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ヘンなチラシに負けたw 荒川区民交響楽団第20回定期演奏会   

2014年1月26日 @サンパール荒川大ホール

ムソルグスキー/リムスキー=コルサコフ:交響詩「禿げ山の一夜」
チャイコフスキー:幻想序曲「ロミオとジュリエット」
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」

高橋敦/荒川区民交響楽団


いや〜〜、とある音楽会でもらったチラシの束に挟まっていた1枚の異彩を放つチラシ。前面(多分ね)にピンク地に白抜きでARK20とかなんとか。荒川区民交響楽団の(20周年の)ロゴみたいだけど、初めて見るものには何のことか分からない、目を引くけれども全くの情報レス。これはチラシの体を為していないんではないだろうか、プレゼンテイションとしてはサイアク。裏(?)は普通の案内になってるんだけど、英語(?)併記というか、ローマ字併記で、ほら、地下鉄の駅名がローマ字で kokkaigijidomae と書いてあるような、shiki とか、外国人分かんないよ、みたいな。shiki とか kangengaku は、日本人的にも conductor と orchestra の方が分かりやすいでしょ。そして、ドルやユーロでも支払いOKというのが、日本語っぽい英語(文法的には正しい)で書いてあって、ドルで払う人いるのかよって思ったら、会場で外国のお金でチケット買ってる人(多分日本人)いてびっくり。そして、オーケストラのウェブ・サイトもぶっ飛んでる感じ。小ネタもあったり(トップペイジの作曲家の写真にマウスオンしてみて)、とっても楽しそう。チラシとしてはサイアクと思ってたのに、実はサイキョウだったシンボウにダツボウ。まんまとヘンなチラシに引っかかって面白いもの見たさ(?)に聴きに行ってしまいました。町屋の下町の道をくねくね歩きながら。雹に降られて。

サンパール荒川は、下町らしい、垢抜けない感じの、町の会館みたいな(いいえ、確かに荒川区民会館っていうんだよ)建物。大田区のアプリコや文京区の文京シビックホールなどの新しくてこぎれいで音響も良さげ、というクラシック音楽のコンサート・ホール然していない多目的の地域密着型ホール。お客さんもいつにもまして(もともとアマチュアの音楽会はそうなんですが)近所のおじいさんおばあさん、おじさんおばさん、生徒さんみたいな方ばっかりで、なんか、縁側でおばあちゃんと茶飲み話をするみたいでほっくりする。わたしこういう雰囲気好き。

荒川区民交響楽団は、、、まず見た目、年齢の幅が凄い!子供からお年寄り(という程でもないか)まで。そして髪型のヴァリエイションw男性は黒のジャケットに白シャツ、黒蝶ネクタイだけど、打楽器の兄ちゃんにひとりジャケットの下は黒のTシャツという人がいたり(ポップスで叩く人みたい)。トランペットの人は譜面台越しに目から上しか見えないけど安倍総理に似てる感じだし(わたし目が悪いんです)、団長さんのてっぺんをちょっと立てた髪型はみんなの党の渡辺さんに似てるし。そして何と言っても、にじみ出る楽しそう感。演奏が始まる前に袖から、団長さんが出てきて、震災で被災した姉妹都市への義援金のことや20周年記念クリア・ファイル、くじ引きのことなど団長さんの性格なのかおもしろ可笑しく話されたんだけど、言葉を間違えると、客席からもステージからも声が飛ぶ。

そんな、下町情緒たっぷり(?)の音楽会。指揮者はプチ茶髪の高橋さん。この人がまた、よくぞこの人をこのオーケストラにというか、相思相愛というか、同じニオイのする人というか、指揮台で踊ったり跳ねたり、お尻振り振りしたり、駆けたり、楽し〜。我が愛するクリビー(クリスチャン・ヤルヴィさん)みたい。音楽も楽しく分かりやすく、大きな緩急や、表情付け、音量の変化や大見得を仕掛けてきて、変態系指揮者だと思うんだけど、わたし的にはツボ。だって今日の曲目なんかは、しかつめらしく高尚なクラシック音楽じゃなくて(でも、そんな音楽ばかりがクラシック音楽と思われてたら嫌。というかそれ、音楽の楽しみ方じゃない)、絵巻物のようなドラマティックな作品だからこれでいいのだ。特に全休止の取り方がユニークで、そこで完全に音楽を断ち切るのね。そこからリスタート、させる全休符。シェエラザードの最終楽章の全休符はいったん音楽が終わった(音がなくなっただけじゃなくて)と勘違いさせるくらい。そして、彼「here we go!」って小声で叫んだんだ。絶対。わたしには聞こえたもん。

