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わたしの名前はつるびねった 「ナクソス島のアリアドネ」新国立劇場オペラ研修所   

2014年2月28日 @新国立劇場中劇場

シュトラウス:ナクソス島のアリアドネ

三浦安浩(演出)
鈴木俊朗(美術)、稲葉直人(照明)、伊藤範子(振付)

林よう子(プリマドンナ/アリアドネ)、伊達達人(テナー/バッカス)
天羽明恵(ツェルビネッタ)、今野沙知惠(作曲家)
駒田敏章(音楽教師)、ヨズア・バールチュ(執事長)、大塚博章(下僕)
菅野敦(士官)、日浦眞矩(舞踏教師)、小林啓倫(かつら師)
村松恒矢(ハルレキン)、岸浪愛学(スカラムッチョ)
松中哲平(トゥルファルディン)、小堀勇介(プリゲッラ)
種谷典子(ナヤーデ)、藤井麻美(ドリアーデ)、原璃菜子(エコー)

高橋直史/ポロニア・チェンバーオーケストラ


「わたしの名前はつるびねった。コメディア・デラルテの踊り子でおちゃらけもの」という口上でわたしはウェブ・デビュウしたの。前世紀のことだからずいぶん前ね。恥ずかしいけど告白しちゃった。以来、つるびねった(ひらがな)は、わたしのハンドルネーム。もちろんこれは、大好きなオペラ「ナクソス島のアリアドネ」から採っています。ツェルビネッタに憧れて。でもわたしの性格はむしろ融通の利かない作曲家かな。

久しぶりの「ナクソス島」。最後に観たのはもう10年くらい前のメト。あのときは、ツェルビネッタのデッセイさんとアリアドネのヴォイトさんの火花を散らす丁々発止がすごかった。今日は、新国立劇場オペラの本公演ではなくて、小さな中劇場でのオペラ研修所の公演。オペラ歌手の卵たちの舞台です。ただ、今日は日本屈指のツェルビネッタ歌いと評判の天羽さんが歌うのでお得感あり。安い席料と中劇場という観やすい舞台、もちろん本公演に比べるとお金もかかっていませんが、結論を言いましょう。これはいい。ぜったいいい。来年も演目によらずぜひ観に来たいです。今回も天羽さんではなく研修生が歌うツェルビネッタも聴いてみたい(2日目の公演)と思ったもの。

さあどこからいきましょうか。やっぱりまずは音楽。褒め称えるべきは歌手の皆さんです。皆さんとっても良かった。今日は初日だったので修正点もあるかと思いましたが、フレッシュで清々しい歌いっぷりがステキでした。中劇場だったので歌いやすいということも手伝ったでしょうが、オペラを楽しく観るのには十分以上。もちろん、中に入っていたシニアの方々、下僕の大塚さん、音楽教師の駒田さん、そして天羽さんは格の違いを見せつけていました。歌だけではなく立ち居振る舞い、若い人たちは同じ舞台に立ってものすごく勉強になったんじゃないかな。
前半の主役、今野さんは、初心で絶対童貞の作曲家をとても素直に歌っていましたが、ズボン役なのでもう少し声に重みがあればいいなと思いました。後半の主役、アリアドネの林さんは、とても良く声が出ていたけれども一本調子なのが気になりました。歌に合わせてもう少し表情が付けられるようになると表現が幅広くなってきっと良くなる。バッカスの伊達さんも堂々としたものでした。ツェルビネッタに絡むハルレキンの村松さんには、ツェルビネッタの色気に対抗できるだけのナルシストなはったりが欲しかったです。主役の方たちは、研修3年目の人たちだったんですけど、研修所の所長さんが将来を見据えて声に合う役を与えているとおっしゃるとおり、適役な感じでした。これからいよいよプロとしてスタートする未来が輝かしいものでありますように。

さて、天羽さんのツェルビネッタ。プロローグではまだ声が出ていないかなぁと思ったんですが、プロとしての貫禄は、ツェルビネッタのように若い人たちを手玉にとるのに十分でした。オペラの方のアリアはとても良くて、息をするのも忘れて聴き入ってしまいました。観る前は、天羽さん聴きたさにチケット取ったんですけど(観たあとは天羽さんがいらっしゃらなくても聴くに値する公演だったと思いました)、大正解でしたね。天羽さんが若い歌手たちを見る眼差しにも暖かなものがあったような気がしました。

オーケストラは、都内のオーケストラからの選抜メンバー。この曲のオーケストラは小さいので、室内楽的な繊細さとにもかかわらず大オーケストラのような豊穣な音が要求される難しさもあるのだけど、後者の部分でもう少しグラマラスな音があったらなって思いました。特に最後は、これがオペラのパロディだとしても徹底的にグランド・オペラ風の音を出した方が面白いと思うのね。今日の場合はそういう問題ではないのかも知れないけど。あと、いつも一緒にやっているメンバーではないので、アンサンブルの精度(音の混ぜ方とか)にも物足りない部分もちょっとだけ。とはいえ、それは玉に瑕程度で、音楽を十分堪能しました。

舞台。このオペラ、舞台がとっても大事な作品だと思うんですよ。オペラの前の舞台裏(楽屋ネタ)のプロローグと、実際のオペラをどうつなぐか。プロローグのドタバタぶりや、オペラに挿入されたコメディアデラルテのはちゃめちゃぶり。それにその底にあるパロディ精神や芸術論。演出のしがいがあるというものです。今回は、オペラの途中で舞台を回して舞台裏をちらっと見せたり、最後、オペラを観ているお客さんを出したり、ツェルビネッタが作曲家とくっついたり、意識的にプロローグとオペラをつないでいて分かりやすくて良かったんだけど、ただ、どれも一度は観たことのある演出で新規性はなかったと言えばなかったですね。でも楽しかったからわたしはいい。それに、ヘンな風にこねくり回してしまった想像を絶するような演出ではなかったので、安心して観ていられました。オペラは、デザート・アイランドのビーチなので、コメディアデラルテの面々も海に遊びに来た風なんだけど、プロローグで、ジョルダン氏が「つまらないので余興にはセクシー要素を入れること」なんて無理難題を言って、後半のオペラでコメディアデラルテの面々はセクシー衣装で登場なんていうのがあってもいいかも、実際、ツェルビネッタがビキニで出てくる舞台もあったし、ってふと思っちゃった。「こうもり」とかじゃないからアドリブはないんだけど、アドリブありの演出ってありかな。

プロローグはほんとっ楽しくて、わたしなんてクスクス笑っちゃうんだけど、みんな真剣に観てるのね。意識的なものなのかわたしが勝手に感じちゃったのか、いろんなオペラのパロディ的な要素もタップリだし、後半のオペラから取ったライト・モチーフ満載で、ワーグナーのオペラの実践的なドリルみたいに使えるなって思っちゃった(ワーグナーのオペラでやればと言われたらそれまでだけど、ワーグナーのって入り組んでて明示的じゃなかったりして難しい。それに比べて「ナクソス島」はパロディなのでこれ見よがしで難易度低い)。ただ、作曲家が新しいメロディを思いついて恍惚的に歌う美しい旋律がオペラには出てこないのが残念(初版では、プロローグの部分でたっぷり歌われるんだけど)。
今日のは、意図したわけではないと思うけれども、ヴェテランの天羽さんが手練手管のツェルビネッタで、研修生の今野さんが童貞作曲家(いや、童貞かどうか分からないんだけど、今日の舞台を観て作曲家は絶対童貞!って思ったの)なのが、役の上でもリアルでもその通りになっていつも以上に面白かった。それにしても、ツェルビネッタにすっかり懐柔されて、芸術論を高らかに歌ってしまう作曲家の初心なこと。ホフマンスタールとシュトラウスは、芸術に対しても辛辣な目線を失っていません。彼らにとって真の芸術って何なんでしょう。ドタバタコメディの中でこんな問題まで突きつけてくる彼らの芸術家魂って凄いよね。

