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日本一紫の似合う男 寺田亜沙子、奥村康祐「ドン・キホーテ」最終日   

2013年6月30日 @新国立劇場

ドン・キホーテ
レオン・ミンコス(音楽)
マリウス・プティパ、アレクサンドル・ゴルスキー(振り付け)
アレクセイ・ファジェーチェフ(改訂振り付け)

寺田亜沙子(キトリ)、奥村康祐(バジル)
山本隆之(ドン・キホーテ)、吉本泰久(サンチョ・パンサ)
マイレン・トレウバエフ(エスパーダ)、米沢唯(街の踊り子)
本島美和(メルセデス)、西川貴子(カスタネットの踊り)、厚木三杏(森の女王)
竹田仁美(キューピッド)、堀岡美香、厚地康雄(ボレロ)、他

アレクセイ・バクラン/東京フィルハーモニー交響楽団


突然ですが、日本の国蝶って何か知ってる?えっ?国蝶?なにそれ?って言われそうだけど、国花は桜、国鳥は雉、そして日本の国のチョウチョはオオムラサキなんです。とても美しい蝶々らしい。実はわたし見たことないんですね。昔、先輩に見に行こうと誘われていてうやむやのうちにぽしゃって以来、お声がかかりません。自分で探しに行けばいいのかも知れないけど。。。
その姿はこれ
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北杜市 オオムラサキセンターのサイトから拝借しました)

あれ?バレエの話じゃないの?って方お待たせしました。日本一紫の似合う男、厚地康雄さんです。今日のボレロ、わたしが観た初日に引き続いて厚地さんと湯川さんに替わって堀岡さんだったんだけど、厚地さんいい!あのオオムラサキの蝶の羽のような派手やかな衣装の似合うこと!よっ!日本一ってかけ声掛けちゃう。短い出番だけど、濃くて密度が高いです。来シーズンから、バーミンガム・ロイヤル・バレエに移籍するので今日が最後なのかな?もったいないというか寂しくなるな。大きくなって帰って〜〜いっ。
濃ゆいと言えば、やっぱりエスパーダのマイレンさん。わたし、セクシーな胸毛に惹かれてることに気づいてびっくり。今まで自分を知らなかったんだわ〜。それにしてもバルセロナの町は濃ゆい人でいっぱい。街の踊り子の唯さんは、キトリよりこちらの方が向いてるんじゃないかと言うくらい表情豊かでしたし(踊りはやっぱりキトリがいいな)、カスタネットの踊りの西川さんは相変わらずカスタネット上手でねっとりと踊るのが蠱惑的。真っ赤な衣装がお似合いのメルセデスの本島さんも目立ってました。今日はドン・キホーテ2回目だし、脇のキャストが前回とほぼ同じなので、余裕を持って観られる上に、誰が踊っているのか分かるので楽し〜。まあでも、抽選で当たったZ席なのでステージのセンターが見えないという欲求不満もあるのですが。

濃ゆいと言えば、キャラクター的にはドン・キホーテとサンチョ・パンサも濃いですね。今の日本で考えたら侍にかぶれた人が、刀振り回して街に現れた感じだものね。でも、このバレエは難しいこと言わずに狂言回しに徹していて楽しいんだけど、正直いなくても済んじゃうこのふたりの立ち位置って難しいと思ってたんです。でも、新国バレエのを観て、このおふたりは必要って思えました!サンチョ・パンサかわいい。バレエ団も年を経てこういう役ができるダンサーが育ってきたと、確かビントレーさんのインタヴュウか何かで見ましたが(うろ覚えの記憶)、ほんとそうです。ロイヤル・バレエのギャリーさんのようにいるだけで舞台が締まるキャラクター・アーティストが新国バレエにも育ってくるといいですね。

薄い方。バルセロナの町の濃ゆさに比べて、ドン・キホーテの妄想の世界は淡いのだけど、この前も思ったけど、この場面が淡いながらも幻想的な吸引力をもっと出せればいいな(例えば、ジゼルの2幕とかシンデレラの1幕の第2場のように)。ちょっと淡泊なのよね。このプロダクション、衣装がとってもステキなんだけど、キューピッドだけがなぜかわたしの好みに合わず(なんて自己中!)。背中の羽がもっと大きくて高い位置にあって、小道具の弓ももう少し大きければ分かりやすいのにって遠くから観て思いました。初日にはなぜかすとんと尻餅をついてしまった三杏さん、ドキドキしながら観ていましたが、今日は大丈夫。ほっとしてしまうのは、ステージママすぎ?

と、おいしいものは最後に食べるタイプのわたし、最後に主役のおふたり。亜沙子さんキトリは観たいと思っていたんです。華のある感じがわたしのイメジするキトリに合ってると思ってたの。亜沙子さんってはっきりした顔立ちの美人さんだし。で、びっくりしたのは、世界中のキトリ・マークのくるくる前髪がなーーいっ。仲良しは、唯さんのそれを観て、たこ八郎と言った、くるりと垂れた前髪。キトリと言ったらmustだと思ってたけど違うのね。でも、あれなかなか似合わないから。。。良かった(ぼそっ)。さてその、亜沙子さんキトリ、予想通り舞台を明るくしていました。意地悪を言うなら、踊りの切れや大きさは確かにもっと欲しかったと思います。足を上げる勢いとか、動作の間に一瞬止まって決めるとか、そんな細かなことです。柔らかに流れるところが持ち味かも知れないけど、ぴりりと決めるスパイスが欲しいなぁと。でも、明るくて華やかな雰囲気は、亜沙子さんならではのもの。ステキでした。ちなみに亜沙子さんって、年の初めに結婚された新婚さんなんですね。お相手は、同じダンサーの福田さんなんですね!いつかおふたりで化学反応バチバチの主役を踊るの見せて下さいね〜。
バジルの奥村さんは今日がバジル・デビュウ。フレッシュ・バジルです。実際にうぶな感じで良かったです。バジルも本当はもっと濃ゆい人だと思うんですけど、爽やかな若者系もいいなぁ。その分コミカルな感じが薄まるんですけどね。実は、おふたりとも大阪人なのでもう少しこってりした笑いを取ると思ったけど、若さが勝っていましたね。難しそうな片手リフトは1回目、ずるずる落ちて来ちゃったけど2回目は成功。奥村さん細く見えるのに凄い凄い。奥村さんは、今回がロール・デビュウということもあるけど、まだまだ発展途上。おふたりのバランスの良さも感じたので、これからの成長が楽しみです。お互い、前に前に出る火花の散らし合いがあるといいな。あっそうそう、奥村さんってロイヤル・バレエの若手のホープ、金子扶生さんとロシアのコンクールで賞を取ってらっしゃったんですね。おふたりが踊るのも観てみたいなぁ。