オーケストラは決してとても上手とは言えないけど、楽しく音楽を聴くのには十分以上。チャイコフスキーでは繊細さ不足が少し疵になったけど、シュエラザードはすごく良い演奏でした。。そんなことより、音楽を楽しむ雰囲気がオーケストラに、そして指揮者や、オーケストラの音を受けたお客さんに溢れていて、これは何物にも代え難いヨロコビ。

「禿げ山の一夜」は、オリジナル版ばかり聴いてきたので、リムスキー=コルサコフ版はかえって新鮮。へ〜、こんな曲だったんだ〜って反対に思いました。始まりのゆっくりテンポといい、悪魔っぽいどろどろした感じが面白かったです。高橋さんの指揮は、見ているだけで何をしたいのか分かるので楽しい。
「ロミオとジュリエット」は、これはわりと普通の演奏だったかな。チャイコフスキーの音楽が西欧的に垢抜けているので、おもしろさを出しにくかったのかも知れません。高橋さんが自分の音楽を思う存分出せるプロのオーケストラで聴けたらどうなるのでしょう。といいつつ、彼はアマチュア・オーケストラで彼の良さが最も良く発揮できる指揮者かも知れませんね。

休憩のあとの「シュエラザード」は、正直、このオーケストラには難しいんじゃないかと思っていました。ところがどっこい。ごめんなさいです。これがとても良かった。まず、コンサートマスターの人がえええっと思ったくらいにすごく上手い。プロのオーケストラで弾いていてもいいくらい。あとで調べたら、この方、ヴァイオリン教室の先生なんですね。グラマラスではないけど透明できれいな音でした。さらっと弾いているように見えたのは経験豊かなのかな。各パートのソロもなかなか上手くて予想外で嬉しい驚き。高橋さんの音楽作りもこの曲にぴたりとはまってやっぱり楽しいという言葉がぴったり。ぐいぐいオーケストラを引っ張ったり、煽ったりするのではなく、特にソロ・パートに極端な表現を自発的に自然に促しているのがとってもステキで、こうやったらもっと楽しいよ、っていうアイディアに満ちていて仲間のオーケストラがよしっと応えている感じが、和気藹々と音楽を楽しんでる感じでいいんです。音楽の分かりやすい聞かせ方のツボを心得てる。そう言うと、音楽が浅いとか言われそうだけど、わたしはそんなことないと思うのよね。この町のこのホールのこのお客さんとこのオーケストラで奏でられるべき音楽ってこういう音楽が一番ふさわしいと思うもの。音楽の形ってひとつじゃない。

それにしても荒川って侮れないわ。下町のごちゃごちゃした庶民的なイメジしか持ってなかったけど、でもそれはそのままで、地元に根付いてる市民オケがあったり(あとで調べたら、多くの区で区民オケはあるみたいだけど)、市民オペラがあったり(これもいくつかの区であるみたい)、荒川バイロイトなんていうのもあったり、クラシック音楽がヨーロッパの小さな町みたいにある。たまには、国内や外国から来る超一流の音楽家やオペラを観るのもいいけど、生活の中に気の置けない音楽があるのってうんとステキ。わたしは荒川区民ではないけれども多少は荒川区と関係があった親しみを持って、荒川の音楽を見ていきたいな。
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by zerbinetta | 2014-01-26 13:21 | アマチュア | Comments(2)

