係で、でも対立するわけではなく、向き合ってます。力の入った名曲だと思います。ウェブ・サイトでテツラフさんとBBCシンフォニーとのプロムスでの演奏を聴きましたが、テツラフさんのは結構アグレッシヴ。対して、ホープさんは柔らかみがあって、音楽がとげとげしくない感じ。その分、オーケストラにもうちょっと控えた方がいいと思った瞬間もありました(音量で凌駕したと言うより、表現の方向性違い)が、どちらも気合いの入った演奏でした。ホープさん、どうなるかしら、と心配して損した(っていうか、今日はホープさんだから聴きに来ようか迷った失礼なわたし)。この曲、ヴァイオリンにメロディアス(といっても朗々と歌うメロディではなく、短くふと聞こえる隠れた旋律)な部分があったり、技術的には難しいのかも知れないけど、ヴァイオリン弾きにとっては楽しく弾けるのかもね。納得のいく良い曲だと思います。
ここでびっくり、サプライズで、サー・ハリーさんがこの日のために書き下ろした、ヴァイオリン・ソロのための短いアンコールがあるともっと良かったのですが、もちろん、そんなのはなし。あと、ホープさんって友達に似てて、ああ友達が弾いてるってずうっと思ってました。ってか、写真で見るよりずっといいじゃん。おでこそんなに広くないし。もしかしてわたし、ツェートマイアーさんと勘違いしてた?

最後は、エクソディ。タイトルが示唆するとおり、出(しゅつ)何かから。なんだけど、わたしはタイトルのような音楽には感じませんでした。脱出するイメジというより、何かそこに堆積するイメジ。もしくは見えない壁で脱出できないイメジ。全く正反対です。その理由かきっと、ずうっとそうされてる通奏旋律のせい。音楽の背後に、楽器を変え、隠れたりときどき現れたり、低い声部に行ったり高い声部に行ったりする持続的な音符があったからです。あまり動かないパッサカリアのような、というか心の中にずうっと聞こえている音。その上に、いろんな音がスパークする音楽です。ミニマムじゃないアダムスさんの音楽をいうのが頭に閃いたんですけど,何のことだか分かりませんね。
今日の音楽の中で,この曲が圧倒的に良かったし,演奏も良かったんです。
30分にわたる緊張の持続。30分ってモーツァルトやハイドンの最後の方の交響曲と同じくらいの長さだから、長くないように見えて、実は、ひとつの連続する音楽としては、ブルックナーの交響曲第8番のアダージョやマーラーの交響曲第6番のフィナーレの長さなので,かなり長いです。この長さで最後まで聴かせてしまうのですから凄いです。しかも、音楽が対比的というより、漸進的な変化と持続なので、一見コントラストに乏しいんです(だから、もう少し変化を付けてもとは正直思った)。最後の方の、はっちゃけたダンスのようなクライマックスは楽しかったですが。

そして。
音楽の最後、突然(という言葉がぴったり。予期してなかったことなので)、音楽が静かにふわりと終わるんです。何かがすうっと抜けたように。魂が抜けた?ああ、そうか、これがエクソディということなんだ。今までずっと聴いてきたものは、産みの苦しみ。でも、抜けるときはつるりと抜けるんですね。枝豆が鞘からつるりと抜けて口に滑り込むように。そんな、何かからの引力から解放されてふわりと自由に飛び出した瞬間の心地よさ。これなんですね。サー・ハリソンさんの音楽。筆をすうっとはらって最後に筆を、字を解放して書を留める。とてつもない開放感。似たような感覚は、ヴァイオリン協奏曲の最後にも少し感じたので、サー・ハリソンさんの音楽に含む秘蹟はここにあるんだって思いました。
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by zerbinetta | 2013-05-23 22:50 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

ヴァルハラで会おう   

まず始めにことわっておきます。ヴァルハラやヴァルハラ関係で検索されてここに来てしまった方、ごめんなさい。あなたの求めるものはここにはありません。最近テレビのコマーシャルでよく耳にする「ヴァルハラで会おう」も何のことかちっとも分からないんです。ゲームの一種?それともアニメ?ヴィデオゲームとかさわったことないし、携帯電話も持っていないのでちんぷんかんぷん。北欧伝説にも疎いです。そもそも伝説ものって我が祖国の古事記ですら最初にむちゃくちゃな名前の神さまが次から次へと出てくるところで読み切れずに挫折。読んだことのある伝説って、旧約聖書とギルガメシュくらいの軟弱者。