と、ひとり忘れていませんか。初日に素晴らしい、キトリを踊ってくれた唯さん、今日は街の踊り子でした。彼女のキトリを観てるので街の踊り子は役不足だったんだけど(もちろん本来の意味です!)、意外と似合ってた。というか、彼女にファム・ファタールを見つけました。上目遣いで誘うように見る目にドキッ。ううう、彼女のマノンも観てみたいぞ。

今日も会場の雰囲気は良かったです。こういう他愛のないお話の肩のこらないバレエは楽しく観るのが一番ですね♡
今シーズンの新国バレエはこれでおしまい。
唯さんと、長田佳世さん、菅野英男さんが来シーズンからプリンシパル昇格です!亜沙子さんもファースト・ソリスト!おめでとうございます。
来シーズンのバレエもますます楽しみです♡♡
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by zerbinetta | 2013-06-30 17:58 | バレエ | Comments(2)

オレクラシック   

クラシック音楽を聴き始めて、クラシック・ファンからクラヲタになる分岐点のひとつは、知られざる名曲というか、オレだけが知ってる名曲、オレクラシックを探し始めることじゃないかしら(もうひとつの分岐点は、爺さんのポスターを部屋に飾って、誰々のいつの録音が最高とか言い出しちゃうやつ)。クラヲタの中二病という様相だけど、問題はこの病気、クラヲタさんがかかってしまうと年を取っても治らないばかりか、ますます悪化させちゃうのね。わたしの場合は、お爺さんには興味がないのでオレクラの方だけど、中途半端な性格が幸いして、大事に至らなかったです(自称)。

オレクラって、どういうわけか、わりと北欧系、スカンジナビア半島が多いのです。同じ北欧でもデンマークやアイスランド、スコットランド、アイルランド(寒そうなのでわたしにとって北欧)には行かないんですね。バルト3国は、多少のオレクラ。あとはロシアでしょうか。クラシック音楽的周辺国(という言い方はほんとは失礼なんだけど、日本ではドイツオーストリアが本流と考えるきらいがあるので)では、なぜか、ポルトガル、スペイン等の南欧、チェコやスロヴァキア、ハンガリーなんかの東欧はオレクラないんですね。

本流のドイツ、オーストリアやイタリア、フランスもオレクラ少ない。ドイツ、オーストリアだったら、ハイドンの交響曲第27番とかシューベルトの交響曲第1番とかちっとも有名じゃないからオレクラの仲間入りしても良さそうだけど、有名作曲家だからダメかしらね。ツェムリンスキーとかフランツ・シュミットとか最近話題にしてるロットとかオレクラ作曲家っぽいけど、そこそこというか中途半端に有名だよね。あとはクララ・シューマンとか、アルマ・マーラーとかの妻系や歌歌いには強く支持されてるウォルフとかかしら。あっ!レーガーとプフィッツナーがいるじゃない!プフィッツナーの小交響曲かわいいよ♪
フランスは、穴場。作品数は少ないけど、デュパルクとか、メユール、それにロパルツ。カントループは前に、オーケストラ伴奏の歌曲のステキなCDが出たので、ある程度有名かな。名前は聞いたことあって少しは曲も知ってるけど、ほとんど聴かれていないという人は多くいて、オネゲルとか、ミヨーとかはぜひ推したい。
イタリアは、ブゾーニとか好きだけど(体育会系のピアノ協奏曲。男声合唱付き!)、ピツェッティとかマリピエロ、カゼッラ。

本命国のスカンジナビア系は、もうたくさんのオレクラ愛好家がいらっしゃるからわたしの出る幕ないのだけど、有名どころではマデトーヤとか、ステンハマル、アルヴェーン。アルヴェーンって聴いたことないって言われそうだけど、「夏至の徹夜祭」は絶対耳にしたことあるはず。わたしの頃は小学校の運動会の定番曲でした。ペッテション=ペリエルもきれいな曲を書きますね。みんな後期ロマン派というのに属する人だと思うけど、確かに分かりやすいメルディーのきれいな佳曲が多い感じ。

ロシアは、カリンニコフの交響曲第1番が有名になりましたね。わたしは、残念ながら聴いたことないんですけどきれいな曲らしいです。ちなみに交響曲第2番とかのCDは持っていて(マヌケ)、正直印象に残らない曲でした。東欧圏は、探せばというか、CDになってればたくさんいそうだけど、マルチヌーは有名になったから、スロヴァキアのラフを推しておきましょう。

知られていないというか知る人ぞ知るオレクラって、ナクソスが世界の作曲家の作品の網羅的な録音を出し始めたり、世界のローカル・レーヴェルのCDがネットで簡単に手に入るようになって、探せばたくさんありそうだけど、確かに俺だけが愛する音楽ってマニア心をくすぐっていい感じなんだけど、ベートーヴェンとかブラームスなんかのメインストリームの作曲家の音楽に比べると力がないような気がする。だからこそ、隠れてる(名曲)なのですよね。

