<   2013年 12月 ( 7 )   > この月の画像一覧   

もしフルトヴェングラーがアマオケを振ったら音は変わる? 横浜市立大学管弦楽団第44回定期演奏会   

2013年12月27日 @大田区民ホール アプリコ大ホール

シュトラウスII:「こうもり」序曲
ドヴォルジャーク:「スラブ舞曲集」第1集より第1番、第5番、第2集より第2番、第7番
エルガー:交響曲第1番

沖澤のどか、山田和樹/横浜市立大学管弦楽団


今年の聴き納めです。山田和樹さんが聴きたくて、蒲田までのこのこやって来ました。蒲田が東京だと知って軽くショックを受けてます(自分が無知だったことに)。蒲田の道は入り組んでて、駅から区民ホールまで来る間にしっかり迷ってしまいました(そして帰り道でもまた迷う)。
オーケストラは、横浜市立大学。プログラムの前半を沖澤のどかさんが振って、後半を山田さんが振るようです。オーケストラの皆さんは胸にコサージュ(男性のはブートニエールというんですね)を付けて少し華やか。いつもしているのかしら。それとも特別な何か?

沖澤さんは小柄でかわいらしい感じの方。黒のパンツスーツが似合ってました。指揮は正直、まだまだかな。自分の出したい音と指揮が合っていないように感じました。オーケストラをきちんと練習している様子なので、音楽は彼女のやりたい音楽になってるんですけど、指揮の動きと違う感じ。でも、彼女は音大の大学院生(だと思う。もしかしてネットにあるプロフィールが古くてもう卒業しているのかも知れないけど)、20代半ば。これからの方です。音の動かし方とか音楽の作り方にステキなものが聞こえたので、これから経験をどんどん積めばきっと伸びていくと思える伸びしろのある方だと思いました。
それにしても横浜市大のオーケストラ、侮れない。山田さんをミュージック・アドヴァイザーにして、若い指揮者を指揮台に立たせてる。こういうことこそプロのオーケストラにやってもらいたいんだけど、日本のプロのオーケストラってなんだかとほほなのよね。

エルガーの交響曲は、一筋縄ではいかない曲だと思います。ちょっと分かりづらいし、演奏によっては何をやってるのか分からなくなってしまいそうな危険を孕んでいる。エルガーは我らがロンドンの作曲家だったので、ロンドンにいたとき、ロンドン・プライドに溢れたこの曲の名演を何度か聴いています。さすがにマッケラスさんとフィルハーモニアのとかパッパーノさんとロンドン・シンフォニーのとかとは思い出してはいけないんだろうなって思ってました。
ところが音楽が始まってみるとびっくり。なにこれ?次元が変わってる。なんて正々堂々とした演奏なんだろう。そしてなんて熱のこもった演奏なんだろう。オーケストラの音がさっきまでとは変わってる。もちろん、オーケストラの音は一流のオーケストラには決して及ばない。技術的にも音量的にも足りないところだらけ。でも、ロンドン・シンフォニーのはいい演奏だなぁと距離を置いて聴いていたのに、この演奏は、まるで自分が音楽の中に取り込まれたように感じる。多分音楽を聴いているのではなくて一緒に音楽してる。山田さんの指揮は、極端な身振りじゃないのにもう音楽の隅々まで彼の音が聞こえるように表現しつくしていて彼自身が音楽になってる。なんだかここ最近聴いた指揮者と比べて圧倒的なレヴェルの違いを感じました。世界でもトップ・レヴェルにあると思う。山田さんはオーケストラを威圧するわけでもなく、ぐいぐいと引っ張るのでもなく、ふんわりと魔法をかけて望む音を引き出すみたい。オーケストラにこんな魔法をかけられる指揮者って、アバドさんとかラトルさんとか多分ドゥダメルさんとかそれくらいしか思い浮かばない(もちろん、他にもいろんな方法でオーケストラから素晴らし音を引き出す指揮者はいるのですが)。
山田さんのエルガーは本当にステキで涙がはらはら。始まりのロンドン・プライドの行進曲から、この主題が何度も形を変えて(引きちぎられて)現れる、特に第3楽章の、主題が回帰しそうで、でも、姿を見せない、そんなそこにあるのに手が届かない憧れを湧き起こさせる表現には、こんなの卑怯だよ、ロンドンでも聴けなかったよ、と思って体がじんと熱くなる。そして、最後に堂々と行進曲で還ってきたときのティンパニ(大太鼓?)の強力なクレッシェンドは祝砲みたい。「1812年」みたく本物の大砲を撃ってもいいねって思った。こんなの初めて。エルガーの交響曲の最良の演奏ではないかしら。山田さんには、またぜひロンドンに来て、びしっとエルガーでロンドンっ子の魂を射貫いて欲しい。本場より本物のエルガー。最高。前に友達と、フルトヴェングラーがアマチュアのオーケストラを振ったら音が変わるか、凄い演奏になるのかって話したことあったけど、答えはイエス。音楽を愛して真剣に取り組むオーケストラならば、人の心を動かす演奏をすることができることを今日、山田さんと横浜市大のオーケストラが証明してくれました。

熱演にうるうるだったのに、アンコールは、意表を突いて、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」から「松林の踊り」。ライト版のバレエでは、くるみ割り人形の魔法が解けてハンス・ペーターになるところ。クララとの感動的なパ・ド・ドゥ。ただでさえバレエを思い出して涙なしには聴けないのに、山田さんはこの音楽をとてもゆっくりと雄大に演奏させたの。凄い。バレエで踊るテンポではないけれども、反対にこの音楽に合わせてバレエを振り付けたらどんなにか素晴らしいものになるだろうって思った。そして山田さんは途中で指揮台を降りて、指揮台のまわりの第1プルトの譜面を第1ヴァイオリンから順番に閉じていって、楽譜を見るより音楽を心から弾くようにメッセージを学生たちに促してる姿もじーんときました。やばいよやばいよ。演奏後の山田さんやオーケストラの人たちのステキな笑顔、そして涙。まわりの人と握手したりする姿にも本物の感動があってわたしまでじーんときちゃった。1年の最後の音楽会をこんなステキに終えることができて、幸せ者の極みです。
[PR]

by zerbinetta | 2013-12-27 00:07 | アマチュア | Comments(0)