もっと主張を コンセール21管弦楽団第46回定期演奏会   

2014年1月25日 @大田区民ホール アプリコ大ホール

シューマン:交響曲第1番「春」
チャイコフスキー:交響曲第4番

玉置勝彦/コンセール21管弦楽団


コンセール21管弦楽団というのを聴いてきました。アマチュア・オーケストラっていろんな形態やコンセプトがあるので、なるべくそんないろんなのを聴いてみたいんです。ものを集めるのには興味のないわたしだけど、いろんなものを試してみたいというコンプリート癖がにょきにょきと頭を持ち上げて。で、今日のコンセール21管弦楽団は、ある指揮者の元に集まったオーケストラで、コンサートマスターにプロの方を押し頂いています(弦楽器のトレーナーも兼ねています)。都民交響楽団もコンサートマスターの方はヴァイオリンを仕事にしている方でしたが、ヴァイオリンの先生という立場、今日の西田史朗さんは、プロの演奏家としてステージに立っていらっしゃる方で、パンフレットにも顔出しで載っています。プロのコンサートマスターがアンサンブルをぐいぐいリードするタイプのオーケストラとみました。結構上手そう。

アプリコに来るのは2度目。今日は迷わないぞって思ってたのにしっかり迷子。ううむ。方向音痴過ぎ。でもなんとか開演前には着いて。

今日は、「初春のファンファーレ ー寿ぎと苦悩、そして歓喜へー」と題された音楽会。冒頭にファンファーレのある、シューマンとチャイコフスキーの交響曲。ファンファーレの性格は明と暗で違うんだけどね。
オーケストラはいろんな年代が混じってる感じ。オーボエ君が、大学院時代を一緒に過ごした友達みたいで、見るたびにちょっと可笑しくなってしまう。友達に似た人がいるといつもそうなのよね。
指揮者の玉置さんは、ステージを歩く姿からお体が悪いというのではなさそうだけど、お歳ゆえの体力的なものか、指揮台には椅子が用意されていて座っての指揮でした。
最初のホルンとトランペットのファンファーレ、始まりで緊張しているせいか、丁寧に吹きすぎてかえって不安定になってしまった感じ。もったいない。予想とは違って、このオーケストラ、ヘタではないのだけど、ものすごく上手いというわけでもないみたい。序奏の部分での弦楽器の弱音でのやりとりが、普通のアマチュア・オーケストラと同じくらいのレヴェル。プロのコンサートマスターが、強烈にオーケストラをリードしていくと思ってたら、そうではなくて、アンサンブルの中に混ざっていました。ちょっと期待しすぎていたのね。でも、元気な主部に入ると、楽しくなるようなうきうきする音楽を奏でて、良いなって思いました。
玉置さんの指揮は、最初にあっと思うアクセントの付け方が2、3カ所あったけど、奇をてらわないオーソドックスな音楽で、少しだけゆったり目のテンポでシューマンを聴かせてくれました。ともすればべっとりとして退屈になるシューマンの交響曲を最後まで飽きさずに聴かせてくれたことは、良かった点でしょう。ただ、管弦楽曲としての体裁に縛られて、シューマンの魅力とも言えるピアノを弾くような自由な感じが聴かれなかったのが残念です。

それから、何か、オーケストラの温度が低いの。みんなちゃんと弾けてると思うし、いい音だったんだけど、なんか、ちょっと生真面目すぎるというか、黙々と楽譜を見て弾いてる感じ。そのテンションが前の人と後ろの人で差があって、後ろの人はもっと楽しく弾けばいいのにって感じました。この指揮者が演奏者にどんなことを求めているのか分からないんだけど、もっと指揮者に向かって行くというか、自分の音楽を主張するみたいな積極性が欲しいって思えたの。最初から指揮者の枠にはまった感じで、自分で音楽を考える前に指揮者に合わせちゃうと言うか、オーケストラって個々の演奏者が自分たちの音楽を主張しながらそれを指揮者が調整して作るものだと思うけど、始めから枠に合わせちゃうのでこぢんまりしてしまったように見えました。まずは譜面を閉じて、周りを見ながらアンサンブルしてみようよ。