休憩後のオペラは、やっぱり主役を天羽さんに持って行かれた感じ。最後のバッカスとアリアドネの2重唱は、十分に歌っていたけれども、ここは圧倒的な歌になって初めて生きると思うので、それには足りていなかったかも。コメディアデラルテのらんちき騒ぎは、もっとはっちゃけていいと思うし、ツェルビネッタを巡る恋の駆け引きが、もっと生めいた方が面白いと思いました。3人の精は、若い研修生だけにまだ蕾ねって感じる部分もあったけど、3人でハモるところはきれいでみんな音程がいいんだなって思いました。
小さな舞台で予算も限られているでしょうし、豪勢なセットではないけれども、回り舞台を使ったり工夫されていて面白く観れました。グランド・オペラとして華々しく終わるのではなく、パロディに終わる演出だったけど、最後オペラを観ているという設定で舞台に現れた観客の中に、実際の舞台に関わった演出や振付の人たち(カーテンコールで出てこられた)も座っていれば良かったのにって思いました。作曲家はどんな思いで、ひっちゃかめっちゃかになった自分のオペラを観ていたのか、うつむいてる様子に見えたんだけど、前に立っていたバッカスとアリアドネに遮られて、たまたまわたしの席からはよく見えなかったのがちょっと残念。作品のキーとなるところだからね。そして最後に花火がなったら、、、なんてちょっとだけ期待した。

それにしても、大好きな「ナクソス島」、やっぱり好き〜〜〜。そして、オペラ研修生たちのフレッシュな舞台すてき〜〜。値段も手頃だし、絶対観る価値あり。来年も期待してます。
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by zerbinetta | 2014-02-28 23:57 | オペラ | Comments(0)

英雄過ぎ 山田和樹、読売日本交響楽団   

2014年2月27日 @東京藝術劇場

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

山田和樹/読売日本交響楽団


山田和樹さんは、わたしじゃなくても大注目の指揮者です。BBCシンフォニーを振ったロンドン・デビュウもすごく良かったし、この間の横浜市立大学管弦楽団を振ったときも神がかって良かった。ので、なるべく聞いておきたい。若い(と言ってもハーディングさん世代)彼がこれからどんな風に変わっていくのか聴き続ける楽しみもありますものね。

今日は彼が正指揮者(正指揮者って何よ?)となった日本フィルハーモニーではなくて、読響。で何と、英雄プログラム。ベートーヴェンの交響曲とシュトラウスの交響詩。どちらも重量級のメイン曲なので、どっちがあと?って訝しんだら「英雄の生涯」があとでした。オーケストラの大きさで選んだのね。それにしても、英雄をふたつ並べるとは。。。聴く方も大変。

まずは、ベートーヴェン。山田さんのことだから(根拠なし)、若々しく快速テンポで来るのだろうと思っていたら、なんと!遅いテンポ。昔のいろんな指揮者の演奏に比べてもとても遅い部類。予想が外れたという以上にびっくりした。だって、最近の傾向は、古楽器演奏の影響を受けて(ユロフスキさんとかサロネンさんとか、現代オーケストラでも一部金管楽器とかティンパニにピリオド楽器を使う指揮者もいるくらいだし)快速テンポを採る人が多いのに、完全に逆行。でも、往年の巨匠的(ロマン派風の)演奏家というとそうではないのですね。ゆっくりの演奏なのに重くなく、というかオーケストラの音色も明るくて、粘度も低くゆらゆらと流れていく感じ。突っかかるところや荒ぶるところがなくて、歌うような滑らかな演奏をゆっくりとしたみたいな。ゆっくりでありながら往年の演奏とは一線を画すような不思議な音楽。ただ、音楽のつなぎ目に彼独特の工夫をしているのだけれども、どこかまだ焦点がぼけているというか、山田さんの目指すベートーヴェン像が彼の中でも像を上手く結び切れていないもどかしさが感じられました。弦楽器が第1ヴァイオリンが14人か16人いるような大きな編成なのに、管楽器は倍管しておらず、少しバランスが悪い(金管楽器が消えるところがありました)のも演奏がぼやけて聞こえた理由かも知れません(これはわたしが座っていた席(上の方)のせいなのかも知れませんが)。ベートーヴェンの音楽は、ティンパニの(粗暴さ!)が特徴だと思うけど、読響の人はばんばん叩いてたけど、音楽をリードするまでには至っていませんでした。ティンパニにはやっぱりオーケストラの中心でいて欲しい(打楽器フェチ)。
第2楽章は輪をかけてゆっくりで、でも沈痛な音楽ではなくあくまで澄やか。この曲を初めて長いなぁと感じてしまいました。ブルックナーみたい?いえいえ、シューベルトかな、というよりはっきりと直裁的に感じたのはグリーグの「ソルヴェイグの歌」みたいって思いました。ずいぶんベートーヴェンからは離れている音楽ですけど。山田さんは、ベートーヴェン像を彼なりの方法で壊そうと考えたのかな。でもその試みは今回、先にも書いたように失敗している(ぼやけてる)と感じました。わたし的には少しがっかり。でも、これからに期待することには変わりありません。

後半は、シュトラウスの「英雄の生涯」。同じ変ホ長調。これもまた大きな演奏。閉じてない外に開いた演奏でした。最初は、何か中心に向かっていないので戸惑いました。わたしの印象に残っていた「英雄の生涯」が鬼軍曹ジンマンさんのコンパクトでうんとかっこいい演奏だったので尚更そう感じたのに違いありません。でも、音楽が世界にあふれ出ていくさまを感じたとき、この演奏は、とっても好感度を増しました。大らかで雄大。山田さんは、自然体の力みのない音で音楽を解放していきます。音たちが何と心地よさそうに飛び跳ねていること。
オーケストラは大太鼓とかばんばんと叩いて(だから打楽器フェチ)とっても健闘していました。強靱な弦楽セクションもステキ。玉に瑕は、ホルンと弦楽器が溶け合わなかったり、木管楽器にシュトラウスの音楽にちょっと慣れていないところが感じられことかな。ヴァイオリンのソロを弾いたコンサートマスターの日下紗矢子の英雄の伴侶もすごかった。イメジ的にはエスニックな美人(インド系?)。柔な色気などなくて(でも強い目の色気)、女性の強さを感じさせました。音楽もびしびし攻めてきます。これは英雄も尻に敷かれるわ。

前半はあれだったけど、後半は良かったので、良し。山田さんは、まだまだ追っかけていかなくちゃね。と言うかこの人、もっと国外に出て行って欲しいです。スイス・ロマンド乗っ取っちゃえっw
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by zerbinetta | 2014-02-27 23:38 | 日本のオーケストラ | Comments(0)

夢落ち? 長田佳世、奥村康祐 新国バレエ「白鳥の湖」   

2014年2月23日 @新国立劇場

白鳥の湖

振付:マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ
改訂振付:牧阿佐美
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

長田佳世(オデット/オディール)、奥村康祐(ジークフリート)
輪島拓也(ロットバルト)、八幡顕光(道化)
本島美和、奥田花純、小柴富久修(パ・ド・トロワ)
本島美和、細田千晶(2羽の白鳥)
さいとう美帆、五月女遥、大和雅美、石山沙央理(小さな4羽の白鳥)
本島美和(ルースカヤ)

アレクセイ・バクラン/東京交響楽団


3回目の「白鳥の湖」です。どれだけ「白鳥」好きなんだか。白鳥撃ってただの馬鹿認定ですかーー。
今日の主役は、オデット/オディール・デビュウの佳世さんと奥村さんです。今日も妄想爆発で観てました。