でも、ヴァルハラと聞いて放っておけません(言い過ぎ)。だって今日はワグナーの200回目のお誕生日。ヴァルハラに会いに行こうじゃありませんか。ヴォータンさまに。と思ったら、ヴォータンさまは家出して,ホームレスになってたのね。それにヴァルハラ燃えちゃってもうないし。

ワグナーは苦手です(キッパリ)。だって、1時間で済む話を4時間に引き延ばして,長すぎます。哲学的に見える話も底が浅くて、自己満足しすぎ。オペラという枠では(まあ、ワグナーは初期の作品を除いてオペラは捨てて楽劇,さらには舞台神聖祝典劇、と名前を付けてますが)、演劇的な要素が弱すぎて、ひとり語りするばっかりで人物たちが交差しない。だから愛を語れない。愛の物語であるトリスタンとイゾルデだって薬を飲んでセックスはするけど、愛の交換はないし。歌合戦で5時間も座ってたらおしりが痛くなっちゃうし、パルジファルなんてふかふかの布団と枕が欲しい。現代人(えっ?わたしが?)には,正直長すぎるのよね。劇場に行ったときは仕方ないけど、普段5時間もスピーカーの前に座って音楽を聴くなんて時間がない。ヴィデオに録って倍速にしちゃいたくなる。誰かかいつまんだヴァージョンを作って欲しい。彼の音楽は麻薬。オペラだって余分な部分を削ってしまえば、こよなく愛せると思うのよね。大好きな「トリスタンとイゾルデ」だって第1幕の3分の2はいらないし、第2幕だってマルケの独白は余計。第3幕もクーヴェナールいらないでしょう。

と、これ以上言うとワグナー・ファンにしかられちゃうので止めるのだけど、ワグナーはどこに行こうとしていたのだろう?
ちっとも知らなかったんだけど、ワグナーは晩年、次のオペラ(というか楽劇になるのか,神聖祝典劇になるのか,新しい名前を付けるのか)として、「勝利者」という仏陀を題材にしたものを計画していたとのことなんですが、どんな作品になったのでしょう。どんな内容の?いよいよ女性による救済から解脱しちゃうのかしら。多分、ショーペンハウアーの影響を色濃く受けた内容になってるような気がするのだけど、音楽以外はあんぽんたんの彼(石田衣良さんの言葉を借りれば、巨大な耳に貧相な身体が付いた人)がどんなお話を作るのか、見られなくてとっても残念。もし、このオペラが完成していれば、確実に歴史は変わったでしょうね。

そんなわけで,ワグナーのお誕生日には、「ヴェーゼンドンク・リーダー」を。だって、短いから。
そして最後の謎に思いを馳せるには、ハーヴェイさんの「ワグナー・ドリーム」。ワグナーの最期の時とワグナーが頭の中で描いたオペラ「勝利者」を重層的に(ワグナーは演劇、オペラは音楽)描いたもの。ワグナーの矛盾、煩悩が描かれていて、到達点は、聴き手が想像するしかないのだけど、ワグナーを想うのにはぴったり。(と思ったけど、誕生日ではなくて命日に聴くべきだったかな)
(興味のある人には)CDが出ています。「wagner dream」です。間違ってもDVDの「wagner's dream」を買わないように。後者はメトでの「リング」の舞台裏です。こっちの方が普通は興味深いかも知れませんが。へへっ
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by zerbinetta | 2013-05-22 23:43 | 随想 | Comments(4)

ラ・トゥールの陰翳とカルテット   

ラ・トゥールという画家の絵が大好きです。田舎暮らしの子供の頃、うちにあった百科事典の美術の巻。その中にあった小さな小さな絵に魅せられたんです。頭蓋骨に手を置き蝋燭の小さな明かりの下、瞑想に耽るマグダラのマリアの絵。ひっそりと本の中に佇む1枚。いつかこの絵を観たいと、憧れが裡につのるばかり。浮気もたくさんしました。小学校か中学校の美術の教科書に出てた,マグリットやキリコ、乙女心を掴んだローランサン。USに住処を移してから知り合った,フェルメールやオキーフ。グレコの紫やゴッホの淡い青緑(ゴッホというと鮮烈な黄色って言われそうだけど,わたしにとってはひまわりやラ・ムスメの背景や自画像の後ろのうねうねの色のイメジが強いんです)、ミロの真っ赤。浮気しすぎ?