女性指揮者 都民交響楽団2013年特別演奏会   

2013年12月23日 @東京文化会館 大ホール

ビゼー:「アルルの女」第1、第2組曲
ラヴェル:スペイン狂詩曲、ラ・ヴァルス

松尾葉子/都民交響楽団


女性指揮者シリーズ。松尾葉子さん。有名な話ですが、彼女は、1982年のブザンソン指揮者コンクールで、女性として初めて、日本人としては小澤さんに継ぐ二人目の優勝者なんです。でも、どういう訳か今の彼女の立ち位置ってビミョーですよね(と思ってるのはわたしだけ?)。どこのオーケストラも任されていないという意味で。今どうしてるんだろう?って興味もあって聴きに来ました。都民交響楽団も好きですしね。特別演奏会なので、往復はがきで抽選ではなく、チケットを買いました。幻ではなく誰でもチケットを買いさえすれば聴くことができます。

松尾さんは小柄で颯爽としていてチャキチャキしている感じ。いい意味で中性的。指揮者だからってことさら男性女性を言うのは意味のないことになりつつありますね。無理して男装の麗人ぶることもないし、自然体でいい。ふつうにかっこいいもん。

でも、「アルルの女」にちょっとあれれ。このオーケストラとても上手いハズなんだけど、聴いていていどこかしっくり来ないの。リズムが甘いような気がするし、管楽器と弦楽器でリズムをとる感覚がずれてるみたい。どうしたのでしょう?弾きやすそうな曲なので油断したかな。松尾さんの指揮も縦の線をびしびし合わせる感じではなかった。もしかして松尾さんってわたしの苦手なタイプの演奏をする人かしら。リズムが切れ切れな演奏が好きなので。

そんな具合で、ちょっとテンションが下がってしまった音楽会、休憩のあとのラヴェルは打って変わって良かったの。「スペイン狂詩曲」は、多分初めて聴くけど(ついうっかりラロのスペイン交響曲を思い浮かべてた)、きちんとしたリズムで、そうそうこういう演奏が聴きたかったのよとなったし、「ラ・ヴァルス」は、スピード感のあるポルタメント多用でアグレッシヴな感じですかっとする演奏。リズムにも切れがあったし、なによりもやることが積極的で気持ちがいいの。松尾さんこういう曲が得意なのかな。松尾さんの指揮は流石って感じで、オーケストラをしっかり引っ張って、にょろにょろと猥雑なこの曲を整理してとても明快に聴かせてくれました。もしかするとこの人、得手不得手の差が大きいのかも知れませんね。もっと聴いてみないと分かりませんが。でも、もっと活躍してもいい指揮者のような気がします。女性指揮者の草分け的存在のひとりなので、男性社会の指揮者界、しかも保守的な日本で難しかったのでしょうか。同じく女性指揮者の草分け的なマリン・オルソップさん(松尾さんより数歳年下)も、USのメジャー・オーケストラ(ボルチモア交響楽団)の音楽監督になるときに一悶着ありましたからね。今は少しずつ女性で活躍する指揮者さんが出てきてるけど、まだまだ。女性が肩を怒らせなくても普通にして男性と同じ土俵に立てるようになって欲しいです。今までいなかった女性指揮者が加わることによって音楽の世界はより豊かになるに違いないから。松尾さんは、その良き道しるべになるに違いありません。

アンコールは、速めのテンポでこの曲が舞曲であることを思い出させてくれた「亡き王女のためのパヴァーヌ」と打って変わって賑やかに華やいだ「カルメン」から「闘牛士の歌」でした。た〜ら〜ららんらん♪と鼻歌うたいながら上野の坂を下りていって岡埜栄泉で好物の豆大福を買って帰りました。mgmg

ついしん:
プログラムに「ラ・ヴァルス」、英語にすると the waltz となってちょっと偉そう(意訳)、the 曲のジャンルというタイトルは他には見ない(バレエの the kabuki)くらいと書いてあったけど、リストの「les préludes」もそうじゃない?the 前奏曲。
[PR]

by zerbinetta | 2013-12-23 01:28 | アマチュア | Comments(0)

夫婦別れ?、いえ〜らぶらぶですぅ ゴーティエ&ユジャ リサイタル   

2013年12月15日 @トッパンホール

シューマン:幻想小曲集
ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ

ゴーティエ・カピュソン(チェロ)、ユジャ・ワン(ピアノ)


美男美女です!わたしも観に行きましたよ♡ミーハーですから。カピュソン兄弟は、ヴァイオリニストのお兄さんはオーケストラとの共演で何回か見たことあるんだけど、わたし的にはイケメン推しの弟ゴーティエさんは、一度だけ後ろから見ただけなので(チェロって損よね。後ろからだと座ってる後ろ姿ばかり)しっかり観たかったんです。一方のユジャもヴィジュアル系(ミニスカート!)だけど、わたし的にはピアニストとしてのプチ追っかけなので、このおふたりの共演は願ってもない機会。一粒で2度おいしい♡♡