何だか、シューマンの1楽章を口ずさむうきうき感と物足りなさのない交ぜになったおかしな気分だったけど、チャイコフスキーの最初のホルンのファンファーレを聴いてしゃっきり。本物の音。オクターヴのバランスも絶妙。ヴァイオリンに冷ややかな強靱さがあればもっといいのになって思ったけど、どっしりと構えたとても良い演奏。玉置さんは音楽をあまりいじらないで、悠然と演奏していくんですね。チャイコフスキーでは、オーボエのトップが女の人に替わったんだけど、この人とってもアンサンブルをよく分かってる人で、他のパートのミスをさらりと引き取って、カヴァーするところなんてステキ♡
チャイコフスキーの音楽が「そして歓喜へ」になるのかは、分からないけど、どんちゃんと終わって(シンバル大変よね)気持ちがいい。演奏は、わたしは、シューマンよりチャイコフスキーの方が良かったと思うのだけど、結局音楽会が終わって耳を離れないのはシューマンの寿いだ音楽。頭の中をくるくる。

アンコールはチャイコフスキーの「白鳥の湖」から妖艶な「ハンガリーの踊り」。
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by zerbinetta | 2014-01-25 00:00 | アマチュア | Comments(0)

やっぱりゴジラ 新交響楽団第224回演奏会   

2014年1月19日 @東京芸術劇場

黛敏郎:ルンバ・ラプソディー
芥川也寸志:エローラ交響曲
松村禎三:ゲッセマネの夜に
伊福部昭:オーケストラとマリムバのための「ラウダ・コンチェルタータ」

安倍圭子(マリンバ)
湯浅卓雄/新交響楽団


首都圏のアマチュア・オーケストラの中で一番上手いと噂されている新交響楽団の演奏、やっと聴きました。噂に違わず実力のあるオーケストラ。ヘタなプロよりよっぽど上手い。安心して音楽に集中できます。このオーケストラはアマチュアではなくプロのオーケストラを聴く心構えで聴きに行くのが良さそうです。

今日のプログラムは、伊福部昭の生誕100年を記念しての和風のプログラム。という新交響楽団らしいプログラム(日本人の作品を積極的に採り上げているオーケストラだそうです)。残念ながらひとつも聴いたことがなかったけど、初めての作品たちに出会えて嬉しい。黛敏郎、芥川也寸志、松村禎三はいずれも伊福部の弟子。そして、芥川は新交響楽団の創設者。血が濃いでしょ。

黛の「ルンバ・ラプソディー」は、黛の死後初演された(初演の指揮者は、今日もタクトをとる湯浅さん)、彼の若いとき(19歳!)の作品。楽譜を師の伊福部に預けたままになっていて幻となっていた作品(初演を託された伊福部が奔走するも上手くいかず、黛に楽譜を返すことを申し出たものの黛の強い希望で師の元に置かれたままになっていた)。
黛敏郎、天才〜いっ。もろにフランスの音で書かれてるんですけど、弱冠19才でこれを為すとは。凄すぎ。最後の2回のエスプリも効いてて、お洒落。演奏もとっても繊細で、ルンバなのでもう少しはっちゃけてもいいかなとも思ったけど、つかみは好印象。単に演奏しているというのではなく、曲の良さが良く分かったもの。

2つめは芥川のエローラ交響曲。名前だけ聞いたことあって、音楽は聴いたことがなかったので聴きたかったのです。芥川に関してはオステナートの人というくらいしか認識がなくて、あと、黛らと共に3人の会、芥川龍之介は彼のお父さんなのかな?芥川の作品自体、初めて聴くので、漠然と音を聴いたイメジしか書けないのだけど、明確なメロディはないけれども、とりつく島のない無調ではない(中心になる音は決まってるし調性的な部分もある)ので聴きやすいです。リズムノリノリだし。あとで作曲者自身が作品を解説したプログラム・ノートを読んで分かったんだけど、この曲、速いのと遅いのの短い20の部分からなっていて、部分部分はいくつかの例外を除いて、省いたり、繰り返したり、好きな順番で演奏して良いのですね。指揮者が違えば(同じ指揮者でも日が違えば)今日と同じ曲にはならないみたいです。でもちゃんとつながって聞こえるのは音楽を支配している音が統一して書かれてるからかしら。エローラの石窟での衝撃をもとに、音楽を考察、「まず一番大きなワクを設定し、だんだんとその中に小さなワクを作っていくような、合理主義的な思考を超える」ことを目指して作曲されたそうです。作曲者自身が言われたように、その試みは「外見的には、ほとんど今迄の形式を破ることが出来なかった」のかどうか、わたしには1回聴いただけで判断できないのだけれども(確かに全体は決まってないので、いろんなパターンの演奏があるけれども1回1回の演奏は決定されたものだから、それが形式の新しさを体現できるのか分からない)、プログラムを読んで考えさせられました。もしかしたら、先にプログラムを読んで聴いたらもう少し違って聴けたかも。音楽も小さなつぶつぶの世界と一緒で、ひとつひとつの量子の振る舞いは確定していない(できない)けれども、その足し算の全体はきちんと確定しているってことかな。個別の量子を見るような音楽は書けないかしら。あっ楽譜に書かれちゃうと、観察された量子のように確定しちゃうか。