ちなみにわたしの熱愛するオレクラは、ってかもう相当に有名でちっとも隠れてないんですけど、シマノフスキでーす♡ヒナステラも気になる作曲家です。有名すぎてごめんなさい。
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by zerbinetta | 2013-06-29 00:58 | 随想 | Comments(0)

一般参賀   

わたしは一般参賀を見たことがありません。だって、今上天皇の人のことはとっても尊敬してるけど、今の天皇の制度には反対してるんだもの。じゃなかった。そんな話じゃなくて、いわゆる一般参賀、クラヲタ界のね。オーケストラの音楽会のあと、拍手が鳴り止まずにオーケストラの人たちがステージを降りてから、指揮者がステージに呼び出されて拍手を受けるのを一般参賀と呼んでるようなのね。観たい観たいと思ってまだ見れずにいるんですね〜。USやロンドンで結構たくさん音楽会に行ってみたし、一般参賀されそうな指揮者さんも聴いてるんだけど、一度もないのね〜。アメリカ人もイギリス人も(アングロサクソン系?)拍手には淡泊なのかしら。どんなに凄い演奏でもオーケストラが退けて会場の電気が明るくなると拍手、収まっちゃうんですね。あっさりしてるけど、早くうちに帰りたいし〜。
ベルリン・フィルは、ときどき一般参賀あるみたいですね〜。一般参賀やるのって、国民性とかあるのかな。日本とドイツ、これにイタリアが入ったら三国同盟?まぁ、連合国側の国でも一般参賀ありそうだけど。一般参賀ある国を調べてみたら面白いかも知れませんね。この国で一般参賀を見たよーって情報があったらぜひ教えて下さいね。
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by zerbinetta | 2013-06-27 23:38 | 随想 | Comments(0)

どうして壊れてしまったの ハンス・ロットの命日に   

1880年、多分10月の22日、ウィーンからアルザスのミュールハウゼン(当時はドイツ)に行く汽車の中で、失意のハンス・ロットは壊れました。一緒に乗った乗客がたばこに火を点けようとしたのをピストルで制止しようとして。ブラームスが汽車に爆弾を仕掛けたという妄想に捉えられて。翌日ウィーンの精神病院に入れられ、翌年の2月には低地オーストリアの州立の精神病院に移されて、そのままほぼ回復することなく、1884年6月25日に亡くなります。享年25歳。彼の残された作品を聴くと、この天才の早すぎる死が惜しいと言わざるを得ません。彼自身も素晴らしい作品を書いていたに違いないし、マーラーの音楽も違ったものになっていたでしょう。

ロットはミュールハウゼンで音楽監督、合唱指揮の仕事に就くために仕方なくウィーンを離れようとしていました。お金がない。彼がこの仕事を受けざるを得なかったのはお金がなかったからです。この週週間前、彼は作曲生活のための奨学金を得ようと奔走しています。8月に出したオーストリアの教育省の奨学金の審査員と会うため、9月の始めには教育省に掛け合い良い結果を得ます。その審査員とは、ゴルドマルク、ハンスリック、ブラームスです。彼は9月17日に尊敬するブラームスに会います。これが、最悪の結果を生んでしまった。ブラームスは「作品はたくさんの美しさ、たくさんのつまらないもの、たくさんの無意味なものを含んでいるけど、その最初のものはロット自身のものではない」と酷評します。なんて残酷な。彼にとって偉大な芸術家と仰いでいた人に完全否定されてしまうとは。

その3日前の10月14日、ロットは指揮者のハンス・リヒターとの面会にこぎ着けます。ロットは、9月から何とか、リヒターに会って自分の交響曲をフィルハーモニー(ウィーンの)に演奏してもらおうと動きます。何回かの失敗のあとついにこの日に意見を聞けるのですが、リヒターは、彼に作曲することを励ますんですけど、この交響曲をフィルハーモニーで演奏することを拒否します。
ロットが亡くなったあと、彼を高く評価していたマーラーも自身がフィルハーモニーの指揮者のとき、演奏を検討しますがそれも実現していません。彼が敢えて採り上げなかったのか、フィルハーモニーの指揮者を辞めたため演奏できなかったのか(フィルハーモニーを辞めたあとニューヨークで彼の地のフィルハーモニー協会の指揮者になるまで、自作以外のコンサートの指揮をほとんどしていません)それは分からないままです。その結果、ロットの音楽は100年も眠ることになってしまいました。

そう、いくつかの作品を鬼神の如く仕上げた直後のこの'最後の'ひと月、ロットを襲った悲劇の連鎖はロットの精神を破壊するのに十分だったのでしょう。でも、もうひとつだけ、これに加えましょう。彼は心からウィーンを離れたくなかったんだって。
ロットには恋人がいました。ルイーズです。交響曲は彼女のために書かれました。青年の潔癖症と妄想の入り交じったこの恋。ロットは彼女に身を捧げるべく死ぬまで童貞だった。彼は振られていますが、でも、彼自身、彼女の不幸な結婚を彼が救うと考えていたようです。なんて、青いんでしょう。青すぎます。ここが多くの浮き名を流したマーラーとの違いでしょうか。
ロットは、ルイーズのいるウィーンを離れたくなかった。それが、お金がなく、奨学金も得られる当てがなく(皮肉なことに奨学金は無事通ったのですが)、自作が演奏される当てもなく、失意のまま、恋人(片思い)のいる町を離れたくなかった。これが、彼の精神の崩壊の最後の引き金を引いたのではないか。そう想像してしまいます。ウィーンに仕事があればもしかして彼の運命も変わっていたのでは、と、わたしも妄想癖ありすぎかなぁ。青いぞ。