プログラムは全部大好きな曲。っていうか、チェロとピアノの音楽って全部大好きかも。元々歌う楽器チェロが大好きだしね。あの声のトーン、ステキな男の人の声のようで心をくすぐるのね。
ゴーティエさんのチェロはとっても歌に溢れていました。あのお顔で、あんな音で歌われたら、あああうっとり。乙女の目線で見つめちゃう。一方の、ユジャはアスリート系。キラキラと硬質のクリアな音で明晰な音楽をテキパキと弾いていきます。柔のゴーティエさん、剛のユジャ。夢見る系のゴーティエさん、現実主義のユジャ。音楽性の違う水と油のようなふたりだけど、、、果たして水と油なの?
アンサンブルって不思議なもので、同じ音楽性のふたりが弾いてても上手く行かないこともある。しラベック姉妹のように正反対の性格のふたりが素晴らしい音楽を聴かせてくれることもある。ユジャとゴーティエさんは後者。お互いにソロイスティックにばらばらなことをやりながらできたものはピッタリと音楽になる。出てくる音楽は正反対なのに、実は深くにある音楽の泉が同じなんじゃないかって思う。ラベック姉妹だったら血、ユジャとゴーティエさんは何だろう?

シューマンの幻想小曲集は、今日のプログラムの中で一番の正統派ロマンティック音楽。元々、クラリネットのための音楽だっただけに、チェロのパートは歌う歌う。ユジャのピアノはわりと控え目で、ゴーティエさんに付けている感じ。ユジャのシューマンは聴いたことないけど、ひとりだったらどんなシューマンを聴かせてくれるんだろう?しっとり系かな、さばさば系かな。後者のような気がするけど、ゴーティエさんのチェロは、美しい、これを聴いただけで惚れてしまう男性の声のような音のしっとり系。目立ってはいなかったけど、ふたりの微妙な音楽のずれが、というかユジャが自分を抑えている気がしたのが気になりました。出てくる音楽はとてもステキだったんですけどね。

2曲目のタコのソナタも同じ路線。始まりからはっとびっくりするようなチェロのロマンティックな歌い出しに、タコってこんな素直なあっけらかんだったっけ?と思って調べてみたら、まだタコが屈折する前の若い、20代での作品なんですね。確かに第1楽章なんかはとても叙情的で愛に満ちている感じですけど、第3楽章の静謐感はマーラーの最後のアダージョのお終いの部分を聴いているような生を浄化するような気持ちにさせられるし、と思ったら、フィナーレで、全てがひっくり返されるなんちゃって感はタコならでは。ピアノ5重奏曲もこんな感じでしたね。
ゴーティエさんのチェロは相変わらず歌いまくりだけど、第3楽章の息を殺して吸い込まれるような音楽は凄かったです。崖の縁に立って下を見下ろすように立ちすくんじゃう。そして、第4楽章でチェロの歌い出しで音をひとつ飛ばして、一瞬音楽が止まっちゃうんじゃないって心臓が飛び出しそうに驚いて(これはハプニング)。
ユジャも、この曲の方が彼女の音に合っていて、でも、やっぱりまだ何か抑えてるなと思いながらも、ぐいぐいと引き込まれる素晴らしい演奏でした。
でも、曲が終わったときのゴーティエさんの普通のお辞儀とユジャの相変わらずのバネ仕掛けのような深い撥ねるようなお辞儀のちぐはぐさ、何か言葉を交わしてるのが(音楽の)夫婦喧嘩をしているみたいでドキドキ。なんかお互いに譲れないところあるのかなぁ、このまま喧嘩別れしないかなって勝手に妄想。かくしてこのコンビは今日の演奏会を最後に別れることになりました、なんちって。わたしの脳内では彼らはそうしゃべっていたのですよ。

そんな夫婦別れしたカップルが奏でるラフマニノフ。どんな風になっちゃうんでしょう。って思ったら、らぶらぶになってるじゃん。休憩時間に楽屋でどんな話したんだろう?(もちろん、仲違いなんてわたしの勝手な妄想で、そんなことしてないんだと思うんですけど)
この曲かっこよくて大好きなんですけど、生で聴くのは初めて。これを聴きたいからチケット取ったくらい。それがステキなのなんの。♡ハートマーク全開でうっとり。最高!ユジャも吹っ切れたように、ゴーティエさんに対等に絡んでくるし、ラフマニノフは弾き慣れてる感じかなぁ。ゴーティエさんが第4楽章の叙情的な主題をぐんと腰を入れて、テンポを落として弾いたのもびっくりしたけどステキすぎ。なんか、熱くて歌いまくって、疾走する情熱って感じ。青春だ。

そして、アンコール。ピアソラのル・グラン・タンゴ。これがまた、予想外に素晴らしかったの。ゴーティエさんは暗譜。ユジャはタブレットの譜面。ユジャの強靱な左手がどろりとしたピアソラ特有の半音階を奏でて、ユジャとピアソラの相性の良さを発見できて嬉しかった。まだ、ユジャには大人の女のセクシーさが足りないと思うけど(ってわたしが言うなよ!)、ミニスカートでもあまりに健康的な足はアスリートっぽいものね、これから、不健康なことも覚えていけば凄いものが生まれる予感をびしびし感じました。

凄く大満足。いいもの聴いた。ほんと、素晴らしいデュオ。お互いにソリストとしてものすごく忙しいと思うけど、共演を重ねてぜひぜひ、もっともっと熟れまくった音楽を聴かせて欲しいです。ああ、将来のヨロコビを確信して若いワインを飲んだ幸せ。饒舌にほろ酔い。体も心もぽかぽかです。
[PR]

by zerbinetta | 2013-12-15 23:56 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