長田さんは、最初、顔がまっ赤というか桜色で、デビュウであがってらっしゃるのかと思いました。もしかするとメイクのせいなのかも知れないけれども、わたしには緊張してドキドキしているように思えました(そう思い込んでいたのかも知れませんが)。でもそれが、かえって王子と出会ったオデットの気持ちを表しているようにも感じられたのも事実。踊りは丁寧でとてもしっかりしていましたし。すごく上手い踊りをドキドキしながら観るというのは不思議な感じですね(知り合いがデビュウするのを見る感じかな)。なんだかわたしも普通でいられなくなって夢の世界を観ているよう。王子の奥村さんとのペアリングもとっても良くて、奥村さんはナイーヴな良い王子さまだと思いました。若い奥村さんってそのままでナイーヴ(初心)ですよね。初心同士のおふたりのケミストリーがとってもステキでした。
反面、オディールはもう少しいやらしさ狡猾さがあればと思いました。魔性の女には少し素直すぎるかなって。32回転はシングルで丁寧に回っていましたが、アクロバットではないので、芸術的に丁寧に踊る方が好みのわたしには好感が持てました。このバレエ団でやっている振付では、ここでいったん音楽を切って拍手をもらうのだけど、わたしはそのまま続けて、眩い回転を観た王子が喜んでこれでもかと回る方が、ふたりの心の中を表現しているようで好きです。
第4幕は、ふたりの愛が勝利するのだけど、実はロットバルトに魔法をかけられていたのは夢の世界(だって第2幕は本当に夢を見ているようだったんですもの)で、夢落ちで、ロットバルトが湖で水浴び(ごめんなさい。どうしても皮肉が出てしまいます)したあと、魔法が解けて、白鳥たちがみんなあくびをしながら伸びをしてめでたしめでたし、、、ってこれじゃ締まりがないですね。でも、夢から覚めるように魔法が解けるという演出(あくびをしろとは言わないけれども、白鳥が人間に戻って)があってもいいと思うんです。いろんな可能性のある「白鳥の湖」のひとつの姿を、伝統的な振付にちょいちょいと手を入れてお茶を濁すのではなくて、新国立劇場バレエには作ってもらいたいな、と切に願うのです。

さて、今まで新国立劇場バレエの「白鳥の湖」のことを3回書きましたが、大事なことを忘れています。それは、コールド・バレエの美しさ。わたしの観たのは1日目(初日)、4日目、5日目(千秋楽)(連続した日ではありませんが)ですが、回を追うごとにさらに良くなっていきました。これはコールドだけではなくて、4羽の小さな白鳥や各国の踊りにも言えますね。それに、ずっときらめいていた美和さんや王妃の麻美子さんも良かったです。

新国立劇場バレエは、もっとたくさんの人に観てもらいたいな。「白鳥の湖」がたった5回じゃなくて、せめて10回くらいの公演を全部満員にできなければ、日本のバレエ文化は本物とは言えないでしょう。バレエ・ダンサー(トップだけじゃなくコールドまで)は自分のバレエ団で忙しく働いて、それだけで食べていけないとダメなので。そして、日本の若いダンサーが海外のバレエ団ではなくこのバレエ団のプリンシパルを目標にできるような、海外からのトップ・ダンサーにも喜んで客演したいと思われるようなバレエ団になって欲しいです。
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by zerbinetta | 2014-02-23 21:40 | バレエ | Comments(0)

来て欲しいときに来ないもどかしさ FAF管弦楽団第46回定期演奏会   

2014年2月22日 @すみだトリフォニーホール

バルトーク:ハンガリーの風景
ブラームス:運命の歌
シベリウス:交響曲第1番

曽我大介/一音入魂合唱団、FAF管弦楽団


バレエのあとは、電車に乗って錦糸町へ。FAF管弦楽団の音楽会です。FAF(ドイツ語読みでエフ・アー・エフだそうです)は、自由に、しかし楽しくの(ドイツ語での)頭文字から来ているとのこと。ブラームスの交響曲第3番の始まりの3つの音でもあるそうです。ということは、ウェブ・サイトで知りました。プログラムの方は、ちょっとわかりにくい表現というか、何かの頭文字らしいということしか書かれていなくて、ちょっとあれれ?でした。

実は、バレエとはいえプロのオーケストラの演奏を聴いたすぐあとだったので、アマチュアの演奏、聴いて大丈夫?っても心配してました。でもその心配は、バルトークの音が聞こえたとたん霧散しました。プロとは違うアマチュアの聴き方に慣れたからではありません(わたし自身は、アマチュアを聴くとき、多分プロに求めるようには聴かないけれど、手を抜いたり要求を妥協して聴くつもりはありません)。上手かった。このオーケストラは、特に弦楽器の音程が良いと感じました。

バルトークの「ハンガリーの風景」はいわゆる難しいバルトークではなく、フォークソングを素直に取り入れた親しみやすい音楽。草の香りのする音楽。懐かしい感じのアット・ホームな演奏だったんですが、わたし、ハンガリーには行ったことがないので、何言ってるか、ですよね。

2曲目は合唱が入ってブラームスの「運命の歌」。この曲、わたし知ってる曲のハズなんだけど、あれれ、知らない曲かしらと戸惑ってしましました。とてもきれいに優しく演奏されたのが、わたしの知ってる、緊迫感に満ちた厳しい演奏とだいぶ雰囲気が違ったからです。さっきのバルトークと同様、とても聴きやすい、慰められる演奏だったのだけど、わたしには物足りなく感じました。音楽が暖かな風のようにさあっと流れていってしまって、ひとりその場に残されてしまった感じがしたからです。でもきっとそれが曽我さんと合唱団、オーケストラがやりたかったブラームスなんでしょうね。コンサートマスターの人が、後ろを振り返ったりしながらアンサンブルしてたのも印象的(ブラームス(アンコールを含む)でしかやってなかった)。

休憩のあとは、シベリウスの交響曲第1番。旋律の息が普通に長いので後期の曲よりは弾きやすいと思うんだけどどうでしょう。今までの曲よりも大きな編成。というのが、弱点になってしまったように思えます。というのは、指揮者が来て欲しいというところで、オーケストラの音量が不足して、来ないというように聞こえたところがいくつかあったからです。クライマックスを期待したのに外されちゃったもどかしさ。これって、オーケストラの力(音量)不足かな。それとも指揮者の力不足?曽我さんは、大きな身振りも交えてオーケストラを煽るのだけど、もしかするとちょっと空回りしていたのかも知れない。曽我さんは、オーケストラに妥協なく自分のやりたいことを伝えようとしているのは分かるし、彼の音楽はステキだと思うけど、オーケストラに魔法をかけるまでには至っていなかったように思えます。でも、全体的には、フレッシュで溌剌とした好感の持てる音楽でした。

そして、アンコールがかっこよかった。最初、何の曲か分からなかったら、耳慣れた旋律が聞こえてきて、ブラームスの「大学祝典序曲」の途中からだったんですね。溌剌としたブラームス。これが、今の指揮者とオーケストラに一番合ってるような気がします。最後の方で、オルガン席に合唱の人たちが入ってきて、学生歌を高らかに歌う演出にすかっとしました。曽我さんとはずうっと一緒にやっているのではないみたいですけど、このコンビで今度は、ブラームスの交響曲の第1番か2番を聴いてみたいと思いました。
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by zerbinetta | 2014-02-22 23:32 | アマチュア | Comments(0)

幽し霊怪 米沢唯 新国バレエ「白鳥の湖」   

2014年2月22日 @新国立劇場

白鳥の湖

振付:マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ
改訂振付:牧阿佐美
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

米沢唯(オデット/オディール)、菅野英男(ジークフリート)
貝川鐵夫(ロットバルト)、福田圭吾(道化)
本島美和、奥田花純、奥村康祐(パ・ド・トロワ)
本島美和、細田千晶(2羽の白鳥)
さいとう美帆、五月女遥、大和雅美、石山沙央理(小さな4羽の白鳥)
本島美和(ルースカヤ)

アレクセイ・バクラン/東京交響楽団


白鳥の2回目。先日、あれだけ文句を言ってたのに、でも、チケット取ったのは観る前だから。。。そして、まだまだ、新国バレエの人を覚えていないから、いろんな人で観る計画実施中で。そして今日は、ずっと注目してる唯さん。唯さんが気になって仕方ないんですよぉ。そして、のっけから今日の結論、唯さんは絶対観るぅ〜〜。