休憩のあとの松村の「ゲッセマネの夜に」は、無調と調のある音楽をゆらゆらと静かにたゆたう感じ。今日、演奏された曲の中ではこの曲が一番好きでした。オーケストラの性格とも合ってるように思えました。弱音でも繊細で芯のある音が出せるのが、スーパー・アマチュアと言われる所以ですね。今日の音楽会では、指揮者の好みかも知れないけれども、丁寧な音楽作りで、勢いで弾かせちゃうというところが全然なくて、音楽的にとっても正しい演奏なんだけれども、それ故(かな?)他の曲では少し物足りなさを覚えたんです。オステナートで攻めて来るとこなんかはもっと力尽くで攻めて〜〜なんて。反面、この曲では、曖昧さの中にある微妙な美しさが表に出たと思います。ただ、物足りなく思えたのは、わたしが座ったのが3階の後ろの方だったからかもしれません。一流のオーケストラでもないとここまで音をしっかり飛ばすのは難しいようにも思えるし。

最後の伊福部の「ラウダ・コンチェルタータ」はもちろんマリンバ協奏曲。でも伊福部の表記はマリムバ。独奏は安倍圭子さん。わたしでもなぜか名前を聞いたことのある有名な方?マリンバのソロのための協奏曲は、潔いというか、案外珍しいかも。マリンバを含む打楽器協奏曲の新作ばかり耳にするので。
音楽は、う〜む、わたしにはいまいち単調かなぁ。わたしは、伊福部の熱狂的なファンにはなれそうにないかも。オーケストラの太鼓と競奏(強奏?)しながらがんがんと叩きまくる体育会系の第3楽章は、快哉を叫ぶかな。伊福部の音楽って、良い意味で素人っぽい感じがして(多分、普段聴き慣れてる西欧クラシック音楽の論理から少し離れたところにある、でも、完全に別物ではないという立ち位置から?)、だったら、演奏もある意味素人っぽい方がいいんじゃないかと思いました。伊福部知らずのわたしが言うからとんちんかんかも知れないけど。

安倍さんのアンコールは、ドナドナ。最初何の曲か分からなくて、闇の中からメロディが浮き上がってきたときあっ、これだと。わたしが失敗したときのテーマ曲w(やけくそに元気に口ずさんで)。それにしても、マリンバからこんなオルガン的な響きが作れるなんて。マリンバが打楽器じゃないみたい。伊福部の音楽が徹底的に打楽器だったので好対照。

そして、最後に、真打ち、ゴジラ。伊福部ったらやっぱりこれよね。シンフォニック・ファンタジーの第1番。わたしはゴジラよりおっきなカメ派なんですけど、最初のゴジラだけはすごくいい映画だと思う。伊福部の音楽はゴジラと切っても切れないし、伊福部と言えばゴジラゴジラと言えば伊福部(わたしの中で)。これももうちょっと爆演だったら良かったのにな。怪獣は暴れ破壊するものだもの。

と、言いつつ、ほくほく。このオーケストラ、アマチュア・オーケストラのひとつの到達点として、もっと聴いていこうと思いました。オーソドックスなプログラムも聴きたいし、日本人作曲家と縁が深いのもいいですね。
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by zerbinetta | 2014-01-19 20:56 | アマチュア | Comments(2)

姫始め〜、きゃっ変態、やっぱ愛よね アウローラ管弦楽団第10回定期演奏会   

2014年1月5日 @すみだトリフォニーホール

リャードフ:魔法にかけられた湖
スクリャービン:交響曲第4番「法悦の詩」
リムスキー・コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」