そんな馬鹿な!喜。史上最強の幻想交響曲体験! 東京大学フィロムジカ交響楽団第39回定期演奏会   

2013年12月8日 @文京シビックホール

ドビュッシー:民謡の主題によるスコットランド風行進曲
ビゼー:「カルメン」第1組曲、第2組曲から
ベルリオーズ:幻想交響曲

小笠原吉秀/東京大学フィロムジカ交響楽団


東大のフィロムジカ交響楽団、2回目デース。夏に聴いたときの未熟ながら魅力的なマーラーの交響曲の演奏に好印象を持っていたので楽しみにしていました。そうそう、このオーケストラのユニークなところは、音楽会の写真を撮ることを禁止してないことですね。この間はヴィデオ撮影している人がいました。

始まりはドビュッシーの全く聴いたことのない曲。寝耳に水?ピアノのための連弾曲を自身でオーケストラに編曲したもの
だそうです。初めて聴く曲なので、雰囲気を楽しんだに過ぎないんですが、ドビュッシーの淡いグラディエイションが良く表現されていたと思います。強奏でも決して音が割れなくて、どこか薄甘い感じ。でも、そこが同時に物足りなさも感じたんです。ドビュッシーの淡さって甘さ控えめの日本のケーキの棘のない味ではなくて、ここの楽器がもっと際だってるんだけど、その微妙な配置が生み出す中間色だと思うんですね。スーラの点描がみたいな、個々の素材の味は際立ってるけど全体としてまあるくまとまってるフランスのケーキみたいな。

次の「カルメン」の組曲からの数曲は、残念ながら物足りませんでした。お行儀が良すぎ。カルメンって場末のそしてダメダメな人間たちの物語。あばずれで男を手玉に取るカルメン、ダメ男の典型ドン・ホセ、脳みそ空っぽのかっこつけ野郎エスカミーリョ(酷い書きよう)。でも、底辺に生きる人間たちの真実の物語。一見派手やかな音楽の中にもそれはあると思うんですよね。小笠原さんと東大フィロムジカの演奏は、さっぱりしすぎて、カルメンは図書委員の女の子のようだし、エスカミーリョにも出てくるだけでぎらぎら暑いオーラが感じられなかった。オーケストラによる組曲でも、オペラではないしストーリーもないけど、カルメンはカルメンの音が聴きたかったです。どん底から放たれてくるぎらぎらとした生命力。
そうそう、全然関係ないというかクラヲタ的隅重(重箱の隅)だけど、チェロのピチカートが続くところ、人差し指で弾く人がいたり、中指だったり、親指だったりいろんな人がいるんだなって思いました。

そんなこんなで、ちょっと物足りなさを感じながら後半。幻想交響曲ってはちゃめちゃな音楽だから、お行儀よく演奏されてたら、例えそれが上手くても面白くないなぁって。なんて、したり顔で腕組みをしながら(脳内イメジ)聴き始めましたよ。最初はなんかやっぱりと思ってみたり、ブログにもそんなこと書くのかなぁって思って聴いていると、あれれ、なんだか違う。そんな感じが気のせいではなく確かにしたんです。
小笠原さんとオーケストラの関係はとても良いように思えました。長く関係を続けてこられて、今年から常任指揮者になられてのも納得です。オーケストラの指揮者に対する吸い付きは、毛穴吸引をきゅぱきゅぱするみたいに気持ちがいい。小笠原さんもこのオーケストラのことがとてもよく分かっているみたいで、オーケストラから最良のものを引き出しているみたい。アマチュアの中でものすごく上手いっていうわけではないけど、ときどき信じられないような本物の音も聞こえるから不思議。ホルンのアンサンブルとかヴィオラのトレモロには、一流のオーケストラのような音が聞こえてびっくり。学生時代って時間を忘れて一番好きなことに没頭できるときなのかも知れませんね。わたしももう一度学生になって、そしたらオーケストラで弾きたい。東大にはもう入れないだろうなぁ〜、受験勉強する根性もないしな〜なんて余計な妄想をしてしまいました。
第2楽章は、コルネットが入ったんだけど、控え目で、わたし的には、もっと前面に出してケバケバした感じが良かったな。第3楽章のイングリッシュ・ホルンとオーボエの対話は、ステージとステージ裏で。そして、お終いの方で回帰するところでは、対話の相手がいなくなって雷が鳴るんですね。今まで何となく聴いていて対話を意識していませんでした。心象風景をしっかり浮き上がらせてくれたのはステキ。そして、ティンパニを結構大きく叩かせていたのはわたし好み。そう音楽が大きく変わったのはこのあたりから。わたしは、この音楽って阿片を飲んでラリった作曲家のはちゃめちゃな音楽だと思っていたんですが、プログラムの解説によると作曲家の最初のプログラムでは、阿片でラリるのは4楽章からとのこと。そういう風に演奏したんですね。
ティンパニが結構、勇気を持って大胆に叩いていたんです。音楽をリードするまでには至っていたなかったんだけど、ばしばしと叩いていたのは好き。オーケストラも俄然熱を帯びてきて、第5楽章ははちゃめちゃ度が増している。こうじゃなきゃ。熱くなった若者、学生っていい。一所懸命な音楽の情熱が真っ直ぐに伝わってきて(結構みんな涼しい顔で弾いているんですが。ツンデレというか、もう少し殻を破って素直な感情を顔にも表すともっといいのにな)、こちらも熱くなる。鐘(ベル?)はステージ裏で叩いてて、袖で熱く指揮をする第2指揮者も見えて(前の方に座っていたので)、全体が熱を帯びて、お終いの方の弦楽器の旋律が重なっていくところのびっくりするような音色の効果(多分、技術不足が反対に奇跡的に素晴らしい音色の効果を生み出したんだと思う)、そのあとのコルレーニョも、コーダの追い込みも阿片で狂ったようで、わたしも思わずラリってしまう。びっくりするような素晴らしい幻想。興奮して今まで聴いた一番の幻想だと思いました。冷静に思い出してみると、わたし、この曲を聴くたびにいつもすごく熱くなっていたんですね。サロネンさんもラングレさんもMTTさんも素晴らしかったの思い出したし。でも、今日の演奏も、それらの上に忘れられない演奏になりました。

アンコールは、「アルルの女」から「ファランドール」。幻想の勢いをそのままに元気があって良かったです。幻想の興奮冷めやらない熱い日曜日になりました。

ついしん:
ここで約20分間の休憩をいたします、とアナウンスがあったときぷっと吹き出してしまいました。約って。そりゃきっちり20分ってことはないけど。
[PR]

by zerbinetta | 2013-12-08 00:13 | アマチュア | Comments(0)

僧形の音楽 わたしのポゴレリチ事件ふたたび?   