唯さんの白鳥、ええええ、あれれれ、って最初は何だか全然違うものを観ているようでどうしていいのか分からなかったんですよ。これは、なんだろう?って。もちろん、ちゃんと(振付どおりの)踊りを踊ってるんです。ものすごく上手くです。でもそこから漂ってくるものが、異世界のものを観ているようで。唯さんのオデットは、生きていないというか、かはたれときの薄れていく怪のような、とても空しく、幽玄の世界で踊っているようなんです。重力のない向こうが透けて見えているような存在の希薄さ。そんなオデットなんです。それは普通とは全然違う。オデットは幽霊?何が行われているか理解するまで呆然と自失して、でも、自分の中ですーんと世界が立ち現れるとその凄さに感嘆して。もちろんこれは、わたしの見方でしかなく、会場で同じものを観ている他の人たちも、踊っている唯さん本人も、そんなことは思ってもみない、多分きちんとしたオデットだと思うんだけれども、わたしにはもうこれしか見えなくて。だから、このユニークさはわたしと唯さんの特別な限定的な化学反応でしかないのかも知れないけど、わたしは頭の中、心の中でたくさんのものが弾ける如く感動してしまったんです。夢幻能のような世界。
それとは対照的に、オディールは肉体を持った人。わたし、唯さんのほわわんとしたお顔が好きなんですが、オディールの唇をまっ赤に引いたきりっとしたメイクをすると、(ドンキホーテのときも感じたんですが)ときどきドキッとするほど目が妖艶に語って。魔性の女になるんですね。王子くらくら。有名な32回転のフェッテも余裕でダブルを入れたりして、線が細いと思ってたけど結構強靱。
唯さんのオデット/オディールは、肉を持たない精神性のオデット、肉(欲)そのものの質量と温度を持ったオディール。わたし、この頃は、オデットとオディールは、ひとりの女性のふたつの面を象徴しているんじゃないかという妄想に囚われているので、ものすごく余計なバイアスがかかっているのだけど(ふたつの面は、わたしたち自身が一面では語れないように、他にも善と悪や少女と大人などいろいろな分け方があると思います)、唯さんのオデット/オディールは、肉を持たない純化された霊と肉(欲)そのものの質量と温度を持った存在のように感じました。
そうすると、第3幕の解決は、精神の愛と肉体の愛が統合されて真の愛を生むのか、なんて深読みしてしまいますが、残念ながらまだそこまで問題は解決されていないと思うのですね(演出でもわたしの中でも)。童貞王子(物語は、まだ女を知らない男が永遠の愛を誓うことによってオデットが救われることになってる)にオデットを救う力があるのか。こんな風に書くと菅野さんが悪いみたいだけど決してそんなことないというか、反対で、菅野さんの王子はとても良かったし、唯さんとのパートナーリングも良かったと思いました。

唯さんのために、新しい「白鳥の湖」を振り付けてもいいとさえ思いました。そこまで極端ではなくても、日本人の解釈として「白鳥の湖」を作ってもいいなと思います。唯さんにはぜひ、和風の(踊りは正統なバレエでも)バレエの新作を作って欲しいと強く思いました。なにかかそけき夢幻能のような、泉鏡花の物語のような、音楽は、ぜひ日本の作曲家にして。新作は無理でも武満徹の音楽をいくつか組み合わせて物語にしてもいいなとわたしの妄想は膨らむばかり。わたしにそんな能力があったならぜひやってみたいのに。でも、国立劇場バレエは日本のリーディングカンパニーとして、日本発の新しいバレエを生み出して欲しい。というかそういう使命があると思うんですよ。

唯さんのことばかり書いたけど、今日良かったのは(前回同様大活躍の美和さんも良かったです)、王妃の湯川麻美子さん。前回、立ち役の王妃の役が威厳がなくて、しっかりしたキャラクター・アーティストがまだいないのが、このバレエ団の弱点かなと思っていたのですが、さすがに麻美子さんは力がありました。まだまだプリンシパルで踊れる方だけど、将来は、舞台を締めるキャラクター・アーティストとして活躍して欲しいです。バレエ団にもしっかりキャラクター・アーティストを育てていって欲しいと思います。これが光るのと光らないのでは、お料理に塩を入れるか入れないかくらいの違いがあるのですから(分からなければインスタントラーメンにスウプを入れずに食べてみて)。

今日はいろんなことを感じました。多分それは、観るのが2回目でわたしの裡に準備ができたからでしょう。やっぱり、バレエは何回も観た方がいいな。きっと、絢子さんのをまた観ればもっと深く感じることができるでしょうし、唯さんのももう1度観れば、違った見方ができるかも知れませんから。って、ついつい何回も観ちゃう言い訳に過ぎませんか?
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by zerbinetta | 2014-02-22 00:36 | バレエ | Comments(0)

ひとまわりして還ってきた priem wind ensemble 第3回演奏会   

2014年2月16日 @大田区民ホール アプリコ大ホール

アダムス/オドム:「ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン」
池辺晋一郎:「樹々は主張する」ー吹奏楽のためにー
西村朗:秘儀lー管楽合奏のためのー
バッハ/ボイド:幻想曲とフーガ ト短調
木下牧子:序奏とアレグロ
ストラヴィンスキー/アールズ、フェネル:組曲「火の鳥」1919年版

隠岐徹/priem wind ensemble


太陽が1周してここに戻ってきた感じです。プリエム・ウィンド・アンサンブルの音楽会。全てはここから始まりました。これを聴いてアマチュアもいいなって思って、アマチュア・オーケストラの巡礼の旅が始まったのです(プリエムは吹奏楽ですが)。去年、「異国の鳥たち」や「海」がすごく良かったので、今年も音楽会があったら絶対聴こうと思っていました。今年も面白い意欲的なプログラム。いいですね〜。プログラムを見ると今日は、セミプロ(?)のエキストラの人も何人か入っていて(シンセサイザー(アダムスさんの曲)とかピアノ(前回メシアンのソロを弾いた近藤さん)とか吹奏楽の編成にない楽器も加わるし)、何だったらそのまま入団しちゃえばいいのに。実際、去年聴いたときより上手くなってるように感じました。
でも、残念なことに(雪の後遺症がまだあるのかな?)お客さん少なかった。もったいない。

アダムスさん(オドムさん編曲)の「ショート・ライド・イン・ア・ファスト・マシーン」はアダムスさんらしい作品。オリジナルのオーケストラの方を聴いたことがない(と思う)のだけど、アダムスさんの音が吹奏楽(+シンセサイザー2台)の音に上手く写し取られていました。アダムスさんらしい明るく明滅するリズミックなミニマル(と言っていいのかしら?)音楽です。同じような音型が永遠と繰り返されるので、数えるの大変だな、1度迷子になると元に戻れないぞ、なんて思いつつ、楽しませてもらいました。終わりの方に出てくるトランペットのファンファーレかっこいい。いい曲ですね。

池辺さんが札幌に仕事場を構えていることを初めて知りました。だから、札幌で行きつけだったおそば屋さんでお見かけしたんだ。雰囲気のいいおいしいおそば屋さんでした。「樹々は主張する」は、樹の根が絡まり合うように短い旋律が打楽器の日本の踊りのようなリズムの上に絡まり発展していくの。和風ショスタコーヴィチの雰囲気も少しあり。
続く、西村さんの「秘儀」は、鈴の音が雰囲気を出していて、古代のシャーマニズムの儀式的なものを表現してると思うのだけど、前半の細かい音で盛り上がってくるところから、長い音で蠱惑的な響きがあって、巫女の踊りみたいな舞踏曲にシームレスにつながっていくさまが面白い。このふたつの曲、相当難しそうだけど、今日の演奏は、それぞれの曲の魅力が伝わるのに十分な演奏でした。だって、曲、好きになれたもん。会場には、西村さんがおいでになってて、紹介されました。

前半の最後は、バッハのオルガンのための「幻想曲とフーガ」ト短調。バッハのオルガン曲の吹奏楽版は盤石ですね。だってオルガンって基本管楽器だから、音色の相性がいいもの。音の出し入れの仕方が、弦楽器ではない管楽器特有の感じがオルガンに近いし、よりカラフルになっていました。音色の統一感や音のバランスが良くて、バッハのオルガン曲の魅力を別の面から聴くことができました。
正直今日は、後半よりも前半の方が良かったです。