田部井剛/アウローラ管弦楽団


来年まで新年にはならないだろうとのんきに高をくくっていたのに、うっかりあっさり勝手に新年が明けてしまいました。あわあわ。今年も、忙しい世の流れにすっとぼけてぼんやり更新していきますので、ほどほどにお付き合い下さいね。よろしくお願いいたします。

今年最初の音楽会は、まだ松のとれない5日に、アウローラ管弦楽団。去年聴いて、あまりのロシアへの偏愛ぶりに、アマチュア・オーケストラはこれを聴け!とひとつの座標を教えてくれた大好きなオーケストラです。演奏する音楽への偏愛、誰にも負けない愛を聴くのがアマチュア・オーケストラの楽しみ方の一番のひとつだって。前回は「大地の歌」の特別演奏会だったけど、今日の定期演奏会は、またオール・ロシア・プログラム。どんな音楽を聴かせてくれるのでしょう。楽しみ。トリフォニーホールへの道も慣れてきました。おいしそうなお店もいっぱいあるのも気分を盛り上げる〜。
オーケストラの人たちが出てきて、あっ!いつもと雰囲気違うと思ったら、女性は、カラフルなドレス。新年だからかな〜、華やいでいました。いいね。

最初の「魔法にかけられた湖」は、新年のご挨拶とのこと。平和で美しい曲。印象派っぽい音楽で、ただ、だから、隠れ里のように、夢のような、印象がぼんやり残る感じの音楽かな。何回か聴いたことあるけど、はっきり思い出せないんですね。今日の演奏も、とても美しかったけど、すうっと消えちゃうかな。そんな音楽だから。

打って変わって2曲目はこってり残っちゃう音楽。スクリャービンの交響曲第4番、というより単に「法悦の詩」と言った方が通りが良いかな。エクスタシーの音楽。今日の音楽会、なんだかこの曲に異様に力が入ってた。宣伝もそうだしプログラム・ノートも。絶対、オーケストラの中にスクリャービン・マニアがいる。
マニアの謙遜なのかよく分からないけど、プログラム・ノート、何だかスクリャービンの変態性が強調されていたような。確かに、神になったり、変態じみた音楽書いたり。スクリャービン好きのわたしも変態仲間ってこと?
「法悦の詩」はエクスタシーの音楽です。でも、正直わたしは、セックスのエクスタシーなら「トリスタンとイゾルデ」の方が感じるし、ただエクスタシーといえば、80分間エクスタシーで満たされてる「トゥランガリーラ」をとるんだけど、「法悦の詩」は、規模は大きいけど短いのでちょっと欲求不満を感じるのね。エクスタシーに達する前に終わっちゃうというか。むしろ交響曲第3番「神聖な詩」の方が好き。これもある意味いっちゃってる系の宗教的な音楽だけどね。スクリャービンの神性(しんせいと読まずにかみせいと読んで下さい)は、今日プログラムを読んで初めて知ったのだけど、いっちゃってる系の宗教はワーグナーの「パルジファル」の延長上にあるように思っていたし(「神聖な詩」には「パルジファル」からの引用がある)、いっちゃった感(エクスタシー)の先には、同じように移調の限られた旋法的な音楽を書いたメシアンがいて、スクリャービンは異彩を放っているというより、その中間を歴史的な必然によって橋渡ししているように思えるの(多分メシアンは、スクリャービンの直接的な影響をあまり受けてはいないと思う)。スクリャービンは、メシアンに比べればまだ調性的だし、そもそも交響曲には後年の神秘和音はまだほとんど聞かれないから、まだ絶頂に達していないというか。と、うっかりスクリャービンについて語ってしまいそうになったわたしだけど、そ、そ、演奏演奏。
演奏は一言で言うと凄かった。すごいじゃなくて、漢字の凄い。オーケストラから放たれる放射熱が半端なく直接伝わってきて、寄せては返す波のように律動する。正直、何だかよく分からないこの曲を有無を言わせず聴かせてしまう強引さが心地よくて、汗まみれで音のシャワーを浴びてむしろ晴れやかなエクスタシー。トランペットのソロも上手くて、ステージの右寄りで吹いていたのも立体感が出て良かった。完璧な姫始め。今年良いことありそう。どっしりと聴いて、ここで休憩、後半があるなんて。そう言えば、前に聴いたゲルギーの演奏でも、この曲、休憩前でどっぷり疲れちゃったな。フランス料理のムニュを頼んで、アミューズのあとにいきなりメインディッシュ、しかも大盛りお肉が来てしまった満腹感。次にまたメインが来るのに。まっ、フルコースだったらメインは2皿だからいいんでしょうか。