2013年12月6日 @ミューザ川崎

ショパン:ピアノ・ソナタ第2番
リスト:「メフィスト・ワルツ」第1番「村の居酒屋の踊り」
ショパン:ノクターン 作品48-1
リスト:ピアノ・ソナタ ロ短調

イーヴォ・ポゴレリチ(ピアノ)


ポゴレリチさんを初めて聴いたとき、あまりの音楽の破壊っぷりとそこから来る深い絶望感を全く受け付けることができず、生まれて初めて、わたしの全てをもって拒絶するという経験をしました。サイアクの音楽会。プロとしてあまりに下手くそすぎて聴くに耐えなくなった、というような生やさしいものではなく、積極的な拒否感。そんな気持ちが音楽会を聴いてわき起こるとは、微塵にも考えられなかったので、自分でもびっくりしたのです。
それは、確かな痼りとなって心の中に留まりました。いろんなことを考えもしました。不思議なことに、全否定した気持ちを確かめるために、もう一度聴いてみたいとも思いました。今度は、オーケストラとの協奏ではなくて、彼ひとりのリサイタルで。
その機会がやって来ます。リサイタル。オール・ベートーヴェンとふたつのプログラムがありましたが、より彼の音楽の特徴が出ると考えた(多分、初めて聴くには分かりやすい)、ショパンとリストのプログラムで。安くはないチケットです。また、打ちのめされてしまう、わざわざ怖いもの見たさで聴きに行くこともないと躊躇する気持ちもなくはなかったですが、こんなチャンスがまたいつか分からないし、もう一度聴いたら答えが見つかる、かもと思いチケットを取りました。

川崎のホールには早めに着きました。ホールに入るとステージのピアノで帽子を被った私服のおじさんが客席を眺めながらピアノをぽろんぽろんと弾いていました。調律かなと思ったら、そんな感じじゃなくて和音を連ねた静かで瞑想的な即興曲のようで、耳を疑うくらい上手い。というのが、ただ和音を弾いているだけで分かるくらいすごいの。ものすごくきれいな音で。ポゴレリチさんでした。音楽会の前に心を静める禅を組んだような寂静。なんだか、宗教的な気持ちにさえなってしまう。

演奏についての細々は、あまり書きません。ピアノの音楽についてつべこべかけるほどわたしはピアノをよく知らないから。
ショパンの葬送行進曲付きのソナタは、葬送行進曲を除いて、ゆっくり目のテンポ。音を靄に包むような深いペダル。いきなり、三途の川の霧の中に連れ込まれた、立ってる世界が変わった。ひとつひとつのフレーズ、音がばらばらに、自由に浮遊して音楽の関連性が曖昧になった感じなのに、でも全体はひとつの世界を形作ってるような。全体を通してほぼ切れ目なく演奏されて(わたしとしたことが、第1楽章から第2楽章に移ったことに気がつかず、全体で3楽章の曲だったかしら?なんて恥ずかしいこと思いました)、ばらばらの音の間に、重力のようなまだ正体の分からない見えない力が作用しているように、もっと直裁的に言えば、音の間にエーテルのようなものが充満しているように感じられました。第2楽章の慰めのような第2主題は、お終いに再現されてくるときには、ばらばらに壊されて、甘やかな記憶は幻影でしかないと感じられたし、葬送行進曲の中間部の主題はもうめちゃくちゃ美しいんだけど、淡々としていて平安よりも何か大切なものを失った虚無感があるがままに感じられるんです。でも、なぜかそれはそこにあって、だから、何もない絶望ではないと感じられるのです。第4楽章は、もしかしてこの演奏の白眉。深いペダルが音を曖昧に滲ませて、でも音は決して濁らないし、音が聞こえると言うよりそこに質量を持った空気がある、というか人が死ぬとき魂が空気の玉のように口からすうっと抜けて空に流されていくような昔の景色を思い浮かべました。崇高だけど日常的な人の死。どこか懐かしくてでも現実ではない、心象風景。

リストの「メフィスト・ワルツ」のピアノ版は実は聴いたことがありません。オーケストラ版なら知ってるんですが。これは。原曲がどんなだったか想像できないような音楽。オーケストラ版で知ってるメロディはときどき聞こえてくるんですけど(オーケストラ版はピアノ独奏の曲の編曲ではないんですね、でも)、(わたしは知らないくせに)普通に弾いた演奏とはまるっきり違って聞こえるんだろうって分かる感じ。踊ってないし。陽気じゃないし。

ショパンのハ短調のノクターンもおよそノクターンらしからぬ演奏。速度を失って浮遊しているような自由落下しているような音の配列のような音楽は、色即是空。でも、それは絶望ではなく、でも満たされているわけでもなく、あるがままにそこにある感じ。ものすごく丁寧に音が置かれて、音と音の間につながりがあるようなないような、でも、濃ゆいエーテルが音と音の間に充満していて音が相互作用をしている感じ。危ういところで踏みとどまって、音たちに関係性が保たれているのは音楽が成り立っているってこと?音楽って必然的な音の連なりよね。