ロットの死から3日後の10月28日にウィーン中央墓地に埋葬されました。ブルックナーはお葬式にずいぶんと早くに来てひとりで棺のそばにいました。お葬式のときブルックナーは涙し、不誠実で厳しい扱いをして若い作曲家を死に至らしめてしまったブラームスを公然と非難したそうです。ロットは、本当にブルックナーに愛されていたのですね。

(いくつかの資料を基に再構成しました)
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by zerbinetta | 2013-06-25 22:31 | 随想 | Comments(11)

わたしが指揮されちゃった 小笠原吉秀/東京大学フィロムジカ交響楽団、マーラー5   

2013年6月23日 @文京シビックホール 大ホール

シュトラウスII:「こうもり」序曲
フォーレ:組曲「ペレアスとメリザンド」
マーラー:交響曲第5番

小笠原吉秀/東京大学フィロムジカ交響楽団


東京のクラヲタさんたちは、多くがハーディングさんと新日フィルのマーラーを聴きに行ってるさなか(えっ?)、わたしは文京シビックホールというところに別のマーラーを聴きに行ってきました。東京大学フィロムジカ交響楽団の音楽会。大学のオーケストラはずいぶんと久しぶり。東京大学はわたしのなんちゃって母校なのに、こんなカタカナのオーケストラあったっけ?って見たら、新しめのオーケストラだったんですね(わたしのいた頃にはできてたようだけど)。今はいくつか学内オーケストラあるみたいだし。それにしても、大学オケって若いなぁ。4分の1くらいはこの間まで高校生だったんだもんね。この際若いエキスをタップリ吸わなきゃ。
ずいぶんと人数の大きいオーケストラ。プログラムによると160人くらい?アマチュアゆえの音量のなさを人数でカヴァー?シモンボリバルとかGBナショナル・ユースもそんな感じだったな。でも、音楽の仲間がたくさんいるのはいいよね。

文京シビックホールには初めて来ました。お客さんがずいぶん並んでいたのにびっくり(ただだから?)。ホールはほぼ満員。いつの間にかできてたんですね、こんなきれいなホール。1階は傾斜がゆるくて少し見づらいかもとも思ったけど、ここも明るくて良いホールだなぁ。東京には良いホールがいっぱい。ただ舞台が箱状になってるので、音が舞台にこもってから聞こえてくるみたい。上手なオーケストラだと上手く音を飛ばしてくるのかな。

「こうもり」はなかなか楽しい演奏。すらっとして田舎くさいウィーン訛りがなくて、ラ・ヴァルスのようなワルツ。わざわざへたくそな東京人の大阪弁みたいにぎこちない方言でやるより、そういうのはウィーンの人たちに任せて、スマートにやっちゃうのもいい。演奏は正直とても上手いとは言えないけど、みんなができる精一杯のことをやっていて、弦楽器の後ろの方でムニャムニャと適当にごまかしたり落ちたりする人もいなくて、好感度大。指揮者の小笠原さんは、とても良くオーケストラをコントロールしていて学生と共に音楽を上手に作っていました。大変なことはやらせないけど、音楽のポイントは掴んで自分の音楽を出していたと思います。

「ペレアスとメリザンド」は、小編成で。こうなるとオーケストラの実力が出ちゃうのね。最初のノンヴィブラートの音は、あら、大丈夫かしらと思いました。でも、音楽が動いてきてヴィブラートもかけるようになるといいかな、と。こういう音楽の方が個人の力量がもろに出ちゃうし、実は、この曲、あまりこのオーケストラに向いてないんじゃないかと思いました。

さて、マーラーです。マーラーは、勢いでなんとかなりそうって思っていたのですが。。。始まりのトランペットのソロを聴いて難しいかなぁ、と。ちゃんと吹ける人だと思うんですけど、緊張や音色に注意して丁寧に行こうとするあまり、萎縮しちゃったかな。まあプロでも緊張するでしょうし、聴いてるわたしも緊張するんですけど、すかんと行った方が良かったかもね。第1楽章、第2楽章は速めのテンポでスマートに進みます。オーケストラが、レガートでたっぷり歌うというのには力不足だったので、このスタイルは上手くいってたと思います。
小笠原さんは、エキセントリックなことはしないけど、とても細やかにフレーズを作って、アクセントをしっかり付けたり、並走する旋律群を上手く絡めたり、音楽と一体となって分かりやすい身振りでオーケストラを導いていきます。こんな風に全霊を込めて指揮されたら、オーケストラはついて行っちゃいますね〜。ステキ。小笠原さんとフィロムジカ交響楽団は長く関係を続けている(今年5年目)ので、指揮者とオーケストラの間に良い信頼関係があるのですね。オーケストラの実力は、例えば、トランペットがオーケストラの全奏にかき消されてメロディが消えちゃったり、チェロとかももう少し音量が欲しいところで来なかったり、ピアニッシモが甘かったり、確かに聞こえてくる音は、プロのオーケストラで聴かれるような音ではありません。でも、オーケストラの真剣さや音楽感の統一度、指揮者の指揮ぶりから、彼らが演奏しようとしている音楽が頭の中にしっかり聞こえてきて良かったのです。小笠原さんの指揮で、わたしの中で彼らの音楽が鳴っていた。トロンボーンとティンパニを筆頭に打楽器は上手かったですよ。ティンパニの音楽を引っ張る叩き方かっこよかったし。マレットを表情に合わせて変える工夫をすればもっともっと良くなるでしょう。

正直、聴く前と聴き始めは、このオーケストラにマーラーは難しいんじゃないかなって思いました。このオーケストラがマーラーを採り上げるのは初めてみたいだし、それなら交響曲なら第1番が先じゃないかしらって。それに、新入生が入ってすぐの夏の音楽会じゃなくて、オーケストラの音ができる冬の音楽会でじっくり採り上げた方がいいのかなって。オーケストラのみんなが議論して第5をやろうって指揮者に報告したとき、えええっ!ってびっくりしたんじゃないかしら(内心無理だろーっ、どうしようって)。でも、出された結果はとてもステキでした。第3楽章のスケルツォがよく作り込まれてとても良かったです。そして、第4楽章の清楚な美しさ。このふたつが一番の収穫です。小笠原さんは、音楽をただ進めるだけじゃなく、しっかり自分の音楽を作っていたこともステキでした♡