「法悦の詩」が熱い力の入った演奏だったので(この曲がプログラムの前半だなんてゲルギーのプログラミングみたい)、ここで燃え尽きて休憩後の「シェエラザード」は、大丈夫かなって心配もあったの。音楽会の途中で力尽きるって、プロでもありますからね〜(気がつかれないこと多いけど。そこはプロ)。それにこの曲って、ヴァイオリンはもちろんのこと管楽器もソロが多くて、よっぽどトップ奏者が上手くないと崩壊してしまう危険を孕んでる。トップの人たちはお正月返上でカラオケボックスに走り練習したんだろうなぁ。なんて余計な想像。
そんな心配を他所に、とても充実した演奏。ソロはドキドキしながら聴いたけど、みんなとても上手い。むしろ、木管なんかは、オーケストラの中に入ったとき、最初の頃音がばらばらで少し違和感を覚えたくらい。でも、音楽が進んでいくにつれそんな感じも霧散してオーケストラに色彩を加えていました。「シェエラザード」は、ソロも多いし、色彩感の豊かな曲ですから上手なオーケストラの演奏は聴き応えがあるでしょう。確かに、超一流といわれるオーケストラの演奏で聴いたことがあるけど、それらはステキな記憶です。今日の演奏はそういう意味では太刀打ちできないでしょう(そんなところで一流のプロとアマチュアを比べるのは無意味です)。でも、シェエラザードの物語ということで考えると、今日の演奏が、心を打つ演奏であったことに間違いありません。アラビアン・ナイトのお話は、女性不信に陥って国中の若い女と一夜を共にしたあと殺していた王様を改心させるために自ら花嫁になって、夜話を語り継ぎ、とうとう王様を改心させたシェエラザード姫のお話。一夜一夜、王様の興味を引く夜伽ができなければ殺されてしまう苛酷な運命。そんなシェエラザードをヴァイオリンのソロが演じるのだけど、そんな命がけの心境がコンサートマスター(女性:コンサートミストレスという言葉は変な感じに聞こえる英語なので使いません)のソロから聞こえてくる。音楽も凜として、力強い音色で、知的な強い女性を弾ききっていました。というか、彼女こそがシェエラザード(だとしたらオーケストラはシャフリヤール王??)。最後、王のわだかまりが解けて物語が解決するところは、とうとう話し終えたシェエラザードと音楽を弾き終えた彼女のほっとした気持ちが重なって、涙。わたしも涙にふさわしい演奏だと思いました。素晴らしい。カーテンコールで、座ったまま足でばたばた指揮者を讃えるところでうっかり立ってしまって苦笑いして座ったのも微笑ましかったです。

アンコールはリャードフの「音楽玉手箱」。これはフルートとクラリネットとグロッケン(ハープも入ってたかしら?記憶が曖昧)による編曲版。それともうひとつ、グラズノフのバレエ「ライモンダ」から賛歌。バンダのトランペットとホルンがオルガン席からも参加。派手ハデ。

指揮者の田部井さんは、わたし的には、何だか指揮者に見えない人なんだけど(失礼!)、オーケストラから良いところを無理なく引き出してまとめるのが上手いですね。スクリャービンでは、散満な感じの曲をとても上手に中心に向かってまとめていたのが印象的。な反面、一段と高いところからぐいぐいと自分の音楽を押しつける個性もあればいいのにと思いました。

相変わらず、プログラム・ノートも充実して、愛に溢れて読み応えあるんだけど、せっかくこんな素晴らしい解説なんだから、記名にすればいいのにって思いました。書いた人のお仕事もちゃんと讃えるという意味で。(もし、複数で推敲して書いているのでしたらごめんなさい)

新しい年の初めにこんなステキな音楽会を聴けて今年は良いことあるっ!!
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by zerbinetta | 2014-01-05 22:58 | アマチュア | Comments(0)