メトロポリタン美術館は、ワシントンDCからのこのこメトのオペラを観に行ったついでに何回も行きました。そこには,ラ・トゥールがある!確かにあった。蝋燭の火に瞑想するマグダラのマリア。でも、何か違うの。本で見ていたのとは印象が違う。本で見たのはずうっと前だから?記憶違い?

ワシントンDCのナショナル・ギャラリーは大好きな場所。迷路のようなたくさんの部屋を迷いながらの何回目かの逍遙のとき、ふらりと迷い込んだ部屋でへなへなと座り込んでしまった。目の前には、恋い焦がれていたマグダラのマリアがひっそりと座って。燭台下暗し。こんなに近くにあったなんて。わたしたちはついに出逢ってしまった。それ以来、この部屋は、ナショナル・ギャラリーの中で、フェルメールの天秤の女の人の飾ってある小さな部屋とともにわたしの一番の場所。何回、ここに来たことか。ぼんやりと閉館の時間まで座って。(マグダラのマリアの瞑想を描いた絵をラ・トゥールが何点か書いているのを知ったのはそのときです)

メトのマリア
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ナショナル・ギャラリーのマリア
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フェルメールも光りをうんとステキに描いた人だけど、窓の外から光が差し込んできて絵を照らすフェルメールの明るさに対して、小さな蝋燭の光りが絵の内部に消えていくラ・トゥールの光りもステキ。
こんな光りの効果、陰翳法をキアロスクーロ(イタリア語で明ー暗という意味だそうです)ということを最近知りました。もちろんフェルメールやラ・トゥールの専売特許ではなく,広く絵画芸術に使われている方法。
陰翳。谷崎潤一郎が,日本の文化の特異な美質と書いた陰翳。皮肉なことに,今ではどこここも一様に明るい日本にはなくなってしまって,むしろ欧州の家や町に残ってる。

光や影の効果を音楽に取り入れるように、「わたしたちがカルテットにこの名前を付けたのは,第一にこの言葉が好きだから。わたしたちは音楽だけでなくいろんな芸術が好き。わたしたちのレパートリーであるボッケリーニからシューベルトまでの古典のレパートリーはたくさんのハーモニーのコントラストがあって・・・」、とキアロスクーロ(これまでカルテットの名前としてぐぐったとき多く出てきたチアロスキュロと表記していましたが、美術用語としてはキアロスクーロが一般的なようなのでこれからはこう表記します)の名前を冠(いただ)いたカルテットがあります。わたしが愛して止まない,アリーナが第1ヴァイオリンをつとめるカルテット。ロイヤル・アカデミー・オヴ・ミュージックに在籍していた弦楽奏者4人で2005年に結成された(女性4人、2010年頃に第2ヴァイオリンが男性のパブロさんに替わってます)、ピリオド・スタイル(チェロはピンを立てずに膝に抱えて弾きます。他の奏者は立って演奏)のカルテットです。2枚目のCDを先日発売しました。とても楽しみにして予約して買ったんです。このCDには、ベートーヴェンの作品95「セリオーソ」、モーツァルトのk546「アダージョとフーガ」、k428のカルテットが収められてます。