マーラーはこの演奏を聴いたらどう思ったでしょう。下手くそって思うのかな。それとも、演奏は下手だけど、彼の音楽を愛してできるだけのことをしようと全霊で挑んでくるのを良しとするか。マーラーの当時は、マーラーが指揮していたオーケストラはこのオーケストラより上手いでしょう(プロだし)。でも、彼の反対者がオーケストラの中にもたくさんいて、嫌がらせをしたり、まさに前衛と言える彼の音楽への無理解を考えると、アマチュア好きのマーラーのこと、今日の学生オーケストラの、彼の音楽を理解し、必死に表現しようとする意欲を取ったんじゃないかなって勝手に思います。少なくともわたしにはマーラーの音楽が聞こえました。

と、マーラーを褒めた舌の根が乾かぬうちに、一番良かったのはアンコールの「雷鳴と稲妻」。指揮者もオーケストラものびの〜び弾いてましたね。絶対こういう曲、向いてる。このコンビでニュウ・イヤー・コンサートみたいなのも聴いてみたいなぁ。
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by zerbinetta | 2013-06-23 23:13 | アマチュア | Comments(3)

目の覚める回転系 米沢唯、福岡雄大「ドン・キホーテ」初日   

2013年6月22日 @新国立劇場

ドン・キホーテ
レオン・ミンコス(音楽)
マリウス・プティパ、アレクサンドル・ゴルスキー(振り付け)
アレクセイ・ファジェーチェフ(改訂振り付け)

米沢唯(キトリ)、福岡雄大(バジル)
山本隆之(ドン・キホーテ)、吉本泰久(サンチョ・パンサ)
マイレン・トレウバエフ(エスパーダ)、寺田亜沙子(街の踊り子)
本島美和(メルセデス)、西川貴子(カスタネットの踊り)、厚木三杏(森の女王)
竹田仁美(キューピッド)、湯川麻美子、厚地康雄(ボレロ)、他

アレクセイ・バクラン/東京フィルハーモニー交響楽団


ブラヴォーと叫びます!素晴らしかった!今日の公演。

新国立劇場バレエ団、ちょっとずつ観に行くことにしています。今日はドン・キホーテ。実はわたし、この演目それほど好きではないんですよ。物語の底は浅いし、音楽もつまらないから。と、嫌な奴ですね〜わたし。でもすっかり楽しみました。あっけらかんと踊り楽しめば楽しいもん。わたしも成長。
今回のドンキホーテは4キャスト。公演はたったの4回。つまり、ひとキャスト1回ずつなんです。ほんとは全部観たかったんですけど、なかなかそうもいかないので、初日の唯さん、雄大さんペアを観に来ました。新国立バレエ、女子では、プリンシパルの絢子さんとファースト・ソリストの唯さんを中心に据えてるみたいですね。来シーズンのキャストを見てそう思いました。なので、まずはおふたりを観なきゃデス。

唯さんを観るのは2回目(コンテンポラリーな作品では他にもいくつか観てますが)。前回はジゼルでした。唯さんはほんわかおっとり系と勝手に思ってたので、キトリ、似合わないんじゃないかって思ったんですが、ごめんなさい、わたしが悪うございました、むちゃテクニシャンじゃないですか。キレイキレイ、踊りがきれい。軸ぶれないし、決めるところはきちんと瞬間瞬間静止するし、炭酸水のように爽やか。ねっとりとした情熱はないけど、日本人の町娘らしい軽やかさはこの物語に合ってる。軽くぱあっとやるのがいいのよ。第1幕では、テクニシャンぶりをしっかり見せるものの、抑えた感じでとても丁寧な踊り。それでも、パートナーの雄大さんと絡むところは、スパークしてお互いの良さを引き出しあってたドキドキ感。対照的に第3幕では、ダイナミックに弾けた踊りを魅せてくれて、インタヴュウでオシポワさんが好きっておっしゃってたのこういうことかと納得。ここに華やかなクライマックスを持ってきて、痛快。イケイケ唯ちゃん。ずれない回転系がめちゃ上手いですね。

唯さんのお相手は、雄大さん。ちゃんと観るのは初めてかな(まだみんなの名前と顔を覚えてないので)。こちらも爽やか系バジル。コミカルなところが重くならないので良いですね。なんか、伸びやかに踊ってらして、片手リフトとかパートナーリングも危なげなく、とても良かった。このおふたりは、質量感はないけど、切れとスピードで魅せる感じかなぁ。なので、雄大さんには、唯さんをぱっと凌駕する速さの回転を身につけて欲しいです。唯さんの回転に目を奪われたあと、さらに驚きを見せられるように。でもふたりのペア、ステキなので、どんどん磨きをかけて成熟していって欲しいです。
第1幕での丁寧な入りが、始めからクライマックスを築くように、はっちゃけた踊りになって、第3幕でそれを超える驚きが出てくるともっと良くなるような気がしました。とてもステキだったんだけど、まだまだ伸びしろがあるようで(細かいところでもここはこうした方がって箇所がいくつかありました。偉そうですけど)、本当はこれ1回切りじゃなくて、もっとやって欲しかったし、もっと観たかったです。