休憩のあとは、木下さんの「序奏とアレグロ」。吹奏楽のコンクールの課題曲になった曲だそうです。分かりやすい曲なのかなと思ったら意外とそうでもなかった。というか、中学や高校も参加する(だよね?)コンクールの課題曲なのに、媚びずに妥協なしに書かれているのがすごい。演奏も良かったです。難しそうな曲だけど安心して聴けますね。

最後は、「火の鳥」の組曲。前回のドビュッシーの「海」の吹奏楽版で、あんな繊細なオーケストラ曲が見事に吹奏楽に移ってる!ってびっくりしたので期待したんだけど、わたしにはちょっと編曲に疑問符が。意外なことに、ドビュッシーよりもストラヴィンスキーの方が吹奏楽に合わない?(反対だと思ってた)
なんか、パート感の音の関連性が薄く感じられたんですよね。糊がなくて部品がばらばらになってるみたいな。オーケストラだと弦楽器のパートが、管楽器ゆえに高音や弱音のコントロールを失ってるように聞こえるところもあったし。ストラヴィンスキーのオーケストレイションって、音どおしを強くつなげないように(流さないように)書かれているのかしら?そんな感じだから、奏者がちょっとおどおどしているようにも聞こえました。「火の鳥の踊り」の、オーケストラだと弦楽器のピチカートの音の部分が落ちてしまったのも残念(編曲にはなかったのかもしれませんが)。この不安定な感じは、吹奏楽向きだと思われる「カスチェイの踊り」になっても変わらず、あれよあれよのうちに曲が終わってしまった感じです。もっと良い編曲ないのかな。

アンコールには、ドビュッシーのピアノ曲から。ごめんなさい。「亜麻色の髪の乙女」だったか「月の光」だったか忘れてしまいました。ピアノのとは全く別物だけど、こちらの方が、「火の鳥」より吹奏楽に馴染んでると思いました。

今日は、お客さん少なかったけど、わたしは満足の音楽会でした。わたし好みの攻めのプログラムだし、来年、第4回の演奏会があったらまた聴きに行きます。わたしには原点のような大切な音楽会だから。
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by zerbinetta | 2014-02-16 00:45 | 吹奏楽 | Comments(0)

ゆるゆるのプロダクション 新国バレエ「白鳥の湖」   

2014年2月15日 @新国立劇場

白鳥の湖

振付:マリウス・プティパ、レフ・イワーノフ
改訂振付:牧阿佐美
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー

小野絢子(オデット/オディール)、福岡雄大(ジークフリート)
古川和則(ロットバルト)、八幡顕光(道化)
本島美和、細田千晶、奥村康祐(パ・ド・トロワ)
本島美和、細田千晶(2羽の白鳥)
さいとう美帆、五月女遥、大和雅美、石山沙央理(小さな4羽の白鳥)
本島美和(ルースカヤ)

アレクセイ・バクラン/東京交響楽団


わたしの舌は毒をもって熱くなってます。毒を吐きます。ごめんなさい。

でも、オーケストラもダンサーもものすごく良かったんです。新国立劇場バレエ団の「白鳥の湖」のオープニング。それにしてもバレエのドル箱の演目が、たった5回しかないなんて。東京(日本)でのバレエの不人気ぶりが覗えます。でも、不思議なことにロンドンのロイヤル・バレエには日本人がたくさんいらっしゃるのよね。「日本ではバレエがそんなに人気なのですか?」とイギリス人に尋ねられることも幾度かあったくらいに。雪の残りでびしょびしょな道を新宿からの道を久しぶりのバレエにワクワクしながら歩いて劇場に着いたら、ピットではホルンの人がフィデリオの序曲の練習をしていました。はは、白鳥ではないのねw(オーボエの人は白鳥を吹いていましたよ)

さて、まず、バクランさんと東京交響楽団の演奏を褒め称えます。今まで聴いた中で最もステキな「白鳥の湖」の演奏。バクランさんは、とても丁寧に絡まり合う旋律線を浮き彫りにしたり、心憎いばかりに伴奏の重要な音型を強調したり、チャイコフスキーの叙情的な音楽を奏でていきます。特に、第2幕の始まりとお終いの有名な旋律を木管楽器(オーボエ)が吹くところの弦楽器のトレモロの伴奏の表情付けの巧さには参りました。全てのパートで重なり合う心情を伝えてる。ロイヤル・オペラ・ハウスのオーケストラでは必ず外す(怒)第3幕のトランペットのファンファーレや「ナポリの踊り」のトランペットのソロもちゃんと吹いて、はっきり言います!新国立劇場バレエの音楽は世界最高に違いないと。世界中の全部のバレエを観たわけでないので、ちょっと遠慮するとしても3本の指には確実に入ります!これはもう、クラヲタさんなら音楽を聴きに行くだけでも新国立劇場バレエに来るだけの価値はありますね。

ダンサー。初日の今日がファースト・キャストになるのでしょうか。でも、このキャスト、絢子さん、福岡さんがバーミンガムへ(パゴダの王子)を踊りに行くので1回だけなんですね。もしかして、絢子さんをフル・レングスのバレエで観るの初めてじゃないかしら。絢子さん、新国バレエの女性の中ではトップ・プリンシパルですよね。なんかそんなオーラが出ていました。腕の柔らかな動きがとっても美しい。繊細で、そうだ、バーミンガムで奈緒さんを観たときの感じがそのまま頭によみがえりました。間違いなく、世界でもトップ・クラスのバレエ・ダンサーのひとりでしょうね。とても芯の通った強さのあるオデットでした。反面、オディールは少し生真面目すぎるかなとも思いました。王子を蠱惑するファムファタール的ないやらしさもあれば良かったってわたしは思いました。王子の雄大さんもらしくて良かったんですが、一緒に踊ったとき、絢子さんがちょっぴり窮屈そうな感じがして、絢子さんはソロの方が今日は輝いていたように思えます。

今日とても目立ったのは、パ・ド・トロワや大きな白鳥、ルースカヤを踊った美和さん。流石な感じ。プリンシパル・ロールのおふたりとともに舞台を締めていたと感じました。美和さんの主役も観てみたいな。