最後のリストのソナタは、素晴らしかった。この曲は以前に、エマールさんの圧倒的な演奏を聴いているけど、ポゴレリチさんのは全くアプローチも音楽の作り方も違うけど、ずしりとくるものでした。この長大な難曲を、ひとつの音もおろそかにすることなく完璧にコントロールされて、しかもその完璧さの、技術的ではない音楽的な、重箱の隅も完璧に突き切っちゃうところが唖然。ひとつひとつの全ての音がそれしかあり得ないように、強さ、音色、響き、重さ、大きさ、肌触り、意味、を持って心に届いてくるんです。流すところがなく、全ての音を磨き上げてる。特に印象的だったのは、フーガの部分で長い音を長めに、続く短い音符を速く弾いているのにそれが重なり合うときの空間を曲げるような小さな軋みと最後の部分、ひとつひとつ音が降りてくるところのあまりに音のディーテイルこだわりにこだわった緊張感。キュビズムの絵のようにひとつのものを全ての方向から同じ重さを持って見つめるように、音楽に含まれる全ての音を同じ重さを持って弾いているみたい。それ故、細部のひとつひとつの音にまで主役と同じ意味を与えられていて、そのために異形になってる。ポゴレリチさんの音楽は、破壊と創造。作曲家の作曲したきれいなお城のレゴブロック、それをいったん壊して再創造して全く違ったお城に組み上げているの。影に隠れて見えなかったブロックまで外に出して光を当ててる。いいえ。再創造と言っても「編曲」ではなく、楽譜に書いていることを再現しながら「演奏」してるの。でも楽譜には書かれていることよりも書かれていない大事なことが圧倒的に多いんですね。膨大な世界。ポゴレリチさんのそれは宇宙でした。無限に広がる全てを包み込む宇宙。音楽を聴いていたと言うよりも霊的な宗教的な体験でした。やっぱりポゴレリチさんは修行僧だわ。雷に打たれるような天啓を与えてくれる僧形の音楽家。

ポゴレリチさんの音楽はポゴレリチさんの音楽以外の何ものでもありません。そこにはショパンもリストもない。と、今のわたしは思います。もっと聴き続けてみればそこからショパンやリストが現れるのでしょうか。ポゴレリチさんを追うわたしの巡礼は始まったばかり。音楽の新しい彼岸に巡り着くことを期待して。
[PR]

by zerbinetta | 2013-12-06 01:36 | 室内楽・リサイタル | Comments(0)

超ハッピー アントネッロ最強!「オルフェオ」   

2013年12月4日 @川口リリア音楽ホール

モンテヴェルディ:音楽寓話劇「オルフェオ」

彌勤忠史(演出、メッサジェーラ)
黒田大介(オルフェオ)、高山潤子(エウリディーチェ、ムジカ)
大澤恒夫(カロンテ)、鹿野浩史(アッポロ、羊飼い)
上杉清仁(スペランツァ、羊飼い)、酒井崇(プルトーネ、羊飼い)
中本椋子(プロセルピーナ、妖精、バッカスの巫女)、藤沢エリカ(妖精、精霊、バッカスの巫女)
新海康仁、白岩洵、望月忠親、細岡ゆき(羊飼い、精霊)
濱田芳通/アントネッロ


モンテヴェルディのオペラ「オルフェオ」(音楽寓話劇というのはまだ当時、オペラという言葉がなかったから。オペラです)、もう好きで好きでたまらないのです。しかも、今日は前回の「ポッペアの戴冠」でも暴走しまくっていた濱田芳通さんのアントネッロ♡嬉しくて嬉しくてスキップして音楽会場まで行っちゃう勢い。モンテヴェルディの3つのオペラの上演シリーズの第2回目なのです。チケットは当日券まで完売。満員御礼です。そして、またやってくれました。最高にステキで楽しい「オルフェオ」。悲劇だから楽しいというのはおかしいかも知れないけど、でも、アグレッシヴな音楽は、心躍らされるように楽しい。ロック魂ふたたび。帰り道では、スキップどころじゃなくて全速力でマイムマイム踊っちゃいたくなる気分。

記念すべきオペラ。史上初めてのオペラではないけれども(確か6作目くらい)、演奏されている最古のオペラ。現代に直接つながる音楽の根っこ。その記念碑の音楽が、まさに新しい時代を告げるにふさわしいトッカータ、モンテヴェルディの後援者であるゴンガーザ家の紋章のファンファーレになって煌びやかに響く。とびっくり。ファンファーレを導くタンブレロのビート!心臓に直接作用してワクワクしちゃう。いつものファンファーレがこのビートのおかげで5割増し。最初っからやってくれるね〜アントネッロ。濱田さんの指揮(たまにリコーダー、たまにコルネット)も足を上げたり完全に踊り。今回もセミ・ステージドで、オーケストラは舞台の上、オーケストラの前と、後ろの舞台で歌手が演技するんだけど、濱田さんの指揮が音楽の、舞台の一部に絶対なってるので、オペラ・ハウスのようにオーケストラがピットに入って見えなくなるより絶対いい。それに、このモンテヴェルディのオーケストラ、普段目にしないいろんな楽器が使われるので目にも楽しいし。ノリノリの太鼓のふたりもロッカーみたいでかっこいい。

演出は彌勤さん。前回の「ポッペア」みたいな過激な読み替えはしていないけど、舞台は、古代南米。ギリシャ神話のお話を、日本人が西洋人の衣装でやると違和感があるというので、南米に舞台を置き換え。でも、この死んだ妻を取り返しに黄泉の国に降りて行って、帰りに振り返って全てが泡になる、という話は世界中にあるので(日本の古事記にも!)、違和感はなく、すらりとはまりました。でも、そこが反対に物足りなさが残ったかな。プログラムノートの中に、この物語の言葉の裏に修辞学的にエロティックな暗喩が隠されていることが書いてあったけど、ならば、物語の筋を日本では知られている伊弉諾伊弉冉の話に託しちゃって、自由になった分をエロティックな後ろの意味を露わにするやり方もあったんでは、と思いました。南米にしたのがあまりに違和感なくはまっていた喉ごし良さの物足りなさゆえの逆説ですけどね。