爽やかカップルと対照的に、スペインっぽいこってりとした体臭を感じさせたのが、エスパーダのマイレンさんとカスタネットの踊りを踊った貴子さん。マレインさん、出てくると濃ゆくて、や、さすが西洋人。かなり目立ってました。貴子さんは、リズム感がとっても良くて、舞台上で打楽器奏者のように音楽的にぴったり合わせてカスタネットを踊りながら叩いていたのが凄かったです。質量を感じされる存在感も良かったです。何もしてないときは溶け込んじゃう唯さんとは対照的でした(キトリは町娘だからいいのかな?)。

他の人たちも、まだ顔と名前が一致してなくて、誰がとは言えないんですけど、皆さんとっても良かったし、コールドが相変わらずきちんと揃ってて、舞台の全体的な印象がとっても良い感じ。この全体的な統一感は、新国立劇場バレエ団の特徴としてしっかりと育んで欲しいです。ひとりひとりがぴったりと揃う中、さっとソロになるとはち切れるというのがわたしの理想。まだ発展途上だと思うんだけど(歴史もまだ浅いでしょ)、ほんと、このバレエ団ひとりひとりの意識が高くてこうレヴェルなんですから。

オーケストラは、ロイヤル・バレエのへなちょこ演奏に慣れた耳からすると、安心して聴いてられる。最初の頃、クラリネットがよれってたのと3幕の金管楽器のリズムに切れがなかったのがちょっと残念だったけど、華やかなバレエを共に作っていた感じです。

今日も唯さん、たくさんのブラヴォーをもらっていました。おじさんたちに混じって今日は黄色い声もたくさん♡客席の雰囲気があたたかく感じるのもいいですね。お昼の公演だし、楽しい演目なので、もう少し子供たちが来てても良いかな。幕間や終わったあと、子供たちが真似してピョンピョンしてたりくるくるしてるの見るのかわいいもの。今日は完全にくるくる系だけどね。

あ〜あ、明日も観に行きたいな。やっぱ、バレエ楽しいし、こんなもの見せられると嬉しくなります。ますます、このバレエ団が好きになりました。地元のバレエ団としてしっかり応援していきましょう。まずは顔を覚えなきゃ。コールドのひとりひとりまで。
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by zerbinetta | 2013-06-22 10:38 | バレエ | Comments(0)

嫉妬ではないと思いたい   

今年の秋って、なんだかたくさんのオーケストラの来日ラッシュですね。わたしは、外国のオーケストラを聴くことにあまり興味がないので、どこ吹く風なんだけど、10月11月だけでベルリン、ウィーン、チェコ、パリ、ロイヤル・コンセルトヘボウ、バーミンガム市、ルツェルン、なんか大きな音楽祭をやるみたい。
そして、チケットの値段を見てまたびっくり。いくらどこ吹く風と言っても、これだけ台風が吹けばわたしだって少しは風に当たろうと思ったんだけど、値段を見て吹き飛ばされたわ。正直、クレージー(気違い沙汰って言ってはいけない言葉?)。これだけの値段で売ること、そしてそれでも売れてしまうことが、全く信じられません。ものには適正な価格というのがあると思うんですけど、常軌を逸しすぎてる。千歩譲って一番高い値段のチケットはしょうがないとしましょう。でもね、一番安いチケットでも1万円近くする音楽会があるというのは、誰に音楽会を聴いてもらいたいと考えているんでしょうか。それでも売れるからいい、オレは買うからいい、って言う人もいるんだろうけど、文化の受容ってそうじゃないような気がするのよね。ヨーロッパやアメリカでこんな値段設定をしたら、みんな怒り出すでしょうし、絶対チケットは売れません。

わたしは、地元優先主義なので、こんな音楽会に高いお金を出すより、近所の音楽会にたくさん行く方が性に合います。1万円のチケットを買うなら2000円か3000円のチケットを買って3、4回音楽会に行く方がいいです。だってその方がたくさん音楽聴けるし、音楽会の感動って有名な演奏団体や有名な指揮者がくれるとは限らないことを知ってるんだもの。かえって、期待しなかった音楽会で深く感動する経験をたくさんしてきたし、そのときの嬉しさと言ったら。有名なところは、リスクは少ないけど、期待しすぎてハードルが高くなっちゃうんですね。凄いいい演奏をしても、予想通り、とか。ああ、でも3、4回音楽会を我慢すれば、1回聴きに行けるのか。そんなに悪くはないのかな(と日和ってるわたし)。

来日オーケストラ公演の値段の高騰を防ぐ方法は、多分、一番いいのは、日本に、ベルリンやウィーンに匹敵するオーケストラを作ることです。そんなオーケストラが、今と同じように日本のオーケストラの標準的な(ちょびっとは高くしてもいいと思うけど)値段で演奏会をすることです。それに、指揮者によって値段を変えないこと。そんな当たり前のことです。そうすれば、外から来るオーケストラの音楽会の値段がいかに常軌を逸してるか分かるでしょう。

まあでも、わたしも音楽ファンですから、1点豪華主義というか、これだけは大好きで外せないって気持ちは分かるんです。それに、良い音楽会を聴きたいのはわたしも同じ気持ちですからね。
というわけで、わたしが、上に挙げた7つのオーケストラ公演でオススメするとすれば、アバドさんとルツェルンですね♪彼らの神がかった演奏はわたしの音楽体験の中でも最も幸福なもののひとつですから。
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by zerbinetta | 2013-06-21 23:45 | 随想 | Comments(1)

シベリウス愛好国   

わたしはシベリウス大好きです♡あるときは、ヴァイオリンのための小品やピアノ伴奏の歌曲をコンプリートしようと集め始めたくらい(すぐ挫折したけど)。でも、今でもずっと、交響曲の第6番は大大大好きです。7番も。
でも、シベリウスが愛好されてる国って(ヴァイオリニストの大きなレパートリーになってる協奏曲を除く)、実は本国(と多分スカンジナビア半島の国々)以外には、イギリスと日本くらいじゃないかと思うのです。そんなに演奏されない。シベリウス好きとしたらシベリウス愛好国にばかり住めたのはラッキーでしたね。特にイギリスはシベリウス人気が半端でなく、わたしがロンドンに住んだたったの4年の間に、交響曲の全曲演奏サイクルが2回、その他にもよく演奏されてましたから、あの聴く機会のあまりない名曲、交響曲第6番♡を5回くらい聴きました(演奏されればいそいそ聴きに行くせいもあるのかも知れませんが)。7年間のUSでシベリウスの交響曲を聴いたのは、たった3回、「クレルヴォ」と第1番、7番。全てヨーロッパからのオーケストラ、そのうち2つは北欧。