批判を読みたくない方はどうぞここまでで閉じて下さい。

音楽もダンサーも絶対、世界のトップレヴェルで素晴らしいのに、クラシック・バレエの中でも最も重要な作品のひとつである「白鳥の湖」なのに、何だろうこのプロダクション。しかも初演ではなくて再演。なんか、「白鳥の湖」の深く読み解く姿勢がなくて、ただうすらぼんやりと表面をなぞってみただけって感じ。幕が開いたら、美しい音楽にひらひらときれいに踊ってるうちに終わっちゃったみたいな。もちろん、バレエだから物語よりも躍りの芸術っていう考え方は分かる。例えば、ロイヤル・バレエが演じているプロダクションなんかは、マイムによる説明過多で好きではないという人も多いと思うしそれも分かる。でも、牧さんのプロダクションは、じゃあ、躍りでどう物語進め感情を表現するの?ということがぼやけているように思われる。踊りなら躍りで、もう少しリスクを犯すくらいの振りがあってもいいと思うし(美しく見せるためにこのくらいで止めておくという中途半端に抑えてる感じがするところがコールドや主役以外のソロの踊りにしばしば見られたように思う)、それが出来るレヴェルのバレエ団だと思うんです。ダンサーを信頼して挑戦させる、最高のものを振り付けることが必要なのではないかとやり場のない不満を感じました。
物語の仕方も、何だかみんなで踊っているうちにロットバルトが自ら湖で水浴びして終わるという幕切れはまあ良いとして(確かにチャイコフスキーの音楽も唐突で多くのプロダクションで閉じ方を悩むところ)、例えば、第1幕の終わりの悩める王子のメランコリックな踊り。王子は何を悩んでる?恋人がいないこと?王妃に結婚を強要されたこと?(されていなかったけど)、それとも他の何か?で、どうして白鳥を射ちに行くの?というか、白鳥を射ちに行ったの?宴会に突然現れたロットバルトはどうして我が物顔で王妃の隣に座るの?宴会の余興は誰のもの?第3幕で出てくる黒鳥は悪い白鳥?(鳥好きの人なら白鳥の雛は灰色っていうのを知ってるんだけど、小さな4羽の白鳥は白だったし〜)。それに登場人物ひとりひとりのつながりも希薄なので、あるはずの「白鳥の湖」の物語がしっくりこない。
「白鳥の湖」は定番中の定番だけれども、だからクラシックの演目として、大きく変えないとしても(多くの演出がオリジナルのプティヴァとイワーノフの版を元にしている)いろいろな捉え方をして細かく作り込むことのできる(もちろんダンサーの解釈の余白を残して)作品だと思うんです。だからこそやりがいがあるし、難しい作品だと思います。牧さんの版は、そこまで考えることなく、なんとなくオリジナルの版に見栄えのするように手を加えただけという感じしかしませんでした。新国立劇場バレエは、「白鳥の湖」を来年も上演するそうです。ならば、ぜひ、もっといいものを作って欲しい。ダンサーに見合うだけの、さらなる改訂を加えるか、もしくは新しく(オリジナル版の上にでも)作り替えるくらいの覚悟がいると思う。この作品は、バレエの初心者にも開かれていると同時に、バレエをずうっと観ている目の肥えたファンにとっても素晴らしい作品なのですから。もうがっかりするようなことがないように。
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by zerbinetta | 2014-02-15 21:04 | バレエ | Comments(4)

わたしもバビヤリスト♡ オーケストラ・ダスビダーニャ第21回定期演奏会   

2014年2月11日 @すみだトリフォニーホール

ショスタコーヴィチ:「女ひとり」より抜粋、交響曲第13番「バビ・ヤール」

岸本力(バス)
長田雅人/コール・ダスビダーニャ、オーケストラ・ダスビダーニャ


最近、ショスタコーヴィチをタコ呼ばわりするのにちょっと心を痛めてるのだけど、代わりにショスティーと呼ぼうかなと思いつつ今日もやっぱりタコ。そのタコの交響曲の中で今一番大好きなのが第13番「バビ・ヤール」。タコの最高傑作のひとつとわたしは信じてるけど、内容が鬱々と暗いせいか、音楽が少し分かりづらいせいか、声を使うのでコストがかかるせいか、残念にもほとんど演奏されません。わたしも聴くの2回目です。東京でアマチュアのオーケストラが演奏するなんて思ってもいませんでした。でも、オーケストラ・ダスビダーニャは、タコに特化したオーケストラ。ウィキペディアにもなぜか詳しい記事があるくらい。裏世界で蠢くタコファンの本気を見た。わたしだってタコに魅了されたタコラー。嬉々として革命歌を歌いながらはせ参じましたよ。トリフォニーホールはそんな同好の士で溢れるというか、タコ13がメインで、サブはタコの名も知らぬ映画音楽、アマチュアオケで、チケット代が2000円もする(アマチュア・オーケストラでは高い方)というディスアドヴァンテージがありながらホールをいっぱいにするという東京の底力を感じました。タコラーもしくはバビヤリストすごい。

最初のは、タコが書いた映画音楽、「女ひとり」からいくつかの曲を抜粋したもの。大きなオーケストラ、バンダの金管楽器(オルガン席での吹奏)、それにテルミン!初めて聴く曲、初めてテルミン見た!
映画の内容は、分からないけど(プログラムには書いてあったような気がするけど読んでない)、ファンファーレから始まって、昔の無声映画のカクカク動くコミカルな感じになって、テルミンが入るところでは宇宙人が地球を征服にやってくるようなおどろおどろしさがあって、何だか支離滅裂。音楽を聴いてたら逆に映画を観たくなっちゃった。ライヴの演奏で映画をやれば(すごく贅沢で)面白いのに。
演奏は、このオーケストラ音が大きいですね(いいこと)。予想以上に上手かったです。金管楽器と打楽器がきんきんと鋭く耳に突き刺さってくるのは座った席のせいかな。音楽については初めて聴いた曲だし、映画に付けた音楽なので何とも言えません。でもタコはユーモアの人だなぁって思いました。

テルミン・アンコールは、タコのこれも映画音楽、「馬あぶ」からの音楽。テルミンってどこにも触れないで演奏するので、エア楽器みたいだなぁ。楽器弾いてるふりしてるみたい。わたしでもできそうって思っちゃうけど難しいんでしょうね。それにしても、この奇妙な世界初の電子楽器、日の目を見ないうちに歴史的な楽器として消えていくのでしょうか。それともマニアックな楽器として愛好者が増えるのかしら。タコがもう少し曲を書いてくれれば良かったのにね。

で、いよいよ「バビ・ヤール」。
大好きなので期待も無限大。でも、2回目だから少し落ち着いていたかな。初めてのときは興奮しすぎて、何だかよく分からないうちに終わっちゃったもの。
音楽が始まったとたんゾクゾクときちゃった。タコ愛に満ちたオーケストラはタコの音で弾いていたし、合唱が上手い。実は、チラシで合唱を歌う人を募集していたのを見て、わたしもバビ・ヤール歌いたい!って思わず応募しちゃう勢いだったけど、ちくしょーバスだけなのよね。せめてわたしがトライアングルの名手だったらオーケストラに無理にでも混ぜてもらうのに。ひとつ残念だったのは、独唱の岸本さんの声がこの曲を歌うには少し軽く、音量に乏しかったことかな。大きなホールで巨大なオーケストラと対峙するのでマイクを(上手に)使っても良いかなと思いました。でも、身振りをたっぷり使った表現意欲や思い入れは素晴らしく、音楽にあるものを全身全霊で表現していました。これはひとり岸本さんだけではなく、指揮者の長田さんやオーケストラ、合唱の全員がそうでした。愛の力って強い。
歌詞の日本語訳がプロジェクターで表示されたのも良かったです。改行や文字サイズのネット世代的なこだわりも、う〜ん、わたしは、ところどころの文字サイズを大きくして強調するのはやりすぎかなとも思いました。詩の力はそれだけで十分あるので。詩人が相田みつをさんのように書にもこだわっているのなら話は別ですけどね。実はわたし、音楽を聴くときには、歌の意味には無頓着な方なんです。この曲を聴くときも、詩の言葉についてはほとんど気にしていませんでした。これは、バビヤリスト失格ですね。すごく恥ずかしい。そんな当たり前のことが、今日、詩を見ながら聴いてやっと分かったなんて。

第1楽章「バビ・ヤール」は、これはもう烈しく心を突き動かされました。今日の演奏は、とても真摯で、真面目。その分、タコの持つユーモアが少し後ろに下がりましたが、それでもざらついた、心を削る音楽は素晴らしかった。特に、この第1楽章ですね。それに、詩の言葉が、今のわたしの日本に痛烈に突き刺さってきて、ユダヤ人を韓国朝鮮人や中国人に置き換えればまるで。わたしたちの国は、タコが批判したソヴィエトのようになっていくんでしょうか。タコの音楽は、20世紀にあって調性の枠を超えない、古びた音楽のようにいわれるけど、背後にある精神はまさに現代そのもの。先鋭的な現代芸術でないと誰が言えるでしょう。研ぎ澄ましたメスで死体を切り刻むよう。

「ユーモア」「商店にて」「恐怖」とさらに暗く鬱々した音楽が続くんだけど、今日の演奏はまったく隙無く、呼吸を重苦しくするほどにショスタコーヴィチ。ふっと日の差す瞬間があってもいいとも思うんだけど、指揮者もオーケストラも歌もざらざらとした世界に沈潜していく。なんか救いのない絶望感。ここまで徹底的に音楽を追い込んでいくなんて。さっき書いたように、わたしは皮肉な笑みを見せる、少し滑らかな部分がある方が好きだけど、ここまでやられると肯くしかない。ずううっと心を削られっぱなし。それが「ヒトラーを体験してしまった後の人類のための第九」なのかもしれませんね。でも、ヒトラーを体験してしまったのに、また同じようなことを繰り返そうとしている人類。記念碑はない。立てられることもないのだろうか。