濱田さんとアントネッロの音楽は、期待通り自由で弾けていて心躍りまくり。現代に甦るオルフェオ。当時の人がこのオペラをワクワクしながら聴いたように、今のわたしたちもノリノリでワクワクしまくり。昔の演奏方法にはなかった音も聞こえるけど、それが予想外でびっくりするような効果を上げて、音ではなく音楽の精神を今に甦らせることに成功してると思いました。みんな自由で上手い。ライヴならではのアンサンブル。最初から最後まで嬉しすぎて涙が止まらないわたし。

歌手陣も粒が揃っていて、一体となって素敵な音楽を聴かせてくれました。エウリディーチェは、最も出番の少ないヒロインな感じだけど、ムジカも兼ねた高山さんがとても良かったです。そして圧巻だったのが、メッサジェーラを歌ったカウンター・テナーの、そして演出の、彌勤さん!物語を支配する圧倒的な存在感が声にありました。全幕を通して歌いまくりのオルフェオの黒田さんは、速いところで音が消えるような感じがあったとこがちょっと残念だけど、難しい役をがんばって歌ってらっしゃったので、音楽に疵を付けるものではありませんでした。
客席に合唱が仕込んであって、突然歌い出したのも嬉しい驚き。制限された舞台、会場での効果的な演出、音楽の作り方はやっぱりいいな。こんな高水準のモンテヴェルディを日本で聴けることがもう嬉しくてたまりません。日本にもバロック・オペラや古楽の音楽に適したオペラ・ハウスがあればいいのに。そして、アントネッロにもどしどし海外進出して欲しいです。もうすでに海外でも絶賛されてるようだけどもっともっと。日本の宝物のようなユニークな古楽アンサンブルですから。

このシリーズはあと、「ウリッセの帰還」を残すのみ。最後はどんな舞台、音楽になるのでしょう。そして、その後のアントネッロの活躍はいかに。目が離せませんですね。
[PR]

by zerbinetta | 2013-12-04 12:26 | オペラ | Comments(2)

マーラーの青春は熱くなきゃ 葛飾フィルハーモニー第46回定期演奏会   

2013年12月1日 @かつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホール

モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 K466
マーラー:交響曲第1番

菱沼恵美子(ピアノ)
田中祐子/葛飾フィルハーモニー管弦楽団


恥ずかしながら罪を最初に告白させて下さい。実は今日の音楽会、全く期待していませんでした。地域つながりのアマチュア・オーケストラは、仲間で音楽を演奏することが主眼で(でもそれはそれでとってもステキなことだと思うんですよ)、つながりのないところにわざわざ聴きに行くことないと思っていたんです。今日、聴きに来たのは、指揮者の人に興味があったから。三ツ橋敬子さんに続いて、2009年のブザンソン国際指揮者コンクールで入賞した女性(ちなみにその年の優勝者は山田和樹さん。田中さんは山田さんとタメです)(過去には松尾葉子さんが同コンクールで優勝しています)。気になりました。
オーケストラは、年齢層高め。わたしもう、ヘンケンのかたまりで、アマチュアで年齢が高いとお仕事とか忙しくなって若いときと同じように練習時間が取りづらくなって、レヴェルを維持するのは難しいな〜、このオーケストラは大丈夫かなぁ〜って思ってしまったんです。

でも、モーツァルトの協奏曲が始まったとたん、ヘンケンは払拭されました。わたしが馬鹿でした。
まずオーケストラはわたしが思っていたレヴェルを超えて上手かったです。特に弦楽器がいい音を出していました。モーツァルトってシンプルすぎて誤魔化しがきかないというか、譜面通りに弾いても音楽にならないと思うんですね。それは、マーラーとかショスタコーヴィチとか難しいけど、譜面通りに弾けば一応なんとかなるという音楽ではないと思うんです。でも、葛飾フィルは(わたしの好みではないけれども)ちゃんとモーツァルトの音楽を弾いていました!
わたしの好きなモーツァルトは、市民権を得て学術的世界から芸術を表現するようになった古楽の演奏か、現代オーケストラでやるなら豊かで柔らかな響きででもその中に悲しみの芯があるような(今日のような短調の音楽は特に)演奏なんです。後者では、ピレシュさんがハイティンクさんとロンドン・シンフォニーのバックで弾いた演奏が心の中に残っています。葛飾フィルの演奏は、そこまで豊かな響きがなかったです。思うんだけど、特に弦楽器のヴィブラートが弱点のアマチュア・オーケストラは(一般論です)、古典作品の場合、古楽器的なアプローチをする方が、彼らの持っている音色に合ってるんじゃないでしょうか。そういうやり方をする指揮者がいてもいいと思うんです。
田中さんと葛飾フィルの伴奏はとても誠実で真面目でした。それがちょっと裏目に出ちゃったのは、第2楽章の伴奏の刻みが、しっかり縦ノリのリズムを踏む音になってしまって、そこは少し曖昧にしないと音楽の雰囲気を壊しちゃうよってとこです。でも、そういう音楽の話ができるところがうれしい。だって、(譜面ではなく)音楽を演奏してるんだもん。
ピアノの菱沼さんの音は、わたしのモーツァルトには重すぎました。モーツァルトと言うよりロマン派の音楽を聴いている感じ。重いと言っても、心の闇に沈み込むような深さがあればいいのだけど、べったりとした平面的な音になっていたように思えます。和音が濁って聞こえてきたところがあるのもマイナス点。あと左手の音がちょっと雑に感じられるところがいくつかあったように聞こえました。
それでも、このモーツァルト、好感が持てて涙が出そうでした。