ヨーロッパでも大陸の方では、あまり演奏されないようです。ベルリン・フィルなんかは、一時期イギリスでも活躍していたカラヤンは演奏してたし(カラヤン、イギリス時代にイギリスでの音楽を勉強したのではないでしょうか。ホルストの「惑星」を広めたのも彼ですよね)、イギリス出身のラトルさんも振ってます(USで聴いたシベリウスのひとつがラトルさんとベルリン・フィル)。イギリスでも、イギリス人や北欧系以外の指揮者がシベリウス(また言いますがヴァイオリン協奏曲以外)を採り上げることはめったにありません。アバドさんやムーティーさんがシベリウスを演奏したという話は聞かないし、アメリカ人指揮者は、演る人と演らない人に分かれそうです。

シベリウス好き、北欧もの好きが多くいる日本から見ると信じられないくらいですが、シベリウスのような確固とした評価のあるように思える作曲家でも、まだ、ローカル色が濃いのですね。それにしても、シベリウス好きが多い外国、日本人とイギリス人って似てるのかしら?同じ島国?律儀で真面目なところ?(イギリス人が?って思うかも知れないけど、わたしの見た感じ他の国々の人に比べるとかなりそうね)

こうして考えると、交響曲の分野で、多くの国で受容されてる作曲家の作品って、元々交響曲が育った独墺(と元々数は少ないけどフランス)以外の作曲家ではほんと少ないですね。シベリウスは入れていいと思うけど、イギリスのエルガーは微妙だし、アメリカの作曲家は全滅。ロシアは以外と頑張ってチャイコフスキーやスクリャービン、ラフマニノフ、タコ。ううん、日本のが外で受け入れられるのはかなり難しそうだな。チャンスがあるとしたらイギリスか。世界制覇を企むためには、まず、イギリスのオーケストラの首席指揮者を日本人がひとつ取ることね。話はそれから。
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by zerbinetta | 2013-06-20 23:21 | 随想 | Comments(3)

生の断片化、もしくは記憶の固着 シルヴェストロフ、交響曲第5番   

お休みの日の夕方、雨が降っている。なんだか物憂いような気怠い午後のまだ夜には遠いたそがれ時。いろいろな過去の、時が凍りついて止まった想い出に心を漂わせてみる。時を止めた廃墟の上に静かに時は流れている。わたしたちの今も、いつか同じように時を止めて、未来から眺められるときがくるのだろう。

シルヴェストロフの音楽は、廃墟を思い起こさせるの。でも、それは過去のものではない、今という時。そこに凍りついた時を未来から眺めているような音楽。時を止めたわたしが、時を越えた先から眺められている。彼を初めて知ったヴァイオリン協奏曲を聴いたときもそう感じた。そして、このCDの交響曲第5番を聴いて、またその追伸といえるポストリュディウムを聴いてその思いを強くしたの。音楽はとても美しい。その響きは不協和音だけど、とげとげしたのではなくて柔らかな響き。そして美しいメロディの断片。そう断片。崩れていく廃墟のように、メロディは断片でしかない。たった2つの音の繰り返しのような。でも、添えられた和音がとても美しいから、音楽が儚いのに美しい。そして、あまりにもロマンティック。ときの彼方に埋もれたロマン主義の廃墟。そしてそれはわたしの今。わたしもその中に埋もれて横たわっている。わたしの体から遊離したわたしの魂がときを越えて音楽と一緒に未来からそれを見つめている。わたしとわたしの生きた時代の廃墟。

音楽が進むともう少しメロディが形をなしてくるのだけど、失われた記憶を手探りで形にするように、その形は、不確かで、曖昧で、柔らかくて、愛おしい。そして静かな闘争が始まるの。失われたものを取り戻すように。時間を戻して記憶の廃墟を、記憶の中にあった世界をわたしのまわりにもう一度取り戻すように。メロディの断片が今度ははっきりとした輪郭を持って奏される。でも。。。メロディは還ってこない。埋もれて目をつぶっているわたしの体はそのまま、目を開けることはない。わたしの魂は行き場所を失って、もう一度ときの中にさまよい出す。ロマンティックな瓦礫はまた砂の中に埋もれるかのように、時を凍らせ眠りにつくの。想い出は決して二度と触れることはできない。

追伸

あなたはもう再びそこには戻れない、でもうんと大切なすてきだった過去の時間を想うとき、どんな気持ちになりますか。想い出が鮮明としてるのに届かないもどかしさ。もやもやして形にできないもどかしさ。甘じょっぱい涙のような気持ち。甘酸っぱい恥ずかしさ。そんないろいろな想いが美しさの向こうにありませんか。交響曲第5番を聴いたあと、体に重みを感じるような、心の中にそんな想い出を見るような感じがしませんか。そして、もう一度だけ、その想い出の中に帰ってみたいという気がしませんか。もしかするとそれは小さな頃読んだ物語の世界に近いのかもしれませんね。美しいピアノの音。儚いメロディ。そのように書かれたのが、ポストリュディウムなのかもしれませんね。