ふうっと優しい瞬間が訪れる音楽に、いつもわたしは涙するのだけど、今日は、ふふふ、「お花畑」ではなく冷たい風が吹き抜けていた。ここで、世界が変わって、諦観というか、届かない希望への憧れというか、心が砕けちゃうんだけど、今日の演奏は、そこまで至らず殺伐とした思いを残したまま。涙が涸れるほどに圧倒的に絶望的な音楽のあと、ふうっと抜け出した魂のように自由になるというのは、望みすぎでしょう。わたしには、満足以上の衝撃的な音楽会でした。音楽も演奏もすごかった。

それにしても、ダスビダーニャってタコラーのわたしにとって素晴らしすぎるオーケストラだわ。音楽会は1年に1回しかないけれども毎年それを楽しみに待ってられそう。充実したプログラム冊子もタコ愛に満ちて読み応えがありそうで、タコラーにはずっしり。リポビタンDのDがドミトリのDだったことを知ってニタニタ。喜んでリポD飲んで興奮してみたり。オーケストラの名前、ダスビダーニャはロシア語で「またね〜」という意味。皆さんダスビダーニャ!来年は何を演るんだろう。今から楽しみ。
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by zerbinetta | 2014-02-11 22:44 | アマチュア | Comments(2)

佐村河内守(新垣隆)さんの音楽の評価のことについて   

ゴーストコンポーザー事件以来、急激に評価が変わってしまった佐村河内さん名義の作品たち。わたしもブログにちらりと書いたことから巻き込まれてしまったので、とり急ぎ(って十分遅いけど)少しだけ書いておきます(新垣さんのことについては、いつかもう少しちゃんと書くかも知れません)。

結論から先に書くと、交響曲第1番「hiroshima」を始めとする彼の音楽は、まだ、駄作なのか傑作なのか音楽的評価は確定していないと思います。芸術音楽って、生まれてすぐ評価を確定して後にいたるっていう例もあるけれども、初演のときは高評価でも次第に忘れられてずいぶん経ったあとに再評価されるとか、初演はさんざんで作曲家の死後、高い評価を確立するとか、初演すらされずお蔵入りになっていたのに運良く発見されて評価されるとか、大成功で迎え入れられるのに今は忘却の彼方にあるとか、同時代に一般の評価を確定するなんていう方がむしろ珍しいくらい。佐村河内さん名義の作品の一部は演奏されて一大ブームになるような評価のされ方をしたけれども、一転、足蹴にされるように評価を落として、今では彼の作品を褒めたらバッシングされるような風潮。これっておかしいです。

もちろん、世間的にはちょっといかがわしい作曲過程でホンモノの芸術作品が生まれることができるのかっていう、本質的な、答えの出ていない疑問はあるけど、わたしは、彼の作品の評価を確定する時間はまだ経っていないと思います。わたし自身は、交響曲第1番「hiroshima」は価値のない作品だと思うけど、吹奏楽のための小品は良い曲なのではないかと思っています。でも、くどいようですがこれは、わたしの意見であって、交響曲は素晴らしい作品だと言う人がいてもおかしくないし、それを魔女狩りのように批判するのは、ブームのとき彼の音楽に対してネガティヴな発言をした人を強い言葉で批判した行為と何ら変わりのあるものではないです。

こんな世間を騒がした事件だったから、同業の音楽家や評論家がこぞって作品を貶しているけれども(本当は黙っていたい人も引っ張り出されてるような気もする)、同じ作品がこの事件の前はたくさんのクラヲタさん(みんなきちんと音楽を聴いてきてきた人たち)や音楽家、評論家に高く評価されていました。でも、このような毀誉褒貶のあることは、新しく生まれた音楽にとって(これほど多くの人に聞かれることはまれだけれども)当たり前のことではないでしょうか。大ブームは、作曲者(といわれていた人)の聴覚障害や、ヒロシマや東北の大震災なんかの物語が音楽を離れて人の心を捉えてしまっただけ、という人もいるけど、今行われている作品への貶斥は、同じように人を欺いていた佐村河内さんの負の物語を作品に押しつけていないと言えないでしょうか。

(もしその機会があるのなら)先入観なしに作品を納得いくまで聴き続けていくことが、音楽に対する誠実な姿勢ではないかと思います。そしてそのあとで、自分にとって良い悪いを決めればいい。わたしが、佐村河内さんのことを何回か書いて止めてしまったのは、佐村河内さんの作といわれていた作品を生で聴いたことがなかったからです。録音を家で聴いただけでは、わたしは音楽をちゃんと語れないと気づいたからです。(作品以外のことで事件を論じるのはできると思うけど、それはわたしの興味ではありません)

作品への評価が人を見るリトマス試験紙にならないように願います。
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by zerbinetta | 2014-02-11 01:59 | Comments(8)

雪にも負けず、でも負けた 通奏低音付きベートーヴェン オーケストラヴィンデ第4回演奏会   

2014年2月8日 @東京藝術大学奏楽堂

ベートーヴェン:「フィデリオ」序曲、ヴァイオリン協奏曲、交響曲第5番

平川加恵(フォルテピアノ、カデンツァ作曲)
瀧村依里(ヴァイオリン)
渡辺祐介/オーケストラヴィンデ


朝から降りしきる大雪。これは、交通機関が危ない。音楽会も中止かなと思ったらやるみたい。ツイッターではリハの前のフォルテピアノのチューニング中と。行くのは危険かなぁと思いつつ、この音楽会はぜひ行きたかった。オーケストラヴィンデの「こんなベートーヴェン誰も聴いたことない」「日本初演かも知れない」通奏低音付きの演奏。これが楽しみでなくて何だろう?雪なんて何のその。ちなみにわたし、ベートーヴェンの曲(?)の世界初演を聴いたことあります。「マクベス」序曲という曲。かなりなレア体験。レア体験好き〜〜。

上野公園は、大雪原!懐かしの北海道のよう。遭難しないようによたよた歩いて、東京藝術大学の奏楽堂へ。夜の雪の中に灯る明かりは暖かかった。とてもきれいで、木のホールは居心地もいい。学生さんはここで勉強したり試験したりするのね。ステージでは、フォルテピアノの制作者、深町研太さんがステージ中央にある楽器を調律してて、フォルテピアノの音ってチェンバロに似ているのね。ピアノとは似て非なるもの。ティンパニは、小っちゃいの。トランペットやホルンは現代楽器でした。大雪のせいかお客さんは多くない。このオーケストラ、若いオーケストラ(団員も若い人が多い)で、ヴィンデというのはドイツ語でヒルガオのことだそうです。じみ〜。朝顔だったら愛でられるし夕顔だったら干瓢にできる。昼顔は。。。でもこのオーケストラ、ぶっ飛んでて9人で「大地の歌」を演ろうと結成されたそうなんです。その音楽会が「大地の歌」と伊福部昭、それからもブラームスとブラームスもどきのパーリーとかちょっと変わったプログラムの音楽会をしてるみたい。今日もね。