早速聴いてみてびっくり。なんて大胆に削ぎ落とされた音。でも、決してやせた演奏ではなくて、アグレッシヴに光りが明滅する彩度を落としたモノクロームの演奏。色彩のない白黒の写真が、無限大に変化するコントラストで、カラーの写真よりもはるかに多くの情報を含むように、音楽の強さに圧倒される。いわゆるピリオド・スタイルの演奏で、ヴィブラートを排したストレートな音が張り詰めた響きで、ここまで音の輪郭をはっきりさせると、昔の音楽と言うより,はっきりと現代的な響き。一糸纏わぬ裸のベートーヴェンが音楽と格闘している。目のやり場に困ってドキドキしてしまう。裸のベートーヴェンが現代に甦った。ベートーヴェンのシリアスな格闘は、今のわたしたちの格闘とぴたりと共鳴する。ベートーヴェンと一緒に新しい音楽を掴み取ろうと藻掻いてる。
キアロスクーロというカルテットの名前が,まさにそのまま立ち現れる演奏。美術用語のはずのキアロスクーロが、光りが絵の中に固定されてしまう絵画よりも、光と影のコントラストがきらきらと変化する音楽でより豊かに表現されているような感覚さえしてくる。ヴァイオリンに光りが当たったりシルエットになったり。光と影は楽器の間を激しく揺れる。

ベートーヴェンに対して,モーツァルトはもう少し柔らかくなった感じ。モーツァルトには格闘はないから。でもやっぱりそこに新しい響きのモーツァルトがある。1枚目のCDのシューベルトの「ロザムンデ」が、ロマンティック・ピリオドに入り始めた時期の音楽なので、一番優しい。だから、この曲が一番聞きやすいかな。

キアロスクーロ・カルテットはアリーナのカルテットってよく言われるけど、実際音楽を支えてるのは,チェロのクレアさんだと思う。その安定した音の上に、アリーナやパブロさん、エミールさんのが飛び回る。アリーナが引っ張るというより、ひとりひとりが仕掛けたり仕掛けられたりして音楽を作ってる感じ。ひとりひとりが別々の国に住んで、それぞれ自分たちの活動をしながら、でも、きちんと時間をかけてカルテットを組むという新しいスタイルのカルテット。これからの活躍も楽しみです。ハイドン(メンバー・チェンジ前に録音されていたはずだけど没になったのかな)やメンデルスゾーンを聴かせて欲しいし、できたら、ピリオド・スタイルの演奏のために作曲された新作も採り上げて欲しい(委嘱して)。そして、いつか日本にも来てくれないかな。

この文章、大好きなラ・トゥールの絵のキアロスクーロから書き始めたけど、カルテットは、ラ・トゥールの柔らかな光の効果というより、むしろカラヴァッジョのクリアなコントラストのキアロスクーロだったわ。無計画に書き始めるのは駄目、という反面見本ね。めんどくさいから書き換えないけどさ。そして、CDのジャケットや彼らのセンスの良いウェブ・サイトが、キアロスクーロです。サイトの中にはとてもステキな演奏を収めた動画もあるのでぜひ見てみて下さいね。
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by zerbinetta | 2013-05-21 23:04 | 録音 | Comments(6)

バートウィスルさんの音楽を聴いてみる   

今度、勢いでハリソン・バートウィスルさん(サー・ハリーさん,1954年生まれ、イギリス)の音楽会を聴きに行くことになって、慌てて予習。っていつもはそんなことしないのだけど、全く初めてというのもあれだし、CD持ってるし、せっかくだから手元にあるCDを聴いてみることにしました。音楽会で聴く曲とは別の曲です。でもどんな曲を作る人なのか傾向はきっと分かるでしょう。

って、CD持ってるなら初めてってことはないでしょう、とおっしゃった方,鋭い。音楽会日記の中にも彼の名前が出てきたハズと気づいた方、それはちょっとストーカー気味よ。自分でも忘れてたんだから。と言うわけで、初めてではありません。CDの方は持ってるだけで、なぜか、わたしが持ってたCDプレイヤーで認識してくれず(今家にあるのは大丈夫です)。

持っているCDはブーレーズさん指揮のアンサンブル・インテルコンタンポラン、ソプラノのクリスティーン・ホイットルジーさんの演奏で、言葉の意味が分からないので原題で書くと「tragoedia (1965)」「five distances (1992)」「three setting of celan (1989-94)」「secret theatre (1984)」が入っています。のっけから,なんだか能管のようなフルートで、キーンとする耳に鋭い響きが続くと思いきや、メロディっぽいのがあったり,和声的であったり、上手に過去の様式を取り入れていて、意外に上手い具合に親しみやすい音楽だったりして、心地の良い音楽。そして、大事なことは、音楽に力があるので、聴いてとっても面白いんです。何回も聴いてみたくなる、聴くに耐えうる音楽。