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わたしは今思い出そうとしている。ずいぶん昔観て好きだった絵を。作家の名前をもはや思い出せない。幻想的に廃墟のような裸婦を、未来から観た現代の記憶のように描いた絵たち。頭の中のイメジを検索できればいいのに。
でも、そんな手の届かない記憶が、なんて愛しいんだろう。多分、記憶の中にあるからこそ慈しいのかもしれない。そんな風景をこの音楽は思い出させるの。そして。わたしを何もすることができない、金縛りのような、脳の意識の繊維が運動器官から断ち切られた、静かな雨の世界に連れて行く。なにもできない。なにもしない。電池の切れたサイボーグのわたし。
わたしはこの音楽を表す言葉を残念にも持っていないので、虚脱系音楽と呼んでいるのだけど、聴くと、カラータイマーの切れたウルトラマンのように何もできなくなる、そんな音楽がわたしにはいくつかあるんです。
そのひとつで最大のものが、このシルヴェストロフの作品。そして、グラスのヴァイオリン協奏曲の第2楽章とか、ペルトのいくつかの作品、フェルドマンの「マリの宮殿」。。。
音楽って、癒やしを感じることはあるにしてもポジティヴな希望や力を与えてくれるし、悲劇的な作品でさえ、生きる力を与えてくれる。でも、虚脱系音楽って。吸血鬼のように身体からエネルギーを吸い取ってしまうんです。ネガティヴというんじゃないけど、気を奪い取られるというか、そういう音楽って、もしかするとサティーにその兆しはちょっぴりあったかも知れないけど、つい最近まで書かれることはなかった新しい音楽なのかもしれません。

(2002年の4月に書いたCD(シルヴェストロフ:交響曲第5番、ポストリュディウム:ロバートソン/ベルリン・ドイツ交響楽団)評に書き加えました。実演を聴いた無気力系感想はこちら
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by zerbinetta | 2013-06-19 23:06 | 録音 | Comments(0)

世界に羽ばたけ!るか、日本の音楽   

クラシック音楽、というか現代の作品も含むので芸術音楽という方が良いでしょうか、どなたか適切な言葉を作って(広めて)欲しいものです、の特徴は、ムズカシイ議論は置いておいて(っていいのか?)、時代や場所を超越した音楽と言えるであろうとは思うんです。多分多くの音楽家、作曲家は、音楽が、世界共通の言語であるという風に考えているし、発言もしている。デンマークでしか演奏されない音楽を、世界のクラシック・ファンは、認識しないだろうし、マニアックなクラヲタさんだって、、ノルガルドさんの交響曲大好き♡って言う人はいるかも知れないけど、それがベートーヴェンに匹敵する音楽と論破できる人はいないでしょう。ひっそりと笑みを浮かべながら、オレだけが知ってる感を味わいたいし、同好の士がいたら熱く迸る思いをもって語らうことに無上の喜びを見いだすでしょう(ってわたしの偏見?)。

その通り、日本の音楽は、世界に(ということは、芸術音楽の世界に)どのくらいの位置を占めているのでしょう?わたしは、残念ながら外国で日本人の作品をほとんど聴いたことがないんです。ロンドンにいた4年間の間で聴いたのは、武満さんの作品が2回(札響の来英公演と山田和樹/BBCシンフォニー)、イギリスで活躍する藤倉大さんの作品を1回(小川典子、ブラビンス/フィルハーモニア)、細川俊夫さんの作品を1回(ラトル/ベルリン・フィル)です。これが多いのか少ないのか、分からないんですけど、参考までに、中国人は、タン・ドゥンさんが2回、韓国人はウンスク・チンさんが1回です。もちろん、日本やアジアの国にとって、オーケストラやいわゆるクラシック音楽家のレパートリーになる西洋音楽の歴史は浅いので、すでに膨大な曲が蓄積され、なおかつ、人気のない現代曲の分野でレパートリーに食い込むのは難しいのです。それに、ロンドンですから、もちろんイギリス人の作品(といってもあまりマイナーなのは演奏されませんが)重視だし、あとは例えばオーケストラの指揮者がお国の音楽を持ってきたりします。
ということは、日本人の作品が、特にまだ名を知られていない日本人の作品が、海外で演奏されるためには、それを演奏する日本人が外国で採り上げることが一番の道であるように思います。外国人の指揮者がぱっと採り上げてくれるチャンスはまずないのではないでしょうか。

ということを、佐村河内さんの交響曲をベルリン・フィルでという意見を見てつらつら思いました。現実的には、海外で活動している日本人指揮者に採り上げてもらうのが現実的ではないでしょうか。とはいえ、プログラムの全部がこの1曲で埋まってしまいそうな曲なので、客演では難しいかしら。
もう少し、現実的には、録音を海外で発売するのがいいんじゃないかと思うんです。もちろん、今はアマゾンとかで世界各国のCDは買えるんですけど、でも、日本のは高いのです。一般のファンはお財布固いので(わたしの印象ではアメリカ人もフランス人も中国人もイギリス人もとても堅実です)、それでも買っちゃうマニアな人以外に買ってもらうには、これをクリアしないとって思うのです。日本で、佐村河内さんをマネジメントしている日本コロムビアが海外への販売網を持っているといいのですけど(不確かです。ごめんなさい)。もしくは、アマゾンのようなMP3のダウンロード販売をすると良いんじゃないかしら。日本コロムビアさんがどういう風に考えているかは分からないんですけど。ぜひ、海外でも売って欲しいですね。

佐村河内さんの交響曲が海外でも受け入れられるかについてはわたしは分かりません。でも、これが凄い音楽だと確信しているのならば、その人が力を持っているのなら、海外への宣伝をして欲しいです。音楽の力は、時も場所も越えるもののハズですから。誰も演奏してくれなかったり、誰も聴かなければ音楽は力を持ちえないのだから、音楽に奉仕する人が必要です。そうして、人の手をたくさんわたって、音楽は時間も場所も飛び越えていくんですね。
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by zerbinetta | 2013-06-18 22:52 | 随想 | Comments(4)