指揮者の渡辺さんは声楽家。BCJで長年歌っておられます。ちょっとカジュアルな、襟立て風のネル(?)のシャツを裏地が赤のジャケットの下に着てちょっとやんちゃ風。コンサートマスターの人も靴下赤で、このおふたりわざと赤いのを身につけてるのかな。結婚式で赤色を身につけると幸せ夫婦になるとか、勝負パンツが赤、みたいな感じかな。略式とは言え正装に靴下赤は違和感あったけど。そして、今日の特徴はもうひとつ。チェロのトップに、客演で、バロックの通奏低音が専門の山本徹さんが座っていることです。プログラムの解説によると、コンサートマスターだけじゃなくバロック期の合奏をリードしていた通奏低音の人がオーケストラをリードすることによってアンサンブルがより積極的になり上手くいくとのこと。さすがBCJで音楽してる渡辺さんの発想。実際、山本さんの目配りの良さは見ていて分かります。指揮者を見たりコンサートマスターを見たり、常に周りを見ていました。これ、アマチュア・オーケストラの皆さんにも真似して欲しいです。アマチュア・オーケストラを見ていてときどき思うのだけど、じいっと楽譜を見つめててまわりの人とアンサンブルしてないんですね。プロのオーケストラをよく見ていると、みんな実にまわりを見ている。ウィーン・フィルとかパリ、バイエルンのオーケストラなんか、隣の人と体動かしながら合わせたりして、自発的にオーケストラの中でアンサンブルしてるもの。そこまでゆらゆらしなくていいから、視線は常にまわりに動かした方がいいと思うのよ。

「フィデリオ」序曲はいきなりハイスピード、と思ったら、ゆっくりしてるところはゆったりとして、というかトゥッティで宣言するところだけが速いテンポ。オーケストラがまだ発展途上な感じで、まだまだというところが多かったです。で、目玉のフォルテピアノ。今日の3曲ともに入ったんですけど、モーツァルトやハイドンの頃には、交響曲でもオーケストラにチェンバロやフォルテピアノが入るのが普通だったのにベートーヴェンの頃からその習慣が廃れてきたというのがよく分かりました。オーケストラの音量が上がったので(ハイドン、モーツァルトの頃はオーケストラの人数も少なかったし、楽器も大きい音が出せなかった)、フォルテピアノが聞こえなくなるんですね。

ヴァイオリン協奏曲の独奏は、瀧村さん。ウィーンで修行をして去年の暮れから読売日本交響楽団の第2ヴァイオリンの契約(ってなんのこと?)主席奏者。藝大を出てウィーンに留学して帰ってきた若い人。ドレスがステキでした。彼女のヴァイオリンは、音程がとても正確で、アクの強いところはちっともないのだけれども、音がすうっと身体の中に入ってきてカルピスのような清々しさ。うぶな若々しさがあって、伸びやかに上に向かっていくような浮遊感がありました。草原の風のようなベートーヴェン。ただ、オーケストラの方は荒ぶれるところは荒ぶれて(特にティンパニが)、爽やかさと凶暴さの混じり合ったちょっと不思議な感じ。
わたし、この曲の第1楽章の第2主題(?)のメロディが8小節完結していて、終わってるなぁっていつも思っていました。メロディとして完璧で、分解したり展開したりできないなって。ベートーヴェン、何でこんな曲(彼の特徴って動機をいじりまくるスタイルじゃない)書いたの〜?って。なので、あまり好きではなかったんだけど、今日は好きになりました。第3楽章の、たまごクラブひよこクラブのメロディもかわいいしね。
今回新しく委嘱された、平川さんのカデンツァは聴き応えありました。ピアノフォルテのチェンバロ寄りの音色がちゃらららんとヴァイオリンに合ってたし、モーツァルトっぽかったり、ロマン派テイストだったり、ちょっとシュニトケ思い出しちゃったけど、遊び心タップリにティンパニのとんとんとんと上昇する音階のふたつの動機を無尽に展開させて、1曲書いちゃったみたいに。これ聴けただけでも、今日来た甲斐がありました。(3楽章の方は短い簡素なものです)

休憩のあと、最後は交響曲第5番。「運命」という名前は有名だけど、これは曲に付いたタイトルじゃないし(欧米ではタイトルなしが普通)、「運命」という曲にこびりついた曲のイメジを払拭したいので、この音楽会では、チラシにもプログラムにもタイトルなし。指揮をする渡辺さんの楽しく読み応えのある文章がプログラムに載っていて、珍しく聴く前に読んだわたしはとっても期待してしまいました。どうやらとっても速そう。協奏曲を弾いた瀧村さんも、第2ヴァイオリンのトップ・サイドで楽しそうに弾いていました。
で、実際速かったんだけど、もはや速いテンポは古楽器オーケストラで慣れてるし、オーケストラが振り落とされるんじゃないかと心配したほど想定外に速かったノセダさんとロンドン・シンフォニーの演奏を聴いているので、わたし的には想定内の速さのじゃじゃじゃじゃーーんでした。さすがにいろいろこだわりがあるようで、例えば、多分じゃじゃじゃじゃんの4つめの長い音に強いアクセントを置かずに流れを重視してるとか、ティンパニのトレモロの最後の4つの音を強調して運命の動機を強調したり、最後の音のふわりと着地するような抜き方とか、ニヤリとしてしまいました。ただ、少人数のオーケストラ(ファーストヴァイオリンが8人)から導き出された(それに渡辺さんのバロック音楽の経験の深さ)テンポや楽譜を読んで見えてきたここぞという場面で対位法的に絡まる音楽を表現するという意欲は少し空回りしていたように思えました。オーケストラの精度の不足で、じゃじゃじゃじゃんの音がじゃじゃじゃんと聞こえてしまうことも多かったし、最初の休符が(物理的な意味ではなく音楽的な意味で)なくなってしまったり、ホールがとても良く反響するので旋律が思ったほど分離して聞こえなかったようでした。それでもあのテンポに食らいついていったオーケストラは褒められるべきだし、渡辺さんのたくさんのアイディアは聴いてて面白いわたし好み。
第2楽章と第3楽章は、あまり変わったことはしていないように聞こえたけど、大好きな、第2楽章の木管楽器が点描的に音を置く、星々がまたたくようなところは弦楽器を抑えめにした工夫がとてもステキで、前に感動したMTTとサンフランシスコ・シンフォニーの演奏を思い出しました。
第4楽章は、それこそ嵐のような体育会系のような、指揮者渾身の熱い演奏。指揮って格闘技よね、と言いたくなるような、なんか凄いなぁ、わたしが息を切らせるのには至らなかったけど、精一杯やりきった感じの清々しさ。それにしても今日の音楽会ではティンパニが(もともとベートーヴェンの音楽ってティンパニが喧嘩するように叩きまくるのですが)ばしばし叩いていましたね。好きだけど、何でもかんでもティンパニが覆い尽くすようでちょっと単調にも聞こえました。いろんなニュアンスを付けられればもっと音楽が広がるのにっては思いました。
もうこの交響曲(通奏低音が使われたのか使われないのかよく分からないちょうどその中間くらいの時代の曲)ではフォルテピアノは、ときどき静かになったときに聞こえるくらい(あとは第3楽章の最初の低弦のテーマ)で、曲の印象が大きく変わることはなかったです。わたしとしては、古楽器演奏の皆さんがやるようにソロでアドリブを入れるみたいに、突然フォルテピアノが暴走してブランデンブルク協奏曲第5番ばりの長大なソロを弾いて欲しかったです(ウソ)。
実は、「運命」を取り払った交響曲第5番、かわいい系の「誰も聴いたことのない」ベートーヴェンを密かに期待していたのですが、その点では、それほど大きく変わったベートーヴェンではなかったです。疾風怒濤のシュトゥルム・ウント・ドラングのベートーヴェンは、最近の流行りのようにも思えるし。でも、若者のベートーヴェンで良かったと昔若者だったわたしは思いました。こういうにやにやさせてくれる演奏は大好きです。

でも、この発展途上のユニークなオーケストラ、ぜひ、これからも一風変わった音楽会を続けていって欲しいです。せっかく出会った渡辺さんともまた共演して欲しいな。今度は、う〜〜ん、バッハのマタイ受難曲のメンデルスゾーン版なんかで♫

熱くなって会場を出たのに、雪は止まらず。ますます降り積もって止まったのは電車。わたしは、家に帰れず、初めての帰宅難民として上野駅の電車の中で一夜を明かしました。オーケストラの人たち、無事に帰れたのかしら?あっ!夜を徹しての打ち上げだからそんな心配いらないか。充実した音楽会のあとのお酒はおいしそう。うらやましい!
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by zerbinetta | 2014-02-08 00:52 | アマチュア | Comments(2)