芸術音楽って現代音楽に限らず、最初、聴き慣れないととっつきにくいというか,分からないというか、難しく感じちゃって構えちゃうよね。わたしも、クラシック音楽を聴き始めた頃は,ベートーヴェンもモーツァルトもすぐには分からず、退屈でした。マーラーやショスタコーヴィチに至ってはがんがんと音が鳴るだけでちっとも分からず。でも、何回も聴いてるうちに身体になじんできて、今でもよく分かってるとは言えないけど、楽しんで聴けるようになってきました。音楽ってツンデレなの。ツンとされても聴き始めなきゃ仲良くなれないの。
多分、聴き慣れていない音楽を最初に聴くにはコツみたいなのがいるのかも知れません。それはいろんな音楽の経験で培われていくのでしょうけど、なんて言わないで、何でも聴いてやろう,かかってきなさい、じゃなくて、ぽわんと素直に聴いちゃえばいいんじゃないかなぁ。現代音楽ってムズカシイって言うけど,それってほぼウソで(きっとアンチゲンダイ音楽組織の陰謀キャンペーンの成果)、普段なにげに耳に入ってくる音楽って、今の音楽だから音の世界は意外と耳なじんでると思うんです。テレビや映画の背景にかかってる音楽だって、よく聴いてみると結構イケテル音楽かかってるし。それにサー・ハリーさんの音楽そんなに難しくないよ。

サー・ハリーさんの音楽は、劇場的な音楽なので、頭の中で何かドラマの場面を思い浮かべて聴くのも良いかも知れませんね。って言うとそれは間違いって怒る人もいるかも知れないけど、聴き方は自由であっていい。聴いて楽しんじゃったもの勝ち。ショスタコーヴィチやベルクまで聴いてる人は、きっと楽勝に聴けると思うし、今の音楽を楽しむ入り口にはぴったりな感じの音楽なんですよ。新しいものをぜひ聴いてみましょうよ。聞かず嫌いは止めてさ。と、1000円で聴ける学生さんにはぜひ言いたい。うらやましいぞ。


サー・ハリーさんについては、わたしの長閑なブログを読むより、以下のステキなペイジを読まれるのがよっぽど良いでしょう。

サー・ハリーさんのお弟子さんのなかにしあかねさんの文章

ツイ友の音楽ライター、後藤菜穂子さんの文章

今回、日本初演が行われるヴァイオリン協奏曲。2011年のプロムスでの演奏(イギリス初演)がここからダウンロードして聴けます。
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by zerbinetta | 2013-05-21 00:19 | 随想 | Comments(0)

がんばってエア・アルプス登山   

2013年5月19日 @サントリー・ホール

ワグナー:ジークフリート牧歌
ワグナー:ニュルンベルクのマイスタージンガーより 第1幕前奏曲と冒頭の合唱~第3幕フィナーレ
ワグナー:ローエングリンより 第3幕の前奏曲~結婚行進曲~第2幕エルザの大聖堂への入場からフィナーレ
シュトラウス:アルプス交響曲

曽我大介/アマデウス・ソサイエティ管弦楽団


オーケストラの中の人に招待券をいただいたので喜んで聴きに行ってきました♡
失礼なことに今これを書き始めたときまで,アマティー・オーケストラだと思ってました。アマデウス・ソサイエティ・オーケストラなんですね。プロフィールを読むとワグネル・ソサィエティ・オーケストラの出身者で作られた社会人オーケストラだそうです。ソサイエティのイの字の大きさの違いはなぜ?ワグネルの方は確かどこかの大学のオーケストラですね。慶應でしたっけ?