葛飾フィルハーモニーって、葛飾区のアマチュア・オーケストラだけど、区からの支援を受けていて、練習場所、音楽会の会場がしっかりと確保されている恵まれた団体なんですね。トレーナーも10人くらいいて、それも他のアマチュア・オーケストラよりも恵まれてる様子。だからこそ、安心して音楽に打ち込めるし、区がそのような文化事業を支援するのって良いことだと思う。地域とホールとオーケストラの結びつき。プロのオーケストラにも欲しいところです(これについてはあるよとの反論を受けそうですが、いつか思うところを書いてみたいです)。

休憩のあとは、マーラーの交響曲第1番。この曲、中学時代にたくさん聴いて、わたしの青春とマーラーの青春が重なってめちゃ思い入れのある曲なんだけど、なかなか良い演奏に出逢えていないんです。どうも最近の指揮者って老いも若きもかっこつけちゃってと言うか、なんか、きちんとスマートな演奏が多い気がするの。はちゃめちゃな感じがもっと欲しいなって、ライヴは。
音楽は、シーンとした緊迫感から始まりました。弦楽器のこの雰囲気、ドキリとしてとてもいい。全体を通して、木管楽器と弦楽器のバランスが悪いところがいくつか聴かれたけど、そんな玉の疵以上に凍ったような朝の雰囲気がステキ。ゆっくり目のテンポで入るファンファーレ(トランペットは舞台袖で吹いてました)やホルンの牧歌がのどかなお日さまを呼び覚まして、水緩む春。丁寧な雰囲気作りに好感度大。たっぷりとアゴーギグを付けて旋律を歌わせながら音楽を進めていくの。日が陰るような冷たさの再来も三寒四温の季節の営みの前ではなすすべもなく、最後は春が完全に支配するんだけど、ここはちょっとおとなしかったかな。
第2楽章が一番ユニークで面白かったんだけど、最初のチェロとコントラバスの前奏、かなりゆっくり目のテンポで元気のいい長い音符をテヌート気味に音を伸ばして弾かせて、ああ、ここはマーラーはティンパニを削って正解だったな、っていうことをはまるように実感できて目から鱗(音が急速に減衰するティンパニが入っていればこんな表現はできないから)。旋律の始まりに向かって加速するんだけど、思い切った加速でなく、終始遅めのテンポ。でもそれが素朴でのどかな田舎の気分満載で良かったん。トリオも随分遅いテンポで、春のぽかぽかの中お昼寝しそう。
第3楽章は、ここに来てわりと普通。最初のコントラバスのソロは、半分の4人のパート・ソロ。新しい版に準拠ね。でも、これをアマチュアで揃えるのは至難の業。パート全員の音がひとつになって音楽を奏でれれば奇跡的な音になるんだけどね。オーケストラの力を考えるとここはひとりのソロでも良かったかも。中間部の切なげなオーボエは、オーボエくん、ここにかけていたなって思わせるようなステキなソロ。
第4楽章は、わたし的にはもっと大嵐のように荒れて欲しかったけど、でも必死に棒に食らいついていくさまは、つい手に力を入れて応援したくなっちゃう。そして、叙情的な旋律が歌われるところが、今日のクライマックス。白眉。田中さんは、ここを大きく歌わせて盛り上げていたし、彼女の持ち味の歌がとっても生きていました。田中さんポルタメントをとても効果的にかけるんですね(ここだけではなく曲全体で)。反面、あとでこの旋律が切れ切れに再現されるところは、あっさり目のインテンポ気味で、わたしのこの曲のピンポイント・ラヴのオーボエのソロがちょっとつっけんどんで先を急ぐようで、ここだけはもっとたっぷりと歌わせて欲しかったです。このあたり、粘って盛り上げてもいいんじゃないかな。ここから一気に最後まで(ヴィオラがぴたりと入ってきてしてやったり)、勢いを付けたテンポ感で押していくのが、小細工なしのストレイトな感じで、テンポをいじくって推進力を失う過ちが避けられて良かったです。ふたりのティンパニの交互のトレモロの推進力も素晴らしかった。ホルンが全てを圧倒して立つところは、ほんとに全てを凌駕する音量が欲しかったけど(トランペットが1本加わってました)、そこまで求めるのはさすがに酷かな。プロのオーケストラでも(音楽的なバランスを考えてというのもあるでしょうが)聴けないことなので。

それにしても、田中さんのこの曲に対する思い入れ、自信の凄さ。上体を大きく使った指揮でオーケストラをぐいぐいコントロールする手腕は並外れたもの。左手の使い方がもう少し上手くなればとは思ったけど、素晴らしい才能の指揮者を発見できて嬉しい。そしてそれに応えるオーケストラも。最後、指揮者とオーケストラの充実した表情はわたしにもずんと心に来た。もしかしてわたしも同じような表情をしてたかも知れないね。熱い、思いを込めまくった素晴らしいマーラー。
そして、アンコールに「花の章」。音楽会が始まる前、ステージ裏でトランペットの人が、「花の章」のソロを吹いて練習してたのはこのことだったのね(5楽章版やるのかなと思ってプログラム確認しちゃったよ)。未完成の音楽なので、演奏で補わなきゃいけないことがたくさんあって難しいと思うんだけど、そこはまあそこそこ、だったけど、この音楽会のまとめ方は本当に粋でした。一本とられた感じ。

さて、このオーケストラ、次回の音楽会は、今日の田中さんと去年の東京国際コンクールで1位、2位なしの入選を分かち合った石﨑真弥奈さんが振るんですね。これも今から楽しみ。
[PR]

by zerbinetta | 2013-12-01 02:27 | アマチュア | Comments(0)