小編成のジークフリート牧歌から。小編成の室内楽的な音楽を持ってくるなんて,自信があるのね。でも、上手かったですよ。とても良い雰囲気出してました。こんなふうに朝聞かされたら、うるうるとうっとりしちゃうじゃない。そりゃ、プロのオーケストラやもっとうまいアマチュア・オーケストラと比べたら言いたいこといっぱいあるけど,雰囲気の表出という意味ではとても良かったし。あらを探すために音楽聴いているのではないので、わたしにはとっても良かったです。後ろで親子が小さな声でお話ししてたのも気にならなかったし。コジマもただ黙って聴いていたのでしょうか。外では小鳥が鳴いていたでしょうし、乳母と時折音楽について言葉を交わしていたかも知れません。そんな音楽だと思うのよ、これは。

一転大きなオーケストラ、オルガン、合唱、大人数のバンダも入ってワグナーのオペラからふたつ。前奏曲とかならよくオーケストラ・ピースとして単独で演奏されるけど,オペラの部分をちょっぴり切り取ってるのは嬉しい。マイスタージンガーは有名な序曲とすぐ続く,教会の外でエファをスニーキングしているヴァルターのシーンと最後に合唱を伴って前奏曲が回帰してくるフィナーレ。もうひとつは、ローエングリンから華々しい第3幕への前奏曲と続く結婚行進曲、でいきなり大聖堂からエルザが出てきて、大団円のうちにハッピーエンドのフィナーレ。あれれ。
やっぱり大きなアンサンブルだと安定してるんだけど、薄くなったときに音に力がなくなるのはどうしてなんだろう?決して個々の技量が悪いということではないのに、強奏から弱音になるとふにゃりと息が抜けたようになっちゃうのはなぜ?あと、ハーモニーの中の中声部にちょっと心許ないところがありました。全体の中の立ち位置を見失ってる感じだったので指揮者の責任かしら。でも指揮の曽我さんは手堅く上手に音楽をまとめている感じでしたね。ぐいぐい引っ張るのではなく、行けーー!と弾く感じ。どちらも華やかに開放的に終わったのでスッキリ。

最後は、いよいよアルプス登山。ステージの後ろの方にあるサンダーマシンとウィンドマシンがワクワク。わたしもおべんと持って山登りのかっこして、って訳ないよね、ゆったり椅子に座ってエア登山を楽しみます。曽我さんとアマデウス・ソサイエティの演奏は、この曲の背後にある宗教的な主題を音にするというより,登山の情景をそのまま描き出す感じでした。だからわたしもすっかり山登り気分。途中、道に迷って羊の群れに追われるんじゃなかったっけと思ったら,後から考えたらそれドンキホーテ?オーケストラ(弦楽器)の音が軽めなので軽快な登山。アルプス的には日本アルプス?登ったことないけど。本格アルプスは,プロというか登山家といわれる人じゃなきゃ登れない山ですものね。シュトラウスの登ったアルプスはもちろんそんなアルプスじゃなくてわたしも登れるアルプスだからいいの。でも、こんな「オーケストラのために」書かれた音楽を聴いてると、ほんとオーケストラで演奏するヨロコビに溢れていて、わたしもエア登山じゃなくて,向こう側に行って一緒に山に登ってみたいと思いました。もちろん、わたしに楽器など弾けないので、一番簡単そうな(失礼)トライアングル。トライアングル専門なら、ティンパニの人もトライアングルに持ち替えることないし、いいでしょ。それかウィンドマシン専門。そう言えば,今か今かと待っていたサンダーマシンは、最後にほんのちょっとだけ鳴るのね。もっと派手に鳴らせばいいのに、今日はオーケストラの強奏に隠れてあまり聞こえませんでした。前にBBCシンフォニーで聴いたときみたいにほんとに雷落ちても良かったのに(事故でサンダーマシンが枠から外れて落ちました)。この大曲を最後までしっかりと演奏してくれたオーケストラはさすがだな。特にトランペットのトップの人が良かった。あと、オーボエとコールアングレ。コンサート・マスターのソロもいい音でした。

日曜のお昼間を日常とは違うハレの空間で過ごせたことは幸せでした。なんだか別世界にいた感じです。やっぱり音楽会はいいなぁ。いつか、マイ・トライアングルを買って激しく練習して,ソロトライアングル奏者としてわたしもステージにいたいな。
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by zerbinetta | 2013-05-19 00:38 | アマチュア | Comments(0)